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30歳独身の女性です。長文です。この4月末に父親を癌で亡くしました。母は3年前にやはり病気で亡くなっており、これで両親共に亡くしてしまいました。
私は高校卒業後、進学の為に上京してからずっと親元を離れて生活していました。母が発病した際は数ヶ月間休職して実家に帰り看病しました。
母が亡くなった際、父から「こっちに戻って一緒に暮らしてほしい」と言われましたが私は断って又東京に戻って一人暮らしを再開してしまいました。
それからわずか数ヶ月で父から「癌が転移した」との連絡が入りました。(元々数年前に癌の手術を受けていました)
その電話を受けた時はショックで気分が悪くなってしまいトイレに座り込んでしまいました。
しかし新しい職場に配属されてまだ3か月だった事もあり、実家に戻るという選択が出来ませんでした。今思えば思いきって戻るべきだったのに。
父はそこから2年半、たった一人で闘病生活を送りました。通院治療だったので、仕事もずっと続けていました。
私は月に1回程度実家に様子を見に行っていましたが、副作用で辛そうな時も父は私に心配をかけないようにいつも明るく振る舞っていました。
合併症で何度も緊急入院をしていましたが、私が知るのはいつも退院後でした。心配させたくなかったのでしょうが。。
私は主治医の先生に話を聞いた事がありませんでした。物理的に離れている為なかなかすぐに病院に行けないうこと事もありましたが、それよりも怖かったんだと思います。先生に父の余命を宣告される事が。私は、近い将来来るであろう父の死というものを受け入れたくなくて現実から逃げていました。
テレビで有名人が癌で亡くなったといえばすぐチャンネルを変えていました。
周りの友人や職場の先輩皆から「帰らなくていいの?」と言われていたのに帰りませんでした。
又、実家を離れて10年でしたので、生活の基盤が東京にあり、それを捨てられなかった。
久しぶりに優しい彼氏も出来たし彼氏と離れられなかった。
結局私は病気の父よりも自分の生活を優先させてしまいました。。
でもそんな私に父はいつも愛情を注いでくれました。本当に私にとっては世界一の父親でした。

体調が急変した時、父からついに「お父さん体調悪いから覚悟したんだ。。帰って来れない?」と電話があり、急いで休職して2か月半実家で看病しました。
その時には父はすっかり痩せほそっていて、一日中癌の痛みに耐え、ほとんど外出も出来ない状態でした。
何でもっと元気な内に一緒に暮らしてあげなかったのか、一緒に病気と闘ってあげなかったのか。。現実逃避して自分の生活を優先させた事で、私は父を見殺しにしてしまったも同然ですよね。。
今更後悔しても、自業自得なのは分かっているのですが、今になって父親に本当に申し訳なくて毎日何もやる気が起きず泣いてばかりいます。

すみません、何を質問したいという訳ではなく、ただ、周りに両親を亡くした人なんていないし、こんな重い話は出来ないのでここで気持ちを吐き出させて頂きました。
もし似たような境遇の方などいらっしゃったらお話を伺いたいと思いました。
長々と乱文を読んで頂きありがとうございました。

gooドクター

A 回答 (10件)

30代女性子供あり。



私は父を亡くして、同じように3ヶ月ほど帰省し父親を見送りました。
ずっと一人暮らしをしていて実家には母親がいたこともあり
3ヶ月前までは帰るという気すらありませんでした。

あなたのご両親が築いた家庭がすばらしかったからこそ、
あなたは喪失感にさいなまれるのだと思います。

私があなたに伝えられることは
あなたはお父さんにとって自慢のすばらしい娘だということです。
そしてあなたのお父さんは、本当に、優しく強い父親なのだということです。
娘が、父親のために、自分の人生を犠牲にしないように、
最後の本当に必要なときだけ、少しだけ一緒にいてほしいと連絡したのです。
こんな素敵なお父さんが、娘がこれだけ後悔することを望むでしょうか?

たとえ今は落ち込んだとしても、
「わたしたち両親が与えた愛情と、教育をもって」
まぶしい未来に向かって
生きていってほしいと願っているに違いありません。
そして、あなたがこれから迷ったときに一緒にいられないことを
本当にすまないと思っているはずです。

あなたがやることは、幸せな花嫁になって、その写真を墓前に供えることであり
自分に必要な努力を精一杯やって、悔いのないように生き
両親が与えてくれた愛情を、誰かに与え、与えられ、
育くみ、自分で自分を不幸にするような人生を送らないことです。

もし幸運なことにあなたのところに新しい命が訪れたなら、
あなたは両親の気持ちをはじめて理解することができると思います。
ただ親が望むのはどうかどうか子供が幸せでありますように、とただ祈る気持ち、
それだけであるということです。

両親が亡くなるときにあなたに対してそう思いながら旅立ったように
あなたもいつか人生の最後の日に、誰かに感謝の気持ちで
自分の生涯を終えることができるように生きていけばそれでいいのです。
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最期の二ヵ月半があって良かったですね


言葉は悪いですが、それで滑り込みセーフじゃないですか?
お父様、さぞ嬉しかったことでしょう
それすら無く後悔してる人も居ると思います

もう十分ですよ
責めなくていいです
もう、いいと思います
お父様も怒ってはいませんよ
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こんにちは☆



後悔してしまうこと、思い返せばたくさんあると思いますが、
最後の2か月半、お父様のそばで亡くなるまで一緒に過ごせたことに感謝ですよ。

お父様はきっと恨んでいないはずです。
それより、毎日ふさぎ込んで泣いているあなたを心配していると思いますよ。

お父様もお母様も、あなたが毎日後悔して泣いている姿を望んでいるとは思えません。
あなたが元気に笑顔で毎日過ごしていることを望んでいるはずです。
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はじめまして。

40代既婚男性です。

私は…子供の立場で、貴女と同様、いや、もっとひどかったと思ってます。

私は大学卒業して実家から電車、車でも離れた企業に就職しました。私はひとりっ子。親は就職活動時から自立を進め『子供の世話にはならない!』と半ば追い出されるようでした。そういう自分も好きな仕事で親に甘えていました。就職後、仕事も多忙でお盆正月なども時に日帰りもあり、また結婚・子供もあって親にまともな孝行は出来ませんでした。

入社数年でまず50代の母が癌になりました。以前から注意があって半年ごとの細かい検診を受けていてたのですが、それでも見つからない癌でした。不調で病院へ行きその時で既にステージ4余命宣告…本人には告げなかったですが、医師に呼ばれた父と私は茫然としてその日の事はほとんど覚えてません。父も仕事人間で多忙でしたが、会社に申し出して仕事をセーブしたり、夜は母のベットの傍で仮設ベットで看病してました。私は…仕事でとても休みも取れない、家族もいる、そして、父から『お母さん心配してしまうから帰ってくるな。タイミングで呼ぶかもしれない。来れる時に来てくれ』でした。入院一か月目で食事がとれなくなり、一度呼ばれたのですが、母から『仕事さぼって帰ってきたの?来ることない』と言われ、ついケンカ…(その時父は不在)それが母の生前最後の顔でした。帰りの時謝ったら涙をこぼされ、私もつい我慢できず目が潤んでしまいました。その夜父から『涙こぼすような甘ったれで…と母さん言ってたよ。取り敢えず今度呼ぶまで待ってくれ』と言われました。その後まもなく痛み止めも効かない状態の中で亡くなりました。最後は看取れませんでした。

母の死後、しばらくして50代の父も検診で引っかかり…9時間の大手術でした。そこから、治療が開始されたのですが、癌を取り切れてなかった(ともあるし、見えないところに転移してたのかもしれません)で、再発し、結局入退院繰り返して亡くなりました。父の時も看取ることが出来ませんでした。この時の私が30歳前です。父の時は、既に私は仕事上抜けられないポジションで、日帰りでも、1泊でも時間が出来れば会いに行くのですが、何も手伝いが出来ず、親戚にお願いする限りでした。父は何も言わず私の家族と仕事だけを心配してました。元妻も育児~仕事もあり、どうしようと散々悩んだのですが、父から拒否されそれに従いました。
葬儀の時は無我夢中ですが終わると空虚感で茫然自失で、そのあたりも周りの事含めほとんど覚えてません。喪主としての務めで精一杯でした。

この時点で、『俺は両親を捨てた子供だ…』と本当に後悔しました。無理やりでも休職でもすればよかったのか?もっと別な方法も無かったか?よりよい病院の選択は無かったか?そして、自分が親元を遠く離れて就職を選んだことを心から後悔しました。この後悔は40過ぎの今でも苦しいです。

しかし…数年前に親の回忌の区切りの法要の時、親戚縁者に集まってもらい法要後会食したのですが、親戚から私が自立して生きているので安心だという両親の生前の言葉を初めて聞きました。実際は父の葬儀の後私に話したらしいのですが、私は全く記憶が飛んでいて…。なんか救われた感じでした。

私も病魔で苦しむ姿を見るのが辛く、面会を中止する時もあったし、家族もいて仕事もあり、結局自分優先だったのかな…と思います。でもね、貴女は未だ未婚ですが、ご自身の仕事・生活があるし、貴女自身で自活しなければ、ご両親が亡くなられても生きていけませんよね。『子供には子供自身の人生がある』。亡き両親が学生時代にある時私にこう言いました。

貴女は、ご両親の看病を最後しっかりされてますよね。親の願いに答えて休職して看病した…私はそれだけでも十分な親孝行と思うし、自立しているのは一番ご両親が安心されていると思います。貴女はきちんと子供の役目を果たしたと思いますよ。私なんかに比べたら全然はるかに立派です!ご両親もきっと貴女との時間を慈しみ貴女の今後を想ってるはずです。

未だ、悲しみや様々な想いから心の整理がつかないと思います。今後、お墓の事、供養、法要等(宗教・宗派によりますが)いろんな事があります。自宅の整理、亡きお父さんの身辺整理等もあるでしょう。(既にある程度完了してるのかもしれませんが)当面はいろいろ大変な事が続くと思います。でも貴女ご自身が体調を崩さずご自身の身辺整理もしながら心を落ち着かせて下さい。時間は人それぞれですが、心が落ち着き安定するには時間もそれなりにかかります。時薬も必要。でも、これも親から受ける最後の試練と愛情と思ってください。いつかは来る試練です。

私事、拙い経験と感情の話で、貴女の心を癒して元気づけられるか…的外れであったり力不足と思いますが、ある子供の立場の一例として…。ご両親のご冥福と、貴女の今後の人生のご多幸を願います。
失礼しました。
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私は年齢的に質問者の方よりそのご両親の方に近いのでこれだけは言えますが、自分が死んだ後に残った子供が自力で生きていくのに何の心配も無い事ほど嬉しく有り難い事は有りません。



最後の最後に『帰って来られないか』と聞いたのは、本当に最後だと自分で分かっていたからで、『期間限定の最後の我がまま』だと本人も自覚していた事と思います。『わざわざ帰って来てもらって済まんな』と思う事は有っても、質問者の方が仰る様な『もっと早く帰っていれば』など考えてもいなかったはずです。

自分が死んでも子供は既に自活する力と能力を身に付けており何の心配も無いと言う事ほど、親が安心して死ねる条件は有りません。最高の親孝行だと思います。

ちなみに質問者の方は、将来ご自分が亡くなってあの世でご父君と会った時に、『あの後、後悔で心を病んで、良い人生では有りませんでした』と報告なさるおつもりですか。それであの世のご両親は『ほうらご覧。早く帰ってもっと親の世話をすれば良かったのよ』と仰るでしょうか。

違いますよね。違うと思いますよ。そんな事を望む親など有りません。盆、暮れ、春秋のお彼岸などの墓参りや供養などこれからもいくらでも出来ます。

あの世でご両親に会った時、『楽しい人生でした』と報告出来るような人生を歩まれる事が、さらなる親孝行だと愚考します。

とりあえず次の休みに墓参りにでも行く時は、『もう大丈夫だよ』とお墓に報告出来る様に、元気になるのが親孝行だと思いますが、いかがでしょう。
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私の母は糖尿病に始まり子宮癌、乳癌、大腸癌(肺などに転移)、そして急性心筋梗塞で亡くなりました。



私も色々後悔しました。

ですが納棺師の方に
「後悔するのは構いません。人間は完璧にできているわけではないですから。だから後悔ができるんです。ですが、後悔するだけでは何もできません。今は悲しんでください。故人様の死を悲しむことで前に進むことができます。残されたご家族に悲しんでいただき、未来進んでもらうことも私たちの仕事です。」
と涙さえ出ない私に言ってくれました。

それから数年かけ、遅いかもしれませんが、家族で遺影と供に様々なことをして、区切りを付け進めるように努力しました。

今でももちろん後悔はあります。
でもそれを含めて「母との思い出」なので、なかったことにしたいとは思いません。
私が後悔できたのは、母がそれほど愛情を持って育ててくれたということだと思うので、これからも、遅すぎますが親孝行をしていきたいです。
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確かに「後悔」があるんだと思う。


ただ、
それは結果を既に知っている状態での「後悔」であって。
当時の貴方は、
当時の貴方が選んだようにしか動けなかったんだよ。
たとえ今なら「あっち」を選ぶのに・・・
そういう選択肢を選べる状態があったとしても。
やっぱり当時の貴方は自分を優先した筈。
それは「後悔」とはまた違うんだと思う。
ただね、
自分を優先する作業自体は、
貴方次第で「いつでも」出来る事なんだよ。
でも、
今しか出来ない事もある。
今じゃなきゃ出来ない事もある。
今の貴方なら、
今「しか」出来ない事に何故向き合わなかったんだ?
そう強く思っているんだと思う。
でも、
それって、
向き合わなかった(向き合え買った)経験を持っている人にしか
分からないものなんだよ。
そういう経験なんてしたくなかった。
そういう経験をせずに、
確実に今の自分が選ぶ「べき」ものを、
心を乱す事無く、最短距離で見つけていきたい。
それは誰でも思う事なんだと思う。
でも、
人間は完璧じゃない。
貴方は器用では無い。
貴方のお父さんだってそうだよ?
貴方に対して一心に思いを注いでくれた姿だって、
それはお父さんの不器用さなんだよ。
不器用なりに「選んだ」お父さんの姿なんだよ。
貴方がこの世に生まれてきてくれた事に心から感謝をして、
そういう貴方(子供)を心から愛しいと思える事。
お父さんはそれを全身で表せる人だった。
そして、
貴方を思わせて「もらって」いた自分がいる。
父親として、
娘の貴方を心から愛する事が出来た(愛させてもらった)。
実はお父さんの方が感謝しているんだよ。
確かに貴方には一緒に生活して欲しいとは言ったよ?
でも、
貴方の人生のステージを邪魔したくない気持ちって、
世界一のお父さんだからこそ誰よりもあった。
出来るなら一緒に過ごしたい気持ちもあったけれど。
貴方がお父さんの為に極端に「滅私」を選んでも。
それはそれでお父さんも喜ばなかったんだと思う。
思ったようにお父さんとの最後の時間を共有出来なかった。
その悔いは消えないと思う。
でも、
最後貴方と過ごす事が出来て、
お父さんは幸せだったんだと思う。
時間の「長さ」では無くて。
改めて娘である貴方の存在を「実感」出来たから。
出来た状態で天国に召された。
それは間違いない事。
そういう意味では、
貴方が今自分を責めたり、後悔で気力を失っている事。
それはお父さんにとっても不本意なんだと思う。
そして、
「現実」的に貴方に残された「もの」があるとしたら。
それは今「しか」出来ない事に対して、
貴方自身が後々の自分に悔いを残さないように向き合っていく事。
その目線を無くさずにこれからを生きていく事。
その大切さを、
「人一倍」体感、痛感する事が出来た、という事なんだと思う。
これからの貴方は、
まさかの時に真の対応が出来る自分になっている。
それはお父さんから与えてもらったものなんだと思う。
勿論、
世界一愛情を注いで貰ってきた、
その感覚だって、余韻だって消える事は無い。
これからは、
今の自分に残されている「活きた」財産を大切にしていく事。
もう少し心も梅雨の時間があるんだと思う。
でも、
梅雨もいつか明ける。
貴方は貴方なりの整理整頓を以って進んでいけば良い。
急がなくてもいいい。
改めて、
深呼吸を忘れないで。
自分をもっともっと大切に。
それが何より貴方のお父さんが求めている事なんだからね☆
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役に立つかは判りませんが、親の立場から言えば、質問者さんの取った行動で良かった。


と思います。

自分のために、子供が全部投げ打つ、もしくは、それに近いことになる。というのは、自分の死よりも辛いです。
子供の未来の糧になるなら何でもしますが、重しや足枷になるなら、生きていたくはない。
というのが、お父さんも、本音でしょう。

死は、誰にでもくるし、ある程度の年になれば覚悟もできます。
問題は、後に残った人が困らないかだけですよ。
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お悔やみ申し上げます。




私は母を亡くした3年後に、父を亡くしました。
発病後に、私は実家に戻って両親の看病をしましたが
もっと自分にできたことがあったはず、
と今でも時々思います。
勿論、自分の生活だけを大切にしていたら
もっと後悔したと思いますが。


近所の方々がそんな状況を見てきていたので、
十分すぎるほど面倒を看たよ、
と言ってくれて、私も少し救われましたね。



質問者様におかれましては
辛い時に彼氏がいて良かったですね。

お疲れが出ませんように。
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まだ良いですよ


私など両親の死に目に有って居ないし≪3人兄弟誰も会って居ません≫
母親の時等、通夜にも出て居ません≪何とか、チリ焼きには間に合いました≫
幸いに私の仕事を一番理解して居てくれたのが母親でしたので、判ってくれていたと思いますが
これは私が死ぬまで引きずるでしょう
本音は母親の死に目だけは見取ってあげたかったけど、
母親から帰って仕事をしなさいと言われたでしょう≪調理師で1人で仕事をして居ました≫
その点貴方は帰って看病して居る、それだけでも親は判ってくれますよ(^-^)
でもお互いに、死ぬまで引きずって行くと思います
悲しんでいる事を、親はどう思うでしょう
忘れる事は出来ませんが前を向いて行ってください
お互いに頑張りましょう、ファイト(^0^)
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