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約一年特養に入所している介護5の母がいます。最近調子が悪く看取りのための同意書にサインが必要になりました。これにサインをしないと看取りが出来ないそうです。
そこで質問ですが

1)看取りと言うのは何もしなく痛みがあっても緩和する医療行為は一切しない。といわれました。
 どこの特養でもそうなんでしょうか。
また法律で決められているといわれましたが決められていますか。

2)病院へ入院を(施設が大変だからと思うのですが何気なく強くすすめられている気が)勧められていますがこのような経験をされた方の意見やアドバイスをお聞きしたいのです。延命処置は希望していません。

3)施設にいる嘱託医は母を診察もせず薬を処方していますがいいのでしょうか。具合が悪くなるとすぐに入院または近くの病院の受診です。聴診器もあてず部屋をのぞくだけで点滴注射一切しませんがどこもこんなもんですか。
市から来るこれだけかかりましたという医療費はものすごく高いのですが。

私は息子で一人で4年間介護していてやっと施設へ入所でき、現在は仕事上在宅は少し厳しい状態です。以上の質問宜しく御願いします。

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A 回答 (4件)

>1)看取りと言うのは何もしなく痛みがあっても緩和する医療行為は一切しない。

といわれました。どこの特養でもそうなんでしょうか。

そんなことはありません。
看取りをきちんと行っている特養であれば、痛みの緩和などをしながら死を迎えるお手伝いをします。
ただ看護師が夜間少ない、もしくはいない施設も多いため、夜間の医療体制については限界があります。
看取りをスタンダードにされている施設のホームページを紹介しておきます。

>また法律で決められているといわれましたが決められていますか。
決められていません。
無いものは無いので根拠は提示できません。

>2)病院へ入院を(施設が大変だからと思うのですが何気なく強くすすめられている気が)勧められています
施設が看取りに自信が無いのかも知れません。
自信が無いところに預けるよりは病院の方がいいのかも知れません。
しかし、看取りの状態で特に治療が必要で無ければ入院させてもらえないかもしれません。

>3)施設にいる嘱託医は母を診察もせず薬を処方していますがいいのでしょうか。
よくないです。
でも、ご家族が知らないところで診察をされているのではないでしょうか。
でないと嘱託医の意味がありませんから。

>具合が悪くなるとすぐに入院または近くの病院の受診です。聴診器もあてず部屋をのぞくだけで点滴注射一切しませんがどこもこんなもんですか。
特養では必要時には医療行為が出来ます。
そのための医務室です。
ここは医療法上の診療所なので、必要な医療行為が出来ます。
また特養の医師の配置基準は「入所者に対し健康管理及び療養上の指導を行うために必要な数」とされており、常勤で無いことが確かに多いです。
しかし、急変の時に対応できないという状態はまずいです。

>市から来るこれだけかかりましたという医療費
市からの請求明細のことですかね。
であれば、それだけの医療行為はされているはずです。
具体的にどのくらい高いのか分かりませんので、なんともいいようがないのですが。

お母様が特養に住所を移すなどして、介護負担限度額の3段階以下であれば、
同様に高額医療などの制度を利用できるはずです。
特養の生活相談員に相談してみてはいかがでしょう。

参考URL:http://www.ryokufuu.com/
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看取りのガイドラインです。


 http://www.mri.co.jp/SERVICE/project/chuou/rouke …

 家族が入所していた施設では看取りの同意書の中で疼痛の対応は出来ないと言われました。
 
 ガイドラインにもありますように、特養によって管理できるところと出来ないところがあります。
 病院などと同一敷地内にあるような特養では対応しているところもありますが、特養では夜間は看護師を配置し無いところも多いので、現実的に疼痛管理は無理だと思われます。
 介護師は医療行為が禁止されていますので、法律で決められていると言われたのでしょう。

 病院への入院ですが、その時々の判断になるかと思われます。
 入院しても、3ヶ月以内で退院できれば施設に戻れると思いますが、確認はされましたか?
 一回や二回の点滴などは特養でも対応してくれると思いますが、継続的に点滴は難しいと思います。
 入院中の特養費用については、施設にお尋ねになってください。
 施設の介護料・食事負担金は掛かりません。
 
 義父も特養で看取りをお願いしていましたが、誤嚥性肺炎を起こし、救急車で病院に搬送されました。特養では医療行為が出来ず、辛い思いをすることになってしまうので、判断は間違っていなかったと思います。
 ご質問の内容から、嘱託医は、持病の管理を主に行い、突発的なものは、外部の医療機関が行っているようですね。開業医だったりすると急変時は駆けつけるのが難しいので、そのような体制をとっているものと思います。
 このことから、施設内での医療が必要最低限レベルとすると、医師を呼べばすぐ来てくれる環境(入院)という選択肢もあるように思います。
 お母様にとって、辛くない環境がどこであるかを考えるだけです。
 
 医療費は往診代が入るので高いですね。(苦笑)
 医療費は高額療養費での還付もありますし、
 合算療養費制度http://www.gov-online.go.jp/useful/article/20090 …
 も覚えておくと良いでしょう。
 
 分かりにくいようでしたら、補足でご質問をお願いします。
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No.1のおじさんです。



追加です。

今思い出したので。

特養は介護保険で、面倒をみてもらっていますね。
医療行為は、国保ですね。高齢者のです。

特養で薬ぐらいは出ますが
介護保険と国保の医療保険を
一緒にすることができないのです。

厚労省で、そういう決まりになっているようです。
分けているのです。

高額医療には還付があるので、市役所に行き
手続きをしないといけませんよ。
三ヶ月先ぐらいに差額が戻ってきますので。
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おじさんです。



(1)ですが、特養は医療機関ではないので、入所者が具合が悪くなった場合は
病院に行くのが基本ですよ。
看取りにサインを求められているのは、当然なことです。
それだけ、現在そういう状況になりつつあるのだと思います。
病院に搬送するまで、入所者の体が負担に耐えられないとの判断からではないですか。

(2)ですが、上に書きましたように特養は医療機関ではないので、延命治療を望んでなくとも
より具合が悪くなった場合、特養には置かないものですよ。
ですから施設が大変だからという理由ではないです。

(3)ですが、嘱託医しかいないものですね、特養は。
専門外の先生もいますね。それと常駐ではなく、週一回ぐらいしかいないですね。
ですから、急変のときなどの対処はできないですね。
特養で具合が悪くなった場合は、提携している病院に行くのです。
特養は歳をとっているけど、一応健康体が入所できるものなのです。
歳をとれば、悪いとこはあるものですけどね。

市から医療費がきても、高額医療の対象になると思いますが。

医療を望む場合は、病院に行くか、名前を忘れましたが、医療と特養が一緒に
なっているような施設があります。
名前なんていったかな。
ただし、順番待ちでなかなか入れないものです。
特養より金額が高くなりますよ。

わからないことは特養の責任者に聞くのが一番良いですよ。
相談員というのがいますよね。

特養は医療行為はしないものです。面倒とかそういうものではないですよ。
決まりがあるのです。

忙しいでしょうが、今貴方ができることは、マメに特養に足を運び
顔をみせて、お母さんに対し後悔のないようにしてください。

貴方の質問の答えになったでしょうか。
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Q点滴だけでどれ位生きられるのでしょうか?

86歳の祖母が今月5月の17日から点滴のみで寝たきり状態です。
4月に酸素濃度が低いと言われ入院。
そのままご飯を飲み込むのが難しくなり、鼻から食事を取るようになりました。
5月の15日に胃ろうの手術を行う予定でしたが、体調が悪そうなので断念。
そして17日の朝に危篤と言われ、あと30分しかもたないでしょうと連絡があり、家族で病院に駆けつけました。
病院に着いた時は安定しつつあり、それでも2.3日が山でしょうと言われました。

今10日以上経ちましたが、変わらず点滴のみで酸素を鼻から送っています。
心拍数は70くらいで酸素濃度は時々80代まで下がってしまうようですが基本的に95以上はありますし、おしっこもちゃんと出ているようです。
血圧も標準です。
何を言っているか聞き取れないのですが、1日2.3回は口を動かして言葉を発します。
寝返りもうちます。
時々笑ってくれたりもします。
帰りたいのに帰れない、言葉も伝わらないことで怒って弱々しくですがパンチしたりもしたそうです。

それでも病院側はまた鼻から管を入れて食事するのは難しいでしょうと言います。
このまま点滴だけで...と言う感じです。

重度ではないですがもともとパーキンソン病も持っています。
身長140cmない位で体重は今25kgあるかないか位です。
今は歩くことは不可能です。

身内として見てるのも辛い、可哀想で仕方ありません。
私達の家から祖母のいる病院まで片道3時間程かかるので、次また危篤の連絡が来た時、最後一緒にいてあげられないんじゃないかと母といつもヒステリックになってしまってしまいます。
私も仕事が忙しく、母も父方の祖父祖母の世話をしていてずうっと付きっきりにはなれない状態です。
鼻からの管がこれから先出来ないと断定された時、点滴だけでどれ位生きられるのでしょうか?
昼間はKN3号と言う点滴を入れているようです。

どなたかお返事くだされば嬉しいです(;_;)

86歳の祖母が今月5月の17日から点滴のみで寝たきり状態です。
4月に酸素濃度が低いと言われ入院。
そのままご飯を飲み込むのが難しくなり、鼻から食事を取るようになりました。
5月の15日に胃ろうの手術を行う予定でしたが、体調が悪そうなので断念。
そして17日の朝に危篤と言われ、あと30分しかもたないでしょうと連絡があり、家族で病院に駆けつけました。
病院に着いた時は安定しつつあり、それでも2.3日が山でしょうと言われました。

今10日以上経ちましたが、変わらず点滴のみで酸素を鼻から送っています。...続きを読む

Aベストアンサー

水分と最低限の栄養素だけ点滴で賄えれば、何年も生きる方もいますよ。
自発で呼吸ができず人工呼吸器をつけ、点滴だけで数年生きて、数年ぶりに目覚めたといった話を聞いた事はありませんか?

KN3は維持薬ですね。水分の維持をする為のものです。これだけでも生きられますが、胃ろうができない方に高カロリーの点滴を使う事もありますが、高齢でその状態ではちょっと難しいかも知れませんね。

人間は、食事をせずとも点滴だけで生きていられるんですよ。

ただし高齢で体重も少ないですからどうしても感染症等の危険もあるでしょうし、臓器の状態、おそらく血液検査や胸部、腹部エコー等もされているでしょうが書かれていませんからなんとも。。
前日まで元気そうに見えていても、翌日急変してその数時間後にはという方もいれば、数か月の方もいますしね。

余命は、現場にいても医師でも数時間前~数日前まで判断できないものです。

残された時間を大事にお過ごしください。お大事に。

Q84才の父が食事を食べなくて衰弱する一方

父(84歳)が、この前の暑さでまいってしまったのか、食事を受け付けなくなり、一切食事を拒否します。意識はしっかりしていますが、しんどい様子で眠っている時間が多いようです。
医師に相談すると、食事をとらないほかにも、点滴もしても10分と長続きしなくて(自分で抜いてしまう)もうやめてしまったと言いましたので、当方がべったり付き添いで見守っていた所2本まで点滴が入りました。多少安心しました。(私が居なくなるとまただめかもしれません)
老人が食事を取らなくなる理由は何なんでしょうか?エンシュアという液体栄養物質も嫌がって口にしませんし・・。
父親が言うには、圧迫感があるというのです。
それだけで、食欲は無くなるものなのでしょうか?

聞くところによると、老衰の症状として、衰弱と食欲の減退から食事を取られなくなり、更に衰弱が進行し、死に至るケースが老衰であるという考えがありますが、どうなのでしょうか?(このケースは老衰によるものなのでしょうか)

医師も初めてのケースらしく戸惑っております。(処置する方法が見つからない) 頑なにここまで食事を拒むケースは見たことが無いようです。精神面からアプローチすべきか?  老人性痴呆を疑ってみるほうが良いのでしょうか?医師も病院を出て行ってほしがります。正直この状態で出て行けば、必ず死が目の前です。

身体は、がりがりで、生きているのが不思議な状態です。栄養経路を断絶し、このまま、家で見取って最後を迎える方が本人の為なのか、わかりません。

どうぞ、お知恵をお貸しください。

父(84歳)が、この前の暑さでまいってしまったのか、食事を受け付けなくなり、一切食事を拒否します。意識はしっかりしていますが、しんどい様子で眠っている時間が多いようです。
医師に相談すると、食事をとらないほかにも、点滴もしても10分と長続きしなくて(自分で抜いてしまう)もうやめてしまったと言いましたので、当方がべったり付き添いで見守っていた所2本まで点滴が入りました。多少安心しました。(私が居なくなるとまただめかもしれません)
老人が食事を取らなくなる理由は何なんでしょうか?エ...続きを読む

Aベストアンサー

僕の母は胃腸科の入院で点滴の限界を医師から告げられ、飢餓状態で命も危なく(飢餓と発熱)当院では手に負えないこと、そして胃ロウ手術の実績のある医師のいる救急病院の紹介をされ、待ったなしで父と僕の兄弟姉妹で相談して胃ロウ手術のできる病院に入院し、手術の内容と過去の手術実績、成功率の説明(インフォームドコンセプト)をうけ、手術承認書を書いて、手術室控え室の隣(カーテンを引いただけ)の手術室で手術をして貰いました。父、僕、妹が隣で手術が終わるのを待ちました。手術後は胃ロウの回りに肉や皮が盛り上がって外部と胃の内部が栓付きチューブでつながった状態になって内出血も無ければ10日~2週間位後(はっきり覚えていない)包帯をとって退院OKがでて、ホームへ一ヶ月以内に戻れました。
医療や介護が家族でできない以上、他人の医師や看護婦や介護士に任せるしかありません。できるだけ頼み込んで要望を入れてしまうしか無いですね。腹を立てていてもお父上の飢餓状態と命の危険が進むだけです。飢餓状態になると脳に十分なブドウ糖や酸素や血流量が確保されずお父上の正常な脳機能(判断能力)が無くなってしまい、栄養失調状態が続けば脳萎縮などが進行して痴呆が進行しないとも限りませんので、まず飢餓状態から脱出するために、早急な胃ロウ手術が必須となります。できるだけお父上の手術に絶えるだけの体力があるうちに手術をされた方がいいと思います。僕の母の場合が、手術病院から胃腸科医院に迎えにきてもらい、手術に耐えるだけの体力を確認して1~2日経過を見てから手術を行いました。
貴方のお父上の場合、お父上の体力があるうちに、胃ロウ手術をされた方がいいような気がします。精神科の治療は時間がかかりますし、飢餓状態が続くほど脳も萎縮して痴呆が進むのではと思います。
精神科は元気で十分な体力と痴呆もなくまともに精神科医師との会話が成立することが前提で、治療に半年以上かかるかと思います。その前に飢餓状態が進めば、命が危なくなってしまう恐れが十分あります。
飢餓状態を回復するには、精神科より、栄養を確保するための便法としての胃ロウ手術の方が良いかと思います。飢餓状態になるとお父上がまともに意思表示さえできなくなってうつろな状態になって、精神科どころでないと思います。
まず、生命を維持できるだけの栄養を身体に取り込むことが必須だと思います。精神科が必要なら命の危機がなくなったそのあとでよいのではないでしょうか?
胃ロウの手術できる病院の医師に一度お会いになって説明を受けたり、手術概要を書いたパンフレット(説明書)を貰ってこられたら如何でしょうか?

僕の母は胃腸科の入院で点滴の限界を医師から告げられ、飢餓状態で命も危なく(飢餓と発熱)当院では手に負えないこと、そして胃ロウ手術の実績のある医師のいる救急病院の紹介をされ、待ったなしで父と僕の兄弟姉妹で相談して胃ロウ手術のできる病院に入院し、手術の内容と過去の手術実績、成功率の説明(インフォームドコンセプト)をうけ、手術承認書を書いて、手術室控え室の隣(カーテンを引いただけ)の手術室で手術をして貰いました。父、僕、妹が隣で手術が終わるのを待ちました。手術後は胃ロウの回りに...続きを読む

Q肺炎の急変について

先日父(76歳)が誤嚥性肺炎で亡くなりました、その病状の進み方についてご意見を頂きたく質問を致しますので宜しくお願いします。

父の病状の経過
今年の初めに脳梗塞で入院(10日間で退院、運動障害はないが、服を切れない文字が読めない等の高次機能障害かあり)

退院10日後脳出血で再入院(失語、嚥下障害、自発的な行動はなくなりましたが、運動障害はなく歩ける状態でした)

入院中は点滴、鼻からチューブによる栄養補給で治療を継続し約40日後にリハビリのため専門の病院に転院がきまりました。

転院の前日に38度強の熱が出ましたが主治医は転院は問題ないとのこでしたが転院当日先方の病院へ経過を連絡し確認したところ経過観察のため転院を延期し検査を依頼されました。(当日は熱は下がっていました)

その依頼により、胸部レントゲン血液検査が行われました、結果炎症反応9とかなり高状態で1週間程度の経過観察と言われました。

その翌日の朝、病院から態急変したとの連絡で駆けつけたところ父は酸素マスクをつけ呼吸も浅く非常に苦しそうにしておりました、意識はない状態で、一時的に心停止に近い状態であったと伝えられました。

その後医師より、レントゲンを見せられ昨日の朝のレントゲンでは肺炎の大きな広がりはなかったが、今朝のものは胸いっぱいに肺炎が広がっており非常に厳しい状態ですと言われ、現実に翌日の夕方に息をひきとりました。

そこで、ご意見をお願いします
1.誤嚥性肺炎だろうと言われました、肺炎は僅か半日足らずで死にいたるほど急激に症状が進むものですか?

2.転院の2日前に(亡くなる3日)に付き添っていたとき息が苦しそうで肩で息をし、手足が先日までとは違いすごく冷たくなっていました、これは肺炎の兆候として治療に反映はできなっかたのしょうか?

3.入院中37度強の熱が1日をとうして出たり出なかたりしていましたが。これは肺炎を起こしているサインとして予防的な治療の目安にはならなかったのでしょうか?

高齢での肺炎は非常に厳しいものとは分かっているつもりですが、なにかもやもやしたものが拭い去れずこの場をかりて質問をさせて頂きました、出来れば医療関係者のかたの率直な意見を頂ければと思います

宜しくお願いします。

先日父(76歳)が誤嚥性肺炎で亡くなりました、その病状の進み方についてご意見を頂きたく質問を致しますので宜しくお願いします。

父の病状の経過
今年の初めに脳梗塞で入院(10日間で退院、運動障害はないが、服を切れない文字が読めない等の高次機能障害かあり)

退院10日後脳出血で再入院(失語、嚥下障害、自発的な行動はなくなりましたが、運動障害はなく歩ける状態でした)

入院中は点滴、鼻からチューブによる栄養補給で治療を継続し約40日後にリハビリのため専門の病院に転院がきまりました。
...続きを読む

Aベストアンサー

1、まず誤嚥性肺炎、特に高齢者の場合は予後が悪く、急激に換気障害に陥り、あっという間に死亡してしまうことは確かにあります。うっかり喉にものが入っただけのように感じるかもしれませんが、極めて重病なのです。ましてや、脳梗塞などがあり、異物を排除できない上に高齢という極めて状態がよくない場合はなおさらです。
2,3、高齢の場合は肺炎の兆候は出にくく、発熱も殆どない場合も少なくありません。手が冷たかっただけではサインとしては目安にはならなかったと思います。看護師が定期的に体温を測っているはずで、急激な低下や上昇があれば通常は主治医に報告がいきます。このあたりは主治医に詳しく再度説明して頂いてください。その方が納得いくと思います。

Q施設入居者が救急搬送を必要とする状態での施設側の対応

76歳の父親が100床ほどの比較的大きな介護老人保健施設に入所しています。
昨日13時頃、施設の方からお父さんが早朝4時に吐血しました。との連絡を受けどうしますか?と言われました。
結果的に救急車で搬送したのですが、その場合状況を解っている施設側の職員は救急車に同乗するものですか?
救急隊員が状況を一番把握している施設関係者の同乗を依頼したのですが、この施設のフロア責任者はキッパリ断りました。
(断った理由は夜勤帯になって人が居ないとのこと)

当日仕事だった私は、施設と併設している総合病院への転院や掛かりつけだった総合病院への問い合わせをお願いしましたが、いずれも満床などの理由で駄目でした。
その間、父親のお腹が時間を追うごとに膨らんで
医師の診察で腸閉塞かも?と言われ、あわてて会社から車で駆けつけましたが、施設側には1時間は掛かりますと言っておいたのですが、その間救急への連絡はされておらず、転送先の病院へ提出する書類などがパソコンで作成されており、着替えなどもまとめてありました。

施設関係者にお聞きします。
施設側は救急車に同乗しないものなんでしょうか?
父の退院後もこの施設にお世話になって良いものでしょうか?

76歳の父親が100床ほどの比較的大きな介護老人保健施設に入所しています。
昨日13時頃、施設の方からお父さんが早朝4時に吐血しました。との連絡を受けどうしますか?と言われました。
結果的に救急車で搬送したのですが、その場合状況を解っている施設側の職員は救急車に同乗するものですか?
救急隊員が状況を一番把握している施設関係者の同乗を依頼したのですが、この施設のフロア責任者はキッパリ断りました。
(断った理由は夜勤帯になって人が居ないとのこと)

当日仕事だった私は、施設と...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは、大変だったと思います。
介護老人保健施設でパートをしています。

■施設側は救急車に同乗しないものなんでしょうか?
(断った理由は夜勤帯になって人が居ないとのこと)


わかりにくかったのですが、救急車で行くのは、早朝だったのでしょうか?
それとも、時間がたち、夜間でしょうか?


介護保険関係の施設(特養 老健)はどこも、人員は規定いっぱいで、介護老人保健施設100床なら、夜間帯は三人か4人だと思います。(正確でなくすみません)


他の利用者の方の安全確保のためにも、夜間帯は不可能だったと思います。
(夜間眠られる方ばかりでなく、定時のおむつ交換等。結構ハードです。)

しかし責任者に連絡し、かわりの人員がきてくれれば、夜間の職員が行けるか、きてくれた職員が
申し送りを受け、救急車にのることができるかもしれません。


夜間の職員は、昼間の勤務者から、詳細な申し送りをうけ、勤務しており、すぐ交代できるかは、責任者の判断だと思います。


パートをしている施設は、昼間でしたが、救急車に同乗していました。

介護老人保健施設には、常駐の医師がおり、夜間急変時には、来所してくれたと思うのですが。。。
その判断もあると思います。



また昼間 普通に受診ということなら、家族が来るのを待っていってもらうことになると思います。


また施設入所のとき、急変時、どうするか書面で取り交わしませんでしたか?


家族が来てから、家族の判断で級急車。
(施設の医師と相談してから。)

延命処置を望まない家族の方もいますので、急変時、
絶対に救急車を呼ばないでまず、家族をというかたもいます。
また最後のときを施設で迎える方も多々います。)


またすぐ救急車でという方は、もちろん家族なしで、すぐ救急車で行くと思います。


■昨日13時頃、施設の方からお父さんが早朝4時に吐血しました。との連絡を受けどうしますか?

4時に吐血で13時に、最初の連絡というのは、遅いと思いますが、急変後、何回連絡しても、つながらなくて困るというのは、実際に経験があります。
(何箇所か連絡先をきかれていると思いますが。)


吐血と血圧、一般状態を総合して、病院に行った方が、よいのか検討して、様子を見ていてその時間だったのか?


■救急への連絡

というのは、転院先の病院でしょうか。
報告するかどうかは、状態により(必要かどうか)、施設医の判断だと思います。
(勝手に職員は、電話できません。)


■転送先の病院へ提出する書類などがパソコンで作成されており、着替えなどもまとめてありました


そのようにすることになっていると思います。
またすぐいけるように、きちんと事務処理されており、いいと思います。

介護保険と医療保険は同時に使えないため、書類手続き上、すぐ必要かと思います。


■父の退院後もこの施設にお世話になって良いものでしょうか?


退院後の状態により、介護保険施設へ戻れないかもしれません。(特別な医療処置が必要な場合)


細やかな医療処置が必要になったため、元いた施設に戻れない場合が多々あります。

一定の期間がすぎると、自動的に施設に戻れない場合もあります。

施設の方に、そのときの様子などを実際にきいて、その様子で、今後どうされるか判断させたらよいかと思います。


施設よりの回答ですみません。

こんにちは、大変だったと思います。
介護老人保健施設でパートをしています。

■施設側は救急車に同乗しないものなんでしょうか?
(断った理由は夜勤帯になって人が居ないとのこと)


わかりにくかったのですが、救急車で行くのは、早朝だったのでしょうか?
それとも、時間がたち、夜間でしょうか?


介護保険関係の施設(特養 老健)はどこも、人員は規定いっぱいで、介護老人保健施設100床なら、夜間帯は三人か4人だと思います。(正確でなくすみません)


他の利用者の方の安全確保のため...続きを読む

Q胃ろうを拒否した場合

76歳の父親です。2年前に交通事故にあい、左手、足がほとんど動きません。嚥下も難しく、6月から誤嚥性肺炎を起こし、医師からは胃ろうを勧められています。意識も多少わからなくなって自分で判断がつきにくい状況です。

胃ろうについて基本的な説明は医師や看護婦さんから丁寧に教えていただきました。ただ、本人がまだ意識がはっきりしている時から、胃ろうなどの処置はしないでほしいと何度も強く言われていました。今も本人は拒否しています。
娘の私としては、長く生きてほしいというより、本人の希望通りで、苦痛を伴わない生活を少しでも送らせてあげたいと思うのですが、胃ろうを拒否した場合、餓死のような大変な苦痛が伴うのでしょうか?現在では一日にゼリーを一つ、むせながら食べるのがやっと、という状況です。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

この6月に義父を見送りました。
うちも誤嚥性肺炎を起こし、胃ろう対象です、といわれましたが、ホームの看護師さん、スタッフ、主人のかかりつけ医とたくさんの方に相談したところ、皆、胃ろうは勧めない、とおっしゃっていました。
口から物が食べられなくなったら、寿命で良いのではないか、と。親を餓死させる気か!といわれそうだが、健康なひとがお腹がすいてひもじくて死んでいくのとは違う、口から物が入ってこなくなると、徐々に身体の機能が落ちて枯れたようになって死んでいく。今までたくさんの方を見送ってきたが、これが一番自然で苦痛の少ない死に方のように感じる、いわゆる老衰です、とおっしゃっていました。
うちでは胃ろうと経鼻栄養は拒否し、抹消点滴と中心静脈栄養を選択しました。中心静脈栄養も再考の余地がありますが、これで家族が覚悟できる時間が取れた、と思います。
ちなみにネットで探した統計で確実ではありませんが、余命
抹消点滴のみ、2-3ヶ月、
IVH    半年から1年
胃ろう    2年から4年
感染症や合併症が起きない場合です。
私たちもさんざん悩みました。でも決定権は家族と本人にあると思います。 

この6月に義父を見送りました。
うちも誤嚥性肺炎を起こし、胃ろう対象です、といわれましたが、ホームの看護師さん、スタッフ、主人のかかりつけ医とたくさんの方に相談したところ、皆、胃ろうは勧めない、とおっしゃっていました。
口から物が食べられなくなったら、寿命で良いのではないか、と。親を餓死させる気か!といわれそうだが、健康なひとがお腹がすいてひもじくて死んでいくのとは違う、口から物が入ってこなくなると、徐々に身体の機能が落ちて枯れたようになって死んでいく。今までたくさんの方...続きを読む

QIVHだけでどの位生きられるのでしょうか?

IVHだけでどの位生きられるのでしょうか?
79歳の父親なのですが、リンパ腫の初期段階で
入院してから、次々に体調を崩し始めました。
入院してしばらくしてから、徐々に認知症が進みはじめ
体力も体重も急激に落ちたように思えます。
嚥下機能も衰えている為、流動食以外禁止となりましたが
本人が拒否。
更に、腸炎でも、何か難しい腸炎だと言われました。
そんな中、もう、終わりだ…。というほどに
衰弱したのですが、主治医から、回復の見込みは
五分五分ですが。ということで高カロリー輸液を勧められ
今、使用してもらっています。
胃ろうは体力面を考えると、手術できない。と言われました。
しかし、個人的な感想ですが、飛躍的な回復だと思えません。
むしろ、高カロリー輸液だけで、命を永らえさせている事に
罪悪感すら感じる事が多いです。
本来、物が口から食べられなくなったら、寿命は終わりだと
いう考え方や、不自然な延命、色んな意味で、無理な延命を
選んでこなかった家族のルーツがあるからだと思いますが。
不謹慎かも知れませんが、IVHのように便利なものが無かった頃のように
普通の点滴のみで、枯れるようになくなる。眠るように亡くなるのが
父の希望だと言ってましたし、僕もそう思います。
父との時間が少し、増えた喜びもありますが、ベッドに拘束され
訳が解らない時間を過ごさせてしまっている罪悪感と、複雑な気持ちです。
IVHをしていると、普通の点滴より、相当延命効果があるのでしょうか?
蛇足ですが、主治医は延命処置では無いと言っていますが、私から見ると
延命処置以外の何者でも無い気がして、怒りすら覚える事もあります。

IVHだけでどの位生きられるのでしょうか?
79歳の父親なのですが、リンパ腫の初期段階で
入院してから、次々に体調を崩し始めました。
入院してしばらくしてから、徐々に認知症が進みはじめ
体力も体重も急激に落ちたように思えます。
嚥下機能も衰えている為、流動食以外禁止となりましたが
本人が拒否。
更に、腸炎でも、何か難しい腸炎だと言われました。
そんな中、もう、終わりだ…。というほどに
衰弱したのですが、主治医から、回復の見込みは
五分五分ですが。ということで高カロリー輸液を勧められ
今、使...続きを読む

Aベストアンサー

別に違和感を私は感じません。下記HPのように普通の感情であり、私も日本における通常の終末期医療にむしろ強い違和感を感じます。
延命治療とは、回復の見込みがないのにいたずらに生命を維持させる行為を示します。よって、主治医がまだ”回復”するチャンスが半分はあると見ているのなら、延命行為とは呼べません。
ただ、”回復”が何を意味するのか、主治医ときちんと話す必要があります。最終的なゴールを胃ろう(PEG)を作って寝たきりで退院とするのか、ちゃんと歩いて会話をして自分で食事を取れるのをゴールとするのか、主治医の”回復”が何を意味しているのか確認すべきと思います。
そこで、ゴールが希望と違うようなら、そこからは延命治療となります。
よく主治医と相談されるのが大事と思います。

参考URL:http://intmed.exblog.jp/10829856/

Q殆ど食べなくて人はどのくらい生きていられるのでしょうか?

約2年前に大腸がんの手術をした84歳の姑です。
軽い抗がん剤の投与を受けていましたが、今年5月頃より肺と腸にも転移が見られ、治療効果が無くなったということで今は一切薬など服用していません。
がんの痛みも全く無く、現在自宅でただ寝ています。
その5月頃から殆ど食事を受け付けなくなり、1日にお茶碗1杯ぐらいしか食べなくなりました。
7月頃からはそれも食べなくなり、1日にコップ3~4杯ほどのお水以外は、1日にスプーン3さじぐらいの固形物を口にするともう「要らない」と言って何も食べません。(1日何も食べない日も時々あります)
介護している家族から見ると、生きているのが不思議なほどです。
ここ3日ほどで起き上がることができなくなりました。
自力での寝返り、おむつ交換時の腰を浮かせることはまだ可能です。

医者は夏を越せるかどうかと言っておりましたが、殆ど食べなくて人はどのくらい生きていられるのでしょうか?

Aベストアンサー

経験者のカテゴリーになるのかはわかりませんが・・・。この暑い中、介護お疲れ様です。

人は食べなくても結構生きていけるようです。
年齢と体力と気力にもよりますが。

色々な人を看ていますが、3ヶ月から1年の方までいらっしゃいます。しかし、これは高カロリー輸液の場合であります。

夏には熱射病、脱水症と飲水に関わる疾患が多いので、充分にお水を飲ませてあげてください。

頑張って下さい!!

Q86歳の母への延命治療について・・・

86歳の母が10日程前に夕食時に嘔吐し、翌日39度の高熱を出しました。
すぐに総合病院にかかり、肺炎と診断され入院となりました。
絶飲絶食で点滴を行い、肺の炎症は治まったとの事でひと安心していたのですが、先日医師から「今の状態より良くなることはない」と言われ、更に今後の方針について「延命治療を行うかどうか」と聞かれました。
医師曰く、母の状態は一種の老衰状態で、口にしたものを飲み込む力もないし、痰を出す力もないので、生きていくには胃や鼻にパイプを通し食べ物を直接流し込む方法しかないとの説明でした。
それは病院ではなく在宅で行うので、家族は24時間体制で看病となりかなり過酷である様です。
この方法は医師的にはいわゆる「延命治療」であるようです。
もう一つの選択肢はこのまま息を引き取るまで点滴だけの治療を続ける方法だそうです。
私から見た母は今回の入院でかなり痴呆が進んでしまった感じはありますが、入院前よりは元気でしっかり会話も成り立つので、正直今回の医師の話が信じられません。
先日、耳鼻科の医師が母の病室まで来てくださり、飲み込みと咳の力のテストをしていきました。
飲み込みのテストはもう少しで流動食OKという所でしたが、咳込む力は最低160位はないとだめらしいのですが母は90しかないとのことでした。
しかし時折、以前健康だった時と同じくらいの咳をしている事もありますし、再テストもなしでこのような究極の選択を迫られる判断ができるものなのでしょうか?
確かにかなり高齢ではありますし、生まれつき小児マヒで右足が不自由だったためその影響で左足にかなり負担がかかり、ここ半年はトイレなど移動は全介助でした。
その上、昨年11月に自宅で転んで頭を打ち慢性硬膜下血種になってしまい12月に手術を受けました。
それも2度再発し1月、2月と計3回手術を受け、その度に体も一層不自由になっていきました。

こんな経緯で選択を迫られた今、どうすれば良いのか全く分かりません。
かなり過酷であっても在宅を・・・と妻も言ってくれていますが、それが一番の選択かといえば疑問です。
とはいえ病室で元気な母を見ていると、点滴治療のみを続けるというのはただ見殺しにするようでとてもできそうにありません。
しかし自分の思いだけで治る見込みのない事を続けるのは私のエゴのような気もします。
このまま母に「今までありがとう」という思いを込めて安らかに逝かせてあげるほうが良いのでは・・・という人もいました。
本人もこのような状態であれば「死」を選択するかもしれません。

この様な時どう選択するのが一番なのでしょうか?
また他の病院で今一度診てもらった方が良いのでしょうか?
そして点滴治療のみにした場合、どの位で母の最期が訪れるのでしょうか?

毎日考えては涙しています・・・

アドバイス・専門的な事何でも結構ですのでご回答下さい。

よろしくお願いします。

86歳の母が10日程前に夕食時に嘔吐し、翌日39度の高熱を出しました。
すぐに総合病院にかかり、肺炎と診断され入院となりました。
絶飲絶食で点滴を行い、肺の炎症は治まったとの事でひと安心していたのですが、先日医師から「今の状態より良くなることはない」と言われ、更に今後の方針について「延命治療を行うかどうか」と聞かれました。
医師曰く、母の状態は一種の老衰状態で、口にしたものを飲み込む力もないし、痰を出す力もないので、生きていくには胃や鼻にパイプを通し食べ物を直接流し込む方法し...続きを読む

Aベストアンサー

質問拝見いたしました!

とてもお辛い状況お察し致します。

私・・個人の意見として書かせてもらいますので、もし失礼な事を書いていたり、
お気持ちを傷つけるような事がありましたらお許し下さい!

私の父は2005年に亡くなりました。
その1年前に「胃がん」と突然言われ、しかもスキルス胃がんでしたので、
言い方を変えれば・・手術はこちらで決める・・結果、抗がん剤を服用のみで、ただ過ごしていました。

それこそ延命治療のような感じでしたが・・。
私は抗がん剤を服用後、1クールごとに服用をやめる・・そんな状況を見ていたとき

どうして「胃の中そのもの」をきちんと視てくれないのだろう?と不思議でなりませんでした。
告知された時・・入院、手術を断った(希望した)のも、父本人でした。

もっと細かい事もあるのですが・・。

私が思うに・・人は「痛い」「苦しい」「辛い」のこの3つがある限り・・。
数値が良くなろうが、前よりこう良くなった状況だ・・とか。
その部分は、ある意味では違う事のように思いました。

ですので・・
身内の私達も、悲しかったり、辛かったり・・毎日が心配でたまりませんでしたが、

一番大事かも・・と思うのは・・。
私達は二の次で・・。
お母様本人に「痛い」「苦しい」「辛い」の状態を長く続けさせる事が一番過酷であるのではないかと思っています。

病気の種類は違いますが・・。

その部分を一番に考え、
お母様が一番・・楽でいられる状態・・。
実際の体そのものの痛み、辛さ、苦しみ

心的な面での辛さ・・つまり、気持ちが「楽」な方向に持っていける事を考えてみたり・・。

父は「入院」もしませんでした。
誰が見ても・・告知後・・元気な様子。・・でも心は不安でいっぱいだった事と思います。

やがて、1年ちかく経った時「痛み」が出てきました。
そこからが一番苦しく、辛く・・本当に本当に痛かった・・と思います。

そして・・自分から入院すると言い出し、
入院していても痛い!苦しい!

私は・・医師に「痛い」「苦しい」を何とか取り除く事を1番重視してお願いしました。

「モルヒネ」を点滴したとき・・父の顔が明るく感じました。

これは・・家族の為に、一生懸命ギリギリまで我慢をしていたことが・・。
モルヒネによって・・我慢しなくても済む状態の顔つきである・・痛い、苦しい、辛いがある程度消えた・・とわかりました。

身内は・・逆に、もう少しの命!と・・悲しく辛かったけど・・。

入院する前、毎日8時間の点滴を病院の処置室に通い、私達もついていき・・終わったら帰る。

でも痛いものは痛い。苦しい物は苦しい。
家族がどんな事をしてあげても、どんな言葉をかけてあげても・・痛い!苦しい!辛い!
家族の行為、言葉自体は嬉しいという気持ちもあったかもしれませんが・・やはり別物です。

でも・・しつこいようですが「痛い」「苦しい」に関しては取り除く事は不可能である事がよくわかり・・。

最後の1週間で・・入院、モルヒネで痛み、苦しみを取り除けた。
そのかわり言葉の呂律がまわらない父・・それでも・・痛くない、苦しくない状態が来たのです。

そしてその2日後に苦しまず安らかに逝きました。

私は・・本当に良かった!と思いました。

自分の経験からの事で、状況なども全然違うと思いますが・・。

その部分って・・今でも本当に大切だナァ・・と思います。
ちょっとの傷でも「痛いよ~~!」っていまも思ったとき、父の痛さと比べたら・・と、今でも思い出します!

ですので・・回答にも、きちんとしたアドバイスにもなっていないかも知れず、申し訳ありませんが。
その部分においてのことを更にプラスして考え、前に進んで行けたら良いのではないでしょうか・・と思います。

失礼な回答だったらごめんなさい!

お母様ご本人が、少しでも辛くなりませんように、心からお祈り申し上げます!

質問拝見いたしました!

とてもお辛い状況お察し致します。

私・・個人の意見として書かせてもらいますので、もし失礼な事を書いていたり、
お気持ちを傷つけるような事がありましたらお許し下さい!

私の父は2005年に亡くなりました。
その1年前に「胃がん」と突然言われ、しかもスキルス胃がんでしたので、
言い方を変えれば・・手術はこちらで決める・・結果、抗がん剤を服用のみで、ただ過ごしていました。

それこそ延命治療のような感じでしたが・・。
私は抗がん剤を服用後、1クールごとに服用をやめる...続きを読む

Q酸素濃度が85%(救急車の中で)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿しているのにトイレに行こうとしたりして危険なので7日は縛られていたそうです。
私は縛られていたせいで祖父がそうなってしまったのではないかと思いましたが、叔父は「救急車の中で測ったときに酸素濃度が85%だったから、脳細胞がやられたからではないか」と言います。
脳細胞がやられるのに2日も要するのでしょうか。
ほかには何が原因と考えられるのでしょうか。
また『酸素濃度が85%』というのはどのような影響を及ぼすのでしょうか。
祖父は食べることが一番の楽しみのようで、いつもおいしそうにモリモリ食べていたから、食べるときにも目を閉じたままというのはとても気になります。
(吐血は噴門部からのもので検査の結果はまだ出ていません。)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿...続きを読む

Aベストアンサー

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると安静時でも85~86%になって、身動きすると、本当に苦しくなります。
この位になると主治医に、このまま泊まっていきなさい(=入院しなさい)といわれて、酸素チューブで酸素を鼻からすって、しばらく病院にごやっかいになります。

今まで一番低かった酸素飽和度は、大発作をおこして、真夜中に救急車で運ばれていた時で、70%台だったと思います。さすがにチアノーゼといって体中が真っ青になっていました。意識もちょっと朦朧としていて、数値を思い出すことはできません。
救急車内で、すぐ酸素マスクをさせられましたが、それでも85~86%。この時は、病院でも一晩酸素マスクさせられました。(マスクはチューブより酸素吸収率が高いのです、息苦しくて大嫌いですが。そしてもっとひどい呼吸困難者は、酸素テントに入らされるはずです)

この時は高濃度の酸素を長期間吸いすぎると、二酸化炭素が体内から排出されにくくなるからと、安静時でも94~95%になる程度の酸素量しか許してもらえませんでした。

……などとえらく自分語りをしてしまいました。

ま、つまり酸素飽和度が一時的に85%になったからといって、それで脳細胞がやられてぼけたと言われると、じゃあ今の私は、何なんだ?ってことで。実際、倒れた次の日は元気そうだったんですよね?

あと入院をよくする者の経験談として……

入院すると高齢者の方は呆けることが多いです。特に個室に入った人などで身内の付き添いさんがいない人は、ぼけやすいです。
もともと認知症(痴呆)の治療として、最近は老人ホームでも身の回りに思い出になるものを置き、小さな家具などは家で使っていたものを使用することが望ましいといわれるくらいです。
それがいきなり、無個性な病院の、見知らぬ部屋、見知らぬ人(医者・看護婦・入院患者など)、窓の外の身知らぬ風景、そんな中に入れられるのですから、ぼけやすくなるというもの。
しかも、もともとかなりの高齢で痴呆もあったんでしょう?痴呆が一気にすすんだとしても仕方がないかも知れません。

できれば、細かいものでもいいので、家で普段使っていた思い出に繋がるものをどんどん持参し、ベッド周りに置くとか、短時間の見舞いではなく、なるべく長い時間いて、色々横で話してきかせるとか、してあげた方がいいですよ。
そして、病気も心配でしょうが、退院してよいとなれば、早く家に連れて帰ってあげてください。思い出の家で生活すれば、改善の余地があると思います。

かつて、同じ大部屋の入院して一気に呆けたおばあちゃまが、退院して次の通院時に、私のいる大部屋に遊びにきてくれたら、まともになっていて、驚いたこともあります。

ではでは、どうか、大切にしてあげてくださいね。

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると...続きを読む

Q食事が取れなくなった場合どれくらい生きられるか?

私の父68歳になりますが、4年前に脳梗塞になりずっと寝たきり状態です。
先週から食事が喉を通らなくなり、栄養素を点滴で補っている状態になりました。
現在は特別養護老人ホームにいるのですが、そこの方からもう長くないので覚悟しておいてくださいみたいな事を言われました。
確かに、以前より小さくなり骨と皮の様になってしまい、体力も持たないだろうなぁと感じました。

そこで、こんな事聞いて恐縮ですが、覚悟をするのは以前からしているのですが、この状況でどれくらい持ってくれるのかというのがおおよそでも目安があればなぁと思い質問させて頂きました。

ホームの方に聞いても体力と気力次第ですので何とも言えませんとしか言ってもらえなかったので、、、
栄養分は点滴のみで4年も寝たきりなので体力もあまり無いと言えます。気力も私の事もわからない状況なので、気力も無いかと感じています。
その状況だと保ってどれくらいなのか教えて頂ければと思います。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

正直なところ、本当にわからないと思いますよ。
寝たきりになると、また点滴での栄養摂取は、五臓六腑が動かなくなり、血液の流れも限られるので、極めて回復の可能性が少なくなります。

この状態だと、維持は出来るのですが、アウトの時期が読めません。
臓器が動かないので、よくなる事はありません。
本当にその人のポテンシャルに掛かっています。

4年間寝たきりだと、臓器、血液の流れなどかなり悪化していると思われます。 
ただ、寝たきりでも無意識でも、家族の声は聞こえます。
深呼吸をするように、毎日語りかけてください。ゆっくり。ゆっくり。
そのうちに、呼吸をするようにもなります。 

脳が機能しなくても、本能的に生存に対して敏感ですので、家族の励ましで何とでもなります。
あきらめないで、毎日、根気よく。 ただ、初日から負荷をかけるのは無理です。 最初は会話できたらいい程度で。


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