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文章等を書くときに良いアイデアが出なくて困るときもあれば、すっと良いアイデアが出てくるときもあると思います。
良いアイデアが出てくるときに脳内では、どのような処理をしているのでしょうか?

ちなみに私の場合は、文章を書くときであれば、
類似事例を調べて、概要のフォーマットを決める
文章に落とし込みものの情報をひたすら収集する
情報を目的に合わせて、精査して、
文章に落とし込む

という処理をしていますが、

精査の段階での文章と文章のつながりだったり、フレーズだったりという部分で
アイデアがすぐ出るときとなかなか出ないときがあります。

脳内での情報処理手順がわかれば、ちょっとでも良いアイデアを生み出すのに
役に立つかな~と思って質問させていただきました。

参考意見・資料等あれば教えてください。

A 回答 (5件)

こんにちは。


仮に脳内でどのような情報処理の成されるかが分かったとしましても、我々はそれを自分の意思で使うことができません。例えば、感情のメカニズムが解明されたとしても自分の意思で好みの感情を作ることはどうやってもできないわけです。
「アイディア(発想)」といいますのは、「理論では導き出すことのできない論理的な結果」と定義されます。そして、心理学では古典とされている「発想の理論」に基づくならば、それは「準備期―暖め期―発想―評価」という手順になります。
理論で求められる結果でしたら基本的には誰にでも辿り着くことができます。ですが、だからと言って幾ら突飛な発想を生み出したとしましても、辻褄が合わなければ何の役にも立ちません。このため、必要な情報や準備が整ったならば、必ずや暖めて期間を介して何らかの発想の到来を待たなければなりません。そして、結果の有用性が客観的に評価されることにより、それが新たに生み出された未知の理論となります。

理論では導き出すことのできない新たなる結果、これはコンピューターでは処理することはできません。では、我々の脳には何故そんなことができるのかというのはまだ全く分かっていません。そして、仮にこれが解明されたとしましても、我々にはそれを自分の意思で使うことができないのですから、これで次々と思い通りのアイディアを生み出すなんてことは望んでもできないわけです。
この脳の機能は「知能」と呼ばれており、これにより試行錯誤の結果、人類はしばしば未知の問題を解決してきました。ですが、もちろんその時代ではまだ手に入らない情報というのはありますが、もしそれがそもそも論理的な手法に基づいて導き出せる結果であったとしますなら、本人にとっては新しいアイディアではありますが、この場合は単に事前の準備、経験が他人よりも不足していただけということです。

では、文章といいますのは、これは基本的には全て理論によって解決されるべき問題です。ならば、果たして質問者さんが文章を書くときに模索するアイディアといいますのは未知の領域ではなく、それは質問者さんにとっての「未体験問題」です。従いまして、これを解決しようとするならば、脳の情報処理機構に目を向ける前に、やはり鍛錬による経験値の蓄積が必要なだけ行われなければならないということになります。
発想のプロセスにおいて準備期の情報、経験値というのは必要不可欠です。これが学術家や芸術家でしたら当然要求されることですが、果たして我々にそこまではちょっと無理です。
では、これによって脳内で行われる、経験論理に基づく結果の検索を「直感」と言います。我々には自分の意思で脳内に直感や発想を引き起こすことはできません。ですが、例えばワープロやメモ書きなどの情報を繰り返し入力してやるならば、これによってその確率を高めることはできます。これを即ち「試行錯誤」と言い、それは我々が未体験問題に直面したとき、日常知らず知らずのうちにやっていることです。そして、これによって個人的な経験値の不足を補うこともある程度は可能なわけですし、また、書き掛けの文章に時間を置くというのは、これは暖め期における想起を意図的に使っているということです。

知能や直感といいますのはコンピューターには真似のできない我々の脳の機能です。我々はそれを自分の意思で自由にすることはできませんが、それを誘導する術は知っています。
言葉の組み合わせというのは無限大ですから、例え偶然とはいえ、新しい表現が生み出される可能性は幾らでもあります。ですが、そこにもやはり「準備―暖め―発想―評価」というプロセスの何れかは必ず当て嵌まります。新しい言葉や表現を生み出す作家やマンガ家がいれば、当たり前のことを改革などと吹聴する政治家や評論家もいます。
脳の機能を理解するならばそれを利用することができるという質問者さんのお考えは間違っていないと思います。ですが、それで実際の問題が解決できるようになるということではないですよね。やはり、未知の領域や新しい発想といいますのは本質的に自分の力で切り開くものであり、我々人間の知能とは、そのために与えられた機能ではないでしょうか。
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意識の無意識化と無意識の意識化を自由自在に行う事です。



普段、人間は意識のイメージだけしか使っておりません。意識イメージだけを使って生きているのが日常でございます。ところが、今の時代は何もかもが過剰時代になっております。

知識が溢れています。
情報が溢れています。
お金が溢れています。
モノが溢れています。

ありとあらゆるものが過剰に供給され、今は新しいモノが中々生まれにくいパンパン状態だと言えるのではないでしょうか?その理由がどこにあるのかを言いますと、意識イメージだけを使ってきた人間の歴史だったものが、遂に意識イメージだけではこれ以上開発も開拓も出来ないという領域に入った意味でもあります。

意識の無意識化と無意識の意識化が自由自在に出来る事、それこそが創造の基本であり、アイディアが起こる仕組み・メカニズムに相当します。
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どんな分野でも同じですが、本当に良いアイデアは情報だけ集めても出てきません。


重要なのはその分野に関する基本的な知識と理解があるかどうかに掛かっていると言って良いでしょう。
基本的な部分を本当に理解しているなら、特定の場合に応じてこの基本的な部分を拡張したり腕尽くでうまく利用したりすることができます。
最近では知識だけは多く応用ができない人が増えていますから、何も生み出すことができません。
このような人の仕事は今の政治家のようで、その場しのぎで真の解決ができないだけでなくどんどん深みにはまって行きます。
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昔から時々考えるテーマなので、コメントさせて頂きますが・・・


「もし分かったら人類は不要になる」というのが現時点の結論です(笑)

 コンピュータが発達する以前は〇〇〇なビル程巨大なコンピュータを作ることができれば全てがバラ色と言われた時代があって、現代は「地球上に3台の巨大なコンピュータがあれば全て賄えるというクラウド」がもてはやされていますが、未だにアイデアイを生み出せる機械は存在しないです。 つまりハードウェアは進歩しても人間の思考を解明するには至っていないのです。
 しかし、脳自体はニューロンと呼ばれる細胞( 回路 )から形成され、その莫大な数で処理されているなど脳のプログラムを除けばかなりの部分が解明されていますが、その方式・御質問の趣旨が未解明で残っていると思います。


 ちょっとした手掛かりでもあれば現代の巨大なコンピュータの力を利用して「しらみ潰し」方式で解明できると思いますが・・・発表はないと思います。 ゲームも同じことを行っているとの推測の元に研究され、将棋もプロ棋士並みに近づいたようですが、そのプログラミングが思考という分野では通用するような汎用性を見出せていないと思います。

 以前に読んだ本にあった印象的な言葉に「人は論理的な思考を重ね、突然 非論理的な思考で最善の解決手段を見出すようだ」とありました。 意外とこれが本当かもしれないので・・・論理的思考をベースとする機械にはまだまだ先の見えないゴールのように思います。
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難しいことはわかりませんが,専門知識を駆使してアイデアが枯渇したら,しばらくは全く関係のない情報に目を向けます。

リフレッシュの意味もありますが,「こんな発想や考えがあるんだ」と,違った角度の目線で思いつくようなことはありますょ。普段興味のないところにも,ヒントはありますね。
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