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世界から貧困がなくならないのは何故なんでしょうか。
ラテンアメリカの貧困の理由を教えてください。
理想論はいりません。具体的かつ現実的なお話を聞かせていただけるととても助かります;;

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A 回答 (5件)

いい加減な情報でよろしければ参考までに。



ラテンアメリカの場合、中進国というような状態で、
中国やインド、アフリカと比べれば、
1人当たりの所得水準が低いわけではありません。
しかし、貧富の格差が世界でもっとも激しい地域で、
低所得層の収入は苦しい状況にあります。

・1日1ドル未満で生活する貧困人口の比率:世界マップ
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Percentage_po …
・貧富格差(ジニ係数):世界マップ
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:World_Map_Gin …

100年前は「アルゼンチン人みたいにお金持ち」とヨーロッパで言われたように、
ラテンアメリカは富裕な地域だったとも聞きます。
日本からも戦前には多くの移民が新生活を夢見て
ラテンアメリカに渡って行きました。
当時の状況から見てみれば、ラテンアメリカがお金持ちで
日本が貧困であってもおかしくはなかったわけです。
ラテンアメリカは、土地は豊富で、資源も豊富でした。

しかし、ラテンアメリカは第二次世界大戦後の産業化の過程に失敗しました。
土地や資源は少数に所有され、農地改革はうまくいきませんでした。
貧富の格差が大きく、資源は人的開発に回りませんでした。
輸入制限、産業国有化、計画経済、債務積み上げといった
経済政策もひどく非効率で腐敗したものでした。
(アルゼンチンのペロンなどが典型)
戦後から農業や鉱物の価格が下落し、
貿易の中心を占めなくなったこともラテンアメリカ経済に不利でした。
左翼ゲリラ、右翼の民兵組織が活動し、政治も不安定になりました。
度々民主主義も崩れ落ちて軍事政権が成立しました。

1970年代から、チリのピノチェト軍事政権で、
シカゴ学派の経済学者の政策を取り入れて、
経済の市場化を進めよといった流れも起こります
(今日「新自由主義」と言われるものの大本の1つ)。
ピノチェトは独裁者として悪名高い人物でもあり、
チリではこの時期に貧富格差がさらに拡大しましたが、
今日に至るまでチリ経済はラテンアメリカでは
高いパフォーマンスを維持しており、
それなりに影響力は与えています。

しかし、当時からラテンアメリカは度々の
金融危機に見舞われるようになりました。
1979年にNIES(新興工業地域)という期待を持たれる新興国が発表された時、
枠組みには韓国や台湾だけではなくメキシコやブラジルも含まれていたのですが、
経済が不安定になり、韓国や台湾のような高成長を維持することはできませんでした。
かつての経済成長が、農業部門から高生産性部門への
労働力移動を原動力にしており、効率化を伴っていなかったため、
一定以上の水準になると経済成長が阻まれた面もあります。

また、資本市場を自由化することは経済に望ましかったのですが、
その過程には問題があり、結果としては成功とは言いがたい状態になりました。
メキシコのサリナス、ブラジルのカルドーゾのように、
経済的に望ましい政策を行ったと世界にみなされた人物の時期でさえ、
大きい金融危機が起こって経済の破綻に見舞われてしまいました。
突然期待が高まっても、気まぐれで国際資本が退散してしまい、
むしろ逆効果になってしまいました。

元々からピノチェトのような経済改革は、賛否が分かれるのですが、
こういった金融危機もあり、経済改革に対する不満が高まりました。
各種の公共料金の有償化・値上げも貧困層にとっては大きい痛手でした。
ラテンアメリカでは新自由主義的だとみなされる政策への不満が強まり、
ベネズエラのチャベスのような急進的な左翼政権も支持を得るようになりました。
依然としてラテンアメリカの政治・経済は不安定さを持った状態にあります。

貧困を解決する手段となると、また難しい話です。
ただ、資源高や農産物が高価格で推移していれば、
ラテンアメリカにとっては有利な条件ではあります。
こういった収入を武器に、どれだけ経済開発を進めることができるか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
たしかにラテンアメリカがそれなりに資源を所有していながら貧困とされていることには疑問を感じていました。過去にラテンアメリカが裕福だったというご意見、十分納得がいきます。しかしラテンアメリカが産業化に失敗した最大の要因は何だったんでしょうね。ご意見を参考にするなら政府の腐敗か、格差の広がりといったところでしょうか。…何故格差は広がったのか、それもまた疑問ですね。
戦後の改革が今の貧困につながっているのなら、アメリカに指揮をとってもらった日本は運が良かったということか。なぜラテンアメリカはヨーロッパ諸国に指揮をとってもらわなかったんだろう。それとも先進国の意向で今の状況が生み出されているのなら、他国がラテンアメリカに見出さずアメリカが日本に見出した「産業を発展させる」利点はどこにあったんだろう。……冷戦による朝鮮戦争か?
どことなく調べる指針を見つけたような気がします。参考にさせていただきます!! ありがとうございました!!

お礼日時:2007/12/04 11:00

原因を国際関係に結びつけようとするならば、


また難しい外交問題がたくさん出てくるように思われます。
この辺り私は詳しいところが分かりませんが、
ラテンアメリカにとっての米国は、
日本から見た米国とは明らかに異なった存在ですす。

日本や韓国・台湾の発展は、
米国の科学技術や機械を導入したことは大きいですし、
直・間接的な資金援助、農地改革などの影響はありました。
しかし、経済運営に関しては米国と異なる方針も多く取っています。
ラテンアメリカと共通する部分もなかったわけでもありません。
米国や欧州が、経済発展の万能薬を持っているわけでもありません。

米国や欧州・日本は、農業の自国産業保護を止め、
中南米の農業開発を助けることができたけれどもしなかった。
ODAを国連で定めた目標値に達させようとはしなかった。
こういった面では、援助の余地は大いにありました。
中南米の政権に干渉し、米国企業の権益を確保しようとし、
多くの政権を転覆させ、諸国民の大きい反発を招いた。
こういった面は政治的に褒められたものではないでしょう。
一方で、原因を何でも外国に求めることは、
今日の現実的な政策としては適切でない場合が多いです。
メキシコは、アメリカ・カナダと結んだ自由貿易圏(NAFTA)に、
発展のチャンスを見出さなければいけません。
内向きにならずに、ラテンアメリカのスペイン語圏、
アメリカのヒスパニックやスペインの人脈も通して、
最先端の知識を取り入れ、海外との取引を成立させる事が望ましいはずです。

ラテンアメリカが、ワールドカップで強国であるように、
経済面で成功を収められなかった要因には、
景気という「サイコロ」も多分に絡んでいるかもしれません。
こういう意味ではラテンアメリカの「運は悪かった」ように思われます。
1980年以降、失われた10年どころではなく失われた20年といわれたように
ほとんど成長が見られない国、貧困層の生活が悪化した国が多く見られました。
この間、諸国は、効率の悪い産業を改革しようとしました。
IMFを通じてワシントン流の指示を仰ぎました。
(IMFのプログラムが適切だったかどうかは疑問が大きいはずです。
資本市場の自由化は時期を得ていなかったように思われます)
しかし、メキシコの危機も、アルゼンチンの危機も、
ラテンアメリカの金融危機は関わりの無いはずの周囲まで波及し、
人々の生活に大きい打撃を与えてしまいました。

貧富の格差に関しては、
(1)昔から土地の持ち分が平等ではなく大土地所有者に偏っていたため、
  世代を超えて貧富格差が階級化していた
(2)国によっては先住民との人種・民族的分断がある
(3)先進国で格差縮小を導いた熟練労働者の大きい需要がなかった
(4)急速な国営企業民営化・産業転換の過程で大量の失業者が発生した
(5)新自由主義は富裕層優遇のイデオロギーと深く結びついていた
(6)度々の金融危機が貧困層の生活を直撃した
(7)債務危機に陥った政府は福祉を切り捨てて対処した
といった事はあげられるのではないかと思います。
ただ私はこの辺りの事情を詳しく知らないので、
ラテンアメリカ経済の文献を当たった方がよほど正確でしょうけれども。
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この回答へのお礼

……まあ、原因を明確に1つに定めることができるのであれば、ラテンアメリカだっていつまでもこの現状を続けてはいないでしょうね;; 世界史も経済もとってない自分が全貌を理解しよう、というのは無理があったかもしれないです(笑)
度々のお付き合いありがとうございました。確かにすべてが明快になったわけではないですけど、とても、本当にとても参考になりました。専攻とは畑違いですが、暇をみて文献も探してみます。

お礼日時:2007/12/10 05:03

国民の納得


まずは国民の形成が必要です。
歴史的に 資本主義と民主主義と国民国家というのは、近代ヨーロッパに生まれた三つ子の概念です。国家体制から考えると、国民国家が先行し、資本主義と民主主義が生まれたようです。
英仏百年戦争でイギリス王家がイギリスに引っ込み、フランス王家がフランスに君臨した。これによって絶対主義王政が生まれ、その絶対主義性(おいら達は一つ)から政治体制への参加性・帰属性がうまれ、民主主義となった。その民主主義になった人民が経済活動をすると資本主義になる。まぁ前後逆だったりしますが。
国民国家の作り方はいろいろあるようで、たとえばスイスは言語はバラバラですが国民国家です。これはハプスブルク家に一致団結して戦って、勝った!という歴史的経験が作用しています。ウィリアムテルの伝説ですね。
アフリカにはこれがない。
南アフリカとエジプトがアフリカの中で有望なのはアパルトヘイトに勝った!イスラエルに勝った!という国民の共通認識があるためではないかと思います。その意味でナイジェリアがNext11とか言われていますが、ちょっと怪しいと私は思っています。
タイが貧困が少ないのは、王様への信頼があるから。そしてベトナムがこれからグングン来そうなのは、「アメリカに勝っちゃいましたよ、僕らは」という意識があるから。
南米もボリバルがあのままうまくいっていたら結構いい線行ったような気がします。

統治の正統性に関しては、マックス ウェーバーが カリスマという用語で支配の社会学という書籍で説明している(らしい)
カリスマが生まれないと集団は国民国家に変身できないそうです。
→ この辺は小室直樹からの孫引きですが。
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この回答へのお礼

ああ……なるほど。確固たる歴史的背景またはそれに準ずる共通意識、絶対的な信頼を得るカリスマが出てこない限り国民国家が形成されないとなると、ラテンアメリカから貧困がなくなるのは遠い遠い未来になりそうですね。
1度目の回答を頂いたときに考えていたより深く、一貫性のある説でとても嬉しく思っています。ありがとうございました。

お礼日時:2007/12/04 00:41

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93% …

人間開発指数というものがあります。生活の質を見ようというもの。
ラテンアメリカでもいろいろあるようです。

さて、東南アジアとアフリカの補助線と、経済行動が基本的には国家単位になっている現状を考えると、

国民が国家を信じているかどうか

これによって国別の貧困度合いは決まると思います。
ラテンアメリカで言えば、アルゼンチン チリ ウルグアイという政治的に安定している国が上位に来ています。
アフリカが概して低いのは、植民地時代の合理性のない国境作りによって住民が国民になっていない事が考えられます。
東南アジアでは、タイが貧困度が低い。これは国民が信頼している王様がいたから。また、シンガポールやマレーシアも開発独裁による長期政権が存在しています。

ロシアがプーチン独裁ちゃうのけ?と言われながら経済的に復活したのは、石油高騰という外因もありますが一種の開発独裁を行っているせいでもあります。

ラテンアメリカも、チリ・アルゼンチンなどは軍事独裁といいながら、長期安定政権がありました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
国民が国家を信頼しているか否か、たしかに参考URLに記載されている数値から見ても頷ける意見です。しかし、一体どんな要素が国民を信頼させるんでしょうね。土地柄、宗教によっても違ってくるかもしれないし……。詳しくないので知りませんが;;
何にしろ貴重なご意見ありがとうございました!! 参考にさせていただきます!!

お礼日時:2007/12/03 20:41

http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=0000 …

このサイトを読み込めば、はっきりと分かります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
サイト読ませてもらいました。悪循環を断ち切れない、というのは確かにありますよね。ただ分からないのは悪循環の原点が何だったのか、です。
たとえば歴史を遡って先進国の占領から始まるのであれば、独立後経済的に発展した国とラテンアメリカは何が違っていたのか。ご存知だったらまた回答の方、よろしくお願いします;;

お礼日時:2007/12/03 20:29

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当然の疑問だと思います。
アフリカはあなたのおっしゃるようにダイヤや石油・希少鉱物など天然地下資源も豊富で、しかも農作物も実は生産量は高いです。
ではどうして今の状況にあるかと言えば世界の近代史を知る事で見えてきます。

アフリカはナイル川流域のエジプト文明に代表されるように、古代から文明の栄えた地でもあります。数々の王国が栄え、ローマ帝国やイスラム帝国、オスマン帝国との興亡もありました。
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あと、昔、南米に移住した日本人は、どのような理由で移住したのかなとも思いました。

すみませんが、お教えいただけましたら助かります。
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Aベストアンサー

奴隷制崩壊後の19世紀からの移民はあくまでも自由意志で行く自由移民ですから、行きたい人間が行きます。

移住の理由は人それぞれでしょうが、稼ぎたくて行くと言うのは共通でしょう。

受け入れる側の理由としては「奴隷解放」による深刻な労働不足を補う必要があったからです。

しかし日本政府が宣伝していた内容とブラジル現地での実情は相当に乖離しており、其処此処で問題が発生したようです。

外務省による1909年時点の調査報告によると、契約農場で働いていたのは当初の四分の一の人数だそうです。

やがて日本人による農地経営を目指す者達が組合を作り、実際に農地経営に乗り出して今に至ります。


平たく言えば、労働力が欲しい国に労働力の余っていた日本が、斡旋をして送り出した訳です。

そして労働力不足の大きな原因は奴隷解放です。

奴隷の変わりに受け入れるつもりだった現地と、揉めない訳は無いです。

特にブラジルは働き手が3人以上いる家族を移民条件にしており、日本を捨てなければ働きには行けない条件とも言えました。

Q南アメリカにおける人種の混合について

こんにちは、北米の大統領の血統について調べていた時に思ったのですが、
北米は「人種のサラダボウル」とよばれているのに関わらず、
結局異民族間?の混血はあまり進んでいないと思うのです。

それと比較すると、南米の人種の混合はかなり進んでいるという話を聞いたことがあります。

実際はどうなのでしょうか??
探してみたのですが、良い資料が見つからないので、何かおすすめの図書・資料等、
ございましたらどうか教えてください。

Aベストアンサー

中南米の人種の混合の状況は、国により、大きな差があります。

これは、スペイン・ポルトガルなどの進出時期、殖民形態、現地人の文明度などの差によります。

スペイン人が、初期に進出しました西インド諸島の場合、スペインが持ち込んだ病気の蔓延や、過酷な搾取が行われたため、現地の住民たちが、絶滅する事態となってしまいます。
そのため、アフリカからの奴隷を大量に導入した結果、黒人中心の社会となってしまいます。

一方同じく黒人が多い地域として、ブラジル北東部、中米のカリブ海側、パナマなどがありますが、こちらは、元々現地人が少なく、プランテーション農業の労働力不足から、アフリカ人を大量投入した名残です。

メキシコ・グアテマラ・ペルー・ボリビアなどでは、現地人が、比較的高度な文明(アスティカ・マヤ・インカなど)を持っていたため、ヨーロッパから持ち込まれた病気や過酷なしうたちにもある程度の適応ができたため、現在でも多数の原住民社会が残されています。
特に、マヤとインカの中心であった地域で顕著です。

メキシコ・コロンビア・ベネズエラなどでは、大量のスペイン人の殖民が行われましたが、その植民者のほとんどが男性であったため、異常なくらいの女性不足となりました。
そのため、植民者の婚姻相手は、現地の女性がほとんどで、その結果大量の混血者が生まれ、メスティソ社会が成立します。

コスタリカ・アルゼンチン・チリなどでは、現地人が比較的少なく、プランテーションにも向かなかったため、北米と同じく殖民は、スペイン南部の貧困者が、家族単位で殖民する場合が多く、白人中心の殖民が行われ、現地生まれの白人(クリオージョ)中心の社会となります。

ブラジルの場合、本国ポルトガルの人口が極めて少なかったため、殖民がポルトガル人だけでは不足し、ヨーロッパ各地からの植民者や、アフリカからの奴隷、アジア系などの植民者を積極的に受け入れた経緯で、人種の混合が進んでいます。

中南米の場合、混血度による人種差別があります。

最上位は、本国人(スペイン生まれの白人)です。
そのため、中南米生まれの資産家は、妻をスペインからもらう事がほとんどです。
特に、メキシコ・ペルー・コロンビア・グアテマラなどの階層社会が強いところほど、その傾向があります。

次は、現地生まれの白人(クリオージョ)です。
ブラジル南部、アルゼンチン・チリなどでは、完全なクリオージョ世界となっており、比較的人種差別や階層社会になっていませんが、それ以外は、現地人を差別する中心になっている人達です。
(本国人や富裕階層では、現地人と接触する機会が無いため、差別行為が少ない)

次がメスティソ。
白人の血が多いほど、上流階級になります。
白人と現地人の混血者のほうが、白人と黒人の混血者よりも比較的上位を占めます。

最下層が、現地人または黒人で、どちらが上かは、国によって異なります。

アジア系は、メスティソの中位くらいの扱いですが、経済的実力は、クリオージョくらいあるため、メスティソ上位やクリオージョの下位クラスの人の嫉妬を買う場合があります。

中南米の人種の混合の状況は、国により、大きな差があります。

これは、スペイン・ポルトガルなどの進出時期、殖民形態、現地人の文明度などの差によります。

スペイン人が、初期に進出しました西インド諸島の場合、スペインが持ち込んだ病気の蔓延や、過酷な搾取が行われたため、現地の住民たちが、絶滅する事態となってしまいます。
そのため、アフリカからの奴隷を大量に導入した結果、黒人中心の社会となってしまいます。

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しかし皇帝が後継者を残さずに死んだりネロ等の様に住民や元老院に見放された皇帝が出てきたらついムラムラっと支配欲に燃える人も多かったりします。それが上り坂の時代ならば多少は許容されるのですが下り坂で蛮族の侵入が重なったりしたら内乱に乗じられたりする訳です。

経済的には政治的な内容と重なりますが内乱と蛮族の侵入が重なるとどうなると思いますか?
ここでは北アフリカを挙げたいと思います。内乱等で軍隊が指揮官の皇帝即位の為に他のライバルを武力討伐する為に他の地域へ移動すると周辺民族が侵入してきます。彼らは簡単に言うと銀行強盗の群れだったので街や村を略奪して回ります。そうすると住民は暴力を嫌って難民となり他所へ流れて行くことになります。基本的に経済は農作物や鉱山からの収益或いは貿易で成り立ちますし農業はそれらの基本です。そして農地は常に人が手入れしないと荒れる物です。信じられないかもしれませんが当時の北アフリカは砂漠では無く穀倉地帯だったんです。で荒れるに任せて砂漠化しました。これは他の地域では荒地になったり森林になったりして収穫は激減していったのです。
しかも強盗は略奪する物が無ければ支配して搾り取る方法にして居座り続ける事を始めたので二重の意味でダメージになりました。

宗教的には色々ありますが政治的・経済的行き詰りとキリスト教の普及が重なった事が大きいでしょう。ローマ古来の神々は我々を見捨ててしまった。そんな思いに駆られたローマ人の心のスキマにキリスト教は漬け込んだんです。曰く、今の状況は真の神を蔑ろにしたローマ人の所業のツケである。曰く、しかし真の神に帰依すれば救済されるとでも言ったのでしょう。ここで最後の審判で救われると言うのがミソです。来るかどうかも分からない最後があると言って置きながらそんなものは20世紀が終わってもありはしなかったのですからね。まぁこれは今だから言える事ですし当事者はパニックで冷静に考える余地が無かったのですけど。
それからカトリック教会とローマ法王という形で国家内にもう一つの国家を作り上げて寄生されたのも痛かったですね。飢饉で神父やシスターが難民にパンを配る・・・美しい光景ですが何の解決にもなっていません。解決するには行政サイドが動くしか無いのですがガタガタの帝国にはそんな力は残されていなかった。これでは教会に入る人が増えるし帝国に見切りをつける人が増えるのは止め様がありません。


最後に追加ですが戦争のやり方が変ったのも重要です。かつては重装歩兵が主力を担っていたのが騎兵に取って代わりました。単純に考えて甲冑と槍で済んでいたのが追加で馬が加わります。これがクセモノでして俗に牛飲馬食と言う言葉がありますがこれは飲み食い意が激しいのを牛馬に例えた言葉ですが馬を飼うには餌場を順々に回る遊牧生活か金で買って入手するしか方法がありません。しかも手綱や鞍を付けないと乗れませんし牧場や厩舎を作ったり練習の為の馬場も必要です。
これは何故かと言うと大陸の東のモンゴルとかの遊牧民が食い詰めてヨーロッパ方面に移動しました。と書くと穏やかですが戦争しながら原住民を土地から追い出して居座ると言う形で成されました。それでゲルマン人も食い詰めてローマに・・・と言うわけです。なので力関係では負けてるので弱ってるローマで略奪や居座りして新生活を始めよう・・・とそういう次第なんです。



纏まりが無く内容が重複した文章ですがそう私には見受けました。

まず言っておきたいのは、領土(図体)が大きくなりすぎた事を念頭に入れておいて下さい。

政治的には領土が広すぎた為に軍司令官や属州総督を派遣するといったシステムが多かった様です。と言うのも東西だけで言うと最盛期にはスペインのジブラルタル海峡からロシアの黒海沿岸やイラク北部に跨っていました。今でこそ飛行機で何時間といった距離ですが当時は風任せ・人力便りのガレー船と徒歩や馬で街道を進むしか方法が無かった時代です。そんな交通事情では例えば蛮族(周辺住民)の組織的な侵略や略奪。或...続きを読む

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・様々な人種が存在するので、それぞれが納得できる合理的で、効率的な制度が整っている。

・色んな資源が豊富にあるから。例えば移民などの人的資源や広大な土地資源、石油など。

・19世紀の世界ナンバーワンの国であったイギリスと、言語が同種のため、容易に色々な事を学ぶことができたから。

などが理由として挙げられるのではないかと思っています。


この他にも何か、理由が分かる人が居たら教えていただけないでしょうか。

また、今後の世界経済がどう進展していくのか、予想できる方がいたら、その意見も聞いてみたいです。

因みに私は21世紀はアメリカの一人勝ちとは行かないと思います。

かと言って中国もなんだか危うい。

一体、どこの国が覇権をにぎるのでしょうね。

Aベストアンサー

>アメリカは生産基地だった、とありますが、要するにアメリカは独立前、南米で取れた作物などを輸出するための基地だったということでしょうか。

いえいえ。
アメリカ大陸がモロに生産基地だったのは、スペインが南米に進出した頃です。
日本で言えば、戦国時代の頃ですね(ポルトガル人が種子島に漂着した時期)。
この頃欧州はアジアの強国と比べてさほど大差ないレベルでした。
新大陸に人を送り込む力がそれほど強くなかったのです。航海技術も不完全でしたし、身も知らぬ新大陸に行きたがる人がそれほど多くなかったわけです。ですから、南米では金銀の採掘と砂糖などの生産だけを行いアメリカで食べる食糧は欧州から輸入していたほどです。欧州でも出来る事はアメリカでやる余裕はなかったわけです。

英仏が北米に進出したのはもう少し後です。
だいたい、徳川家光が徳川幕府の足場を固めた辺りです。
この頃欧州はアメリカからの富でかなり力をつけてきました。さらに、100年以上も海を行き来していたので航海技術もかなり上達しています。大量の物資を安全に欧州に運ぶ事が出来るようになったわけです。つまり、海を横断するコストが下がったわけです。
またアメリカ大陸が発見されて100年以上経っていたので、アメリカ大陸で生まれアメリカ大陸で育った人も増え始め、見知らぬ大陸が身近になり大陸へ進出する事への抵抗感が和らいだというのもあると思います。当初は出稼ぎの場だった新大陸が第二の故郷になり始めていたわけです。
そうすると、今まで見向きもされていなかった北米でも儲けられるようになったわけですし、アメリカ大陸でも食糧が生産されるようになったのです。

初期の北米の植民地もヨーロッパの為の植民地だったことには変わり有りません。しかし、スペインが中南米でやった事は、略奪に近かったのに対して、英国が北米でやった事は普通の産業に近かったわけです。
普通の産業に近い事をやれば、その植民地が普通の国に近くなるのも当然でしょう。かくして北米は普通の国に近づき、普通の国のように他国の支配を受け入れる事に反発して、独立したわけです。


>給料が良かったから欧州から様々な人がやってきたとは、まるで高度成長期の日本のようですね。
>東京に職を求めて地方から集団就職するみたいな感じですね。

正しくその通り、基本的には全く同じです。
経済では、ヒトでもモノでもカネでも、余っているところから足りないところへ流れるのが基本です。
何故なら、ヒトが余っているならば給料が安くなり、ヒトが足りなければ給料が高くなるからです。同じようにモノならば価格が、カネならば金利が、上下に動きます。
今で言えば中国はヒトが余っているので、人件費が安く。日本はカネ(貯蓄)が余っているので、金利が低いのです。

>産業革命が生まれたのはイギリスだが、それを育てたのはアメリカ…まさにそうですね。自動車や電気・電話など画期的なものばかりですよね。

その通りです。
ぶっちゃけ1860~1950年くらいまでのアメリカは、本当に『神』です。アメリカは、良くも悪くも20世紀のありとあらゆる事に大幅に関わっています。

電気が一般化したのはエジソンが電球の商品化に成功し、普及させたからです。
石油を大々的に利用し始めたのもアメリカが最初です。元々は灯油を光源として用いられていましたが、灯油ランプが電球に駆逐された後は、内燃機関(エンジン)が開発されコレが後のガソリン車に繋がりました。
また、WW1を契機に石油科学が発展し、天然ゴムに変わる石油ゴムが開発され、その後石油繊維も開発されました。WW2ではプラスチックが開発されました。
電話も、ベルがアメリカで開発しました。
コンピューターも殆どアメリカが発展させたようなものです。戦後、電話ネットワークの維持に真空管大量に必要になり、真空管より長持ちして高性能なトランジスタが開発され、これがコンピューター産業発展の起爆剤になりました。

科学技術だけでは有りません。
前述のフォードがはじめた大量生産方式もアメリカ発ですし、何万人という従業員を管理する為の『大企業』という組織形態もアメリカが開発した物です。松下幸之助が考案しその後の日本企業のモデルになった事業部制も、GMのアルフレッド・スローンが考えた組織形態を日本流にアレンジしただけです。
日本の品質管理方法もアメリカのエドワーズ・デミングが研究した物を日本が発展させたものですし、テイラーの科学的管理法がなければ日本の労働者の技能がここまで急速に進歩する事はなかったでしょう。

日本の戦後復興の要因一つは、アメリカで開発された最新の技術をパクリまくったからというのもあります(トヨタの自動車も、ソニーのトランジスタも、シャープの液晶など、戦後の日本の技術の大部分は元を辿ればアメリカ由来のものです)。

当時の日本の技術者たちはアメリカの学会に参加しまくって、発表内容を写真で取り捲ったそうです。当時は『ジャップがなんかやってるぞ』とか笑われていたようですが、必死に研究しまくって一時は追い抜いちゃったわけです。
(当然現実では、このようなやり方よりも本などで勉強したり、特許契約をした事の方が多かったです)

昔の人がアメリカを特別視するのも当然の事だと思います。

・オマケ日本の果たした役割
ただし、新技術開発が得意なアメリカに対し日本が得意だったのは『既存のモノを安く作る』ことでした。良い例が電卓で、当初十万→数千円にしてしまいました。安い→普及という事ですので、日本の果たした役割は小さくないです。
つまり、コンピューターを開発したのはアメリカですが、それを安くして電卓を作ったり、炊飯器や掃除機に搭載させたのは日本で、これが世界のコンピューター市場を飛躍的に拡大させたわけです。

>アメリカは生産基地だった、とありますが、要するにアメリカは独立前、南米で取れた作物などを輸出するための基地だったということでしょうか。

いえいえ。
アメリカ大陸がモロに生産基地だったのは、スペインが南米に進出した頃です。
日本で言えば、戦国時代の頃ですね(ポルトガル人が種子島に漂着した時期)。
この頃欧州はアジアの強国と比べてさほど大差ないレベルでした。
新大陸に人を送り込む力がそれほど強くなかったのです。航海技術も不完全でしたし、身も知らぬ新大陸に行きたがる人がそれほ...続きを読む

Qラテン系ってどこの国の人のことですか?

よく、明るくて陽気なタイプの人のことをラテン系とかラテン気質とか言いますよね。
私は「ラテン系」ってずっと何となく中南米(ブラジルとか?)とイタリア人のことだと思っていたのですが、
先日ここでフランス人もラテン系に入ることを知り、
ラテン系っていったいどこの国の人を指すのだろうと不思議になりました。
(フランス人はステレオタイプのラテン系というイメージではないので……)

はてなのキーワードでは
『イタリア・スペイン・フランスなどの南欧州の文化や人種を指す。
昔、スペインやポルトガルの植民地だった地域も含めて、ラテン系と称されることが多い。』
とあったのですが、具体的な国名はどこになりますか?

ご存知の方、どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

正確ではないかもしれませんが、ラテン系言語を主に使用している国かな、と個人的に思いました。

ヨーロッパは基本的にゲルマン系、スラブ系、ラテン系の3つの言語で大雑把に分けることができます。(いずれにせよ、もともとはラテン語からの派生だと思いますけど。)
で、その内ラテン系に入るのが、フランス、スペイン、イタリア、ポルトガル、ルーマニアetc・・・になります。

これらの国、特にスペイン、ポルトガルは新大陸(アメリカ)への植民も盛んだったので、言語も含めた文化が、今でも中南米でしっかりと根付いてることから、これらの地域も「ラテン系」と言われているのでしょうね。
(ブラジルはポルトガル語が公用語、またその他の中南米のほとんどの国ではスペイン語が公用語です。)

Q卒業検定に落ちた人!

卒業検定に落ちた人!
(ペーパー試験じゃなくて、実技の方)

どの理由で落ちたか教えてください。
あと10日程で、卒業検定です。
参考にさせてください。

Aベストアンサー

一般的なことは,皆様が書かれている通りです
自分は一発合格でしたが
私の卒業した学校であった,変わったエピソードがあります
参考まで

交差点手前でで一台のトラックが止まっていたのですが
検定車5台の内,先頭の運転手が信号待ちと判断
トラックの後ろに停止,残り4台も同様に停止しました
ところが,トラックは信号待ちではなく
交差点近くの電話ボックスで電話する為に停車していただけだった
検定者は誰も気付かず教官に指摘された
ところが,車間距離が近すぎて,免許所持者なら切り返しで
抜けられるところ,未熟なため列から抜け出せず
全員が100点原点で不合格になった(実話ですよ)

ポイントは状況判断ミスと走行不能による検定中断になったため
一般的なことは皆様書かれているようなことで
おそらく,質問者様もある程度予測できていることも
あると思います
上のような,予測不可能な事態に巻き込まれたとき
如何に判断して抜け出せるかだと思います

運とか,こういう場面に出くわす確立とか
ありますが,平常,冷静を保つことが大事です!!

一般的なことは,皆様が書かれている通りです
自分は一発合格でしたが
私の卒業した学校であった,変わったエピソードがあります
参考まで

交差点手前でで一台のトラックが止まっていたのですが
検定車5台の内,先頭の運転手が信号待ちと判断
トラックの後ろに停止,残り4台も同様に停止しました
ところが,トラックは信号待ちではなく
交差点近くの電話ボックスで電話する為に停車していただけだった
検定者は誰も気付かず教官に指摘された
ところが,車間距離が近すぎて,免許所持者なら切り返し...続きを読む

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Qユダヤ人はなぜ迫害されたのですか?

先日オランダへ旅行に行った友人がアンネの日記でお馴染みの家を見学に行ったらしいのですが、ユダヤ人が何故迫害されるようになったのか疑問のまま帰国して僕に聞いてきました。僕なら知っていると思ったらしいのですが、僕はこの何故?に対して全くの無知でした。ご存知の方、ぜひ教えて下さい。

Aベストアンサー

起源をたどるとローマ帝国の皇帝がキリスト教徒になり、キリスト教を国教にしたころまで遡れるそうです。
キリストを処刑したのはローマの執政官だったのですが、それではローマ帝国が悪いということになってしまいます。
そこで教会はユダヤ教徒(=ユダヤ人)が執政官に強硬な働きかけをしたために、ローマは「しかたなく」殺してしまったということにしてしまいました。
何世代もそういう教えが伝えられた結果、「ユダヤ人はキリスト教の敵」ということが常識になってしまいました。
そのことも関係して、ユダヤ人は金貸しなど当時身分が低いとされた職業にしかつくことが許されていませんでした。
(それが原因でユダヤ人の多くが金持ちになってしまいました。これもユダヤ人に反感を持たれるようになる原因の一つです)
金を借りて返せないと逆切れして暴力をふるう人は今以上にいたのですが、その大義名分として先の理由がつかわれるようになります。
こういう騒ぎが暴動に発展して、ユダヤ人が略奪&虐殺されることはナチス以前から多くあったそうです。

このような状態が1000年以上も続いたのですから、「ユダヤ人を迫害してもあまり問題は無い」という悪しき文化がうまれたのでしょう。
ユダヤ人に対する差別や迫害はヨーロッパ(というよりキリスト教圏)全体でよくあることだったそうですが、その中で一番激しかったのがドイツのあたりだったそうです。
(これには神聖ローマ帝国などが絡んでいるらしいのですが、面倒なので省略)。

第一次世界大戦後の混乱を利用してナチスが成り上がるために利用したのがこういった差別意識(+自分たちは選ばれた人種なのだという選民意識)です。
「戦争に負けたのはユダヤ人が悪い」など、現在の某組織のように敵を作ることでドイツを自分たちの都合のいいようにまとめようとしたのです。
後はよく知られているように、資産の没収、強制収容、虐殺という流れになって行きます。


という内容の本を昔読んだことがあります。
記憶で書いているので、内容の正確さについては自信がありませんが、おおむねこんな感じだったと思いますよ

起源をたどるとローマ帝国の皇帝がキリスト教徒になり、キリスト教を国教にしたころまで遡れるそうです。
キリストを処刑したのはローマの執政官だったのですが、それではローマ帝国が悪いということになってしまいます。
そこで教会はユダヤ教徒(=ユダヤ人)が執政官に強硬な働きかけをしたために、ローマは「しかたなく」殺してしまったということにしてしまいました。
何世代もそういう教えが伝えられた結果、「ユダヤ人はキリスト教の敵」ということが常識になってしまいました。
そのことも関係して、...続きを読む


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