AIと戦って、あなたの人生のリスク診断 >>

旧日本軍の飛行場を再利用して現在も使用されている空港や自衛隊基地が
全国どれぐらいあるのか調べております。

私は九州在住で、鹿児島空港や宮崎空港、海上自衛隊鹿屋航空基地などが旧日本軍の飛行場を再利用して現在も使用している空港だったと調べました。

このような空港や自衛隊基地をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えて頂けないでしょうか?
宜しく御願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (19件中1~10件)

>>18


お互い自説の結論部分を繰り返すだけでは平行線のままですね。
旧国分第二の滑走路と鹿児島空港滑走路が重なっているという私の主張の根拠をお目にかけます。
図を添付しますのでご参照ください。
「1946年の写真」とのことですので、USA-M57-261 で話を進めます。
まず、写真に写る滑走路の延長線を伸ばしてみて下さい。
南東方向は図の右下の↑の辺りに線が来るはずです。
この川の合流部分とそのすぐ南を渡る県道2号線は、現在によく形が残っているのが確認できると思います。
この線で旧滑走路のおおよその位置が確認できるはずです。

次に、作図の緑で引いた道の形を、当時の写真と現在の地図で比較し、当時の滑走路位置を確認してみて下さい。
これで足りなければ、線路と並走する道路の、表木山駅南側の辺りの形を比較してみて下さい。
これで、双方の滑走路の位置関係が確認出来るのではないでしょうか。
むしろ1970年の写真の方が、造成中の空港と軍飛行場跡が重なる様子を確認し易いと思います。
以上が私の主張の根拠です。
次に、僭越ながら貴方の仰る滑走路位置を私なりに検証させて戴きました。
これまでの部分、そして以下の私の書く内容に何か間違いがありましたらご指摘下さい。

「どんなに贔屓目に見ても、旧飛行場の滑走路北端が現空港敷地に接しているくらい」
とのことですので、接していないように引いてみたのがグレーの太線です。
作図のグレーの線に沿ってグーグルアースで標高の推移を見てみると、
現空港敷地からしばらくは250m強なのですが、途中から急激に下がり、最低点では147mになり、
その後再び上りになり、166mになります。
この周辺は基本的にこのような地形であり、場所によっては更に高低差が極端になります。
ご存知でしょうが、当飛行場の別称にもなっている「十三塚原」は、標高210-300mのシラス台地を指します。
貴方の説の通りだとすると、わざわざシラス台地から急激に下がっていく箇所を含めて滑走路を建設したことになります。
しかも、現空港敷地から離れれば離れる程、川と海の方向ですから、滑走路の高低差はより極端になります。
仮に作図の通りの線の場合、急激に下がる部分は、460mの区間で111m下がっており、これは約14°に相当します。
14°はロシア等の空母のスキージャンプ式飛行甲板に使用される例のある角度です。
しかもこの14°はこの区間の平均斜度ですから、これより急な角度もあり得る訳です。
どの滑走路も多少の勾配はつきものとはいえ、これはないんじゃないでしょうか。
以上の点から、私はここは滑走路としてあり得ないと思います。
私には、貴方の言う条件の場所に滑走路の適地を見つけることが出来ません。
貴方がどの場所を旧軍飛行場と考えておられるのかも差し支えなければで結構ですので教えて下さい。

貴方は、
「あくまでも事実を出し合って、言い方(書き方)でどうこう言うのではなく、
お互いの意見を補完し合うというのがネットでのやりとりの基本ではないでしょうか。」
と仰いました。そして、
「いくら見比べても現空港の滑走路と旧飛行場の滑走路が接しているとは見えません。」
とお書きです。

貴方の主張に従い、私は自説の根拠を示しました。
貴方も何らかの仕方で自説の根拠を示して頂けませんか?
是非補完し合いましょう。
ちなみに、ネットでいろいろ検索しましたが、貴方の説の場所に滑走路があったとするサイトは残念ながら見つけることが出来ませんでした。
「旧軍の敷地は一部現空港に使用されている」という、私と同意見の記事、同様の作図を挙げているサイトは散見されますが。
つまり現状では私の説が定説で、貴方のそれは新説です。
常識を覆す画期的な新発見か、それともただの珍説か。全ては貴方にかかっております。
この説に関して、私は現地で当時をご存知の方から直接「ここが滑走路だった」と聞いたわけでも、
軍の一次資料から場所情報を得た訳でもありません。
飽くまで写真との比較、二次資料からここであろうと推測しているに過ぎません。
ですので、後になってネットで検索してみると、自説とまるで同じものばかりが出てくるので、
「皆同じこと考えてるのね」と少々物足りない気持ちでもあります。
定説が覆される瞬間に立ち会えるのなら、非常に光栄なことです。
・定説は誤りであると納得するに足る客観的な証拠、若しくは出自の確かな資料
・貴方の主張する場所に確かに滑走路があったと納得するに足る客観的な証拠、若しくは出自の確かな資料
これらをきちんと示すことが出来ればよいかと。要は私がしたのと逆のことですね。
期待しております。


>先に書いた新空港ももちろん再利用として扱うのですよね?
新空港とは石垣のことでしょうか?
だとすると、貴方の質問には二点おかしなところがあります。
まず、これは「旧国分第二と鹿児島空港は重なっていないが再利用とする」こと前提の質問ですよね。
「Aを認めるのであれば、同様にBも」という論法ですが、上述の通りそもそも私はその前提(A)を認めていないので話が噛みあわないんですよ。
話をすっ飛ばして自分の中の常識だけで話を進めてしまっては、「お互いの意見を補完し合う」も何もないです。
ご自身の説に絶対の自信があることの表れなのでしょうから、その証明に期待しております。

二つ目に、「質問主の書きぶりを断定的に盲従」とか「イエスマン」とか書いておいて、
その私に、質問主を差し置いて特定の空港の再利用かどうかの扱いを問うのですか。
話の整合性がとれていないと思うのですが。
なんとも珍妙なご質問ですが、お答え致します。
両者の間は約1kmの隔たりがあり、しかもその間を川が横切っています。
私は、これは再利用とは思いません。
最初拝見した時は、(随分極端な例を持ち出すものだ)と感じました。
ただし、この場でこれを再利用として扱うかどうかは質問主が決めることですから、
これは個人的な感想に留めておきます。
こんな答えでご満足頂けるでしょうか?
「旧日本軍の飛行場を再利用した空港について」の回答画像19
    • good
    • 0

まず、前にも言いましたとおり、「再利用」の範囲でなんとでも言えることなのですが、その点について質問主の書きぶりを断定的に盲従し、それにそぐわないコメントは排除するというのでしたら、No.11のリストは削除して頂きたいし、無視して頂いて結構です。


ここが、そのような「イエスマン」的な回答のみを書き込む場であれば、私は場を間違えたということで、これ以上私の持っている情報を開示するつもりもありませんし。

あくまでも事実を出し合って、言い方(書き方)でどうこう言うのではなく、お互いの意見を補完し合うというのがネットでのやりとりの基本ではないでしょうか。
完全無欠な情報の書き込みのみをしろ的なものでは、少なくとも私は書き込む気は起きません。

次に旧国分第二と現鹿児島空港の件ですが、1970年の空中写真と1946年の空中写真をいくら見比べても現空港の滑走路と旧飛行場の滑走路が接しているとは見えません。どんなに贔屓目に見ても、旧飛行場の滑走路北端が現空港敷地に接しているくらいです。つまり、前に書いた通り、旧飛行場の敷地のごく一部が現空港敷地に含まれるということで、計画段階で旧軍飛行場敷地の再利用を行おうとした松本空港と異なると言ったわけです。(ただ、確かに初期の松本空港の北端は旧軍飛行場敷地(注:滑走路ではない)にめり込んでましたね。)

まあ、最初に書いた通り、現鹿児島空港と宮崎空港は旧軍飛行場の再利用という前提で話を進めるのであれば、No.11のリストにはそれにそぐわないものもあるでしょうが、その場合は、先に書いた新空港ももちろん再利用として扱うのですよね?
    • good
    • 0

>>16


旧国分第二の滑走路についてですが、
1期工事(2500m滑走路)完成時も、旧国分第二の滑走路は既に鹿児島空港滑走路と重なっていますよ。
2期工事で滑走路南端部分を延長した訳ですが、
2つの滑走路が重なっていたのは、現滑走路のほぼ中央、やや南側の位置ですから、1期も2期も関係ないです。
ついでながら、松本空港の件も勘違いしておられますよ。
1965年の開港当初から既に旧軍敷地内に喰い込むように滑走路が建設されております。
記憶や憶測に頼らず、きちんと確認してからお書きになっては如何でしょうか。

旧千歳第二、第三についてですが、これは全く存じませんでした。
古いエンルートチャートを見れば、ここが自衛隊飛行場だったことが分かるのですね。
それでは、エンルートチャートでも飛行場と分かるものをリストに含めた際、
(飛行場としては使用していない)とわざわざ但し書きを入れたのは一体何故でしょうか。
今になって、「飛行場としては使用していない」から「自衛隊飛行場として再利用されたことがある」と翻す意図が分かりません。
最初から「自衛隊飛行場として再利用されたことがある」と但し書きするわけにはいかなかったのでしょうか。
混乱を招く説明で、いささか不親切に感じるのですが。
申し訳ありませんが、今回の説明で納得するのはちょっと難しいです。

質問主の質問からはかけ離れた回答が並んでしまうことを懸念されていますので、最後のその点を。
敷地の大部分と滑走路本体が空港敷地の外の場合、それは「再利用」とは認められないという貴方の趣旨は大いに理解できます。
国分第二の敷地のうち、現空港に利用されているのは仰る通りごく一部です。
退避用誘導路地区を除くなら、ハッキリは分かりませんが、一割前後というところだと思います。
一方、貴方が「再利用」と見なしておられる旧軍松本飛行場ですが、こちらは現在数割が空港敷地として使用されています。
数割の松本は再利用、一割の鹿児島は再利用ではないと貴方は仰る。
では、何割から再利用に当たるのでしょうか?

結局のところ、どこまでを「再利用」と見なすのかは定義付けの問題となり、
質問者のお考えを汲む必要がある訳ですよね。では、質問者の質問を今一度よくご覧ください。
「鹿児島空港…が旧日本軍の飛行場を再利用して現在も使用している空港だった」とお書きです。
他の回答者様から鴨池も挙がっていますが、「現在も使用している空港」ですから、これは溝辺の現空港のことですよね。
つまり、質問者は鹿児島空港を「再利用」と見なしている訳です。
質問主の質問からはかけ離れた回答とならないよう心掛けるのであれば、
質問者が鹿児島空港を「再利用」と謳っている以上、それに則って話を進めるのが筋ではありませんか?
質問者の提示条件はちょっと違う、異なる意見を述べたい、と思うのであれば、まずはそれなりの段取りがあるはずですよね?
上述の通り、そもそもこれは、「どこまでを再利用と見なすのか」という極めてあやふやな論議が関係していますから、条件に正解などないはずです。
一方貴方は、>>12でいきなり質問者の前提を全否定してしまっていますよね。
「1期工事完成時は、」とか「滑走路本体は空港敷地の外」、(退避用誘導路地区を除く)というのも、
要は貴方が一方的に作り出したルールですよね。
質問者の質問とかけ離れてしまっているのは、むしろ貴方の方だと思うのですが、如何でしょうか?
    • good
    • 1

質問主でもない方を納得させるために回答するのも何ですが・・・。



まず、現鹿児島空港の1期工事(2500m滑走路)完成時は、旧国分第二の敷地(退避用誘導路地区を除く)の大部分と滑走路本体は空港敷地の外ですよね。(もちろん、あなたが当初対象外としていたように滑走路そのものも再利用されていないし。)

松本空港のように「旧軍飛行場跡地(敷地:滑走路ではない)を再利用しようとしたが、当初は当該地が買収できず、旧軍飛行場に隣接して設置し、後の滑走路延長で旧軍飛行場跡地の一部も空港敷地となった」とは異なり、旧軍飛行場敷地というよりは旧軍も飛行場を設置した適地である場所に現空港を設置しただけであり、それを再利用というならば、新石垣空港は砂利敷きの白保飛行場跡を再利用したと言えるし、美幌第二の退避用誘導路地区にできた新女満別空港も旧軍飛行場の再利用となり、質問主の質問からはかけ離れた回答が並ぶことになりませんか?

あと、旧千歳第二、第三は過去に自衛隊飛行場として再利用されたことがあるということで載せました。
古いエンルートチャートを探して見ましょう。
    • good
    • 0

>>14


「厳密に滑走路ではなく飛行場としての再利用の範囲の問題である」ということでしたら、それで結構です。
それでは、
「現鹿児島空港は旧海軍第二国分の跡地に接近して建設されましたが、再利用というわけではない」
と断言された明確な理由をお聞かせください。
私には飛行場として大いに敷地が被っているようにしか見えないのですが。
また、これを認めない一方で旧海軍千歳第二、第三を挙げておられる意図は何でしょうか?
    • good
    • 0

まあ、「再利用」の範囲でなんとでも言えることなのですが。



ちなみに私は「飛行場」を再利用したものとは言いましたが、
「滑走路」を再利用したリストとは一言も言っていません。
    • good
    • 0

>>12


現鹿児島空港の滑走路と第二国分の滑走路は一部重なっており、誘導路が現在の滑走路、ターミナルの反対側まで続いていたのですが、これを「再利用というわけではない」ということでしたら、11のリストの以下のものも再利用には当たらないのではないかと思います。


旧海軍千歳第一 → 空自千歳基地
(空自千歳基地のうち、旧海軍千歳第一の再利用は北側のごく一部のみ)

旧海軍千歳第二、第三 → 陸自東千歳駐屯地
(リストに含める意図不明)

旧陸軍八雲 → 空自八雲分屯基地
(現滑走路は旧滑走路の北側に角度を少し変えて新設したもの)

旧陸軍八戸(高館) → 海自八戸航空基地/陸自八戸駐屯地
(海自八戸航空基地/陸自八戸駐屯地で使用している滑走路は、新設のものと、当時の誘導路だったもの)

旧海軍松島 → 空自松島基地
(4本あった旧滑走路のうち、再利用しているのは現在サブで使用している1本のみ。現在のメイン滑走路は新設のもの)

旧陸軍宇都宮南 → 陸自宇都宮飛行場/北宇都宮駐屯地
(現在使用している滑走路は当時の誘導路)

民間/旧海軍羽田 → 東京国際空港
(民間/旧海軍羽田当時の敷地は現国際線ターミナル、エプロンの辺りであり、現B滑走路にも掛かっていません。更に西側)

旧陸軍大島 → 大島空港
(空港の旧滑走路は旧陸軍時代のものを再利用していましたが、現在の滑走路は約150m西側に角度を5°変更して新設したもの)

旧陸軍松本 → 松本空港
(現空港滑走路のうち、旧軍の敷地に掛かっているのは北側の約1/4のみ)

旧陸軍小牧 → 名古屋空港/空自小牧基地
(現在の滑走路は旧滑走路の西側に新設したものであり、当時とは角度も異なる)

旧海軍岩国 → 米海軍/海自岩国航空基地
(海軍時代の滑走路は陸側でほぼ東西方向のものであり、沖合展開により新設した現在の南北方向の滑走路とは重なる部分もなし)

旧海軍大分 → 旧大分空港
(地形、滑走路の向きから勘違いし易いですが、ここも新設。埋め立てを行い、約650m北側に移動している)

旧海軍石垣島第一 → 旧石垣空港
(海軍当時の滑走路の東端が一部重なる程度であり、旧石垣空港の滑走路は新設のもの。角度も大きく異なる)


全てを把握している訳ではなく思いつくものを挙げただけですので、きちんと調べれば>>12さん自身の基準で11のリストから除外しなければならないものはまだまだ増えるはずです。
結局のところ主さんがどこまでを「再利用」と見なすか、条件次第と思います。

また11のリストに追加情報として、
埼玉県: 旧陸軍桶川飛行場 → ホンダエアポート
山口県: 陸軍防府飛行場 → 空自防府飛行場

更に現在は廃止した空港として、
広島県: 旧陸軍吉島飛行場 → 旧広島空港(1961年まで)
もあります。
    • good
    • 0

補足です。



確かに現鹿児島空港は旧海軍第二国分の跡地に接近して建設されましたが、再利用というわけではないのでリストには入れていません。
    • good
    • 0

旧軍の飛行場を再利用後、別の場所に新空港ができて廃止されたものもありますが、それを含めて書いておきます。



北海道:旧海軍美幌第二 → 旧女満別空港
    旧海軍標津第一 → 旧中標津空港
    旧陸軍計根別第四 → 空自計根別飛行場(陸自別海駐屯地の隣)
    旧陸軍帯広第一 → 旧帯広飛行場/陸自十勝飛行場(帯広駐屯地)
    旧陸軍旭川(愛国旭川) → 陸自旭川飛行場/駐屯地
    旧陸軍札幌第一 → 陸自丘珠飛行場/駐屯地
    旧海軍千歳第一 → 空自千歳基地
    旧海軍千歳第二、第三 → 陸自東千歳駐屯地(飛行場としては使用していない)
    旧陸軍八雲 → 空自八雲分屯基地
    旧海軍/陸軍天寧(択捉島) → ブレベストニク飛行場(旧ソ連ブレベストニク空軍基地)
青森: 旧陸軍八戸(高館) → 海自八戸航空基地/陸自八戸駐屯地
    旧海軍大湊 → 海自大湊航空基地
    旧海軍三沢 → 米空軍/空自三沢基地
宮城: 旧逓信省/旧陸軍霞ノ目 → 陸自霞ノ目飛行場/駐屯地
    旧陸軍増田 → 仙台空港
    旧海軍松島 → 空自松島基地
山形: 旧海軍神町 → 山形空港
茨城: 旧海軍霞ヶ浦 → 陸自霞ヶ浦飛行場/駐屯地
    旧海軍百里原 → 空自百里基地/茨城空港
栃木: 旧陸軍宇都宮南 → 陸自宇都宮飛行場/北宇都宮駐屯地
埼玉: 旧陸軍豊岡(修武台) → 空自入間基地
千葉: 旧陸軍白井 → 海自下総航空基地
    旧海軍木更津 → 陸自木更津飛行場/駐屯地
    旧海軍館山 → 海自館山航空基地
東京: 旧陸軍立川 → 陸自立川飛行場/駐屯地
    旧陸軍多摩 → 米空軍横田基地
    旧陸軍調布 → 調布空港
    民間/旧海軍羽田 → 東京国際空港
    旧陸軍大島 → 大島空港
    旧陸軍新島 → 新島空港
    旧海軍八丈島第一 → 八丈島空港
    旧海軍元山 → 海自硫黄島飛行場
    旧海軍南鳥島 → 海自南鳥島飛行場
神奈川:旧海軍厚木 → 米海軍/海自厚木航空基地
新潟: 民間/旧陸軍新潟 → 新潟空港
石川: 旧海軍小松 → 空自小松基地
山梨: 旧陸軍北富士 → 陸自梨ヶ原飛行場
長野: 旧陸軍松本 → 松本空港
岐阜: 旧陸軍各務原 → 空自岐阜基地
静岡: 旧陸軍浜松 → 空自浜松基地
    旧海軍藤枝 → 空自静浜基地
愛知: 旧陸軍小牧 → 名古屋空港/空自小牧基地
三重: 旧陸軍明野 → 陸自明野飛行場/駐屯地
大阪: 民間/旧陸軍阪神 → 八尾空港
    民間/旧力軍大阪第二 → 大阪国際空港
鳥取: 旧海軍美保 → 空自美保基地/米子空港
山口: 民間/旧陸軍小月 → 海自小月航空基地
    旧海軍岩国 → 米海軍/海自岩国航空基地
徳島: 旧海軍小松島 → 海自小松島航空基地
    旧海軍徳島第一 → 海自徳島航空基地/徳島空港
香川: 旧海軍高松 → 旧高松空港
愛媛: 旧海軍松山(吉田浜) → 松山空港
高知: 旧海軍高知第一(御免) → 高知空港
福岡: 旧陸軍芦屋 → 空自芦屋基地
    旧陸軍曽根 → 旧北九州空港
    旧陸軍蓆田 → 福岡空港
    旧海軍築城 → 空自築城基地
佐賀: 旧陸軍目達原 → 陸自目達原飛行場/駐屯地
長崎: 旧海軍大村 → 海自大村航空基地/陸自竹松駐屯地
熊本: 旧陸軍熊本(健軍) → 旧熊本空港
大分: 旧海軍大分 → 旧大分空港
宮崎: 旧陸軍新田原 → 空自新田原基地
    旧海軍宮崎(赤江) → 宮崎空港
鹿児島:旧海軍鹿児島(鴨池) → 旧鹿児島空港
    旧海軍鹿屋 → 海自鹿屋航空基地
    旧海軍喜界島 → 喜界空港
沖縄: 旧陸軍伊江島西 → 米軍伊江島補助飛行場
    旧陸軍伊江島東 → 伊江島空港
    旧陸軍中 → 米空軍嘉手納基地
    旧海軍小録 → 那覇空港
    旧海軍宮古島(平良) → 宮古島空港
    旧海軍石垣島第一 → 旧石垣空港
    旧海軍与那国飛行場 → 与那国空港
    旧海軍南大東 → 旧南大東空港

正確な名称は間違っているものもあるかも知れませんが、とりあえず場所を認識していただくという目で見て下さい。
    • good
    • 1

主さん仰る通り、現鹿児島空港滑走路に接するように第二国分基地(十三塚原海軍航空隊)の滑走路がありました。


1946年撮影の写真には、現在の滑走路、ターミナルの反対側まで誘導路が伸びているのが確認できます。
戦後飛行場は民間に払い下げられて農地になりましたが、時を経て今度は空港になりました。

参考URL:http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServl …
    • good
    • 1

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q戦闘機や航空基地 : どうして陸軍と海軍でバラバラだった?

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが ・・・

それと、海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか? 

もちろん、戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。

たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?

歴史書を読んでいて、ふと感じたので質問させて頂きました。

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では「イエス・サー」といいますが、海軍では「アイ・アイ・サー」といいます。かように「はい」という答えひとつでも違う言い方をしたがるほど陸軍と海軍はときに対抗します。いわんや航空機の仕様については他の方も回答されているように陸軍と海軍では要求するスペックが違いますから自ずと機種が違ってきます。
それは現在でもそうで、例えばアメリカ空軍が使うF-16と海軍/海兵隊が使うF-18は大きさといい性能といいよく似ています。大きな違いは、F-16が単発エンジン、F-18が双発エンジンという点です。一時期、海軍でもF-16を採用してはどうか、という声も上がったのですが、海上で活動することが多い海軍機はエンジンがひとつ故障(あるいは損害)を受けてももうひとつのエンジンで基地や空母までたどり着ける可能性がある双発機のほうがふさわしいとのことで海軍/海兵隊はF-18を採用しました。しかし実際は長年米海軍とお付き合いのあるノースロップ社の「ロビー活動」のたまものです。

合理的精神の塊であるアメリカ人でさえ空軍(陸軍)機と海軍機の統一ができません。ロバート・マクナマラが機種を統一しようとしてF-111という戦闘爆撃機を作りましたが、これは海軍と空軍の猛反対を押し切って強引に進められたものでした。海軍はよっぽど気に食わなかったのか、何かと理由をつけてちゃっちゃとF-111を退役させました。

今でも、ゼロ戦と隼とどっちが優れているか議論させたら答えは出ませんよ。カタログスペックではゼロ戦が優れていますが、ゼロ戦はかなりクセの強い戦闘機だったようです。じゃじゃ馬だったんですね。それに比べると隼のほうがはるかにマイルドで乗りこなしやすかったそうです。ゼロ戦はホンダ車、隼はトヨタ車みたいなもんだったのかもしれません。

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では...続きを読む

QB29の迎撃に活躍した戦闘機

B29の迎撃に活躍して
最も多くのB29を撃墜破した戦闘機は何でしょうか?
月光ですか?
屠龍ですか?
それとも雷電でしょうか?
またどのような性能がB29の迎撃に適していたかも
教えて下さい

Aベストアンサー

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するようになります。小林照彦戦隊長率いる244戦隊は部品の補給、整備も行き届いていたため他隊に比べ稼働率も高く、また攻撃精神旺盛なためB29の迎撃に活躍しました。震天制空隊による体当たりをはじめ、通常の攻撃でもB29を撃墜しています。小林戦隊長自らB29に体当たりで撃墜し、生還するなど244戦隊は敗戦までに撃墜84機(うちB29 73機)撃破94機(同92機)と言う戦果を上げました。
 
 水冷エンジンについては工業力が追いついていないのを無理して使ったというのが一般的ですが、ただ単に今までの日本機のほとんどが空冷エンジンであったため整備員が不慣れであったと言う話も聞きます。同じく水冷エンジンの彗星を装備した芙蓉部隊は整備員の努力により高い稼働率を維持していました。
 
 B29の迎撃に必要な性能は高高度での飛行性能、速度、高い上昇力、加速性、火力など格闘戦性能より一撃離脱に適した機体が良かったと思います。

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するよう...続きを読む

Q日本のミサイル防衛にTHAADが無いのは何故?

【ワシントン共同】米陸軍当局者は26日、米領グアムに配備した高性能の地上発射型迎撃システム「高高度防衛ミサイル」(THAAD)が完全な稼働状態に入ったことを明らかにした。との報道です。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130427/amr13042709290001-n1.htm
一方日本の場合イージス艦から発射するミサイルとPAC3でTHAADはありません。
日本の場合THAADは無くても良いのですか?


 

Aベストアンサー

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km にある化学圏) に突入してきた最終段階での弾道弾を撃墜する Missile です。

一方、日本が Aegis 艦に搭載している SM3 (Standard Missile 3) 161B Block IA は射程 400km、射高 250km で、先端部が Kinetic 弾頭と呼ばれる高機動弾頭になっているように、空気のない大気圏外での超高速運動能力を持たせたものとなっていて、THAAD よりも高性能な Missile になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=Clny6teU5ik&feature=youtu.be

最初に海上自衛隊に配備された「こんごう」の SM3 161B Block IA は高度 160km を飛行する模擬弾道弾の直撃撃墜に成功していますし、現在は日米共同開発になる Block IIA の地上試験を終えて来年に飛行試験、2018 年には現在の Block IA を Block IIA に置き換える予定になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=A6CIu9fRk3k

地上発射型で射程が 200km しかない THAAD では幅数百km 長さ 2000km 余りの日本列島に数十基の発射機を配置しなければならず、何時 Terrorism だの過激な反対運動の前に壊されるか判ったものではないのに比べ、SM3 は部外者など近付けない Aegis 艦の中にありますし、相手国の Missle 発射機から 400km 以内の海域に派遣すれば 1 隻で事足ります。

相手国が日本に向けて発射する Missile の Course は決まっていますので、日本列島近海に配置する Aegis 艦の数も数隻あればよく、既に海上自衛隊は上記「こんごう」型 Aegis DDG (Missile 護衛艦) を 4 隻、次級の「あたご」型 Aegis DDG を 3 隻運用していますので、2~3 隻が定期整備中であっても常時 4~5 隻は緊急配備に就くことができるようになっています。

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km ...続きを読む


人気Q&Aランキング