稲作の起源について調べていたのですが、どこでどんな風に始まったかを書いてある文献はあっても、ではなぜ稲作を始めたのか、作るのも食べるのも手間のかかる稲をなぜ作ろうと思ったのか、がいまひとつ解かりません。
 「こうだと思う」と言う意見や考え方でも構わないので教えてください。

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A 回答 (11件中11~11件)

本当に単なる意見で申し訳無いのですが、畑だと毎年同じ作物を作る事が出来ない事を経験的に知っていたのだと思います。


ところが毎年水害にあう湿地帯では自然が土壌を入れ替えてくれる為に毎年同じ場所で同じ作物を作る事が出来たのが原因だと思います。
それが稲科の植物だったのはないでしょうか。
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この回答へのお礼

お答えありがとうございます。
連作障害が無いことについては自分もちょっと考えてみたんですが、そこにある様々な物を食べていたであろう古代人に同じ場所に同じ物を栽培しなければならない理由が見つからなかったんですよ。それなのに稲作が始まったのはなぜか?これを言い出すと農耕の始まった理由にまでつながっちゃいますね。

お礼日時:2001/05/23 21:44

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Q稲作用の田んぼの土が固い。粘土質。土壌の改善方法は?

やや酸性で、土の粒子は、細かいながらも、カチカチに固まってしまいます。毎年です。

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土壌の改善方法を教えていただきたいです。

あるいは逆に、それを利用した(酸性で粘土質)農作物はありますか?

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Aベストアンサー

藁すきこみは1,2年で結果が出るわけではなりません。
現在米価が高くなく(コシヒカリで13,500円/60kg程度)ほとんどの小規模農家が
赤字だと思います。
ブルーベリーについて
BlueBerryNote
http://www16.plala.or.jp/luckyhit/
確かに酸性土壌でよく育つようです。
Kaz's Berry Garden
http://kaz-berry.cool.ne.jp/berry/blueberrysaibai2.shtml
水分はほしがるが排水性、通気性の良い土壌が良いとの事で、その辺が転作水田に適しているかが
微妙です。(周りは水田ではないですか?土を盛ることは可能ですか?)
粘土質の土壌ですが、栽培可能かちょっと文章からは読み取れません。
(粘土質土壌を好む作物というのをあまり聞いたことがないというのが実感です。)
あと収穫物の販売方法を考えてブルーベリーは栽培してください。
(キューイーフルーツがいい例で作りやすいからといってみなが栽培して販売に
苦慮しています。)
なぜか回答にならない内容になってしまいました、申し訳ありません

藁すきこみは1,2年で結果が出るわけではなりません。
現在米価が高くなく(コシヒカリで13,500円/60kg程度)ほとんどの小規模農家が
赤字だと思います。
ブルーベリーについて
BlueBerryNote
http://www16.plala.or.jp/luckyhit/
確かに酸性土壌でよく育つようです。
Kaz's Berry Garden
http://kaz-berry.cool.ne.jp/berry/blueberrysaibai2.shtml
水分はほしがるが排水性、通気性の良い土壌が良いとの事で、その辺が転作水田に適しているかが
微妙です。(周りは水田ではないですか?土を盛るこ...続きを読む

Q農耕と稲作の起源について

人類の農耕と稲作の起源について調べています。

いくつかの説があるようですが、定説となっている発祥地と年代などについて、原典とされている資料と合わせてご教示いただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

一考古学ファンとして大いに関心があり、詳しい方の回答を待っています。

私は回答できる立場ではないのですが、何らかのお役に立てればと思って回答します。
既読かも知れませんが、安田喜憲著『文明の環境史観』(中公叢書2004年5月発行)に記述されている「稲作の起源」は、核心をついていると思い、自分の考えの基本としています。
著者の主張の一部を紹介します。

稲作起源論を論じる上で注意しなければならないことは、「考古学者のお国自慢」である。
とくに農耕の起源は文明の先進性という問題と密接に関連しており、農耕の起源が恣意的に不当に古く論じられている。
そうしたなかで湖南省道県玉蟾岩遺跡から出土した最古の土器と4粒の種籾が、これまでのところ一定程度の信頼がおける稲作起源の最古の事例である。
(一部省略)
それ故、稲作の起源は、(各地の遺跡の例を挙げてありますが略)1万4千年以上前までさかのぼりうる可能性はきわめて高い。
しかしそれと断定するためには、さらなるデータの蓄積が必要である。
(一部省略)
以上の理由により、現時点における筆者の仮説は、1万5千年前のベーリング亜間氷期の温暖化が、野生稲の分布の北方への拡大を促進し、その分布の北限地帯において、稲作が起源したというものである。

私は、研究者が上記のように自著で述べておられることから、農耕と稲作の起源については、「研究途上であるというのが定説」と思っています。

なお、この著書には、原典を含む多くの参考文献が記載されています。
また、麦作の起源についても考察されています。
人類が最初に麦作農耕を開始したのは、ヤンガー・ドリアスの寒冷期であると主張されています。

http://joumon-juku.com/books/2004_8.html

参考URL:http://joumon-juku.com/books/2004_8.html

一考古学ファンとして大いに関心があり、詳しい方の回答を待っています。

私は回答できる立場ではないのですが、何らかのお役に立てればと思って回答します。
既読かも知れませんが、安田喜憲著『文明の環境史観』(中公叢書2004年5月発行)に記述されている「稲作の起源」は、核心をついていると思い、自分の考えの基本としています。
著者の主張の一部を紹介します。

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Q赤土って栽培するには適している土ですか。

こんにちは,
表題のとおり,赤土というのは,畑の土としては適しているのでしょうか。
私としては粘土質で水はたまりやすいし,リン酸が少ないので,適してないと思うんですが・・・。

ちなみにそういう意味では稲作の床土としてはいいのかもしれませんが・・・。

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畑の土として適しているのかどうかわかりませんが、
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Q人間が無の状態から作ったもの。 人類が、ゼロから作ったものは、あるのでしょうか?化学式も地球上に存在

人間が無の状態から作ったもの。
人類が、ゼロから作ったものは、あるのでしょうか?化学式も地球上に存在する物を基本にしています。もしもあるならば、教えて下さい。

Aベストアンサー

こんにちは。

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物理法則、化学的現象が発生したのが、宇宙が出来た135億年前で、人間は基本的に、その法則を発見して来たにすぎません。
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元素の周期表で、最下行の欄にある物質などは理論から人工的に生み出しているので、ゼロから生み出していると言って良いように思うのですが、しかし、それでさえも、周期表上での理論がベースになっているわけで、新しい法則を生み出したということではない、ということになります。

Q【歴史】稲作文化が食料を備蓄出来るようになったことで人類は飛躍的に成長したと学校の歴史で習いましたが

【歴史】稲作文化が食料を備蓄出来るようになったことで人類は飛躍的に成長したと学校の歴史で習いましたが、

稲作文化によって人と人との争いが生まれたという話を聞いて、人類の成長は争い(戦争)によって技術が飛躍的に成長することになり人類の科学技術は戦争のための最先端技術が人類の発展に役だったという話から考えると、

教科書の稲作文化によって食料が備蓄出来るようになって食料のためにずっと働かなくても他のことが出来る時間が出来て人類は発展したという説は間違いで、

人類の発展は稲作文化によって食料が備蓄出来るようになって食料を巡って食料自体だけでなく、その食料を作れる土地自体を奪おうと争いが生まれ、戦争によって人類は発展したと考える方が筋が通っているのでは?

従来の説
×稲作文化は食料を備蓄出来るようになって人類は飛躍的に発展した

私の説
稲作文化は争いを生んだ。争いによって人類は飛躍的に発展した。

稲作文化じゃなくても狩猟文化であっても肉をスモーク、燻製にする技術は生まれていたわけで食料を備蓄する技術は稲作文化に限らなかったはず。

稲作文化こそが争いを生んだ。

稲作文化によって上下関係が生まれた。

稲作文化は偉大ではなく、稲作文化こそが人類滅亡を招いた元凶であった。

狩猟文化なら上下関係も生まれていなかった。ただ家畜という技術が生まれたときに家畜を奪う家畜を育てる土地を巡って争いは生まれたはずなのでどの道、人類は争いなくして生きられない楽をしたい生き物なのでしょう。

基本人間は人が作ったものを奪って食べるという楽をしたい生き物なのです。

だから、自分で開発するより開発されたものを奪った方が歴史から見ると強盗文化の方が正当文化であって、レジに並んでちゃんと単価を払って秩序ある生活をすることを始めたのはつい最近のこと。

ということは歴史の流れで行くと、発展途上国ですらお金を払って物を買うという文化が普通となっているので戦争は無くならないと言っている人の説も覆されるかも知れない。

人類は戦争をしなくなる方向に時代は向かっている。

【歴史】稲作文化が食料を備蓄出来るようになったことで人類は飛躍的に成長したと学校の歴史で習いましたが、

稲作文化によって人と人との争いが生まれたという話を聞いて、人類の成長は争い(戦争)によって技術が飛躍的に成長することになり人類の科学技術は戦争のための最先端技術が人類の発展に役だったという話から考えると、

教科書の稲作文化によって食料が備蓄出来るようになって食料のためにずっと働かなくても他のことが出来る時間が出来て人類は発展したという説は間違いで、

人類の発展は稲作文化に...続きを読む

Aベストアンサー

「稲作」限定なのは何故でしょうか?
日本の技術の発展のみについての質問なのでしょうか?
だとしたら、なんで↓は人類全体なのでしょうか。

A:>戦争によって人類は発展したと考える方が筋が通っているのでは?

↑以外に質問と判断できる文がないので、これが質問の主旨と解釈させていただきました。

回答A:違います。


>従来の説
A:>×稲作文化は食料を備蓄出来るようになって人類は飛躍的に発展した

>私の説
B:>稲作文化は争いを生んだ。争いによって人類は飛躍的に発展した。


C:>稲作文化じゃなくても狩猟文化であっても肉をスモーク、燻製にする技術は生まれていたわけで食料を備蓄する技術は稲作文化に限らなかったはず。


あなたの論理ですが、AとBの間を飛ばしている上に、Cを歪曲していると思います。

A→Bの間には、備蓄できる程収穫を増やす為の「農業技術の発展」がある筈です。

あなたは、それらが、空き地に種を撒いただけで実った僅かな物を奪い合う為に棍棒で殴り合ってる間に発展したとでも思っているのでしょうか。

あなたは「農業」は全ての学問(文明)の源である事を理解していないと思います。
収穫を増やすには、農地の面積の計算や、治水の為の測量(土地の高低差の計算)と土木技術や、降水量の予測(=季節)の為の暦の作成→天文学、農機具の為の鉱物の掘削や精製や加工技術 が必要になります。

更に、Cでは、個人レベルの狩猟による備蓄と、集団農業よる収穫物の備蓄と管理やそれらの分配を同列に語ることで、技術以外の「社会」の発展についても無視しています。

あなたの言っている戦争による発展は、文明が↑まで至った後の事を語っているに過ぎないと思います。


戦争をする者は生産活動(農業)をせずに消費のみを行います。
人口比で僅かな者であっても、それらを一時的にでも生産活動から外す事が可能になるには、どれだけの技術の進歩(生産量や保存や輸送)が必要でしょうか?
以上から、戦争中に兵士を養うには、後方にそれだけの生産力(人口)が必要な筈ですが、それは農業技術の発達に拠るものではないのでしょうか?


以上から、あなたの言っている「技術の発展」とやらは、既に成立した文明間の戦争や、産業革命以降の工業力についてのものであって、それらは既に「稲作(というか農業)技術」で語れる段階にはないと思います。

「稲作」限定なのは何故でしょうか?
日本の技術の発展のみについての質問なのでしょうか?
だとしたら、なんで↓は人類全体なのでしょうか。

A:>戦争によって人類は発展したと考える方が筋が通っているのでは?

↑以外に質問と判断できる文がないので、これが質問の主旨と解釈させていただきました。

回答A:違います。


>従来の説
A:>×稲作文化は食料を備蓄出来るようになって人類は飛躍的に発展した

>私の説
B:>稲作文化は争いを生んだ。争いによって人類は飛躍的に発展した。


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Q投網漁の起源

日本では投網漁はいつ頃から行われてきたのでしょうか?
私の母方の家には貝塚があり、貝殻や土器が出土しています。
以前に、野菜のウドの生産をしていた頃、深い穴を掘った時に
穴の開いた小石が数個出てきました。
投網の重石に使った物だと聞かされました。
今も母方の家に保管されています。
縄文とか弥生時代の頃にも投網漁は行われていたのでしょうか?

Aベストアンサー

松井章著『環境考古学』の記述の一部です。

全国各地の縄文期の貝塚から、船から網ですくわないと捕れないマイワシや片口イワシの骨が出土しています。
網その物の出土例は少ないですが、網の存在は分かっています。

「貝塚 網 錘」で検索すればいっぱいヒットします。
錘の写真が出ている例では、
千歳市美々貝塚
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/sbs/joumon/remains/is_bibi01.htm

愛知県海津市「縄文人海と出会う」 10ページ 
http://www.city.kaizu.lg.jp/mpsdata/web/919/zyoumonzin-umi-deai-l.pdf

鹿児島県水産技術開発センター
http://kagoshima.suigi.jp/ayumi/book/01/a01_01_14.pdf 
このHPの最初の一節です。

「貝塚にマイワシ・カタクチイワシの魚骨が見られることから,既に石器時代にその走りがある。イワシは,釣るに困難な魚であるので,網で操業していたことが想像される。このころは沿岸近く寄せてきたものを曳網・敷網の類で漁獲していたと想像される。」

「投網漁」の歴史については分かりません。

松井章著『環境考古学』の記述の一部です。

全国各地の縄文期の貝塚から、船から網ですくわないと捕れないマイワシや片口イワシの骨が出土しています。
網その物の出土例は少ないですが、網の存在は分かっています。

「貝塚 網 錘」で検索すればいっぱいヒットします。
錘の写真が出ている例では、
千歳市美々貝塚
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/sbs/joumon/remains/is_bibi01.htm

愛知県海津市「縄文人海と出会う」 10ページ 
http://www.city.kaizu.lg.jp/mpsdata/web/919/zyoumonzin-um...続きを読む

Q苗・種を植える・蒔く前に畑の土に石灰を二週間前に、化成肥料を一週間前に

苗・種を植える・蒔く前に畑の土に石灰を二週間前に、化成肥料を一週間前に撒きましょう と大抵のところで示されるのは何故ですか?2週間もすれば降雨もあるから石灰の発熱も済んでしまうからでしょうか?肥料が土になじむためには、一週間もあれば十分 なことを示しているのでしょうか?
 こんばんは、兼業稲作で野良仕事はヒィヒィです。畑はほんとに荒らさない程度にしか作物をつくれません。なので単純な質問ですがよろしくお願いします。また、石灰・肥料とともに種まきor植え付けをしたら どんな(悪い)結果となるのでしょうか?横着な質問おゆるしください。

Aベストアンサー

通常使われる石灰は消石灰(水酸化カルシウム)苦土石灰(炭酸カルシウムと炭酸マグネシュウム)の混合物です。石灰と肥料を同時に施用した場合石灰と肥料に含まれるアンモニア態の窒素が反応してアンモニアガスが発生して作物に害を与えることがありますとくに消石灰や家庭菜園ではあまり使われませんが生石灰(酸化カルシウム)では強い反応が起こります。それを防止するために同時施用は避けててください苦土石灰ではあまり強い反応は起きません。化成肥料の中にもアンモニア態の窒素の硫安(硫酸アンモニウム)や燐安(リン酸アンモニウム)が多く使われていますから同時施用は避けてください特に消石灰や生石灰と硫安の同時施用は厳禁です。化成肥料ではどんな肥料がが使われているか表示されていませんから注意が必要です

Q人類の起源について

人類の起源について様々な議論がなされ、ダーウィンの進化論
で一応の決着がついたようになっています。人類は猿から進化
した生物である。という定説が作られたのも仕方の無いことです。
しかしそれたけでは説明のつかない事も明らかになっています。
一つはオーパーツの発見であり、もう一つは遺跡に書かれた
恐竜と人間との共存の絵があることですね。
これは猿から進化した人間がいる前に、人間がいたという疑いが
もたれます。
現在の人類は本当にレジェンドなのか。その前に人類が存在して
いてその文明を受け継いだ存在なのか。それがまた謎を生みます。

はっきりしていることは鉄の精製技術です。鉄鉱石を掘り出す技術
など無かった時代に鉄製の剣があったという事実。その剣は隕石
の鉄から作ったという。だとしたら元々鉄製の剣というものがあっ
たのではないかという疑問です。

つまり言いたいのは現在の人類が発生する以前に、現在とは違う
人類がいて文明を築き、滅びた文明の遺跡から現在の人類が
文明を創り直した。という仮説です。皆さんはどう考えますか。

Aベストアンサー

十年ほど前まで盛んにシリーズでその手の出版を繰り返していたグラハム・ハンコックという人が居て、私は随分彼の本を愉しんで読んでいたのですが、ばったりと出なくなりましたね。最近の「ピラミッドのなぞ」という映画は彼の考えの2番煎じなのでしょうが、インカやマヤ、イースター島などの巨石文化も含めていろいろな先史文化の存在が窺われる証拠はたくさんあります。ハンコックが最後に手がけた海底の遺跡(「神々の世界上下」)も日本の沖縄近海やインドのベンガル湾などが確認されていて、もっと多くの人がしっかり調べればいいのにと思っていますが、現在の考古学の権威者はそういうことに首を突っ込もうとはしません。残念ですね。巨石文化がシュメール以前にあっても今の歴史学者は何も困らないと思うのですが。

ただ、この考えが弱いのは、もし現代文化に迫るものがあったら、いわゆるオーパーツがなぜこんなに少ないのかということです。おそらく先史文明はあったのでしょう。でも近代以後の文明はやはりわれわれの人類しか経験しないものだったのではないでしょうか。こんなことを決め付けるのはいけないかもしれませんが。

十年ほど前まで盛んにシリーズでその手の出版を繰り返していたグラハム・ハンコックという人が居て、私は随分彼の本を愉しんで読んでいたのですが、ばったりと出なくなりましたね。最近の「ピラミッドのなぞ」という映画は彼の考えの2番煎じなのでしょうが、インカやマヤ、イースター島などの巨石文化も含めていろいろな先史文化の存在が窺われる証拠はたくさんあります。ハンコックが最後に手がけた海底の遺跡(「神々の世界上下」)も日本の沖縄近海やインドのベンガル湾などが確認されていて、もっと多くの人...続きを読む

Q稲作は朝鮮より日本が早い?

稲作の伝来は、以前は朝鮮半島を経由して伝わったと教わったのですが、この事は間違いであると最近聞きました。

1)朝鮮半島の稲が伝わる以前から、既に大陸から伝来していた。
2)稲は熱帯の物なので寒冷である朝鮮から日本に伝わるのは不自然である。
3)朝鮮半島よりも早く、日本で稲作が始まっていたようだ。

これらは、正しいのでしょうか?

Aベストアンサー

様々な時代に、様々な種類の稲や耕作技術が入って来たんじゃないか? ってことでは。

「稲のたどってきた道」
http://www2.athome.co.jp/academy/botany/bot06.html

Q埴輪の起源等、埴輪の質問いくつか

埴輪について教えてください。
1.円筒埴輪と形象埴輪、それぞれの起源となる地域はどこですか?
2.朝鮮でも前方後円墳があったそうですが、埴輪のようなものもありましたか?
3.埴輪は古墳以外の場所でも見つかっていますか?(埴輪製造工場以外)
4.すべての埴輪の足(底部)は土の中に埋められていましたか?
5.全国の埴輪がみな同じような形態なのはどうしてですか?
 写実性がなく、地域による個性が少ない。
6.人物埴輪の顔がみな穏やで優しいのはどうしてですか?
 人物埴輪は女性が作ったのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

近くの古墳公園で埴輪を見て以来、不思議な魅力に魅せられてしまいました。
そして、何より驚いたのは大きさと数の多さです。
製作工房で多くの専門の工人の手によるものだと直感しました。

2について。
朝日新聞で読みましたが、埴輪は、わが国特有のものだそうです。

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201201190251.html
埴輪は3世紀に日本列島で生まれ、数百年にわたって用いられた日本列島の古墳特有の副葬品だ。朝鮮半島南部でも一部出土した例があるが、それは、日本列島から移り住んだ人々が作ったと言われている。典型的な「倭(わ)系」遺物だ。

下記論文でも同様です。「古墳の周濠の意義」抄録。
http://ci.nii.ac.jp/naid/120003501393

6について。
数の多さと、大きさ(重さ)から製作工房で男性が作ったものと思います。

橿原日記(個人のHP)
http://www.bell.jp/pancho/kasihara_diary/2005_08_01.htm 
たとえば焼成した埴輪の移動の問題だ。出来上がる埴輪は高さ2.4m、基底部の直径90cm、重量350~360kgの土の塊である。

「人物埴輪の顔がみな穏やで優しい」のは、葬送儀礼に関わっているからだと思います。
しかし、泣いたり笑ったりしている埴輪もあるそうです。

上智大学教授 北條勝貴氏のサイト
http://d.hatena.ne.jp/hojo_lec/20110530/1307584797 

5について。
南関東と畿内とに交流があったと推定されています。
昭和女子大学文化史研究「南関東における埴輪の受容」
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000985385

4について。
どうなんでしょうか。私も知りたいです。
埴輪が立った状態で見つかった例があるのでしょうか。
調べた限りでは、土中から掘り出したか、倒れて散乱していたかです。
ただ、古墳頂上部にあったものは、盛り土の流出を防ぐために、下部を埋めてしっかりと立てた、とされていますね。
古墳頂上部ではなく、地上の墳丘脇の「造出し」に置かれた埴輪では、並べるだけだったのか、どうでしょうか。

近くの古墳公園で埴輪を見て以来、不思議な魅力に魅せられてしまいました。
そして、何より驚いたのは大きさと数の多さです。
製作工房で多くの専門の工人の手によるものだと直感しました。

2について。
朝日新聞で読みましたが、埴輪は、わが国特有のものだそうです。

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201201190251.html
埴輪は3世紀に日本列島で生まれ、数百年にわたって用いられた日本列島の古墳特有の副葬品だ。朝鮮半島南部でも一部出土した例があるが、それは、日本列島から移り住んだ人...続きを読む


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