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読売新聞は箱根駅伝の主催者でもあるので、一般紙としては、他紙よりも比較的結果が詳細に掲載されていますよね。

そこで、今日付け(1/4付け)の同紙をみると、箱根駅伝のルールが分からなくなってきました。

順大は、往路(1/2)の最終区で途中棄権しましたよね。ですから、チームとしての往路記録と総合記録は当然ながら「記録なし」ですが、棄権区までの個人記録は「公認」されています。

しかし、復路(1/3)は個人記録もチームの復路記録も全部「参考」です。

一方、大東文化大と東海大は、往路は個人記録もチーム記録も「公認」、復路のチーム記録は「なし」、個人記録は棄権区までは「公認」、棄権区以降の個人記録は「参考」です。

途中棄権の場合、たすきが途切れた以上、チームとしての総合記録が「なし」になるのは分かりますし、棄権区までの個人記録が「公認」されるのは分かりますが、棄権区以降のチーム記録(つまり往路で棄権なら復路記録だけでも)や個人記録はなぜ「公認」してくれないのでしょうか?

「ルールです」といわれればそれまでですが、その意味合いを知りたく思いました。
やはり「いったんたすきが途切れた以上、もうダメ」ということなのでしょうか?

往路優勝(記録)、復路優勝(記録)、総合優勝(記録)はそれぞれ独立していたのではなかったのでしょうか?
そういう認識があったので、往路で棄権しても、まだ復路優勝に向けて頑張ることができるのでは?と思った次第です。

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A 回答 (4件)

ルールについては#1さんがかかれていますけど、棄権後のオープン参加を認めているのは単純に言ってしまえば「思い出作り」のための温情措置です。



言うまでもなく、大学は4年で卒業。また来年がある社会人と違って、4年生はこれが最後の駅伝、せっかくエントリーしたのに棄権で以後の参加はだめというのは以後の区間にエントリーしている選手にとっては酷な話ですから、記録は認めないけど走ることは認めるという措置になったのでしょう。

オープン参加時代の学連選抜が、卒業する4年生部員の思い出参加の形で参加する選手が多かったため、成績が低迷したのですけど今回は本気になって選抜・練習を重ねた結果が4位入賞というけっかにつながったのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。「思い出作り」ですか、なるほどです。駅伝という競技の性質上、たすきが途絶えた時点でアウトですもんね。たすきがつながっていた分の記録は認めるけれど、途絶えてしまった以上、その時点でアウトだから、例えその後の区間を走ったとしても記録は認めませんよ、ということですね。箱根駅伝の公式サイトにある詳細な各区間の記録をみると、「参考記録」のほかに「非公認記録」という風に、微妙に使い分けていました。派生質問で恐縮ですが、「大学生の思い出作り」という意味合いなのであれば、逆に、例えば実業団では棄権後の区間は走らせないのでしょうか?また高校駅伝でも同様に思い出作りのために、記録は認めないが走らせるのでしょうか?大会によりルールが様々なのでしょうが、もしご存知であれば教えてください。

お礼日時:2008/01/05 10:02

NO3.の回答を投稿をしたものです。

「箱根駅伝公式WEBサイト」によれば、第72回往路途中棄権の山梨学院大、神奈川大はともに復路の記録が公認されていますので、規定改定はこの回以降ですね。

この回答への補足

重ねてのご回答ありがとうございました。公式Webサイトにはここまで詳細な記録が掲載されていたとは。

調べてみると、第52回大会(昭和51年)の青山学院大と、第71回大会(平成7年)の順天堂大学は、いずれも最終10区での棄権なので、本質問とは関係ありません。

そして、ご回答のとおり、第72回大会(平成8年)の山梨学院大学と神奈川大学は、いずれも往路4区での棄権で、当然往路記録と総合記録は「なし」ですが、復路記録は認められていますね。
http://www.hakone-ekiden.jp/data/data_race.php?r …

しかし、第77回大会(平成13年)の東海大学と、第78回大会(平成14年)の法政大学は、いずれも花の2区で棄権しましたが、3区以降はタイムだけが残っており、順位が認められているのは1区のみ。復路記録も「なし」になっています。

どうやら第73回大会(平成9年)から第77回大会(平成13年)の間にルール改正されたんですね。

もっとすごいのは、第25回大会(昭和24年)の神奈川師範学校は3区で棄権していますが、4区以降はタイムすらありません。また、第34回大会(昭和33年)の横浜市立大学も同様に9区で棄権しており、往路記録はありますが、10区はタイムがありません。つまり走っていないということなのでしょうか。
http://www.hakone-ekiden.jp/data/data_race.php?r …
http://www.hakone-ekiden.jp/data/data_race.php?r …

純粋に「駅伝」ということを考えると、このような昔の厳格なルールが最も適切なのでしょうね。棄権区以降の選手には気の毒ですが、個人記録はあくまで付随的なものであり、本質的には団体競技ですから、仕方ありません。

ということは、第35回大会(昭和34年)から第72回大会(平成8年)の間に、棄権後の区間も個人記録として認める、復路記録は独立して認める、というルールに、いったん改正されたのでしょう。

いつ改正されたかは分かりませんが、箱根駅伝の人気が高まったのは、第63回大会(昭和62年)の全区間完全中継後ですから、テレビ中継という要素も関係あるかもしれません。

質問当初の個人的な思いとしては、棄権後であっても、少なくとも、個人記録や復路記録は認めてあげればいいのに、というものでした。つまり第72回大会(平成8年)のルールですね。考えてみれば、今も当時のルールの記憶が、私の頭の隅にあったのでしょうね。

しかし、このQ&Aをきっかけに調べてみた現在では、やはり団体競技なのだから、厳しいようだが、棄権してタスキが途切れた以上、本当は走ることすら許されない、というのが適切な気がしてきました。つまり、第34回大会(昭和33年)のルールですね。

現状のルールは、それを折衷した感じがします。

・記録は認めないが、思い出作りとして走ってもらっても構わない

という感じでしょうか。なんだか中途半端な気がして、必ずしも良いルールと思えないのは、質問当初と同じ感想です。

・記録は認めるから、走ってよい。(第72回大会ルール)
・記録は認めないから、走らせない。(第34回大会ルール)

このいずれかに戻してもらった方が、選手も観客もすっきりすると思います。

ともかく、No.4=No.3様には感謝です。ありがとうございました。

補足日時:2008/01/06 11:33
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以前は確か棄権区間より先も記録が公認されていました。

今年の順天堂大学の場合も、以前ならば復路の記録は公認され、復路優勝も可能でした。公認されなくなったのはここ10年くらいのどこかの年からだったと思います。箱根駅伝のサイト等で調べてみてください。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。ですよね!私もそういう記憶があるものですから、違和感を持ったわけです。でもかなり淡い記憶なので、正確かどうか・・・。箱根駅伝のサイト等では最近5年前後のことしかありません。昔の大会規定や実施要項などがあればいいのですが。どなたかご存じないでしょうか?

お礼日時:2008/01/05 23:27

東京箱根間往復大学駅伝競走に関する内規



第17条(走行不可能、途中棄権)
2.
競技者が走行困難となり、競技を中止し、途中棄権となった場合、その区間の前区間までの記録
は公式に認められる。
次区間からはオープン参加として繰り上げ出発により走行は許されるが、記録は公式に認められない。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。まあ「ルールですから」ということですよね。ごもっともです。
ただ、「走行を許すのなら、記録も認めれば?」、あるいは「記録を認めないのであれば、走行を許さなければ?」とも思うのです。どうして「走行は許すが、記録は認めない」となるのでしょうか?
もちろん、総合チーム記録や途中棄権部分の片道チーム記録は認められないでしょうが(というか、未完なので記録自体「なし」ですよね)、棄権後区間の個人記録は非公認、少なくとも復路は全員完走なのに復路記録も非公認とは、どういう背景(考え方)があるのでしょうか?
ルール自体はご回答のとおり理解できました。その背景(考え方)を知りたいです。

お礼日時:2008/01/04 15:29

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