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短歌などはなぜ一首、二首と数えるの?なぜ首?

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A 回答 (4件)

 No.2の方が言われるように漢詩の数えからから来ているのは間違いないと思います。



 「万葉集」〔天平宝字3年(759)以降に成立)よりも先に、日本で作られた漢詩集「懐風藻」〔かいふそう。天平勝宝3年(751)成立〕でも、

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 大津皇子 四首

皇子者,淨御原帝之長子也.(略)卒以戮辱自終.古人慎交遊之意,因以深哉.時年二十四.

五言春苑言宴 一首

 開衿臨靈沼 游目?金苑
 澄清苔水深 ?曖霞峰遠
 驚波共絃響 哢鳥與風聞
 群公倒載歸 彭澤宴誰論

(以下略)

http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kaifu …

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というように、「首」が用いられているようです。

で、「首」は、

-----------------------------



(1)シウ・シュ [有]

(2)シウ・シュ [宥]

(1)かしら(頭)くび、かうべ。○かみ(髮)○かみ(上位)「─座」○さき(先)まへ(前)○かなめ(要)○もとづく(本)○はじめ(始)○かしら(魁帥)をさ(長)○元─は君主。○つか(拊)○いしづき(?)○あらはす(表)○詩歌の篇數を示す語「唐詩三百─」

(以下略)

「KO字源」
http://wagang.econ.hc.keio.ac.jp/zigen/

※左側の部首のフレームの下から7列目の右の「首部」をクリックしてください。

-----------------------------

というように、「頭(あたま)」の意味を持っています。
 武士が敵の首(くび)をとると言うときも、実際には首から上の頭部です。

 また、次のような書き込みのあるサイトもあります。

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 色々調べたり、専門家の方の話を聞いたりした結果を書いておきます。「首」は、長いものを数える助数詞であり、また頭部とか筆頭者という意味も表す。漢詩において、五言のものとか七言のものとかありますが、そのはじめの部分すなわち頭部をとらえて首部ということで、一首・二首というふうに数えた。また、和歌は、細長い短冊というものに書くという意味においても、長いものを数えるという条件にも合致し、一首・二首という数えられ方をしたということです。
 我ながらへたくそな説明で、こんなことで納得していただけるとは思えませんが、これ以上の説明はできません。

漢字質問箱
http://ww81.tiki.ne.jp/~nothing/kanji/q/q_024.html

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 たとえば漢詩(唐詩)の律詩という形式は、首聯(しゅれん)・頷聯(がんれん)・頸聯(けいれん)・尾聯(びれん)と呼ばれる4つの部分からなります。
 首(あたま)・頷(あご)・頸(狭義の「くび」。頭の下の細くなったところ)・尾(いきなり「しっぽ」に飛びます。)の4つの部分というわけです。
 
 動物などは、一頭、二頭……、と「あたま」で数えます。

 漢詩の場合もこれと同じように、ただし「頭」ではなく(私にはなぜかははっきり分かりませんが)同じく「あたま」を意味する「首」の方を用いたということではないでしょうか。
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 NO.2さんの仰るように、漢詩も一首、二首というようです(一篇、二篇という人も居ますが)。


 さて、なぜ「首」かということですが、「首」という字は、狭義には頭と胴体をつないでいる細くなった部分を指します。
 しかし、ほかにも「初め」とか「主だった者」とか「頭」とか、さらに頭や顔には口が付いていて、ものを言いますので『申す』という意味もあるようです。「自首」というのは自分が犯人だと申し出ることです。
 この『申す』→『言葉で表現したもの』ということで、物語ほど長くもない漢詩、和歌の類に『首』という助数詞を使ったのではないでしょか。(以上については自信はありません)
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万葉集で一首、二首と和歌を数えていますから、


当時の中国での詩や詞の数え方が日本へ入ってきたと思います。

http://fine.ap.teacup.com/leaves/133.html

万葉集では他にも、一首、二首と数えた例があります。

念のため、中国語辞書で調べてみますと、現代中国でも
一首、二首と数えています。
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ものには色々な数え方がありますね。



1人、2人、1冊、2冊、1匹、2匹 など、短歌は、1首、2首 と数えます。

なお、旗や箪笥、羊羹などは、1竿(さお)、2棹、また、鳥や兎は、1羽、2羽 と数えます。
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Q短歌の数え方の単位は?

俳句は一句二句、和歌は一首二首、では短歌はどういう単位で数えるのでしょうか?
どなたかご教授くださいませ。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 他の方のおっしゃるように「首」で数えます。

 なお、「和歌」は、中国の詩(日本人が作ったものもありますが)である「漢詩」に対して、「日本の歌」を意味するもので、広い意味では、「短歌(五七五七七)」の他に、「長歌(長歌=五七を二回以上繰り返して、最後五七七で終わる)や旋頭歌(せどうか=五七七五七七)なども含みます。
 その、広い意味での「和歌」の中で、平安時代以降は短歌以外はあまり(ほとんど)作られなくなったので、「和歌」は、五七五七七の「短歌」を表す狭い意味で使われるようにもなりました。現代では和歌というとほとんどの場合、五七五七七の短歌のことです。
 だだし、その場合でも五七五七七の「短歌」を和歌と呼ぶのは江戸時代の作品までで、明治以降の作品は短歌と呼び、和歌とは呼びません。
 したがって、与謝野晶子や斎藤茂吉、近いところでは俵万智などの作品は「短歌」と呼び、和歌とは言いません。

Qテスト直前なのに、短歌の区切れがわかりません………。

短歌の句切れ、どのように見分けたらよいのかがわかりません。
感動の助詞(けりなど)がなかったら『句切れなし』なのでしょうか?

以下の句の句切れ、自分で考えても理解できず、家族や友人に聞いてもわからないと言う返事しか返ってこなく、
ネットで調べてもよくわからないので困っています。
どうぞよろしくお願いします。

・防人に 行くはたが背と 問ふ人を 見るがともしさ 物思もせず(防人歌)
・多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの児の ここだかなしき(東歌)
・君待つと 吾が恋ひをれば 我がやどの すだれ動かし 秋の風吹く(額田王)
・近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ(柿本人麻呂)
・うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思えば(大伴家持)

すべて万葉集で、とても一般的な句なのだそうですが、よくわかりません。どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「句切れ」とは、和歌や俳句において、意味の上でいったん切れるところです。
以下のような場合があります。

1、切れ字のあるところ。
「切れ字」は、「や」「かな」「けり」など。俳句の項目で調べると分かります。でも、松尾芭蕉は「全て切れ字」とも言っていて、本質的には奥の深いもので、一概に「これが切れ字」とは言えません
↑「けり」は「詠嘆の助動詞」です(「助詞」ではない)。

2、係り結びの結んであるところ。
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結ぶ。

3、終止形や命令形で言い切っているところ。

4、体言止めで言い切っているところ。
ただし、体言で句が終わっていても、そこへ「を」「に」などの助詞を補ってあとの句へ意味がつながるような場合は、ここを句切れとは考えません。

5、倒置法のあるところ。

6、呼び掛け法のあるところ。

韻文の場合、芸術的に感心できませんが、一応、「解釈(分かりやすい現代語に訳す)」をしてみると、句切れも分かるかと思います。

*防人に・・・
あの九州の警備兵として徴兵されていくのは誰の旦那さんかしらね、と訊く人を、見ることのうらやましさと言ったらないよ。なんの悩み事もなくて(あの防人は私の夫なのだよ、私には危険な国境に夫を送り出すという悩みがあるのだ)。
→「ともしさ」が体言止めで、意味的に倒置法なので四句切れです。

*多摩川に・・・
多摩川に晒して作る布を見ていた。その「さらす」という音でふと思い出したが、さらにさらにどうしてあの子がこんなに恋しいのだろうか。
→「多摩川にさらす手作り」までは、「さらさらに」を導くための「序詞(じょことば)」で、和歌の解釈としては内容的な意味はなく、「手作り」は体言止めで、二句切れです。

*君待つと・・・
恋人のあなたの訪れを待って私があなたを恋い慕っていると、私の家の簾を動かして、あなたの代わりに秋の風が訪れ、あなたはまだ来ないのだった。
→順当な流れのうちに結句まで言い切っている歌で、句切れなし。ちなみに、古今集以降だと、「秋風」を「飽き」との掛詞(かけことば)と考えて、恋人の訪れがないのを、恋人とが自分に「飽き」たからだ、と、別れや失恋を暗示するのですが、万葉集だとそこまで読むのは深読みと考えられるでしょう。単に季節がほんとに秋だっただけ。女心の寂しさは詠み込まれているけど。

*近江の海・・・
琵琶湖に夕方立つさざ波に群れ遊んでいる千鳥たちよ、お前が鳴くと、私はひどくしみじみと悲しくなって、昔のことが偲ばれてならないよ。
→「夕波千鳥」を呼び掛け法と考えても、単なる体言止めと考えても、いずれにせよ二句切れ。

*うらうらに・・・
うららかに照っている春の陽射しに雲雀が空高く舞い上がり、私の心はいっそう悲しいなあ。一人ぼっちで物思いに耽っているので。
→「心悲しも」の「も」は、上代特有の助詞で、詠嘆を表すので、ここで切れて四句切れ。春の憂愁(メランコリー)を詠い、万葉集としてはかなり進んだ、中古的美意識をもって詠んだ歌。雲雀の楽しそうなさえずりと、自分の憂鬱な物思いとの対比。

万葉集の和歌には、二句や四句の偶数で句切れのある歌が多いのです。
五七/五七/七
と「五七」のリズムが強調されるので、「五七調」と呼ばれます。
(古今集以降の和歌は、初句や三句の奇数句で句切れのある歌が多く、五/七五/七七と「七五」のリズムが強調されて、「七五調」と呼ばれます)
五七調の和歌は、五音という軽い上半身を、七音という重い下半身でしっかりと支えるので、歌体が安定し、堂々とした力強い響きをもたらします。
七五調の和歌は、反対に、七音という重い上半身が、五音という軽い下半身の上に乗っかる格好になるので、歌体はふらつき、なよなよとした流麗な流れの良い歌になります。

「句切れ」とは、和歌や俳句において、意味の上でいったん切れるところです。
以下のような場合があります。

1、切れ字のあるところ。
「切れ字」は、「や」「かな」「けり」など。俳句の項目で調べると分かります。でも、松尾芭蕉は「全て切れ字」とも言っていて、本質的には奥の深いもので、一概に「これが切れ字」とは言えません
↑「けり」は「詠嘆の助動詞」です(「助詞」ではない)。

2、係り結びの結んであるところ。
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結ぶ...続きを読む

Q拝復の結語は?

手紙の書き出しですが、「前略  --  草々」で送られた手紙に対して、「拝復」という書き出しで返事を出したいのですが問題ないでしょうか?
その場合、結語は何になりますでしょうか?
宜しくご教示を。

Aベストアンサー

拝復は、一般的にいただいたお手紙に対し
お返事を出すときに使います。

敬具で納めていただければ結構です

Q「幕府」と「朝廷」の違いを教えて

中学校1年生の子供からの質問なのですが、

・「幕府」と「朝廷」の違いが分からない。
・そもそも「幕府」って何?「朝廷」って何?

と言われました。
お恥ずかしながら的確に説明できません。
教科書には説明が載ってないし、「先生に聞いてみたら?」と言うと
「先生は授業が終わるとすぐに職員室に戻ってしまうし、あまり質問しやすい先生じゃないもん!o(;△;)o 」
とのこと・・・(´_`;)

どなたか教えていただけますか?
私も勉強したいです。よろしくお願いします。<(_ _;)>

Aベストアンサー

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるということはほとんどなく、武士に言われるがままに任命していたわけですから、実権は武士の側にあったということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E5%A4%B7%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D
これを端的にお子さんに説明するのは難しいかもしれません。
ただ、今の天皇陛下も政治的な実権はまったくなくて象徴として存在しているわけなので、それとちょっと似ているというような説明は、できるかもしれませんね。(今でも首相を任命するのは天皇と決まっています。ただし天皇が首相を選ぶことはできず、国会が選んだ人を形式的に任命するだけです)

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるという...続きを読む


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