法事などは、御布施と書いて半紙で中包みをして、奉書紙で上包みをしたいと考えています。御膳料や御塔婆供養料・御車代はその通り書いて良いものでしょうか?奉書紙は、水引見たいなものが無くて良いのでしょうか?書くのはやはり筆ですか?宜しくお願いします。

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A 回答 (2件)

御布施の包み方は、それで構わないと思います。

基本的には毛筆で書くのが
正しいと言われていますが、どうしても毛筆は苦手だと言われるなら、毛筆
ではなく筆ペンでも構いません。慶事の場合は薄墨で書くのだと思われてい
る方が多いのですが、実際には薄墨ではなく濃い墨で書きます。
絶対に駄目なのは鉛筆、ボールペン、マジックペン、ゴム印です。どうして
も書けないと言われるなら、表書きが印刷された物でも構いません。

慶事の場合は熨斗はつけません。

水引ですが、半紙の中包みに御金を納め、奉書紙で慶事方法の折り方をし、
水引をかけません。市販の既に印刷された封筒や、通常の白い封筒でも別に
構いません。我家では御盆の読経の御礼に御布施を出しますが、白い封筒に
御布施と書いて御渡ししています。法事では正式な方法で御渡ししますが、
それ以外の際は封筒に御金を入れて御布施と書いて渡しています。

御布施の他に御渡しする物は、御車で御越し頂いた時は「御車代」、卒塔婆
供養をされた時は「卒塔婆代」と書きます。
御寺により会食を参列者と一緒にする場合と、辞退する場合があります。
会食を一緒にされた時は、御布施、御車代と引き出物を御渡しします。
もし一緒の会食を辞退された時は、御布施、御車代、引き出物の他に、御前
料も御渡しします。ただ既に会食をされるものだと思い、用意がされていた
時は、御寺さんが食される予定だった料理は、持ち帰りが出来るように別の
容器に入れて御渡しします。

御布施等をお渡しする時には、それなりの作法と言うか決まりがあります。
御布施等は直接手渡してはいけません。
法事で使用される袱紗(ふくさ)盆の上に袱紗を敷き、その上に御布施等を
包んだ封筒(必ず御寺さんが文字が読める向き)を置き、御寺さんの前に出
します。御寺さんが頂戴されてから盆を下げます。
要は絶対に手渡ししては駄目だと言う事です。
「本日は有難うございました。これは御礼ですので、どうか御納め下さい」
と言って盆を前に出します。手を引っ込めて御寺さんが納められたら盆を下
げます。御布施等を御渡しするのは、必ず喪主が行います。
御寺さんが御帰りなられる時は、必ず御車まで同行し、最後まで御見送りを
します。
御寺さんが持ち帰られる御膳や引き出物は、御寺さんが持参せず、喪主の方
が御車まで御持ちし、御車に乗られた時点で手渡します。
御車が自宅から見えなくなるまで御見送りは続けます。
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正式には御経料を「御布施」、「御車代」(遠方から来ていただいた場合など)「御膳料」(お坊さんが食事しない場合)「御卒塔婆料」(卒塔婆御布施)としてお渡しします。

(が、ちなみに我が家では全て「お布施」・・・但し合算すると多めになるので小分けした方が少な目かも)
お金を入れる袋は「御布施」と書かれた袋か白封筒

>書くのはやはり筆ですか?

今時、(筆や墨を用意していない家もあるので)筆ペンやマジックペンでも(なければボールペンでも)
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Q御布施、御車代は千円札でも失礼ではないでしょうか

また、御布施のことについて疑問があります。
どなたか、教えていただければ幸いです。
両親の十三回忌を霊園で、墓前にて行います。東京都内です。
事情により、お寺さんは霊園にお願いしました。
親族のみで行います。
御布施の金額についても、霊園の管理担当の方に伺いまして、35,000円と聞きました。
浄土真宗のため、お塔婆料はありません。
御車代は、霊園からは何も言われておりませんが、ご住職に5,000円お渡ししようと思います。
素朴な疑問ですが、五千円は、五千円札を準備するのが一般的でしょうか?
千円札5枚でも、特に失礼にはあたらないでしょうか?
ネットで検索しても、何も書いていないので、特にこだわる必要はないと思っていますが、最低限のマナーは守りたいと思っております。
質問の内容以外にも、気にしておいたほうが良いマナーがあれば教えてください。

Aベストアンサー

N02の回答者です。

霊園のおつとめが手抜きというご指摘について回答させていただきます。

「地方に比べて都会のおつとめは手抜き」にというのはご指摘の通りだと思います。
私は愛知県ですが、愛知県の田舎(名古屋市は別)は都会のおつとめと比べて逆に丁寧すぎると言われます。
浄土真宗には浄土三部経という三つのお経がございます。
この三つのお経すべてをさせていただくのが愛知県の田舎のお寺です。
ですから法話も入れると一時間は超えてしまいます。
これに比べて東京都内は浄土三部経の一つである阿弥陀経のみのおつとめであるという事を聞いております。
ですから御法事であっても15~20分程度で終わります。
ただこれが簡単かどうかは別です。
京都の本願寺にはもともと一回の御法事にお経を三つもあげるということが無いのです。
ただ、お経は長いものを読みますので時間的には長くなります。
本山の御歴代の御法要は、お経(一巻)と添え勤めになります。
なので都内のおつとめも形的には間違ってはいないのです。
ただ、一番短いお経(阿弥陀経)を読みますので、時間的に短くなり、手抜きとなるんです。
田舎の方が多くのお経をあげますので、時間的に長くなるのです。

またこれが都内では当たり前になっており、阿弥陀経以外のお経(無量壽経や観無量壽経)は読むことが出来ない僧侶も多いと聞きます。
もう一つの原因としては霊園なり葬儀社なりに紹介されて来る僧侶は紹介料を御布施からかなりのパーセンテージで引かれるとも聞きます。
ゆえに霊園からお布施の金額についても提示があるのでしょう。
普通で考えるのなら、御布施の金額は僧侶への労働報酬ではないのですから、僧侶が決める物ではありませんが、ましてや霊園の決めることではありません。
都会は宗教儀式が商売とされているとしか思えないのです。
まったく悲しむべきありかたです。

過去に三度ほどこちらから東京に引っ越しなさった方より葬儀の依頼がありました。
東京の僧侶は嫌なので、お願いしたいということでした。
お通夜に田舎と同じ(45~50分程)おつとめをしたら、葬儀社に嫌な顔をされたことがあります。
都会と田舎では僧侶の資質も違うようにも感じています。

N02の回答者です。

霊園のおつとめが手抜きというご指摘について回答させていただきます。

「地方に比べて都会のおつとめは手抜き」にというのはご指摘の通りだと思います。
私は愛知県ですが、愛知県の田舎(名古屋市は別)は都会のおつとめと比べて逆に丁寧すぎると言われます。
浄土真宗には浄土三部経という三つのお経がございます。
この三つのお経すべてをさせていただくのが愛知県の田舎のお寺です。
ですから法話も入れると一時間は超えてしまいます。
これに比べて東京都内は浄土三部経の一つである...続きを読む

Q御塔婆

4人姉妹の4番目です。(20代)
皆結婚し、皆長男の嫁となりました。

先日私の実母が亡くなり、来週49日です。
喪主は父です。
御塔婆を出すか迷っています。気持ち・敬意の問題なのかも
しれませんが、御塔婆をだすことに大変抵抗があります。
「子供一同」で出すのはいけないのでしょうか?
もしくは姉達が御塔婆をだしているのに、私だけださないのは
おかしいことでしょうか?親戚も来ますし何か言われますでしょうか?
初めてのことで大変困惑しております。
教えて頂けると幸いです。よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

No.1の者です。

>塔婆を出さないことで罰が与えられたり、何か起こるのでしょうか?

何も起こりません。
塔婆を出さないからといって、罰があたるとか祟りが起こるなどという事は絶対にありません。
ただ、姉妹は全員塔婆を出して当たり前、と思っているお父様や親戚の方々との関係がギクシャクするのは避けられないでしょう。

私の寺でも時折、同じような相談をされる方がおいでです。故人との確執を理由に供養のしるしに自分の名前を出すのを嫌がる方はけっこう多いのです。
しかし「供養に自分の名前を出さない」というコダワリは、かえって故人との確執に縛られ続ける事になるのではないでしょうか。
仏教では「諸行は無常である」と教えています。「どのようなものも移ろい行き、一所に留まらず、常に別のナニモノかに変わっていく」という意味です。wikipedia0さんは結婚されて、すでに実家を離れ、婚家の一員として新しい立場をお持ちのはずです。亡くなられたお母様の娘であるという事に違いはなくても、新しい家庭を持った事で、単にご両親に”押さえつけられる”だけの立場から、”独立して対等に社会生活を送っている”立場に変わっているのです。名前は同じであっても、wikipedia0さんは以前と今では全く違うwikipedia0さんなのです。
ですから、法要で供養のしるし(塔婆)をお願いされたのであれば、対等の立場で世間一般の儀礼として、あっさりと塔婆を出されれば良いのです。
お母様の「男の子が欲しかった」という”執着”のために苦しんだのであれば、お母様が亡くなるまで捨て切れなかったその”執着”を浄化するためにwikipedia0さんが回向供養すれば良いのです。そのための塔婆だと思えば、こだわりなく出せるのではないでしょうか。
「お母さんのコダワリのために私は苦しめられたけど、もう私はそのような立場には居ません。お母さんがあの世まで抱えて行ってしまったコダワリも浄化されて消え去るように祈ります」という気持ちで、塔婆を出されてはいかがでしょうか。

No.1の者です。

>塔婆を出さないことで罰が与えられたり、何か起こるのでしょうか?

何も起こりません。
塔婆を出さないからといって、罰があたるとか祟りが起こるなどという事は絶対にありません。
ただ、姉妹は全員塔婆を出して当たり前、と思っているお父様や親戚の方々との関係がギクシャクするのは避けられないでしょう。

私の寺でも時折、同じような相談をされる方がおいでです。故人との確執を理由に供養のしるしに自分の名前を出すのを嫌がる方はけっこう多いのです。
しかし「供養に自...続きを読む

Q御祝儀袋の包み方

(1)中包みにお札を入れる時の向き
 包みを開いた時お札の表裏どちらが見えるようにするのか、また上下はどちらか
(2)中包みの向き
 金額を記入した方を表とした時、祝儀袋を開け表裏どちらが見えるように入れるのか

以上二点につきましてご教授下さいますようお願いしますm(_ _)m

Aベストアンサー

こんにちは。

(1)について
お札の向きですが、表が見えるように包みます。また胸像が上に来る方向で(諭吉さんの場合、向かって左が諭吉さんの顔→胴体の向き)包みます。
(2)について
祝儀袋を開いたら表が見えるように包みます。

これで分かりますでしょうか。

Q巾着状ではないお守りを買った時の包みははがして持っていてもいいのでしょうか?(お守り自体の包みです)

布で巾着状になっていない、紙を追って包んであるタイプのお守りを購入した際、お財布に入れるのが少し大きかったので中身だけ持ちたいと思ったのですが、お守りを包んでいる白い紙ははがしてはいけないものなのでしょうか?
このタイプのお守りは、厚めの半紙のような紙で縦に三つ折り、さらに上下の余分な部分を織り込んだ紙の中に、厚紙で作られたそのお守りの御神体のようなものが入っています。(お守りを買ったときに入れてくれる紙の小袋ではないものです)
その包み紙が大きく、持ち歩くには少し不便なので、中の厚紙だけを持ち歩きたいと思うのですが、この紙を含めてお守りなのでしょうか?

もちろんそのまま持ち歩くのがいいのでしょうけれど、できるだけ肌身放さず持つために中身だけを…という考えです。
ご存知の方いらっしゃいましたら教えてください。

Aベストアンサー

難しいところですね。本来お守りは中身の事。外側の守り袋は器です。昔は神社から頂いた米や社や御神木の健在の切れ端などを自分で作った袋に入れたのです。最近車か自動車保険のコマーシャルで子供が御守りを作ってお父さんに渡すのがあります、あれが本来の姿。あの場合は自分の髪の毛などを入れておくんです。
御守り袋はサービスなんですが、いつの頃か封のあかないお守りが増えました。これは御守りを外注で作るようになったからです。厚紙でなにやら書かれた本体。これに各神社で魂をこめると言うわけ。
ですから、まず、中心の厚紙とその周囲の厚紙、或いは薄紙までは一つと考えるべきです。その外側は本来不要です。神社によっては御守りをお返しする際に袋の中身だけを郵送できるようにしている所もあります。
サイフの中では札や小銭と擦れて傷つくので、薄紙まではそのままがいいし、出来れば保護できるようにしておくことが必要でしょう。

ただ、もう古い状態を知っている神主も減ってきて、いい加減な情報を鵜呑みにしているものが多いので、袋ごと御神体だsなどと言う人もいます。そういう人はとりあえず放置してください。

ちなみに中心の厚紙は御神体ではありません、御神気のこめられた物ではあるので御神体に準じて丁寧に扱うべきではありますが、御神体そのものではありません。
もし御神体であればキチンと祀って、神棚のように神饌を奉仕なければなりません。お守りはあくまでも御守りですので、過剰に考えないことが大切です。
仏教では小さな観音などを持ち歩いて崇敬する風習が古くからあります。これと混同しているのですね。明治になるまで神仏習合の時代を送ってきたので仕方ないことではあります。

難しいところですね。本来お守りは中身の事。外側の守り袋は器です。昔は神社から頂いた米や社や御神木の健在の切れ端などを自分で作った袋に入れたのです。最近車か自動車保険のコマーシャルで子供が御守りを作ってお父さんに渡すのがあります、あれが本来の姿。あの場合は自分の髪の毛などを入れておくんです。
御守り袋はサービスなんですが、いつの頃か封のあかないお守りが増えました。これは御守りを外注で作るようになったからです。厚紙でなにやら書かれた本体。これに各神社で魂をこめると言うわけ。
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Q四十九日法要で参列者からの御布施もお寺にお渡ししてよいのでしょうか?

先月27日に父の四十九日の法要をお寺にてとりおこないました。
宗派は浄土真宗(西本願寺)安芸門徒となります。

こちらが用意した御布施や御膳料、お供物料などをお寺にお渡しし参列者の方々から頂いた御仏前を自宅に持って帰りました。
が、先日いただいた御仏前を開いていたところ、参列者の方々から御仏前とは別に「御布施」までいただいていたことに気がつきました。
そこで2点質問させてください。

・この御仏前とは別にいただいた「御布施」は今からお寺へお持ちしてもよろしいのでしょうか?

・今後自分達が四十九日などの法要に参列した場合も御仏前とは別に「御布施」をお渡しするものでしょうか?

どなたかご存知の方、よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

坊さん@西本願寺@関東です。
確かに参列された施主さん以外の方からも仏法に出会わせていただいたご縁として「御布施」を預かる(寺が受ける)ことはあります。地域習慣ですが関西以西で九州まで、あと北陸地方のところでは、香銭代を僧侶に渡すことと共に、本来の御布施の趣旨どおり、それぞれの方が少しずつ御布施を包むという習慣の地域は残っています。安芸門徒さんや九州のご門徒さん、石川県のご門徒さんのご法事にうかがうと田舎から出てこられたご親族から施主さんの御布施以外にお預かりすることがあります。施主の「御布施」と親戚の「御布施(志)」を渡すという習慣は宗派上の習慣ではありませんが、浄土真宗の盛んな地域に残っている習慣でもあります。(みんなで行事を行うという意味では宗派上の長年の習慣も関係するかもしれません)
ただ、その参列された方も御仏前以外に自分でも御布施を包んで持参するということは親から伝承されていたのかもしれませんが、施主さんにではなくお寺さんに渡すかご自宅での仏壇での四十九日法要のように、別に置くということをご存じなかったのかもしれませんね。


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