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キリスト教ではルネサンス以前は庶民と神の間には常に教会・修道院が入っていましたが
それはルネサンス以後も同様だったのでしょうか?
特に宗教改革では聖書の翻訳によって神の言葉を知るために教会に通うことは必ずしも必要ではなくなったように思いますし(もちろん庶民が聖書を手にすることは難しかったと思いますが)、教会の腐敗があからさまにされたりもしましたし。
この時期をはさんで庶民(王侯貴族以外という意味です、平民といったほうがよいでしょうか?)の教会を見る目は変化したのでしょうか?

宗教改革の時期には農民が蜂起したり(これは身分の解放を求めてのもだったようですが)していましたが、その後はまたおとなしく教会に対して尊敬の念を込めて接していたのでしょうか?
それとも庶民(上記の意味)に対する教会の権威はある程度失われたのでしょうか?

A 回答 (2件)

>特に宗教改革では聖書の翻訳によって神の言葉を知るために教会に通うことは必ずしも必要ではなくなったように思います


ヨーロッパでは近代になるまで識字率は低かったはずで、聖書が自国の言語に翻訳されたからといって、一般庶民がそれを読めるようになったとは思えません。

少なくともカトリックの国では革命期まで、教会は「洗礼(誕生)、結婚、葬式」と人生の節目にお世話になるところですから、教会の腐敗云々は、一般庶民にはあまり関係なかったのではないかと思います。

宗教というものは、それを信じていない人には理解しがたいのですが、生まれた時からそういう環境にいれば、空気のようなものです。しかも18世紀くらいまでは、情報も限られていますし、社会全体の思想も全く違います。
現代の、しかもあまり宗教のしばりが少ない日本の感覚とは全く違うと思います。聖職者を尊敬するのも教会の権威も当たり前過ぎて、庶民が意識したり、理論立てて考えたりすることはあまりなかったのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

なるほど、参考になりました。
ありがとうございます。

お礼日時:2011/01/05 15:50

>キリスト教ではルネサンス以前は庶民と神の間には常に教会・修道院が入っていましたがそれはルネサンス以後も同様だったのでしょうか?


ルネサンスは関係ありません。
カトリック(イギリス国教会も)では、現在でも神と信者の間に聖職者が入ります。
しかし、プロテスタントのほとんどでは、介在者は存在しません。信者個人個人が神と向き合うことになります。

>その後はまたおとなしく教会に対して尊敬の念を込めて接していたのでしょうか?
いろいろです。
長老派(改革派)は、カトリックにもルーテル派にも従わず、両者への反抗勢力となります。
アナバブテストは、さらに徹底的に反抗し、カトリック、プロテスタントを問わず、大弾圧をうけ、一部がようようアメリカに逃げ出して現在に至っています。
会衆派は、イギリス国教会に対して革命を起こしています。(ピューリタン革命)
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この回答へのお礼

>カトリック(イギリス国教会も)では、現在でも神と信者の間に聖職者が入ります。

それは知りませんでした。
聞きたかったのは聖職者を通さずに民衆が集団で神に祈るというようなことが一般化することはなかったのか?ということです。
質問が悪かったです、申し訳ありませんでした。

>いろいろです。・・・

なるほど。都市部、農村部の一般市民はどうだったのだろうか、と気になりました。

お礼日時:2011/01/05 15:45

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