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初めて質問します。
小さい頃からずっと分からなかったことです。人は人を殺したり、自殺をすると地獄へいくと云いますよね(これはキリスト教の考え方なのかも知れないけど)。しかし、やむを得ぬ状況で殺害したり自殺した場合も有無をいわさずに地獄いきなのでしょうか?
例えば、殺人をすると分かっている人間がいたとして、その人の犯行を止める方法がその人を殺害するしかなかったとします。その場合、その人(悪人と定義します)を殺した人は地獄へいくのでしょうか。殺された方はそれまでに罪がなかったら天国へいくなんてことあるのでしょうか。

また、それと同様に、自分が自殺することで他に助かる人がいるとした場合(通常ではあまりあり得ませんが、食料や水がないとか空気がない状況など)も自殺した人は地獄へいくのでしょうか…?
もしそうだとしたら不条理を感じずにはいられません。

一応天国や地獄を存在するものと考えていますので、それらの存在を問う質問ではありません。カテ違いだったらごめんなさい。
くだらない質問ですが、どうぞお付き合いください。
拙文ご容赦ください。

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A 回答 (15件中11~15件)

追伸まで


[誰だって愛されたいし、幸せになりたいだけのはずです。嗜好や環境の違い、または時代の違いで愛を得ることができなかった(失くしてしまった)・幸せになれなかった。それ故に凶行に及んだ人、義に適わなかった人は多いと思います。根は善人だったのに、その人生の過程で歪んでしまい、条件をクリアすることができなかったという人もいると思います。]

天国の法則は単純なものです、愛を与えて生きた人は天国にいき愛を奪って生きた人は地獄にいくだけのことです。欲しい欲しいというのは天国では愛ではないのです。天国もこの世も全てが与えられているのです。仏神の恩寵で全てが生かされていることを忘れたことが罪なのでしょうね。どんなに幸せでも、どんなに不幸でも天変地異であっけなく善人も悪人もなくなってしまいます。これも仏神の恩寵への感謝を忘れたことへの反作用なのですね。
つまり愛とは感謝できる心ですね。そんな小さなことを忘れてしまったが故の地獄ですから、思い出せばみんな天国に入れるのですね。地獄というのはその程度のところです。反省場所ということだけです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
地獄におちたものは地獄で永遠に苦しみ続ける、というように思っていました。単なる反省場所とのことで驚きました。

少し考えたのですが、天国地獄は文化や歴史・宗教といったものによって多大に影響されていますよね。堂々と、天国とはこうゆうものだ、と語られている「種類」が多すぎるように思います。
あっちではこう云われている、しかしこっちではこう云われているといった感じです。
そうなっては結局何を信じればいいのかよく分かりません。なぜ天国や地獄の考え方が違うかといえば、やはり歴史や宗教に強く影響されたからなのでしょう。それは理解できますが、考えれば考えるほど混乱してしまいます。

私の父は、「天国地獄は、その人自身が考えている場所がつくられる」と言っておりました。ここに質問させていただき、紆余曲折を経ながら思い至った先には、これが一番近いのではないかと感じました。
良心の呵責が強いものは、潜在的に地獄へいくと考えているため地獄がつくられるということだと思います。また宗教に強く感化された人も、その宗教が示す場所を想像しているため、そのような場所にいくということです。
この考え方なら、多くの種類の天国地獄があるのも納得できないこともないです。

文章が下手ですみません。言いたいことを伝えるのって難しいですね。

お礼日時:2007/07/26 15:45

最後の審判において 審査される項目。




http://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/bekkan/sisy …

弁護士のバッジみたいな概念。


http://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/bekkan/god/ …

【天秤の片方にマアトの羽根、もう片方に死者の心臓をのせ、つりあわなかったら(重すぎたら)、その心臓は罪に穢れて重くなっていると見なされてしまう。】



>やむを得ぬ状況で殺害したり自殺した場合も有無をいわさずに地獄いきなのでしょうか?


そんなこといったら、イエスは人類のために自殺したとも解釈できるわけで、地獄に行ったことになってしまいます。

42の項目に違反していなければ、どういう死に方だろうとOKってことじゃないかと。


ちなみに、死者の書の簡略版が10戒。


今のはエジプトの死者の書でしたが、チベットにもある。

http://reijin32yoshi.blogzine.jp/shinsey/2007/05 …



>自分が自殺することで他に助かる人がいるとした場合

自己犠牲を人間がするか。
しないと思います。
ドラマではありますが、現実は無いと思います。
昆虫はありますが、あれは自己保存の本能からくるもの。
利己的な本能によって自己犠牲をする。

人間でも他人の代わりに死ぬとしたら、やはり人間も利己的本能により自ら命を絶つんだと思います。




>食料や水がないとか空気がない状況など)も自殺した人は地獄へいくのでしょうか…?

末期癌で医者にお願いして命を止めてもらう人もいますが、あれは絶望の淵で、もうどんなに医療を受けてもあと1ヶ月とかで、ものすごい激痛で、安楽を臨んで医者にすがって助けてもらうために依頼したのであって、それをわたしは攻めることはできません。



>一応天国や地獄を存在するものと考えていますので、それらの存在を問う質問ではありません。

ここをもっと明確にしなければ、つきつめて深く考えなければ、永遠に彷徨うわけですが、やるべき重要な事を故意に無視する理由はなんでしょうか?

彷徨いたいから?


イラク問題ありましたよね。
「イラクは 核兵器を持っている<かも>しれない国だから、攻撃をする」

これ日本も賛同しました。

でもこの文章 おかしくないですか?
核兵器を持っているのか もっていないのか、わからない状態であるとわかっているのに、仮定を現実だと置き換えて、攻撃してしまいました。

あなたが「あなたは人を殺した<かもしれない>から死刑」って処刑されたら、浮かばれませんよね。


イラクを占領して、隅から隅まで探して、核兵器は無かったことが明確になった。


死んだ後にしか天国や地獄があるかどうかわからない。
誰も死なないとわからない。
いや 脳がこの世を作っているのであれば、脳が死んだら世界も死ぬ。
空想上の天国も地獄もありえないことになる。


チベットの死者の書のリンクを上に張りましたが、要するに思い煩わされる状態を悟りによって打ち砕くって説明だと思うんですね。

人は一回きりの人生において何度も再生する。
何度も崩れながら、生きているのでまた立ち上がって、反省したり後悔して、失敗を参考に又最終目標の死に向かって生きるわけです。

煩わされたことも幻にすぎない。
幻に苦しむ必要は無いってわけですね。

これが究極になると無関心となり、全ての感覚が停止して、本当に死者になっちゃうと思いますが。


人は天と地の間に存在するしかない。

幸福と不幸の狭間に存在するので、両方あり、やはり苦しみは幻であるとは言いがたい。
だが、中間に存在するので、100なことはありえず、50じゃないか って思うと、ちょっと楽になるかも。


これが死んだら100になる?
死んだら死者ですので、感覚器官が全てを創造する以上、それが停止したら、この世も空想上のあの世すら創造することはできない。


死者の書を書いた人も生きている内、書いたわけで、死んだ後書いたわけじゃないですよね。
死んだら話せない、書けない。


いやいや 霊魂となり死者に語りかけたんじゃないか?
エジプトも中東も神殿にいたひとたちは、麻薬を使っていた。
麻薬 つまり 幻覚剤。幻覚剤は幻を生む。


日本でもイタコの口移しってものがある。
代々その能力を持っているという家系もある。

でも、それは能力というより・・・・・ ここで言うと削除対象になるので言えませんが、能力とするか・・・・とするか。


以前テレビで悪霊に乗り移られた人が「わらわは桃山時代の菊姫じゃ」って言ったんですね。
「桃山時代は後世の人が命名したわけで、生きている人たちは桃山時代に後世で呼ばれることになるって知らなかったんですが、、、、、」ってある芸能人が言ったら、「くるしー くるしーー」って誤魔化しやがりました。笑。

観察していて、人に注目されたい、自分は凡人ではなく特別な存在であると他人から認めて欲しいという強い願望が、彼女の脳を支配し、行動を変化させてしまった、と思えました。



祈祷してぶったたいてお祓いしたところ、悪霊は退散したって番組ではなっていますが、あれだけぶったたかれたら、「このままだともっとぶったたかれるから、演技やめよう」って思うのが普通じゃないかと。
これが判断できるんだから正常ですね。 
演技することも止めることもできるので、正常。



裁判で悪魔の存在が立証された事件として、エミリー・ローズって映画ありましたが、あれは本当に悪魔がいるんじゃなく精神病だと思います。

エクソシストのモデルになった人も、悪魔つきのようになったが、精神病。

普通の上品な主婦が、恐ろしい声でうめき、悪魔に体を乗っ取られたとしか思えない状態になりましたが、あれも病気が原因であって、悪魔が実在して、主婦の体を乗っ取ったわけじゃない。

全ては脳の仕業。

天国や地獄、神が存在すると知覚するのも、誰がさせているのかというと脳。


悪いことをしたら地獄に行くんじゃないかと思わせるのも脳。

脳が壊れてしまった人。
どんなに健康な時 すばらしい思想を持っていたとしても、脳が壊れてしまったら、、、、

脳が壊れたら人格が変わる人もいれば、変わらない人もいる。
どこにダメージがきたかで違ってくる。

脳次第なわけですね。

麻薬など使えば、人が悲しんでいる場面でも陽気になることが可能。
薬物は人の自然の身体反応を変える。

で、人は自分らしさってポジションを持っており、一時的に不健康になっても、自己治癒力があれば、また 元のポジションに戻れる。

だから、宗教とか自己開発セミナーで、一時的に「やるぞー」って思っていた人も、時間とともに、元のポジションに戻ってしまうわけです。
元のポジションに戻らず、傾いていて欲しかったら、ずっと洗脳し続けるしかない。
元のポジションに戻らないようにするため。

これが他者によって引き起こされる自己喪失。
長く傾かされると脳の可塑化が起こり、傾いた状態が正常な状態だと脳が記憶し、連れ戻しにきた家族が説得しても、傾いた状態が自分の状態だと思って、家族をサタンが使わした僕だと思い込んでしまうわけです。

乗っ取られちゃた。
誰が乗っ取ったか? 他者。

でも、どんなに洗脳めいたことを言われても、乗っ取られない人もいる。
性格による。
摩訶不思議なことが本来好きな性格の人は、すぐ他者の摩訶不思議洗脳によって脳を傾ける。


わたしも摩訶不思議なことが大好き。
小さい頃から幽霊やUFOの本を読み漁っていました。
超常現象などもう 目をきらきらさせて読んでいました。

ただし、「どうしてそのようなことが現実起こるのか」にすごく興味が沸いたんです。

そしてトリックを知ると、今度はではこの超常現象のトリックはなんだろう?とクイズに答えるように、考えるようになった。

どんどん謎が謎ではなくなり、「おもしろい!」ってなっちゃいました。
何故か? わたし固有の唯一無二のもって生まれた性格が原因だと思います。


一度 自分はどういう特徴があるのだろう? って考えてみると、どうして、天国や地獄の存在を肯定するのか、その思想にどうして影響され、生きかたを模索するようになったのか、わかってくるかもしれません。
自分を知るチャンスですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。深い意見で考えさせられました。
自分も天国や地獄を心から信じているというと、そうではありません。
ただなんとなく、そうゆう概念に感化されたといえばそうなのかも知れません。

以前までは「善行をしたものは救われ、悪行を働いたものは罰を受ける」というのは、非常に分かりやすく因果応報にも即しているので、なるほどと考えるようになっていたのだと思います。
しかしながら、人の世とはそのように単純に割り切れるものではないといことを最近になってようやく気づき始めました。
そのため、これまで人類が考えてきた「天国」や「地獄」といったものはどういったものなのか興味を持ったのです。

天国や地獄、魂などといった概念的なものや、超自然的なものは「ない」といえばそうなのかも知れません。これは確かに死者の為というよりは、生きている人の為に考え出された気がします。
教訓や生き方の規範になりますし、大切な人は天国で悠々自適に暮らしていると考えれば、慰みになるし許された気分にもなれます。また輪廻転生して、再び巡りあえると思えば寂しさがまぎれます。
霊界と現世をいったりきたりして、霊魂の次元をより高める修行と考えれば、今生きる人生が無駄ではないような気がします。
因果応報という考え方もそうですね。自分がしたことが還ってくるのならば、不幸も納得するしかないと考えられますし。よりよい行いを心がけるようになるでしょう。

うーん…。でも完全にないと考えてしまうのもなんだか寂しいです。
真相は死んでから確かめることにします(笑)

お礼日時:2007/07/25 15:33

他人を殺すことや自分を殺すという言葉だけで地獄へ行く(=悪いこと)とは判断できませんよね。

september_さんが記述されているように、「自分が自殺することで他に助かる人がいるとした場合・・・」とありますが、同じ『自分を殺す』表現ではありますが過程が異なります。記述されている内容では『自己犠牲』に基づいたものですね。つまりは他の人を助けることとなります。
天国か地獄か、それは自分自身(他人でもいいですが)がどのような過程を過ごして生きてきたのかが示される場です。
自分自身で納得して地獄にいけば、それは本人にとっては“天国”なのかも知れませんね(^-^)
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
「自己犠牲」という言葉、いい言葉だと思います。実行しすぎると精神を病みそうですけどね。
ただ、自己犠牲(いいこと?)をしたからといって天国へいけるとは限らないようです。それならば一体、何を基準にしていけば…?と感じてしまいます。自分の良心に恥じないように生きていくことが良いのでしょうか。
それとも最終的には自分自身で納得するしかないのでしょうかね…。

お礼日時:2007/07/25 09:46

死後天国に行くか地獄に行くかは世の中の法律や常識で決まるわけではありません。


あの世の法律によって裁かれるというのが正しいのですね。
あの世の法律はその人の心の状態のみに適用されますので、死に方には無関係なのです。自殺者が全員地獄へ行くわけでもないし、逆に大往生と言われる人が全員天国に行くわけでもありません。キリスト教徒だから仏教とだからといって全員天国にいけるわけでもないのですね。坊さんも神父にも例外はないですよ。
人を殺すと地獄に行くといえば軍人などは全員地獄行きですね。これも間違いですね。殺されたからと言って全員地獄に行くわけでもないですね。つまり、この世が全てだと思って心がこの世の何かに執着していることが天国に入れない一番の理由なんですね。
なんだか判らないと思うでしょう。例を挙げましょう。障害に100人切り殺した剣豪、宮本武蔵は天国で軍神になっています。生涯で一度だけ負けた佐々木小次郎は、武蔵は卑怯だといい続けていまだ地獄にいます。東郷平八郎も天国にいますし、暗殺された坂本竜馬も天国にいます。
つまりあの世から見て義があるかどうかなんですね。あの世の義ですからこの世の義と間違ってはいけません。この世の義で多くが地獄に行ってますね。仏神の心に沿った義があれば天国にいけるということは確かです。この世は仮の自分であの世の自分が本当の自分ということに気づけば全てが舞台劇のようなもので、主役に殺される脇役もいれば、いろいろな役を演じているだけということですね。役にこだわることはないということですね。1つ付け加えると、死ねば全員その心が裁かれます。その裁きの結果が悪ければ、監獄に入るより厳しいことは確かですね。だから宗教は人生80年ぐらいやさしく、心穏やかに過ごしなさいと教えているのですね。悪さをした人は生きている間に反省をすれば魂は救われるようになってます。これは天国の法則ですから天国に戻れるということです。誤って人を殺しても同じですよ。しっかり反省して人のために尽くした人は天国に戻ってます。逆に殺されたといって恨み続けている人は地獄なんです、小次郎のように。これが事実なんですね。この世の常識ではないですね。
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この回答へのお礼

興味深いご意見です。回答ありがとうございます。
その人生に義がある・許す・悔い改める(天国には天国の常識がある)ということが天国へいく条件…という感じでしょうか。

やはりなんとなく不条理を感じてしまいました。まるで天国へいける人をふるいにかけて選んでいるような気がします。
誰だって愛されたいし、幸せになりたいだけのはずです。嗜好や環境の違い、または時代の違いで愛を得ることができなかった(失くしてしまった)・幸せになれなかった。それ故に凶行に及んだ人、義に適わなかった人は多いと思います。根は善人だったのに、その人生の過程で歪んでしまい、条件をクリアすることができなかったという人もいると思います。

お礼日時:2007/07/25 09:35

魂の救済とは 何をしたから得られる かにをしたから得られないというものではありません。

殺人をしようが 人助けをしようが いっさい関係ありません。

ですから この今から どうすれば得られるとか またどうあれば得られないか こういう問題でもありません。

いままで 自分はどうしてきたから得られないとか こうしてきたから得られるだろうとか こういうものでもありません。

いっさい分かりません。救われたいと思うかどうか これが問題なのです。

救われたい人は 救いたまえと祈ればよろしいのです。しかも祈ったから救われるのか これは わたしたちに分かるようには 決まっていませんし 決まるものでもありません。

疑いが起きれば ふたたび祈ればよいのです。そしてみたび よたびとそうすればよいのです。いやなら やめればよいのです。

天国も地獄もありません。わたしたちに分かるようには決まっていません。むしろ ないと受け取ったほうがよいでしょう。祈りに必要だと思ったら そういう表現を用いればよいでしょう。

不条理の問題は その不条理の事態にある当事者でないと分からないところがあります。ですが その事態に遭ってどうするかは 救いの問題とつなげて考える必要がありません。最後の最後まで あくまで合理的に考え 妥当な解決策を 考え抜くことです。

だめだと思っても さらに考え抜きます。もうだめだというときにも さらに生命の問題として理性で考えてまいります。祈る必要もありません。あるいは 言いかえれば 死ぬまで 話し合いです。死んでも 民主主義の話し合いです。救いは考える必要がありません。

そういうふうになっていると思います。
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この回答へのお礼

非常に貴重な意見ありがとうございます。参考に致します。
人の身では魂の救済ということは計り知れないということですね。
人は祈り(信仰のみ)によって救われるという考え方に近いように思いました。
回答は魂の救済如何というよりは、生を受けている今現在の精神を楽にするという意味合いにも取れるような気がします。難しいものですね。

お礼日時:2007/07/25 08:56

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