『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

1979年のオールスター戦で二人は対戦の意思を確認しあったそうですね。
それなのにどうして実現しなかったのでしょう。

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A 回答 (7件)

 理由は3つあるでしょう。



<テレビ局の問題>
 仮に両者が試合をしたとすれば、テレビ朝日,日本テレビの両テレビ局が共同で中継し同時に放送することになったでしょう。そうでないと、新日本,全日本ともにそれぞれのテレビ局と契約しているのですから、不公平です。
 しかし、何もそこまでするほどのことか? とテレビ局は考えるでしょうね。そうまでしても視聴率は稼げない(猪木×アリ戦と違い、一般のファンは興味を持たない。プロレスファンしか見ない)でしょうし、同じ試合を同時に放送するメリットもありません。
 そうかといって、テレビ中継なしで試合してもプロレス興行団体としては儲けになりませんし、ビデオ化して売るといっても、現在ほどビデオは普及していませんでした。
 結局、テレビ局が首を縦に振らなければどうにもならなかったのです。

<両者の意識の差の問題>
 ミスター高橋氏が暴露してくれたように、プロレスとは格闘競技ではなく、あらかじめ勝敗も筋書きも決まった「演劇」なのです。
 馬場と猪木が闘うとすれば、筋書きは「互いの技を受け合い、最後は引き分け」しかありません。しかし、それにしても猪木にすれば「俺はアリと闘った世界の猪木だ」と思っていますから、馬場と優劣はなく対等に闘わせてもらえる、延髄斬りや腕ひしぎ逆十字も受けて欲しい、と思っていたでしょう。
 ところが馬場は、猪木など自分より格下だと思っています。馬場はかつて「猪木をライバルと思ったことはない」と語っています。同期とはいえ猪木は5歳も年下で、体格もずっと小さく、何よりもプロレスラー,またプロモーターとしての国際的な地位では馬場の方がはるかに上です。馬場は、もし試合をするならば自分の方が優位に進める内容でなければ嫌だ、十六キックも受けて欲しいし、ココナッツ・クラッシュも受けて欲しい、延髄斬りでダウンなんか嫌だとと考えていたでしょう。
 このように、両者の意識の差が実現の妨げになったのです。

<猪木の信用の問題>
 猪木は、天才にありがちな少しゆがんだ性格です。馬場は、「猪木は信用できない」と語っていたと伝えられます。引き分けの約束でリングに立っても、突然猪木が本気で殴ってきたり関節を折りにきたらどうなるか。馬場はそれを怖れたのでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

普通に考えればそういうことですよね。


>引き分けの約束でリングに立っても、突然猪木が本気で殴ってきたり関節を折りにきたらどうなるか。
>馬場はそれを怖れたのでしょう。

まさに図星というところですね。

お礼日時:2003/03/01 09:42

理由はすでに皆さんがおっしゃっているようなところに集約できると


思います。

この話しになると、「猪木はやろうとしてたのに馬場が逃げた。だから
猪木のほうが強い」説にもっていく傾向がありますが、
ちょっと疑問ありです。猪木もテレビ局の事情などを知らないはずも
なく、「馬場に対戦要求したところで馬場はOKしない」という読み
があって対戦要求してたのではないかと思うのです。
馬場は猪木のそういうずるいところが嫌いで最後まで
信用できなかったんでしょうね。

また馬場にしてみれば、馬場と猪木には明確なレスラーとしての
「格」の差があり、自分が猪木とやってもさしたるメリットがないと
思っていたのではないでしょうか。といっても馬場がこの世にいない以上、
真相は永遠にわからないので推測するのがファンの楽しみということで。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

馬場さんはオールスター戦の時に、猪木戦に対して承諾の意思を示したと聞いてます。
その後掌を返したように猪木選手を無視し続けたそうです。
やはり猪木選手が勝敗の段取り等を守ってくれないかも知れない、という不信感が大きいように思えます。

お礼日時:2003/03/09 16:39

正式な理由は馬場さんがいないので、わからないですが、生前のコメントなどから推測すると、今みたいに多団体ではない時代に両団体のエースが戦うってことはリスクも大きいと思います。


リスクとは何か?となりますと、現在のような多団体では強さ以外のものを各団体に求めていますが、あの頃みたいに全日、新日しかない場合、強さがまず大事です。どちらかが勝つということは、どちらかが負けるということであり、それはその団体のランクを決め付けるものであり、戦った両雄だけでなく負けた団体の選手、フロント、家族も最終的には路頭に迷う可能性があります。勝った選手の団体のほうが強いということで、観客もそちらに多く集客しますから、負けた団体は最終的に潰れる可能性が高いと・・・。
猪木さんもプロレスの称号のNWAと提携できない分、異種格闘技や日本人対決に目をつけたのであって、NWAと提携できる場合はそのベルト奪取が最目的だと思います。
つまり、猪木さんから見た場合、負けるデメリットよりも勝つメリットのほうがおおきかったと思いますし、馬場さんから見た場合、勝つメリットよりも負けるデメリットが多かったと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

>どちらかが勝つということは、どちらかが負けるということであり、

凶器攻撃・両者リングアウト・乱入・3本勝負等が当たり前に行われていた時代に、勝敗を事前に決めずに戦うと思います??
まあ、今でもそうでしょうけど。

お礼日時:2003/03/01 09:38

理由は3つありますね。


【馬場が拒否】
猪木はやりたかったのですが、馬場が拒否したのが理由のようです。
猪木は日本プロレスを追放されてから、
いつも捨て身の覚悟で戦ってきましたね。失うものは何もない覚悟が
いつもありましたね。馬場は築いたものは失いたくないという気持ちが
いつもあったから実現しなかったと思いますね。

【テレビ局】
テレビ朝日、日本テレビは20年前はゴールデンタイムで放送していましたね。
テレビ局のほうが、このカードを拒否したんでしょう。

【周囲が反対】
回りが相手に利用されるだけだから、やめとけという反対が強かったのでしょう。
今でも新日本が対抗戦をノア等にアタックしていますが、拒否反応が強いですね。
相手に利用されるのをいやがる雰囲気がプロレス界にはありますね。
もっとも壊滅寸前の団体は、このチャンスを生かそうと乗ってきますが(笑)。

プロレス界はこのままでは、ジリ貧状態ですね。
やはり、ファンが望むカードを出し惜しまず,積極的に出すべきですね。
天龍と長州のカードがWJプロレスの旗揚げ戦で実現しますが
やや遅かった気がしますね。せめて5年前にやってもらいたかったですね。
物事には、旬というものがあります。食べごろもありますね。
プロレスのマスコミもどんどん注文を出して、いいカードが実現出来るよう
働きかけてもらいたいですね。
今も記憶に残るカードは旬の時のカードですね。10年ほどのカードですが
パワー(健介)×武藤、橋本×ノートン、川田×田上のシングル対決の
カードは今も記憶に残っています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

>猪木は日本プロレスを追放されてから、
>いつも捨て身の覚悟で戦ってきましたね。失うものは何もない覚悟が
>いつもありましたね。馬場は築いたものは失いたくないという気持ちが
>いつもあったから実現しなかったと思いますね。

勝敗をかけて戦うことはないと思いますが?
勝敗をかけて戦わないのがプロレスでしょうから。

お礼日時:2003/03/01 09:33

当時はテレビの放映権も絡んでたんじゃないんでしょうか。

二人がタッグを組んだ試合の映像もずっとお蔵入りになってたみたいだし。
今だったら新日対ノアをテレ朝と日テレで両方やってるけど、当時は規制が厳しかったんじゃないんでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

>当時は規制が厳しかったんじゃないんでしょうか。

その厳しい状況下でもタッグを組むことはできてますよね。

お礼日時:2003/02/09 04:44

20年以上前、二人の対戦を見た気がします。

TVで・・・一度やったことが有ったのではないでしょうか?どうかな?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

二人のシングルでの対戦は前座時代までさかのぼらなければ行っていないはずです。
前座時代は馬場さんが圧勝だったと思います。

お礼日時:2003/02/08 02:01

 だってお互いが新日本と全日本の看板レスラーなんですよ。


対戦したら、当然のことですがどちらかが勝ち、どちらかが負けることになるのですが
勝った方はいいですよ、でも負けてしまったら
「新日は全日より弱い」(もしくは逆)というランク付けがはっきりと目に見える形でなされてしまい
その後の興行にも差し障りが出てくること間違いなしです。
だから実現しっこないのにマスコミが先走ってあおっているとジャイアント馬場は苦笑していたそうです。
現在では看板レスラーが激突することもありますが
それでも勝ち逃げしないように、
リターンマッチを組んで1勝1敗になるように配慮しています。

 そういえば新日vsUインターが社運を賭けて激突して大人気でしたが
その後のUインターがどうなったか、記憶している方も多いかと思います。
看板レスラーが出てきての対抗戦は一時的には盛り上がって大儲けになるけれど
結局だめになってしまうといういい例でしたね。
そういう轍を踏まないように、ノアの三沢社長は対抗戦には慎重なのだと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

>リターンマッチを組んで1勝1敗になるように配慮しています。

長年プロレスを見ている人から聞いたのですが、当時馬場さんは「猪木は信用が置けない」とよく言っていたそうです。
それはもしかしたら、1勝1敗になるような取り決めをしたとしても向こうはそれに従わない可能性がある、と暗に言っていたのかも知れないですね。

>その後のUインターがどうなったか、記憶している方も多いかと思います。

新日から離れることでそれなりに存在感を示し続けることができたのではないでしょうか(分裂などはありましたが)。

>ノアの三沢社長は対抗戦には慎重なのだと思います。

慎重なのは結構ですが、ファンの夢を叶えるという視点も持ち続けていてほしいと思います。

お礼日時:2003/02/08 01:56

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よろしくお願いします。

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>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタインでした。
 彼は、リーマンという数学者が作った、
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あわせて説明したんです。これが相対性理論。

>これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?

 物理学的にはそうです。

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これを2次元空間と言ったりします)を曲げると
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あったとして、曲げながらそれを真上から見て
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いても下敷きという2次元空間が歪んでいる
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 2次元的(縦と横しかない)な存在である下敷きが
歪むには、それ以外の方向(この場合だと高さ方向
ですが)が必要です。

 19世紀に、電気や磁気の研究をしていた学者たちが、
今は小学校でもやる砂鉄の実験(紙の上に砂鉄をばら撒いて
下から磁石をあてると、砂鉄が模様を描くというやつです)
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原因ではないかと直感したんです。
 電磁石の強さを変えると、砂鉄の模様が変化します。
これを砂鉄が動いたと考えず、砂鉄が存在して
いる空間の歪みが変化したのでは?と考えたんです。

 3次元の空間がもう1つ別な方向に曲がる。
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>あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

 4つ目の方向である時間は、存在していても
その方向に、人間が自由には移動する方法は
現在ありません。時間方向を自由に動ける機械と
いうのは、タイムマシーンのことなんですが。

 日常生活を考えてみたとき、縦、横といった
方向は割りと自由に動けます。1時間ちょっと
歩けば4kmくらい楽に移動できますが、
道路の真中で、ここから高さ方向に
4km移動しろと言われたら、人力だけでは
まず無理でしょう。
 飛行機やロケットといった道具が必要と
なります。
 時間方向というのは、このように存在していても
現在のところ自由に移動できない方向なんです。

 例えば、人間がエレベーターの床のような
平面的な世界に生きているとしましょう。

 この場合、高さ方向を時間と考えて下さい。

 エレベーターは勝手に下降しているんです。
この状態が、人間の運動と関係なく、時間が
経過していく仕組みです。

 人間もほんの少し、ジャンプして高さ
方向の移動に変化をつけることができます。

 同様に時間もほんの少しなら変化をつける
ことができます。

 エレベーターの中で、ジャンプすると
ほんの少し下降を遅らせることができる
ように、時間もほんの少し遅らせることは
できるんです。




 

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
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特に縦の突進力に弱いね。
もし、若貴時代にように巨漢の力士が揃っている時代だったら、一発で土俵の外に吹っ飛ぶだろうね。
けど、今の力士は小柄になっているからね。
朝青龍にとってはやりやすい時代だよね。
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一発で場外に吹っ飛んでしまうと思います。
しかし朝青龍は立会いで速く仕切り相手の突きの1番
威力のない状態(相手が突きを打ち始める前)にぶつかり
まともに突きをくらうことは、まず考えられないでしょう。
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その後は朝青龍の腰からの攻めで横に攻めたりしていくうちに
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勝つ可能性の方が私は高いと思います。
朝青龍の腰の強さや俊敏性を見れば朝青龍が弱いとは誰も思わ
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Q最強のプロレスラーは・・・ビリージョイス???

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●ジャイアント馬場
「レスリングができないし、10回やれば9回ワタシが勝つだろう・・・プロモーターとして私にとても良くしてくれた」


●ジャンボ鶴田
「色々な(良い)評判を聞いたが、猪木の方がずっと上である。試合以外でグレコローマンスタイル(アマレス)でも手を合わせた事があるが、正直言ってそれほどのレベルではなかった」

●スタンハンセン
「レスリングテクニックはないが、気持ちが強く非常に強いレスラー。又、たいへんナイスガイだった」

●ブルーザーブロディ
「スタンハンセンよりあらゆる面でだいぶ落ちる。『こいつなら大丈夫』という選手には強いが、そうでない相手には弱気である。はっきり言ってレスラーとしては評価していない」

●ビリージョイス
「(戦ってきたレスラーの中で)ずば抜けた一位」
 どうやらジョイスは最強のようです・・。

●カールゴッチ、ルーテーズ、ダニーホッジ
「トップシューターであった事には間違いない・・・」

●バーンガニア
「技術はそれほどでもなかったが、勝とうとする意思が強く、決して悪いレスラーではなかった」

●アントニオ猪木
「私が戦ってきたジャパンのレスラーの中でナンバーワン」

●ブラッドレイガンス
「グッドレスラー」

●ボブバックランド、ジャックブリスコ
「グッドアマチュアというレベル。サブミッションを持たず、私から見るとプロとして甘く見えた」

●藤原喜明、藤波辰巳、坂口征二
「ゴッチから色々ときいているが、実際に手をあわしたり、動きをみた訳ではないのでよくわからない」


「私はビリー・ジョイス、ジョージ・グレゴリー、ギディオン・ギダ、カール・ゴッチといったヨーロッパの本当に強かったレスラー達を基準にしているから、日本の選手たちのレベルが低く見えてしまうのは仕方のない事だということを理解してほしい」



やっぱり最強のレスラーは「ビリージョイス」で確定ですか???

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Aベストアンサー

自伝を読まれたのであれば知っていることもあると思いますが少し述べさせてください。

日本ではカール・ゴッチはプロレスの神様として敬意を集めていますよね。私も大ファンです。そのカール・ゴッチがレスリングの修行をしたのが「スネーク・ピット(蛇の穴)」と呼ばれたイギリスのビリー・ライレー・ジムです。ビル・ロビンソンは14歳頃からスネーク・ピットに出入りしており謂わばヨーロッパレスリングの生き字引的な人です。

ベルギーにいたカール・ゴッチは26歳頃、ビル・ロビンソンの伯父のアルフ・ロビンソンからスカウトされてイギリスに来ました。そしてスネーク・ピットの師範代のビリー・ジョイスとレスリングのスパーリングをするのですが、カール・ゴッチは何もできないまま、あっという間にビリー・ジョイスに極められてしまったそうです。

それからカール・ゴッチはスネーク・ピットで3年以上に渡って修行するのですが、ビリー・ジョイスの強さは別格で、カール・ゴッチ、ビル・ロビンソンを含めた5,6名のレスラーと相手をして全く休憩無しで3周しても息切れすることは無かったそうです。ビリー・ジョイスは本当に最強だったと思います。

ビリー・ジョイスは9年間イギリスのヘビー級のベルトを保持し続けていました。ビル・ロビンソンが「ビリー・ジョイスはすごかった」と繰り返し語っていると、宮戸優光も自著の中で述べています。宮戸優光は現在ビル・ロビンソンからスネーク・ピットの技術を習うと同時に、二人は共に東京でレスリングの指導をしています。(高円寺のUWFスネーク・ピット・ジャパン)

19世紀以降の近代レスリングには様々なスタイル、ルールがありましたが、スネーク・ピットはイギリスのランカシャースタイルと呼ばれたキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの技術を受け継いでいます。今日のレスリングのフリースタイルも源流はランカシャーです。1900年代初頭、既にヨーロッパでレスリングは、日本の柔道・相撲のように競技文化として根付いていました。ジムも多く存在し、アマチュア競技として、また賞金を懸けたプライズ・マッチも多く行われました。

後にレスリングはサーカスなどの興行で行われるようになりカーニバル・レスリングと呼ばれますが、この頃に盛り上げるために演劇的要素が加わりました。これは純然たるレスリング競技では客が面白さを理解できなかったからというのが本当のところです。

しかしサーカス時代には飛び入りの素人との真剣勝負や、賞金を懸けた試合、ボクサーとの異種格闘技戦も行われていて、実は筋書きのあるものばかりではなかったのです。また興行主、レスラー同士の格付け争いもあり、隠れた真剣勝負もありました。チャンピオンは文字通り実力者であり力で納得させていました。その後、テレビ・メディアが誕生してからもルー・テーズなどの実力者がリングの上に君臨していました。

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ルー・テーズはそれぞれ個々のプロレスラーを「レスラー」「シューター(シュートは真剣勝負)」「ワーカー(ワークはアングル、脚本)」「パフォーマー」と区別して呼んでいました。おっしゃる通り、ビル・ロビンソンもルー・テーズのことをトップシューターと呼んでいます。これは、単に見せるだけでなく、ジム内のスパーリングの強さを重んじていた何よりも証左です。

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自伝を読まれたのであれば知っていることもあると思いますが少し述べさせてください。

日本ではカール・ゴッチはプロレスの神様として敬意を集めていますよね。私も大ファンです。そのカール・ゴッチがレスリングの修行をしたのが「スネーク・ピット(蛇の穴)」と呼ばれたイギリスのビリー・ライレー・ジムです。ビル・ロビンソンは14歳頃からスネーク・ピットに出入りしており謂わばヨーロッパレスリングの生き字引的な人です。

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Q関ヶ原の戦いでもし(IF)小早川秀秋が裏切らなかったらどうなってた

関ヶ原の戦いでもし(IF)小早川秀秋が裏切らなかったらどうなってた

小早川秀秋がもし東軍(家康側)に寝返らなかったら関ヶ原の戦いは西軍(石田三成側)の勝利となっていたのでしょうか。
小早川秀秋は家康から寝がいりを要求する手紙をもらっていたらしいのですが。
もし寝が入り、の決断をできなかった、もしくは家臣に反対されて西軍を裏切らす東軍と戦ってた場合

関ヶ原の戦いの結果はどうなっていたのでしょうか
あと裏切りという作戦を家康が立てていたのですが
裏切ってくれなかったとしたときのために
家康は何か策でも立てていたのでしょうか

皆様の考えをどうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 関ヶ原の戦いのポイントは、戦いの前に岐阜城が落とされたことにあります。ここで西軍の主力の一つの織田が全滅しました。そのとき西軍主力の宇喜多は、伊勢にいました。石田は、岐阜城の重要性に気がつかないで織田を見殺しにしています。その間、戦略をたてに大垣と佐和山を行ったり来たりしています。
 そうして濃尾平野の重要部分を徳川方に押さえられて
関ヶ原を迎えます。
 もひとつは、島津義弘の軍が、正規の部隊でないことだと思います。島津軍が、1万人くらいの戦力で司令官になって作戦指揮していたら家康も無謀な関ヶ原の野戦にでることはなかったでしょう。義弘の朝鮮の役の活躍や関ヶ原以後の対島津の扱いから見ても誰もが納得できるでしょう。
 後一つは、立花宗茂がいたらです。小早川を大津に残し立花を関ヶ原につれてきていたら、宇喜多と立花、島津と並んでいたら、西軍の勝ちになるでしょう。
 といっても、石田は、小早川に(関白)を約束していたので決戦場にいないわけにはいきませんね。結局これも実現の可能性はゼロです。
 ただ、一つ重要な点は、徳川軍本体は強かったかと言うことです。秀吉に対抗した当時までは、徳川は最強でした。でも、関ヶ原前の20年くらいは大きな戦争もなく人数はともかく経験不足でとても精強とは言えない武士団でした。もし、徳川本体が戦って強くないことがばれたら本当に大変なことになるところです。
 いろいろな書籍を読んでみてもホントにうまく進めた物です。家康という人物の戦略眼と組織作りは見事です。最終勝利者というのでしょうね。参考になります。

 関ヶ原の戦いのポイントは、戦いの前に岐阜城が落とされたことにあります。ここで西軍の主力の一つの織田が全滅しました。そのとき西軍主力の宇喜多は、伊勢にいました。石田は、岐阜城の重要性に気がつかないで織田を見殺しにしています。その間、戦略をたてに大垣と佐和山を行ったり来たりしています。
 そうして濃尾平野の重要部分を徳川方に押さえられて
関ヶ原を迎えます。
 もひとつは、島津義弘の軍が、正規の部隊でないことだと思います。島津軍が、1万人くらいの戦力で司令官になって作戦指揮し...続きを読む

Q衣笠祥雄氏はなぜ広島監督にならない?

 表題の通りです。

 以前から疑問に思っておりましたが、衣笠祥雄氏は山本浩二現監督とともに広島カープの最大の功労者と思っております。私は、衣笠氏抜きでは現在の広島カープの隆盛は無かったのでは?とも考えております。

 同氏の経歴は今さら申しあげるまでもありません。

 2215試合連続出場(当時世界記録)、MVP1度、打点王・盗塁王各1度、国民栄誉賞受賞と文句のつけようがありません。山本浩二氏とともに5度のリーグ優勝(うち日本一3度)に大きく貢献しました。
 背番号も、衣笠氏の「3」と山本氏の「8」はともに広島の永久欠番となっております。

 山本浩二現監督も、現役時代はMVP2度獲得など衣笠氏以上に素晴らしい実績の持ち主です。

 しかし、監督としてはいささか物足りないように思えるのです。昨年まで、延べ9シーズン指揮を執っておりますが、リーグ優勝が1度あるだけです。今年も現在のところは最下位です。今季限りで退陣が濃厚という報道も目にしました。

 しかし、次期監督候補となると、大野豊氏や北別府学氏の名前が挙がっておりますが、なぜか鉄人・衣笠祥雄氏の名前は今までに聞いたことがありません。

 衣笠氏が現役引退して既に18年が過ぎようとしておりますが、なぜ広島カープはこれほどの大功労者を指導者として迎えようとしないのでしょうか?(コーチとしても今まで迎えられていない、と記憶しておりましたが・・・。)

 ご存知の方は、何卒ご教示くださいませ。

 なお、衣笠・山本両氏については下記サイトを参考にさせていただきました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A3%E7%AC%A0%E7%A5%A5%E9%9B%84#.E6.89.80.E5.B1.9E.E7.90.83.E5.9B.A3


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E6%B5%A9%E4%BA%8C#.E9.81.B8.E6.89.8B.E6.99.82.E4.BB.A3.E3.81.AE.E5.B9.B4.E5.BA.A6.E5.88.A5.E6.88.90.E7.B8.BE

 表題の通りです。

 以前から疑問に思っておりましたが、衣笠祥雄氏は山本浩二現監督とともに広島カープの最大の功労者と思っております。私は、衣笠氏抜きでは現在の広島カープの隆盛は無かったのでは?とも考えております。

 同氏の経歴は今さら申しあげるまでもありません。

 2215試合連続出場(当時世界記録)、MVP1度、打点王・盗塁王各1度、国民栄誉賞受賞と文句のつけようがありません。山本浩二氏とともに5度のリーグ優勝(うち日本一3度)に大きく貢献しました。
 背番号も、衣笠氏の「3...続きを読む

Aベストアンサー

私もその件に関して疑問を持っていた一人でした。それで方々から聞いた話を総合すると
(1)変わり者である&人望が薄い
(2)上記で挙げた理由からオーナー陣と仲が良くない
(3)純粋な日本人ではない(アメリカ人の血が混じっている)
…という理由だからだそうです。

だからといって私までが衣笠氏を否定しているわけではありません。むしろ“求道者”然としていて、現役時代はもちろん引退後も野球に対して真摯に打ち込む姿勢はひとりの大人、男性としてまさに尊敬するに値する対象であるといえます。

しかしながらイチローなども同様ですが、“求道者”然としている人は時に周囲から誤解されたり、あるいは認められながらも遠ざけられることが多いようです。

私は別に広島ファンではありませんが、それでも衣笠氏のことは敬意をもってみています。おそらく“変わり者”とか“人望が薄い”みたいな指摘は、妥協することを知らない衣笠氏に対してのその他大勢にとって都合が良い見方に過ぎないであろうし、また広島という土地柄から衣笠氏に対してその出自を好ましく思えない勢力も根強くあることはあるのではないでしょうか。

ちなみに余談ですが、山本監督とは決して仲が悪いわけではないみたいです。少なくともお互いがお互いを認め合っているようです。ただ、現役時代互いに“つかず離れず”の関係でチームに緊張感を与えていたため、その延長線上で現在もそういう関係に見えてしまうのでしょう。もちろん互いに持っている性格的な違いも大きく影響していることも間違いのない事実ではありますが…。

私もその件に関して疑問を持っていた一人でした。それで方々から聞いた話を総合すると
(1)変わり者である&人望が薄い
(2)上記で挙げた理由からオーナー陣と仲が良くない
(3)純粋な日本人ではない(アメリカ人の血が混じっている)
…という理由だからだそうです。

だからといって私までが衣笠氏を否定しているわけではありません。むしろ“求道者”然としていて、現役時代はもちろん引退後も野球に対して真摯に打ち込む姿勢はひとりの大人、男性としてまさに尊敬するに値する対象であるといえます。

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Q大山倍達って強いの?

じっさいどの程度強かったのでしょうか?
よくボクサーやレスラーに連勝したとか
聞きますがどの程度のレベルの相手だったのでしょうか?
なにか相対的な強さがわかるように教えて頂きたいのですが

空手を世間に広めたという事はわかるんですが
=強さと言う事では無いと思うんですが



今のレベルでは話しにならないとは思うのですが
当時のレベルでも大山倍達は本当に強かったのでしょうか?

Aベストアンサー

この質問を読んで連想したのは、昔文壇で盛んに「宮本武蔵は名人か否か」が論議された事です。
その回答として吉川英治がかの大傑作「宮本武蔵」を執筆したのはあまりにも有名ですね。
大山総帥の場合、吉川版武蔵に相当する伝記作品が「空手バカ一代」になりますが、逆に「空手バカ一代」こそが論争の的になっているのは皮肉としか言い様がありませんね。

で、回答しますと
大山総帥は確かに強かったと思います。
最盛期の身体能力を持ってして現代の戦法・戦術を身につければ充分に現代の総合格闘技でも通用するとは思います
ただし、当時でも現代でも「最強」ではないと思います。
日本あるいは世界で1番強い、とはいかないまでも充分に強いと呼べる実力
そんなところではないでしょうか


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