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出エジプト 3:14  神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。

ミルチア・エリアーデ著、荒木美智雄他訳「世界宗教史」によると、
「この神の名を巡って、膨大な量の論議が闘わされてきた。」
そうです。

さて、質問です。
神が名を名乗らず無名を押し通した理由を述べた有力な説がありますか。
私の当てずっぽうでは、難しい理屈は全て後世の後付けで、本当はバアルが幅を利かせていて、表立ってユダヤ教徒と名乗り難い状況があったのではないかと推理します。程度は兎も角として、ちょうど江戸時代の仏教にはバアル、隠れキリシタンにはユダヤ教徒が対応するような事情があったのではないかと考えます。ヘブライ勢が非力な時期には非バアル、反バアルであることを無闇には知られたくなかったためヤーウェだの主だのという呼び方は存在しない方が無難だったのではないかと想像します。この阿呆であることを自認しているが故に何でも恥ずかしくなく質問できてしまう特権の所有者の仮説を、否定するなり肯定するなり識者の見解を希望します。
よろしくお願いします。

A 回答 (4件)

補足です。


私もちょっと興味があったので調べてみたら、ヘブライ語の原文とそれを解説しているサイトを発見しました。

神の返答の中にHWHという言葉があるようですね。

参考URL:http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3902/y …
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この回答へのお礼

何よりも、やり取りがきちんと通じていることが判って、ほっとしました。疑問は全て氷解しました。こういうことだったのだと納得できました。

また、副産物として質問文にあるように「バアルが幅を利かせていて、表立ってユダヤ教徒と名乗り難い状況があったのではないか」との推理ではなく、
イスラエル12部族連合(アンフィクチィオニー)とするための神の名の抽象化だろうとの趣旨の推理をしているのも参考になります。

深夜にも拘らず、わざわざ調べて下さって有り難うございました。またの機会にもよろしくお願いします。
回答の準備をされている方があってはいけないので本日中は締め切らないでおきます。

お礼日時:2008/05/24 07:05

No.3です。



無名を通したわけではなく、一握りの人しか知らず、7年に一回だったかに、熟練した弟子に口伝で継承していったとどっかで読みました。

ただ、その継承がうまくいったのかはわかりません。

それ相当の熟練した後継者が育たなかった場合でも、神の名前を教えたのか?

この民族は宗教と政治が分離していたのに、後に政治を重要視し、政治の指導者が宗教も牛耳るようになったと思えるんですね。

預言者が政治的支配者の行為を制すると、政治指導者は「ええい うるさい 邪魔するな」と預言者を殺していた。
宗教つまり神の弱体化を推進していったわけです。
で、政治と宗教の両方を手に入れれば、国家を思い通りにできると、純粋なレビ人じゃない人が宗教指導者の地位を強奪したりしたようなんです。

そうなると、そんなトップに神の名前を教えたら、とんでもないことになるので、教えられませんよね。
でも知ったとしても、神殺しはできず、神は出現すらせず、いたづらに神の名前を言ったものを殺すかもしれませんが。


で、一体誰か神の真の名前を知っているのか、知りません。

で、中には「神の名前を知っているのものはいる」と創作小説を書く人もいるわけです。


クムランという本はフィクションです。
ですが、そういう概念か と参考になることが、いろいろ書いてあります。

例えば主人公アリーの父親の系図が長々と書かれています。
イエスの系図を彷彿とさせる長い系図です。
主人公の父親デビットは誰の子で、その人は誰の子で、、、、と書いてありその最後は「イサクはアブラハムの子」とある。
つまり、主人公アリーの祖先はアブラハム。

なんてことないです。
イスラエル人の系図を辿ると、皆アブラハムにいきつくので。

アリーの父親デビットは学者で、イスラエルの歴史の生き字引のような人で、あたかも何千年も生きてきたかのように、細部までよく知っている人物。

アリーにとっての父デビットは、古代ヘブライ語のように映っていた。
解読が難解で、しかも解読するにあたり、リスクを伴う古代ヘブライ語に似ていた。

アリーからすれば、父親は無神論者に思えた。
「モーセは自ら律法を書いたことなど一度も無い」とユダヤの歴史の生き字引のデビットが言うのだから、息子アリーはびっくり。

「モーセが律法を書いたということはありえんな。というのも律法が1人の手によるものだとするには、あまりにも文体が変化しすぎているからだよ。少なくとも三者の手によるものだ。法学者、エロイスト、ヤヴィストの三者のね。エロイストは神の名前をエロヒムと呼ぶ伝承に従った書き手のことで、ヤヴィストはヤヴェと呼ぶ伝承に従った書き手のことだ」
とのたまう。

「この無神論者」と息子は思ったでしょうが、「律法のテキストが普通の人間によって書かれたものだったら、啓示にならないんじゃないの?」というと、「人間の手によるものでもだ、文字が言語芸術の実体、神が言われた言葉の実体に基づいているから、やはり啓示なのだよ。
 もとはといえば、書かれたもの は今日の文語のように口語から切り離して用いられる読書用のものではなかったんだ。 書かれたもの は記憶を補助し 口伝 を完全にするためのいわば口語サポート役だったんだ。」うんぬん。

とらえどころのない生き字引のデビットさんです。

その後、ヘブライ語のルーツ、形成などについてデビッドさんが語っています。
あの車輪のような楔型文字からヘブライ文字が発生する経過なども、デビットさん語っています。

デビッドさん 文字を読み書きしだした息子に曰く、
「本に書いてある文字に目をやることで読むのではなく、書いてあることを暗記して物的サポートなしで読め。テキストを忘れないでおくためにノートに書き取るのではなく、頭の中にとどめておく方が望ましく、理解するためにはまず知ることだ」

意味わかんないですが、、、、後に体験を通してアリーはどういうことか知ることになった。

クムランシリーズの<蘇る神殿>では、アリーは黄金の門を通って至聖所に入った。

ちなみに、伝承では、<メシアが到来して黄金の門より至聖所に入る>となっているんですね。 今でも。

でこの本の最後の数ページがすごいんです。

『私は贖罪所の前に進んだ。 全員が待っていた。彼らの中から、一本の視線が放たれた。 私に投げかけたのはジェーンの視線だった。私を引きとめようとする嘆願が読めた』

ちなみにジェーンとはヨハネのこと。

『1人また1人、と階級順に祭司が私の前に出た。ジェーンと私をつなぐ視線が破線になった。彼らの後にレビ達が従った。それから長老に率いられたサマリア人が続いた。こうしてイスラエルのすべての人間が存在を知られるのである。 各人が自分の持ち場につき、神との交信を待つのである』

と、物語は徐々に形而上の世界へ我々をいざなっていくんですね。
そして絶対点で、、、、

『文字達は威厳に満ちて美しかった。私の目の前で。わたしはそれを発音さえすらばよかった。

私はアインを呼び出した。 アインは目。誤った考えを打ち砕き、目隠しを取り除く。
津日にベートを呼び出した。』

と続いていき、神の発出を願って文字を呼び出していき、最後にヴァヴ。

『全員が待っていた。私が 「名」を発音するのを。
全員が。 私を見つめているジェーンをのぞいて。

私は「名」を言った』

終わりです。
説明しきれないですが、、、、ヘブライ文字の実態を知らない者が、発音しても、言葉の力は発動しない というわけです。
これは、何千年もの時を生きるアリーの父親デビットが、アリーが子供の頃言っていた内容と一致します。

アリーは神の名前を知らなかった。
経験を通して知ることになったわけで、誰から教わったわけでもない。
自ら知ることになったわけです。
で、言葉を実体化させるだけの能力が経験を通して備わったという内容。

ってのが、神の名前についてのあらすじ。

ミステリー小説ですが、最初に犯人書かれています。
メシアとされるラビを殺したのは私である とアリーが最初に告白しています。

一体作者は読者をどこにいざなおうとしているのか と 迷路をグルグル回らされるが、史実がモリモリ書いてあり、現実と虚構の狭間を、読者は筆者にジェットコースターに乗せられ散策するんです。

ついたところが黄金の門。
「え? ここで下りるんですか?」
「観客席に座れ?」

ってなもんです。

ちなみに、この作者、哲学者でもあります。
その父親はユダヤ教で高名なラビ。
しかもですね、 この作者 大変な美人です。
このファッション雑誌から抜け出たような容姿を持つ。
確か処女作クムランは、26歳の時に書かれたもので、その時、大学教授の資格を持っていたと思います。
容姿端麗の才女。
荒ぶる女神と異名をとり、10年ほど前センセーショナルを巻き起こしたようです。
一般の人がユダヤ教に対する偏見を持っていたとしたら、この小説を読めば、すげー宗教 と感嘆することになると思えます。

彼女の神の名前の概念知りたければ、一度図書館で読んでみてください。

えっと作品は、、、
  ↓
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A0%E3%83 …
中古で1円ですね。

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A0%E3%83 …

このシリーズ3作目が日本が舞台らしいんですが、翻訳出ていません。
神道関連があって、ストップがかかったのかなと陰謀説を 笑
英語でも出てないんですよね。
何故だろう。
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この回答へのお礼

今回の共有知識は
書き出しから始まって
>>で、一体誰か神の真の名前を知っているのか、知りません。<<
ここまでです。

ミルチア・エリアーデ著、荒木美智雄他訳「世界宗教史」から転載します。
「ヤハウェは名前をもたなかったように、神像ももつべきではない。神は特権を与えられた一部の人々には、直接対面することを許したが、他の人々にはその行為を通じて現れたのである。」
これは偶像礼拝の禁忌について述べた文の一部です。

これから推理するとシナイの荒野を彷徨していた時代に持ち運んでいた「移動できる聖所(=幕屋?)」や、その後の第一神殿にはヤハウェを象徴する何らかの祭具があって、この祭具に対面できる人物が存在したのかもしれません(?)。
となると、ヤハウェには本名があって、それを知っている人物が居たかもしれませんね。本名は何でしたでしょうか。勝利神、選民神、カナン神、約束の地神……。

有り難うございました。またの機会にもよろしくお願いします。

お礼日時:2008/05/26 00:11

>神が名を名乗らず無名を押し通した理由を述べた有力な説がありますか。



えっと、、、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC% …

『エール 、エルとも音写)はセム語派に於いて最も普通に用いられる神を指す言葉。なお、エールはヘブライ語形で、アラビア語形ではイラーフ 、ウガリット語形やアッカド語形でイル (il [’ilu])等という。 この名は恐らく「強くある」と言う意味の語根「’wl」に由来すると考えられている。

旧約聖書にもエール・エルヨーン(いと高き者)、エール・オーラーム(永遠の神)などの名が現れるが、実際にはほとんどヤハウェの異名として用いられている。』

というわけで、あっち方面では、神の名前をみだりに唱えてはならなかったので、神の名前を直接言わず、わが主 という意味のエール、エル、という語彙を使っていたそうです。

『彼はまた神々の会議を招集し議長を務め、また神々の王を指名しまた自由に罷免する権限を持つ。 しかし年老いた神ともされ、事実上の主神はむしろバアルである』

で、バール、バル、(ヘブライ語だとベル?)も直接神の名前を唱えてはならないとした時代、 恐らくエルと呼んでいた時代より後だと思いますが、バアル(わが主)を使うようになって、神の名前と異教徒には思われたんじゃないかと。

異教徒に神の真の名前を知られると、神様 呪われてしまいますから、異教徒に知られないように、エルとかバアルという語彙を使っていたらしいです。


>「この神の名を巡って、膨大な量の論議が闘わされてきた。」

神を不可知とした場合、人間が議論するだけ無駄かも ですね。

逆にその神の名前を知ったら、その神を信仰する集団を弱体化できる と考えて、懸命に探り出そうとしたのかも。


>本当はバアルが幅を利かせていて、表立ってユダヤ教徒と名乗り難い状況があったのではないかと推理します。

うーん、、、創世記が書かれたのは、少なくともバビロン捕囚以降だとする説が有力のようです。

<地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。>

この後、光あれ となったわけですが、バアル信仰の中において、バビロンに捕囚されたユダの支配者階級の子孫たちは、バビロンで優遇された生活を送りながらも、なにか物足りないと感じて「ひかりあれ」と思って、バビロンとは違う信仰を考え付き、それを、今までの自分達の民族に伝わっていた口伝によって、形を作っていったんじゃないかと。
あくまで私に推理ですが。

バアル信仰をした有名な人物、ソロモン。
あの民族で一番栄華を極めたとされるソロモンは、バアルを神殿で信仰していたせいか、後にも先にも無いイスラエルの絶頂期を迎えたわけです。

バアル様様です。


でもバアルって本名じゃない。
それにソロモンはバビロニアの宗教のみを信仰していたのではない。
コンスタンチヌス1世が、どうして人々の支持を得られたかというと、人々に「どの宗教を信仰してもいいですよ」と言ったから。
「キリスト教も同様に信仰してもかまいませんよ」と言ったのですが、その理由はどの神様も歓迎していれば、どの神様からも悪いようにはされないだろう という気持ちがあったから。

でも後に、キリスト教は「コンスタンチヌス1世はキリスト教徒に死ぬ間際になった」とかホラ吹いて、ローマ国教をキリスト教オンリーにしようとしたんですね。
迫害されていたキリスト教が、「どの宗教を信仰してもいい」とコンちゃんが言ったものだから、迫害されなくなり、逆にチャンスと勢力拡大に力を入れたため、ローマはキリスト教になっちゃった。


で、元に戻って、、、、

>地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

キリスト教はプラトン哲学だとよく言われます。
「ありてあるもの」を言い換えると、ある とは 善い のこと。
ただ存在するのではなく、善い状態で存在しなければ、存在しているとはいえない みたいな意味だったかな???
(これ プラトン思想を受け継ぎながら独自の思想を作ったアリストテレスが語っていたんだったっけ? すいません 忘れました。)

で、<神は善いものでなければ存在しえない> つまり <神は善である>という意味か?

イスラエルの神様、物語を読むとポア思想ありますね。
ジャカジャカ殺していますから。
私にとっての善のためにはやむおえん ってわけでしょうか。

と、つらつら考えても「これだ」と決定打を出せない。

で、ふとみると他の方の回答にHWHって語彙があって、思い出しました。

えっとローマ字ではHWHになりますが、ヘブライ語だと。。確か辞書に解説が載っていたような ・・・ 待ってくださいね、、、(私神話好きなので、1000ページ近い神話辞典持っているんです 笑)

y、y, yhwh、、あったyahweh。
んーー ユピテルに繋がるなあ・・・

elohim、、女神の複数形、、、 これも違う。
jehovah、、、 お? 近くなってきた。
なんだっけ、、、、エヴァだ!

EVE、、、あったあった。
『YHWH、yod-he-vau-heは「生命」と「女」を意味するヘブライ語の語源HWHから出ていて、ラテン語にすると E-V-Eとなる。I(yod)を加えると、創造の言葉として、女神が自分自身の名前を呪文として使ったことになる。これはエジプトやその他の古代国家ではよく見られる考え。』

えっとですね、ブラフマーも何ものかから所詮作られたが、その何者かは、別の何者かから造られたのではなく、自ら自分を生み出したとヴェーダの一派は考えていたらしいです。

で、
『イヴは中東共通の優勢な女性の神を表す名前の一つであった。
ヒッタイト族はイヴをhawwah(生命)と言った』
まだまだ続きますが、この宗教に限らず、いろんな宗教のことも書いてあり、それらあらゆる宗教が言おうとしている というか モットーにしているものが「生命」。

で、「アブラハム、イサク、ヤコブが仰いでいたものである」
で、彼らの共通するのが、神から祝福を授かったということ。
神は彼らと契約を交わしています。
その内容は必ず、「あなたの子孫を増やします」なわけです。
子孫繁栄が神の契約の証。

で、古代は母権社会だったんですね。
恐らくアブラハム、イサク、ヤコブ。 みんな巨大母権社会から嫁をもらったために、勢力を大きくできたんだと思います。
ソロモンも確かそうだったような。
鉄文化を持つ勢力から嫁たちをもらったため、貧弱な土地にありながら、アブラハムから始まった商業ネットワークを用い、西はアフリカ、東は中国と、商業ネットワークを使い、繁栄を極めたと思えます。

日本だってそうでしたよね、政略結婚で親戚つながりになり、治安の安定と発展を遂げていたし、ヨーロッパも女をあげたりもらったりすることで、勢力を拡大していった。


んで、結局 ギリシャ哲学の「善いものである」なのか「私は生命である」なのか。

後者だと思います。
で、大きな勢力から嫁をもらうってのは、大変だったみたいで、イサクなど長年嫁をもらう勢力の下で働いていた。
認めてもらうまでもらえなかった。

認めてもらえば、子孫繁栄になったわけです。
そりゃ 嫁の出身元のバックアップあるので、繁栄しますわなあ。

モーセは異民族から嫁をもらったため、アロンとマリアがそれをとがめたとある。
中でも女のマリアに至っては、とがめたため罰を受けたとある。
女の敵は女? 笑

マリアはその後、異民族の下に嫁いだらしいです。
私はその移民族が何者だったのか興味あったのですが、現在も調べられずにいます。
すっごい興味深い。
白く変容したというから、神格化したか、北欧当たりで女神として君臨したか 笑

ちなみにマリアはラテン名で、ヘブライ語だとミリアム。
ミリアムって女神マリのセム語名で、「実り多き母」って意味らしいです。
嫁いだ先の人口増やしたんでしょうかね。

と、つらつら考えると、やっぱり 概念としては多産(豊穣)じゃないかと。

で、マリアってのがいわゆるそういう概念を持つらしく、だから何度も聖書にマリアって出てくるんじゃないでしょうか。

で、それは真の名前というより、、、、、エルとかバアルとかってわが主という意味であるように、概念みたいなものだと思うんですね。
今でいうなら、社長とか課長とか生徒会長とかそういう肩書き。
真の名じゃない。

古代では呪術が盛んでしたから、真の名前を敵方に知られないように、肩書き 通称で通していたんじゃないか と。

で、聖書のマリアたちも、真の名前じゃなく、肩書き。
エロヒム、エホバ、ヤハウエイ アドナイも真の名前じゃあない。

面白い話があります。
「神の真の名前を異教徒は知らないが、自分達は知っている」と言った人たちが、「じゃあ どうして真の名を祈りの時唱えるのに生きているのだ」と指摘されたらしいです。

「みだりに唱えてはならない名前を、祈りの時毎回唱えていながら生きているとはこれいかに」と皮肉ったわけですね。

概念 概念 笑。

もし、マントラ(真言)が本当に力を持っているとしたら、世の中大変なことになります。


以上 雑学でした。
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この回答へのお礼

神が固有の名をもたない理由として呪術から身を護る必要があったとの説があることが分かりました。名前を知らなければ呪いようがないのですね。なるほど、ネット上で本名を明かせない理由と同じですね(?)。
纏めておくと
説1イスラエル12部族の共通の神として等しく受け入れ易くするため(ANo.2)。
説2 名前が知れると敵側の呪詛に遭う。名前はない方がよい(ANo.3)。

以下、今回も独言です。全て?付きです。
1 十戒の第三の条が呪術からの防衛策であるなら、偶像の禁忌も同じ理由か。像がなければ丑三つ時に藁人形を作られなくて済む。
2 バアルも本名でなく「我が主」の意らしい。
3 ユダヤ教徒であることを隠さねばならない理由はなかったらしい。
4 ポア思想ね。聖書の神は全く呆れるほど不寛容だと思う。
5 古代は豊穣多産願望から「生命」がキーワードで母権社会だったらしい。

有り難うございました。またの機会にもよろしくお願いします。
他にも説が登場するかもしれないと思い直しました。よって早くても25日(日)までは締め切らないでおきます。

お礼日時:2008/05/24 23:58

神聖四文字といわれるYHWH(ヤーウェ)自体がヘブライ語で「存在する者」「現存する者」という意味なのです。

決して無名でもなんでもありません。

あと、「主」という呼称については、十戒に「神の名をみだりに唱えてはならない」という戒めがあり、そのためにユダヤ人たちはこのYHWHを、本来の発音ではなく「アドナイ(主)」と読み替えるようになった、といいます。

この回答への補足

そうしますと
・「わたしは、有って有る者」
・「わたしは有る」
この二つの文の何れかのヘブライ語の原文の中に「YHWH」の4文字が入っているという理屈になりますが、それでよろしいですか。
ありがとうございました。
(これで、やり取りが通じるかなぁ。心配になってきました。)

補足日時:2008/05/24 01:22
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