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こんにちは。

私は子供の頃「体って邪魔だなー。意識だけならいくらでも動けるのに」と思う様な人間の本体は意識であって体はその宿るもの的な考えが物心ついたときからありました。
しばしば「早く抜け出したい」と思っていたのを覚えています。
考えではなく、本当に実感として思っていました。

こういうお子様ってやや少数派でしょうか、かなりの少数派でしょうか?

A 回答 (3件)

そうですか。



わたしも子供のころの思いを比較的覚えている方だと思います。

大人の理不尽な振る舞いや、どんどん忘れていってしまう周りの子たちをみて、
「忘れたくない」と強く思ったので、そのおかげだと思います。

「早く抜け出したい」というのは私も思います。

不謹慎に思われるかも知れませんが、
結婚式よりも、お葬式の方がどこかホッとする思いがあるのも事実です。
「やっとあなたも自由になったんだね、家へ帰れたんだね」 と。

私もこの体に束縛されている状態から自由になりたいし、その日がくるまでの辛抱と思いながら生きてます。
「人間」であること、「女性」であること、いまだに慣れません。
今も、「演技をしている」という感覚が心の裏にあります。


Apostleさんの考え、思い、感覚なども、よかったらシェアくださいね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
お礼が遅くなってすみません。

諸行無常とは本当で、私は子供の頃からkanakyu-さんと同じ様な事を思っていたのですが、最近は体といかに仲良くするかという事がテーマの一つです。
自分の体と調和できてないとやはり色々な弊害が生じますから、必要に迫られて。

思い自体が変わった訳ではないんですが。上手く言えませんが。。。

お礼日時:2012/06/11 23:54

こんにちは。



わたしも似たようなことを思ってました。

たとえば、ジャンプをしたときに、どさっと着地してしまうのが、悲しくて仕方なく、
「あれ、おかしいな?ほんとうは自由に飛べるはずなのに・・・」とよく思っていました。
子供のころは、ジャンプばかりしていました。
せめて滞空時間を引き延ばそうとしていました。

他にもいろいろ、「あれ、○○のはずなのに・・・」ということがあり、
前世記憶ではありませんが、何かを「覚えている」という感じでした。

スピリチュアリティに出会い、その記憶と同じことがあちこちに書かれているのをみて、
「あ、これ知っていた」と思うことが多く、まるで家に帰ったような安心感があります。


こういうことは、子供のころは、本当はみな多少は覚えているけれど、
環境適応する際に、たいてい忘れてしまうのではないか?と思います。

幼稚園では違和感なかったのですが、
6、7歳ぐらいから、周りの子供がどんどん現実に適応していった感じがありましたので。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

良いですね。
私はそうした世界観を用いて今日まで生きて来たので発展もしていたり忘れてしまっている部分もあったりなどで結構独自の世界観を展開しているかもしれません。
だから、そんな人世の中にはどの位いるのかなーと^^;

お礼日時:2012/05/27 22:38

私も小さい頃から意識が主体の考えでした。

少数派かは分かりかねますが。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

スピリチュアル的な感性や思想、世界観もあるので、巷にあるすぐ手に入る情報だと自分に合わない。
多くの物を自分用に自分で手作りしなくてはならないので、少しでも既存のものを利用できれば楽だと思うのですが中々見つからなくて^^;
どこかに使えるものないかなーと。

お礼日時:2012/05/27 22:31

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