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たとえばネットや新聞、テレビなどの情報に煽られ、乗っかって多くの人々が同じ思想や行動をするのは全体主義といえますか?

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A 回答 (4件)

現在考えられている全体主義の特徴としては、



・一党独裁(複数のイデオロギーの存在を絶対に認めないこと)
・秘密警察の存在
・政府または独裁政党による情報の独占
・中央政府または党中央による経済統制

のようになるかと思われ、これらに該当するのはイタリアのファシスト党政権、ナチス・ドイツ、旧ソビエトなどです。

 もし、ネット・テレビ・新聞などが検閲され、または中央政府などの管理下に置かれている場合ならば、これは全体主義に相当する可能性があります。しかしながら、一応わが国では憲法で思想・良心の自由が認められ、検閲は禁止され、しかも自由主義経済ですから、全体主義とは言えません。

 これまた一応、わが国は三権分立が建前ですが、マスコミは第4の権力と言われるくらい、個々の国民の思想・信条・良心にまで大きな影響を与えます。マスコミといえどその大半は利潤を追求する私企業である以上、大衆迎合への誘惑から逃れられず、国民放送と称する日本放送協会(NHK)は、国会でその年度予算を決定されるものなので、国や立法府などの影響から完全に独立しているかは疑問ではあります。

 上の方が言われているように、これはポリュリズム的であり、しかも衆愚的でもあり、また、マスコミがいかに大きな権力を持ちうる存在であるか、ということに尽きるのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございました!

お礼日時:2010/12/25 00:44

 例示された現象はポピュリズムというのが近く、民主主義の最悪の形態です。



全体主義と民主主義は対義概念ですから、ポピュリズムを全体主義に含めるのは適切とは言えないでしょう。

全体主義は、絶対的な権威者による強制を伴います。個人より全体を優先する考えなので、メディアを通した単なる扇動とは区別されます。
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この回答へのお礼

ありがとうございました!

お礼日時:2010/12/25 00:44

衆愚政治っていうのでないかい?それは。



政治指導部(指導原理)の交代の否定
このへんが全体主義ちゃうかな
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました!

お礼日時:2010/12/25 00:44

いえません。



あえてマジレスしますが、全体主義においては、市民は国家政策に重要な役割を果たしません。国家という何か良く分からないものが、言論を統制したり、一般市民の行動を規制したり、広範な監視体制を敷いたりします。
典型的な例が、ジョージ・オーウェルの小説に出てくるような体制です。

>ネットや新聞、テレビなどの情報に煽られ、乗っかって多くの人々が同じ思想や行動をする
この状態があなたの気に入らないのなら、これを「衆愚政治」ということはできるでしょう。

私に言わせれば、マスメディアは、市民が見たい、知りたいという情報を流しているに過ぎません。誰も情報統制しているわけではありませんし、偏った情報を流すように命令されているわけでもありません。
単に経済的な原則で行動しているだけです。あなた個人がどのように感じようと、それがスポンサー様と視聴者の皆様の意に沿った内容なのです。

スポンサーの影響も受けず、国家権力の影響も受けず、市民の知る権利を保障するというのが、NHKの存在意義だと思いますが、「うちはNHKは見ない」で片付けられてしまう悲しさ。
他のマスコミは視聴者受けのするものだけ流すのは当然ですね。視聴者だって、見たいものを見たいように提供してもらえればそれで満足なんですよ。

この質問に、いくつ回答が付くか知りませんが、たぶんその中には「そうだ、そうだ、国民はマスゴミに洗脳されている」「これは××の陰謀だ」という意見も付くでしょう。
誰にベストアンサーあげます?
ね、見たい話、聞きたい話しか、みんな評価しないんですよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました!

お礼日時:2010/12/25 00:45

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Q「裸の王様」という比喩

 飲み会の席などで、よく「あそこのボスは、裸の王様だよね~」という例えを聞くことがあります。

 が、その意味合いは、人や場合によってまちまちの様な気がするのです。具体的には、

(1)自分は「それは違うのではないか?」という疑問を持ってはいるが、周囲が自分と相反する意見を主張すると、リーダーのくせに何も発言することなく「そういうものか。それでは自分が間違えているのだろう」とあっさり引き下がる人

(2)自分では何も見聞していないのに人の言うことを全て鵜呑みにする、判断力に欠けたリーダー

(3)自分にとって都合の良いことを言ってくれる連中だけを周りにおき、都合の悪い話には聞く耳を持たない人

(4)本当は威厳も権威も既に失墜しているのではあるが、他人にそのことを指摘されてもなお、威厳や権威があることを見せつけようとする人

 といったところです。

 「裸の王様」のストーリーからすれば、確かにどれも正しいような気がするのですが、本来はどのような意味合いで使用すべき比喩なのでしょうか? ご存じの方、ご教示下さい。
 なお、辞書は一応調べてみたのですが、掲載されていないようでした。

 飲み会の席などで、よく「あそこのボスは、裸の王様だよね~」という例えを聞くことがあります。

 が、その意味合いは、人や場合によってまちまちの様な気がするのです。具体的には、

(1)自分は「それは違うのではないか?」という疑問を持ってはいるが、周囲が自分と相反する意見を主張すると、リーダーのくせに何も発言することなく「そういうものか。それでは自分が間違えているのだろう」とあっさり引き下がる人

(2)自分では何も見聞していないのに人の言うことを全て鵜呑みにする、判断力...続きを読む

Aベストアンサー

No1です。
辞書をいくつかひっくり返してみました。
で、三省堂の新明解国語辞典(第5版)で、裸の王様の語句説明を発見しましたので、紹介しておきます。

[目に見えない服を着せられているのに気づかず、子供から「裸の王様」と言われてはじめて自分のほんとうの姿に気づくという、アンデルセンの童話から]いいことだけを知らされていて本当のことを知らないでいる人のたとえ。「有権者は裸の王様であってはならない」

という説明がありました。
ご報告いたします。


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