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昨年、母方の祖父を亡くし、今年母の実家で新盆の行事を行いました。
お盆の迎え火を焚いていて、ふと考えたのですが、
迎え火で迎える"ご先祖様の霊"は、どこから来ると考えたら良いのでしょうか?

母の実家では、まずお墓で迎え火を焚き、
続いて家の玄関先で迎え火を焚きます。
送り火はその逆で、玄関先、お墓の順番で火を焚きます。

つまり、お墓にはお骨が納められているけど、
「霊」は、普段は(?)どこかにいるワケですよね。
と、すると、お墓は何(誰)の為に建てる物なのでしょうか。
お盆以外の時のお墓参りでは、霊と言ったら良いか、
魂と言うべきか、が何も無い所にお参りするのでしょうか。
その事の意味は何なのか、どう考えたら良いのか分かりません。

お盆は仏教行事なんですよね?
仏教では、天国や地獄という考え方があるのでしょうか。
天国にいる「霊」でも、地獄にいる「霊」でも、迎える事が出来るのですか?

それから、仏教では「生まれ変わり」という考え方は無いのでしょうか。
もし「生まれ変わり」があるのだとしたら、
生まれ変わった「霊」は、お盆に"迎える"事が出来なくなるのでしょうか。

私は宗教については全く無関心で、何も分かっていません。
上に書いた事も、色々な宗教がゴチャ混ぜになっているかもしれません。

回答よろしくお願い致します。

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A 回答 (5件)

以下の、書籍をお読みください。



「真言密教の霊魂観」佐伯泉澄著 朱鷺書房刊

                以上 参考迄に。
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宗派や地域によって考え方の違う面もありますが、人の死を仏教では「往生」といいます。

その言葉の意味は、「現世を去って、仏様の国であるお浄土に生まれること」です。葬儀の司会者が、「ただ今より、享年○○歳をもって、お浄土へ旅立たれた○○様の葬儀・告別式を執り行います。」などと言うのを耳にされたことはありませんか。ですから、「霊」が普段いるところは、「浄土」です。「極楽浄土」ともいいます。
その霊が年に1度、帰ってくるのがお盆です。迎え火、送り火については、p_hopperさんが書かれているとおりです。

お墓についてですが、霊が住むところと考えるのは、問題がありそうです。もし死後に住むところなら、あんなに狭いところで満足できるでしょうか。
お墓のもとは、埋葬した死体を見えなくするために、土を盛った「塚」に由来します。仏教伝来以前の古墳を想像してください。のちに仏教が伝わると、釈迦の骨を埋めたという仏塔信仰の影響で、埋葬地の上に仏塔を模した五輪塔を建て、さらに儒教の影響もあり、今日見られる角石塔形の墓に発展したようです。

お墓は現世と浄土との架け橋です。迎え火、送り火をお墓の前で焚くのはこのためです。「普段はお墓に霊はいないのになぜ参るか」ですが、もちろん浄土へ行ってお参りすればよいのですが、残念ながら、生きているうちは浄土へ行くことができません。先祖の霊に、いま生きていることに感謝の念を捧げるのは、橋の手前でしかできません。
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既に回答があるように祖霊を迎えるのは仏教とは関係無いですね、


神道の考え方を日本の仏教に取り込んだ物でしょう(あと儒教や道教も少し含まれてる)、
だから「黄泉の国」から迎えるというという事では?

お墓は隠宅(死者の住む家)ですね、
だから日当たりの良い場所に作ります、
韓国だと人の住む家よりもうんと高い所に位置し、
上から順番に子孫の墓になりますし、
香港なんかだと紙銭といって「あの世専用のお金」を墓前で燃やしあの世で裕福な生活が楽しめるように祈る風習があります(その他紙でできた豪邸とか乗用車とか携帯電話も)、

それとお盆の由来は盂蘭盆会で、
盂蘭盆会(うらぼんえ)は「ウランバナ」というインドの言葉に由来し、
「逆さ吊りの苦しみ」というなんともおそろしい意味であります、
そこから「逆さづりにされているような苦しみにあっている人を救う法要」、
つまり地獄や餓鬼道なんかに落ちた人を救う行事となりました、
これが日本古来の祖霊信仰と結びついて(というより寺側で取り込んだというべきかな)今の形になっているんだと思います。
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こんにちは。


実家には、仏壇があり、一応仏教徒なんですが・・

>ご先祖様の霊は、どこから来る・・
「あの世」いわゆる「極楽(キリスト教では天国)」からでしょう。そもそも宗教というのは、「死んだあと、魂が極楽(天国)へ行けるような人生を送りなさい」という教えですから、極悪人でないかぎり、みんな極楽往生できるはずです。
⇒芥川龍之介「蜘蛛の糸」

>お墓にはお骨が納められているけど・・
今は火葬が当たり前ですが、土葬がふつうの時代のなごりでしょうか、「ここに葬った、ここからあの世へ旅立った」ということから、お墓を建てお参りするようになったんだと思います。古墳も一種のお墓ですよね。

>仏教では「生まれ変わり」・・
「輪廻転生」という言葉がありますので、あるでしょう。霊魂というのは実体が無いので、生まれ変わったのが仮に昆虫でもお盆のときのお迎えに不都合はないはずです。
⇒浅田次郎「椿山課長の7日間」

法事や葬式のときのお坊さんの法話や本などで読んだ知識での回答ですので、100%の自信はありません。
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お盆は仏教行事です。

が、霊は仏教では否定しています。100年ほど前にキリスト教(霊を認める)と仏教(霊を認めない)の論戦がありました。仏教は諸方無我ですから当然「死んでもいる自分」なんてのは考えられません。霊があると思い、その霊魂に惑わされるのを「迷い」といい、それから開放されることを仏教はときます。お盆を霊魂供養のように捕らえるのは風習でしょう。仏教がそれをいったらでたらめなことになると思います。「生まれ変わり」は仏教の基本概念ですが、それは悟りにいたれない自分は生まれ変わりを繰りかえし迷いの世界をさまよっているという内省から捉えるもので、私は釈迦の生まれ変わりだの、あなたは犯罪者の生まれ変わりだのというのはとんでもない話です。
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