「みんな教えて! 選手権!!」開催のお知らせ

人はどんなに分かり合ったつもりでも、本質的に分かり合える事は絶対にない。
「人間なのだから潜在的に持っているモノが存在する」といった考え方は時代や場所によって変化する。

----(中略)-----
自分が感じている感情、あるいは見ている光景、聞いている音といったものはすべて「自我」と呼ばれる自分の中で閉じており、これを他人と共有することは原理的に出来ない。
つまり、人は互いを完全に理解する事は出来ない。理解しあったつもりでも、全て理解しあう事は出来ていない。
だから人は本質的に重なり合うことはできず、孤独である。

『しかし、人間は究極的に孤独であるが、にもかかわらずその孤独に耐えられるように作られていない。 だからこそ、人間は他人を求めるのだ。 』


ある文章の一部抜粋ですが、この最後の『』で囲った部分だけ私は納得がいきません。
そこで、孤独という物について具体的に考えてみようと思っています。

孤独という言葉を聞いて何を連想しますか?
また、人はそれらに耐えられるように出来ていると思いますか?
できれば2つとも答えて頂ければうれしいです。

A 回答 (29件中1~10件)

NO9です。


>まとめると、相互理解があって初めて意味が生まれるわけであって、
相互が存在しえない状態では『人』と言えど意味はない。
と言う事でしょうか?

本当に孤独な状態というのは、実はないのではないかと思います。ひとりでいても、昔の思い出と対話したり、人から教えられた事を考えたりしているので、その意味で孤独ではないのじゃないか、と。
なぜ耐えられないのか、の答えにはなりませんが。

哲学系の本の入門編から入っていくのもいいかもしれないですね。そちらの方が、「素人の意見」以上の普遍性(正しさ)があるのではないかと。(アマゾンで「哲学 入門」や「竹田 青嗣」(たくさん入門書を書かれています)と入れてみましょう。)
では。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

別に哲学を真剣にやりたいわけじゃないんですが、気になった事は解決しないと気がすまないたちなんですよね・・。
『思いでがある事は孤独とは異なる』という考えは私の中では新感覚です。
確かにそうなのかもしれません。
だとしたら、ある程度の繋がりや記憶が存在する事により、孤独(感)が際立つのかもしれません。

大変参考になりました。

お礼日時:2008/05/29 20:45

孤独というと負のイメージを連想しがち地ですが、孤独といっても全部が悪いものではないと思います。

生きるために孤独は必要。URLを載せときます!
それと、「賭博黙示録 カイジ」という漫画から抜粋させてもらうと、

「いつだって人は…その心は…理解されない…誰にも伝わらない…伝わったような気になることもあるが…それはただ、こっちで勝手に相手の心を分ったように創造してるだけで…本当のところは結局わからない…解りようがない…親だろうが友人…教師…誰だろうと例外なく無理なのだ…心は解けない…袋小路…迷路…!故に欲している…!皆…理解を…!愛情を…!求めて求めて、求め続けて…結局近づけない…!ますます遠ざかるようだ…!誰も人の心の核心に近づけない…世界に57億の民がいるなら57億の孤独があり、その全てが…癒されぬまま死ぬ…孤独のまま消えていく…!」

私は人は孤独に耐えられないと思います、人は誰だって他人に理解されたいし解りあいたい。そうじゃないと生きてる実感しませんし。でも100%は無理なのです、相手を信じるしかありません。よって、どんな人間でも何%かは孤独であり、だからこそ他人を、理解を求め続けるのだと思います、終わりがないからこそ。ゴールの無いマラソンなように(笑) 
何%かは孤独とか表現おかしいですが、ニュアンスが伝われば幸いです!

参考URL:http://ct.cocolog-nifty.com/magis/2005/10/post_d …
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

URLの文章はなかなか興味深かったです。
『孤独は自分で勝ち取った物』といった解釈など、新しい意見が多かったです。

お礼日時:2008/06/18 00:22

>孤独という言葉を聞いて何を連想しますか?


一人Hだな。
>また、人はそれらに耐えられるように出来ていると思いますか?
友達と会って居ない歴25年だな。
複数種類の仲間はいっぱいいるぞ。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

・・・・ノーコメントでお願いします。

お礼日時:2008/06/18 00:17

「自由という名の束縛」


誰の言った言葉だったかは忘れましたが、上記の言葉を尾も追い浮かべました。
何も強制されることがない孤独は究極に自由な状況ですが
逆に言えば誰にも頼れないということです。
誰も話しかける対象もいない状況に耐えられる人は少ないと思います。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

意見一つとして覚えておきます。

お礼日時:2008/06/18 00:16

孤独=家族の(特に妻子)がこの世からいなくなることです。


私がそれに耐える事は難しく(新しい家族を見つける事以外無いかと思う)又、耐える必要もなく自暴自棄となるでしょう。なぜなら、私が存在した証が無くなるからです。つまり、孤独=生きた証が無くなると連想します。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

生きた証は、実際に自分のそばになければならないものなのでしょうか?
たとえば、家族もいない、完全な無人島でこれから死ぬまで1人で暮らさなければならないとして、
孤独になることはないのでしょうか?

お礼日時:2008/06/18 00:12

■孤独という言葉を聞いて何を連想しますか?



“何を”に対する回答としてはズレていますが_

私がもっとも孤独を感じるのは、
仲のよい友人達と楽しく過ごしている時です。

  こんなに親しくても、私のすべてを
  わかってくれることはないんだなぁ・・・

と考えてしまう瞬間があります。
意思の疎通がとれなかったとか、口論になったとかいうのでもなく
楽しければ楽しいほど、親しければ親しいほど、余計に感じます。

私の言動・心の声、そのすべてに
共感してくれる人などどこにもいないのだ、と実感する瞬間

と言ったらいいのでしょうか。
猛烈な孤独感に襲われ、夜中に一人で泣いてしまったりします。


■人はそれらに耐えられるように出来ていると思いますか?

耐えられないのだと思います。

  無人島やがらんどうの部屋でも、一人で過ごせるぜぃ!

という方々も当然いらっしゃると思いますが
その場合は、心(頭?)のなかに拠りどころとなるナニカがいるのだと思います。
それは大好きな人だったり、大嫌いな人だったり、神様だったりするのではないでしょうか。

そのナニカもない状態が悟りなのかなぁ・・・と回答を書きながら考えています。
難しいですね。。。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

楽しいときに孤独を感じるというのは私の経験にないので、ちょっと新しい発想です。
理論的には確かにありそうなのですが、そこまで冷静になれる人とは出会ったことがないので驚きです。
悟り・・・話がデカくなってきましたね。
そろそろ私の手の負えるレベルではなくなってきたような・・・

お礼日時:2008/06/18 00:10

完全に理解しあう事が出来ると思う。

それは幻想である。出来ないからこそ、出来たと思える幻想が甘美であり、喜びになり、感動を生む事が出来る。人間は自我の生き物であるからこそ、幻想から得られる甘美さ・喜び・感動を捨て去る事が出来ないという意味に解釈しましたが、どうなんでしょうね。自分の文章だと意味不明かもしれません


スポ~ツライタ~の金子達仁さんは、元ガンバ大阪の磯貝洋光選手を天才だ。あれほど才能があった選手はいなかった。と四六時中言ってましたが、才能を磨く事が出来る場所にいない天才は、誰にも何も与えられず孤独という事なんでしょうね。孤独というテ~マで思い出しました。

ライバルというものがいない天才。スナフキン。孤独の専門家の15のかた。孤高と称されている様な文豪が、孤独という言葉からは連想されます。質問者様と15の方とのやり取りは、自分は大好きです
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

納得の解釈ありがとうございます。
『幻想を得る喜び』は新しいイメージです。参考になります。

お礼日時:2008/06/18 00:06

単純な解釈なら、孤独からは独り、自由を連想します。


ただ、この場合の孤独は「人はひとりで生まれひとりで死ぬ」という意味と「人間の本能の集団欲」の2つをさしているのではと思います。
『人間はひとりで生まれてひとりで死ぬが、人の本能には集団欲があるため孤独には絶えられない。』って解釈しました。
人は集団の中での孤独には耐えられません。だからこそいじめによる自殺という選択が若い段階からできると思います。引きこもりも集団の孤立から解放されるという点では利にかなってるし。ひとりの孤独にはひとは耐えられますから。
ちなみに、後ろの『だからこそ人間は他人を求めるのだ』は『集団欲を満たすためスキンシップを行う相手を求めるのだ』と解釈しました。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

解釈の仕方は、殆ど私と同じです。
引きこもりについての知識が殆どないのですが、彼らはひとりの孤独に耐えられているのでしょうか?
自分の家などにいて、別の人間と会話する機会があったり、ネットをしたりでき、情報を交換できている時点で一人の孤独ではない気がします。
まぁ、大元の『集団からの孤立』の部分は納得ですが。

お礼日時:2008/06/18 00:02

No.19です。


お礼ありがとうございます。
孤独で連想するのが「死」と答えたのは、人は「絶対死ぬ」からです。この場合の「絶対」のみが文章として成り立っていると思います。
質問者さんの質問文に「人間は究極的に孤独」とありました。
揺らぎのない言葉という印象で「死」を連想しました。
回答で言葉が足りなかったので補足させて頂きました。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
回答ありがとうございます。

『死』も『孤独』は合わせて『孤独な死』といった使い方をよくされます。
しかし、これは、2つが似ているわけではなく、死の状態として『孤独』を当てはめていると言えます。
であるならば、本来は人間の死には孤独というイメージは付加されないはずなのです。

しかし、回答にありましたように、『人は絶対に死ぬ』という言葉で孤独を意識します。
という事は、何か別の共通の要素が含まれているような気がします。
非常に参考になる意見です。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/06/17 23:57

こんにちは。



人と人がわかりあうことが出来るというのは、幻想であり
希望的観測だとおもいます。
たとえば、同じように見える滲みでも、ある人にとっては赤色だし
違うある人には血痕だし、また別の人にとってはレンガ色だし
また違う人には、たんなる汚れだし、別の人には真紅の薔薇の模様
というように、見えているものはその人その人違うと思います。

孤独という言葉から、自分は灰色の月を連想しました。
あとは、暗い部屋で椅子に座っている男性も連想しました。

人は孤独に耐えられるかという質問は難しいですが、
人は忘れるということが出来る生き物なので、
孤独を感じて居る人の存在を忘れることも出来るし、
過去に自分が、孤独を感じて悲しんだことも一時的に、或いは長期的に
忘れてしまうし、都合よく出来ているとは感じます。

孤独という負の感情を強く思いながら生きるには
この世界は、楽しいことや興味深いことが多いので
孤独を意識し続けて(=耐えながら)生きる人間はすくないと
思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

灰色の月というのは考えになかったですね・・・参考にします。
孤独は忘れる事も可能である。これも孤独の本質の理解に一役かいそうです。

お礼日時:2008/05/29 20:41

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