あれが事実だったとして得をするのってどんな人ですか

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A 回答 (8件)

この件について興味深い考察をしているHPがあります。


熟読されるとよろしいですが、要点は「『ゴボウを食べさせたこと』だけが有罪の理由ではない」、「劣悪な環境や殴打暴行などの捕虜虐待などのが主たる要因」とのことです。

「引用」
「絞首刑という量刑が妥当であったかについては大いに議論の余地はあるものの、虐待の事実そのものは確かにあったし、他方で「ごぼうを食べさせた」はせいぜい虐待の一例としてあげられたにすぎ(ない)」

「ドラマの『私は貝になりたい』では主人公である二等兵が死刑判決を受けることになっているが、現実には死刑を執行された二等兵は存在しない(中略)判決そのものだけでなく、拘留中の容疑者への虐待など諸々の問題をはらむB級戦犯裁判ではあるが、他方で実態以上に不当であったかのような日本側のプロパガンダも存在したことがうかがえる」
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060828/p1
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060901/p2
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No.6です。


片山謙五伍長ですが、彼の仕事は調理師であって捕虜の管理は行なっておりません。

 直江津収容所は60名の捕虜が亡くなりました。ただし死因は大寒波と同時に発生したインフルエンザで体力を奪われた捕虜が亡くなったのです。昭和18年以降は死者0人です。
 絞首刑になった6人は何れも傷痍軍人であり、歩行困難者、片目失明者、片腕不遇者です。暴行したり追い掛け回すことがほとんど出来ない人物です。
 直江津収容所が注目されたのは、東京裁判でチズルム大尉が「過酷な捕虜生活で60名が死んだ」と発言したため、人身御供が必要となったからです。

 直江津では、拷問のような捕虜虐待は行なわれておらず、衛生担当も食事担当も捕虜に気を配っていた。捕虜はクリスマスに彼らを呼び、和気藹々と食事をした(写真が残っています)。だが、8人は帰らぬ人となった。オーストラリアに帰国した300人の捕虜は戦後40年、彼らが死刑になっていた事を知らなかった。特に衛生曹長が死刑になっていたとは夢にも思わなかったそうです。
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直江津収容所の片山謙五伍長の件です。



 片山謙五は妻の協力の得て牛蒡を入手し、捕虜に配布しました。この行為は、規定以上の食事を与えてはならないという国際条約の規定に反していましたが、インフルエンザと栄養失調で苦しむ捕虜の事を思いやって行なった行為です。

 戦後、直江津収容所は捕虜虐待を行なったとされて、看守6名と責任者の准尉は絞首刑となりました。更に衛生担当の曹長(仏の看護師と捕虜から讃えられていた)も捕虜を火あぶり(実際は脚気治療のために用いたお灸)したとされて絞首刑になっています。
 片山謙五は、捕虜に木の根っこを食わせたとして20年の重労働刑(再審で17年に減刑)に処されました。
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都市伝説の『東京裁判の木の根』の話は半分事実で半分デマです。



これは、もともとは東京裁判の弁護団副団長の清瀬一郎さんが書いた『秘録 東京裁判』にある話です。

直江津収容所の村山という人物が捕虜にゴボウを食べさせたが、
その際に捕虜から「この食材は何か」と聞かれ、ゴボウの英訳が分からなかったため、
牛蒡(ゴボウ)の漢字の単語を一語ずつ直訳し、オックス・テイル(牛の尾)と答えた。
するとその捕虜が怒り(おそらく、「木の根をオックス・テイルとこじつけて食べさせられた」と誤解したため)
終戦後に「捕虜収容所で虐待を受けた」と訴えた。 という事です。

又、この本の中では別の収容所ではNo.1さんもふれている、
豆腐をロツン・ビーンズ(腐った豆)と訳して捕虜に食べさせていた為に訴えられたという話ものっています。

ただ上記は裁判で、「誤訳から生じた勘違いだ」と説明すればすむ訳ですから、無罪になったと推察されています。
本の中では上記の2件が無罪になったという説明がありませんが、有罪になったという記述もありません。

この都市伝説は「ゴボウを捕虜に食べさせて、戦犯として訴えられた」という事実が、
誤った解釈を付けられて広まったものです。


>あれが事実だったとして得をするのってどんな人ですか
村山さんは厳しい食料事情の中、苦心して捕虜に食事を出していた事になります。
捕虜としては「虐待を受けていた」と誤解していたのですから、東京裁判で訴えるのは当然です。
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 都市伝説ではなく、食文化の差異を知らずに、捕虜たちが食さない食材を無知ゆえに供したが故に生じた悲劇だった訳です。

と、いうか捕虜の扱いが後々の外交問題になるという認識も軍にはなかったんです。
 加えて、捕虜と収容所施設を管理する人々にそうした文化的差異を教え伝える必要を軍上層部が認識していない(国際法として政府は認識していた)というか、近代の戦争そのものを理解していなかったというお粗末さもありますが。
 また、ごぼうを食するのは世界中でも日本だけで、もともと日本に伝わったときは漢方の薬としてだったんです。
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専門的には、存じ上げない事をご了承下さい。



当方の識ってる範囲での事ですが、「木の根」というのは、実は「ごぼう」の事です。
戦時中、敵兵の捕虜に、食事を与える…というのは、敗戦間際の日本にとって、食糧難の折り、厳しい事でもありました。
しかし、「鬼畜米英」とはいえ、そこにいるのは「人」なのです。
それに対して、出来る限りの事をしようとした日本兵はいる。

しかし、その善意も、敗戦の際、相手側に利用された。
「ごぼう」などを食べさせたことすら、「木の根を食べさせた」とし、日本兵を「戦犯」に仕立て上げたのです。

戦犯者そのものは、罰せられるべき人もいたことでしょう。
なかには、そうした「戦犯者」を、作り出す事で、スケープゴードとし、日本全てを断罪するのではなく、「戦犯者」を裁く事で、日本を植民地にする事は免れた…

のではなかったかな…?

正しい知識では有りません。色んな本に出てくるこれらの詳細をつなぎ合わせた小生の推測も混じっております。
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筍、牛蒡、味噌汁など国民の食料を削ってまで食べさせたのに非人道的な扱いとして裁かれるなんて勝てば官軍負ければ賊軍もいいところです

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木の根じゃなくて、「ゴボウ」を食べさせたと言うことです。


また、腐った豆「納豆」
臭いスープ「味噌汁」
など、食文化の違いだけでエライ言われようです。
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犯した男の名前、住所、勤め先を知っています。

犯された時は誰にも言えず、そのまま10年経ちました。現在は結婚して平和な生活を送っていますが、犯された事を思い出すと憂うつになります。

犯した奴に復讐したい、そんなふうに思ってしまう事があります。

このような気持ちをどう整理すればよいでしょうか。
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「あんまり嫌がらなかったね。かわいい子でラッキーだった。」と言ったことが今でも心からはなれません。

Aベストアンサー

大変辛い経験をなさったと思います。

女性が身体を犯されることは深刻に心も侵されてしまう
出来事だと忖度します。

当たり前ですが、女性を犯すことは人間が絶対にやっては
いけない禁忌だと思います。

憂鬱になったり、復讐を考えることは極めて自然なこと
だと思います。

加害者が発した俗悪かつ低劣な言葉も忘れられなくて当然だと
思います。重い罪を犯した人間の微塵の反省もない歪んだ言動は
人の心を深く抉ってしまうと思います。

さて、相手の行為は犯罪なので、何らかの処置をとることは許されると
思いますが、時効は過ぎてしまっているようです。(現行法ではこのような
事件の時効は10年らしいのですが、以前は異なっていたようで、
現行法に改正された年(2005年)以前に遡っては遡及適用はされない
らしいです。)

非人間的な人間が一見普通に生活している様子を想像することは
辛いですが、現行法では裁くことはできないようです。

私の一意見としましては法律以外の手段で
相手を裁くことはあまり勧めることはできません。

以下、気持ちの整理の仕方についてです。

定石としては傷を治す(気持ちを整理する)第一段階はまず傷から発生している
負の感情を表現し尽くすことだと思います。

まず復讐したい気持ちや怒りを何らかの形(文章にする、枕を叩くなど)
して発散させる必要があると思います。

怒りの気持ちが発散されてくると、次には傷ついた悲しみが現れて
くると思うので、その気持ちも何らかの形で感じてあげて
発散させて行く、これが基本だと思います。

ただ、質問者様の傷は深く大きなものだと思うので、定石が
通用するかは分かりません。

私としては理解のある、ご自分と相性のいいカウンセラーを
みつけて時間をかけてゆっくり癒すことを勧めたいと思います。

個人でも向き合うことは可能ですが、逆に悪化させてしまう
場合もあると思います。

癒しに向かう過程は今後のためにもなりますし、ご自分の成長にも
つながると思います。

現在、質問者様は平和な生活を送られているということなので、
そのことは大きな支えになると思います。また、カウンセラーと
取り組むのであれば、カウンセラーも大きな支えになってくれる
と思います。

婦女暴行には自助団体もあると思うので、そのような理解のある
方々と気持ちを分かち合うことも力になると思います。

(ただ、傷の性質上、人によっては自分で解決したい方もいらっしゃる
と思います。「傷の性質上」というのは深すぎてという意味です。)

長々と書きましたが、心が少しでも落ち着き、今の平和な生活が
続くことを願っています。

大変辛い経験をなさったと思います。

女性が身体を犯されることは深刻に心も侵されてしまう
出来事だと忖度します。

当たり前ですが、女性を犯すことは人間が絶対にやっては
いけない禁忌だと思います。

憂鬱になったり、復讐を考えることは極めて自然なこと
だと思います。

加害者が発した俗悪かつ低劣な言葉も忘れられなくて当然だと
思います。重い罪を犯した人間の微塵の反省もない歪んだ言動は
人の心を深く抉ってしまうと思います。

さて、相手の行為は犯罪なので、何らかの処置をとることは許されると...続きを読む

Q昔々の喋り言葉ってどんなだった?

口語体が使われる以前(江戸時代以前?)の話言葉について。
当時の文学では古文の時間に習ったような言葉が使われていますが、実際の会話で用いていた話し言葉は、現代とあまり変わらなかったとどこかで聞いたことがあるのですが、詳しく知りたいと思って質問しました。
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その他、時代・身分によっての使い方の違いなども是非知りたいです。
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小さい頃からすごく気になっていたことです!

Aベストアンサー

 以前の私の質問が一部参考になると思います。
 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2568715.html
 この中で識者の方に教えていただいた切支丹時代のイソップ物語は面白いです。今の話し言葉とは大分違いますが、意味は大体わかります。
http://www.geocities.co.jp/bookend/9563/Esopo/esopo/mocurocu.html
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Q男が犯されるなんてありえるんですか?

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Aベストアンサー

ありえると思いますよ。寝てれば朝立ちしますし、こすってれば意識がなくても射精はしますから。
まるでドラマのように酔っぱらって、気がついたら裸の女性が横に寝てた経験もありますし、目が覚めたら、彼女が腰振ってた事もあります。それが強姦なのか和姦なのかわかりません。

ただ、裁判は相当不利です。性に関する司法判断(というより一般の常識)は、貴女が彼を信じられないように、女性が常に弱者に傾いているからです。
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Q明智光秀はどんな人だったの?

明智光秀の性格を教えてください
どんな人物でどんな性格だったのかがわかる、エピソードなり諸説を
知っている方いたら、ぜひ教えてください。
例えば、疑りやすい性格だったから、信長を信じきれずに
討ってしまったなど…
意外と知られていない情報があればすごく助かります。
できれば、その情報が載っている本やアドレスも教えてください。
よろしくお願いします

Aベストアンサー

人柄ということですので、ちょっとしたエピソードを紹介したいと思います。

光秀の奥さんは、煕子さんという人だったのですが、
実はこの煕子さんは、光秀の元にお嫁に来る前に疱瘡という病気にかかり
顔に醜い痕が残ってしまったそうです。

煕子さんの実家では、織田の重臣明智光秀の嫁になる人だ
醜い煕子でなく、親戚の子を煕子ということにして、
光秀の下に送ろうと決めました。

だけど、光秀は偽者である事をすぐに見抜いてしまいます。
そして、煕子の実家に使者を送りこう告げます。
「約束の煕子さんが、疱瘡にかかったと噂は聞いてます。
 ですが、何も気にしないで、どうかお嫁に来てください。」と

こうして煕子は、無事に光秀の元に嫁入りします。

しかも、光秀は側室を持たず、この煕子を生涯ただ一人の妻として愛します。

以上のエピソードから、光秀は大変潔癖な人物であり、
とても優しい人柄を持ち合わせた、戦国時代には珍しいタイプの人だったようです。

Qスパムに犯されたサーバーのリスト

スパムに犯されたサーバーのブラックリストを見ること出来るのでしょうか?
受け取る側の、ここのサーバーで設定してるのでしょうか?

又 ブラックリストを解除することは出来るのでしょうか?

Aベストアンサー

スパムに犯された・・・・・(^-^;
すなわち、スパマー御用達のメールサーバの事ですよね・・・(^-^;
あります。d(^-^)
ORBS・MAPサーバ等です。
UNIXのメールサーバなら、環境ファイルの設定でORBSでもいろいろなパラメータを管理しているので、第3者中継されているですとか、スパムメールだけが送信されている等のドメイン(パラメータで参照するサーバが違います)をメールサーバが参照して、拒絶すれば、受信時に拒絶します。
もちろん、ログは参照しているメールサーバ本体に記録されますので、
それで、ブラックリストを見るというかブラックメールサーバがわかるという状況ですね。
サーバのブラックリストなんて作成したら、スパマーは第3者中継の餌になるので、あったとしても公開しないでしょう。

で、ORBSやMAPSのページで解除申請をだせば、テストに合格後に解除され世界のDNSに浸透されます。

ちなみに、一般のプロバイダはこのサーバを参照しているところは存在しないため、本当に困っているなら自前で立てる必要があります
(または、導入しているメールサーバを所持しているところに借りるか・・・)

また、SPAMCOPで随時報告すればORBS・MAPSに勝手に登録してくれます(☆。☆)

と、こんな説明で答えが見出せたでしょうか・・・・・
すごい不安なんですが、以上といたします。
(°°;))。。オロオロッ。。''((;°°)

スパムに犯された・・・・・(^-^;
すなわち、スパマー御用達のメールサーバの事ですよね・・・(^-^;
あります。d(^-^)
ORBS・MAPサーバ等です。
UNIXのメールサーバなら、環境ファイルの設定でORBSでもいろいろなパラメータを管理しているので、第3者中継されているですとか、スパムメールだけが送信されている等のドメイン(パラメータで参照するサーバが違います)をメールサーバが参照して、拒絶すれば、受信時に拒絶します。
もちろん、ログは参照しているメールサーバ本体に記録されますので、
そ...続きを読む

Q女郎屋ってどんなところだったの?

江戸時代に女郎屋というところがあったそうですが、どんなところだったのでしょうか?

飲み+セックスのところでしょうか?

今の物価に換算するといくらぐらい下埜でしょうか?

Aベストアンサー

#5さんのお話に便乗して、夜鷹話。
ちなみに、夜鷹というのは立君(いわゆる路上売春婦)のことです。
女郎屋というと、お店があって、…みたいな吉原のようなかんじになりますかね。
参考アドレスは現代のものですが、内装等を知りたければいくらか足しになるかもしれません。


夜鷹が食べに来るくらいの時間(夜)にやっていたことから
夜鷹そば、といわれた という節もありますね。

落語の「時そば」にもあるように、おそばはだいたい16文が相場だったようです。
で、
「客二ッつぶして夜鷹三ッ食い」
(夜の屋台の蕎麦が16文(=二八そば)で、夜鷹の花代が24文 な川柳。
 お客を二人とればおそばが三杯食べられたってことでしょうね)

落語の時代からわりだすとしたら、江戸後期として
一文=20円~30円くらいでしょうか…
25円くらいと見当をつけるひとがおおいのかな。
とすると、

おそば 400円
夜鷹  600円。

安…

ちなみに
金1両が4貫文だから、
25×4000で、10万円。

吉原の花魁が金一両一分だから、
125000円。

高…。

また、同じ吉原でも最下層の局女郎などになると、
1000円~2000円だったみたいです。
とにかくピンキリ。

参考URL:http://allabout.co.jp/travel/yado/closeup/CU20030419A/index.htm

#5さんのお話に便乗して、夜鷹話。
ちなみに、夜鷹というのは立君(いわゆる路上売春婦)のことです。
女郎屋というと、お店があって、…みたいな吉原のようなかんじになりますかね。
参考アドレスは現代のものですが、内装等を知りたければいくらか足しになるかもしれません。


夜鷹が食べに来るくらいの時間(夜)にやっていたことから
夜鷹そば、といわれた という節もありますね。

落語の「時そば」にもあるように、おそばはだいたい16文が相場だったようです。
で、
「客二ッつぶして夜鷹三ッ食...続きを読む

Qスパイウェアに犯されて、スクリプトページのエラーが

スパイウェアに犯されて、スクリプトページのエラーが出ます。ハードディスクを再インストールしました。最新のノートンでスキャンしても解決しません。OSはXPです。どうすればいいですか?スパイウェア対策ソフトで解決できるならそうしたいです。

Aベストアンサー

こんばんは!!

「スパイウェアに犯されて、スクリプトページのエラーが出ます。」

このスパイウェアだと思う根拠は何でしょうか?

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また「ハードディスクを再インストールしました。」

これはリカバリ(初期化)したとゆう事でしょうか?

この場合はクリーンになっているのでPCに問題がある訳ではないのでは?

例えば特定のサイトだけとか、、、


スパイウェアだと思う根拠と実行した事はリカバリなのか補足して貰えると回答しやすいです。


また、最近はセキュリティソフトの導入だけではウィルス感染を防げないので下記の僕の回答をよく読み実行して下さい。


それでは補足お待ちしてます。

参考URL:http://okwave.jp/qa/q5512828.html

Q【世界史】キングアーサーって有名ですが何をした人なんでしょうか? どこの国の人で何をした?

【世界史】キングアーサーって有名ですが何をした人なんでしょうか?

どこの国の人で何をした?

Aベストアンサー

中世の歴史書やロマンスでは、アーサー王は6世紀初めにローマン・ケルトのブリトン人を率いてサクソン人の侵攻を撃退した人物とされる。一般にアーサー王物語として知られるものはそのほとんどが民間伝承や創作によるものであり、アーサー王が本当に実在したかについては現在も歴史家が議論を続けています。
12人の円卓の騎士としても有名ですね。

こちらを参照してください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E7%8E%8B

Q子供が犯される夢の意味を教えて下さい。

今日、子供が犯される夢を見ました。
すごく鮮明にはっきりと覚えていて恐怖です。
夢占いができる方または意味を知ってる方
教えていただけませんか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

占いは知らないのですが、夢分析という心理学的手法で回答させていただきます。
ただ、夢分析をする際には、ご本人の行動や生活形態、家族構成などをはじめとする情報が基本的には必要です。
ご質問文の内容からだけの分析は難しいため推測が多くなってしまいますが、その点はご了承ください。

質問者さんが男性の場合、父親は無意識的に娘に対して性的欲望を持っているので、そうした無意識が夢となって現れた、と考えることができます。

女性の場合、娘さんに対して嫌らしい目つきで見るような男性と、最近(特に、当日の日中、または前日に)遭遇した可能性が高いと思います。
夢というのは、基本的に現実世界では実現が難しい欲望を満たすために見るとされています。(むろん、それだけではありませんが)
娘さんが犯される夢を見るのは、現実世界でそういうことが起こって欲しくない、という願望の現われと言えます。
なぜ、そういう意味になるかと言うと、夢で実現してしまえば、現実世界で実際に起こることはもう無いだろう、と無意識が判断するからです。
死んでほしくない人が死ぬ夢を見るのも、およそそのような仕組みになっている場合が多いでしょう。
占いの場合、こうした夢を見るのは、たとえば、何か悪いことが起こる前兆だなどということを言いますが、それは全くあり得ません。
夢分析の場合は、科学的な手法であり、あなた自身が、そのような心配をしている、という事実が夢によって明らかになる、ということです。
質問者さんが男性なら分かりやすいのですが、女性の場合、こうした複雑な要素が絡んで夢になっていると考えることができると思います。
因みに、わたしは専門家ではありません。
大体の手法は知っているつもりですが、冒頭、申し上げましたように、あくまで推論です。

占いは知らないのですが、夢分析という心理学的手法で回答させていただきます。
ただ、夢分析をする際には、ご本人の行動や生活形態、家族構成などをはじめとする情報が基本的には必要です。
ご質問文の内容からだけの分析は難しいため推測が多くなってしまいますが、その点はご了承ください。

質問者さんが男性の場合、父親は無意識的に娘に対して性的欲望を持っているので、そうした無意識が夢となって現れた、と考えることができます。

女性の場合、娘さんに対して嫌らしい目つきで見るような男性と、最近(...続きを読む

Q古代の人の下穿きはどんなものだったのでしょう?

 よく弥生時代の日本人の服装として、貫頭衣が図鑑に載せられたり、博物館に展示されています。
 そこでふと疑問に思ったのですが、その下にはなにを着けていたのでしょう。女性ならまだしも、男性は何もなしだといろいろと不都合があると思うのですが。
 エジプトなんかだとふんどしみたいなものを穿いてますよね。日本人はどうしていたのでしょう。

 下らない質問かとは思いましたが、調べてもわからないというか何をあたれば良いのかわからなかったので、ご存じの方がいらしたら教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ざっと調べてみましたが、魏志倭人伝の頃は麻を織った布を身体につけているだけで、男性は布状のものを巻きつけているだけ、女性は貫頭衣を着ているだけで、下着らしきものはつけていなかったようです。

しかし、古事記が編纂されることになると、男性はふんどし状の下着をつけ、女性は裳という下着(アンダーウエアというより、服の一番下という感じ)をつけていたようですが、いずれにしてもこれらの下着を身に着けられるのは高貴な人だけで、それが戦国時代まで続きました。

江戸時代になると木綿を国産できるようになり、布の価格が下がって、ふんどしも庶民化しましたし、手ぬぐいなども現れました。

日本人の誰もが下着をつけるようになったのは、江戸時代からのようです。

さて、女性の場合は日本書紀にふんどしをしている記述がるそうですが、基本的には「畚褌」と呼ばれる、前垂れのないタイプのようでした。この下着は裳の下に来ていたようですが、戦国時代にそれまでの装束(十二単のような宮中装束)が廃れてくると、畚褌も廃れ腰巻に変わるようになったようです。

しかし生理日には畚褌を用いたり、ふんどしを用いたりしてその間に布や縄などの吸い取り用具をいれ、処理をしていたようです。
これも江戸時代になると、布が一般的になりますので、現在の布ナプキンの形に変わっていったようです。

女性のふんどしも一般的だったようですが、どちらかというと生理用品の意味合いが強いようですね。

ざっと調べてみましたが、魏志倭人伝の頃は麻を織った布を身体につけているだけで、男性は布状のものを巻きつけているだけ、女性は貫頭衣を着ているだけで、下着らしきものはつけていなかったようです。

しかし、古事記が編纂されることになると、男性はふんどし状の下着をつけ、女性は裳という下着(アンダーウエアというより、服の一番下という感じ)をつけていたようですが、いずれにしてもこれらの下着を身に着けられるのは高貴な人だけで、それが戦国時代まで続きました。

江戸時代になると木綿を国産でき...続きを読む


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