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歴史認識についてこちらで話を聞こうと思ったら、創価学会のことで盛り上がってますね。
こちらについての疑問が深くなったので先にこちらをお聞きします。

3つばかり下の創価関連の質問で学会員の方が次のように答えているわけです。
>また、他人の不幸を願えば、返って自分自身に災いが降ってくるでしょう。

と言っておられるが何故日蓮宗を激しく攻撃しているんですか?
日蓮宗を攻撃することはあまり宜しくないと思うのですけど。
日蓮宗が宿敵なら他の宗派、例えば臨済宗とかもやはり攻撃対象なのでしょうか?
の2点について聞きたいと思います。

以前の質問の続きというわけではありませんが、一応過去に質問しています。
見返してみると信者の数が多いと何か解決方法がありそうなんですが。http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7739129.html

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A 回答 (6件)

 ある意味、日蓮教団は原理主義的存在ともいえます。

わかりやすく言えば、自らの考え方と異なる考え方は全て異端視するもしくは邪教視するとのスタンスですね。イスラム教にもシーア派とスンニ派があるように、元々は一つだったものが教義の解釈により分派する形です。シーア派とスンニ派は対立しています。また同時にキリスト教とイスラム教も対立する部分はあります。けれども仏教のそれのように過激ではありません。仏教でもインドではヒンズー教とシーク教は対立し、インデラ・ガンジーはゴールデンテンプルを焼き討ちしたことから暗殺されたともいわれているほどです。
 禅である臨済宗にも妙心寺派もあれば大徳寺派やその他もあります。しかしながら両者は別に喧嘩別れしたわけではありません。禅という教義を巡る解釈の違いがあるだけで相手を非難したりすることはありません。
 しかしながら、こと日蓮教団においては自らを唯一絶対と見なす志向が強く見られることも確かです。鎌倉時代の元寇を我田引水的に利用したり、安土の宗論でも他宗派にたいする抑圧的行為ともみられる破砕活動を示したことからあの様な結果を招いたともいえます。
 世俗の私からみれば、創価学会には公明党という政治団体との切っても切り離すことの出来ない関わりがありそれはそれは1945年以前には一度として政治権力との関係を構築し得なかった限界が色濃く反映されているとも思えます。そうした経験が背景にあって、より現実的に相手を貶めるとの行為に結び付いているのでしょうね。
 日蓮も元々は比叡山で修行したならば、なぜ比叡山が当初の国家仏教から台密へと方向性を変えたかなども周知しているはずですが、そうした形跡もみることできません。最澄がなぜ空海によって灌頂歴名を施されたかなどを考えてみますと、密教の持つ意味を理解できていたからという以外には考えられません。そうした事象を踏まえるなら 、日蓮が他宗派および他教団に対し排他的であるとの意味は密教を理解できなかったとの一先ずの結論に辿り着くことになります。
 宗教が哲学の領域に及ばないのは、自らで決定論的解答を持ち合わせているがゆえであり、哲学ならばAという考え方に対しBという対立する考え方が示されたなら、AもBも自らが互いに再検討し、より高次の考え方に至るとの運動を内包しているからです。宗教は「信じて疑わない」哲学は「考える・思索する」との根本的な相違があることから、自ずと両者の間には本質的な相違があるといえます。盲目的に崇めたり信奉したりすることは人間の思考過程からみても文明以前の未開状態と変わらないともいえるでしょうね。少なくとも僕は創価学会を含む日蓮教団に関して余り良い印象を持ってはいません。
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この回答へのお礼

おお、なるほど。そういう見方もありましたね。
ちょっと視点が欠落していました。ご回答有り難うございます。

ユダヤ教の存在を忘れていました。
日蓮宗自体が原理主義だったんですね。
創価学会がそうだと言われれば納得できるんですが。

>日蓮が他宗派および他教団に対し排他的であるとの意味は
>密教を理解できなかったとの一先ずの結論に辿り着くことになります

お正月から凄いご講義を拝聴しているような気分です。
そういう背景があったんですね。空海ってもの凄い方だったんですね。
御説の通りならば創価学会の最終的な敵は真言宗になるような?

>宗教が哲学の領域に及ばないのは、自らで決定論的解答を持ち合わせているがゆえであり

宗教は哲学だと思ってましたが厳密には違うんですね。

お礼日時:2013/01/02 21:19

 書き忘れました。

これは僕が実際に経験した話です。
大学二年の時に高校時代の同窓会があり、その折りにある一人の同級生が次の様に話していたことを今でも鮮明に憶えています。彼は経済学部に進学したのですが、曰く「近代を理解するには日蓮大聖人以外にはない」。思わず「お前、大丈夫か?」と訊いてしまいしました。ヨーロッパの近代社会を構築した背景を探るなら、それを分析したのはアダム・スミス以後の先人であり彼らの知恵に学ばねばならないことなど社会科学系の学問に携わる者なら明らかです、そこになぜ突如として日蓮が出てくるのか、日蓮がヨーロッパ近代を知っていたなどとはいえず、どうしてその様な理解に至るのでしょうか、全くの謎です。
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この回答へのお礼

今回は創価学会側の立場を尊重してみようと思いましたが、
TANUHACHI様の回答でもう少し突っ込んだお話が聞けました。
結果としてまたまた新しい疑問ができてしまいました。

ちょっと風呂敷を広げすぎたような感じがしますので、
ここでいったん終了させて頂きます。

お礼日時:2013/01/02 21:54

かなり自由な発想をもつ創価学会員です。



前提の知識からお話します。

日蓮宗はふたつに分かれました。
創価学会と日顕宗です。

そして、日顕宗が問題ありありでしてね。
勧誘の仕方が脅迫まがいなんです。
また、創価学会を潰そうとして、
根も葉もないウワサを立てたりしているのです。
創価学会から見ても、邪宗です。
だから、攻撃するのです。

二つ目の答えです。
創価学会の教えは排他的ではありません。
池田大作氏は「ほかの宗教は自己の宗教の真実性を補完する」
と言っています。

むやみやたらにほかの宗教を攻撃しません。

ところが現実には問題があるのも事実。
勧誘の仕方が押しすぎだったり、考えが排他的な学会員もいます。
日顕宗相手といえど、相手の不幸を祈るのには、抵抗を感じます。
あなたのおっしゃる通り、矛盾しています。

創始者が立派でも、規模が大きくなることで、
問題ある連中がいるのも事実。

ぼくは排他的思考や組織がキライです。
その点では、学会のはぐれものですね。(笑)
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この回答へのお礼

ご回答有り難うございます。
No4の方の投稿の後だとよく意味が通じます。
やはり原理主義的なところがあるんですね。
でも相手が攻撃してくるんなら仕方がないかもしれません。

私は第二次世界大戦はアマテラスとミカエルの戦いだったと聞きました。
質問のリンクの1つ前の質問でそういうものだと教わったので、
宗教観の違いで争いが起こるのは仕方ないのかなと考えています。
善悪は後の世がよくなるかどうかで判断されるとのことでした。

組織内でも色々な人がいることが分かり安心しました。
意外と創価学会の根本は安定しているかもしれませんね。
学会と公明党の活動が数十年後の日本の役に立てば、それは良い行為なのでしょうね。

お礼日時:2013/01/02 21:34

創価学会 壮年部の者です。



>何故日蓮宗を激しく攻撃しているんですか?

分かりやすく言えば、中国製のドラえもんのコピー人形のようなものだからです。

藤子・F・不二雄の製作許可(トレードマーク)が無いようなものなのです。

もっとありますよね。偽のブランド物だとか、、、、。

それを訴えているだけですよ。『日蓮宗は偽者だ!!』と言っているだけです。



>日蓮宗が宿敵なら他の宗派、例えば臨済宗とかもやはり攻撃対象なのでしょうか?

敵と言うわけではないのです。偽者だと言っているだけです。

臨済宗⇒禅宗については、日蓮大聖人自らが直接“偽者だ”と破折されています。ですので、当然“インチキ”という認識です。『禅天魔』と言われています。


※もともと日蓮の立教開宗が、『人々の救済』、『国の安穏』を目的としています。世の中にはびこる“悪法”がその原因であるとして、菩薩成道の法である『南無妙法蓮華経』を現した事が始まりにあるのです。
ですから、その当時広く世間にひろまっていた『念仏』、『真言』、『禅』、『律』を一番最初に破折したことから始めているのです。
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この回答へのお礼

前回に続きご回答有り難うございます。
敵ではなく偽物に慈悲の心で接しているということですね?

臨済宗は日蓮自身から論破されていたのですか・・・
禅天魔という言葉は初めて聞きました。

>念仏、真言、禅、律を一番最初に破折したことから始めているのです。

もし宜しければもう少し詳しくお願いできますか。
南無妙法蓮華経って念仏のことだと思ってたんですけど。

真言というのは真言宗のことでしょうか。
禅というと座禅を思い浮かべるし、律というと道徳を思い浮かべます。
破折というのは論破と解釈していますけど、禅や律を破折して何の意味があるのでしょう。
やはり偽ブランドになるからでしょうか?

お礼日時:2013/01/02 16:17

質問者の言う点においては矛盾はない。

だって、ある種の方向性を持つ事は
それ以外の方向性を間違いだという事になる。宗教に限らないけどね。

物事の判断は体験してみるしかないのです。自分自身を用いた臨床例ですな。
それをしないで喚く者は、マスゴミと何ら変わらない。

ちなみに矛盾点にのみポイントを置けば、普通の視点でも存在します。
教義の細かいところは分かりませんので、他の点においてです。
創価学会は公明党を支援しています。その公明党は恣意的な児ポ規制を謳っており、
東京都においては法文化に貢献していますが、この法案の方向性は文化大革命と
同じで、恣意的に規制することを法文化するという危険極まりないものです。

創価学会は過去に、歴代会長が治安維持法/不敬罪で投獄されているのに、同じような
法律の制定を望むのは、どういう事だろうか。アグネス(日本ユニセフ)に
便乗されているあたりから、明らかに方向性がおかしいのです。

これは矛盾以外の何物でもない。
普通に考えれば、宗教団体がメディア規制を謳う時点でおかしいんですがねw
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この回答へのお礼

ご回答有り難うございます。

>物事の判断は体験してみるしかないのです。自分自身を用いた臨床例ですな。
>それをしないで喚く者は、マスゴミと何ら変わらない

ずいぶんと無茶なことをいいますねえ。
私としては体験してみろという方には給料を保証してくれと言いたいです。
何でも体験していたら、どうやって生計立てていけばいいのですか。
それにこの場合の体験って死んで死後の世界を確認して来ることでは?

>恣意的に規制することを法文化するという危険極まりないものです。

創価学会のよくない噂は多いですよね。
今回は他の宗教への攻撃に的を絞らせてもらいますので省略させてもらいますが、
こういう部分も私の疑問の中に入っています。

お礼日時:2013/01/02 16:02

上っ面を眺めただけでは仏法の真髄など解る筈もありません。



仏法は生命の根本を解き明かす大法であり、実践哲学の範疇に収まるべきものです。

貴族の王子であった釈尊は、人間が本源的に持つ苦悩である、

『生老病死』の問題と真正面から向き合い、法華経によって民衆を救済して行きました。

これを末法に蘇らせたのが日蓮大聖人であり、その哲学を実践・継承しているのは

創価学会唯一つです。自らの苦悩を取り除くためには、他人をこそ救うのです。

何十年信仰をしていようが、これが理解出来ない会員も多いのです。

人間は『宿命』には勝てません。万人にとって難攻不落の最も大きな障壁とは、

他ならぬ自分自身であります。

この宿命を転換し、一個人の境涯を高め行く果てに、家庭、社会、一国、世界全体の

宿命転換を目論むという希有壮大なヴィジョンを持つの本来の仏法なのです。

それが故に他の仏教宗派など塵に等しく、本来眼中にないために、

慈悲の眼差しを注ぐ他ないのです。

厳しい事を申しますが、物事は外からだけでは何も判りません。

一度実践されてみると良いと思いますよ。
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この回答へのお礼

一発目から会員の方のご回答有り難うございます。
そちらの壮大なる理論はただただ感心するのみです。
そちらの主張は何となくわかりました。
その理論を認めるものが創価学会についていくということみたいですね。

ただ、塵に等しくの部分と慈悲の落差が大きすぎて私には??なのです。
私の宗派も塵になってしまいます・・・
もし、これについて講釈して下さると助かります。

お礼日時:2013/01/02 15:47

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