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現政権の鳩山首相が「国とは何か分からない」や「地球益」なるものの言葉を聞いて、「どうして国のトップがそんな事が分からないんだ、国に対する哲学が無いのか」と反射的に思ったものの、自分自身、国とは何なのか、何をすべきなのかという事が明確に規定できていないのではないかという不安がある事に気づきました。

そもそも国とは何なのか、国は何をすべきなのか、何かご意見があれば教えて下さい。また、地球益なるものは可能であるかどうかについても何か思う所あれば教えて下さい。

私自身は、
国家
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6
>国家(こっか)は、領域と人民に対して排他的な統治権を有する政治団体もしくは政治的共同体である。

と、
地政学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%94%BF% …

での説明が的を得ているように思いますが、もっと踏み込んで、その政治を行う単位での利益をとことん追う怪物のような共同体が国家なのかな、とも思っています。そして社会のある単位が国として構成された場合には自らの利益をとことん追わなくては国足り得ないのではないかと。

また、地球益について、国家間ではけん制や攻撃される材料にされるだけであって、実現は不可能と考えていますが、これは直感的に思っているだけであって、どうして不可能なのかという哲学的、地政学的、政治学的な観点からの説明ができません。
どなたか教えて頂ければ幸いです。
宜しくお願い致します。

A 回答 (7件)

暴力的自由業の「守ってやるから場所代を払え」という理屈と


同じ仕組みで動き その規模の大きいものが「国」なのでは?

自己の不利益になるから 地球に害を加えない は 分かるけど
地球や国や部活の利益を個の利益より優先するのは間違いかとッ

 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>地球や国や部活の利益を個の利益より優先するのは間違いかとッ
そうですね。
共産政権の失敗を勉強する必要がありますね。

お礼日時:2009/12/19 19:53

 国という定義は多少の意味の違いはあると思いますが・・・


自分も質問者の意見とかなり近い意見です

ただ、総理大臣のやることははっきりしてます。
 国民の財産や生命を守り、国益を優先される事です。

 無論、日本も地球にあるのですから、地球益も国益を損なわない範囲内で行うべきなんですが・・・
 はっきり言って鳩山のやってることは
・地球の益にもならん
 『京都議定書のCO2削減』はあくまで他国のCO2排出権を買うだけで地球全体のCO2は減るわけではない。
・国益に反している
 CO2が減らないのに、日本の税金を他国に払うなど害でしかありえない
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

私は現政権の首相については知識不足なので、どういう意図を以って発言しているのか理解不足の面がありますので、参考になりました。

お礼日時:2009/12/19 19:56

<参考>


 元々、「世界益論者」です。
 鳩山首相の「地球益」とは意味が違うかもしれませんが、ご容赦ください。

 世界中の最大の法的統治単位が、現在は「国」で、それ以上のものがない状況が、既に人類の利益にとって、ネックになっていると思っています。

 本当に民主的な国が世界の主体となった時、一国の内では世界益を優先し国益二次的に考えようという人と、国益を優先し世界益を二次的に考えようという人とに分かれるであろうと思います。

 しかし、国というまとまりで政治を行う政府を選ぶのですから、国益優先の人の考えを元に国が成立します。(国益優先をしないという立場では、国が成立しません。)
 つまり、それぞれの国の中では、国益優先派が常に多数となり、世界益優先派は、常に少数派となります。

 ところが、世界中で見ると、世界にある富を各国で分け合うのですから、国益優先の立場から見れば、それぞれの国の国益優先派は、その時その時の利害得失で協力・反対を繰り返すので、お互いに根本的同意ということがありません。それに対して、世界益優先派は、基本的にどの国の人間であっても根本的同意が可能です。

 すると、政治単位である国で見ると常に少数派である世界益派が、世界全体では最大多数派(ただし、過半数ではない。)だという矛盾が起きてきます。
 この状態は、地球上に住む人類全体の意思を反映しておらず、国というシステムが人類の幸福を阻害しているとも見えます。

 どうすればこのような矛盾を解決できるか、未だ人類が直面したことのない状況ですから、解決法などにマニュアルがあるわけではありません。
 唯、いくつか国家政府の枠を超えた動きがあるので、それが今後どのような役割を果たしていくのか、注目したいと思います。

1、NGO・NPOの活動の国際化
・対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約
 (オタワ条約)の原動力となったのは「地雷禁止国際キャンペーン」というNGOの連合体でした。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E4%BA%BA% …
2、インターネットによる個人活動の国際化
3、企業の多国籍化による国家規制からの逸脱
4、経済の国際化(資金が国境を越えて移動し、一国のバブル経済が世界金融不安を起こす。)
5、EUのような国家統合政府への動き

 まだまだあるかもしれません。

この回答への補足

地球益(世界益)肯定派からのご意見ありがとうございます。
いくつか疑問がありますので質問させて下さい。
散文になってしまった感がありますが、ご容赦下さい。

世界益を行う為の枠組みとしてはその意思決定の政治的機関が必要になると思うのですが、日本の政府がそれに参画する予測はあるでしょうか? 私自身としては国は無理でも個人なら可能、という事で超国家的、グローバルな活動は可能と考えているのですが、国家としてはその性質から実行すべきでない、と考えています。

http://sawazemi.blog68.fc2.com/blog-entry-316.html

国家は生物と同じように成長する組織体であり、生存するために一定の領域、つまり生存圏が必要である
国境は国家の同化力の境界線であり、成長力のある国家の国境は拡大する。その拡大を阻止する力に出会うと戦争になる。
領土を吸収併合しようとする傾向は国から国へ伝染し、増幅される
地球という小惑星にはひとつの大国しか存立する余地はない

私の意見として総合すると、国というのは併呑と分裂を繰り返す。
そして各国は共通のインフラ(報道、情報)を有するが、共通の政治及びそれに基づく軍事、経済は同盟を持つことはあっても同化する事は無い。性善説に基づく理論(共産主義など)が破綻した事からも性悪説(資本主義)で行かざるを得ないという経験則の基、資本主義をベースに国を運営しており、即ち個人利益の追求、その極大点が国益となるからである。
そして完全な一国になるのは不可能だが、システマティックな支配は可能である(現在のアメリカを頂点としたような)。

私は上記のような地政学を鵜呑みにしておりますので、統一国家が出現する、とは考えておりません。仮に国家が現在の枠組みを越えて完全な世界益に貢献する事として、そこで日本が国として得られるメリットは何でしょうか? 確かにコスモポリタンな方達は富の分散により利益を享受できると思うのですが、日本など生まれた土地に住み続ける人達はデメリットの享受が大きいように思います。

性善説を基にしたグローバルな政治・経済活動は個人レベルでのNGOくらいしか無い様に思われますが、そうした国家の枠組みが政治レベルで取り払われるような事は今後発生する見込みはあるでしょうか? あるのであれば、その背景と何年後に発生する見込みかをご意見レベルで構いませんので教えて下さい。

補足日時:2009/12/19 20:35
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この回答へのお礼

締め切り後ですが、補足させて頂きます。
先日2/6付けの週刊東洋経済「2020年の世界と日本」の中で、「CIAが予想する15年後の世界情勢」として2008年に出版された「グローバル・トレンズ2025」で紹介されている4つのシナリオを引用していますが、4番目にNGOに該当する動向が書かれていましたので、孫引きになりますが引用します(同雑誌P47より)。

「4つ目のシナリオは、「政治はつねにローカルとは限らない」。国際社会における国家の存在感が低下。代わって、ディアスポラ(出身国を離れた移民や移民の集団)、労働組合、NGO、宗教団体、民族集団らが、強大な影響を持ち始める。こうした非国家主体は、国家と公式・非公式な関係を結び、環境問題の国際的なフレームワークを設計し、はては国連の事務総長を決定するほどの力を持つ。各国の国内政治は、国家という主体だけではコントロールできない時代がやってくる」

という事で2025年を想定した場合にこうした予測があるようです。

#4さんからのご回答でもあったように、国家とは
> 国とは領土と国民を有す統治機構であり「システム」です。
> そのシステムの本質は、富の生産と配分の決定です。
が本質をついていましたが、これを少し違う言葉で言い換えれば、
「あるルールで富の生産と配分を決定する機構単位が国家である」
とも言う事ができそうです。
そして、その富の生産と配分における決定が国家だけではなく、非国家機構にも徐々にパワーシフトしているという現状があるという観測もできるかと思います。

お礼日時:2010/02/20 13:44

国とは領土と国民を有す統治機構であり「システム」です。


そのシステムの本質は、富の生産と配分の決定です。

逆説的に考えるならば、一定期間の世界の総生産が決まっており、それを各国で分配し、更にそれを各国で国民一人一人に分配するワケです。

国家間のシステムの違いや、各国のシステムの良し悪しで、様々な「格差」が生じ、そこに「対立」が生じます。
この格差是正の方法の一つが、国家間であれば戦争。国内であれば紛争。

紛争は国内システムの機能不全。
東欧や中東などでは良くみられますし、中国の自治区や北朝鮮などは、機能不全と言えるでしょう。

日本でも。
少し前の日本は、一億総中流などと言われ、国際的に見れば、国民が比較的裕福でした。
最近は悪化の一途を辿っており、その結果、民主主義的で平和裏に行われたクーデター、即ち政権交代と言う形と言えるかも知れません。

そういう観点で言えば、国家の努めとは、格差是正のための統治システムの発展的な保全を継続的に行うことです。

一方、この延長に「地球益」は、概念としては判ります。
地球上の全ての格差是正を行うこととなります。
即ち「地球益」は、各国が「自国の富」を、地球単位の発想に切り替えた後、公平に分配することと、各国の分配システム(統治機構そのものと言っても良い)を、世界標準化するということです。

しかし、現時点では国家間の格差是正に関し、世界的に富を公平に分配出来る政府的なシステムは無いし、各国システムを標準化していく解決の方法も有りません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
核心を突いている、かつ練り上げられた回答を頂き大変感謝致します。
今迄頂いた回答の中でのベストアンサーの一つに含めたいくらいのご回答でした。
重ねて御礼申し上げます。

しかし、一点疑問になる部分があります。
>しかし、現時点では国家間の格差是正に関し、世界的に富を公平に分配出来る政府的なシステムは無いし、各国システムを標準化していく解決の方法も有りません。
現状こうなっているのは分かるのですが、何故上記の政府的なシステムが出来ないかという哲学命題を、私自身としては政治学、乃至は政治地理学、地政学の観点から消化したく思っているのです。
もしこの辺りについてご意見レベルで全く構わないので、何かお考えがあれば、ご都合の宜しい時に教えて頂ければ幸いです。

また、こうした事をどこかで勉強されているのでしょうか? 
もし宜しければこうした考えの入門書をご教授頂きたく宜しくお願い致します。
(無理であればいいです)。

お礼日時:2009/12/19 20:51

No.4です。


丁重なお礼、有り難うございました。
また過分なるご高評、恐縮です。

> 何故上記の政府的なシステムが出来ないか

「出来る/出来ない」で言えば出来ると思います。
しかし「やる/やらない」の判断で、損をする国が「やるべきではない」と判断するからで、事実上は「出来ない」と考えて良いかと思います。

公平な富の配分を世界規模で行えば、先進国が多大な後退(≒我慢)を余儀なくされることが自明の理で、具体的に一番判り易く言えば、我々日本人は、毎日、腹一杯食べられる生活が送れなくなってしまいます。

先進国各国は、この様な判断はしない(出来ない)です。
言い換えれば「途上国が追い付く」或いは「先進国が待つ」までは受け入れられても、「先進国が後退・衰退する」は受け入れられないということです。

先に述べた「国家の努め」の中でも「発展的」と言う要素は不可欠と考えますが、国家には「自国が後退・衰退する」という概念を受け入れる機能は無く、むしろそれを排除するが有りますので。

一方、出来ると考える理由は、世界政府も国の成り立ちと同じですから。
世界憲法を制定すると共に、非加盟国に対しての備えとして、世界最強の国連軍の様なものを創設し、その後、徐々に政体と教育を世界標準化すれば可能かと思います。

政体の統一は、昨今は案外、簡単になりつつあるのではないか?と思います。
政体は社会主義と自由主義に大別されますが、東西対立構造の崩壊や当節の中国の発展を見ても、共産主義国・社会主義国は自由主義要素を取り入れており、自由主義国にはもともと社会保障要素を含んでいます。
最後は「社会自由主義(自由社会主義)」に帰結するのでしょう。

更に、世界政府が完成すれば、軍事費なども大幅に削減が可能ですから、「各国は、一時的な後退・衰退を受け入れてでも、やるべき価値がある」という動機付けは可能です。

これでも出来ないとすれば、最後に残るのは大国のエゴでしょうね。


> こうした事をどこかで勉強されているのでしょうか? 

浅学・薄学でお恥ずかしい限りですが、乱読・多読の末に行き着いた感じですかね?

強いて申せば、憲法とか日米安保とかでも、まず条文を読んだ上で、自分なりに理解・解釈した上で、更に著書などに意見を求め、賛否・是非を考える様にしています。

また「偏った意見には正解は無い」と考えて答えを探せば、近道と考えています。

ご参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

非常に分かりやすく勉強になりました。
改めて御礼申し上げます。

お礼日時:2010/01/06 10:01

 この議論は日本人的(日本という国の人)っぽいと思ってきました。


宗教観が抜けていると思います。 
 実は私も無宗教(外国の人に尋ねられたらビートルズが宗教と答えていますが)
 地球益を考えるとき、多くの人たちの絶対的価値観はその信ずる神が絶対であります。
 しかも、自分たちの神のみが唯一で その他は悪である。。
 見たいなのが一般的です。
 では、そおの相対する人同士(国だったりします)が思う国や世界は
 共通の世界でしょうか?

 この場合、世界とは地球ではなく国の集まりの意味です。
 ある意味、今の日本のような絶対的信仰の対象のない国は それはそれで
 他の国から見れば、宗教観をともにできない国とみらます。
 過去の日本は天皇が絶対的信仰対象でしたので解り易かったと思います。

 私は、国が有る前に まず人がいて その集まりの大きいのが民族で
 この民族が価値観を共有できる最大の単位と考えます。
 この民族の塊が国なら、他の国と争いはあるでしょうが解り易く
 また平和をともにするために協議もでき 解決も探れるでしょう。

 ですが、中東のように 複数の宗教(この場合、民族の価値観と置き換えても
いいでしょう)の聖地がカブっているところは、やはりあのように長い間、そしてこれからも、争いが続くことでしょう。

 私たち日本人は、島国でほとんど同じ人種で宗教も自由なので、そもそも
国ってなに? みたいな話も自由に落ち着いてできる。。。
(これは日本の国の良い点ですね)
 他の多くの国に生まれた人たちは、そんな発想自体?と思うでしょう。

 みな、人は生まれてくる地域(国)や時代は選ぶ事ができません。
 まして、生まれてどこかの国民に(強制的)生まれた瞬間からその国の
 法律や価値観の下で育ちます。
  その国が、今の日本のような自由な発想が許される国だけではなく
  生まれた時から、他の民族と闘う戦士となる宿命の人は今でも沢山います。

 国っていうものが、政治・軍事によって無理やりできたり(例えばイスラエル)
 日本のように地理的に自然にくくられた国だったり。
 歴史的に属国から戦って勝ちとったり(アメリカね)
 もともと原住民かを殺して奪ったり(これもアメリカ)。
 そして侵略の結果だったり(中国を含む色んな国)
 色々です、
 みな生まれた時から、今までの歴史を背負っています。
 国の代表どうしが話し合う(又は殺し合う)とき、その歴史・価値観
 総ての違いの方が、地球益とかいう概念より重要視されるから
 と思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

やはり地球益なる言葉は平和な日本だからこそですね。
他の国には鴨としか見られていないように思うのですが・・・。

お礼日時:2010/01/06 10:03

 No.3です。



 再質問にお答えして。

<世界益を行う為の枠組みとしてはその意思決定の政治的機関が必要になると思うのですが、日本の政府がそれに参画する予測はあるでしょうか? 私自身としては国は無理でも個人なら可能、という事で超国家的、グローバルな活動は可能と考えているのですが、国家としてはその性質から実行すべきでない、と考えています。>
 世界益を行う枠組みとしてどのようなものが出来てくるか、分かりません。No.3では、そのような枠組みの種となるものについて、言及しましたが、それ以上の予測はつきかねています。
 <<国家としてはその性質から実行すべきでない、と考えています。>>
 私は、国家がそのような役割を果たすことが不可能な存在であると思っています。理由はNo.3で述べました。

 <国家は生物と同じように成長する組織体であり、生存するために一定の領域、つまり生存圏が必要である
国境は国家の同化力の境界線であり、成長力のある国家の国境は拡大する。その拡大を阻止する力に出会うと戦争になる。
領土を吸収併合しようとする傾向は国から国へ伝染し、増幅される
地球という小惑星にはひとつの大国しか存立する余地はない>
 地球が一つにまとまるには、地球外に地球と同じような力を持つ共同体が存在する必要があると、直感的には思っています。
 現在のように、地球以外に地勢的政治集団が存在しない状況では、地球上は、超大国+大国数個+少数の小国という形と言う形が究極状況のような気がします。
 その時に、No.3の最後に書き出したような条件を踏み台に、人類が、国家とは全く別のブレイクスルーを生み出す可能性に期待しています。
 
<仮に国家が現在の枠組みを越えて完全な世界益に貢献する事として>
 最初の想定のように、国家が完全な世界益に貢献するとは考えていません。

 大企業は国家間の枠を超えて、利益を確保する存在で、今やその経済力は中程度の国に匹敵します。
 例えば、航空業界は今や世界的に三グループに分かれて存在するようになりそうですが、最終的にどの国の政治的支配下にも入らないという形になりそうです。またインターネットなどによって、国家の枠を超えた個人の活動を国家が規制することも困難になりつつあります。

 今まで人類の歴史では、企業活動も個人の活動も、ほぼ国家の枠組みの中で行われてきましたが、過去の歴史が適用できない時代になりつつあるので、未来予測は過去のパターンを適用できず、個人レベルでは予測は不可能と言っていいでしょう。

 ただ、地球温暖化がはっきり現実のものとなり、北極の氷消滅、グリーンランドの氷河が溶解し、大規模風水害の多発と大飢饉で数万単位の災害が先進国やインド・中国・ブラジルなどで起こるようになれば、政府を超えた動きが一気に活発化すると思われます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

いろいろと参考になりました。
ただ、企業がグローバル化する、と言っても、その大半のパワーポイントがアメリカに集中するように思われます。

お礼日時:2010/01/06 10:07

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