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帝国陸海軍のパイロットの装備として他の列強と異なるところは

1)コクピットに軍刀持参
→計器、無線機に支障をきたすだけで何の意味もない
2)パラシュートを装備せず
→軽い被弾でもパイロットが脱出できず、優秀なパイロットの消耗が異常に早かった

とされ、帝国陸海軍の愚かさ、頑迷さを示すエピソードとなっています。
これらはどの程度まで史実でしょうか?本当にほとんどのパイロットがパラシュートなしで出撃したのでしょうか。
大戦後期にはほとんどの飛行機は無線を装備していたはずですので(1)は技術者からアドバイスがあったでしょうし、また軍刀を持てる身分のパイロットもそれほど多くいたとは思えません。
また(2)については坂井三郎氏の著書でも「出撃に際して助かろうとは思わなかったためパラシュートは自分の意思でつけなかった」旨の記述がありますが航空隊上層部はパラシュート着用を奨励したりはしなかったのでしょうか?これも大戦中期から航空戦も巴戦の一騎討ち的なものより集団による作戦が重視される傾向だったのでパイロットの消耗は避けたいと考えるのが普通の指揮者だと思います。
「軍部はバカだった、だからパイロットの命を軽視したはずだ」といった推測ではなく出典、体験にもとづいた回答をいただけるとありがたいです。

gooドクター

A 回答 (6件)

軍刀持参については、海軍では計器などに影響すると言う理由でほとんど持ち込まないと「大空のサムライ」に書かれていた記憶があります。


とはいってもそれも戦闘機に限った話のようで、艦攻や艦爆の手記を読むとよく持ち込んでいるようですね。実はゴーストライターが書いていて勝手に書いただけ、かも知れませんが。
あと、一式陸攻に乗ったまま撃墜された山本五十六はその遺体発見時に軍刀が見つかっていますよね。人が人だけに一般には当てはまりませんが、厳密に禁止していたわけではないでしょう。

それと、よく古刀販売などで航空隊の赤羽刀かな? が売られていますね。
参考: http://www7a.biglobe.ne.jp/~oceandou/guntoutanke …
(下から2番目)

陸軍は士官なら以上なら常に持ち歩いていたのかなと感じます。


パラシュートについては、助かろうとは思わないという気持ち的なものだけではなく、機体を少しでも軽くするために装備しないほうがいいという考えが一般的だったようです。同様に、無線も”手振りや光信号で会話できるため”軽量化のため取り外したと聞いています。零戦がグラム単位で軽量化されていたぐらいですからね。
無線も通信機もすぐに故障だったみたいで、航空隊の方のどの手記を読んでも必ず壊れているときの描写が多いですよね。実際はあまり使われなかったようです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。無線に関しては確かに飛行中まともに使えることがほとんどなかったといったことを読んだような気がします。

お礼日時:2007/10/11 22:17

軍刀は陸海軍共に通常は持ち込ない、と聞いたことがあります。


普通に邪魔らしいです。
また自軍勢力圏内ならばパラシュートで脱出したらしいです。
自軍勢力圏内であれば捕虜にはなりませんので、戦陣訓に引っかからないでしょう。
あとパラシュート降下中銃撃を受けたことが敵味方共にあったらしいので、このことから日本もパラシュートを使用していたと思われます。
また敵地でのパラシュート降下は、捕虜又は戦死と同じ意味ですから「パイロットの消耗」には変わりありません。
つまり戦陣訓は日本軍の無駄な消耗に結びついたとはいえないということでしょう。

また陸軍は一式戦なら防弾タンクを備えていますし、大戦後期以降ならば零戦は自動消火装置が付けられています。


日本のパイロット消耗の原因は、パラシュート脱出を禁止したことでも、戦闘機が脆いからでもなく、優勢なる米英の空軍とまともにぶつかった結果なだけと私は思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。どの回答も参考になりました。日本軍のパイロット人命軽視は嘘とはいえないにしてもかなりの誇張があると思っておりましたので。
ポイント発行には迷いました、どの回答も参考となりましたので申し訳ありませんが先着順にてつけさせていただきました。

お礼日時:2007/10/11 22:30

こんにちは。


なかなか興味深いご質問ですので、ちょっとお邪魔させていただきます。
1)コクピットに軍刀を持参することは、計器、無線機に支障をきたすだけで何の意味もない。技術者からアドバイスがあったでしょうし、また軍刀を持てる身分のパイロットもそれほど多くいたとは思えません。

 これに関しては、陸海のパイロット、及び搭乗員の自由意志という形で、指揮官等がそれに関して口出しすることは無かったと考えてよいと思います。言い換えれば、持ち込む者もいれば、そうでない者もいたということです。たしかに軍刀が計器や無線機に何らかの悪影響を与える可能性もあるでしょうが、それより精神的な面での軍刀の効果を考えるべきです。
 当時のパイロットが機内に持ち込んだ日本刀のほとんどが、昭和刀のような軍の兵器工廠で粗製乱造された物ではなく、両親や近親者たちから贈られた本物の日本刀でした。つまり日本刀には武器や芸術品のほかに、「お守り」という役目が当時の日本人の精神構造に根付いていたこともあって、出撃の前に日本刀を持参することは、家族や神の加護があることで心置きなく戦え、大きな戦果を上げることが出来るというメリットもあるということです。また日本刀を持てる身分ということですが、下士官であっても刀を所持するパイロットも多数いました。また、階級ではなくそれなりの刀を買える裕福な身分かどうかということに絞れば、それほど裕福な家庭の出身ではない者でも、家族が有り金をはたいて、あるいは借金をしてまでも、自分たちの大事な息子を守ってもらうために高価な日本刀を買い求めて与えたことも多々ありました。

2)パラシュートを装備せず
 軽い被弾でもパイロットが脱出できず、優秀なパイロットの消耗が異常に早かった。

 優秀なパイロットの異常な消耗率は、第一に日本軍機のすべてに通じる、もう皆無といってもよい燃料タンクの防弾に多くの原因があります。パラシュートに関しては、一応は陸海軍とも落下傘(パラシュート)を制式化しており、89式、92式、96式、97式などの落下傘がありました。当時の写真などにも装帯と呼ばれる縛帯(パラシュートを装着するためのベルト・ハーネス)をつけている者もいれば丸腰の者もいて、その様子は様々です。ということは、パラシュートに関してもかなり本人たちの自由意志が働いていたと考えられます。おおむね陸軍は装着する者が多く、逆に海軍はほとんどいなかったというのが現実でした。
 ではパラシュートを装着するしないの境目は何かといえば、一つには戦場の環境の違いです。つまり陸軍はその戦場の多くが陸の上であったということです。戦闘で被弾して飛行不能になったとしても、陸の上でならパラシュートによる脱出や不時着さえ出来れば、なんとか原隊に復帰することが考えられますので、パラシュートは座席代わりになるのはもちろん、墜落しても生きて変えることが出来れば再び敵と戦うことが出来る。つまりお国に再び奉公することが出来るということですね。お守り代わりの日本刀も、敵地やジャングルなどでは武器に早変わりすることも出来ますしね。
 それでは海軍はどうかといえば、これはもうほとんどパラシュートの役目は無いと考えてよいと思います。どういうことかといえば、陸軍と違って海軍艦載機の戦場は、何の目印もない洋上だからだということです。艦爆や艦攻のように複数の搭乗員がいれば、敵攻撃の後母艦へ帰還する際に航法士によって帰還することも可能ですが、戦闘機パイロット
にはそれが出来ないこともあって、自機の位置を見失ったパイロットが、燃料切れと同時に海面へ向かって自爆する者が多くいました。
 余談ですが、日本海軍にもまともに機能する無線や、米海軍のように洋上に不時着したパイロットを救出する専門の救助部隊の設置や、洋上においての生存のためのサバイバルキットや訓練を施していれば、相当な数の熟練パイロットを失わずに済んだかもしれません。
 とはいえ、日本軍にはこれらのifをぶち壊す影響力の大きい戦訓がありました。ご存知のように「戦陣訓」のなかにある「生きて虜囚の辱めを受けず…」という文言です。このばかげた命令はパイロットのような高技能職の兵士たちにも自決を強要し、後々にボディブローのように戦闘に悪影響を与えたわけですが、これがパラシュートの装着率を低下させたもう一つの原因になったと考えられます。つまり、パイロット本人にしても指揮官にしても、パラシュートを装着することを奨励するということは、命を惜しむ卑怯者という不思議な空気が存在したことも、装着率低下の更なる原因といえるかと思います。
 ただ海軍パイロットは陸軍と違って、ライフジャケットはそのほとんどのパイロットが装着していました。と書くと、パラシュートもないのにライフジャケットなんか意味ないじゃないかと思われるかもしれませんが、これは母艦の発着艦の際、操縦ミスにより近くの洋上に落ちた場合の時間救助を待つ間の稼ぎの役目を果たしていました。ちなみにその救助の役目を受け持つのが駆逐艦で、「トンボ釣り」と揶揄されていました。

 以上は光人社「日本軍の小失敗の研究」・「続日本軍の小失敗の研究」・読売新聞社「太平洋航空戦ー第2次大戦の主役・軍用機」・KKワ-ルドフォトプレス「日本陸軍兵器集」・潮書房「丸写真集・日本の戦闘機」「丸写真集・日本の爆撃機」・文藝春秋社 柳田邦夫著「零戦燃ゆ・上下」などからの抽出です。
 長くなりましたが、ご参考になれば幸いです。
 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。私はてっきり機内の軍刀は昭和軍刀かと思っていましたが勉強になりました。当時といえどもパイロットはエリートですからそれなりの家庭の出身者が多かったことはうなづけます。

お礼日時:2007/10/11 22:27

 日本軍の航空機は、エンジンの出力が弱いために、No.1氏がお書きのように全般に少しでも機体を軽くすることで速度や運動性を向上させる必要がありました。

その観点から、

>1)コクピットに軍刀持参
 
 については、例えば敵の急襲に対して一刻も速く迎撃に上がるときに軍刀を持っていこうなどと考えるはずがありません。ただし、陸軍特攻隊員が、出撃の際に軍刀を持参しているのは写真で確認できます。(資料=『陸軍特別攻撃隊』 モデルアート7月号臨時増刊 95年)

>2)パラシュートを装備せず

 落下傘(パラシュート)については、私が直接聴き取った範囲でいうと、人によって装着したし、しなかったようです。

 つけなかったという人の理由は、(1)機体を軽くするため。この人の場合は、無線機、計器も二、三を除き外していたそうです。乗機は四式戦。(2)機体に防弾板がないので撃たれたら即死するからつけなかった。(3)海上で戦闘するため、落下傘降下しても助からないから。この人は海軍の戦闘機搭乗員。そのほか飛行機から脱出すること自体が難しいという話も聞きました。日本軍機の場合、撃たれるとすぐに火を吐き錐もみになるので、コクピットから窓を開けて飛び出すのは至難の業だろう、ということです。訓練中のトラブルで脱出した人が足を切断した、という例もあったそうです。

 たしかに落下傘がないと座り心地は悪かったかもしれませんが、陸軍機の場合、座席にクッションが付いていましたし、昇降装置もありましたから位置の調節も可能でした。

 優秀な操縦者の消耗については、落下傘脱出ということよりも、むしろ日ごろの健康管理の不備(特に最前線で)、また脱出後のレスキュー態勢の不備が挙げられるのではないでしょうか。脱出しても救援が来なければのたれ死にするだけですから危険を犯して落下傘降下しようとしないのは当然でしょう。その点連合軍の場合は、サバイバルキットを携帯し、救援も確実におこなわれましたから脱出しようという意欲も起こるわけです。
 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。かなりお詳しいようで助かります。やはりケースバイケースなんですね。私ならいくら実用面で意味がなくても落下傘は備えたいところですが(笑)

お礼日時:2007/10/11 22:24

1)については追記事項なしなのでパスするとして。



2)ですが、やはり「大空のサムライ」(続だったかな?)のなかで、
坂井三郎氏は、パイロットのパラシュートは使い物にならなかったと思う、
なぜなら、座ったままで小便をするのでそれをすったパラシュートは、
腐ってしまっているだろう、という記述がありました。
また、坂井三郎氏が硫黄島にいたときに、当時の航空隊司令官に
「爆弾を抱いて敵艦にぶつかれ」という命令を受けたときに、
命令されたパイロット達が申し合わせたように硫黄島でパラシュートを捨てた、
という記述もありました。

したがって、パラシュートはつけていたことになります。
#2さんの言われるとおりですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。小便がかかったくらいで使用に耐えないほど腐る(まあ化学繊維の未発達な時代だから仕方ないか)とは、それにもましてそのようなところに格納する設計も問題?

お礼日時:2007/10/11 22:20

1)コクピットに軍刀持参


操縦に支障をきたしますので持ち込みはないと思います。

2)パラシュートを装備せず
日本軍の操縦席はパラシュートが椅子になっているのですが…
パラシュートなしでは飛行機の操縦が出来ません。
一時ですが、私は日本軍の未使用パラシュートと縛帯を持っていましたので
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。あらためて「大空のサムライ」を読み返したのですが確かに「椅子の下に落下傘・・・」の記述がありました。

お礼日時:2007/10/11 22:18

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