、原子力発電は安全だと言ってきました。
それで事故を前提にした対策を立てると、事故は無い安全だと言ってきたのは嘘なのかと言う人がいるようです。
外国では安全で有っても、万が一にも事故が起きないとは限らないので対策を考えているそうです。
1000年に一度の大津波だって来ました。M9の地震は日本には起きないと言っていたのに起きました。
東電福島第一原発事故は後から国産のも出ましたが、当初は外国のロボットが活躍しましたし、給水車だって役立ったのは外国のもので、事故を想定してないから、ロボットのような機器を用意してなかったのでしょう。
事故、ミスはないと言うことから、出発するから突発事故に対処できないのでしょうか。
今回の事故でも全く事故対策を立てていなかったことはないと思いますが、最悪の事態は考えていなかったのではないでしょうか。
現場での対策が行き当たりばったりで、見通しが少ないので、事故収束工程表は大丈夫でないような気がします。
日本人はマイナーに考えるとマイナーに向う、好転を予想すれば好転に向う、といった考え方があるように思いますが、良いことなのでしょうか。
そのことが今回の原子力発電所事故に限らず、津波災害地でも過去の大津波の悲劇が生かされてない結果、防潮堤が役立たなかったという大災害が起きました。
日本では全ての分野での事故対策の不足、不備の原因はこういった思想、事故を考えるから事故が起きるといった考えがあるからではないかと思うのですが如何でしょうか。

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A 回答 (9件)

>日本人はマイナーに考えるとマイナーに向う、好転を予想すれば好転に向う、といった考え方があるように思いますが、良いことなのでしょうか。



ご趣旨がちょっと分かりにくいですが、少数派の意見が通らないということでしょうか。
思いが群集心理的で一方的に流れ、多様さに乏しいということでしょうか。
確かにその傾向はあると思いますが、とても良いことだとは思えませんね。

日本人はほぼ単一民族であり、農耕民族の常で大勢に従うという個性の乏しい民族であるという見方が優勢です。でも知能は高いのでちんけな嫉妬心などは旺盛です。
出る釘は打たれる。最近の首相交代が頻繁なことからも、中途半端なリーダーの足を引っ張ることは得意であり、突出した意見はなかなか認められません。長いものには巻かれろ。根が保守的で冒険を好まない民族です。ホリエもんが叩かれる風土なのでしょう。
最近は科学部門でのノーベル賞受賞者が増えてきましたが、まだまだアメリカなどの多国籍民族の先進性、突出したアイデアをだし、またそれを認める自由な空気に乏しい様な気がします。官僚社会や超大企業の中枢での空気、思考態度は更に日本的によどんだものだろうと思っています。

>日本では全ての分野での事故対策の不足、不備の原因はこういった思想、事故を考えるから事故が起きるといった考えがあるからではないかと思うのですが

確かにそんな傾向はあると私は思います。
トップがこれでいいというと、何もいえない、裏でもやらない、出来ないということでしょう。

この回答への補足

私が言いたいのは、そんな日本人は原子力発電所を運営するのは無理だってことです。

補足日時:2011/04/28 20:31
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原発についてはその通り。



予測が甘かったとしか言いようがないし、そのせいで事故時の対策を怠っていた。


ただし、防潮堤については意味はある。

防潮堤というのは完全に津波を防げなくても
第一波第二波を防いで住民の逃げる時間稼ぎに大いに役に立つ。

無かったらもっと大きな人命被害になっていただろう。

そして10m以上の防潮堤というのは費用や建築時間の面から考えて現実的ではない。

よって防潮堤はあれが最善だったと言える。

この回答への補足

防潮堤を過信したので3万人近くの犠牲者が出ました。防潮堤も、もっと高いものを作れたのに作りませんでした。経費や便宜さが邪魔したのでしょう。でも最善にしては犠牲が大きいですね。

補足日時:2011/04/28 20:34
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原発に関しては利益のみを追いかけすぎた、いいかげんな計画の立案と、選挙資金目当ての甘い認可に尽きます。


知識もろくにない人間が、こんなもんで。といって作ったのが今の原発で、それをろくに調べずに認可した政府が愚かなだけです。
精神論は、今回関係ないです。

この回答への補足

早速のご回答有難う御座います。
でも済みませんが、政府を作っているのは今は民主党でかっては自民党でした。
民主党を政権を取らせたのは民主党に投票した有権者たる国民ですし自民党に長期政権を持たせていたのも自民党に選挙で入れた国民です。
政府の所為にせず政府を選んだ国民が問題だと思います。
それと関係なく原子力発電の安全性を信じた国民が悪いのです。
非安全性を想定しないのは、国民性だからでは、無いでしょうか。
全て背後には日本人の精神論があって、精神論が正常だったなら今回の東電福島第一原発事故は防げたのではないでしょうか。

補足日時:2011/04/28 14:51
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>原子力発電は安全だと言ってきました


 ・そう言わないと、設置できないから・・・地元が納得しない
 ・人が創った技術ですから元より100%の安全性はないし、原子力技術は100%コントロール出来ません
  本来はそれがわかった上で、安全性を高めるようにして、リスクを最小限にするような方策をとって
  結果として安全性を100%に近づけるようにするものです・・結果としてリスクは最小限に抑えることが可能
 ・安全と言うことになっているから、改善が出来ないし(最初決めたことが間違っていたことになる)、最悪時の住民の避難計画等も出来ないし・・安全なら避難計画は必要ないし、避難計画が必要なら安全ではないのかと極端な考え方になっている
 ・回答に「言霊:ことだま」に関する事がありましたが、日本人は安全と言われれば、それに反することは考えないのです・・安全でないことを認めたがらないのです
  (安全であると思いたいので、それに反することをすると、考えると、安全ではなくなると思うのです・・だから避難計画など実施されないし、新たな改善も行えない)
 ・だから、今回のようなことが起きると全てが安全じゃないように思ってしまいます・・原子力発電所反対に流れてしまう

・今回の事象は単にリスク管理がなっていなかっただけです(炉心は正常に停止しているのに、非常電源のバックアップがないから、炉心停止後の冷却機能が失われた)
 この点は指摘されていましたが、国は動かなかったし、東電も知っていたが動かなかった・・人災です
 

この回答への補足

仰る通りです。有難う御座います。日本人の国民性では今回のような原子力発電所事故は防げなかったという事でしょうね。IAEA等の改善指摘を無視したことが有りますね。

補足日時:2011/04/28 14:53
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>今回の事故でも全く事故対策を立てていなかったことはないと思いますが、最悪の事態は考えていなかったのではないでしょうか。


0ではない事が判って居ながら、0から話し始めるのはかなり不毛な事かと思いますが。

考えうる限りの『最悪の事態』は「停止しない事」に他なりませんが、それではないというのであれば
「最悪の事態」の定義は何でしょう・・・?
どう考えても行きつくところは(無限)ループであるかのような考え方ですが…

「予備が動かなかったら」だけでループしますし
「過去よりも大きな被害を想定」でもループになりますね。
勿論基本は建築当時にあわせ、対策出来る範囲でという制限が付きますが
結局どこかに落とし所があるわけで、良く言われる「最悪の事態」ってのはその落とし所ではない場所にあるんですよね?
なんかすごく便利な言葉に見えますが…


>外国では安全で有っても、万が一にも事故が起きないとは限らないので対策を考えているそうです。
…チェルノブイリにも「対策」はありましたし、スリーマイルにも「対策」はありました
勿論福島にもありましたし、有史以来対策が取られていない原発は存在しません
用意された「対策」が色々な事態で使用できなくなったというのはこれらに共通して言える事ですね

この回答への補足

チェリノブイリ原発事故は事故想定テストの操作ミスから起きました。スリーマイル島原発事故は修理中に冷却水の弁操作ミスから起きました。東電福島第一原発事故とは事故発生内容が違います。東電福島第一原発事故は大津波対策が出来てなかったのが原因です。大津波を想定し冷却水ポンプの電源が上手く設計されて、出来ていれば事故は起きなかったのです。この原因は日本人の事故対策の思想に有ります。違いますか。

補足日時:2011/04/28 14:59
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津波が来ればどう対処するかでは無く、完全に電源喪失すれば同対処するのかですね。



 専門家の話によると原発の非常訓練内容に電源喪失時は想定されていて一応災害が起きた時に訓練内容があるそうです。一応事故対策はあるが貧弱な物だったってことです。


 20年前に福島原発のGEマーク1型に問題(欠陥)があることは米国議会で議論されてその結果は米国議会から日本へ連絡されている。

 現在はマーク3型になっており今回の起きたことが起こりにくい用に改良されている。

 国会で何回も電源喪失について質問されております

 専門家の間では今回のことが起こることは常識だった。

 今回の問題が起きるから、原発停止訴訟が行われている

 IAEAから日本の原発の安全性に問題があるから改善しなさいと勧告があるが放置

 スマトラ島沖地震などで20m超える津波が来ることは分かっていたが対策せず

 米国ではテロで冷却装置完全喪失しても対策が成されている

 米国では何十回と原発安全指針は改正されているが日本はたった3回

 2005年に国で原発の経済効果(事故も含めた)を出した-19兆円と全く寄与してなくて赤字


 以上のことにより


 単なる人災です


 なお原子力発電は安全だと言ってきました。
 これは誤解されてます


 原発では◯◯の範囲で安全です としか言ってません

 福島1号原発の当初設計時の地震想定は270ガル その後多少対策が強化されたが震度6潰れて当たり前の設計ですから、今回の地震で壊れて当然な訳です


 まあ、指摘はされていて判っていたのだが、国の安全指針も改定してないから利益減るから対策は辞めておこうってことです。国の安全指針も東電の息が掛かった人ばかりですのでね。

 にほんで原発の学問で就職先⇒電力会社ですので学者などが批判すれば研究費がもらえないって干されます。
 日本の悪き慣習ですな・・・

 また、東芝の元設計者の後藤さんにインターネットTV解説によると

 電源喪失すればどうにも成らなから安全対策するように求めたが全く改善されなかった、ようやく認められたのは安全弁2箇所のみだった

 しかもこの安全弁の対策が成されていなければ爆発していたと言われています。

 東電などのシュミレーションで3時間半で溶融にいたることが判っていますから、無けれ爆発していたのは間違いと思われます

 







 

この回答への補足

最悪の事態はありえないと言う想定が間違っているのです。その原因は最悪事態を想定すればそのようになるといった日本人の思想が根底にあると思いますが、如何でしょうか。

補足日時:2011/04/28 15:01
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原子力発電の安全確保については各国の規制当局が自国の法体系の中で監督・規制を行っていますが、根本の考え方は共通で、基準値なども基本的にIAEAのガイドラインに従っています。

もちろん日本も同様で、外国は事故を想定しているのに日本はしてないなんてことはありません。
「想定外」という言葉が忌み嫌われる昨今ですが、原子力分野に限らず防災、国防など全てにおいて、考えられるシナリオを「想定」し、それに対して対策を取るというアプローチは共通です。どこまでを想定するかはコストと予想される被害規模のバランスで決まり、ある一定のラインを引いてそれ以上は対策上想定しないのは当たり前です。例えば、巨大隕石の衝突や世界規模の核戦争の可能性はゼロではありませんが、それに耐える設計のインフラなんてありません。
外国に比べて日本に問題があるとすれば、普段の生活の中でリスクを意識することの少ない安全な社会のためか、「ゼロリスク幻想」が蔓延していることでしょうか。リスクは他のリスクやコストと比較しなければ意味のある評価はできませんが、耳慣れないリスクは僅かでも嫌がる消費者と、それを恐れてあたかもリスクがゼロであるかのような説明をしてしまう行政や事業者のため、リスクを定量的に評価するという習慣が根付いていません。
アメリカでも、911テロの後しばらくは飛行機に乗るのを避けて車で長距離を移動する人が増え、結果的に交通事故の死者が増えたという事例があります。大きな災害や事故の直後は冷静な判断ができなくなるのは日本人に限ったことではありませんが、日本人は普段から欧米人に比べると合理的な割り切りが苦手な人が多いように感じます。
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この回答へのお礼

なる程、よく判りました。有難う御座いました。

お礼日時:2011/04/28 15:02

日本人には未だに 「言霊(コトダマ)信仰」 という精神文化があるようです。



今でも何か悪い事を話すと、「縁起でもない!」 と叱られるケースがありますよね。 これは言葉そのものに霊力があって、悪い出来事を口にするとそれが現実のものになる可能性があると考えているわけです。

あなたが言われるように、事故を想定して準備すると本当に事故が起きる、だから事故が無い事を前提に全ての体制が構築される ・・・ このような社会になっているようです。

話が飛ぶかも知れないのですが、その昔、自衛隊内部で朝鮮半島に武力衝突が発生し、そして当時のソ連が日本との間に戦火を交えた場合どうするか? という研究がなされた事があります。

国を守る自衛隊ですから、普通はあり得ないという事態をも敢えて想定して議論し、対策を講じるのが彼らの当然の役目なのですが、これが国会で大問題になった事がありました。 「三矢研究」 というものです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%9F%A2% …

これなどは、そんな研究するとそれが現実のものとなる、縁起でもない、研究なんて飛んでもない事だ! という発想から起きた現象と言えるでしょう。

今でも日本社会にはこのような精神文化がまだ根強く残っているようです。 

本当は 「考えられる最悪の事態でも何とかカバーできる体制」 を考えなければいけないのですが ・・・

この回答への補足

日本人は原子力発電と言った危険なものを扱う資格が無い民族です。原子力発電は止められないし、困ったことですね。

補足日時:2011/04/28 15:03
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この回答へのお礼

仰る通りです。有難う御座いました。

お礼日時:2011/04/28 15:03

質問の内容は→日本では全ての分野での事故対策の不足、不備の原因はこういった思想、事故を考えるから事故が起きるといった考えがあるからではないかと思うのですが如何でしょうか。

→貴方の言いたい事は、事故を考えるから事故が起きるという考えが日本人にあるのでは、と言うことですよね。

私は教育にあると思います。皆一緒でなければ、と言うことを中学の頃に教えますよね、個人として、何が大切で、何を切り捨てる必要があるのか、ディベートとかいった、考えは日本人にはないですよね。

要するに、原発の問題は国に認めさせたのだから、もう、そこには神がやどり、間違いは、ないので、現場から訂正がでても、それは、認めないという、態度の役人にあると思います。保安院、や、厚労省、文部科学省、建設省、国土交通省などが、管轄だそうです。

役人に、なった時に、神にでも、なったと、勘違いする、役人が多いのではと思います。何が正しくて、何が正しくないのか、もうすでに、まともに考えられない、大きな歯車になったのだから、きっと、そう考える人が多いのだと思います。

日本人は、皆でやれば大きな力になる。と、今でも、宣伝していますよね。福島の原発は人災だとおもいます。津波はキッカケですが、個人的責任は追及せず、みんなで、税金を払えば、この国は安泰なのですか、それは、政治家や一部の既得権のあるひとに、プロパガンダされていると思います。

いまや、何が大切かを個人で考えることが大切だと思います。

この回答への補足

成程よく判りました。有難う御座います。オレオレ詐欺もそうですが、日本人は人を騙すなと教育しますが、疑え,騙されるなとは教育されません。それと一緒で、安全といわれれば、安全でない対策は立てられないのでしょうね。今回の東電福島第一原発事故は大津波を想定してなかったのでなく、津波が来ればどう対処するかを考えていなかっただけでしょうか。如何です。

補足日時:2011/04/28 11:47
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