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いつもお世話になっております。
「行けるのなら」と「行けるなら」のニュアンスの違いはあるのでしょうか?
行ける可能性はどちらの方が高いでしょうか?
ブログではこういう風に使っていました。
「見るのなら勝手にしろう」や「洗濯をするのなら」、「歩いていくのなら」などです。
「なら」とあんまり変わらない気がするのですが。
はっきりしたニュアンスの違いはあるのでしょうか?
「のなら」は書き言葉のみ使っているのですか?
最近作文を書いていて微妙な違いも理解しなければならなくなったので。
どうか教えてください。

また、質問文に、間違っているところがありましたら、直していただければ幸いです。^^

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A 回答 (4件)

>>>いつも分かりやすい説明に助けられています。

^^

いえいえー。

コメントにお答えします。

>>>
「行くのなら」は理解できたのですが。
「行くのだったら」の「の」も強調の意味ですか?

はい。そうです。
単語に分けると、下記のようになります。


「行く」+「の」+「だっ」+「たら」
「言いなり」+「に」+「なる」+「の」+「だっ」+「たら」
「実行できる」+「の」+「だっ」+「たら」
「本当に」+「悩んで」+「いる」+「の」+「だっ」+「たら」

ここで、「たら」は完了を表す助動詞「た」の仮定形です。


「行く」+「の」+「なら」
「言いなり」+「に」+「なる」+「の」+「なら」
「実行できる」+「の」+「なら」
「本当に」+「悩んで」+「いる」+「の」+「なら」

ここで、「なら」は断定を表す助動詞「だ」の仮定形です。


Bのグループより、Aのグループのほうが、仮定の内容を強く問いかけて(確認して)います。


>>>
「本当に悩んでるのだったら」を「のだ」+「たら」のなるのですか?
仮定の「たら」の性質がなくなったような気がします。

あー、なるほど。
「のだ」と強く断定しているのに、その後ろに「たら」を付けたら、
「たら」の意味が弱くなると思われたのですね。
そういうことではないです。

肯定文における「~のだ」は、強い肯定です。
疑問文における「~のか」は、強い問いかけです。
仮定における「~のなら」「~のだったら」は、仮定の内容についての強い確認で、特に後者のほうが強い表現です。
また、
否定文においても、強い否定にするために「のではない」を用いることがあります。


では。
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この回答へのお礼

「たら」の方が内容を強く問いかけているのですね。
分からなかったことがどんどん解決して行っています。^^
毎日日本語を覚えていくのがすごくうれしいです。^^
もっとレベルアップしてsanoriさんに質問したいと思っています。^^
私頑張ります。^^

お礼日時:2009/06/10 20:04

no1eunさん あんにょんはしむにか



>>>行ける可能性はどちらの方が高いでしょうか?

そういう意味では、違いはありません。
ただし、「の」がある「君が/彼が、行けるのなら」のほうが、強く確認したり、強く問い詰めている感じがあります。

つまり、表現の強さに違いがあります。
理由は2つあります。


1.
ご質問文に「違いはあるのでしょうか?」と書かれていますよね。
そこから「の」を取り去って「違いはあるでしょうか?」としても文は成立します。
それと同じです。
「の」があることによって、「ある」が強調されます。
「あるでしょうか」を肯定に戻すと、「あります」になり、
「あるのでしょうか」を肯定に戻すと、「あるのです」(強い断定)になります。
また、
「あるか」を肯定に戻すと、「ある」になり、
「あるのか」を肯定に戻すと、「あるのだ」(強い断定)になります。
このように、「の」があるのとないのとでどのような違いがあるかは、
肯定に戻してみると、よくわかります。


2.
実際、口でしゃべるときのアクセントが異なるからです。
音楽の音階で書くと、わかりやすいでしょうか。
「行けるなら」は、ド・ファ・ファ・ド・ド のように話すのに対し、
「行けるのなら」は、ド・ファ・ファ・ド・ラ・ファ のように話します。
つまり、「行けるのなら」は、抑揚が大きいのです。
このことによって、「行ける」という「条件」が強調されます。


ちなみに、品詞や活用形で言えば・・・

1.
「(動詞)+のなら」は「(動詞)+のだ」の仮定形です。
(元々は、「のだ」=「の」+「だ」)

2.
「(動詞)+なら」の「なら」は、接続助詞です。
(たぶん、元は「なり」の未然形)

となります。


ご質問文には、間違っているところも不自然なところもありません。

この回答への補足

sanoriさんカンサハムにだ(ありがとうございます)という意味です。^^ いつも分かりやすい説明に助けられています。^^
「行くのなら」は理解できたのですが。
「行くのだったら」の「の」も強調の意味ですか?
ブログでの検索結果を引用すると
「言いなりになるのだったら」や「実行できるのだったら」、「本当に悩んでるのだったら」など数多く出てきます。
「本当に悩んでるのだったら」を「のだ」+「たら」のなるのですか?
仮定の「たら」の性質がなくなったような気がします。
「本当に悩んでるのだったら」を「本当に悩んでるのなら」に置き換えても大丈夫だと思うのですが。一緒だとは思ってないのですが。
「のだったら」も「のだ」(のなら??)+「たら」?
頭の中で混乱してきました。(泣)
sanoriさんチョアヘヨ~~~~

補足日時:2009/06/10 14:20
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    • 2

ニュアンスの違いはほぼ無いとおもいます。


行ける可能性には関係ないです。(どちらも同じです)

「のなら」は書き言葉のみか?

「のなら」の中の「の」がいいやすいように「ん」に
変化して「んなら」になった形なら話し言葉でよくつかいます。
つまり「行けるんなら~」です。(「行けるんだったら」もいいます)

かといって、「行けるのなら」が書き言葉のみに限定されている
わけではありません。「の」と「な」が続いていて言いにくい
のでどうしても「行けるんなら」になってしまうし、そう聞こえる
んだとおもいます。
確かに話言葉で「行けるのなら」というと、多少硬い感じは
します。

「行けるのであれば」「行けるようなら」
「行けるようであれば」、どれも同じ意味でつかえます。

質問文おかしいところないですよ。
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    • 0
この回答へのお礼

行ける可能性は関係ないのですね。話し言葉で「行けるのなら」だと硬い印象を与えてしまうのですね。
大変参考になりました。ありがとうございました。^^

お礼日時:2009/06/10 19:52

「行けるのなら」


・・・行けない可能性がやや強いです。(行く気があるのなら)
「見るのなら勝手にしろう」
・・・見ないで欲しいというニュアンスが入ります。

「のなら」は仮定、「なら」は場合を示します。
「のなら」の方がやや厳しい口語的表現です。
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    • 0
この回答へのお礼

前に動詞の強調という意味ですね。ニュアンスが入っているのですね。
場面によって気をつけながら発言します。^^
回答ありがとうございました。^^

お礼日時:2009/06/10 19:57

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Qためとためにの使い分けの説明をおしえてください

日本語の勉強をしている後輩に聞かれましたが。。。

実際使うときはわかりますが、
説明しようとしましたら
なかなかうまく説明ができなくて。。。--;
助けてください。

Aベストアンサー

「君のため、書いた。」は、
君のためではあるが、書いたということに重点が置かれている場合。
「君のために書いた。」は、
「書いた」という行為よりも、「君のため」ということを強調したい場合。

「台風のため、土手が崩れた」は、
台風のためには違いないが、土手が崩れたということに重点が置かれている。
「台風のために土手が崩れた」は、
土手が崩れたのは確かだが、原因は台風であるという事に重点が置かれている。

「・・・のため~」は、「~」と後に続く方を強調したい場合。
「・・・のために~」は「・・・」と前の方を強調したい場合。
という気がします。

この言葉を使う以前の内容によって、
無意識的に使い分けをしているように感じますが、
自信はありません。

Q「だったら、~」と「なら、~」の違いは何でしょうか

「だったら、~」と「なら、~」の違いは何でしょうか
ご指導をお願いいたします

Aベストアンサー

どちらも、「相手から得た(と想定できる)情報を条件にする」という同じ用法です。
「二度としないんだったら許す」
「二度としないなら許す」
「経済制裁をやめるんだったら停戦に応じるらしい」
「経済制裁をやめるなら停戦に応じるらしい」
意味は全く同じですが、前者の「使うんだったら、~」の形は、書き言葉には不向きである、というのが相違点です。
絶対だめ、というわけではありませんが、上記例文を書き言葉として見た場合、違和感を覚えるでしょう。
「なら、~」の場合は、どちらにも使える。

Q「たら」「れば」「なら」の使い方

わかりづらいタイトルですいません。
実は日本語を勉強中の中国人から「たら」「れば」「なら」の使い方がわからないとの質問を受けたのですが、私自身明確な回答がだせません。
〔例〕
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・雨が降ったら、洗濯物が干せません。
・雨が降るなら、洗濯物が干せません。
このようにニュアンスが多少違う程度で、どれも同じような内容になると思います。
外国人に対してこのような場合の「たら」「れば」「なら」の使い方を説明すればよろしいでしょうか?

Aベストアンサー

「たら」「れば」「なら」には、本来的には以下の(1)、(2)、(3)のような違いがあると思います。ただ、慣用的には、その違いが不明瞭になり、同じような意味で使われてしまっているというのが現状だと思います。ですから、例に挙げられたものについては、慣用的視点での意味の違いはあまりないでしょう。

(1)「れば」は、現在形の仮定です。この仮定は、普通の仮定です。
(例)気温が下がれば、寒くなる。

(2)「たら」は、過去形の仮定です。2つの用法があります。一つ目は、過去に起こったことに対する仮定です。すなわち、現実には起こらなかったことに対する仮定です。
(例)もし、彼が事故に合わなかったら...(実際には事故に合った)

もう一つの用法は、現在、または、未来に対する仮定です。この仮定は本来は、実際には起こる可能性が非常に低いこと(あるいは、感情として絶対起こって欲しくないこと)を仮定する場合に用います。
(例)もし、彼が死んだら、生きていけない。
(例)もし、空を飛べたらどんなに楽しいだろう。

(3)「なら」は、「動詞等終止形+(の)+なら」あるいは「名詞or名詞句」+「なら」として使います。意味的には、仮定というより、「~~の場合は」的な意味になります。
(例)赤なら止まれ、青なら渡れ。
(例)飲むなら乗るな、乗るなら飲むな。
(例)歩くなら良いが、走るならごめんだ。

以上の3つの違いを中国の方に説明する場合は、以下のような関係になると思います。

(1)「れば」=如果(ruguo)
(2)「たら」=万一(wanyi)
(3)「なら」=的時候(deshihou)

以上です。

「たら」「れば」「なら」には、本来的には以下の(1)、(2)、(3)のような違いがあると思います。ただ、慣用的には、その違いが不明瞭になり、同じような意味で使われてしまっているというのが現状だと思います。ですから、例に挙げられたものについては、慣用的視点での意味の違いはあまりないでしょう。

(1)「れば」は、現在形の仮定です。この仮定は、普通の仮定です。
(例)気温が下がれば、寒くなる。

(2)「たら」は、過去形の仮定です。2つの用法があります。一つ目は、過去に起こったことに対する仮...続きを読む

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q気にする、気にかける、気にかかる

先日、中国人の友人に
気にする、気にかける、気にかかる
の違いを教えて欲しいと言われました。

漠然とした感じでは分かるのですが、いざ説明しようとなったら難しいです。
うまく説明しようとすれば何と答えれば良いでしょう?
どうか、みなさんのお力をお貸しください。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

中国の方は「気」というものを大切されますから、それで「気になった」のでしょうか(笑)。

それぞれの動詞の用法、「気」の意味の区別がポイントです。

1.気にする
(1)「する」は「~を」という目的語をとる他動詞で、「Aを気にする」という使い方をします。
(2)ここで使われている「気」は、「あれこれと考える心」「心配」の意味があります。
例:「病を気にする」=「病気のことを、心配してあれこれ考える」

2.気にかける
(1)「かける」は「~を」という目的語をとる他動詞で、「Aを気にかける」という使い方をします。
(2)ここで使われている「気」は、「あれこれと考える心」「注意」の意味があります。
例:「将来のことを気にかける」=「将来をあれこれ心配する」

3.気にかかる
(1)「かかる」は目的語をとらない自動詞で、「Aが気にかかる」という使い方をします。
(2)ここで使われている「気」は、「心の動き・状態・働き」を意味します。
例:「彼のことが気にかかる」→「彼のことが、心の網(気)に、ひっかかる」→「彼のことを考えることが、心の気を動かす」=「彼のことが、心に動きを与える」

以上のように、動詞の用法と「気」の意味の区別を説明されると、その方の「気も晴れる」と思います。ご参考までに。

はじめまして。

中国の方は「気」というものを大切されますから、それで「気になった」のでしょうか(笑)。

それぞれの動詞の用法、「気」の意味の区別がポイントです。

1.気にする
(1)「する」は「~を」という目的語をとる他動詞で、「Aを気にする」という使い方をします。
(2)ここで使われている「気」は、「あれこれと考える心」「心配」の意味があります。
例:「病を気にする」=「病気のことを、心配してあれこれ考える」

2.気にかける
(1)「かける」は「~を」という目的語...続きを読む

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
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Q『~のは』と『~のが』という日本語の違いについて

留学生に日本語を教えています。

『~のは』と『~のが』という違いがわからないと言われました。
例文として『結婚式にこの服を着ていくのは、おかしいですか?』
『マリアさんはプレゼントを選ぶのが、上手です。』がありました。
どうやって教えていいのか、悩んでいます。

お返事いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

疑問文ではなく、平叙文で説明します。

「結婚式にこの服を着ていくのは、おかしい」
この表現は、他の服を着ていくのはおかしいかもしれないしおかしくないかもしれない、ということを含意しています。つまり取り敢えず、この服についてだけ述べています。論理的には「結婚式にこの服を着て行くのはおかしくない」ということだけが否定されています。

「結婚式にこの服を着ていくのが、おかしい」
この表現は、他の服を着ていかないのはおかしくない、ということを含意します。つまり「結婚式にこの服を着ていくのはおかしくない」と「結婚式に他の服をきていくのはおかしい」が否定されています。

「マリアさんは プレゼントを選ぶのが 上手です」
これは、いわゆる象鼻長文です。

「マリアさんは プレゼント選びが 上手です。」
この表現はプレゼント選びでないことが上手でないことを含意します。プレゼント選び以外のことが話題になっていなければ問題ありませんが、何か他のこと、例えば御祝いの挨拶のことも話題になっているときには差し障りのある表現です。

「マリアさんは プレゼント選びは 上手です。」
この表現はプレゼント選びでないこと、例えば御祝いの挨拶は上手かもしれないし上手でないかもしれない(そのことは私にはわからない)、ということを含意します。したがって御祝いの挨拶は誰が?ということも話題になっていれば問題はありませんが、プレゼント選び以外のことが話題になっていないときには、「マリアさんはプレゼント選び以外は下手だ」というふうに受け取られてしまう恐れがあります。

疑問文ではなく、平叙文で説明します。

「結婚式にこの服を着ていくのは、おかしい」
この表現は、他の服を着ていくのはおかしいかもしれないしおかしくないかもしれない、ということを含意しています。つまり取り敢えず、この服についてだけ述べています。論理的には「結婚式にこの服を着て行くのはおかしくない」ということだけが否定されています。

「結婚式にこの服を着ていくのが、おかしい」
この表現は、他の服を着ていかないのはおかしくない、ということを含意します。つまり「結婚式にこの服を...続きを読む

Qどれほど と どれだけ どう違いますか

どれほど と どれだけ どう違いますか

Aベストアンサー

どれほど、=数量・程度などについての疑問を表す。
‐どのくらい。いくらほど。 「値段は-ですか」 「 -うれしかったか,君にはわかるまい」
‐どんなに多く。多く副詞的に用いる。 「 -本を読んでも,自分の頭で考えなくては意味がない」

どれだけ、=数量・程度などについての上限、限度を表す
どのくらい。 「 -欲しいのか」
どんなに多く。多く副詞的に用いる。 「 -心配したか」

Q「別な」と「別の」の違いについて教えてください。

「別の物」「別な物」という両方の言い方があるようですが、「の」と「な」で違いがあるのでしょうか?

同じ人の文章でも「別な」と「別の」が併用されていることもあり、区別はないのかな、と思っていたのですが、もしかして、使い方や場面、後ろにかかる名詞等によって違いがあるのでしょうか。

教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

大辞泉の文例を見ると「別な(の)」と書き表してありますので、「別なもの」と「別のもの」は意味的には同じと考えていいのではないかと思います。
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?index=16577800&p=%CA%CC&dname=0na&dtype=0&stype=1&pagenum=1

ちなみに「な」は断定を表す助動詞「だ」の連体形
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?index=11073100&p=%A4%C0&dname=0na&dtype=0&stype=1&pagenum=1
「の」は性質・状態などの意味を表す格助詞です。
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?index=14371000&p=%A4%CE&dname=0na&dtype=0&stype=1&pagenum=1

ただし、「な」については、上記の「な」の項の補説に
>連体形の「な」は、形式名詞「はず」「もの」などや、
>「の」「ので」「のに」に連なる場合に限って使われる。
と書かれているように、使用範囲が限定されているようです。
参考:形式名詞
http://www.geocities.jp/niwasaburoo/14keisikimeisi.html

ですから本来は、「別」の項の文例に挙げられている
「―な(の)家を探す」「―な(の)手段を講じる」
の場合は、「の」を使った方が正式なのかもしれません。私も「な」だと若干違和感を感じます。

参考URL:http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?index=11073100&p=%A4%C0&dname=0na&dtype=0&stype=1&pagenum=1

大辞泉の文例を見ると「別な(の)」と書き表してありますので、「別なもの」と「別のもの」は意味的には同じと考えていいのではないかと思います。
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?index=16577800&p=%CA%CC&dname=0na&dtype=0&stype=1&pagenum=1

ちなみに「な」は断定を表す助動詞「だ」の連体形
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?index=11073100&p=%A4%C0&dname=0na&dtype=0&stype=1&pagenum=1
「の」は性質・状態などの意味を表す格助詞です。
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?index=143710...続きを読む

Q「一つひとつ」とどうして前は漢字で書くのか?

よく文章を読んでいると、「一つひとつ」という表現のように、前の方は漢字、後の方はひらがなで書いてあるのを目にします。これはどうしてなのか、知っている方、ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

良く似た言葉で、「ひにち」を「日にち」と書くというのがありますね。

とある国語学者のサイトに、以下のような記述がありました。

(引用開始)
現代の日本語の表記は、概念や内容を表す部分(=活用語の語幹・自立語)を漢字で書き、文の中での働きを表す部分(=助詞・助動詞など。接続詞も?)を平仮名書きするのが大体の傾向である。だから、書かれた文は「漢字ではじまり、平仮名で終わる」という目印を手掛かりに、より小さい単位に分けて認識されることになる。私たちは、その単位を(半ば以上、無意識のうちに)認識しながら読み進めている。
(引用終了)

漢字ではじまり平仮名で終わる表記が、日本語として読みやすいということのようです。

http://www.gifu-u.ac.jp/~satopy/kini060.htm#4


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