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日本社会が行き詰まった時に、日本に救世主が現われると思いますか。

また、世界が行き詰まった時に、世界のどこかに救世主が現われると思いますか。

無力感を感じている個人が、救世主が現われることを期待するのは間違いでしょうか。

A 回答 (9件)

これは日本社会のみならず、ワールドワイドの問題です。



救世主はいません。現れません。

なぜならば、世界レベルで考えた場合、

支配階級→執行階級→奴隷階級 と すでにわけられているのです。

支配階級というのがオイルマネーやら、うまれながらにして
一般人では考えられない富・名誉を得ているもの、執行階級は政治家レベルです。

国家を超えた問題であり、日本だけのことではないと思います。

そして、我々が選んだ政治家は、選んだと思わされているだけで、
支配階級のものに当然シナリオはあるべくして作られています。

政治家は、執行階級なだけで、そこから奴隷階級に落とされぬよう、
支配階級のご機嫌を伺い、指示を「執行」しているだけです。

そして、我々庶民は、知らないところで搾取され続けているのです。

都心の一等地に安価な高級官舎は作れど、安い賃貸物件は作らないでしょ?

なんとか郊外に一軒家を持ったサラリーマンは、一生そのローンのために、
家族のために働くのです。
でも悲しいかな、法隆寺や東大寺など1000年も持つ国宝級の建物は
大事に扱われても、サラリーマンの家など30年も住んでられないようなものが
建てられるのです。ずっと国宝級に建ってられると困りますから。


とまぁ、一部は受け売りですが、本当にそうだと思います。

救世主が現れるより先に、神が存在するというのならば、世界崩壊を望むでしょう。

地球はリセットされ、ノアの箱舟PART2が行われたほうが、健全かと思います。
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>無力感を感じている個人が、救世主が現われることを期待するのは間違いでしょうか。



科学技術も社会の組織も高度化・複雑化してますから個人が無力感を感じるのも当然でしょう。
一方で、高度化している分野は気にしないで、未開拓の分野で持てる能力を発揮して充実感を得ている人もたくさんいます。
小説や漫画が未だ卑しいと社会的に思われていた時代に才能を発揮した作家さん
マイナースポーツで日々鍛錬されている選手
世間の評価は気にしないで技術を向上させている職人さん

質問者様は無力なのではなく無力感を感じるだけだと思いますので、救世主よりも老人ホームとかでボランティア等をする方がはやいと思います。

質問の回答としては・・・
救世主が現われることを期待するのは間違いではないですが
もっと身近な解決法がたくさんあると思います。
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救世主など期待するものではありません。



お互いに一生懸命努力して、より良い世の中を作って行くことが何よりも大切です。

救世主が現れたかどうか?それは結果としてわかるものではないでしょうか。

世の中にとって、本当に素晴らしい仕事をした人が、その後、何年かして英雄と呼ばれるようになります。

他人に期待するより、自分が救世主になる努力をすることです。

世の中には、我こそは救世主だという詐欺師も多いので、救世主は期待してはいけないし、期待させてもいけないですね。

大体、日本や世界が行き詰まるのは、自分の欲に負けて、欲望を満たすことを第一に考えるからです。特に政治家や役人がです。地位や財産にしがみ付いて離れない。自論にしがみ付いて離れない。

ギリシャの財政破綻もウソから始まったことですし、民主党が愚かなのも選挙を優先して政治を怠っているからです。

もっと無私になって世の中に尽くせば良い社会になると思うのです。

人間の努力で変えられることが出来る間は救世主は現れないでしょうね。

救世主が現れるとしたら、地球が爆発するとか、太陽が爆発するとか、人間の力ではどうにも出来ないときです。日本なら日本が海に沈没するとかですね。
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無力感を感じてる人に関しての回答のみになりますけど私は期待しても良いと思います。

もしその数が増えたなら日本でも世界でも、もしかすると何かの形で救世主が現れるのかもしれません。救世主と感じるのはそう名を付けるのは?判断するのは人ですから全く可能性が無いとは思いません。
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約2000年に一回 そういう救世主がやってくると世の中騒ぐみたいです。



2000年ほど前、やはり救世主ブームになった。
一つの時代が終わり新しい時代が到来したとか大騒ぎすることになった。


ところで、なんで約2000年毎に救世主ブームが巻き起こるのか。
これは太陽と地球の地理的関係が原因。

地球は首振り運動をやっており、一周するのに約2万5千8百年かかる。
太陽の通り道にある星をグループ化して12にした(現在13らしい)

一つからもう一つの間が約2000年くらい。
で、2000年ほど前、おひつじ座からうお座の方角に地球が向いたんです。
だから、初期のキリスト教は魚座である魚をシンボルとしていたんです。

「時代(魚座)の終わりにどうすればいいか」と聞かれたイエスは「水がめを背負った男の屋敷に入れ」と言ったと聖書に書いてある。
魚座の次はみずがめ座の方角に地軸が向くから。


>無力感を感じている個人が、救世主が現われることを期待するのは間違いでしょうか。


2000年ほど前 この世が終わるとわーわー騒いだらしい。
何書だったか忘れましたが、それに予言として書かれていたかららしい。
実際は予言じゃなくて、天文学的(科学的)な内容が書かれていたんだと思う。
「この時代は終わる」ってのを「この世は終わる」と勘違いしたからさあ大変。
換算するとあと数年以内に起こるとなると大騒ぎし、隠遁生活をはじめ終末に備える人が増えたらしい。


南米のカレンダーが2012年だっけ?で終わっているので、この世は終わると騒いでいる人達がいますが、23時59分の次が0時、そのあと0時一分ってわからない人が、23時59分でこの世が終わると思うようなもの。


10進法とか12進法、24進法とか利便的に使っているが、それが理解できない人も世の中にいる。

どうしても時計を生活に活用できない人は、周りの人に助けてもらえばいいわけです。
「今 何をすればいいの 自分がやることを指示して。食べればいいの 寝ればいいの? 自分のやることを命令して」って。
他人の言うことに従うことで、時計が読めない人も周りの人と同じような単位で生活していけます。



アダムとイヴは最初自由意志を持たなかった。
やることは神様にすべて命令されており、神様が自分の食べるものを育てろと命令したので、二人はせっせと作っていた。
彼らが作ったものはすべて神様のもの。
だって作るように命令したのはアダムとイヴじゃなく神様だったから。
彼らが自ら望んでやっていたわけじゃないから。


ところが知恵がついたことで、自由意志を持つことになったんです。
神様から何をすればいいと命令せれず、自分ですべてを決めることを選んだために、苦労することになった。

だけど苦労して手に入れたものは、誰のものでもなく彼らの物になった。

知恵ってそういうもの。
自分で考えたものは、誰も奪えない。
他人に教えた途端、自分の頭からその知恵が消失するってことは無い。

そういう創造性が無い人の場合は、他人からコマンドを打ち込んでもらいプログラム通りに走ることになると思う。
自由の代償に安楽を得られるわけです。

私は他人の命令を実行するだけのロボット人生はいやだな。
だってそこには私がいないんだもん。

ただし、自分の存在を否定すれば、苦は無くなり全部命令した人のせいにできちゃうというお徳がある。
自分の人生を背負えない場合は、全部他人に背負わせちゃえばいいわけです。

命を手放すわけですから、その手放すときに契約をした方がいいと思う。
絶対に自分が幸せになるよう約束してね。って。
自分の核との回線を自分じゃなくて相手の核に相手に接続する。
そうすると、もう自我は無いので、自分が相手に奴隷のように使われていようと、自覚することは無い。
回線を切った段階で実質死を迎えたわけですから。

宗教ってそれに似ていると思う。
「あなたが好むものを私も好みます、あたたが喜ぶものが私の喜びです」って。
自我が無いので魂を持たない人形。
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人間、誰も五十歩百歩です。


『自分ではない誰かが~』と思う事自体(他律的生)が、現代社会の病巣の1つです。
『自分でやろう』と誰もが思った時、もうそれは達成されているというのに。
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結論としては、皆が勇気をもって行動すれば救世主は


必要ないと、僕は思っているのですが。

ちなみにウルトラマンレオの歌にこういうのがあります。
この名曲の歌詞の1番と2番をまぜてみます。

宇宙にきらめくエメラルド 地球の最後がくるという
誰かがたたねばならぬとき 誰かが行かねばならぬとき
誰もが勇気を忘れちゃいけない やさしい心も忘れちゃいけない
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救世主ちゅう概念は、日本の文化に全く関係ない外国人の考え出した概念なんじゃね。

ちゅうことは、救世主はどっかの外国語を話すご仁と考えられる。わたしゃ、そんなチンプンカンプンの言葉を話す外国人に、なんじ救われたいなら、ああせい、こうせいと指図されるのはやだね。そんなご仁に俺たち日本人同志なら通じ合う心のひだが分るはずないもんね。なんか超単純に、俺が正義であるぞよ、俺に着いてくるなら救ってやる、じゃなかったら俺の父ちゃんがお前達を永遠の地獄に落としちゃうぞ、とかなんとか脅し文句を言われそうだもんね。

むかし東京が江戸ちってたころ、鈴木正三ちゅう爺っ様が「程度の低い宗教ほど、やたらと魔術だ魔法だと、うさん臭いことを言い立てて、人の歓心を取ろうとするもんじゃ。そんなことで騙されるのは、無教養な年寄りや子供だけじゃ。だから、禅ではそんな嘘や誤摩化しはしないんじゃ。ところで、デウス教とかいう最近流行りの宗教では奇跡っちゅう魔法や魔術が多すぎる」ちっとったで。なんかそんな程度の低い宗教がやたら救世主などの捲し立てて居るみたいじゃな。
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>>無力感を感じている個人が、救世主が現われることを期待するのは間違いでしょうか。



間違いではないと思います。普通の人は、どうしようもない現在のような政権下にあるとき、救世主を求めたくなるのは普通でしょうね。
ただ、すでに”救世主”は、日本に現れて、「幸福の科学」および「幸福実現党」にて活躍されています。

救世主とは、モーゼのような海を割る「大技」を繰り出すのが証ではありません。新しい時代の生き方・価値観を提示し、新たな文化(内面の世界)と、それに基づく文明(外的・物質的世界)を提示し、10年といわず100年先、あるいは1000年先までも見通した先見力のあるリーダのことだと思います。

ただ、悲しいことに、半歩先が読める秀才のことは、まだ多くの人が理解できます。が、10歩先、100歩先まで読める天才は、周囲に理解されないことが普通です。
(まあ、パソコンという機械がやっと社会に登場した時代に、”パソコンで全世界の人に手軽に繋がるようにしよう!。みんな、その便利さが理解できるよね?」って言って理解を求めるようなものかもしれない)

先の衆院選挙では、民主党が日本に「国難」をもたらすと、1年先を読んで、幸福実現党は訴えたのですが、愚かなマスコミは情報操作し、その結果として国民は判断を誤りました。

同時代の人々は、イエスが生きていたころと同様に、救世主と同じ時代に生きていても、それを知らないかもしれません。ことが起こって過ぎ去って、しばらく年月が過ぎ去ってから、分かるのでしょう。

願わくば、「救世主に従ったから、世界のトップに日本がなれた!」という状況で、後世の人々が認識できることを望みます。「あのとき、救世主を(選挙で)拒否したから、日本という国が無くなり、中国の属国のひとつとなって、貧しく自由が無い世の中になった・・・」という状況で認識するようになりませんように・・・。
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この回答へのお礼

間違えて、ベストアンサーに選んじゃいました。ニセモノの宗教屋の大川君のことね。

お礼日時:2010/05/22 19:06

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