真珠湾とミッドウェイの作戦はアメリカに筒抜けだった様ですし、山本五十六が「連合艦隊長官を辞任」と脅かし両作戦を強行したとか。アメリカが望む様に日本が開戦し、その後は負ける様に仕掛けた感じがしますが、山本五十六はハーバード大学にいる間にアメリカに洗脳され、スパイにでもなってしまったのでしょうか?その後も陸軍の脚を引っ張るように海軍は負け続けるし、何だか臭い感じがするんですが単なる気のせいでしょうか?そもそも陸軍の思惑通り、ロシアの南下を防ぐ為に満州に駐留し、東南アジアの資源を確保すれば国防上は十分だった筈なのに、どうしてアメリカに戦争を仕掛けたんでしょう。アメリカ通の山本五十六にしては、とても不可解な仕業だと思います。それに最期も暗殺された様な形だし、アメリカのスパイだったんでしょうか?

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A 回答 (9件)

山本五十六をはじめとする、一部の高級軍人がアメリカの手先だったと考えれば、


日本海軍の不可解な作戦行動が全て納得いきます。
質問者様のおっしゃる通り、山本五十六長官は、間違いなく売国奴(スパイ)です。

日米1対1の激突であれば、戦力が優勢な内にグアム、フィリッピン、モレスビー、ミッドウエイ、アリューシャン、ハワイと攻略するのが妥当だと思います。
ですが、先の大戦の場合、アメリカの主目標は欧州のドイツであり、日本の主目標は北を脅かすソ連と中国共産党、東南アジアを蹂躙する大英帝国です。

日本が取る最良の戦略は、グアム、フィリッピン、シンガポール、スマトラのパレンバンを確保し、要所全てに要塞を配置し、特にマリアナ諸島のグアム、サイパンはラバウル並みの堅固な要塞(地下20m、総延長450kmの地下要塞)とし、近海を3航戦、4航戦、戦艦部隊等で東側の守りを固めます。
戦艦大和、大型空母6隻、数十隻の補助艦艇からなる主力艦隊は、シンガポールと同盟国のマダガスカルを拠点に、思う存分インド洋を暴れまくればよいのです。そうすれば、大英帝国はインド、オーストラリア、エジプトとのシーレーンを失い、アジアから大英帝国は消滅したでしょう。ドイツはエルアラメインを落とし、中東まで攻め上がるでしょうが、最終的に勝利したかどうかは疑問です。ですが、少なくとも、日本国はひとまず安泰となり、連合国との早期和平も十分可能だったでしょう。上手くすれば勝利も十分ありえたと思います。

そうなっては困ると思ったのでしょう、遊び人の山本さんは。
山本は三国同盟に誰よりも反対し、アメリカとの開戦に最後の最後まで反対した人でした。それは、三国同盟を組み米英と戦争になれば、同盟国軍が勝利してしまい、自分が大好きな物と娯楽に溢れた楽しいアメリカが無くなるかもしれない?とでも思ったのでしょう。

いざ開戦となった時、山本は決心します。日本が負けるように尽力しようと。まず、日本がアメリカに憎まれるようにしよう、怒らせよう、主力空母部隊はなるべくこき使い、早期に消耗するようにしよう、なるべく国防圏から外れた、自軍に不利な場所で戦おう、戦力はなるべく小出しにしよう、防御力の強い大和や長門は、なるべく奥にしまっておこう、戦果、損害は隠ぺいし、陸軍をだまし続けよう、と。それが真珠湾の騙し討ち、ミッドウエイでの空母部隊の無意味な突出、ガ島、ソロモンの戦力小出し投入、マリアナ丸腰対策のラバウルの要塞化、空母搭乗員の陸上基地転用なのです。

言いたい事をあげればキリがないのですが、少なくとも、ミッドウエイの部隊配置をみれば、山本が狂っている事くらい、凡人でもわかりそうなものです。護衛不十分の空母部隊だけミッドウエイに近づけさせ、強力な主力部隊は数百キロ後方にいるんですよ?意味がわかりません。しかも、空母4隻をくっつけて行動させていました。空母は横に並べてはいけないのです。連絡は取りやすいかもしれませんが、敵機の攻撃を受けた場合、攻撃を回避しにくいので弾が当たりやすくなるのです。飛龍が助かったのは、遠く離れていたからであり、各艦バラバラで、護衛艦に前後左右固めてもらっていれば、本当は全滅などありえなかったのです。

アメリカと日本の国力差は10対1で負けるのが当然であり、山本は悲劇の将とされています。
しかし、日本の敗戦が濃厚になったのは、連戦連敗、消耗を強いられた状態で、開戦から2年経過した時点でした。
国防圏から出ないで戦力を温存、戦力の強化、シーレーンの確保だけに専念していれば、ワシントンに日章旗を立てる事は出来なくても、少なくても国土が焦土と化し、何百万もの命が失われる事は絶対に無かったでしょう。

軍令部も東条も、開戦当初は南方資源地帯確保、海上輸送の安全確保、国防圏死守であり、
国防圏から離れる事は考えていなかったとされています。
しかし、山本をはじめとする売国奴たちが、真珠湾攻撃と米豪遮断作戦で、この国防計画をご破算にしたのです。
山本はなぜこんな事をしたか?アメリカが好きだから。本当にそれだけだと思います。人が罪を犯す理由など、古今東西、老若男女、非常に下らない事ばかりです。本当に下らない理由で罪を犯すんですよね。それが国家を消滅される事だとしても。

まともなお考えを持った方がいらっしゃって私は非常にうれしいです。ありがとうございました。
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この回答へのお礼

長文のご回答を頂き恐縮です。当時の問題点を簡潔に解説して頂いたのでスッキリしました。
私も2年前の質問に続きアレコレ調べており、面白いと思う事を下記通り書き足しますので、これにも何かコメントを頂ければ幸いです。

 * 墜落した時の山本五十六はいつもの白い礼服ではなく、珍しくカーキ色の略装を着用していた。
 * 米国の加護の下、ブーゲンビル島から無事脱出し、新天地で天寿を全うしたのではないか。
 * 墜落後発見された山本五十六(本人?)の死体や検死報告書には疑義を抱く部分が多々ある。
 * ソ連と米国の思惑が合致し、米国が「真珠湾奇襲に始まる日米開戦」を計画した様である。
 * その結果、ソ連は独に勝利し、米国は「ウォー」ディール政策のおかげで経済が復興した。
 * 米国の「リメンバー何々」はこれまで計4回も使われた戦意高揚の常套手段である。
 * 米国は戦争屋。独立当時より国土面積が倍増した訳は「戦争太り」だと揶揄されている。
 * 佐藤優「日米開戦の真実」で 大川周明「米英の亜細亜侵略史」が簡潔に解説されている。

最近の日本では「国家機密法案」の議論が報道されていますが、米国では何十年後かに殆どの機密が公開される筈です。真珠湾奇襲や日米開戦に関連する文書が公開されるのは何時なんでしょう。
以上、宜しくお願い致します。

お礼日時:2013/11/27 15:30

 何か話が明後日の方向に行っちゃいましたが、では最後に、わかるところだけ。



>勘違いしていました。日本の空母が4隻も沈められたので、英国不沈戦艦と同じく防空軽視が原因だと思い込んでいました。実は日本の空母が燃え易かった事が原因の様ですね?でも、ミッドウェイ後の対策会議で山本五十六が空母難燃化より建造を急がせたそうですね?
⇒スプリンクラーをはじめとする消火設備の不備は確かなようですので、火災対策が充分でなかったのは事実のようですね。ただし防空軽視も事実であって、例えば高角砲は信管精度の関係で高度5000m以上でなくては効果がなく、高射機関砲(銃)は初速の関係でせいぜい高度1000mまでしか効果がない、すなわち1000mから5000mの間の高度の敵機(まさしく急降下爆撃機の投弾高度)を防げなかったという話があります。また零戦はそもそも爆撃機の長距離援護用であり、高度5000以上の戦闘に難があったこと、また搭載弾薬が少ないために頻繁に着艦する必要があったことなど、艦隊直援戦闘機としては適任ではなかったという話があります。

>日本海海戦時の海軍人事は年功序列ではなかった様な気がします。東郷平八郎も抜擢だし秋山真之の参謀も然りですが、この時は明治維新の後で特別だったのかも知れませんね?
⇒確かにこのころは年功序列でないケースも見られますね。この時代は近代海軍ができてまだ30年弱と日が浅い時期ですし、藩閥も大きく影響していたわけですので、一種特殊な時代といえるのかもしれませんね。

>スパイ対策として「軍港内が見える場所は立入り禁止」「軍港を見に来た日本人は尋問」「日本領事館の通信管制」等々がなかった事は「泳がす為」だと言えませんか?
⇒当時の日系人は島民人口の約4割におよびます。あの狭い島で15万人を「見える場所は立入り禁止・尋問」は物理的に可能とは思えません。

>真珠湾攻撃で戦力差拡大策を一挙に始動させて「マリアナ海域迎撃案を反故」にし、更に「戦線拡大による自滅」を指向した人達が帝国中枢部にいたと書いたら、証拠が無い疑惑だと再び叱られてしまいますね?
⇒叱るような立場ではございませんが、私は最初から「真珠湾攻撃はこれ以上戦力差を拡大させないための一策、マリアナ沖迎撃案は時間経過による戦力差拡大の恐れ」と再三申しております。ただし、短期決戦を目指しながら長期持久戦の構えをとるなど、当時の作戦計画が支離滅裂だったとは私も思います。

>「在米大使館の担当責任者栄転」や、陸軍関係者が極東裁判で処罰されたり公職から追放されたのに「海軍関係者は非対象」さえも、偶然ではないと証明する事なんて無理ですね?
⇒必然であることを示す証拠があれば可能です。

>「歴史は勝者が作る」の通り、GHQ「戦争贖罪洗脳計画」が全疑惑の発端で、私にとっては「目からうろこ」であり、歴史が信じられなくなったのです。それで詳しい事を知りたくなりお時間を拝借しましたが、疑惑が解決できぬままなので今後も思案し続ける事にしました。
⇒WGIPは終戦後に策定されたものですし、また陰謀論をうかがわせる内容はなかったと思います。WGIPが開戦前に存在していたとすれば別ですが、後になって出てきたものから陰謀論にいきつくのはちょっと無理があるのではないでしょうか。

何にしてもお役に立てなくて申し訳ありませんでした。お付き合いくださり、ありがとうございました。
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この回答へのお礼

ご指摘、有難うございます。確かに明後日の方向なので修正を加えておきます。
先ずWGIPの目的は「連合軍に不都合な事を隠す事」なので、当然「陰謀論」に関する内容・記述は一切ありません。ですがその臭いを嗅いだ私は、日米開戦から戦争中にまで疑惑が延長し、その結果として「山本五十六」だけでなく多くの内通者が臭って来た訳なんです。言い換えますと、WGIPが隠そうとしたが為に却って「日本叩きの表裏」がうっすら見えて来た、と言う事なんです。その中で「山本五十六」が重要な役割を果たした様なので、それらの事を調べている方がいる筈と期待し質問を出した訳なんです。まぁその期待は外れましたが、当時の事を色々と教えて頂いたので感謝しています。今回はどうも有難うございました。

お礼日時:2011/09/06 16:39

>開戦決定者でなくても真珠湾攻撃を立案・強行した事に疑惑を持つのは飛躍でしょうが、日本海海戦では旗艦も戦闘に加わっているのに、ミッドウェイでは旗艦大和が他の戦艦・巡洋艦と共に後方に控え、そのため4空母の護衛が駆逐艦だけで防空体制が裸同然だった事、この事情・理由は何かご存知です?


 ⇒日本海海戦は艦隊決戦ですので、戦艦である旗艦が参加するのは当たり前です。真珠湾攻撃は空母艦載機による泊地攻撃が目的ですので戦艦は必要ありませんが、ただし大和をはじめとする主力部隊がなぜ第一機動部隊とあんなに距離を置いていたかは存じません。なお、第一機動部隊の編成は戦艦が榛名・霧島、重巡が利根、筑摩、あとは軽巡と駆逐艦十数隻となっており、決して護衛が駆逐艦だけではないようです。

>内通者は山本五十六だけではないと思い始めました。海軍だけでなく外務省も臭いと考え始めています。ところで、海軍人事の責任者・提案者が誰だかご存知です?また、年功序列の人事に誰も異論を唱えなかったのか、その当時の事はご存知です?
 ⇒人事は海軍大臣の専決事項だと思います。また年功序列人事は当時どこの軍隊でも当たり前で、唯一それにとらわれなかったと言われるのがアメリカ海軍とされています。どちらかというと珍しいのはこっち。なお、年功序列はつい最近まで日本では当たり前のことでしたよ。

>米国太平洋艦隊の母港なのに、在ハワイの日本人が軍港内を視認できた事は「泳がされていた」と言う事になりません?また、(米空母の寄港予定が無い)12月8日が開戦日と決定したのは、何時頃の事で誰が提案者だかご存知です?
 ⇒ならないと思います。そもそも戦前のハワイの日系人の人口は15万人を超えています。どうやって全員を拘束するんでしょうか。また開戦日決定の御前会議は12月1日ですが、日時の提案者は(責任上)東条首相になるかと思います。ただし「米空母の寄港予定が無い」なんて情報は掴んでいません。海軍は空母がハワイに在泊中と想定して作戦を練っており、艦内での識別訓練もまず空母ありきで行なわれていた記録があります。

>米空母がどこにいるか判らなかったので2時間も逡巡したんでしたね。でも「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着。何よりも敵機来襲は遅かれ早かれあり、大変な事になる筈。」と2時間も逡巡した事こそ、無知無能を装った「確信犯」だと言ったら酷ですね?
 ⇒「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着」と考えたのは第二航空戦隊司令の山口多門で、逡巡したのは第一機動部隊の栗田司令長官では?また理由なくして逡巡したのであれば無知無能を装った「確信犯」かもしれませんが、逡巡するに足る理由があったことは先回述べさせていただきました。

>仕掛け人が「日本中枢部に棲息していた内通者」と言うのは推論が飛躍し過ぎです?
 ⇒飛躍しすぎとはいいませんが、裏付ける事実が希薄です。少なくとも結果だけをもって陰謀と特定するのは無茶かと思います。

>マリアナ海域を防衛線とし米海軍を迎撃するのが開戦前の戦略だった筈なのに、日本海軍はミッドウェイやニューギニアと広範囲に戦線を拡大しており、この方向に仕向けた人達が非常に臭いと思うのですが誰だかご存知です?
 ⇒先に述べたとおり、迎撃(=待ち)では戦力差が拡大する一方であることが明白であったための真珠湾・ミッドウェイ作戦であったと理解しています。

>日米開戦の一大時に対し「そんなものだ」で許された事も不思議ですし、責任者の栄転はさらに不思議だと感じてます。また、東京裁判で処刑された海軍関係者が1人もいないそうですが、これらが全て内通者のお陰だと言うのはやはり推論が飛躍し過ぎですね?
 ⇒海軍軍人じゃありませんが、東条の判決理由のひとつは「ハワイの軍港・真珠湾の不法攻撃」です。また日本の役人が責任をとらないことは別段戦争関係のみではなく、現在に至るまで連綿と続いている伝統です。つい最近も一連の原発関連の不祥事の責任をとる形で「更迭」されたお役人がいましたが、退職金を割増でもらうようですね。

 「陰謀」を証明するためには合理的な理由が必要です。もちろん「結果」だけでは合理的な理由とはなりえません。たいへん申し訳ございませんが、当方は陰謀を裏付ける事実を把握しておりません。
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この回答へのお礼

陰謀説を証明する事実や証拠なんて全く世に出ていないので、これまでのご助言に感謝し一件落着にすべきと考え始めています。ただ、疑惑がまだ解消できぬので可能ならもう少し教えて下さい。

>開戦決定者でなくても真珠湾攻撃を立案・強行した事に疑惑を持つのは飛躍でしょうが、日本海海戦では旗艦も戦闘に加わっているのに、ミッドウェイでは旗艦大和が他の戦艦・巡洋艦と共に後方に控え、そのため4空母の護衛が駆逐艦だけで防空体制が裸同然だった事、この事情・理由は何かご存知です?
 ⇒日本海海戦は艦隊決戦ですので、戦艦である旗艦が参加するのは当たり前です。真珠湾攻撃は空母艦載機による泊地攻撃が目的ですので戦艦は必要ありませんが、ただし大和をはじめとする主力部隊がなぜ第一機動部隊とあんなに距離を置いていたかは存じません。なお、第一機動部隊の編成は戦艦が榛名・霧島、重巡が利根、筑摩、あとは軽巡と駆逐艦十数隻となっており、決して護衛が駆逐艦だけではないようです。
→ 勘違いしていました。日本の空母が4隻も沈められたので、英国不沈戦艦と同じく防空軽視が原因だと思い込んでいました。実は日本の空母が燃え易かった事が原因の様ですね?でも、ミッドウェイ後の対策会議で山本五十六が空母難燃化より建造を急がせたそうですね?

>内通者は山本五十六だけではないと思い始めました。海軍だけでなく外務省も臭いと考え始めています。ところで、海軍人事の責任者・提案者が誰だかご存知です?また、年功序列の人事に誰も異論を唱えなかったのか、その当時の事はご存知です?
 ⇒人事は海軍大臣の専決事項だと思います。また年功序列人事は当時どこの軍隊でも当たり前で、唯一それにとらわれなかったと言われるのがアメリカ海軍とされています。どちらかというと珍しいのはこっち。なお、年功序列はつい最近まで日本では当たり前のことでしたよ。
 → 日本海海戦時の海軍人事は年功序列ではなかった様な気がします。東郷平八郎も抜擢だし秋山真之の参謀も然りですが、この時は明治維新の後で特別だったのかも知れませんね?

>米国太平洋艦隊の母港なのに、在ハワイの日本人が軍港内を視認できた事は「泳がされていた」と言う事になりません?また、(米空母の寄港予定が無い)12月8日が開戦日と決定したのは、何時頃の事で誰が提案者だかご存知です?
 ⇒ならないと思います。そもそも戦前のハワイの日系人の人口は15万人を超えています。どうやって全員を拘束するんでしょうか。また開戦日決定の御前会議は12月1日ですが、日時の提案者は(責任上)東条首相になるかと思います。ただし「米空母の寄港予定が無い」なんて情報は掴んでいません。海軍は空母がハワイに在泊中と想定して作戦を練っており、艦内での識別訓練もまず空母ありきで行なわれていた記録があります。
 → スパイ対策として「軍港内が見える場所は立入り禁止」「軍港を見に来た日本人は尋問」「日本領事館の通信管制」等々がなかった事は「泳がす為」だと言えませんか?12月1日の御前会議「東条英機首相が開戦日12月8日奏上」より、その背景・発案段階を知りたかったし、その後の真珠湾とミッドウェイも米空母は餌の様に思えますが、まぁ単なる疑惑です。

>米空母がどこにいるか判らなかったので2時間も逡巡したんでしたね。でも「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着。何よりも敵機来襲は遅かれ早かれあり、大変な事になる筈。」と2時間も逡巡した事こそ、無知無能を装った「確信犯」だと言ったら酷ですね?
 ⇒「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着」と考えたのは第二航空戦隊司令の山口多門で、逡巡したのは第一機動部隊の栗田司令長官では?また理由なくして逡巡したのであれば無知無能を装った「確信犯」かもしれませんが、逡巡するに足る理由があったことは先回述べさせていただきました。
 → 逡巡理由をお聞きした後も感じ続けている疑惑なんですが、でも確たる証拠なんてありませんし、説得力が不足した疑惑なので無視して下さい!

>仕掛け人が「日本中枢部に棲息していた内通者」と言うのは推論が飛躍し過ぎです?
 ⇒飛躍しすぎとはいいませんが、裏付ける事実が希薄です。少なくとも結果だけをもって陰謀と特定するのは無茶かと思います。
 → 陰謀説を裏付ける証拠や事実がそのうち出て来るかも知れませんが、真珠湾攻撃関連情報は米国でさえ部分的に未開示だそうですし、今後も期待できんでしょう。とは言え、これでは陰謀者の思う壺ですね?

>マリアナ海域を防衛線とし米海軍を迎撃するのが開戦前の戦略だった筈なのに、日本海軍はミッドウェイやニューギニアと広範囲に戦線を拡大しており、この方向に仕向けた人達が非常に臭いと思うのですが誰だかご存知です?
 ⇒先に述べたとおり、迎撃(=待ち)では戦力差が拡大する一方であることが明白であったための真珠湾・ミッドウェイ作戦であったと理解しています。
 → 真珠湾攻撃で戦力差拡大策を一挙に始動させて「マリアナ海域迎撃案を反故」にし、更に「戦線拡大による自滅」を指向した人達が帝国中枢部にいたと書いたら、証拠が無い疑惑だと再び叱られてしまいますね?

>日米開戦の一大時に対し「そんなものだ」で許された事も不思議ですし、責任者の栄転はさらに不思議だと感じてます。また、東京裁判で処刑された海軍関係者が1人もいないそうですが、これらが全て内通者のお陰だと言うのはやはり推論が飛躍し過ぎですね?
 ⇒海軍軍人じゃありませんが、東条の判決理由のひとつは「ハワイの軍港・真珠湾の不法攻撃」です。また日本の役人が責任をとらないことは別段戦争関係のみではなく、現在に至るまで連綿と続いている伝統です。つい最近も一連の原発関連の不祥事の責任をとる形で「更迭」されたお役人がいましたが、退職金を割増でもらうようですね。
 → 「在米大使館の担当責任者栄転」や、陸軍関係者が極東裁判で処罰されたり公職から追放されたのに「海軍関係者は非対象」さえも、偶然ではないと証明する事なんて無理ですね?

 「陰謀」を証明するためには合理的な理由が必要です。もちろん「結果」だけでは合理的な理由とはなりえません。たいへん申し訳ございませんが、当方は陰謀を裏付ける事実を把握しておりません。
→「歴史は勝者が作る」の通り、GHQ「戦争贖罪洗脳計画」が全疑惑の発端で、私にとっては「目からうろこ」であり、歴史が信じられなくなったのです。それで詳しい事を知りたくなりお時間を拝借しましたが、疑惑が解決できぬままなので今後も思案し続ける事にしました。これまでお付合い頂き本当に有難うございました。 渡部中庸(わたべちゅうよう)より

お礼日時:2011/09/05 18:33

 No.3.4です。

こちらこそ私のような変人にお付き合いくださり、ありがとうございます。

>「真珠湾」にて開戦を強行し英米を喜ばした事に続き「ミッドウェイ」を強行し大敗した事、これらは「山本五十六スパイ疑惑」に対しかなり意味があると思いませんか?
 ⇒くどいようですが、開戦が決定されたから真珠湾作戦が行なわれたのです。開戦を決めたのは山本ではありません。したがって少なくとも前者については山本長官のスパイ疑惑はありえないと思います。そのような疑惑がもしあるとすれば「開戦通告文の遅れ」ですが、これは外務省の不手際であったことが公式に認められており、これにも山本は関わっておりません。

>12月8日に真珠湾、12月10日にマレー沖開戦(英国不沈戦艦を轟沈)を実施した日本海軍航空隊、更に真珠湾攻撃対象の一番目は空母でしょ。「航空の重要性を十分認識」してた証拠では?また国家存亡の時に年功序列の人事で対応するって、暗愚・無能を装った確信犯ではありません?
 ⇒空母機動部隊を含む海軍航空隊の整備を進めたのは山本ですが、年功序列の人事を進めたのは山本ではありませんので・・・。前線で航空の重要性を認めることと、海軍人事にそれが反映されることとはイコールではありません。そもそもハワイ・マレー沖海戦が初めての航空戦力による実績なのですから。
 また「国家存亡の時に年功序列の人事で対応」って、今でも日本の専売特許じゃないですか。

>地上石油槽が空っぽだと思い込ませ陸上施設を攻撃対象から外させ、(浅い)真珠湾に停泊した(老)艦を在ハワイ日本人に視認させ日本へ報告させ、日本の暗号を解読し米空母の寄港を避け、準備万端整えて日本航空隊を迎えたって感じですね?
 ⇒「空っぽだと思い込ませ」たわけじゃなくて、もしや戦争か?ってときに、のほほんと地上タンクに重油を入れておくとは・・・。って勝手に日本側がそう思っちゃったらしいですよ。戦艦群もハワイが母港なんでずっとそこにいたわけで、あえて並べて見せたわけではない。また空母が在港でなかったのは、レキシントンは海兵隊の航空機をミッドウェイ基地へ輸送中、エンタープライズはウェーク島へ海兵隊の航空機輸送を完了し真珠湾へ帰投中だったため。これは開戦通告文の暗号送信のはるか前かとりかかっている仕事ですので、「暗号を解読し米空母の寄港を避け」ということにはならないでしょう。

>山口多聞が米国策敵機を見た時に「敵機襲来は2時間前後と予想、その前に艦載機発艦」と進言したそうなので、南雲長官が(2時間も逡巡した挙句に)爆弾・魚雷の換装で手間取ったと言うのは、かなり妙な状況だと思いませんか?
 ⇒山口多門は単なる二航戦の司令で、もちろん南雲より序列は下。だから意見具申という形しかとれなかったわけで、その意見を採用するかどうかは上の判断となります。またこのときの山口多門の意見具申というのは、概ね以下の内容。
 (1)すでに装備の終わっている陸用爆弾で攻撃。
 (2)護衛戦闘機なし、艦攻・艦爆のみで出撃。
 ご存知のように陸用爆弾で艦は沈められませんし、護衛戦闘機の無い艦攻・艦爆だけの攻撃は大損害覚悟です。効果は僅少、損害は必至、そんな無茶な策を南雲がとらなかったのはごく常識的な判断じゃないですか?結果的には大ハズレだったわけですが。そもそもこの判断にも山本長官はノータッチですよ。

>真珠湾が攻撃されたと聞き、米大統領だけでなく高官連中も大喜びしたとか。確か英国のチャーチルも喜んだ筈。とっても良い事をしてあげた感じですね。
 ⇒それはその通りですね。まんまと挑発にのっちゃった。でもそれを決めたのは日本政府。

>海軍が実施した作戦はその情報に影響されてなく、全く対応していない様に思えるので、やっぱり海軍は暗愚・無能を装った確信犯ではないでしょうか?
 ⇒ですから、そうした情報を熟知していたからこそ乾坤一擲の大博打しかうつ手がなかったということですよ。長期戦になったら万が一にも勝ち目がないわけですから。暗愚・無知なのはまずは日本政府であり、海軍は阿呆な命令とは知りつつも最良の手を模索した、だが失敗した、というところなんじゃないかと思います。

>在米日本大使館も緊迫した時期だった筈なのに、異動通知があってお別れ会に興じていたり、緊急連絡がつかぬ大使館員がいたので対米通知が遅れ、さらに責任者が後日栄転したとか。海軍だけが内通者の棲息場所ではない様ですね。
 ⇒日本の外務省はずっとそうみたいですが、様々な事実を見る限りでは海軍の内通というのはかなり根拠が希薄だと思います。
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この回答へのお礼

当時の事を色々と教えて下さり、本当にありがとうございます。もう少しご意見を聞かせて下さい。

>「真珠湾」にて開戦を強行し英米を喜ばした事に続き「ミッドウェイ」を強行し大敗した事、これらは「山本五十六スパイ疑惑」に対しかなり意味があると思いませんか?
 ⇒くどいようですが、開戦が決定されたから真珠湾作戦が行なわれたのです。開戦を決めたのは山本ではありません。したがって少なくとも前者については山本長官のスパイ疑惑はありえないと思います。そのような疑惑がもしあるとすれば「開戦通告文の遅れ」ですが、これは外務省の不手際であったことが公式に認められており、これにも山本は関わっておりません。
 → 開戦決定者でなくても真珠湾攻撃を立案・強行した事に疑惑を持つのは飛躍でしょうが、日本海海戦では旗艦も戦闘に加わっているのに、ミッドウェイでは旗艦大和が他の戦艦・巡洋艦と共に後方に控え、そのため4空母の護衛が駆逐艦だけで防空体制が裸同然だった事、この事情・理由は何かご存知です?

>12月8日に真珠湾、12月10日にマレー沖開戦(英国不沈戦艦を轟沈)を実施した日本海軍航空隊、更に真珠湾攻撃対象の一番目は空母でしょ。「航空の重要性を十分認識」してた証拠では?また国家存亡の時に年功序列の人事で対応するって、暗愚・無能を装った確信犯ではありません?
 ⇒空母機動部隊を含む海軍航空隊の整備を進めたのは山本ですが、年功序列の人事を進めたのは山本ではありませんので・・・。前線で航空の重要性を認めることと、海軍人事にそれが反映されることとはイコールではありません。そもそもハワイ・マレー沖海戦が初めての航空戦力による実績なのですから。
 また「国家存亡の時に年功序列の人事で対応」って、今でも日本の専売特許じゃないですか。
 → 内通者は山本五十六だけではないと思い始めました。海軍だけでなく外務省も臭いと考え始めています。ところで、海軍人事の責任者・提案者が誰だかご存知です?また、年功序列の人事に誰も異論を唱えなかったのか、その当時の事はご存知です?

>地上石油槽が空っぽだと思い込ませ陸上施設を攻撃対象から外させ、(浅い)真珠湾に停泊した(老)艦を在ハワイ日本人に視認させ日本へ報告させ、日本の暗号を解読し米空母の寄港を避け、準備万端整えて日本航空隊を迎えたって感じですね?
 ⇒「空っぽだと思い込ませ」たわけじゃなくて、もしや戦争か?ってときに、のほほんと地上タンクに重油を入れておくとは・・・。って勝手に日本側がそう思っちゃったらしいですよ。戦艦群もハワイが母港なんでずっとそこにいたわけで、あえて並べて見せたわけではない。また空母が在港でなかったのは、レキシントンは海兵隊の航空機をミッドウェイ基地へ輸送中、エンタープライズはウェーク島へ海兵隊の航空機輸送を完了し真珠湾へ帰投中だったため。これは開戦通告文の暗号送信のはるか前かとりかかっている仕事ですので、「暗号を解読し米空母の寄港を避け」ということにはならないでしょう。
 → 米国太平洋艦隊の母港なのに、在ハワイの日本人が軍港内を視認できた事は「泳がされていた」と言う事になりません?また、(米空母の寄港予定が無い)12月8日が開戦日と決定したのは、何時頃の事で誰が提案者だかご存知です?

>山口多聞が米国策敵機を見た時に「敵機襲来は2時間前後と予想、その前に艦載機発艦」と進言したそうなので、南雲長官が(2時間も逡巡した挙句に)爆弾・魚雷の換装で手間取ったと言うのは、かなり妙な状況だと思いませんか?
 ⇒山口多門は単なる二航戦の司令で、もちろん南雲より序列は下。だから意見具申という形しかとれなかったわけで、その意見を採用するかどうかは上の判断となります。またこのときの山口多門の意見具申というのは、概ね以下の内容。
 (1)すでに装備の終わっている陸用爆弾で攻撃。
 (2)護衛戦闘機なし、艦攻・艦爆のみで出撃。
 ご存知のように陸用爆弾で艦は沈められませんし、護衛戦闘機の無い艦攻・艦爆だけの攻撃は大損害覚悟です。効果は僅少、損害は必至、そんな無茶な策を南雲がとらなかったのはごく常識的な判断じゃないですか?結果的には大ハズレだったわけですが。そもそもこの判断にも山本長官はノータッチですよ。
 → 米空母がどこにいるか判らなかったので2時間も逡巡したんでしたね。でも「陸上爆弾で敵艦は沈められぬが、敵空母甲板に穴が空けば艦載機は帰還できず海上に不時着。何よりも敵機来襲は遅かれ早かれあり、大変な事になる筈。」と2時間も逡巡した事こそ、無知無能を装った「確信犯」だと言ったら酷ですね?

>真珠湾が攻撃されたと聞き、米大統領だけでなく高官連中も大喜びしたとか。確か英国のチャーチルも喜んだ筈。とっても良い事をしてあげた感じですね。
 ⇒それはその通りですね。まんまと挑発にのっちゃった。でもそれを決めたのは日本政府。
 → 仕掛け人が「日本中枢部に棲息していた内通者」と言うのは推論が飛躍し過ぎです?

>海軍が実施した作戦はその情報に影響されてなく、全く対応していない様に思えるので、やっぱり海軍は暗愚・無能を装った確信犯ではないでしょうか?
 ⇒ですから、そうした情報を熟知していたからこそ乾坤一擲の大博打しかうつ手がなかったということですよ。長期戦になったら万が一にも勝ち目がないわけですから。暗愚・無知なのはまずは日本政府であり、海軍は阿呆な命令とは知りつつも最良の手を模索した、だが失敗した、というところなんじゃないかと思います。
 → マリアナ海域を防衛線とし米海軍を迎撃するのが開戦前の戦略だった筈なのに、日本海軍はミッドウェイやニューギニアと広範囲に戦線を拡大しており、この方向に仕向けた人達が非常に臭いと思うのですが誰だかご存知です?

>在米日本大使館も緊迫した時期だった筈なのに、異動通知があってお別れ会に興じていたり、緊急連絡がつかぬ大使館員がいたので対米通知が遅れ、さらに責任者が後日栄転したとか。海軍だけが内通者の棲息場所ではない様ですね。
 ⇒日本の外務省はずっとそうみたいですが、様々な事実を見る限りでは海軍の内通というのはかなり根拠が希薄だと思います。
 → 日米開戦の一大時に対し「そんなものだ」で許された事も不思議ですし、責任者の栄転はさらに不思議だと感じてます。また、東京裁判で処刑された海軍関係者が1人もいないそうですが、これらが全て内通者のお陰だと言うのはやはり推論が飛躍し過ぎですね?

お礼日時:2011/09/02 11:15

 No.2です。



 お礼に関してですが、最初と別な事は新たに質問した方が良いと思います。

 フィリピンのアメリカ軍は防衛&牽制の為と思います。
 真珠湾攻撃の時とミッドウェー作戦の時とでは暗号解析の状況が違います。真珠湾攻撃の前は戦時ではありませんから。

> * 日本が開戦を仕掛けてくれるなら、空母一隻ぐらい安い物だったとは思えませんか?
 言われている意味がわかりません。

> * 日本の潜水艦は「通商破壊」と言う「大西洋での戦術」を取らなかった理由、何かご存知ですか?
 潜水艦を何に使うかは戦略上の問題です。当時、潜水艦は艦隊決戦用として考えていましたから、輸送船攻撃に熱心ではありませんでした。魚雷攻撃は1本必中ではなく複数発射してその中の1本が当たれば良いという打ち方をします。1回の攻撃で複数本消費しますから、輸送船に高価な酸素魚雷を消費したくなかったという考えがありました。
 ドイツの要請を受けてインド洋で行った事はありますが、上層部の考えは変わりませんでしたから、一時的な事でした。ドイツとは潜水艦に対する考え方が違います。

 あとはわかりません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。表題には「山本五十六はスパイ?」と書いてますが、実は海軍内部の内通者がたった独りでなく他にも棲息していて、各個がお互いに呼応し合っていたと見ています。まあ、海外留学組が多い海軍だけに敵国諜報機関との接触や誘惑も可能性が高いと言う背景があります。でも、こんな意見は今はまだ少数派ですし、確たる証拠なんて将来も発掘されないかも知れません。少数派の弱者なのでどうか暖かく見守って下さい。では!

お礼日時:2011/08/19 11:51

No.3です。

ご丁寧なお返事ありがとうございました。

>山本五十六が両作戦を作案した上に、その都度「これが通らねば連合艦隊司令長官を辞する」と強制・強行したとの話を読みましたが、これは事実ではなく作り話なんですね?
 →これは事実だとされています。ただしこのことと開戦とは直接関係ありません。山本がタッチできるのは海軍の戦術までで、開戦決定なんていう国家戦略にはノータッチです。

>機動部隊長官「南雲忠一」中将が水雷畑出身で航空運用は不得手、真珠湾では陸上設備(特に石油槽)を破壊せず、ミッドウェイでも2時間も判断を遅らせたんでは、第一線の強豪を相手にして勝てる訳がありませんね。加えて、日本の暗号は米国が解読していたとか。これらについて何かご助言下さい。
 →南雲が機動部隊のトップにすえられたことの理由については諸説ありますが、当時の海軍内ではまだ航空という分野の地位が確立していませんでした(確立していたのは砲術>水雷>航海>機関という順だと思う)ので、まんざらおかしな配置ともいえないのではないでしょうか。
 また陸上設備についてはそもそも優先攻撃目標が空母>戦艦>その他艦船となっていたようで、はなっから対象外だったようです。重油についてはすでに地下タンクに移されており、地上タンクは空っぽと認識していたという説もあります。暗号については開戦前にほぼ解読されていたという範囲だと思います。
 ミッドウェイで判断を遅らせたのは、特に魚雷の装備に時間がかかることから、ある程度情報がはっきりしないと兵装(魚雷か対艦爆弾か陸用爆弾か)を確定できなかったためといわれています。

>ルーズベルトは不戦を公約し当選した大統領なので、日本から開戦せず宣戦布告しなければ、アメリカからは参戦できなかったなんて国内事情、いくら米国通の山本五十六でも判る筈ありませんか?
 →どうなんでしょう。今も昔も難癖をつけて戦争を吹っかけるのはアメリカの得意技ですが。

>山本五十六ってそんな事情を指摘できる程まで米国通ではなかったと言う事ですね。と言うのも、そこまで理解し覚悟し計画して開戦した事が、記録や話に残されていない様に思うのです。
 →いいえ、こんなこと(たとえばダニエルズ・プラン)はその当時普通に売っている雑誌や雑誌にも書かれていることです。たとえば、大阪朝日新聞社(昭和16年3月)刊「アメリカの戦闘力」、同8月刊「参戦とアメリカ」など。山本でなくても知っていたことで、海軍内ではもっと詳細に研究されていたと聞きます。

>ところで、リメンバーアラモ、リメンバーメインってご存知ですか?リメンバーパールハーバーは3度目の焼き直しなんですってね。リメンバー911にも臭い話があるって事ご存知ですか?
→陰謀論ならどんな出来事にも腐るほどありますが、私の知る限り実証できた例はなかったと思います。
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この回答へのお礼

当時の事情にお詳しいので非常に感謝しています。恐縮ですがもう少しお付合い下さい。

>山本五十六が両作戦を作案した上に、その都度「これが通らねば連合艦隊司令長官を辞する」と強制・強行したとの話を読みましたが、これは事実ではなく作り話なんですね?
 →これは事実だとされています。ただしこのことと開戦とは直接関係ありません。山本がタッチできるのは海軍の戦術までで、開戦決定なんていう国家戦略にはノータッチです。

= 「真珠湾」にて開戦を強行し英米を喜ばした事に続き「ミッドウェイ」を強行し大敗した事、これらは「山本五十六スパイ疑惑」に対しかなり意味があると思いませんか?

>機動部隊長官「南雲忠一」中将が水雷畑出身で航空運用は不得手、真珠湾では陸上設備(特に石油槽)を破壊せず、ミッドウェイでも2時間も判断を遅らせたんでは、第一線の強豪を相手にして勝てる訳がありませんね。加えて、日本の暗号は米国が解読していたとか。これらについて何かご助言下さい。
 →南雲が機動部隊のトップにすえられたことの理由については諸説ありますが、当時の海軍内ではまだ航空という分野の地位が確立していませんでした(確立していたのは砲術>水雷>航海>機関という順だと思う)ので、まんざらおかしな配置ともいえないのではないでしょうか。

= 12月8日に真珠湾、12月10日にマレー沖開戦(英国不沈戦艦を轟沈)を実施した日本海軍航空隊、更に真珠湾攻撃対象の一番目は空母でしょ。「航空の重要性を十分認識」してた証拠では?また国家存亡の時に年功序列の人事で対応するって、暗愚・無能を装った確信犯ではありません?

 また陸上設備についてはそもそも優先攻撃目標が空母>戦艦>その他艦船となっていたようで、はなっから対象外だったようです。重油についてはすでに地下タンクに移されており、地上タンクは空っぽと認識していたという説もあります。暗号については開戦前にほぼ解読されていたという範囲だと思います。

= 地上石油槽が空っぽだと思い込ませ陸上施設を攻撃対象から外させ、(浅い)真珠湾に停泊した(老)艦を在ハワイ日本人に視認させ日本へ報告させ、日本の暗号を解読し米空母の寄港を避け、準備万端整えて日本航空隊を迎えたって感じですね?

 ミッドウェイで判断を遅らせたのは、特に魚雷の装備に時間がかかることから、ある程度情報がはっきりしないと兵装(魚雷か対艦爆弾か陸用爆弾か)を確定できなかったためといわれています。

= 山口多聞が米国策敵機を見た時に「敵機襲来は2時間前後と予想、その前に艦載機発艦」と進言したそうなので、南雲長官が(2時間も逡巡した挙句に)爆弾・魚雷の換装で手間取ったと言うのは、かなり妙な状況だと思いませんか?

>ルーズベルトは不戦を公約し当選した大統領なので、日本から開戦せず宣戦布告しなければ、アメリカからは参戦できなかったなんて国内事情、いくら米国通の山本五十六でも判る筈ありませんか?
 →どうなんでしょう。今も昔も難癖をつけて戦争を吹っかけるのはアメリカの得意技ですが。

= 真珠湾が攻撃されたと聞き、米大統領だけでなく高官連中も大喜びしたとか。確か英国のチャーチルも喜んだ筈。とっても良い事をしてあげた感じですね。

>山本五十六ってそんな事情を指摘できる程まで米国通ではなかったと言う事ですね。と言うのも、そこまで理解し覚悟し計画して開戦した事が、記録や話に残されていない様に思うのです。
 →いいえ、こんなこと(たとえばダニエルズ・プラン)はその当時普通に売っている雑誌や雑誌にも書かれていることです。たとえば、大阪朝日新聞社(昭和16年3月)刊「アメリカの戦闘力」、同8月刊「参戦とアメリカ」など。山本でなくても知っていたことで、海軍内ではもっと詳細に研究されていたと聞きます。

= 海軍が実施した作戦はその情報に影響されてなく、全く対応していない様に思えるので、やっぱり海軍は暗愚・無能を装った確信犯ではないでしょうか?

>ところで、リメンバーアラモ、リメンバーメインってご存知ですか?リメンバーパールハーバーは3度目の焼き直しなんですってね。リメンバー911にも臭い話があるって事ご存知ですか?
→陰謀論ならどんな出来事にも腐るほどありますが、私の知る限り実証できた例はなかったと思います。

= 在米日本大使館も緊迫した時期だった筈なのに、異動通知があってお別れ会に興じていたり、緊急連絡がつかぬ大使館員がいたので対米通知が遅れ、さらに責任者が後日栄転したとか。海軍だけが内通者の棲息場所ではない様ですね。

お礼日時:2011/08/19 14:43

ほんの私見ですけれども。



>アメリカが望む様に日本が開戦し、その後は負ける様に仕掛けた感じがしますが、山本五十六はハーバード大学にいる間にアメリカに洗脳され、スパイにでもなってしまったのでしょうか?
 ⇒「アメリカが望むように」最終的に開戦を決定したのは第四回御前会議であり、ここには山本長官は出席すらしてないです。したがって開戦の決定に山本長官は積極的な関与はありません。負けるように仕掛けたかについては後述します。

>その後も陸軍の脚を引っ張るように海軍は負け続けるし
 ⇒海軍は最初ッから第一線の部隊と対峙していたのに対し、陸軍は緒戦は米英の植民地軍が相手だったので勝てていた、という説があります。その証拠に後の正規軍との戦闘ではほぼ負け続けです。

>そもそも陸軍の思惑通り、ロシアの南下を防ぐ為に満州に駐留し、東南アジアの資源を確保すれば国防上は十分だった筈なのに、どうしてアメリカに戦争を仕掛けたんでしょう。
 ⇒日米交渉で出てくるハル・ノートに、中国(満州)から出て行け、東南アジアの資源地帯(仏領インドシナ)からも出て行けって、日本陸軍の思惑を吹っ飛ばす要求が書かれています。そもそも東南アジアのど真ん中にアメリカの植民地のフィリピンがあっちゃ南方資源を確保できんということで、陸軍も12月8日にフィリピンのクラーク基地(アメリカ軍)を攻撃してます。

 山本長官が真珠湾作戦やMI作戦を強行したのは、それなりの理由があってのことでしょう。
 アメリカは戦前のワシントン軍縮会議でダニエルズ・プランという建艦計画を断念していますが、それは戦艦・巡洋戦艦16隻を含む150隻もの大艦隊をわずか3年で作り上げてしまうというとてつもないものでした。いざ開戦となればそれを復活するのは自明、アメリカの国力をもってすれば下手をすると規模は拡大、期間は縮小という手に出るかもしれません。対する日本はもうちょっとで就役する大和の他は、大正時代に建造された古臭い戦艦が10隻あるのみ。建造予定は大和型が残り2隻という状態です。これは、いざ開戦したらわずか数年で戦力差が最低でも2倍、3倍になり、その後は開く一方ってことです。
 であるならば、もし開戦ということになれば、できるだけ戦力差の小さいうちに乾坤一擲の大勝負に出るほかはありません。これ以外に勝てる(有利な条件で講和できる)方法なんぞあり得ない、これはもしGF長官が山本でなくても同じだったのではないかと思います。

 ということで、開戦とその後の作戦から山本長官をスパイと判断することは非常に無理があると思います。
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この回答へのお礼

長文の回答を頂きありがとうございます。具体的な内容が書かれており、もう少し知りたくなったのでぜひ教えて下さい。

>アメリカが望む様に日本が開戦し、その後は負ける様に仕掛けた感じがしますが、山本五十六はハーバード大学にいる間にアメリカに洗脳され、スパイにでもなってしまったのでしょうか?
 ⇒「アメリカが望むように」最終的に開戦を決定したのは第四回御前会議であり、ここには山本長官は出席すらしてないです。したがって開戦の決定に山本長官は積極的な関与はありません。負けるように仕掛けたかについては後述します。
 → 山本五十六が両作戦を作案した上に、その都度「これが通らねば連合艦隊司令長官を辞する」と強制・強行したとの話を読みましたが、これは事実ではなく作り話なんですね?

>その後も陸軍の脚を引っ張るように海軍は負け続けるし
 ⇒海軍は最初ッから第一線の部隊と対峙していたのに対し、陸軍は緒戦は米英の植民地軍が相手だったので勝てていた、という説があります。その証拠に後の正規軍との戦闘ではほぼ負け続けです。
 → 機動部隊長官「南雲忠一」中将が水雷畑出身で航空運用は不得手、真珠湾では陸上設備(特に石油槽)を破壊せず、ミッドウェイでも2時間も判断を遅らせたんでは、第一線の強豪を相手にして勝てる訳がありませんね。加えて、日本の暗号は米国が解読していたとか。これらについて何かご助言下さい。

>そもそも陸軍の思惑通り、ロシアの南下を防ぐ為に満州に駐留し、東南アジアの資源を確保すれば国防上は十分だった筈なのに、どうしてアメリカに戦争を仕掛けたんでしょう。
 ⇒日米交渉で出てくるハル・ノートに、中国(満州)から出て行け、東南アジアの資源地帯(仏領インドシナ)からも出て行けって、日本陸軍の思惑を吹っ飛ばす要求が書かれています。そもそも東南アジアのど真ん中にアメリカの植民地のフィリピンがあっちゃ南方資源を確保できんということで、陸軍も12月8日にフィリピンのクラーク基地(アメリカ軍)を攻撃してます。
 → ルーズベルトは不戦を公約し当選した大統領なので、日本から開戦せず宣戦布告しなければ、アメリカからは参戦できなかったなんて国内事情、いくら米国通の山本五十六でも判る筈ありませんか?

 山本長官が真珠湾作戦やMI作戦を強行したのは、それなりの理由があってのことでしょう。
 アメリカは戦前のワシントン軍縮会議でダニエルズ・プランという建艦計画を断念していますが、それは戦艦・巡洋戦艦16隻を含む150隻もの大艦隊をわずか3年で作り上げてしまうというとてつもないものでした。いざ開戦となればそれを復活するのは自明、アメリカの国力をもってすれば下手をすると規模は拡大、期間は縮小という手に出るかもしれません。対する日本はもうちょっとで就役する大和の他は、大正時代に建造された古臭い戦艦が10隻あるのみ。建造予定は大和型が残り2隻という状態です。これは、いざ開戦したらわずか数年で戦力差が最低でも2倍、3倍になり、その後は開く一方ってことです。
 であるならば、もし開戦ということになれば、できるだけ戦力差の小さいうちに乾坤一擲の大勝負に出るほかはありません。これ以外に勝てる(有利な条件で講和できる)方法なんぞあり得ない、これはもしGF長官が山本でなくても同じだったのではないかと思います。
 → 山本五十六ってそんな事情を指摘できる程まで米国通ではなかったと言う事ですね。と言うのも、そこまで理解し覚悟し計画して開戦した事が、記録や話に残されていない様に思うのです。
 → ところで、リメンバーアラモ、リメンバーメインってご存知ですか?リメンバーパールハーバーは3度目の焼き直しなんですってね。リメンバー911にも臭い話があるって事ご存知ですか?

お礼日時:2011/08/18 11:47

 南方の資源を確保したとして、どうやって日本へ運ぶのでしょうか。


 フィリピンにはアメリカ軍がいました。何もしないで通してくれるとは思えません。

 真珠湾攻撃は筒抜けではありません。もしそれが事実でしたら、ルーズベルト大統領は自国民が殺される事を容認した極悪人になります。
 ミッドウェー作戦がバレたのは、暗号が解読されたからです。
 もしスパイなら伊168潜水艦に空母ヨークタウンを沈めさせないでしょう。
 
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この回答へのお礼

簡潔にご回答を頂き恐縮です。さらに色々と疑問が出て来たので宜しくお願いします。

 * アメリカからは開戦できぬ国内事情があった事も含め、フィリピン駐留軍の運用についてご助言頂けますか?
 * リメンバーアラモ、リメンバーメインってご存知ですか?リメンバーパールハーバーは3度目の焼き直しなんですってね。リメンバー911にも臭い話があるって事はご存知ですか?これってアメリカの常套手段らしいですが、もう少し何か面白い事はご存知ですか?
 * ミッドウェイでは暗号が解読されていたのに、真珠湾の時はまだ解読されていなかったんですか?
 * 日本が開戦を仕掛けてくれるなら、空母一隻ぐらい安い物だったとは思えませんか?
 * 日本の潜水艦は「通商破壊」と言う「大西洋での戦術」を取らなかった理由、何かご存知ですか?

以上、宜しくお願い致します。

お礼日時:2011/08/18 12:02

こいつはネット右翼に竹やりで○門を突かれるかもしれませんね。




米海軍は21ノット級の旧式戦艦の処分に困っていました。
これが在る限り新型戦艦の予算が降りないからです。

ごみ掃除完了。サンキューヤマモト!

しかし、米軍が最も危険だと判断していたのが山口多聞です。

こんなやつが居たら機動部隊を壊滅させられちゃいます。
伝統ある米太平洋艦隊が巡洋艦と駆逐艦だけにさせられちゃいます。

こいつは相手を丸裸にします。
その上フェアだと称して戦える危険なやつです。

山口多聞戦死。こいつはほんとにサンキュー。


イソローク・ヤマモトはカジノで骨抜きにされていました。
大学の宿舎で彼はCIAに睡眠学習機械で洗脳されていたんです。

コイツヤッチャッテイイデスカ?
イエス(既に用済みである。)

と、十分にしゃぶり尽くしたような答えが返って来ました。

>アメリカのスパイだったんでしょうか?

いいえ。

地球を救うと称して巨大隕石に核ミサイルを大量に撃ち込み、
逆に死の灰が地球に降り注いでしまったような馬鹿な指令でした。

輝く未来だ。原子力~♪げんしりょく~♪
日本に明るい未来が来たのは事実でしょう。
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この回答へのお礼

取り合えず、ご回答ありがとうございます。
おちゃらけなんで、何処から何処まで真実/空想なのか判りませーん。

ところで、山口多聞もアメリカ(ブリンストン大)留学経験者ですね。
ミッドウェイで「飛龍」と共に沈む事を山本五十六は期待してたとか?
だって、ミッドウェイでは敵機来襲2時間前に発艦提案をしたそうですし、
真珠湾でも南雲忠一が許可しなかったが「第3次攻撃」を提案したとか、
アメリカにすれば(スパイ?にならず)優秀過ぎて邪魔者ですよ。

スパイは山本五十六だけじゃないって事、十分考えられますね。
蛇足ですが、日本海軍はどの位盛んに海外留学をしていたのでしょう。
よろしく!

お礼日時:2011/08/18 12:43

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Aベストアンサー

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1943年(昭和18年)4月 18日ソロモン戦域洋上で空中戦戦死
没約68年

山本五十六元帥言行録より
「やってみせ、
言って聞かせて、
させてみて、
ほめてやらねば、
人は動かじ。」
「人は神ではない、誤りをするという処に人間味がある。」
「苦しいこともあるだろう、言いたいこともあるだろう。
不満なこともあるだろう、腹の立つこともあるだろう。
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「大日本帝国は遠からず負ける…当然そうなれば私も責任を負わなければならない、その時生きているかは分からないが、そうなればセントヘレナへ島流しが関の山でしょう…」と

Aベストアンサー

山本五十六には戦犯になる理由がありません。A級は東條の様に戦争を起こした責任、B,C級は捕虜や占領地の住民に対する残虐行為もしくはその監督責任(松井石根陸軍大将など)、、、山本にはそのいずれも該当するものがありません。

五十六は海軍次官として海軍大臣・米内大将を強力に補佐し三国同盟反対、対米戦争反対を貫きました。陸軍と右翼からの暗殺の脅迫にも負けないでがんばった。「三国同盟なんか結んだらアメリカと戦争になる。そうなったら東京など丸焼けにされて日本人は惨めな目にあうだろう」とか、対米戦争も「負けるに決まった戦争をするやつがいるか!」とよく言っていたそうです。しかしこの二人が政府の要職を去って日本は地獄へ転げ落ちていきました。

対米開戦の時は山本は聯合艦隊司令長官。軍人として立派な地位でしたが所詮は実戦部隊の長。戦争する、しないは大本営(軍令部参謀本部)と政府が決めることでした。そしていよいよ東條内閣が開戦を決めると、親友の堀悌吉中将への手紙に「個人の意見と正確に正反対の決意を固め」 「、、、艦隊担当者としては到底尋常一様の作戦では見込み立たず、結局桶狭間とひよどり越えと川中島とを併せ行うのやむを得ざる羽目に追い込まれる、、、」 、と。この様な非常の覚悟であの戦争に臨んだ軍人はほかに見当たりません。いい加減な気持ちで戦争を始めた東條などとは一枚も二枚も格が上の軍人でした。

そしてやる以上は天皇の軍人としてベストを尽くそうと、空母機動部隊による航空機の大量集中使用で真珠湾攻撃という雄大で斬新な作戦を行ったのです。本人は開戦後二年もしないでソロモンの最前線で前線視察中に飛行機上で討ち死にしてしまい、戦争そのものも山本の予言通りの結末になりました。戦争の結果を山本の責任にする人がいますが、山本があんなに反対した対米戦争を決めておいてその結果を山本のせいにするのはどうかと思います。

なお、真珠湾攻撃の最後通牒・宣戦布告の遅れは山本五十六の責任ではなかった(奇襲攻撃とだまし討ちは違う)山本自身は何度も参謀に「最後通牒は攻撃前に相手に届く様になっているんだろうな」と念を押しています。しかしこういう事は政府の権限・責任です。遅れたのは日本政府とワシントンの日本大使館の責任でした。その様な背景を知らなかったアメリカでは、山本五十六は真珠湾のだまし討ちの元凶として憎まれていましたが、戦後は評価は一変しました。

という事で、山本五十六が戦争に生き残っても戦犯に指定される理由はありません。強いて言えば指揮下の部隊が残虐行為を行ってその監督責任を取らされる可能性ですが、山本自身、開戦の時点で既に聯合艦隊司令長官のポジションを前任者たちより大幅に超えていた為、実戦部隊からはずれて国内の要職についていた公算が大です。従って部下の残虐行為も可能性はありません。



※というか山本長官が生存してたら、もう一、二年早く
アメリカと講和してくれたから東京裁判戦犯裁判は、なかったとか\(^^;)...マ

 

山本五十六には戦犯になる理由がありません。A級は東條の様に戦争を起こした責任、B,C級は捕虜や占領地の住民に対する残虐行為もしくはその監督責任(松井石根陸軍大将など)、、、山本にはそのいずれも該当するものがありません。

五十六は海軍次官として海軍大臣・米内大将を強力に補佐し三国同盟反対、対米戦争反対を貫きました。陸軍と右翼からの暗殺の脅迫にも負けないでがんばった。「三国同盟なんか結んだらアメリカと戦争になる。そうなったら東京など丸焼けにされて日本人は惨めな目にあうだろう」とか...続きを読む

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さすがに、最後の方ではうすうすわかってきたのですか?
だとしたら、何か対策をとっていたのですか?

Aベストアンサー

最後まで、『これほど優れた暗号を解読できるわけ無い!』という誤った自信を持っていました。

解読されていると認識したら使うわけ無いです。

その上、アメリカは頭がいいので、解読していることがばれないようにいろいろ策略を練っていましたから。

たとえば、山本五十六が視察のため、あるルートを飛行機で通ることを解読したとき、待ち伏せして撃ち落としただけでは暗号が解読されていることがばれてしまうので、撃墜した後も何日か同じ場所に飛行機を飛ばして、待ち伏せしていたのではなく定期的な偵察飛行中に偶然発見して撃ち落としたかのように見せかけたのです。

このトリックに日本はまんまと引っかかってしまい、暗号が解読されていたのではないかと疑う者もいたのですが、結局、解読されてないと判断してしまったのです。

日本人の判断力は、幼稚というか、硬直しているというか、戦争をするには不向きな民族のようです。

Q山本五十六についてレポートを書くのですが・・・。

歴史の課題で、人物一人を選択してレポートを書くというものがあり、山本五十六について書くことにしました。
書くことの中に、「その人物が後の歴史に与えた影響」とあるのですが、いまいち良く分かりません。

なので山本五十六がのちの歴史にどのように影響を与えたか具体的に知りたいです。

Aベストアンサー

 レポートの丸投げは禁止です。っというか情けないです。
 丸投げではないのかも知れませんが、ご自分で調べた形跡がまるでない質問文です。せめてウィキペディアくらいは覗いてから、興味のあるところを限定して質問しましょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AD

 ちなみにですが、歴史に与えた影響という課題ですが、「あなたの主観でどのような影響があったと思うか」を書けばよいと思いますよ。ただでさえ歴史には正解はありません。軍人一人いなかったとしても、どうせ大した影響もありませんて。その人がいなければ、他の人がやったでしょうから。他人が考える「歴史への影響」を書いても、あなたの歴史観はちっとも深まりません。レポートとはそういうものではないはずですよ。

Q山本五十六長官

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それともバラバラになって海の藻屑となってしまったのでしょうか?

Aベストアンサー

No.1です。
実話がありました。
ブインの近くの村にいた波砂少尉が燃えながら約5度
の角度でジャングルに墜落する日本機を見て現場に
駆けつけた。
数個に割れた機体の横に死体が散乱していた。

他方長官機とともにもう一機宇垣参謀長搭乗機が同行
していた。
こちらも被弾して海中に落ちた。
海の藻屑とならず運よく助かり二日後長官の遺体収
を行った。
波砂少尉の話
「長官は軍刀を左手に握り、右手を添え、機体と平行に
頭を北に向け左を下にした姿勢で居られました。
…左胸に敵弾が当たったようで血が流れておりました」
他の搭乗員と違い遺体の損傷は少なかったといいます。

前に書いた不時着とか、椅子に座ったままとかは、当時の
新聞報道の綺麗ごとでした。
ただ最期まで毅然としていたことはわかりました。

長官の遺体は宇垣参謀長が守り、ラバウル、トラックを
経て連合艦隊象徴の巨大戦艦武蔵に載せて帰りました。
最大の敬意を表したわけです。

長官は出発前夜溜まっていた短冊など多くの揮豪依頼を
すべて片づけたそうで、覚悟はしていたでしょうが、心残りは
多かったことでしょう。

No.1です。
実話がありました。
ブインの近くの村にいた波砂少尉が燃えながら約5度
の角度でジャングルに墜落する日本機を見て現場に
駆けつけた。
数個に割れた機体の横に死体が散乱していた。

他方長官機とともにもう一機宇垣参謀長搭乗機が同行
していた。
こちらも被弾して海中に落ちた。
海の藻屑とならず運よく助かり二日後長官の遺体収
を行った。
波砂少尉の話
「長官は軍刀を左手に握り、右手を添え、機体と平行に
頭を北に向け左を下にした姿勢で居られました。
…左胸に敵弾が当たったようで血が流...続きを読む

Qもし山本五十六氏が終戦時に生きていたら、、、

もし山本五十六氏が終戦時に生きていたら
A級戦犯にされていたのでしょうか?

Aベストアンサー

捉えられた可能性はありますが、死刑などの刑罰はなかったのではないか?と考えます。
理由は
平和に対する罪として真珠湾攻撃がありますが、山本五十六はあくまで現場指揮官のため、作戦全体の決定権がなかった。
捕虜虐待の実績が不明確、民間人虐殺の罪もない(A級としてとられられて、B級として裁かれる可能性もない)
などがあります。また、米人弁護士もいっているのですが、戦争は罪じゃないという考え方も、決して不当なものではないでしょう。一般的に近代以降は敗戦国の軍人を捕らえて殺すような野蛮な行為は行われていません。東京裁判はその野蛮な行為にかなり近いのですが、主に戦争を決定した指導者に対して罰が下されており、軍人についは前述の虐待以外での裁きはありません。
 ポツダム宣言においても、軍人の武装解除後の生命の保証はされています。山本五十六が戦争指導者かどうか、といった点が一番のポイントになるのではないでしょうか?

Q山本五十六が三国軍事同盟参加に反対した理由

山本五十六は日独伊三国軍事同盟に参加する事に反対していたそうですが、それは何故でしょうか?
わざわざ同盟を結ぶからには多分何かしらのメリットがあるからでしょう。
しかし反対するからにはそれを考慮してもカバーできない致命的な部分があるのでしょうか?

Aベストアンサー

山本五十六だけでなく、三国同盟には主に海軍を中心に強い反対がありました(陸軍では石原完爾などが反対)。
当時のドイツとイタリアを足してもイギリスの海軍力の半分にも満たなかった事から、海軍側は海軍力の貧弱な枢軸側に加わってイギリスを敵に回すのを恐れたのです。
三国同盟を推し進めた外相の松岡洋右は、三国同盟の後に日ソ中立条約を締結し、三国同盟にソ連を加えた「ユーラシア枢軸」に拡大し、それで米国に対する圧力を意図していたと言われていますが、それは独ソ戦勃発で崩壊します。

結果的には三国同盟が大失敗だったことは明白ですが、当時の日本の政治家やマスコミ、世論の多くはフランスを屈服させヨーロッパの大部分を制圧したドイツの力の幻惑されていたと言えます。

Q山本五十六が戦死しなかったとして

山本五十六がブーゲンビル島上空で戦死しなかったとして、その後の作戦に史実と違う結果を残せますか?

Aベストアンサー

オヤジだよ。

変わらなかったでしょう。

山本五十六氏こそが、戦前の米国の発展を見て、びっくらこいてた。
日本とは文明からして大差を付けられていることを確信していたのです。

日本に勝機は無いが、パールハーバー(真珠湾攻撃)を起点に
半年間、暴れますって発していた。

ブーゲンビルへは南方出兵の兵隊達の慰問として出かけた矢先に
乗った飛行機(通称:葉巻)が米軍のF6戦闘機に攻撃されて撃墜した。

例え、生き続けていても、その後の戦況なんてほとんど変わらなかったでしょう。

不沈艦とか無敵艦隊とか超ド級の戦艦大和が無用の長物と、撃沈されてから低評価しても、どうしようもない、
所詮、戦闘機には勝てなかったのですよ。
46cm砲、数発発射して、米国には何のダメージすら与えず、撃沈。
恐らく、こんな大和の指揮もしていたと思いますよ。

米国には勝てない、でも、相当のダメージを与え、完膚無き叩きのめす、その中で僅かながらにも勝機を見出すとした思いが既にあったワケですから。

ずば抜けた闘将が一人いるかいないかだけで、戦況なんてさほど変わらなかった、と思います。

オヤジだよ。

変わらなかったでしょう。

山本五十六氏こそが、戦前の米国の発展を見て、びっくらこいてた。
日本とは文明からして大差を付けられていることを確信していたのです。

日本に勝機は無いが、パールハーバー(真珠湾攻撃)を起点に
半年間、暴れますって発していた。

ブーゲンビルへは南方出兵の兵隊達の慰問として出かけた矢先に
乗った飛行機(通称:葉巻)が米軍のF6戦闘機に攻撃されて撃墜した。

例え、生き続けていても、その後の戦況なんてほとんど変わらなかったでしょう。

不沈艦とか無敵...続きを読む

Q山本五十六の最後

なぜ山本五十六聯合艦隊司令長官は
危険な最前線視察などに出向いたのですか?
事前に陸軍の今村大将や小沢中将、城島少将が思いとどまるように説得していますが、聞く耳さえ持ちませんでした。
護衛の戦闘機もたった6機で大丈夫だと思ったのでしょうか?
油断していただけだったのですか?
それにしてもなぜこの時期にブインの視察など
する必要があったのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
こういう行動は結構意味があります。
◎普段、前線にいないオエライさんが、実際に弾の飛んでくるような前線を視察する事で、兵士からの信頼が厚くなる。
少なくとも、毛嫌いしてたような兵士でも少しは見直して、やる気になる人も多いはずです。
◎その地域の兵士・部隊に対して「お前たち、こんなに気にかけているんだぞ」という最高のアピールになる。
◎司令官自身が現地を見る事で戦略上の問題などを発見する機会が増える。
現地将兵は戦術的、遠くで作戦を作る人たちは戦略的な目が必要で、作戦はその両方がうまくかみ合わないと失敗します。

なので、視察行為自体は至極当然、前線の状態を作戦に反映したいと考える司令官なら誰でも同じ事を考えたでしょう。

ただ、移動・護衛の方法、通信がバレバレになってる可能性まで目が向かなかったというのは確かでしょうね。
あまり考えられないですが「米国の精神論では待ち伏せはしない」とたかをくくっていたのなら、とんでもない誤解であったと言わざるを得ませんが。


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