出産前後の痔にはご注意!

よく

日本は性に大らかだった。
夜這いと云う文化があった。
江戸時代ではやりたい放題だった。

という話を耳にしますが、
これらを裏付ける明確な証拠ってあるでしょうか?
伝聞や伝承とかではない信頼できる文献などです。

というのも、
「中世ヨーロッパでは初夜権というものがあった」
と云う話をよく聞きますが、実際は
又聞きや噂程度の証拠しかなく、公然と実在したかどうかは疑わしい
そうです。
だと云うのにあったとされて話されている事が多いので、
日本の場合はどうだろうと思ったのです。

質問としては、
上に挙げたような日本の「性の慣習」について証拠があるかどうか。
あったら是非教えて頂きたいと云うことと、
あった場合それはどれだけ一般的なものだったのか。
という2点です。

つまりそう云った風習が全国的な慣習だったのか、
局地的な因習だったりするのか、
それが知りたいのです。

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A 回答 (6件)

柳田國男の「遠野物語」に夜這いについての記載がありますよ。



そもそも鉄道が発達して人が簡単に移動できるようになるまでは、人が移動するためには自分の足で歩くか馬を利用するしかなかったわけです。一部の騎馬民族を除けば馬というのは高級品ですから、研究者によると東洋西洋問わず、鉄道以前の社会では人は自分の家から15キロ以上離れたところに行くことは滅多になかったそうです。
なんでそんな話をしたのかというと、昔の人の大多数は隣村か、せいぜいその隣村くらいまでしか移動しなかったので風習というのは全国的なムーブメントになることはないのですよ。今の情報化社会と同じに考えてはいけません。アフガニスタンの山奥の村くらいの感覚です。

日本ひとつでも方言だけでこれだけ多様なものがあるのですから、ましてや風習や風俗ともなるとその地方によりかなり違います。一般的な傾向としてはおおらかであったようですが、地方によって温度差や風習の違いというのはあったと思います。

また古い信頼できる文献となると、いってみれば公式的資料ということを指していると思いますが、考えてもみてください。現代日本の政府や自治体が残すような公式資料に「売春行為は売春防止法で禁じられているけど、ソープランドは最後までやってもオッケーなんだぜ」なんて残るわけがありません。
いつの時代だって性風俗に関する資料なんてのはまともなものに残るわけはないのです。外国のコンドームメーカーが何年かにいっぺん、世界中のカップルに「あんたたち、週に何回ヤッてるの?」と調査しているのですが、調査員が毎晩ベッドを確認しているわけではなくあくまで自己申告なので、どうやら欧米人は見栄を張って水増しして申告しているらしく、日本人は恥ずかしがって過小申告しているらしいんです。ただ、「毎回の調査で日本人が最も少ない」というのは変わりないのでどうやら我々日本人は世界で最もセックスレスではあるようです。

最近の橋下さんの騒動なんかもそうですが、私個人は「レイプするなら風俗に行け」というのはごもっともだと思いますが、公けの席でうっかり口にしてしまうといろいろ怒られちゃうわけです。いやはや、「秘めごと」とはよくいったものですね。
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この回答へのお礼

そう云われてみれば人間や物資、情報の移動を今の感覚で捉えてはいけませんよね。
と云う事は地方によって様々と云うのも納得できます。

民俗学と云うのでしたか? そう云った学問は確かに公式の資料として残らないものを考えなくてはならないわけですから大変ですね。

お礼日時:2013/05/21 18:17

>日本は性に大らかだった。


>夜這いと云う文化があった。
>江戸時代ではやりたい放題だった。

>これらを裏付ける明確な証拠ってあるでしょうか?
>伝聞や伝承とかではない信頼できる文献などです。

●No.5の方が万葉時代の歌垣について述べておられますが、ウィキには次のような内容が記されています。

(1)春秋に行われた。
(2)常陸筑波山(茨城)、同童子女松原(茨城)、肥前杵島岳(熊本)、摂津歌垣山(大阪)、大和海石榴市(奈良)、大和軽市(奈良)などの例がある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%9E%A3

ウィキの記述は、『古事記』『万葉集』『常陸国風土記』『肥前国風土記』によるものだと思います。
したがって、歌垣を裏付ける史料としては、『古事記』『万葉集』『常陸国風土記』『肥前国風土記』などをあげることができます。

歌垣が全国的な慣習だったかどうかはわかりませんが、常陸筑波山(茨城)、同童子女松原(茨城)、肥前杵島岳(熊本)、摂津歌垣山(大阪)、大和海石榴市(奈良)、大和軽市(奈良)などでは行われていたと考えられるでしょう。

●そのほかには、「大原雑魚寝」があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8E%9F% …
↑ ウィキには『大原物語』に『大原雑魚寝』についての記述があると書いてあります。

http://bbs.jinruisi.net/blog/2009/04/000553.html
↑ 
この方のブログによれば、井原西鶴の『好色一代男・二巻・一夜の枕物ぐるい』に『大原雑魚寝』についての記述があるということです。

大原物語や好色一代男は歴史書ではありませんが、史料だといえるかもしれません。

●また、南北朝時代に真言立川流という宗教が流行っていたそうです。
邪教として江戸時代に消滅したとされているようですが。
どくろにうるしを塗り重ねて髑髏本尊を作り、その前で性行を行うという宗教です。


>あった場合それはどれだけ一般的なものだったのか。

残念ながら、これだけの史料ではどれだけ普遍的なものであったかを論じることはできませんね。
いろいろ調べてみると面白いと思います。

以下、持論です。

これらの習慣は、たんに日本人がエッチだから生じた習慣ではなく、宗教や信仰に基づくものだと思います。

ウィキの立川流の解説には「理趣経は本来男性と女性の陰陽があって初めて物事が成ると説いている。」と書いてありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E5%B7%9D% …(%E5%AF%86%E6%95%99)

陽=男性、陰=女性 であり、陰陽(男女)が交わることによって物事がなる、ということですね。

大原雑魚寝の習慣は大蛇の難を避けるためだとあります。

歌垣の習慣は道祖神(男女双体の神。男神と女神が手をつなぎあっていたり、陰陽石であらわされる。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E7%A5%96% …
の信仰と関係があると思います。

というのは、万葉集に歌垣を詠んだ次のような歌があるのです。

むらさきは 灰さすものそ つば市の 八十のちまたに 逢える児や 誰

ここに「八十のちまた」とありますが、「やちまた神」という神がいて「道祖神」と同一視されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%90%E3%81%AE% …

おもしろい質問をありがとうございました。
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この回答へのお礼

そう云えば京極夏彦著作の「狂骨の夢」にそんな話ありましたね。
宗教と云う点は考えていませんでした。
昔は今と違って子供が7歳になるまで生きていられる確率って凄く低かったようですしね。
今より遥かに宗教の持つ力やそれを信じる人の真剣さは強かったのでしょうね。

東は茨城、西は熊本となると随分広範囲ですが当時の移動手段が限られていた事を考えると全国津々浦々で一般的だったとも云えませんし難しいですね。

お礼日時:2013/05/22 19:46

日本には「夜這い」という文化がありました。


現代では「男が目を付けた女を犯しに行く行為」と解されていますが,それは強姦であり犯罪行為であったことは,古代から変わりません。
「よばい」とは「呼び合い」から転訛した言葉です。適齢の男女の性交渉は比較的緩やかでしたが,女性が嫌いな男に易々身体を許すはずがありません。鳥や動物でも相手を選びますから。性欲が我慢できないのが,雄の特徴です。
「妻訪い婚」が普通だった古代には,男が女の元に通っていました。「来たよ」と言う合図に「おいで」と合図を返すのが「呼び合い」です。その点では,春先の悩ましげな猫の鳴き声と同格です。
互いに相手を求める「歌垣」と言う催しもありました。筑波の山では,年に一度のフリーセックスの日が許されていました。万葉集にもそれらに係わる歌謡が収録されています。この風習は全国各地に及びました。フリーに解放された日が,性関係犯罪の防止に役立ったのです。
江戸時代にも明治憲法時代にも『姦通罪』が有りました。もっとも,『浮気は男の甲斐性』でも有りましたが。
今日では「呼び合い」は全く野放し,フリーセックスが横行する時代に成って仕舞いました。
『出来ちゃった』質問の多さにも,我が輩など年寄りは唖然とするばかりです。
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この回答へのお礼

夜這いに関しては京極夏彦先生の著作で読みましたので一応少しはわかります。

しかし、昔は『出来ちゃった』と云う話はなかったのでしょうか?
もし性に大らかだったなら避妊手段が確実ではなかった時代はすぐに『出来ちゃった』が起こりそうな気がしますが。
結婚してからも大らかだったんでしょうか?
それは猿人時代もそうだったのでしょうかね?
それとも猿人時代にはつがいを作らなかったんでしょうか?

この手の話題は本当に生物学で解けるのか甚だ疑問ですね。

お礼日時:2013/05/21 18:30

伝聞や伝承とかではない信頼できる文献などです。



同時代文献としては、ルイス・フロイスのフロイス日本史
「日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。」とかありますね
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
しかし純潔を重んじないのは何処の国のどの女性も同じだと思いますけどね。

お礼日時:2013/05/21 18:13

夜這いという文化は平安時代からあるよ。


ただ、質問者はやりたい放題と述べてることから、夜這い=強制みたいな印象持ってるようだけど、きちんと女性の意思も反映したものですから。
具体的には、男性は夜に人目を偲んで気になる女性のもとにいき、女性は男性を受け入れるなら、部屋に通し、受け入れないのなら、無視というルールが存在してますから。
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この回答へのお礼

やりたい放題というのは「男性が」と云う意味ではなく「みんなが」と云う意味でした。
しかし何故全国的な風習であったのに人目を盗んだのでしょうか?
江戸には姦通罪と云うものがあったそうですがその昔には浮気と云う概念はなかったのでしょうか?

お礼日時:2013/05/21 18:10

こうした風習というのは、何かの命令書にもとづいて行なっているわけではありません。

そこで、伝承や間接的な証拠(例えば混浴を取り締まる命令が出たのなら混浴があったという証拠になりますよね)に基づき、さまざまな角度から検証していきます。

夜這いについては、赤松啓介の著書はまだ風習の名残が残っていた時代に直接聞き取り調査を行なっているため、信ぴょう性は高いと思います。嘘をつく理由もありませんし。土地それぞれの風習があり、色々違いはありますが、いろいろな学者がフィールドワークで調査した結果があります。主として聞き取りとなりますが、単に話を聞いておしまいではなく、それを裏付ける書画、組織や祭り文化などもありますので、十分に証拠足りえると思います。
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ …

どれだけの普遍性があるかというと、それぞれの地域で様々ですので、どれも一般化できるものでは無さそうです。今のように情報が飛び交っていませんし、政府が日本国民全体に命令することもできない時代です。

ところで、性におおらかだった、というのは、「今の価値観から見るとおおらかに見える風習がある」ということを意味しているに過ぎません。そして、そういう風習があったからといって日本人全員、日本全国の風習であるわけもありません。

歴史読み物には大雑把な書き方をしているものもありますが。
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この回答へのお礼

民俗学と云うんでしたっけ?
確かにこう云うものは証拠として残っている方が珍しいのかもしれませんね。

お礼日時:2013/05/21 18:03

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Q日本の性文化が開放的な理由

韓国の友達は日本へ来れば日本の性文化があまり開放的だ
と感じると言います。韓国はすぐ側国なので似ているのが
多いが性文化に対してはあまりにも違って私も分かりたい
ですよ。韓国は儒教の影響で性に関したことは隠すと言い
ますが同じく儒教の影響を受けた日本は韓国とは違う性文
化です。
私の分かりたいことは日本は周辺国とは違うようにどう
して成文化が開放的になったし。伝統的に日本の性文化は
開放的だったのか分かりたいです。

Aベストアンサー

1. 現代についていえば、日本が性に開放的な原因は、宗教が強くないことが大きいと思います。宗教が今も社会に影響力の強いイスラム世界は、性に対して閉鎖的・抑圧的な社会ですし、欧米文化でもカトリックの強いラテン系の諸国は意外に保守的なモラルが生きていたりします。

2. 伝統的にも、時代を古く遡れば、日本はもともと性におおらかな文化でした。外来宗教である仏教(禁欲を重視)や儒教(性に閉鎖的)が来る前の日本は、性にひじょうにオープンだったようです。古事記などを見れば、かなりそれが感じられますし、平安朝になっても文学は大半が男女関係がテーマですよね。日本で恋愛が不自由だったのは、禁欲しなければならない僧侶や修行者と、江戸時代の武士階級、明治~昭和の中流~上流階級に限った現象ではないでしょうか。江戸時代だって、人口の大半を占める農民その他庶民は、武士階級と違って結構奔放だったようです。

3.韓国との比較は……韓国のことに詳しくないので自信ありませんが、儒教の影響といっても、日本と韓国ではその度合いがかなり違うのではないですか?日本で儒教の影響を受けたのは、江戸時代の武士階級だけではないかと思います。それは全人口の中では小さい部分でした。

1. 現代についていえば、日本が性に開放的な原因は、宗教が強くないことが大きいと思います。宗教が今も社会に影響力の強いイスラム世界は、性に対して閉鎖的・抑圧的な社会ですし、欧米文化でもカトリックの強いラテン系の諸国は意外に保守的なモラルが生きていたりします。

2. 伝統的にも、時代を古く遡れば、日本はもともと性におおらかな文化でした。外来宗教である仏教(禁欲を重視)や儒教(性に閉鎖的)が来る前の日本は、性にひじょうにオープンだったようです。古事記などを見れば、かなりそれが感じ...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

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Q江戸時代の農民の性風俗について

 ~~村史などをひも解いてみても、たいていが祭りの日に若者が娘を誘ったとか、さらりと書いてあるだけです。
 夜這いや、若衆組と娘組との乱交、訪問客への娘の応対など、どのようなことでもかまいません。
 堅苦しく考える必要もありません。
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 こんな話を聞いたことがある、昔はこんなことがあったらしい、でいいのです。
 誇張があっても、デタラメでも、おもしろければ結構です。
 なにとぞよろしく、おねがいします。

Aベストアンサー

チラ読みしただけですけど「夜這いの民俗学」(赤松啓介著)

http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84%E3%81%AE%E6%B0%91%E4%BF%97%E5%AD%A6%E3%83%BB%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84%E3%81%AE%E6%80%A7%E6%84%9B%E8%AB%96-%E8%B5%A4%E6%9D%BE-%E5%95%93%E4%BB%8B/dp/4480088644

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このあたりから考えていくと、村祭で飲んで騒いで男女が一緒になるとか、後家さんが若者を夜這いに誘うとか、現代ではちょっとと思うような習慣も、性がおおらかな時代においてはそれなりに意味があったのだろうと思います。

それと質問とは外れますが、これも小説で貴人の性生活で、殿様がお相手を指名して寝所に入ると、薄暗い場所で顔におしろいを塗って口や目は描くので、入れ替わっても誰が誰だか判らないと嘆く場面が出てきますが、夜這いとか妻問婚もこれに近くて、顔の美醜はさほど関係ないんだろうなと思ってしまった。

チラ読みしただけですけど「夜這いの民俗学」(赤松啓介著)

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Q日本の性文化

 ちょっとお恥ずかしい話ですが、聞いてみたいことがあります。
 日本の性文化に対してです。
某有名グループの一人が処女性で売っていたから過去の恋愛遍歴が証拠写真と共に出てきてしまったことで左遷されたりしましたよね?

日本の性に対する認識って何か不思議な気がするんです。
ビッチかそうじゃないか
処女か非処女か
日本の男性って重要視しますよね?
ちなみに私は女ですが20年間処女を守ってきましたし、何より恥ずかしきかな。私自身が処女廚なので結婚するまでは貞操を貫くつもりです。周りに流されても馬鹿馬鹿しいですしね。

でもよくよく考えてみると平安時代は夜這いの制度があり普通は10代前半で経験したりしてたり、大正時代くらいまでは女性は結婚するのが当たり前だったから結婚するまで守ったとしても遅くとも20代で経験するものだったかもしれないということです。
そう考えると処女性なんていう概念は自由恋愛するが故の弊害なのかもしれません。
もちろん昔から花魁などはあまりにも女という容れ物という扱われ方すぎて女としての幸せはとても手に入りにくかったと思いますが、そうゆう職種以外は案外処女性に大して拘りがなかったのではないでしょうか?

今日本の若者はセックス離れが激しく、長年の夫婦はセックスレス状態と言われています。世界のなかでも処女に対する信仰が厚い国みたいです。
私としてはマスコミや雑誌に踊らされて日本の性文化が昔より遥かに乱れている印象があり、恥ずかしい気もします。

(まあ娯楽が少ない田舎はすぐ経験するとかなんとか‥
都会に対する劣等感の現れなんでしょうか?
都会だからといって何でも成熟してるとは限らないと思うのですが。)
(そしてセックスがファッション感覚って私からすると受け入れがたいです。
家庭環境が古き伝統を重んじるところだったからかもしれません。
*私は20歳です)

しかし時代としての背景も昔と比べてもかなり違うので安易に比較は出来ません。
また恋は盲目というようにあまり理性的に考えると良い状態でもありませんし、愛を語るにはやはり経験を重ねるしか本質を見極められないのかもしれません。

初体験をする年齢の変移というよりは歴史的、また宗教的な背景を加えて日本と世界各国の各時代ごと性文化に対する意識を知りたいです。
誰か答えられる方はいませんか?

もちろんどのような回答であっても自分は自分の信念を貫くだけです。

 ちょっとお恥ずかしい話ですが、聞いてみたいことがあります。
 日本の性文化に対してです。
某有名グループの一人が処女性で売っていたから過去の恋愛遍歴が証拠写真と共に出てきてしまったことで左遷されたりしましたよね?

日本の性に対する認識って何か不思議な気がするんです。
ビッチかそうじゃないか
処女か非処女か
日本の男性って重要視しますよね?
ちなみに私は女ですが20年間処女を守ってきましたし、何より恥ずかしきかな。私自身が処女廚なので結婚するまでは貞操を貫くつもりです。周り...続きを読む

Aベストアンサー

まず日本の歴史から、

日本では世界的に見て昔から非常に性におおらかであり、それは現代でも同じです。
夜這いの話が出てきましたが、夜這い文化は都市でこそ廃れたものの、戦後すぐぐらいまでは各地で夜這いの文化が残っていたといわれています。ただし、ものがものだけに、体系的に記録が残っていないだけです。

夜這いの文化は、若衆宿の衰退と表裏一体の関係です。武士階級を除く庶民の男子は13歳ぐらいになると村の若衆宿に入り共同生活を営みます。その際に、共同体での規律を身に着けつつ、仕事や村を取り巻く環境などを学び、将来の村落運営が出来る大人になっていくわけです。
この際、女性は若衆宿に入る事はなく自宅で母親に裁縫などを教えてもらいながら生活を続けます。

さて夜這いは、先輩が後輩を連れて村内の娘の入る家に行き、娘が家に招きいれて交渉を行うものでしたが、娘を持つ親も年頃の娘を外への出入りがしやすい場所に寝かせる配慮が必要でした。これを行わず、家の中にかくまわれてしまうことを「箱入り娘」と呼んだので、この言葉は「大切に育てられたお嬢さん」という意味よりも「世間知らずのウブ」という侮蔑の意味のほうが強いのです。

また夜這いがしにくい町や都市に住んでいる場合はまた別の逢引のほうほうがありました。(町の商店で夜這いされるようでしたら、いつでも泥棒に入れるということです)
都市に住む娘達は比較的行動が自由だったようで、芝居や祭りに参加して帰宅が遅くなることも多かったようです。そしてこのような場所には出会い(ようするにナンパ)があり、そこで出合った若者と逢引をするための場所もありました。
簡単にいえば時間貸しのラブホテルのような場所で「出会い茶屋」という座敷を時間貸しで貸してくれる場所だったようです。

またオボコという言葉もあり「未通娘」と書くのですが、処女という言葉がない江戸時代まではこちらのほうが一般的であり、どちらかというと「男を知らない小便くさい子」という意味合いが強かったようです。

つまり日本においては全国的に、15歳ぐらいを境にして性交渉を楽しむが普通であり、そのための仕組みも整っていたといえます。現代でもラブホテルというは日本にしかない、といわれますが実際に海外にはほとんど無く、その代わり日本には少なくとも江戸期にはラブホテルがあったのです。

どうでしょう、渋谷の女子高生の夜遊びや田舎の町のナンパストリート、と比較してみると現代も昔も日本の性風俗と意識はほとんど変化が無いように思われます。

違うのは「処女」という言葉ができ、一応価値が認められていることぐらいでしょう。

西洋のキリスト教の国々の事情を話すと、一概には言えないものの日本よりは間違いなく「処女」に価値が置かれています。
また処女だけでなく、性交のための体位まで教会が「神が許した体位」を定めるぐらいで、それに外れる行為はすべて「アブノーマル」として忌避されるものでした。
少し前ですが、チャーリーチャップリンは妻から「○○させようとした」と訴えられて離婚しています。
当時の米国のよき市民は○○などはしなかったからです。
せいぜい今から70年ほど前でしかありません(江戸時代は明治直前でも150年ほど前です)

キリスト教でもカソリックのほうが教会による束縛が強く、逆に言えば教会が権威を高める為にいろいろな規制をつけて人々を縛ったともいえます。プロテスタントのほうが比較的自由ではありましたが、なにせキリストの七つの大罪に「姦淫」があり、暴食の次に悪い罪ですし、キリスト自身「だれでも情欲(むさぼりの思い)を抱いて女を見る者は、すでに心の中で姦淫(その女)を犯したのです。」(マタイ5章28節)と言っていますので、そもそも「性欲」自体が悪いこと、なのです。

ですので、キリスト教徒は「姦淫」をしないように(なにせ「あの女、いい女だな・・」と思ったら姦淫ですから)戒律を守るために、いろいろ自己規制をしたといえます。もちろん人間ですから、事実上いろいろな性交渉があったのですが、日本のように出会い茶屋とかラブホテルのようなあからさまな性産業が成立する余地はほとんどありませんでした。

ただし、現代のオランダ「飾り窓」のような性産業はどの時代でもありました。むしろ無いと強姦などが多発して一般の子女に危険が及ぶからです(特に戦地に赴く兵士は危険です。進で戻れない可能性がありますから、なにをしても良いと考える不届き者もいるからです)

ただし、一般的に公開される場所はほとんどありませんでした。(アメリカ映画のチョコレートというハルベリー主演の映画に、西洋の田舎町の売春の実態が出てきます。町に1人しかいない売春婦というのがストーリー上ものすごく悲しみを誘うのですが、詳しくは見てください)

さて、それ以外のアラブとかアジアについていうと、女性には非常に厳しい環境が待っています。一言で言うと、女性は「誰かの所有物」である、ということです。

女性には自己決定権がほとんど与えられていない為、自分で体験するかしないかの決定権もありません。もし結婚前に処女を失うと、結婚できないこともありますし、相手によっては不貞行為で処罰されることもあります。

これらの地域では放牧文化なので、家長に属しているモノはすべて家長権限で自分には決定権がありません。家畜と同一には考えれられませんが、家に住んでいる以上、家長の権限は絶対で、どこに嫁に行くのかも家長が決定することがほとんどです。
イスラム教では「処女」の価値が高い、と考えられていますので、結婚する前に性交渉を行い処女でなくなると、家長としては「すばらしい我が家の娘を嫁に出した」ということに汚点がつき、結果家の恥になりますので娘を処刑してもよいことになっています。

これらは姦淫という欲望をどのように抑えるか、というテーマの宗教的側面だといえます。

仏教色の強い地域では、キリスト教やイスラム教ほどは強い規制はありません。しかし、煩悩の考え方と「村落」という地域性の高い社会との両面から、それほど開放的ではありません。
特に山岳民族などは、結婚による交配は村落の行く末を決めることにもなりますので、自由恋愛というわけにはいかないのが実情です。

ようするに古代から現代まで、これほど恋愛自由な国はなく「不倫は文化だ!」と言った芸能人の言葉も日本においてはそれほど間違いではありません。

その中で処女を貫くのも自由ですし、多数の異性と交渉をもつのも自由ではあります。

ただ「結婚」につながる事情を考えれば、現代は結婚する義務意識がむしろ弱い為、未婚の男女があふれている結果になったり、結局恋愛指数の高い男女だけ結婚できたりと、昔よりも偏りが見られる状況です。

>また恋は盲目というようにあまり理性的に考えると良い状態でもありませんし、愛を語るにはやはり経験を重ねるしか本質を見極められないのかもしれません。

昔の人はこと「結婚」については、愛が重要ではありませんでした。アラブでも処女性は重要でも「愛」は関係ありませんでしたし、それでも結婚生活をうまくやっている夫婦はたくさんいます。

経験を重ねることが本質を見極めることにはつながらないと、思いますが「処女」をかたくなに守ることが正しいともいえません。

結局、今の日本のように「自分のためだけに結婚する」という風潮である以上、「自分」という価値観しかないという皮肉になっているといえます。

ということで、最後にいえば世界的に見て日本人の男性ほど「処女」に価値を見出さない人たちはいないと思います。世界的に見て「処女」価値は日本の比ではないからです。

まず日本の歴史から、

日本では世界的に見て昔から非常に性におおらかであり、それは現代でも同じです。
夜這いの話が出てきましたが、夜這い文化は都市でこそ廃れたものの、戦後すぐぐらいまでは各地で夜這いの文化が残っていたといわれています。ただし、ものがものだけに、体系的に記録が残っていないだけです。

夜這いの文化は、若衆宿の衰退と表裏一体の関係です。武士階級を除く庶民の男子は13歳ぐらいになると村の若衆宿に入り共同生活を営みます。その際に、共同体での規律を身に着けつつ、仕事や村を...続きを読む


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