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日本人に西洋人の守護霊様みたいなものがつくことはあるのでしょうか?

まず、守護霊だの神様だの何だのはいない、とお思いになる方からの回答は不要です。
そういったことを信じている方、感じられる方、視覚的に見える方がいらっしゃったら、
もしよろしければ、ご回答ください。
目に見えない世界がきっとある、という前提でお願いします。

私自身は直感はどちらかというと鋭い方だと思いますが、いわゆる「霊感」というものはなく、幽霊も見たことが無く、そういった非科学的なことには否定的でした。
私の職業も、手段として心の問題を取り上げることはあっても、基本的には見えないものではなく、科学的根拠に基づいて業務を進めていかなければならない職種です。
一方私の母は、幽霊をごくたまに見たり、また人生の局面で予知夢を見たりします。

私も最初は、そういうのってあるのかな?と半信半疑でしたが、少しずつ色々なことを経験して行くうちに、もしかしたら目に見えるものが全てではないのかもしれない、と思うようになりました。
自分が本当に困った時に、偶然に偶然が重なって助けられることが、これまでにあったからです。
自分一人の努力では到底成し遂げられなかったことも、偶然が重なって、うまくいったことがあります。
勿論、世の中の多くの人がこういった経験をしていることと思います。

最近はますますこういったことに自然と関心が向くようになりました。
そのことを母に話した時に、そういえば昔、いわゆる霊感があるというお坊さんが私を見た時に「ひょっとして、キリスト教を信仰していますか?」と母にこっそり言ったことがある、と言われました。
母がこの二十年くらい前のことを数日前に思い出して、「キリスト様が守って下さっているのでは・・・。」と思ったと言いました。というより、その時そう思ったけれど、ずっと言えなかったと言っていました。
ちなみに私の家系は代々仏教ですし(でも、母方の先祖は神主だったと聞いているので、色々混ざっているのかもしれません。)、イエス様どころか、海外とも無縁な上、英語も全然わかりません。
ただ、私が生まれる時、家に飾ってあったマリア様のテラコッタの掛け物が、突然落ちた、と言ってました。ちなみにこのマリア様の像は、母が観光旅行で買ってきたもので、キリスト教とは本当に無縁です。
実はこの時、私は難産で生まれまして、生まれる前日、母の前に死んだ祖父が現れて「迎えに来たよ。」と言ったそうです。母が死ぬか、私が死ぬか、両方とも死ぬか、という状況だったと聞いています。
ですが、結局母子ともに助かり、・・・私も障害等残らずに育ちました。

勿論、自分の平凡な人生を見れば到底、キリスト様が見守ってくれているなどとは100%思えませんから、
(もしも、そういう方がいるなら、そもそもこんな問いをしないし、既に人生で素晴らしいことを沢山成し遂げていると思います。)、もしかしたら、キリスト教に信仰の深い方が守って下さるのではないかと、わたしなりに考えました。
ただ、実際こういった西洋の方が日本人を見守って下さることはあるのかな、とか、それが無いとしたら、
日本人でキリスト教を信仰していたとか??

ただ、こういったことを知ったからと言って、意味のないことなのかな、とも思いますし、
人生自体は見えない何かにすがることではないと私なりに考えております。

このような愚問で、大変恐れ入りますが、ご回答というか、多少内容がそれても構いませんので、興味深いお話をしてくださる方がいらっしゃいましたら、幸いです。

A 回答 (3件)

人種や宗教は関係ないでしょうね。


もしかしたら、守護霊様が宗教関係の人だったのかも。
修道女だったり、修道士とかね、、、
どちらかと言うと規律を良く守る厳格で道徳的な性格じゃないですか?

俗に言う神様が人間の守護霊になるのは??守護霊が修行して神様に近くなるならわかりますけど。

ちなみに守護霊様は見守るだけじゃなくて、自身も一緒に修行しています。
憑いている人間の失敗は自分の失敗にもなるので、一緒に頑張らないといけないんですけどね。

要するに、おなたの物の考え方が守護霊様とほとんど同じなんで、あなたの欠点は守護霊様の欠点でもあります。なので、わざと二人の修行の為に困難を迎える事もありますよね。助けてと言う気持ちより一緒に頑張ろうと言う気持ちの方が当たっていると思います。

感謝の気持ちは大事かも。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

大変意義深いお話で、私はとっても驚きました!(大袈裟ではなく、本気で!)

修道女とか修道士、といった存在の方は、街でたまに見かけたことがあるだけで、「毎日こういう服着てるのかな??」とかくだらないことを考えてしまうくらいで(本当、バチ当たりな人間です。)、全く無縁だと思っていたのですが、いざ言われると、今の私の職業は、これに近いものを感じます。
勿論、同業者はゴマンといるので、じゃあ、同じ仕事している人は皆そうなのか、となるともう、「違いますよね、すいません。勝手な思い込みです。」と言うしかありませんが、ですが、私の心にすんなりと受け入れられました。
正直言うと、今の職業に対して理想と現実の葛藤があり、長年悩み苦しんでいました。
私には生活の手段として割り切って淡々と業務を果たしていくことが、苦痛で、もともと昔は別の仕事をしていたんだし、いっそ転職したほうが・・・、と思っていたりもしたのです。
ですが心に「本当に捨てて良いのか?」「もうチャレンジしないのか?」という思いがいつもあり、
この思いはどこからくるものなのか、と思っていたのです。

「一緒に頑張る」、というお言葉は今まで考えてもみなかったことなので、非常に新鮮でした。
私の欠点というと、やはり頑固なところと、理想と現実のはざまで挫折しやすいところのように思います。

心強い味方が共にいるのだ、と感じることが出来つつあるように思います。

感謝の気持ちは、本当に3年前に絶望から私を助けてくれたような存在を感じた時以来、時間の合間に色々考えるようになり、だんだんと自然に、色々なことに対して湧くようになってきた気がします。
未熟なので、上手くいかないことがあると、すっかり忘れてしまったりするのですが・・・。(苦笑)

ご回答者様の意図された受け止め方を出来ておりませんかもしれませんが、
私にとってはとても意味のある回答でした。

どうもありがとうございます。

お礼日時:2010/05/08 00:57

お礼をありがとうございました。


何となくわかっていただけた感じが伝わりました。
もしかして、個人的には教職関係に関わっていらっしゃるのかと推測しましけど。

守護霊様が修道女や修道士だと院があった場所が一般の人と遠く隔たっている場所だと、一般の生活をしていないために、自分たちの良いとする道のみを歩んできたので、一般人を理解しづらいかもしれません。

要するに、悪い事をしたら、罰を受けるのは当たり前の事で仕方がない。と考えます。
悪く言うと「かたぶつ」「自分にも厳しいけど他人に厳しい」
若輩者には疎まれるかもしれないですが、年配の方には信頼されて、とりたてられる。
欠点としては、いろいろな人を受け入れると言う事かもしれないです。
修道女や修道士と決まったわけではないですけど、自分の性格を良く分析すると何となく見えてきます。
前世の記憶も影響があるので、それも分析すると何となくわかるかもしれません。

例えば、私は前世が海で溺れて死んでいるので、泳げますが海の足のつかない部分が不安でしかたありません。子供が海で遠くに行くのが不安で不安で嫌で仕方ありません。
そして子供に何かを教えるのが好きなので、先生(家庭教師)だったと言うのもうなづけます。

ちょっと分析してみると、面白いです。
いつか信頼のおける人に霊視してもらえる機会があると良いのですが、自分を見つめるのも今後に生かされるので、お勧めします。

勝手に決めつけて回答してしまいましたけど、教職ではなくとも、職場の人間関係に当てはめてみると良いかもしれないです。

こんな世界を信じていない人は山ほどいて、信じなくても立派に生きていけるに越した事はありませんが
、納得できれば今後の人生が少しだけ楽になり、生きやすいですもんね。

すべて悪い方にさえ考えなければ、信じるのもありだと思います。
このサイトでは、批判する人もいますが、ちゃんと答える人もいますし。
役に立てれば幸いです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。初めての質問だったので、非常にドキドキしておりましたが、
このように真摯にお答え頂きましてありがとうございます。

世の中に、理解に苦しむオカルト的な話や、果たして誰のために掲げられたのかわからない宗教、
盲目的に信じる人、痛烈に批判する人、色々あるかと思いますが、
私は、あくまでも基本は「自分自身」にあり、自分の人生を生きる上で、時に助けになったり、
時に気付きになったり、受け入れにくい事柄を自分で受け入れていくために役立つ考え方であったりするならば、科学的に立証されていてもいなくても、良いのではないかと考えていたのです。
目に見えないものを、激しく追い求めるでもなく、かといって、厳しく排他していくでもなく、
「ほどほどに付き合っていく」というスタンスで居たいと。

果たして、そう考える方からの回答が得られるかな?と非常に不安だったのですが、
自分が思っていたより早期に、こうして

>こんな世界を信じていない人は山ほどいて、信じなくても立派に生きていけるに越した事はありませんが
、納得できれば今後の人生が少しだけ楽になり、生きやすいですもんね。

という、心にしっくりとするお言葉が頂けたので、ご縁というか、幸運に感謝したいと思います。

無理にもがかずとも、心が納得しさえすれば、前に進んでいけるような問題は生きる上で沢山あると思いました。また、納得せずに突き進むと、大抵は、スルーしたはずの問題が、いつまでもいつまでも後を追ってくるように思います。

ちなみに私は教職ではないのですが、見た感じのイメージは「国語の先生っぽい」のだそうです。(苦笑)
なろうかと思っていた時期も若い頃にはありましたが、今は医療に身を置くものです。
医療従事者に幽霊が見えようものなら、毎日幽霊と付き合っていなければならないでしょうから、
(時々そういう方はいるんですが)私もろくに話も聞きもせず「この人にはそう見えるんだなぁ。」程度に考えていました。
また、幻聴や幻覚を見る仕組み、なども一応は勉強をしますし、実際そのような方(精神病とされる方)とも接したりする機会もありますから、「気のせい」と片づけることもとても簡単に思います。

ただ、実際に死に向かう人(皆生まれた時点で死に向かっているけど)に「生きる意味とは?」と問われたら、「生きる意味は絶対にあります」「ほんと、全く生きる意味はないです」、どちらとも言えず、思えず、「私もわからないから、一緒に考えていきたいです。」と、素直に思います。

↑すいません。ご回答をきっかけに色々自分なりに考えたもので、相当考えが最初の質問から飛躍しています。私のひとりごとだとお考えください。

余談ですが、今年の夏にでも、母がマリア像を買った教会に行ってみたいと思います。
(どちらかというと観光名所ですので。)
その時に、神様に、難産で死ぬかも知れなかったのを、助けて頂いたことに、お礼を、胸の内で申し上げたいと思います。

chupaku様にも、またきっと何かでお世話になる時が来るかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

お礼日時:2010/05/09 19:31

守護霊あり説は人種を区別しないので


洋の東西は無関係ですよ。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。<m(__)m>

何となく、私の俗っぽい感覚で考えてしまうと、
東は東に、西は西に、と考えてしまいがちですが、頂いた回答で、
目に見えない存在は、もっともっと懐が深く、大きな方たちなのだなぁ、
と思いを巡らせるキッカケとなりました。

お礼日時:2010/05/07 22:03

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