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与謝野晶子の歌

1)与謝野晶子の”清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人みなうつくしき”は高校で習いました
2)その時,先生が「鉄幹が,誤って解釈して説明しており,後に晶子が訂正した」と言っていました
3)祇園と清水と桜の場所の位置関係を間違っていたように思いますが,正確には覚えていません
4)質問ですが,”鉄幹はどう誤って説明していたのでしょうか”。今も気になっています

よろしくお願いいたします。

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A 回答 (3件)

この際桜の位置関係はさほど関係ないかと思います。


「みだれ髪」の内容から考えれば、次のように解釈したほうがよいのでは?

1.(貴方に会いに)夜、祇園を通り抜けて清水に向う。
 季節は桜が満開の春、空には月が出てえも言われず美しい。
 こんな夜は行きかう人も皆美しく見える。
 (増してこれから会う愛おしい貴方はいかばかりに美しいことだろう)

2.(貴方と一緒に)夜、祇園を通り抜けて清水に向う。
 季節は桜が満開の春、空には月が出てえも言われず美しい。
 こんな夜は行きかう人も皆美しく見える。
 (増して共に歩く愛おしい貴方はいかばかりに美しいことか。)
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この回答へのお礼

いろいろ回答をいただきありがとうございました。

1)清水にいる鉄幹に会いに行ったときの精神の高揚を歌ったもの,月の運行を地名と当てはめたものなどの指摘をいただきました。しかし首肯できない点もあります

2)そこでもう少し調べてみました。鉄幹は清水の北,円山公園の少し北の「岡崎」の生まれで,子供の頃は祇園・円山・清水あたりで遊び,この位置関係やどこに桜があるかなどは熟知していたはずです

3)大阪生まれの晶子が,円山公園が清水にあると思って(または清水という言葉が使いたかった?)この歌を作ったが,おかしいと気がついた鉄幹が訂正したのではないでしょうか

4)京都に住んでいる私には,この歌では「どこをよぎって,どこに行こうとしている花見客」を歌っているのかよく分かりません。花見客をお茶屋と石畳の京都特有の風景の中におき,それを”動的”に描いて初めて春の美しさ麗らかさが活写できるのではと思います

5)高校の先生(府立大手前高校の高松先生)から聞いて長らく疑問に思っていたことですが,その解答は一般にも余り知れていないことだと分かりました。今後鉄幹の著書などを調べてみたいと思います

いろいろ書き込みいただきましてありがとうございました。

お礼日時:2010/06/13 08:04

これは鉄幹の解説を確認したわけではなく推理ですが、


この歌にある「祇園」とは「祇園」の地域ではなく、円山公園に
ある「祇園枝垂桜」を意味しているのではないでしょうか。

鉄幹はこの「祇園」を地域と解釈して、月が祇園の上を通って
清水へ向かう情景を歌っているものと解釈したのでしょう。
この歌に関するサイトを検索すると、そのように解釈されている
ものもあります。清水と祇園では清水が南東、祇園が北西の
関係にあります。そのため、月のそのような動きを見たとなると、
祇園の西北西の方角から、おそらく三条と四条の間の鴨川
沿いのあたりから見たことになります。しかし、これではこの
景色と桜との関連が不明瞭です。

清水と祇園枝垂桜では清水が南、祇園枝垂れ桜が北の関係に
なります。枝垂桜の北西側に立つと、月が東から昇って枝垂桜の
後ろを横切り、清水へ向かうのが見られます。きっと、晶子は
その位置に立ってその月の動きを見てこの歌を歌ったのだと
思います。添付のサイトの写真を見ると、枝垂桜の後ろを横切る
月がきれいで、この景色を歌いたくなった晶子の気持ちがわかる
ような気がします。

参考URL:http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/gionsakura. …
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興味があったので私も回答を待っていましたが、なかなか


つかないようなので少しだけ調べてみました

結論を言うと、信用に足るような情報は探せませんでした

が、とあるブログのコメントで、位置関係の矛盾に関する
記述を見つけたので貼り付けておきます

なんとなく、なんとなーく釣られた感がありますが、考え
すぎでしょうか(笑

とまれ、恥ずかしながら私の知らなかったことなので勉強
になりました

ありがとうございました


-----以下妄想-----

晶子:「清水へ~桜月夜 こよひ逢う人みなうつくしき」
鉄幹:「これいいよ晶ちゃん、清水の桜を思い出すね!」
明子:「清水に桜なくね?」
鉄幹:「だ、だよねー、どうする晶ちゃん?」
晶子:「清水へ~花月夜 こよひ逢う人みなうつくしき」
鉄幹:「うんうん、いいよ晶ちゃん!」
明子:「桜月夜のがよくね?」
鉄幹:「(/ω\)」

参考URL:http://plaza.rakuten.co.jp/meganebiz/diary/20100 …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。紹介いただいたページは,私が書き込んだものでした。質問をより詳しくするために以下に再録してみます。
1)清水,祇園共に桜は余りなく,桜月夜の桜は円山公園のものと思う(一般的にもこういわれている)
2)明治期にも人の流れは,祇園から円山公園へと思う

3)祇園から清水は南,円山公園は東にある。したがって「清水へ」は清水に向っていては円山公園にはつかないし,桜のない清水に夜行く人はいない(清水は一般的に清水寺といわれる,行くのは晶子自身かまた花見客かも不明)。
4)「今宵会う人」は,祇園で合っている人のことをいっているように読め取れるが,桜のない祇園で逢って「みな美し」では意味がなくなるのでは。やはり円山公園で逢う人が”桜と月と松明”で「みな美しく見える」とすべきと思う

5)こうした位置的矛盾を余り理解しないままに,最初に鉄幹が誤解して解釈し,後に晶子が訂正したように思う。但し今考え直してみて,それでも以上の位置的関係は余りクリヤーにならないのではとも思う。
6)結局,晶子は「どこにいて」「どこにいる人たち」をみて,「どのような情況の中」で,逢う人が通常より美しく見えると感じたのであろうか?

お礼日時:2010/06/06 08:19

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こんばんは!

牧水は『白玉』を,他の歌でも使用していますが,
その場合でも『真珠』として解釈使用してはいません.

明治40年,実家がある日向の東郷村坪谷に帰省します.
ところが父:立蔵が出稼ぎで宮崎県南部の海岸部にある,
南那珂郡都井村に出稼ぎに行った父を尋ね行っているが.
そのときの旅で眼前に広がる海の歌を読み,
その作品の中の二首で『白玉』を使用していますが,
その際,明確に『水・海水・水滴』として使用しています.
それが下記の二首です.

白つゆか玉かとも見よわだの原
          青きうへゆき人恋ふる身を
(注)ご存知のように『わだの原』は『海』のことです.

大うねり風にさからい青うゆく
           そのいただきの白玉の波

同旅での,他の作品を三首…掲載しておきます.
これで海(水)に関する作品とも理解されるでしょう.

潮光る南の夏の海走り
        日を仰げども愁い消やらず

わが涙いま自由(まま)なれや雲は照り
            潮ひかれる帆柱のかげ

日向の国都井の岬の青潮に
          入りゆく端に独り海見る

これを詠んでいる牧水が,
『白玉』を『真珠』と解釈して詠んでいないことは明確でしょう.
つまり私の解釈はこの旅で
『海』=『海水』=『波』=『白』+『玉』=『白玉』と変化し
その後の作品:「白玉の歯にしみとほる」で,
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わたしの解釈に通じる,
新しい証左とも言えるのではないでしょうか.

つまり!明治43年の作品の

白玉の歯にしみとほる秋の夜の
          酒はしずかに飲むべかりけり

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参考になれば幸いです.

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