痔になりやすい生活習慣とは?

資料1 マタイによる福音書 15章21~28節
1 マタイ 15:21 イエスはそこをたち、ティルスとシドンの地方に行かれた。
2 マタイ 15:22 すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。
3 マタイ 15:23 しかし、イエスは何もお答えにならなかった。そこで、弟子たちが近寄って来て願った。「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」
4 マタイ 15:24 イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった。
5 マタイ 15:25 しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。
6 マタイ 15:26 イエスが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになると、
7 マタイ 15:27 女は言った。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」
8 マタイ 15:28 そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。

資料2 (*)http://tokyo.catholic.jp/cgi-bin/MT/archives/200 … 


質問1
イエスは「イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」のを承知しているのに何故、異邦のティルスとシドンへ行ったのですか。

質問2
(*)には地域の名として「カナン」、「イスラエル」、「パレスチナ」が登場しています。「カナンの女」は異邦人、「イスラエル」は同胞の住む地域ということは判ります。しかし、「カナン」、「イスラエル」、「パレスチナ」の三つの地域は重なってしまって異同が皆目判りません。地域として「カナン」、「イスラエル」、「パレスチナ」はどう違うのですか。人として「カナンの女」、「イスラエルの女」、「パレスチナの女」はどう違いますか。(*)に見える『「カナン人」はパレスチナの古くからの住人です。』、こういう表現が成立する理由が欲しいです。

よろしくお願いします。

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A 回答 (3件)

こっちは返信者は信者限定 もしくはキリスト教は正義だって思っている人限定 という制約は無いので、書かせてもらうと、、、、、




質問1)
イスラエル人ってのは、ヤコブの子孫のことですよね。
ご存知だと思いますが、ヤコブは戒名してイスラエルって名前になった。
そのイスラエルという名前になった男の子孫が、イスラエル人であり、彼らは12+1支族で構成されており、12支族は後にイエスが異民族を皆殺しにして彼らの土地を奪い、12支族に分け与え、そこに12支族は住むようになり、やがて王国を作ったわけですよね。

ですが、1つだった家族は分裂し、北と南に別れ、それぞれに王国を作り、北はアッシリア、南はバビロニアにより攻略されたわけですよね。

バラバラに散らされたわけで、それがイスラエルの失われた羊 じゃないか と
こういう状態をディアスポラと言う。


それはいいとして、あくまで推測でしかないが、イエスが行ったとされるティルスって、本当のティルスじゃないと思う。


ちょっと記憶が曖昧ですが、エデンってのがどこにあったか というのを昔調べたことがあって、今のレバノン当たりだったような。。。。
ティルスって今のレバノンに当たる地域で栄えていた都市の名前ですよね。


で、、あ あった。エゼキエルだ。
http://bluewind.oops.jp/tanka/archives/000403.html

ということで、イエスがティルスとシドンに行ったというのは比喩だと思います。


質問2)
カナン人・・・フェニキア人のことらしいです。
イスラエル人・・・上で述べたようにヤコブの子孫、
パレスティナ人・・・・ペリシテ人(ノアの子ハムの子孫、ちなみにハムの子の1人はカナンらしいです。)


で、カナンの女、イスラエルの女、パレスティナの女。
うーーーん 恐らく母権社会の女って意味じゃないか と。

古代は母権集団が勢力をもっていたらしく、誰だっけ?。。。。父親が神に忠誠を誓うために初子イサクを捧げようとしたわけですが、母権社会はイサクを神の元に返さなくていい つまり アブラハムの妻サラのいた集団に戻さなくていいってなったんじゃないか と。

で、強い母権社会から嫁をもらうってのは、いわゆる政略結婚みたいなもので、小さな集団が母権社会の勢力の恩恵をもらい、栄えるってわけです。

レビレート婚ができた理由も、妻が夫を捨て元の母権集団に戻ってしまったら、嫁入りの時もって来た財産をごっそり持って出て行くわけで、たちまち嫁ぎ先の一族は貧困にあえぐことになるわけでしょ?
だから、姦淫しちゃいけない とか 神経ピリピリになったわけでしょ。
他の男を選んで夫を駄目男として捨てられたわけで、そう簡単に捨てられてたまるか って「妻が姦淫したから妻は罪人 妻の嫁入り財産は俺のもんだーー」ってやっていたわけでしょ?


という情報を知った上で考えると、母権集団のそれなりの地位の高い女性達ってことじゃないか と。

で、「子犬も主人の食卓から落ちるパンクズはいただく」ってのは、私が知る限りは、ユダヤ教の多数者(幹部12人で構成されている)の食事の儀式のシーン。

彼らは多数者はユダヤ教の中でもエリート中のエリートで、その人たちが行う食事の儀式を身近に見ることができるのは、それなりのランクの祭司たち。
多数者がこぼした食べ物を食べれるってのは、聖なるものを身に取り込むのと同じ作用を持つとして、パンが床に落ちたら、それを身近で見られる権利を持った人は、喜んで拾って食べてた。


彼らの食事の儀式は、パンをとって「これは神の肉体である。」 食べた。
ワインをとって「これは神の血である」と言って飲んだ。


そういう一部のエリートの食事の儀式を知っているこの女は、只者じゃない。

だから「お前なかなかやるのぉ」ってわけで、その女性はユダヤ教の改宗しようってしたのかなぁ?
ってことは、、、この女性は、、、何者だったのでしょうね。
うーーん 少なくとも大きな母権集団のそれなりの地位の女性だったと思えます。


一般人がユダヤ教の幹部の食事の儀式を知っているってのは、あまり無いんじゃないか と。
ということで、この女性は只者じゃあなかったと思えます。
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この回答へのお礼

1
>>、イエスがティルスとシドンに行ったというのは比喩だと思います。
これは一つの有力な仮説だと思いました。この説は、イエスが弟子達に異邦人の道に行くなと度々命じていることと矛盾しません。同朋の地でありながら神の意思に反した暮らしをしている人々の町を指してティルスやシドンに擬えた可能性は有りそうです。この場合、「カナンの女」は、実は「イスラエルの家の失われた羊」で、同じユダヤ教徒たるイエスの癒しの当然の対象者です。
あるいは意図してティルスとシドンを持ち出したのかも知れません。異邦の地で異邦の人を癒したと、しておいた方がキリスト教の布教に都合がよいでしょう。意識してか無意識なのか聖書ではユダヤ教徒としてのイエスからキリスト教のイエスへと少しずつ衣替えが行われているのではないかと薄々感じます。

2
カナン人・・・フェニキア人
フェニキアも登場するのですか。確かに「カナン人=フェニキア人」説もありますね。
ところがです。皮肉なことに「カナン人=フェニキア人」説を知る前は質問2が生じなかったのです。合っているか否かは別にして「カナン=ほぼパレスチナ=ほぼ現在のイスラエル」という迷いの無い理解をしていたのです。そこへ「カナン人=フェニキア人」説を知ったために「フェニキア人=ほぼパレスチナ=ほぼ現在のイスラエル」?、という疑問が生じてしまいました。フェニキアは確かに現在のイスラエルの西北部(カルメル山辺りまで?)には食い込んでいたのでしょうが、「カナン人=フェニキア人」とまで言ってしまってよかったのでしょうかね。
質問しておいて言うのもおかしなものですがカナン、フェニキア、パレスチナ、アラム、イスラエル、……、これらは前後の文脈で何処を指しているか見定めるべきで、やいのやいのと線引きを求めるべきではないのかも知れません。一般的に聖書の時代には「カナン=ほぼパレスチナ」で、カナンの一部が「イスラエル」だと思ってしまってはいけないのでしょうか。私には、さっぱり判りませんが……。質問1について調べている途中で生じた副次的な混乱ですから、当分の間、その都度どこを指しているか確認すればよいではないかと納得してしまうことにします。

ありがとうございました。またの機会にもよろしくお願いします。
字数制限から、レビート婚と食事の儀式の件は割愛しました。

お礼日時:2008/06/23 20:35

No.2です。



参考までに。

http://www.geocities.jp/todo_1091/bible/paul/app …


ちなみにパレスティナはペリシティのことです。

ペリシティ人は、前回書いたようにノアの息子ハムの子孫。
ノアは他にセムとヤペテという息子がおり、セムの子孫がイスラエル人になった。

で、イスラエル人とペリシティ人の戦闘で、ダビデがゴリアテを倒して勝利している。

ノアは息子ハムにセムの奴隷になれと呪いをかけている。
後にセムの子孫は、ハムの子孫を征服している。


ちなみに伝承ではノアは神と人間の間に生まれたハーフってことになっている。
白い肌で、青い目、金髪。
で、神と人間の間にうまれたものは巨人とされ、ノアの特徴からいってアングロサクソン系かな?
なんか背が高そう。。。。
巨人と言われると何メートルもあるような生き物想像しますが、、、
セム系からしたら、巨人か?


で、何故パレスティナと呼ぶのかというと、ローマ帝国の嫌がらせだったんじゃないかと。
ペリシティの土地 ってわけですから。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AC% …
『古称は「フル」、「カナン」という。パレスチナの語源はペリシテ人の土地という意味で、紀元前13世紀頃にペリシテ人が住みついたことに由来する。』

パレスティナでイスラエルとパレスティナ人が領土取り合っていますが、その時「パレスティナで紛争が」とか言うってことは、「ユダヤ人とペリシティ人がペリシティ人の土地をめぐって取り合いをしている」みたいな意味になっちゃう。

「ペリシティ人の土地なのだから、パレスティナ人に戻しなさい」

「いや ノアがハムの子供に呪いをかけて運命を決定したから、この土地はその子孫のユダヤ人のものだ パレスティナと言うな!」って感じでしょうか。

ローマ帝国がユダヤ人に対して嫌がらせであそこら一体をパレスティナと呼ぶようになったらしいです。



>カナン=ほぼパレスチナ」で、カナンの一部が「イスラエル」だと思ってしまってはいけないのでしょうか

私もよくわからないんです。
wikiみるとカナン人とされる人たちの特徴からして、「カナン人とはまさにフェニキア人のこと」ってなっています。
wikiみたから「らしい」って書いたんです。


人によっては、東京人、関東の人、本土の人、日本人、アジアの人、オリエントの人、など同じ人を別の単語使って言うじゃないですか。
どこを基点にしているかで、どういう表現になるか違ってくる。
関東の人が他の関東の人を「関東の人」とは言わない。
両方とも日本人には違いないが、自分達とは別の地域に住むという意味で、関東の人って使うわけでしょ?

聖書でいけば人類の祖はノアとその妻ですよね。
だってそれ以前の人は神が洪水起こして殺したことになっていますから。

で、憎しみが起こり分裂が起こった。
ノアが呪わなければ、仲良く暮らしており、あなたがカナン人って誰? フェニキア人って誰のこと? イスラエル人って誰? と悩まなくてよくなったのに ねぇ。
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この回答へのお礼

1
ご紹介のあったページ、こぼれ話22 「小犬にやってはいけない。」の話は読んでおきました。
・知識のある方の間でも解釈が定まっていないのが判りました。
・質問文を作った時も、ANo.2のお礼を記した時点でも、ティルスもシドンも異邦の地と考えていました。しかし、どうも当時のイスラエルの地中海側の北限辺りという認識のように思えてきました。異邦人の地であるなしによって、読み方が随分変わりそうです。異邦ではないみたいですね。私の読み方はイエス寄りにというか、キリスト教寄りにというか偏っていたかもしれないと思い直しました。
・イエスが異邦人を犬呼ばわりするとは些かも念頭にありませんでした。氏も育ちも悪い癖に私の辞書にはない発想です。これでは私が信徒から悪口、罵詈雑言を浴びるのももっともだと納得しました。言われてみれば相手を動物に擬えるのは侮蔑するときの安易な常套手段の一つですが。
・以下、字数制限のため4項目を割愛します。

2
>>ちなみにパレスティナはペリシティのことです。
パレスティナがペリシティを語源とするのは分かるのですが、さてパレスティナ=ペリシティかというと、これもまた臨機応変に解釈しないといけなそうです。手元の書籍では12部族の支配地の南西部、地中海側(ガザを含む)に異邦人の地としてぺリシテが記載されています。これだとペリシテはパレスティナのほんの一部みたいです。それはよいとして、ローマ帝国が件の地をイスラエルの支配から奪うにはパレスチナと呼ぶ方が都合よいのが納得できました。

3 >>「カナン人とはまさにフェニキア人のこと」
・私自身も12部族長が分割統治を始めた時点での先住民族、並びにその血の濃い子孫をカナン人と呼ぶと考えると上手く流れる文章に出合ったことがあります。
・フェニキアがカナン一帯まで進出していた時代もありそうですね。

4 ノアは全き人だった筈なのに葡萄酒に酔いつぶれて裸で寝るわ、息子だか孫だかを呪うわ、感心しません。リンゴだかイチジクだか食い意地に克てない人間を創っちまったり、神の人物鑑定眼は少しも信用がならず困ったものです。

分からない事ばかりですが、今直ぐはっきりさせなければ先へ進めない訳ではないので二つのお答えで十分です。ありがとうございました。またの機会にもよろしくお願いします。

お礼日時:2008/06/24 20:34

非信徒です。

アドバイスだけ申し上げて起きます。

信徒と非信徒の解釈を分けているようですが、
それなら、信徒の中でどの派に限定しなければ
いけないのではないでしょうか。
つまり、ある「正統な」あるいは「正当な」解釈
以外は受け付けないということですから。
すなわち、あなたの頭の中というか心の中には
正しいということがひとつあってそれ以外は邪で
あるというお考えなのでしょう。
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この回答へのお礼

>>信徒と非信徒の解釈を分けているようですが、
分けていません。読み手によっては質問文の何処かに紛らわしい点が有るのかも知れません。ご指摘下されば加筆・訂正出来るかも知れません。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/06/23 20:11

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Qマタイによる福音書について

学校でマタイによる福音書にレポートを書くことになったのですが、聖書のせの字も知らない私にはいくら読んでもさっぱり理解出来ません。『マタイによる福音書』ついて要約など簡単に教えていただけないでしょうか…。お願いします。(切実)

Aベストアンサー

マタイの注解は以下の様になってます。
新聖書辞典からの抜粋です。このままコピーするも良し、まとめるも良し・・・

この福音書は第1福音書とも呼ばれ,伝統的に新約聖書の最初に置かれて,長い間,四福音書中最も早い時期に書かれたものとされていた.また,キリスト教思想の形成という点では最も強力な影響力を持っており,大変広く読まれている福音書でもある.紀元180年までの初期の教会で,ほかのどの福音書よりも頻繁に引用された.さらに礼拝用に最適の福音書として用いられていた.旧約の系図から始まるこの福音書は新約への自然な橋渡しとなっている.また,時代を越え,国境を越えて人々の心に訴え,親しまれる内容を豊かに持っている.このように広く親しまれる理由として2つのことが考えられる.
(1)著者が使徒であるということ.少なくとも2世紀の初期からマタイという名を帯びていた.
(2)イエスの教えが非常に強調されている.世界に発展拡大しつつあったキリストの教会には,新しい信徒たちをたてあげるためにも,異端から守るためにも,信頼され得る権威のあるイエスの語録が必要とされていたが,これは今の時代とて同じことである.

執筆の目的.まず第1にはっきりしていることは,旧約の預言の成就としてのメシヤなるイエスの生涯を証明し,明示するために書かれたことである.したがって,イエス・キリストが「アブラハムの子孫」であることを示す系図をもってこの福音書は始まっている.しかし結びでは,全世界への福音の宣教という旧約の最も広大な成就を示し,偏狭なユダヤ主義は完全に克服されている.そしてこの福音書全体を通してイエスのメシヤ性が提示されている.
次に,護教的目的が見られることから,この福音書を「初期のキリスト教護教論」と呼ぶ者もいる.この観点から見るならば,イエスの誕生の記事は,処女降誕を否定して私生児とする誹謗への答である.また,復活記事中に出てくる墓の番兵の買収の件は,弟子たちがイエスの死体を盗んだという偽りの証言に対する論駁である.この護教的記述の意図しているところは,外部に対するものというよりも,むしろクリスチャンに対して,イエスのメシヤ性の理解を深め,自己の信仰の弁明に役立たせるためのものであった.
さらに,復活のイエスが弟子たちに,「あなたがたは行って,あらゆる国の人々を弟子としなさい.……また,わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように,彼らを教えなさい」(28:19‐20)と語っているが,この「命じておいたすべてのこと」を記そうとしたのがマタイの福音書であると言える.そしてこの「教え」の面が重要視されていることは全体にわたってうかがわれる.ここにカテキズム的目的が見られるわけで,この福音書を回心者のための公認教科書のようなものであったとする者もいる.

梗概.
(1)メシヤの誕生と宣教開始(1:1‐4:25)
(2)メシヤの倫理―第1の説教(5:1‐7:29)
(3)メシヤの権威(8:1‐9:38)
(4)メシヤの訓話―第2の説教(10:1‐11:1)
(5)メシヤへの拒絶反応(11:2‐12:50)
(6)メシヤの天の御国論―第3の説教(13:1‐52)
(7)メシヤの受難準備(13:53‐17:27)
(8)メシヤの兄弟関係論―第4の説教(18:1‐35)
(9)メシヤの受難行動(19:1‐23:39)
(10)メシヤの終末預言―第5の説教(24:1‐25:46)
(11)メシヤの十字架(26:1‐27:66)
(12)メシヤの復活(28:1‐20)

マタイの注解は以下の様になってます。
新聖書辞典からの抜粋です。このままコピーするも良し、まとめるも良し・・・

この福音書は第1福音書とも呼ばれ,伝統的に新約聖書の最初に置かれて,長い間,四福音書中最も早い時期に書かれたものとされていた.また,キリスト教思想の形成という点では最も強力な影響力を持っており,大変広く読まれている福音書でもある.紀元180年までの初期の教会で,ほかのどの福音書よりも頻繁に引用された.さらに礼拝用に最適の福音書として用いられていた.旧約の系図から始...続きを読む


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