『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

 今から10数年前のプロレスブームのときに,かかさずプロレスをテレビ観戦していました。

 そのとき,アントニオ猪木が活躍していたのですが殆どの場合負けませんでした。

 負けそうなときは,テレビ中継がいいところで終わってしまったりしていました。

 私は,プロレスがガチンコかショーなのかは,どちらでもいいのですがアントニオ猪木が完全にフォールまたはギブアップされて負けた試合などあるのでしょうか?

 また,アントニオ猪木の現役引退までの戦績を知りたいのですが,ご存知の方がいらっしゃいましたら,よろしくお願いします。

 ※ 何かを否定してたりとかはしていません。アントニオ猪木について興味があり知りたいだけです。(^o^)

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A 回答 (11件中1~10件)

詳しい戦績は分かりませんが、記憶で・・・



延髄リキラリアットからの片エビ固めで、
長州力から完全フォールを取られた試合がありました。
かなり感動でしたよ(^^)v

あとは、結構晩年の猪木ですが、
天龍源一郎にパワーボムからのエビ固めで
3カウント取られました。
東京ドームだったです。感動した!

参考になりましたでしょうか(^^)
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

長州力や天龍源一郎にフォールされているんですね。初めて知りました。
この試合はどちらもTV中継されたのでしょうか?

また,ビデオなどでもう一度見ることは可能でしょうか?

大変参考になりました。ありがとうございます。(^o^)

お礼日時:2002/08/20 22:49

はじめまして。


そうですね・・・有名どころはみなさんが答えてらっしゃるように、ホーガンだったり、長州だったりありますが、私の記憶が正しければ、確かキンコングバンディ(だったと思う。それともビガロ?)にタッグマッチでフォールされ、何百日ぶりにフォールされたって、雑誌に書いてあった記憶があります。

ちなみにエキシビジョンではタッキー(滝沢)にも負けたんじゃなかったかな???違いましたかね?
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ANo.#9の方がおっしゃるように確かにデビュー戦は同じ日でした。

ただし猪木と馬場さんが戦った時は、馬場さんが海外遠征から帰ってきた時で、その時猪木はまだ付き人をしていて満足に試合をさせてもらえなかった状況のようでした。
それから11敗ではなくて16敗でした。ただこの戦績は評論家の間でも馬場猪木の力量を比べられるものではないというものです。
ちなみに私は猪木ファンですが、評論家の間では猪木と馬場さんが全盛期どおしでプロレスで対決したら馬場さんが勝つだろうという意見が多いようです。
私も以前はそんなわけないだろうと思っていましたが、馬場さんはものすごくプロレスの試合運びがうまいとの事でした。
つまり恵まれた肉体を持った”蝶野”といったところでしょうか。そうに考えると肉体的に劣る蝶野がG1優勝したように、巧さというのはプロレスの中では大きなウェイトを占めているんだなあと思いました。
どんどん話しがそれてしまっていますが・・・。
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 質問に対する回答ではありませんが、ファンとしては一言いいたくて……。



>ちなみにルーキー時には馬場さんと戦って11戦11敗です。といっても
>猪木はデビューしたばかりだったので実力の比較にはなりませんが。

 馬場と猪木は同期入門でありデビューもほほ同時のはずです。猪木はデビューしたばかりなら馬場もデビューしたばかりで条件は同じ。
 まあ年齢は5歳猪木が若いですが。
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ANo.#6の者です。


猪木が意外と負けが多いというのは、場外負けと反則負けが多いためです。ケンカファイトでエキサイトして場外20カウントで負けとかが意外と多いようです。
それから長州力にはシングルで2回位負けがあります。藤波には負けはありません(シングルでは)。
ちなみにルーキー時には馬場さんと戦って11戦11敗です。といっても猪木はデビューしたばかりだったので実力の比較にはなりませんが。
その他の負けは皆さんがおっしゃっているようなところです。
シンにコブラクローで負けてNWFのベルトを捕られて、アメリカまで行って取り返したといったこともありました。
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この回答へのお礼

再び回答いただきありがとうございます。

アントニオ猪木の負け=場外負けと反則負け というイメージでした。

長州力には2度も負けているのですね。
馬場との対戦成績がそんなに差があるのは始めて知りました。

お礼日時:2002/08/21 06:28

天龍戦のビデオは販売してますよ。

確かテレビ未放送の試合でしたね。チョチョシビリ戦はNumber(例のスポーツ雑誌)のビデオ「アントニオ猪木名勝負十番(2)」で見れます、本屋とかで普通に売ってると思います。
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この回答へのお礼

再び回答いただきありがとうございます。

早速ビデオを買って見てみようと思います。

お礼日時:2002/08/21 06:25

戦績はシングルが約700勝100敗50引き分け位と聞いています。

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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

結構アントニオ猪木は負けているようですね。
私の知識不足でした。

お礼日時:2002/08/20 23:31

ホーガン意外にも、負けた記憶はありますよ。


・カール・ゴッチ(新日の旗揚げ戦・・・VTRで見ました)
・ベイダーのデビュー戦
・チョチョシビリ(柔道家)
・ラッシャー木村!!!(はぐれ国際軍団との3対1のハンディキャップマッチで、寺西勇に勝利→アニマル浜口に勝利→ラッシャー木村に負けたはず)
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

結構アントニオ猪木は負けているようですね。
私の知識不足でした。

ピンフォールされたりKOされた試合のビデオはあるのでしょうか?

お礼日時:2002/08/20 23:30

最初で最後のシングル対決となった天龍源一郎戦で、


パワーボムからのエビ固めでフォールされています。

また、最初の東京ドーム大会で行われたショータ・チ
ョチョシビリとの異種格闘技戦で、ほとんどバックド
ロップ気味の裏投げでKOを喫した事もありますね。

それ以外にも、全盛期の頃のタイガー・ジェット・
シンやスタン・ハンセンとは、結構取ったり取られた
りでしたよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

結構アントニオ猪木は負けているようですね。
私の知識不足でした。

ピンフォールされたりKOされた試合のビデオはあるのでしょうか?

お礼日時:2002/08/20 23:30

ハルクホーガンの


アックスボンバーで
KO(意識不明?)されています。

これって有名な話だと持ってましたが?
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

そういえば,ホーガンに負けたような気がしてきました。
場外に落ちて,戻れなかった試合だったかな?

他の選手には負けていないでしょうか?

お礼日時:2002/08/20 22:46

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Q猪木VS馬場 が実現しなかった理由

1979年のオールスター戦で二人は対戦の意思を確認しあったそうですね。
それなのにどうして実現しなかったのでしょう。

Aベストアンサー

 理由は3つあるでしょう。

<テレビ局の問題>
 仮に両者が試合をしたとすれば、テレビ朝日,日本テレビの両テレビ局が共同で中継し同時に放送することになったでしょう。そうでないと、新日本,全日本ともにそれぞれのテレビ局と契約しているのですから、不公平です。
 しかし、何もそこまでするほどのことか? とテレビ局は考えるでしょうね。そうまでしても視聴率は稼げない(猪木×アリ戦と違い、一般のファンは興味を持たない。プロレスファンしか見ない)でしょうし、同じ試合を同時に放送するメリットもありません。
 そうかといって、テレビ中継なしで試合してもプロレス興行団体としては儲けになりませんし、ビデオ化して売るといっても、現在ほどビデオは普及していませんでした。
 結局、テレビ局が首を縦に振らなければどうにもならなかったのです。

<両者の意識の差の問題>
 ミスター高橋氏が暴露してくれたように、プロレスとは格闘競技ではなく、あらかじめ勝敗も筋書きも決まった「演劇」なのです。
 馬場と猪木が闘うとすれば、筋書きは「互いの技を受け合い、最後は引き分け」しかありません。しかし、それにしても猪木にすれば「俺はアリと闘った世界の猪木だ」と思っていますから、馬場と優劣はなく対等に闘わせてもらえる、延髄斬りや腕ひしぎ逆十字も受けて欲しい、と思っていたでしょう。
 ところが馬場は、猪木など自分より格下だと思っています。馬場はかつて「猪木をライバルと思ったことはない」と語っています。同期とはいえ猪木は5歳も年下で、体格もずっと小さく、何よりもプロレスラー,またプロモーターとしての国際的な地位では馬場の方がはるかに上です。馬場は、もし試合をするならば自分の方が優位に進める内容でなければ嫌だ、十六キックも受けて欲しいし、ココナッツ・クラッシュも受けて欲しい、延髄斬りでダウンなんか嫌だとと考えていたでしょう。
 このように、両者の意識の差が実現の妨げになったのです。

<猪木の信用の問題>
 猪木は、天才にありがちな少しゆがんだ性格です。馬場は、「猪木は信用できない」と語っていたと伝えられます。引き分けの約束でリングに立っても、突然猪木が本気で殴ってきたり関節を折りにきたらどうなるか。馬場はそれを怖れたのでしょう。

 理由は3つあるでしょう。

<テレビ局の問題>
 仮に両者が試合をしたとすれば、テレビ朝日,日本テレビの両テレビ局が共同で中継し同時に放送することになったでしょう。そうでないと、新日本,全日本ともにそれぞれのテレビ局と契約しているのですから、不公平です。
 しかし、何もそこまでするほどのことか? とテレビ局は考えるでしょうね。そうまでしても視聴率は稼げない(猪木×アリ戦と違い、一般のファンは興味を持たない。プロレスファンしか見ない)でしょうし、同じ試合を同時に放送するメリッ...続きを読む

Qジャンボ鶴田と三沢光晴のシングル対決

天龍がSWSに移籍した後に全日本に残った鶴田と三沢が何度かシングル対決をしていますが。
合計何度シングル対決してますか?
また鶴田がバックドロップ三連発で三沢を下した試合があったはずですが、それは何時の何試合目ですか?

Aベストアンサー

確か3回のはずです。

1回目 平成2年6月8日 丸めこみにより三沢の勝利
2回目 平成2年9月1日 当時三冠王者のハンセンへの挑戦決定戦 
           鶴田のバックドロップホールドで鶴田の勝利

3回目 平成3年4月18日 ここでバックドロップ3連発披露。えぐい・・・
           鶴田の勝利
4回目 日付・・・覚えてないです・・・ チャンピオンカーニバル 時間切れによりドロー

これが最後の対戦。

の計4回のはずです。
タイガーマスク時代も合わせればもっと増えますが、
ジャンボ鶴田 VS 三沢はこれだけのはず。
多分大丈夫だと思いますが間違っていたらすいません・・・

Q1981年のハンセンvsアンドレの結末は台本通り?

田園コロシアムで行われたこのBIGマッチ、

結果はアンドレがレフェリーをラリアートでノックアウトしてしまい

反則負けになってしまいましたが、あれさえも予め決められたシナリオ通りだったのでしょうか?

Aベストアンサー

多分、ブックとシナリオの勘違いかもしれませんが、

現在その存在を認めているWWEでも、一挙手一投足まで指定したブックを決めることはありません。というよりあり得ません。

それこそ1発で勝負が決まる格闘技であれば、そこへの過程を決めることは可能です。ただプロレスでそれが難易度が高い理由は、プロレスは「受け」の格闘技だからです。

要するに相手の技をより多く受けた上で勝つレスラー=最強、という評価があるため、そこまでの打撃数・投げ数などを細かく決めることが出来ないと言えます。ましてかつて前田日明が食らった打撃で一番痛かったのはハンセンのウェスタン・ラリアート(当時新日なので新日流の書き方にしました。ウェスタン・ラリアットですね)と言っているくらいです。そんなものが絡むハンセン相手にいくら「世界8番目の不思議」とされたアンドレ・ザ・ジャイアントといえども、決め事通りに展開はできないと思います。

そしてあの対アンドレ戦での決まり事として確定的なのは以下の2つ。

「アンドレをハンセンがボディスラムで投げる。」※実況も確か「世界で5人目!」と連呼していたはず。

「ハンセンのラリアートを食らってふらつくアンドレ。」※倒れないことでアンドレの巨人性アピール&あのアンドレをふらつかせたラリアートの威力再認識。ここはおそらくアンドレがミスったのか、リング外に落ちてしまっていたので、ハンセンのパワーがより目立つ結果になりました。実は最後のレフェリーへのラリアートへの伏線に、このリング転落がつながってるという話もあります。

この2つ程度だったと思います。あとは、アンドレ暴走に拠るノーコンテスト(両者リングアウト)、でしょうか。あの試合の基本コンセプトは、あくまでもアンドレの巨体の凄さ、それに当時唯一対抗出来るとされたスタン・ハンセンのブルパワーの対決、だけだったと。このくらいの決まり事であの試合を展開できたのなら、ハンセン・アンドレともに当時最高のプロレスラーの名に恥じないものだったと思います。しかも(一応決まり事が合ったのか不明ですが)レフェリーのミスター高橋の裁定で再試合となった後、質問者の説明にあるレフェリー暴行でアンドレの反則負けとなるのですが、実際はそこから延々とリング外で続くハンセンとアンドレの乱闘も、ある程度決め事は合ったでしょうがあそこまで荒れる決め事はしてなかったのでは?と思います。

思えばハンセンは乱闘絡みの自分のブックはより過激化したりあえて破ったりするのが常套で、全日本移籍時の場外でのファンクスへのラリアット(アシスト:ブルーザー・ブロディ)も、その後のババチョップ食らっての脳天出血も、想定以上のものだったようで、結果としてそれが長い間ハンセンを一流の座に留めた一因かもしれません。
※だからこそ逆に才能も体格もありながら融通があまり効かなかったブロディが、レスラーとしても人間としても短命に終わったのかもしれませんが。

多分、ブックとシナリオの勘違いかもしれませんが、

現在その存在を認めているWWEでも、一挙手一投足まで指定したブックを決めることはありません。というよりあり得ません。

それこそ1発で勝負が決まる格闘技であれば、そこへの過程を決めることは可能です。ただプロレスでそれが難易度が高い理由は、プロレスは「受け」の格闘技だからです。

要するに相手の技をより多く受けた上で勝つレスラー=最強、という評価があるため、そこまでの打撃数・投げ数などを細かく決めることが出来ないと言えます。まし...続きを読む


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