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今度修学旅行で京都に行く中学生です。
京都について調べていて思ったのですが、
お寺にはなぜ綺麗な庭がついているのでしょうか?

お寺と庭の関係について知りたいです。
よろしくお願いします。

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A 回答 (6件)

今に残る建物を作るような人は、当時では相当のお金持ち。


超のつくブルジョア階級の人々だったんですね。
そんな人が作る建築物は当然、立派な建物に立派な庭園。
そんな贅沢な空間を欲するのは今も昔も変わりません。

そういう流れで考えると、今の時代に残るようなお寺には
綺麗な庭があるのも当然といえば当然です。

そんな先人が残したお寺と庭、これは文化遺産です。
この文化遺産を後世に伝えるために、現在も色んな人々が
お金を出したり、知恵をだしたり、整備したりして
綺麗な状態が維持できている面も見逃せません。

それと、お寺と言っても色々な種類があります。
それ故、お寺にある庭も、それぞれ意味が変わってきます。

たとえば金閣寺とその庭園。(おもてなしの空間)
足利義満は中国との貿易を盛んにしようと考えていました。
金箔で張り詰められた建物や、日本をかたどった庭園という環境で
中国の有力者をおもてなしし、よい関係を築こうとしたんですね。
今で言うと、接待やイメージ戦略ですか。

たとえば銀閣寺とその庭園(安息の空間)
政治に疲れ果てた足利義政が、身も心も安心できる山荘を作った。
眺めているとホッとできるような場所。
気の会った友人を招いて、楽しく歓談できる場所。
そういう建物と庭だったんですね。

たとえば天龍寺とその庭園(禅としての空間)
元々は天皇の別邸だったので、広大な庭があった。
その後、足利尊氏によりその別邸を禅寺として開山したんです。
禅というのは、自然と対峙し、無の境地になる修行です。
その対峙する自然として、天龍寺の庭を整備し利用したんですね。

訪問予定のお寺とその庭の写真や記事をネットでざっと見てみて
ここいいなぁ、と感じたお寺を一つだけでいいから決めてください。
そして、そのお寺の成り立ち・目的・時代の変遷などを徹底的に調べてみてください。
そこを訪れたとき、きっとすばらしい感激が待っていますよ。

楽しい修学旅行。
周りに迷惑をかけないよう、大いに弾けて存分に楽しいで下さい。
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この回答へのお礼

京都のお寺で説明してくださって大変わかりやすいです。
お寺によってそれぞれの理由があるのですね。
枯山水庭園は3番目の”禅としての空間”に当てはまるのでしょうか?
個人的には大徳寺大仙院の庭園を見てみたいと思っています。

お礼日時:2009/06/02 17:15

No3の者です。



枯山水は禅寺(特に塔頭)の発達とともに進歩してきたものですからね。
枯山水のある寺院の多くは禅寺です。

ただ池泉回遊式庭園などと違って、直接的に語りかけてはくれません。
じっくり枯山水と向き合って、自分の心で感じるものなので、
さーっと通り過ぎてしまっては、その魅力は半減してしまいます。
それ故、奥深いものなので、その虜になる人は多くおられます。
是非、ゆっくり時間をとって、じっくり眺める時間がほしいですね。
同伴の友人をどう説得するかが問題ですか(笑)

大仙院さんなら、座禅体験や法話が聞けたらもっと有意義な時間になりますよ。
特に法話なんて、為になるし、面白いですよ。
でも、いい所を選びましたね♪
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 文化や思想っていうのはどうしても生活に追い回されない身の際(境遇)であることが必要ですね。


 インドのガンガ流域にも家を出て遍歴して居る人が居るそうですが、まぁ乞食みたいな人も、聖者もいるそうです。
 そういう無一つみにつけない、宗教者もいれば、世界には無一物では宗教どころではないところもあります。
 いずれにしろ、文化や思想というものはどうしても一定の社会的条件の中で専一していることができます。

 日本では神社もたいへん大きな土地に建立されていますが、そのあとの国分寺や国分尼寺なども、一つはその当時の政治の必要、或いは威信のためのものであった側面は見逃せません。
 ことほど左様に、庶民のための仏教や思想というより、上層の人のための宗教、文化、思想であったと思います。
 そしてそれを建立しての威信。制圧ということがあった側面は一面ゆるがせにできない。
 何かというとお寺自体も、政治や権力の舞台や、闘争に巻き込まれることもあったことも否めません。
 信長と本能寺、神道滅却すればで、あえて戦火の中に死んでいった住職のお寺。
 幕政下、将軍の狩場であった隅田川から東、松戸方面。
 小菅の刑務所は将軍のそのための施設ですが、あの広い一帯お寺は、お狩の将軍一向の便宜のためにもあった。

 そういうものとしては、庶民の生活などとはかけ離れた、大きな土地と建物、そして趣味のいいお庭が整備された。
 といういきさつもあると、存じます。
 文化と思想の中心、ありがたい宗教はいろんな意味で、中心に為り、立派になったと存じます。
 なによりも、民俗学でいう゛はれの場”ですからね。
 ありがたぁいもので、権力者はその地位の故に、相応のことをしないわけにはいかなかったと存じます。
 わがささやかなご先祖も、巡礼遍歴してきた僧侶にお寺を寄進したとのことでした。
 大権力者なら相当の事をしたはずです。それは威信でもありましたでしょうし、文化の担い手を支持するのは、一応生活に追われる階層ではないのでしょうね。
 自分たちのものよりももっと、立派なのを寄進することもあったし、そこを何かと使ったのではないですか。

 皆さんの卓見に以上補足します。
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お寺と庭の関係は結構複雑ですが、簡単に整理すると


大きく分けて3つにわけられます(京都を例に挙げると)


1 仏教の極楽浄土を庭に表現したもの
  平等院
2 仏教の禅のこころを庭に表現したもの(茶の湯のこころも同じ)
  天竜寺 南禅寺 大徳寺
3 将軍の別荘としてきれいな庭を寺に造ったもの
  金閣寺

つまり寺の庭は当時の宗教 茶の湯 権力と複雑に結びついて発達しました、それぞれの庭はぞれぞれ深い意味のある心理の表現である場合
がおおいのですが3のように単に豪華にきれいにというものもあります
お寺の庭を研究してください結構深いですよ
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いろいろな理屈はつきましょうが、私の個人的な意見では、その理由は以外に簡単な所にあると思います。

質問者さんは「衣食足って礼節を知る」という管子の言葉を知っていますか。人間は着るものや食べ物が満足の無い状態では、礼節は期待するものではない。だから貧しい者が礼節を示さないとしても、それでその人の人格を疑ってはならない。その反対に、その方が礼節を示したからとしても、もしその方がお金持ちだったら、そんなことはマトモな人間なら誰にでも出来ることなので、その礼節故にその方の人格が優れていると誤解してはならない、と言うことを凝縮した言葉です。

お寺やお宮はお布施で成り立っており、一般に大変裕福です。その上、お坊さんや宮司さんは勉強や思索を行う時間を十分に与えられています。そのように衣食すなわちお金が十分あり、さらに教養があれば、普通の人間だったら誰でも庭を雑草だらけにして置かず、たとえ自分でやらなくても庭師を入れて奇麗な庭を造るはずです。その証拠に、宗教に関係なく外国のお城のにはどこに行っても大変奇麗です。

その上、お寺やお宮はいつでも訪問者がいるので、庭を荒らして置くと、口うるさい雀どもがチュンチュンチュンと陰で文句を言います。貴方の家だって、お客さんが来る時には家の中を片付けるはずですね。実は「奇麗な庭は気持ちいいじゃん」とそんな簡単な理由なのですが、お坊さんは暇なので、庭を奇麗にするに関して禅の精神だ何だと色々な理屈をつけて蘊蓄を傾けながら勿体振っているのでしょう。
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こんにちは。



禅寺の場合は、禅宗の思想と関係があるようです。

枯山水
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%AF%E5%B1%B1% …

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC% …
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この回答へのお礼

回答早いですね。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/06/02 16:59

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