お寺や神社で行われる祈祷や祈願について質問です。

神様や仏様に叶えてもらいにくい願い事は多くあります。
「宝くじで一等があたりますように」
などと努力せずに大きな結果を求める願い事はほとんど叶えてもらえません。


神様や仏様に叶えてもらいやすい願い事はあるのでしょうか。

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A 回答 (9件)

5才ぐらいの子供とじゃんけんをしたときに、その子に「願い事をしてからじゃんけんをしよう、勝てたら願い事が叶うかもしれないよ」と言ってじゃんけんをしました。

その子は目をつぶって願い事をしてから、じゃんけんをしました。そしたら、その子が勝ったので、私はどんな願い事をしたか聞いてみました。曰く「このじゃんけんに勝ちますように」だったそうです。これ本当の話しです。神様って粋ですね。

願い事を叶えてくれるくらいの神様ですから、神様にこちらから自分に何が起こったら自分が幸せになれるかを一々教えてあげなくては解らないような神様である筈がありません。じゃなかったら神様に矛盾してしまいます。人間って言うのは浅はかなもんで、自分の望みが叶ったからといって幸せになれるわけではなく、それどころかそのお陰で不幸になってしまう人も幾らでも居ります。だから神様に祈るときの方法は決まって居ります。無念無想で頭を空っぽにして、ただ頭を下げる、これです。しかし、人間て弱いもんで、それじゃあ不安だと言う方もいると思います。その時には、「私にとって一番良いと神様が決めたことを起こして下さい」と祈りましょう。その望みの叶う確率は限りなく1に近いですよ。
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創価学会の者です。



残念ながら、叶うことはないでしょう。

人間の生命は永遠です。過去世・現在世・未来世と、生死を繰り返しながら三世にわたって永遠に続きます。その永遠の生命の中で行なった善悪にわたる行為が、現在生きている生に、結果となって現出しているわけです。「宝くじで一等があたった」というのは偶然に思えますけど、実は前世に気前よく人にお金を恵んであげるなど、他の人に並々ならぬ貢献をしたという行為が福徳となって現れているのです。宝くじに限らず、株でも事業でも大当たりして、金持ちになる(中には20、30代の若さで)のは、そういうものを縁として、前世の善行が結果となって現れているのです。したがって、前世にそういう行為をしなかった人は、神であろうが仏であろうが、ましてや得体の知れない教祖様であろうが、祈願したところで「宝くじが当たる」などといった願いは、叶うものではありません。原因がなくては結果は生じないからです。

しかし、そのように過去世における善行のない人でも、金持ちになれることはあります。それは、この宇宙を動かしている根源の大法の力を、自分に引き出すことによります。それを「南無妙法蓮華経」といいます。この「南無妙法蓮華経」は、三世十方の諸仏・諸菩薩を成仏させたほどの大法だからです。「南無妙法蓮華経」と唱えながら、真面目に信心の実践に取り組む。そうすれば、その大力によって、あたかも前世に、人にお金をうんと恵んであげたと同じような原因を自身に築くことができます。したがって、金持ちになれるという結果を引き出すことができるのです。

ただ、思い違いをしてほしくないのは、「南無妙法蓮華経」の信心は努力を前提とした信心であり、努力もせず、ただ拝み祈りさえすれば“天からお金が降ってくる”などという軽薄な「おすがり信仰」ではないということです。金持ちになりたければ、信心しているからこそ、人の何倍も努力する。そして一生懸命信心の実践する。そこに策と祈りが絶妙に合致し、最大の結果を引き出すことができるのです。

さらに言いたいのは、祈りが叶う、すなわち功徳ということですが、この功徳には、祈ればすぐに思い通りの結果が現れる「顕益」と、祈ってもなかなか叶わないように思えるが、日時が経過した時に、考えてみたらいつの間にか幸せになっていたという「冥益」とがあります。ひとはどうしても「顕益」のほうを臨みがちですが、真の功徳は「冥益」なのです。

率直に言って、創価学会員でも全員が全員、金持ちになっているわけではありません。これは人によって宿業の軽重、信心の熱心不熱心ということもありますが、金があるから必ずしも幸福ではないというのが、この社会の現実なのです。金があるがゆえに強欲になって人間性が歪み身の破滅を招いたり、広い屋敷の中で家庭不和の不幸な日々を送っている資産家もいるのです。相対的幸福の限界です。真の幸福は、どこにいても、何をしていても、どんな境遇にあろうとも、生きていること自体に幸福を感じられるという、絶対的幸福です。創価学会が主に目指すのは、これです。もちろん、信心の功徳によって金持ちになった人もいますが、これはあくまでも「副産物」的な功徳といえます。「金持ちになれることはあります」という表現を用いたのはこのためです。生命が浄化されれば、お金などといった物質的なもの以外に価値を求めるようになるからです。もちろん、お金だってないよりはあるほうがよい。学会は禁欲的な教義を振りかざすものではありません。しかし、物質的なものに絶対の価値を置かないということです。

真に功徳を求めたいのなら、お金とか自分の外の不確実性な幸福ではなく、自分の生命、心の変革という功徳を求めるべきでしょう。いくらお金があっても、心が貧しければ、価値的に使うことはできず、かえって不幸の原因とさえなってしまうからです。

私の回答を詭弁と捉えるか否かは、質問者様に委ねます。
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我欲を離れて、理にかなった事ではないでしょうか。


願う前に、この神様ならば、この願いは必ず叶えてくださる、といった確信も必要と思います。
迷った心で、我欲にとらわれた願いは聞き入れてもらえないものと思います。
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まづは自分を知ることから始めないと、かないません。



子曰、君子不重則不威。学則不固。
主忠信、無友不如己者。過則勿憚改。

子曰く、君子重からざればすなわち威あらず。
学べばすなわち固ならず。
忠信を主とし、己に如かざる者を友とするなかれ。
過ちてはすなわち改むるに憚るなかれ。

落ち着きがないと人に心服されない。
知識を身につければ物の見方に幅がでる。
なによりも自他に対する誠実さを大切にする。
友を選ぶときは必ず自分より優れた人物を選ぶ。
過ちを犯したと気づいたら即座に改める。

自分がこうなれますようにと祈るのです。
そうすれば貴方の望む事はすべて叶うでしょう。
でも宝くじ当選とかじゃあないですよ。もっと大きなことです。
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自分の努力によって可能でありながら、自信がない事。

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まず、その願いが本当に自分の取るべき行動、或いは得るべき御利益なのかを考えます。


次に、自分が信仰を持っているかどうかです。
信仰と言っても神道に宗旨替えする必要はありません。神道は“宗教”や仏教徒は違いますから、神仏を信じ、毎日神仏にも人にも感謝できる心構えがあれば充分です。
仏教では多くの宗派に別れていますが根本は仏陀一つです。

本当の願いとは常日頃から望み続けていて、それを実現するための努力を惜しまない事を言います。昨日今日思いついた事は願いとはいえません。
また例えば「宝くじに当たること」は手段でしかありません。これは願いではないのです。宝くじに幾ら当たったら何をするのか、それが自分にとってどのような「心の益」を与えてくれるのか。それが本当の願いになります。

最終的には神仏は自分の為にならないご利益は与えません。
幾ら素晴しい展望を持っていても、その人が宝くじに当たる事によって怠惰になるなら、願いは叶いません。
また、特に仏教の考えではこの世は修行場ですから、宝くじが当たり人生に課せられた修行が完結できないなら願いは叶いません。

願いを叶える為には長く思い続ける集中力と努力と精神の強さ、が必要になります。
それ無くしてのご利益は、新たな修行か、邪念と思ってください。

願いが叶うと言っても、ドコまでが「叶った」と判断するかによります。
100%願ったとおりでなければダメであるなら、叶う願いはありません。
そこには必ず自分自身でケリをつける必要があるからです。
人は難を乗り越える事によってのみ進歩します。だから難がなければ衰退するだけなんです。
神仏への願いは「大難を小難に小難を無難に」が基本です。
自分でも乗り越えられる山があってこそ、ご利益もありがたく大切に受け取れるでしょう。
それならば、多くの望みが叶うと思いますよ。例え宝くじでも。
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最期の最後まで努力してもう限界だと感じたとき


それでも私が挑んだら邪魔だけしないでください

とかなら~邪神でもないかぎりきいてくれるかも
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自分の信念に違う事をしでかすことの無いように!南妙法蓮華経~。

ペコ・ペコ、パン・パン、ペコ。
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神社では願い事をしてもいいけど



お寺で願い事は「NG」だそうです

六星占術で有名なカノ細木先生の言うことだから間違いない

お寺ではご先祖様に感謝の念をどうぞ
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Q助けてくれない神に祈るのはなぜ

苦しいときや悲しいとき、私は神に祈ります。詣でにも行きます。
でも、神は、助けてくれるわけではないと、知っています。
というか、私は、半世紀の人生で、そう理解しています。

戦争、ホロコースト、原爆、テロ、天災、虐殺、凶悪犯罪被害、、、。
筆舌に尽くしがたい目にあった人たちを、神様も誰も、救ってくれませんでした。

神様は、いるんだろうと思います。
大昔から、政治家が頼ったり、人民の心の支え手になっていたから。
でも、救ってくれなかったと思います。
神は、読んでいないですが、聖書?では、人民に怒り、破壊し滅ぼしたようなことをしたとか。(間違っていたら申し訳ありません)
だから、神は人民を助ける存在ではない。

だけど、人々は神に助けを求める。
なぜ、神に助けを求めるのか、不思議でしょうがないのです。

分かりやすく、教えてくださる方、お願いいたします。

(仏教のブッダは、自分の内側で悟ることで煩悩からの解放を説き(小乗仏教)、「仏様、助けてください。」というのは大乗仏教であって、本来のブッダの教えではない、と聞きかじりました。そして、ブッダは人間なので今回は無関係です。)

苦しいときや悲しいとき、私は神に祈ります。詣でにも行きます。
でも、神は、助けてくれるわけではないと、知っています。
というか、私は、半世紀の人生で、そう理解しています。

戦争、ホロコースト、原爆、テロ、天災、虐殺、凶悪犯罪被害、、、。
筆舌に尽くしがたい目にあった人たちを、神様も誰も、救ってくれませんでした。

神様は、いるんだろうと思います。
大昔から、政治家が頼ったり、人民の心の支え手になっていたから。
でも、救ってくれなかったと思います。
神は、読んでいないです...続きを読む

Aベストアンサー

う~ん、なんだろう?
上手く説明出来なそうだけど、自分が思ってる事で参加~

サムシンググレートだっけ? なにか大いなるもの
な~んとなくだけど、なんか、いるんだろうな とは思ってる
んでもって、いっちゃん上? 一番大きな? なものは、きっと特別に何かを助けてくれるような存在ではないんだろうな とは思ってる
だからここまでは似た感じなのかな~?

人と神は違うもので、その生きる摂理も違うんだろうと思う

全体を見てるものは全体の事を考えてそう

こー考えると特別には助けてくれなそうだよねー

でも人は祈る なんで?
そこは拠り所にして、自分の中で心を奮い立たせたり、平常心を取り戻したり、何かを諦めたり、心に重くのしかかったものを一時あずけて取り除いたり、新たな一歩を進む原動力にしたり…活用してるんだと思う
行って厳粛な気持ちになったり、気持ちが楽になったり、心地よかったりするのも含んで~
もちろん真面目に感謝をしてるだけの人もいるだろうけど。感謝だけなら何かを求めてるわけじゃないから見返りはなくていいのです 感謝できることに感謝?
心の深いところで繋がってると思う事でいろいろ受け入れられることもありそう 心の平穏を保つのに役立ってるよね
ああ、真面目な方々ご勘弁を


それと、もっと下の方?もっと近し良いものは…なんかちまちまと本当は助けてくれたりしてるんじゃないかなぁ…なんて期待もしています
ああ、私も下心アリアリ~
ちょっぴり期待している
祈る事で何かが変わるのを


あ、追加
自分はスペシャルな存在だと信じ込んでいて、スペシャルだから特別扱いをしてくれるに違いない!!!と思ってる人もいるんじゃないかなぁ
自分にとって自分は常にスペシャルな存在ですから…心の奥底ではそういう部分もありそうなことに気付いちゃった…ああ、イタイ…

う~ん、なんだろう?
上手く説明出来なそうだけど、自分が思ってる事で参加~

サムシンググレートだっけ? なにか大いなるもの
な~んとなくだけど、なんか、いるんだろうな とは思ってる
んでもって、いっちゃん上? 一番大きな? なものは、きっと特別に何かを助けてくれるような存在ではないんだろうな とは思ってる
だからここまでは似た感じなのかな~?

人と神は違うもので、その生きる摂理も違うんだろうと思う

全体を見てるものは全体の事を考えてそう

こー考えると特別には助けてくれなそうだ...続きを読む

Q願いがずっと叶わないのはなぜですか?

20年近く前から願いがいくつかあるんですが
一向に叶っておりません。
また、何年か前から、強く思うと叶うという
引き寄せの法則を知り実践しているのですがそれでも未だ叶ってないのです。

本当に叶えたい夢や悩みなのに叶うどころか状況が悪化する一方で
なぜこんなにも叶わないのか不思議でなりません。

なぜこんなに強く願っても叶わないのでしょうか?
自分には叶わない何かが備わってるのでしょうか?

しかしやっぱり叶えたいのは確かなのです。
長年思ってた夢が叶って今よりも幸せになりたい。
どうしたらこんな状態でも願いが叶うのか教えてほしいのですが。

Aベストアンサー

「引き寄せの法則」の発端は、クリスチャン・サイエンスという団体が起こした数々の奇跡からと言っても過言ではないと思います。日本では、その流れを汲む『マーフィーの成功法則』や『眠りながら成功する』という著書が発端になりました。
(こういうものを書くと、昔、異常に非難する人がいましたが、すくなくとも、イソップの「すっぱいぶどう」のような発言はみっともないと思います。)

確かに、多くのみなさんが、この話に興味を持ち、そして、ほとんどの人が失望に変わり、成功した人が少しだけ残りました。

私の知っている中では、ある人は、この法則を利用してと言っては語弊があるかもしれませんが、将棋界で有名になった人がいます。もちろん、その人の努力はあるのですが、それに才能があったからだといえばそうなのですが、大勢の中で同じような才能の中で、そこから突出するというのは、大変なことです。そして、その人は、段位を言えば、その人が誰か分かるぐらいのレベルです。

さて、この「引き寄せの法則」で、成功した人、失敗した人と、未だ叶わぬ人、それぞれなのですが、どうやら、その人の性格に起因するのではないかと思いました。

明らかなのは、
「何年か前から、強く思うと叶うという」
これが間違いなのです。マーフィー博士は、
「一旦願ったら後は、願い事は天(神)に任せなさい」と言っております。

某宗教団体の教祖は、
「撒いた種は、芽が出るまでは、種を撒いたところをほじるな」
と言っています。さしずめ、ご質問者さんは、これに当たります。

日本には、いくつか、これを願いを叶わせるようなシステムの宗教があります。そのひとつが、弘法大師の広めた真言密教です。そのための真言は呪文だというわけです。これを自動販売機型の宗教だというわけで、お金を払って、願いを叶わせるのですから。

日蓮宗では、その呪文として、「南妙法蓮華経」と言わせている所もあるようです。
ここには、同じようなフレーズですが、「南無阿弥陀仏」というのはありません。(いえ、ないはずです)

日本人は、努力して希望のものを得る、という努力型の成功哲学が好きなのです。何か希望のものを叶えたいのなら、何か努力して、もしくは苦行でもしなければならないとか、いろんなことを考えます。

占いを、本格的にやったことがある方ならお分かりになるはずですが、人には生まれ持った特別な力がある人がいます。その中には、血筋もあれば、親の財力もあります。思ったことは何でも叶う人もいれば、やることなすこと裏目に出てしまう人もいます。

今の日本で総理大臣になるということは、一般の人には無理だと思います。田中角栄さんが、一般の庶民に夢を与えたのは、学歴もなく一般庶民の子供が、総理大臣になるということですが、今は、閉ざされた社会なのかもしれません。

自分は、自分の選択肢を自然に決めてしまっています。その結果が、今の自分なのです。それを決めさせるのは、子供の頃の親の教えだったり、家族だったり、周りの人たちだったりで、一種のプログラムが書かれてしまっています。

自分は、どういう型に当てはまるのかを見極める必要があると思います。

 努力型なのに、努力にも恵まれない人生なのか。
 努力して、その結果をそれなり掴んだと自負できる人生なのか。
 人生を、博打の勝負の場として生きる人生なのか。
 まったく、自分を社会とは孤立した思想家の生き方なのか。
 平凡のままで、小さな幸せを得られれば、それで良いとする人生なのか。
 棚からぼたもち式の人生観を常とする生き方をするのか。
[実は、どれも悪くはないのです。生きる支えさえあれば。]

ツキを味方にして生きている人は、世の中にはいます。逆に、不運を絵に描いたような人生の人もいます。私は、特に、芸能人を見ていると、その不思議な人生を感じることがあります。例えば、美空ひばりさんのように、子供の頃から、ことごとく人生裏目なのに、あのように歌では成功する人もいます。また、未だCMにも出ている加山雄三さんも、彼はあまり苦悩の日々を知られていませんが、一般の人が想像する以上です。70代後半で、よくあのように老け込まないで、爽やかな笑顔が出るというのは、おそらく天性の心持ちと強運の持ち主だと思います。

宝くじの当選者にも、当選に隠された運を呼び寄せる方法があるようです。
当選者がいう生訓は、「柳の下に、やっぱりどじょうはいる」ということではないでしょうか。世の中には、懸賞などで、いつも当てている人もいるかと思えば、うまく行ったためしがない人もいます。

その差といのは、世の中や社会への考え方なのだと思います。こだわりの少ないほうに、かならず軍配があがるようにできているようです。もう少し深く調べてみると、強く願ったりしないで、その人の生活そのものが、極端な生活にしないとか、家の中をきれいするとす、無理をしたり、誰かと喧嘩をしたり、意地を張らない生活をしているのではないでしょうか。

人は、何かを願いながらも、どこかで諦めているものなのです。
「引き寄せの法」は、ボジティブとネガティブの両方が無意識の中で働いているのです。

その心の癖はなかなか治らないものなのです。
その心の癖を治すことから始まるのではないでしょうか。もしも、自分の願望を叶いたければ、なのですが。結構、自分がかわいいもので、生き方も考え方も変われないものなのです。

こんなことわざがあります。
「棒ほど願って、針ほど叶う」
大きな願いを持ち続けて、それが叶うのは、針ほどのものだ、ということです。だから、願いは大きく持つべきだ、といいます。(別の解釈もありますが、こちらがわを取ります)

ただし、そもそも、何もかもが、この世に命があってのみの話です。そして、人々が平和でいがみ合うことがない、慎ましくも健やかな生活をができれば、叶わぬことは、そんなに多くはないはずです。

「引き寄せの法則」の発端は、クリスチャン・サイエンスという団体が起こした数々の奇跡からと言っても過言ではないと思います。日本では、その流れを汲む『マーフィーの成功法則』や『眠りながら成功する』という著書が発端になりました。
(こういうものを書くと、昔、異常に非難する人がいましたが、すくなくとも、イソップの「すっぱいぶどう」のような発言はみっともないと思います。)

確かに、多くのみなさんが、この話に興味を持ち、そして、ほとんどの人が失望に変わり、成功した人が少しだけ残りました...続きを読む

Q復縁したくて祈祷をお願いしたものの・・・

私には付き合って6年、同棲して1年来年結婚予定の彼がいます。

8月ころから浮気気味で、最近相手の女性が告白してきて
彼は二度と会わないなんて言ってましたが、どんどん悪化している感じです。
二人の関係がというより
彼のとりまく運気がとても悪い気がしていました。

でも、どうしても彼と別れたくなくて
とりあえず彼との未来を占ってもらいました。
一軒目の先生は「結婚は辞めたほうがいい。
でもどうしてもしたいなら祈祷するしかないな。」

他の先生の意見も聞きたかったので、2軒目へ。
「とりあえず彼の気持ちを聞いてみます。
彼には過去の心の傷があるため孤独感がある。

そのキズのせいで、負けず嫌いな・プライド高い一面があるが何かにぶつかるとすぐに逃げようとしてしまう。(当たってる・・・。)

彼の運気(気の流れのこと)は今、最悪。
何やっても腐ってる時期。だから逃げてしまう。(1軒目の先生もそういってました。)

あなた(私)の今の状態に合うには彼にはあと2年必要だね。
ヨリを戻すのは難しい状態。
多分このまま行くと過剰にメールを送ったりして
ヨリが戻っても結果別れの予感でてるね。

彼は今、まさに他に目を向けようとしている状態ではないですか?
(その通り!)
相手の女性はかなり自己中。(納得。)
おそらく外見は可愛いらしい方だと思います。(私もそう思います。)
自分より下にいて便利な男性が好みです。
上手なところは女性の武器を使うんだよね。(女性の武器って何だろう・・・)

でも彼女ねー、同性だったらイジメたりする子だよ。
しかも別に彼のこと好きでもないみたいね。アッシー状態にさせたいみたい。
彼にいい影響を与えてくれる存在ではないです。
付き合っても彼が振り回されて終わるね。」

私「実は探偵に別れさせ&復縁工作をお願いしようとは思っていたんです・・・。」
「何人もそういう方聞いていますが、うまくいくとは限らないですよね。
しかもかなりの金額ですし・・・。百何十万とかってお聞きしました。
幸いまだ縁が繋がっているので祈祷すれば
絶対とはいえませんが、90%位うまくいく可能性はあります。
今の感じだととりあえず1ヶ月くらい祈祷すれば変化がでるのでは
ないかと思います。
そんな高額な金額かける前に祈祷をオススメしたいですが
するもしないもあなたの自由です。」
と言われ、少し考えて、お願いすることにしました。

本来なら予約していただいて順番になんですが、
状況が状況ですからなんとか時間空けて
0時から6時までは私の祈祷をしてくれるといってくれました。
今夜から早速させていただきます。
その時間の前にほかの方の祈祷もしていますので
その時間帯には電話しても出れません。昼間電話ください。
私「料金はいつ振り込めばいいのでしょうか?」
「別に急がなくて結構ですよ。いつ頃になりますか?
10日位毎に一度電話ください。
近況報告と経過報告をさせていただきます。」とのこと。

注意事項としてましては
祈祷の期間中、あなたはモテるようになると思います。
そこで彼以外にいい人が見つかったら必ず報告してください。
そうでないと彼がストーカーになったりしてしまうかもしれません。
彼が70点だとしたら、80点、90点の男性が現れる可能性が充分にあります。気が変わったら必ず報告してくださいね。

また最初は悪いこと(?)が出てくるかもしれません。
それは心の中にある悪いものを吐き出す作業です。
無視してすごしてください。」

祈祷料は1日1万円。その先生だけ他の先生より高いそうです。
とても信頼できそうなんですが、
ちょっと疑ってしまうのは・・・
 
・お店の名前や先生の名前を入力しても検索できない。
(色々条件足していかないと検索できません。)
・電話で鑑定してもらったのですが、コレクトコール。
↑どうなんでしょうか?そういうモンですか?
 なんせ、こういう経験初体験みたいなもんなので(><)

・実際に本当に祈祷は叶ったりするのでしょうか?
 私の希望もかな~り無理があるような気がするんですが・・・。
・彼と別れたくなくてお願いしたのですが
 祈祷期間中、彼とどう接していいのか分かりません。
・そもそも祈祷って毎日するものなのでしょうか??

とにかく分からないことだらけで、何でも良いのでアドバイスください!!

私には付き合って6年、同棲して1年来年結婚予定の彼がいます。

8月ころから浮気気味で、最近相手の女性が告白してきて
彼は二度と会わないなんて言ってましたが、どんどん悪化している感じです。
二人の関係がというより
彼のとりまく運気がとても悪い気がしていました。

でも、どうしても彼と別れたくなくて
とりあえず彼との未来を占ってもらいました。
一軒目の先生は「結婚は辞めたほうがいい。
でもどうしてもしたいなら祈祷するしかないな。」

他の先生の意見も聞きたかったので、2軒目へ。
...続きを読む

Aベストアンサー

NO、6です。
度々すいません。
しっぺ返し、しっぺ返しと加持祈祷に対して誤解を招いてしまいました。
本来、しっぺ返しは依頼者に代わって行者が受けるものと聞いています。
正しい行いに対しては無いと想います。
高額な祈祷料はその対価です。
しっぺ返しが依頼人に行くのも行者の実力です。
実力といってもピンキリです。
今、現在では加持祈祷で有名な寺院でも世代交代で高齢で亡くなったり
引退されています。
難しいのは本物=有名では有りません。
私も長年探していますが実は未だお会いできていません。
(占い師でコイツはすげえが過去に1人)
加持祈祷で今は亡き今東光先生曰く、こればっかりは体感した者でなければ解らないと言っています。
この世界では本物を体感すると人には絶対教えないそうです。
先人の方が書いていますが、占い師が祈祷をするのはおかしいです。
祈祷師や行者が占いをするなら解りますが。
私が経験したのもこのパターンです、結果は最初は信じ切ってまして場外ホームランで、5年後にいきなり坊主は霞で食えねえと始まり大金を要求してきました。今後一切お金は掛からないと言いながらです
実はデッドボール(ビーンボールで後頭部直撃)でした。(凄く有名な処です芸能人の写真や某チャンピオンのトロフィーが置いてある)
大げんかしてやりましたが精神的に脅されて某占い師さん諭されやっとトラウマが消えました。(たどり着くまで22年掛かりました。)
脅されて目が覚め結構色んな意味で勉強しました。
神様と祈祷の事ですが、多分答えないか、とんでもないビッグネームが出てくるか、おかど違いの名前が挙がると想います。
苦しんでいる人やシロートを騙すのは本当に簡単です。
コールドリーディングなどのテクニックで相手が勝手に悩みをしゃべっていて占いが当たったと想わせるテクニックが有ります。
私の様な者でも一時期でしたが出来ました。
契約やお金を払う前にもう一度レスを挙げてください。
質問者様にとって本物で有れば良いことですが。

NO、6です。
度々すいません。
しっぺ返し、しっぺ返しと加持祈祷に対して誤解を招いてしまいました。
本来、しっぺ返しは依頼者に代わって行者が受けるものと聞いています。
正しい行いに対しては無いと想います。
高額な祈祷料はその対価です。
しっぺ返しが依頼人に行くのも行者の実力です。
実力といってもピンキリです。
今、現在では加持祈祷で有名な寺院でも世代交代で高齢で亡くなったり
引退されています。
難しいのは本物=有名では有りません。
私も長年探していますが実は未だお会いで...続きを読む

Q聖観音菩薩にはどんなご利益がありますか?

1年前小観音菩薩像を購入しました

ネットでどんなご利益があるのか調べましたが色々解釈が違いすぎて良くわかりませんでした

聖観音菩薩にはどんなご利益がありますか?

詳しい方教えて下さい

Aベストアンサー

こんばんは

仏さま、菩薩さま、如来さま・・・いろいろ言いますが仏教は基本的に衆生救済です。
地獄に落ちるところを救って頂いて極楽浄土に迎えてくれる。
あるいは末世・末法の世に現れて、人々を救う。
というのが基本的な性格です。

現世利益を求めるのならば、八百万の神々ですね。
五穀豊穣・商売繁盛の宇迦ノ御霊神(お稲荷さん)とか縁結びのお伊勢さんとか、こちらは人々の欲望にダイレクトに応じてくれます

もっとも神仏混淆が長かった歴史もあり、お寺さんでも現世利益に応じているところも多々あります。
ともかく仏格は垂迹が多く、宗派も多岐にわたり、また由緒や縁起に応じて変幻自在なところがありますね
正直言って「お寺によって、仏様のご利益は違う」くらいに様々です
(観音様も「千手観音」・「馬頭観音」・「慈母観音」、はては「マリア観音」なんて観音様までいらっしゃいます)
そういった現世利益的な意味合いでいえば観音様は「あらゆる衆生を救い、あらゆる願いをかなえる、」オールラウンドプレイヤーと言ってもいいかもしれません
なにしろ、マリア様に変身して隠れキリシタンまでお救いになった方です。

こんばんは

仏さま、菩薩さま、如来さま・・・いろいろ言いますが仏教は基本的に衆生救済です。
地獄に落ちるところを救って頂いて極楽浄土に迎えてくれる。
あるいは末世・末法の世に現れて、人々を救う。
というのが基本的な性格です。

現世利益を求めるのならば、八百万の神々ですね。
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Q仏様にお願いごとってしますか?

仏様にお願いごとってしますか?

仏教は詳しくないのですが、仏道というのは身を修めて、解脱なり、涅槃なり、浄土といった救いを求めるものだと思っています。

その過程で、超常的な力が身につくのかもしれませんが、恋人が出来ますようにとか、宝くじが当たります様にとか、大学に合格しますようになどの、個人的な現世利益を求めるのを見ると、変だなと思います。

信仰の篤い人は天などから加護が受けられる様ですが、加護にはその様な内容も含まれるのでしょうか。

Aベストアンサー

ご指摘の考え方といいますか受け取り方は本覚思想と言う禅宗などで大切にしている考え方です。
何分にも仏教というのは、一口で三千諸仏というぐらい仏様がいる世界です。
聖典もキリスト教は精々新旧二つですが、日本仏教の場合には三千五百二十七あるだろうと言われるぐらい沢山の経典があります。
しかも、大半が、出だしが如是我聞となっています。
お釈迦様がこう言ったではなく、オレはこう聞いたで始まっています。
お釈迦様が亡くなって500年近くも経ってからオレは聞いたといわれてもね~
結果としてお経ごとに比べると矛盾などザラにあります。

千手観音というのを御存知ありませんか。
この世で困っている人を救済するあらゆる手立てを持っています、ということを象徴的にあらわした仏像です
生身で千本手があるという訳でもありません。
この観音様と言う仏様は三十三変化と言って時と場合に応じて姿を変えて人々の元に現れて救済してくれる仏様であるとされています。
まぁ~現世利益と言えば現世利益です。
変だと言われても、何せ沢山いる仏様ですから、中には、こういうやたらと人に親切な仏様もいます。
この親切な仏様にお願いして希望を叶えてもらおうと思う人がいてもおかしくはありません。
本当に個人のご都合主義の願いを叶えてくれるかどうかは観音様次第です。

駕籠が受けらるかどうかと言いましても、仏様次第ですのでなんともいえません。
成仏する浄土も上中下に分けられていて同じ上でも更に上中下に分けらているという考え方もあります。
実際に行って帰ってきた人がいませんので、うそかほんとかわかりません。
これについてこんな話が伝えられています。
大金をつぎ込んでお寺を建てたり仏像を作った人が死んで浄土へ行ったら下の下の浄土だったという話です。
あるいは「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。しかるを、世のひとつねにいわく、悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや」と言ったお坊さんもいます。
悪い奴ほど当然往生するという分かったような分からないような話です。
つまり仏様自身は駕籠するともしないとも言っている訳ではありません

駕籠が受けられますようにとセッセ火を焚いてお経をとなえるのが加持祈祷というやりかたです。
ときにはアイツが居ては都合が悪いからこの世から消してくれなんていうのもありました。
平将門は成田山新勝寺で調伏されてしまいました。
俵藤太には都合の良いご加護ですが将門にとってはえらい迷惑な話です。
お釈迦さまは、こんなことが将来起きるとは考えてもいなかったでしょうね~
同じことがキリスト様にも言えるでしょう。
自分が生まれ暮らした土地で自分の名前のもとにミサイルが飛び交うとは予想していなかったでしょう。

信仰や信心というのはその人次第ですので傍でとやかく言う筋合いのものでもありません。

お受け取りになられている考え方は、元々人間だった釈迦が悟りを開いて仏となったのだから、同じ人間であるオレも修行して悟れば仏になれる、という考え方からきたものです。
何も考えるな、ひたすら阿弥陀様を信じろ、そうすれば往生できる、と考える考え方もあります。
死んだ後のことより、今困っていることをなんとかしてくれ、とお願いする人もいます。
お願いすれば叶えてくれると信じているからこそお願いします。

私はこう思っている、しかるにあれは変だ、とお考えになられても一向に差し支えはありません。
ただし、自分の考え方を一方的に押し付けますと、つまらんトラブルに巻き込まれますので注意して下さい。

回答になりませんでしたかね?

ご指摘の考え方といいますか受け取り方は本覚思想と言う禅宗などで大切にしている考え方です。
何分にも仏教というのは、一口で三千諸仏というぐらい仏様がいる世界です。
聖典もキリスト教は精々新旧二つですが、日本仏教の場合には三千五百二十七あるだろうと言われるぐらい沢山の経典があります。
しかも、大半が、出だしが如是我聞となっています。
お釈迦様がこう言ったではなく、オレはこう聞いたで始まっています。
お釈迦様が亡くなって500年近くも経ってからオレは聞いたといわれてもね~
結果として...続きを読む

Q眠るように死ぬ方法ってあるでしょうか?

あくまで健康な人が眠るように死ぬ方法、または眠ったまま二度と起きないという風に死ぬ方法ってあるでしょうか?
これは自殺志願のための投稿ではなくて、自分もいつか死ぬわけですからこんな死に方ができたらいいなと思っています。
医療の現場で行われる安楽死・尊厳死ってこういう方法なのでしょうか?またはこれに近いでしょか?

Aベストアンサー

「突然死」という言葉を聞いたことがありますか?
昨日まで元気だった方が、朝になっても起きてこないので、見に行ったら死んでいた。
こういう事例はよくあるそうです。
10年以上前になりますが、兵庫医大の法医学の教授の講演を聞きました。
テーマは「突然死」
突然死のおよそ80%は、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)だそうです。
その中で、就眠中に亡くなるのは、およそ65%くらいだそうです。
急性心筋梗塞でも「眠るように」とはいかず、ある程度は苦しんだ末に亡くなるのでしょう。
私も、眠るように死ねればと思っております。
回答になってなければ、ごめんなさい。

Q神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願いごとは、上記の神拝詞(となえことば)を唱えたあとに、お願いすればいいのでしょうか?

それとも、個人的なお願いごとをする場合は、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなくてもよいのでしょうか。よく、神社やパワースポット関係の本には、参拝作法に、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなさいと書かれていないと思います。

ただ、時々、神社に行ったとき、拝殿の御賽銭箱の近辺に、上記の神拝詞(となえことば)のうち、
「祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)」と書かれた表示物を見たことがあります。

そもそも、参拝の際に、神前での願い方について、何を唱えればいいか、何が正しいかわかりません。

よろしくお願いします。

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願...続きを読む

Aベストアンサー

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありません。

昨年でしたか、大相撲の朝青龍が、手刀を切り、懸賞金を左手で受け取り、大ひんしゅくをかいました。相撲というのも、神の御前でする神事ですが、形から入り、心が入り、そして、そこに美と調和が生まれるわけです。これを「様式美」と言い、ただ、勝てばそれで良いというわけではない、という端的な例を表しています。

神社では、鳥居の前で脱帽し、礼をし、二礼二拍手一礼のマナーというものがあります。また、手水舎(てみずや)で片方ずつ手を清め、口をすすぐというのは常識ですが、直接、ヒシャクに口をつけてはいけません。今は、常識が常識でなくなってきているようです。確かに、出雲大社などでは違う作法があるところもありますが、それは注意書きが入っていたはずですし、こういう作法は、混沌としているということでもありません。明治以降、二礼二拍手一礼(二拝二拍手一拝)を一般としてしてきているわけですから、それに従えば済むことです。知らなければ、覚えれば済む話です。この作法は、明治時代に作られた「神社祭式」を根拠としています。

また、女性は、柏手(かしわで)を鳴らさないというのは、占い師の細木数子氏が言ったそうです。しかし、女性は鳴らさないというようなことはありません。柏手は、神様を呼び出すという意味を持っているのですから、死者の前(葬式やお墓)では鳴らさない時(しのび手)があるという常識さえ知っていればよいことです。また、お寺では、二礼二拍手一礼はしないということも心がけてほしいものです。

それが、いつの時代に作られたものであれ、統一されたものなら、それに従わないということはありません。マナーのひとつとして、ぜひ、守って欲しいものです。それを守らなかったら、どうにかなるということではありません。日本的な表現ですが、「美しくない」ということです。

それから、祝詞というのは、簡単にいうと、「かむながら」という言葉がある通り、「神の御心のままで」という意味ですから、もともとは、「神の言葉として上から下に申し伝える言葉」だったわけです。唱え詞(となえことば)で一般的に知られているものは、

「祓い給へ 清め給へ 守り給へ、幸(さきは)え給へ」
というものです。私は、特に参拝客が声を上げて唱えるという話は聞いたことがありませんが、神社に詣でたときに、どこかに書かれていたら、黙読し、心の中で、「清い心で、神様の御心のままに、みなを守り、みなが幸せになれますように」と祈ればよいと考えています。

なお、浄土真宗の話に触れておきます。
日本の宗教の中で、戦前戦後、妥協を許さなかった宗教であり、西洋哲学でいうなら、日蓮宗が日本型の強者の理屈を持つ宗教なら、(浄土)真宗は、それに対抗する弱者の宗教です。

浄土真宗は、現代まで靖国神社を反対している唯一の仏教団体です。ここでは、日蓮系の新宗教団体は除きます。明治政府は、事実上、仏教と神道を分離しました。祝詞を唱えると願いが叶うという発想は、空海の真言密教を起源とする両部神道であるかもしれませんが、仏教色が残るものとして、これ自体も廃仏毀釈運動によって排斥されました。

浄土真宗の「南無阿弥陀仏」と唱えることは、日蓮宗のように題目を唱え利益(りやく)が得られるというような意味合いを持ちません。念仏は念仏を唱えること自体に意味を持ちません。それは、信仰そのものの現れだと考えています。

真宗大谷派大阪教区『銀杏通信』靖国神社に対する考え方。
http://www.icho.gr.jp/faq/q_a_042.htm

明治の初期、森有礼の建白書や浄土真宗の島地黙雷僧侶が、明治政府に信仰の自由を訴えましたが、逆に神道側は、その体制を整えることになりました。

明治憲法が発布されたとき(明治23年)に、神道とは国家神道として、別格な地位を得て、「国民の道徳」としました。断じて、浄土真宗が、神道に影響されたり、政府に擦り寄り、神道に影響を与えたなどということはありません。

また、見えない霊自体を肯定するかどうかは別としても、霊体が危害を加えようとするという、オカルティズムは、私たちの一般社会には馴染まない考えだと思います。

参考:国家神道

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%9E%E9%81%93#cite_note-6

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありませ...続きを読む

Q木村藤子さんには神の声が聞こえるってホント?

YouTubeの木村藤子さんの紹介動画で、木村藤子さんが、『お前は前世で罪を犯した』とか木村藤子さんのガンが『早く手術しないと死ぬよ』とか、神様の声が聞こえると言っていたんですが、そもそも神様自体ホントに存在するのかどうか不明なのに、ホントに木村藤子さんには神様の声が聞こえてるんですか?


あと、透視の仕方では、神様が木村藤子さんに相談者の全ての映像を見せるとも言っていたんですが、これもホントなんですかね?

もし神様が人の未来を決めてるならば、自分で運命は変えられないと思います。
疑問です。皆さんの回答待ってます。

Aベストアンサー

本人がそう思っているだけでしょう。
本当に何か声が聞こえるのであれば、脳に何かしら疾患か異常があると思いますが。
つまり幻聴の類。
神様など人間の弱さが想像した救いを求める虚像でしょう。
要するに『溺れる者は藁をも掴む』と言う事。

Q大日如来様とはどんなお方なのですか?

私は浄土真宗ですがご説教の中に大日如来様の話が出て詳しくしりたいと思いました。

もしよければ教えてください。

Aベストアンサー

 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

 空海が中国から持ってきたのが真言宗ですが、空海が渡海した時、空海を一目見た中国真言宗の最高僧が、「遅し!我、汝を待つこと久し!」と叫んだという逸話があります。

 勉学に励んだ空海は真言宗のすぐに最高位に就き、奥義や仏典などを全部日本に持って帰ったために、以後、中国では真言宗は廃れました。数年前、中国に空海像が里帰りしたような記事を見た記憶があります。


 密教では当然、大日如来は宇宙(宇宙を描く曼荼羅)の中心であり、諸仏(如来その他)も大日如来から産まれるものとされています。それ故、諸仏の王とされて王冠を被って描かれたり、彫られたりします。場合によっては装身具も身につけます。

 大本の思想は、帝釈天と戦った阿修羅系の神だそうです。ゾロアスター教のアフラ・マズダ(全生命の根源)・・・ そのものではないようですが、思想的には同系だとのこと。

 一神教は、他宗教信徒に対して「受け入れ」を求めるだけ(拒否すれば死)ですが、仏教のように平和的な宗教では、相手の言い分を認めて受け入れなければなりません。

 有名なところでは、阿修羅は帝釈天と何度となく戦った後、仏教に帰依したことになっています。これなどは、阿修羅を信じる者に、「阿修羅でさえ帰依したんだから、おまえたちも」と言うための方便だったものと思います。

 そう説得するためには、まず阿修羅の存在を認め、次に仏教の中に受け入れなければなりません。

 つまり、平和宗教というのは、いろんな宗教からの影響を受けざるを得ないのです。で、その一つが、大日如来。

 大日如来は、万物の根源であり宇宙そのものですので、かくかくしかじかの容姿であった、こう考えた、というようなことはおそらく伝わっていないものと思います。

 その代わり、というわけではないのでしょうが、金剛界や胎蔵界のそれぞれで、さまざまな仏や菩薩、明王などに変身して人々を教え導くとされています。例えば、不動明王も大日如来の変身姿の一つ(教令輪身)です。

 従って、大日如来そのものを直接知るのではなく、それぞれの仏などの教えや特徴を知って積み上げていくしかないのではないかと思います。
  

 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

 空海が中国から持ってきたのが真言宗ですが、空海が渡海した時、空海を一...続きを読む


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