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みなさんは どういった経緯で 「反対派」「賛成派」になったのですか?

わたしは もともと死刑などになんの興味もないとき
ある映画をみました 社会問題を題材にしたもので
その主旨は死刑に反対するものでした
しかし わたしは その なにがいいたいんだか
まったく理解できない わけのわからない内容に
逆に「死刑賛成派」になってしまいました

その後 山口県光市母子殺害事件がおこります
被害者遺族の訴えなどがテレビでも大きくとりあげられましたので
この事件をきっかけに 死刑支持の気持ちを強くされた方は
おおいのではないでしょうか?

私も そういった一人でした

しかし その後に
「大阪池田市小学校無差別殺傷事件」が起きます
宅間守による事件ですね

この事件が 私に大きな衝撃を与えました
みなさんもご存知のとおり
宅間守は 自ら死刑を望み
反省することもなく 社会を恨んだまま
この世の全てに唾を吐きかけるようにして
死刑執行されていったのです

このとき私は なぜか 強いショックをうけたのです
それは どこか 敗北感に似たようなものでした

彼は この世界全てを否定したまま そして
自分自身が社会から否定されることを望んで
死んでいった
かれは 「悪」を貫いた といえます
彼を美化しているのではなく

「そうさせてよかったのか?」と疑問がわいたのです

かれが悪を貫くならば 私たちは正義をどう貫くべきだったのか?

彼を殺すべきではなかったのではないでしょうか?
彼が 社会を否定するなら 私たちは彼を否定するべきでない
なぜなら それは かれの犯行の動機すら否定できるからです
社会は 「殺す」 という 「存在否定」を行わない
それは 社会が 「全ての人間の存在を否定してはいない」
という証でもあるのです
それが私たちが貫くべき「正義」ではないか?

という考えに至り
そう 今も考えているのです

みなさんの 死刑を考えるに至った きっかけとは?

A 回答 (10件)

私が死刑を考える至ったそもそものきっかけは、苛められっ子であったことにあります。

いや、正確にいうと「胡散臭くて排除したいヤツ」だったと言ったほうが正確でしょうか。

そのため、よく学級会で吊るし上げを食らいました。曰く「phj君が廊下を走りました。」みんな「そうだ、そうだphjは悪いやつだ」というやつです。お前ら走ったことないんかい!?、と憤りを隠せませんでしたし、それを知っているはずの教師も「phjは罰を受けなければならない」としたり顔で言うのですから「正義」というものをずっと疑問に感じて育ってきたといえます。

そのため大学は「法学」を選びました。正義の正体を知りたかったから、といえばあまりにかっこつけでしょうか。

とりあえず「大学」で法学やそれ以外の社会勉強をしつつ、うすうす知りえたことは「権力=正義」であるということです。

ですから、現代から見たら正しい道を説いているはずの思想家などは王政の時代には「王の不興を買った」という理由で死刑にされています。
また、権力者として正しく社会の安定を取り戻す為に、大量の粛清を行った古代ローマ共和国のスッラは賞賛こそされ、糾弾されるべき人物ではない、ということも同時に思い知ったわけです。

つまり「正義」は強く権力を集め、黒を白と言い張れる人の道具である、ということです。

このような権力の正体を考えたときに、民主主義国家であり、個人の幸福を最大限追求する国家が「死刑」と言えども個人を殺していいのか?その「正義」は正しいのか?が常に私の疑問で有ります。

ゆえに私は「死刑懐疑派」なのですが、8割近くの人が死刑に疑問を抱かないこの国では私はやはり「死刑反対派」として吊るし上げを食らうことが多いようです。

私が死刑を考えるに至ったきっかけのひとつは「権力」というものの本質にあります。

また、同時に子供のころの経験から、必ずしも人の価値は平等ではない、と感じています。
先程の学級会、吊るし上げという告発を食らうのは私だけでは有りませんでしたが、どんなことをしても告発からまぬかれる者もいました。「人気者」というやつです。

たとえば影が薄い誰かが交通事故に有ったとしても、お見舞いは最初の一回だけでしょう。しかし「人気者」が事故にあえば、お見舞いは迷惑にならないよう数人ずつ毎日、2回も3回もいくようなヤツもでるしまつです。
まあ、ひがみかもしれませんが「生きている」のは同じでも、消えても誰も気がつかない人もいれば、世界中が大騒ぎの人もいるのです。そう、どこぞのVIPと、毎日何人も命を失う難民など名も無き人々の違いです。

このような社会の矛盾を考えたときに「殺人したから死刑」というのは本当に正義なのでしょうか?それは見たくない現実をみたときのように「胡散臭くて排除したいヤツ」を排除したいだけなのではないでしょうか。
そしてそれは社会の安定に役立っているのでしょうか。あなたの心の安定に役立つのでしょうか。

たとえば、何人も殺している犯罪者を見つけた誰かが、その犯罪者を殺した場合も「人一人殺したから死刑」なのでしょうか。その場合は、多くの死刑賛成派が「何人も殺して警察すら捕まえられなかった害虫を駆除したのだから減刑して欲しい」と署名が起きるのではないでしょうか?
本質は「人を一人殺した犯罪者」であることには変わりないのに、なぜ賞賛されるのでしょうか?
この矛盾に答えられる死刑賛成派はおられるのか。法学部時代にも随分論争しましたが、納得できる違いを提示できた人はいませんでした。

これが死刑というか「量刑」を考えるきっかけに至った考えです。

これをおんなじことをこの間のリーガルハイで古美門が言ってましたね。彼はこんな風に、正義の危うさを指摘しています。
http://d.hatena.ne.jp/RASEN-KAIDAN/20131212/1386 …

さらにもうひとつの疑問は日本が「国民主権」であることです。

最高刑に死刑がある、ということは「国民主権」である以上、主権者である私達が犯罪者を抹殺するのだ、という覚悟が国民にあるのか?という疑問です。

上記のURLの中のせりふにもありますが、このOKwebの中にも「死刑囚同士で執行ボタンを押し合えばよい」とか「ホームレスを連れてきて、ボタンを押させればよい」と回答されている方々が多数います。
でも、本当に「死刑を執行する」ということは「私達が押しているのだ」ということを自覚する必要があるではないでしょうか。

その自覚を持った上で、いや極端に言えば、そのボタンを押すその瞬間に、押せば死刑囚の首に縄がきゅっと締まる直前に、死刑賛成者が迷い無く「死刑賛成」と言える覚悟があるのかどうか、聞いてみたいです。

ある一定の人は躊躇無く「賛成」といえるでしょう。でも多くの人は「そんなところまで考えていないよ」というのではないでしょうか。

でもそれを考えないで「賛成」と言っていいのでしょうか。つまり片方に社会正義のための「死刑」を強要しておきながら、そのボタンを押すと言う汚れ役を誰かに肩代わりさせていることを恥じないのか、ということです。
これが、私が死刑を考える三番目のきっかけです。

私は「死刑懐疑派」であり「死刑反対派」です。でも、もし死刑に間違いなく犯罪抑制効果があるなら、もう少し理解を示すかもしれません。それは私の大切な家族を守ることに繋がるからです。
でも、国家権力者に与えた正義に「個人を殺す正義」があるとは思いません。それは民主主義が求めていることではないと信じるからです。

ゆえに私は「反対」です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/12/15 23:13

経緯は覚えていません。

恐らくは、新聞紙上などで死刑制度の記事が賑わった時でしょう。
また「反対派」「賛成派」では無く、「肯定派」ですね。現状、死刑以上の究極刑が法律上無いので、重罪に対する極刑として「死刑制度、やむなし」です。
何故、やむを得ないかと言うと、誰でも死は怖いし恐れる訳です。しかも死刑は当日の朝いきなり言われて「これから自分が死ぬ」と言う瞬間まで死の恐怖と戦う訳です。
十分な犯罪の抑止力となり得るので、死刑は肯定します。

宅間守の件についても、別に彼を生かしておく事が正義だとは思いませんし、善良な市民の「敗北」でも無いです。
死刑囚の感情に左右される法律は不要ですし、感情によって求刑が変わるのもおかしい話です。
宅間守が死刑執行の瞬間まで本当に自分の望み通りになっていると思っていたかどうかは誰もわからないのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>十分な犯罪の抑止力となり得るので、死刑は肯定します。
今の死刑は はっきり言って エンターテーンメントですよ。死刑が抑止力を持つには 例えば 娘がレイプされて 相手の男の仇打ちをした父親を公開処刑するくらいしないと 誰も死刑を脅威に感じませんよ。

お礼日時:2013/12/15 23:13

>莫大な借金を残して首をつられた遺族の身



それは『死刑制度』とはまた別の話で、『世の中の不条理(=私は何も悪いことをしていないのに、なぜこんな不幸を背負わされるのか?)』に関する話になります。
それはそれで重いテーマですが、不条理自体は、天災とか病気とか生まれながらの環境の差とか、犯罪以外にも山ほど原因がありますので、もっと広い話です。

なお、私は、いわゆる『自殺』を推奨している訳ではありません。むしろ、その反対で、『死んでお詫びをする必要があるのは、裁判で死刑判決を受けるほどのことをしでかした時のみ。』と言うのが持論です。それ以外の理由で死ぬ必要などはないことを、死刑制度で規定されている死刑の適用要件が、いわば保証してくれている訳です。
これも死刑制度の重要な観点ではないかと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

揚げ足を取るつもりはありませんのでご了承ください。

>それはそれで重いテーマですが、不条理自体は、天災とか病気とか生まれながらの環境の差とか、犯罪以外にも山ほど原因がありますので、もっと広い話です。
死刑賛成派の大きな理由に、人を殺した人間が税金でのうのうと生きているのは不条理だというのがあると思います。

>それ以外の理由で死ぬ必要などはないことを、死刑制度で規定されている死刑の適用要件が、いわば保証してくれている訳です。
これもねえ、例えば 殺人犯が死刑判決を受ける前に重病になって公訴が中断した場合どうるのかとか、これから増えると思うんですよ。

お礼日時:2013/12/15 11:34

被害者の無念とご遺族の生活。

大黒柱がなくなれば生活はどん底になるかもしれません、子供達が可哀想です。死を以って償っても足らないと思います。加害者が出所でもして酒飲んでたら堪らないです。冤罪の可能性が無いのなら自害して貰いたい、ダメなら...ですよね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>死を以って償っても足らないと思います。
そうですね、fict923ikayomaさんなら加害者の身内も殺さないと気が済まないんじゃありませんか?

お礼日時:2013/12/15 09:11

私は死刑賛成派ですが、復讐や存在を否定するために死刑を執行するのではないと思います。


死刑とは、「犯人を許し、社会に恨みを残さない」ためにやるのだ、と私は思っています。
更に言うと、死刑とは一種の「切腹」であって、死刑執行人は単なる「介錯人」にすぎないと思っています。

日本では、古来から「死んでお詫びをする」と言う風習がありました。それを非文明的と批判する人も居るが、命を差し出したら全てを水に流すと言う考え方と、何百年も恨みを残して子子孫孫まで遺恨を伝えるような考え方と、はたしてどちらが建設的か。

人間はどうやっても責任を取りようのないことを起こすことができます。そのような時に、青天井に責任を押し付けるのではなく、「死んだら全てチャラにする」と言うのは、不幸を乗り越えて物事を前に進めていく人間の知恵だと思います。

宅間の事件も、非常に残酷な出来事だったし、本人も死刑を望んでいたのかもしれませんが、私は、「全ての責任を取って、宅間は自刃した」とみなすことで良いと思います。死刑執行人はそれを手伝ってあげたにすぎません。死んでしまったら、彼の墓まであばこうとか、家族縁者にまで責任をとらせようとか、もう誰も思わないじゃないですか。この世の中に「恨み」を積み残さず、きちんと清算すると言うのが死刑の効能だと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なるほど、すっきりした考えですね。#1さんが 死刑を「目には目にを」の延長線上に考えているのに対し、harihorereさんは「責任を取って会社などを辞める」の延長線ですね。重罪を犯したもは この世から去ってもらう ということですね。

でもね、例えば 莫大な借金だけを残して首を吊られた遺族の身にもなってください。

お礼日時:2013/12/15 09:09

お礼ありがとうございます。


その 僕は高卒で馬鹿だから というのはなんでしょうか
私は中卒の3学期全滅でもっとバカですが?

そもそもあなたは反対派なのでしょうか
玉と竿とっても復讐はできます
強姦罪を甘く見すぎです 殺人と同じです
では肛門に突っ込まれて正気でいられるかとお聞きしたいです
被害にあった女性たちは精神を病んでしまったり
一生の傷を負っています

ただ 何をいっても 僕は高卒で・・と返されそうなので
もう何も言いません
個人の価値観なので。
あと上記の言葉すごく不快でしたとだけ伝えておきます。
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この回答へのお礼

再度ありがとうございます。

>強姦罪を甘く見すぎです 殺人と同じです
ということは 「犯したらいっそのこと殺してしまえ」の裏返しでしょ。そうすれば、あとあとトラウマに悩まされることもないでしょ。死刑を覚悟なら 犯した後に殺さずに生かす意味って何なの? 高卒で馬鹿なぼくには 分かりません。

お礼日時:2013/12/15 09:04

”みなさんは どういった経緯で 「反対派」「賛成派」になったのですか?”


     ↑
法律を勉強してからですね。
それまでは、あまり考えたこともありませんでした。
ただ、悪い奴だから当然だ、ぐらいでした。
しかし、法律を勉強して、確固たる賛成派になりました。

法律ってのは、所詮は社会のルールなのです。
小難しい理屈は不要です。
善悪などは人間が決めたものに過ぎません。
月や太陽が存在するのとは異なります。
人間に都合が良いように定めればよいのです。
だから、
死刑があった方が社会にとってプラスになるのか
否か、という観点から決めればよいのです。

そして、世の中にはどうしようもない奴がいる
ということです。

マブチモーター社長夫人殺害事件というのが
ありました。
この犯人は、仕事をしていません。
強盗で喰っているのです。
だから、強盗で得た金がなくなれば、強盗を
やる、という生活を繰り返していました。
他に二件、強盗殺人を犯しています。

こういう人間を税金で養い、天寿を全うさせる
必要があるのでしょうか。

死刑になりたいから殺人をやる、なんて奴は
論外です。
そんな気を起こさないような過酷な刑罰、
死刑方法にすれば良いのです。
憲法36の残虐な刑罰に反する?
自衛隊だって軍隊ではない、という理屈が
通るのが憲法解釈です。
何が残虐か、なんて解釈などどうにでも
なるのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

ぼくは高卒で馬鹿ですが、法律を勉強された割には 犯罪者のプロファイリングが甘いと思います。
殺人を犯すくらいの人間って 大部分は世間に絶望し 生きる張合いを見失った人たちですよ。自分の命の他に守るべき名誉もなく、家族もいなく、自分の命さえ大事に思ってないけど、自分で死ぬのが怖い人たちがほとんどですよ。日本では自殺者も多いし、残酷な死刑にしても捕まる前に自殺するケースが増えるだけじゃないですか?

お礼日時:2013/12/15 09:00

私は暫定的死刑制度賛成派です。



以下のような刑が出来たら死刑制度が無くなっても構いません。

絶対的無期懲役(仮釈放なし死ぬまで、死んでも受刑者共同墓地)。
刑務所の維持管理費、受刑者の衣食等、全てを受刑者の労働で捻出する(もちろん軽作業なんてあり得ません)。
医療は本人の労働での稼ぎから上記の費用を除いた残りを積み立てていて、その金額でまかなえる医療を施す。

犯罪者が衣食住完備で病気になればすぐに医療が受けられる環境で生きられている・・・それが私(達)の税金でまかなわれているのが無性に腹立たしいのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/12/15 08:51

>みなさんの 死刑を考えるに至った きっかけとは?



 宅間さんに憧れて、道具を集め、ナイフを研ぎすましています。
 勿論、死刑になるのがイヤだと思ったことはありません。

 だだ、逮捕されてからは、ドラマみたいに進んでほしい。
 手錠をかけられ、ニュースになって、謝罪せず、反省せず、反骨を貫いて、罵倒されて、最高刑になる。

 死刑がなくなってもかまいません。逆に、獄門磔でもいい。そんなことはどうでもいいんです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/12/15 08:50

こんばんは。


法律などの知識はないけれど
賛成派です。一番の理由は彼らが税金でご飯を食べているから。
なかにはお金がなくて、刑務所だったらご飯食えるからといって犯罪を犯す人もいます。
それに最近では刑務所内を自由に歩き回れるように腕にバーコードなんかを付けました

殺人も一人殺しただけでは死刑にできないとか 意味が分かりません
強姦も同じ 魂の殺人です 被害女性は加害者が出てくるという恐怖におびえて一生を暮す
軽い時は4~5年で出てこれる 規則は厳しいか知らないが暮しには不自由しない 

一人の人間を殺した 一人の人間の人生をすべて奪った 将来。いろいろな可能性を
全て壊された なのに殺した犯人がのうのうと生きているなんて 理解が出来ない
わたしは被害者ではないけれど どんなに酷い殺しかたをして
無期懲役が出たって 出てこれる可能性は十分にある

もちろん冤罪や 仕方なく殺した 殺してしまった という例については考える必要があると思います
でも 結局殺され損だなんて 被害者の家族も一生浮かばれません 

個人的には目には目を歯には歯をにしてほしいと思っています
小学校の事件も 罪のない子供たちを殺しただけでなく それをまじかで見た子供たちにも
深い傷を残した 罪は償いきれるものではなかったと思います。
できればあの世で100億以上の苦しみを味わってほしいです
死刑を否定するなんて 犯罪の助長にしかなりません 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>なかにはお金がなくて、刑務所だったらご飯食えるからといって犯罪を犯す人もいます。
ぼくは高卒で馬鹿ですが、死刑の存廃とは別問題だと思いますよ。

>強姦も同じ 魂の殺人です 被害女性は加害者が出てくるという恐怖におびえて一生を暮す
軽い時は4~5年で出てこれる 規則は厳しいか知らないが暮しには不自由しない 
ぼくは高卒で馬鹿ですが、ぼくの頭で考えても 強姦に対して死刑は釣り合わないと思います。
強姦したら 竿と玉を取り去るべきでしょう。そうすれば、再犯もできなくなるし、何より 男にとっては最高の屈辱です。ある意味、死刑よりも辛いかもしれません。もしくは、性犯罪だけを無人島に島流しするとか。

>個人的には目には目を歯には歯をにしてほしいと思っています
文字通り、相手を失明させたら 自分も失明させられるわけですよね。
でも、ぼくは 高卒で馬鹿だから、例えば 自分のペットが殺された場合、どのような罰が相応しいのか分からないんですよ。相手にペットがいれば、そのペットを殺す? そして、ペットがいなければ
相手を死刑にする? そうしたら、人の命と動物の命が等価ということになり、綱吉みたいな考えになっちゃうでしょ。そうすると、逆に人を殺しても ペットの命を差し出せば許されるのか、よく分からないです。

でも、死刑って 代理復讐よりも社会の治安維持の為じゃないですか? 例えば。特定秘密保護法案では 故意も過失も差がないわけでしょ。人を殺めても 過失致死傷と殺人には大きな隔たりがあるというのに。 特定秘密保護法案も過失は法案通りでいいけど、故意の場合は死刑にして差別化するべきだと思います。

>死刑を否定するなんて 犯罪の助長にしかなりません 
ぼくは高卒で馬鹿ですが、これは分かりません。だって、死刑賛成派の人が殺人を犯して死刑になってるんだから。

お礼日時:2013/12/13 23:58

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