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よく「十人いれば十人みな違うのだから、百人いれば百人みな違う」と挨拶などで述べる人がいます。
そんな時に(私は雑念の多い人間なので)妙なことを考えてしまうのですが
「十人いれば十人みな違う」ということだけを根拠に「百人いれば百人みな違う」と言うことはできるのでしょうか?
「人類の種類が10種類しかなかったら? 100種類未満だったら?」などと考えてしまうのですが…。

A 回答 (9件)

数学カテゴリーですので、数学的に考察するということですね。



「十人十色」が、「十人いれば必ず十人みな違う」という意味ならば、「百人いれば百人みな違う」でないと矛盾が生じます。
「百人いれば百人みな違う」の余事象は「百人のうち少なくとも2人は同じ」です。
すると、この2人を含んだ10人は、「十人いれば必ず十人みな違う」の反例となり、「十人十色」は真の命題(常に成り立つ)とは言えません。

「十人十色」が、「十人いればたいていは十人みな違う」という意味ならば、「たいてい」に該当する確率かどうかを検証してみると良いように思います。

仮に「百人が10種類に分類できるが、そのうちの10人を選んで10種類になる確率」を計算すると、
(10^10)/(100C10)=約0.06%
これが「百人が50種類に分類できそれぞれ2人ずついるが、百人のうちの10人を選んで10種類になる確率」では、
(50C10)*(2^10)/(100C10)=約60.8%
だと思うので、かなり「完全百人百色」に近くないと「ほぼ十人十色」は言えない感じがします。

この回答への補足

仰るとおり飽くまで数学的な考察で結構です。
私が抱いていた疑問に適う回答をしていただいたように思います。
「必ず」だと矛盾が生じることは薄々わかっていたのですが
「たいてい」の場合が、私の力ではどうにも解決できませんでした。
ありがとうございました。

60.8%というのが意外と多くて驚きました。

補足日時:2008/01/14 02:16
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>「十人十色」ならば「百人百色」.... ?



手始めに、「写像」の問題にしてしまえば楽しめまるかも。

・人はそれぞれ違う。
・一人一色。
とすれば、人→色の「写像」になる。

「写像」が「単射」だとすれば、「十人十色」ならば「百人百色」ですね。

話者がどんな暗黙の前提でピヨピヨさえずっているのか、推察してみるのも一興でしょう。

-------------------------------------------------
[参考]
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%99%E5%83%8F
>写像
 

この回答への補足

回答ありがとうございます。
写像についてよくわかっていないので
不適切な言い方をしてしまっているかもしれませんが
「『十人十色』だったら『単射』と言えるか」
という質問を私はしているのだと思うのですが
そういうことにはならないのでしょうか?

補足日時:2008/01/14 02:08
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 百人も集まれば、ある程度のタイプに分かれる気がしますが・・・。


十人でも、大雑把には(三つくらい)分けられるんじゃないですかねぇ。
(気が強そうとか弱そうとか)
 もちろん、ヴィトゲンシュタインが言うような「兄弟的相似」なんかを持ち出すと、一人一人が少しずつ違って来て
人類全員がグラデーションに塗り分けられるでしょうが。
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DNAで考えると最大何種できるのでしょうかね?


(回答になってませんね)笑い?!

この回答への補足

回答ありがとうございます。
少なくとも人でなければいけないですから
何通りになるのかは難しいでしょうね。

補足日時:2008/01/14 01:50
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科学的にものごとを考えるなら


まずは、種類わけの定義をたててから
ものごとを分類しましょう。

生物の人間(ヒト)として考えてしまえば
60億人1首だし(笑い)

この回答への補足

回答ありがとうございます。
種類わけの方法は任意ではないでしょうか?
10種類以上あるものなら良いと思うのですが…。

補足日時:2008/01/14 01:52
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「十人十色」というのが言わんとしているのは


「任意の十人を選んだ時に必ず十人みな違う」ということではないでしょうか。
だとすると、百人いれば百人みな違うことになりますよね。

人類の種類が10種類しかいなかったらどうなるかというと、「十人十色」ですら成り立たないということです。無論「十人十色」をそのように解釈することが前提ですが。。。

この回答への補足

回答ありがとうございます。
仰る通り「必ず」かどうかが問題だと思います。

補足日時:2008/01/14 02:02
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帰納法だよ。


一人から十人まで出会ったすべての人が異なっていたから、
それ以降百人目までもすべて異なっていると考えたんだね。

この回答への補足

回答ありがとうございます。

帰納法というのは数学的帰納法のことですか?
だとしたら、一般的には
「n人目までが異なっているならば、(n+1)人目も異なっている」
ことが証明できないといけないと思いますが
仰る方法では単に推測しているだけではないのでしょうか?

補足日時:2008/01/14 01:57
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十人十色


で十色しかないのなら、11人目は必ず10人のどれかと一致します。
引き出し論法です。
「十人いれば十人みな違う」ということだけを根拠に「百人いれば百人みな違う」と言うことはできません。
ちがうかもしれないが

この回答への補足

回答ありがとうございます。
引き出し論法というのは、いわゆる「鳩の巣原理」のことですね?

補足日時:2008/01/14 02:14
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数学的に言えば


「十人十色」であっても、「百人十色」の可能性はありますよ。
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