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近現代アートが好きでけっこう見ているのですが、最近疑問に思うことがありました。

フランク・ステラなどが「ミニマリズム」で戦後の一時期の美術においてそれまでの「抽象表現主義」に取って代わって主要な位置を占めた、というのは何となく知っていたのですが、

マレーヴィチなどの「シュプレマティスム」というのを見て、「あれ、ミニマリズムってシュプレマティスムの単なるリバイバルじゃないの?」と思ってしまいました。

現代美術におけるミニマリズムの価値というのはどういうところにあるのでしょうか?

A 回答 (1件)

ステラをミニマルアートの代表としていいかどうか、議論のある所と思いますが。


マレービッチの時代にはミニマルアートという概念は無かったわけですからミニマルアートと言われている人達にマレービッチの影響があったのか無かったのかということですね。
面白い研究テーマと思います。
回答が付かないのはいろいろあり過ぎてここでは書ききれないからでしょう。
なので私の投稿も一面的で浅薄なものであることをお断りしておきます。

マレービッチのシュプレマティスムの中でも黒い正方形や円のシリーズは際立っていますがカンディンスキーなどと違って構成という概念に頼らないという事がはっきり意識されていると思います。
正方形と円はこれ以上整った形は考えられないという形です。
黒を選んだのは色によって何か特定の具体的事物や心理を象徴・連想させたくないからでしょう。
そういう意味でシュプレマティスムとは究極にそぎ落とした形です。
画面の中に形を構成的な発想で配置することを突き詰めて行くとどうしてもバランス取りになってしまうのでそういう「画家のテクニック」から距離を置こうとするならば最後は左右対称な配置に行き着かざるを得ません。
そのような考え方や道筋はミニマルアートの人達の中にもある・あったと思います。
ジャッドが立体に移行してしまった理由としてそういう突き詰めかたをしていると四角く制限された画面の中に形を配置しているのではやり尽くしてしまうからというのもあるのではないでしょうか。

マレービッチの作品は「解釈を拒絶」しているように見えます。
ですがそれは観賞を拒絶しているのではなくて絵が何かに見える、何かの意味を象徴して見せるというような「意図」の結果や美術のしきたりへの寄り掛かりを拒絶したということではないかと作品を観ながら私は思いました。いろいろてんこ盛りの絵画をみてきてシュプレマティスムの正方形や円の作品を観ると何かひじょうに気持ちの良い空気が流れてきます。

マレービッチについてはこれからまだまだ発掘される情報が増えると思いますので研究されてみてはいかがでしょうか。
(ロシア革命の変質後のマレービッチの作品についてはいろいろと“解釈”を入れないとならないと思います)
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