下記URLは記念すべきNO.100,000です。皆さんはどのような質問がなされると思われますか?
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=100000

(1)質問がされる年月日および時間は?
(2)質問者のハンドルネームの頭文字は?
(3)質問のカテゴリー(中)は何?
(4)締切られた時点の回答数はいくつ?

 現時点(平成13年6月2日)では誰もそれを知っている人はいないと思いますが、ひとつ予測をしてみていただけないでしょうか。
 そして、なぜそのように予測したのか、その根拠もお教えいただきたいと思います。
 これは正解を当てるクイズではなく、近い未来の出来事をできるだけ正確に予測する方法はどのような考え方をすればよいのか、を皆さんと一緒に考えていきたいとの趣旨の質問です。直感でもひらめきでもかまいませんが、そのことを発想した時の様子(その直前に何をしていたとか)を具体的にご回答いただければ幸いです。
 よろしくお願いいたします。

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A 回答 (2件)

あっ、今6月ですよっ。

時間がおもったよりはやくたってるのに気付いてなんかうれしいです。(その直前)
わたしが、100000をねらっていけば、ハンドルネームがcaballeroになります。100000ってほかより注目されそう。ねらっていこうかなぁ。カテゴリは『哲学」か『恋愛」か『料理」で哲学チックなことを聞くのか、地域カテゴリで個人情報を暴露?(じょうだんです)したりして。近い未来を予測するのは自分の近い未来を考えるのがいいんじゃないでしょうか?てきとうな回答ですが、本心思ってます。

この回答への補足

 先に同様の質問をあげさせていただきましたが、私の質問の仕方が適切でなく質問そのものが消えてしまいました。その際、せっかくご回答をいただきました下記2名の方には大変なご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
 この場をお借りいたしまして、お詫びとお寄せいただいたご回答を再度掲示させていただきたく存じます。よろしくご了承のほどお願い申し上げます。

tips 様
祝NO.100,000 懸賞クイズ
記念すべきNO.100,000の質問は、いったいどんな質問でしょうか?
  MP3について教えてください。
(1) 質問がされる年月日および時間は?
   2001年6月21日15時8分
(2) 質問者のハンドルネームの頭文字は?
     K
(3) 質問のカテゴリー(中)は何?
   音楽
(4) その日の阪神タイガースの順位は何位?
   3位

petitprincess 様
答え 映画の俳優名をきく質問
(1) 質問がされる年月日および時間は?6月16日7時00分
(2) 質問者のハンドルネームの頭文字は? S
(3) 質問のカテゴリー(中)は何? 映画
(4) その日の阪神タイガースの順位は何位? 6位
根拠はありません。なんか閃きました。


 誠に失礼いたしました。

補足日時:2001/06/05 23:07
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この回答へのお礼

ありがとうございました。是非とも狙ってみてください。皆さんがそのように思われたら、ちょっと当てるのむずかしいかな。
>近い未来を予測するのは自分の近い未来を考えるのがいいんじゃないでしょうか?てきとうな回答ですが、本心思ってます。
 そうなんですが、自分のごく近い将来を全く予想できなかったことがついこの間ありました。まさか、なんで?と驚かされました。とても未来の予知なんてできないな、と思いました。
 現実に起こったことが少なからずその未来を変化させることがあると思います。その変化をも計算にいれた読みをすること、一体どうすればよいのでしょうか。

 caballeroさん、誠に申し訳ありませんが、補足の欄をお借りいたします。どうしても申し上げたいことがありますので、何卒ご容赦ください。

お礼日時:2001/06/05 23:07

 こんにちは。

さすが! y2a2さんですね。誰も思いつかないような質問。しかも
消える魔球がふんわりとまたキャッチャーミットの直前に浮上でもするかのような
出現のしかた。それも後から投げられたボールに先だって。不確定性原理も
まっつぁお。「過去」に「未来」を出現させるのですから。

 近未来は予測可能か。方法を考えてみました。思いついたものを全部あげると

1.意志的に未来を作る。世の中の人全員による出来レース的協調行動。または
  個人の強い意志による決起行動。
2.現在のすべての状況を観察し尽くし、科学法則にしたがって予測する。
3.過去の出来事とその傾向を分析し、確率論的に予測する。
4.動物的勘(本能)によって予知する。特に天変地異の予知。
  (ギャンブラーの予知能力もこの類?)
5.超能力者(予言者・霊媒師など)が直覚的に予知する。
6.占いによって予知する。
7.自分にちなんだものをもとに予知する。(誕生日、好きな色、たまたま目にしたもの)

 私が思うに、いちばん当たりそうなのは、4です。あとは1を除けば、当たる確率は
大差ないような気がします。絶対に不可能なのが2。

 で、勘が鋭くはたらくためには、やはり寝食をも忘れてしまうほどの「いりびたり」や
「つかりっぱなし」、すなわち「集中」の状態が必須であることと思われます。そうすることに
よってまだるっこしい論理的推論によることなく一騎カジワラにヒューマ・ホシは大リーグ
ボールを編み出せるのではありませぬでしょうか。巨匠St博士も下記URLのなかで述べ
られております。

 さように「集中」なるものとその生み出すものは神秘的であります。いったい脳のなかで
何が起こっているのでありましょうか。巨大な混沌・未開・駄文が、いっきょに統一され、
互いの関係が分明で文明的な名文になる。まさしく神・真実在の出現です。
(すいません。私、こわれました)

 では、回答です。私の勘によるものです。

(1)質問がされる年月日および時間は? → 2001年9月3日午前3時9分
(2)質問者のハンドルネームの頭文字は? → m
(3)質問のカテゴリー(中)は何? → もちろん哲学
(4)締切られた時点の回答数はいくつ? → 100

こりゃたいへんだ! どっかの夜間塾かなんかに行かねば!

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=83026
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この回答へのお礼

$(^-^)$v thank you ☆
ドキッ!!poo-(*^^*)゛゛バッキュ―ン☆<----凸(▼▼X)
キャッホォ-☆ホンワカ~♪♪なんかとってもいい気分になりますねぇ-☆あんがとです!!buchu-☆$(^_^)$Vイッェ――イ!!
 早速のご回答に感謝申し上げます。映画『Buck to the future』に登場したエメット=ブラウン博士(ドク)はタイムマシンの原理となるタイムサーキットを発明したとき、洗面台に頭をぶつけた際に天啓を受けたと証言されています。極限まで大脳を酷使した者のみに、潜在意識の奥底から湧きあがってくるような啓示があるようです。
 直感に優るものはなし。それを養うためにはそれなりの修行が必要だと思います。未知なる物を予知する訓練もまたそのひとつではなかろうかと考えております。
 なんとなくではありますが、mori0309さんがご回答いただけるのではと予感しておりました。本当に来ていただいて誠にありがとうございました。

お礼日時:2001/06/10 18:54

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Q思考 突然のひらめきについて

追いつめられた時、突然のひらめきによって全てが解決することを
よく経験します。
小生、創作的な仕事(建築の設計)をしています。
計画期間が数ヶ月ありその間ずっと試行錯誤を繰り返すのですが
良い解決案が出てきません。明日提出という前日あたりに、今までの
悩みを全て氷解させるアイデアが突然ひらめきます。これに救われた
ことは二度や三度ではありません。
この時の”火事場の馬鹿力的な”脳の思考回路はどうなっているので
しょうか。     御経験された方もおられると思います。
雑談的な書き込み、あるいは冗談歓迎ですので、どんなことでも
いいです。お話聞かせて頂けませんか。

Aベストアンサー

「音」も至極、具体的な「物」です。多分私のやってることは、peikanさんの建築と変わらないと思います。建築物は眼で見て触れることができる。音は眼に見えないし触れられないけど、耳できくことができる。その違いだけです、きっと。
・・もちろん突き詰めていけば、これら(建築物、音、など)も私の脳が創り出しているだけのもので、実際には存在しないのかもしれませんが・・・(ま、その議論はここでは横に置いといて。笑)

思ったんですけど・・
頭の中に描く世界には、何の制約もない・・・でも、いざそれを、この三次元空間で再現するとなると自ずと制約が生じる。その制約の中で、自分が頭に描いた自由を、極限まで追求していく・・・・これがすなわち喜びじゃないですかね・・・。
「制約」というスパイスが加わってはじめて自由を感じる。小さな普通の出来事が、苦しみや悲しみというスパイスを得て初めて喜びに変わる・・・人間の喜びなんてきっとそんなもんですよね。(^^

>「良い物を創りたかったら、良い物をたくさん見なさい」

あー、これ聞いてあらためて思いました・・・私たちが得るこの「ひらめき」は、外部からくるものではなくて、自分の内部にあるものの発見、に過ぎないんですよね。だからこそ・・・この格言がすべての創作活動に通じるものなんだと思います。あ、だから、自分の内なるものを観察する「瞑想」なんかが、このひらめきへの手助けをしてくれるんですね。Syo-yaさんがNo.3でおっしゃってた「これを意識的に能力開発しようというのが呼吸法であったり、瞑想であったりします。」が、いまいちピンと来なくてずーっと考えてたんですけど、いま納得です。

・・・そう考えると、創った物、だけでなく、創るという行為自体が、一つの自己表現、この世への自己実現、なんですね。なんかあたりまえのことが、別の角度からあらためて理解できた気がします。
またひとつ、発見です。(peikanさんはじめ、皆さんに感謝です。)

追伸: すみません、長々とお付き合いいただいて。(こんなことお話してると楽しくて、ほっとくと死ぬまでしゃべりますから。^^;)脱線した投稿も4度目になると、申し訳ないを通り越して、ほとんどやけくそです。(笑)今回はこのへんで、退散させてもらうことにします・・。<(_ _)>

「音」も至極、具体的な「物」です。多分私のやってることは、peikanさんの建築と変わらないと思います。建築物は眼で見て触れることができる。音は眼に見えないし触れられないけど、耳できくことができる。その違いだけです、きっと。
・・もちろん突き詰めていけば、これら(建築物、音、など)も私の脳が創り出しているだけのもので、実際には存在しないのかもしれませんが・・・(ま、その議論はここでは横に置いといて。笑)

思ったんですけど・・
頭の中に描く世界には、何の制約もない・・・でも、い...続きを読む

Qひらめきは神から与えられたもの、 とおっしゃっていた大阪大学の政木先生

ひらめきは神から与えられたもの、 とおっしゃっていた大阪大学の政木先生、
私はどうも納得が出来ません。
そもそも1秒で発明が出来たとか、 これは神から教わった発明品、”病気が必ず治る”とか、
そういうことをおっしゃっていたようですが、
ならなぜ知名度が低いのでしょうか?

否定するわけではありませんが、突然前世の記憶がよみがえるなんてどうしてこうなった?という感じなんですが・・
記憶がよみがえるなら、何故勉強をしていたのかも疑問です。 発明の記憶がよみがえるなら勉強なんてしなくていいではありませんか。 明らかにおかしいです。

Aベストアンサー

アインシュタインは行き詰まったとき、深く考え事をしたいとき、よく教会に行っていたそうなんですね。
教会って薄暗く静かですから。
彼の「神はサイコロを振らない」という言葉は有名ですよね。

さて、彼は実は脳に障害があった。 ある部分が欠落していたせいで、言語に関して発達が遅かった。
脳がその障害の部分を補うバイパス神経を作ったために、人とは違う考え方ができるようになったといわれる。
普通は1234・・・と考えていくが、彼の場合 100 99 98 と逆に考えていく。

同じく障害があったと思われる発明王エジソン。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%82%BD%E3%83%B3

「1+1はなんで2なんだ。 粘土1個と粘土1個をたすと粘土1個じゃないか」
すばらしい発想ですね。
これじゃ アインシュタイン同様、小学校を退学させられるわ。


『エジソンの発明の「本当に最初の」発明者を決めるのは困難である。』

wikiを読みますと、発明王というより実業家の側面が大きかったようです。

また、超常現象系も信仰していたようで。

『「天才は1%のひらめきと99%の汗」 という有名な発言がある。これは「インスピレイション」(ひらめき、霊感)と「パースピレイション」(発汗作用)が脚韻で、「パーセント」(百分率)と「パースピレイション」(発汗作用)が頭韻になった洒落である』

おお ジョークが言える かと思いきや、本人にとってはジョークじゃなかったんでしょうね。

『実際は「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」との発言だった。』
つまり成功しなければ男じゃないと。

『最高級のひらめきは突然やってきては一瞬のうちに消え去ってしまうものが多い。よいアイデアほど、自分の深層意識のより深いところからやってくるものであり、それが深ければ深いほど、表層意識では意識できないので、いとも簡単に忘れてしまうという。
エジソンもまたひらめき重視型の天才であって、両者ともに同じタイプの天才だったのである。』

「1+1は2のはずだ。」 凡人ではそんな発想ひらめきませんもんね。

アインシュタインもエジソンもアスペルガー症候群だったのではないかと言われていますね。
知能遅延を含まない自閉症がアスペルガー症候群。
自閉症の中でもカナータイプの場合で、稀にその中でどうしてそんなことができる という人がいる。
サヴァン症候群と呼ばれている。

素数がずっと言えるサヴァン症候群の人に「どうやって頭の中で計算しているのだ」と聞いてももちろん答えてはくれないが、答えられたら「神がテレパシーで教えてくれているから」と言うんじゃないかと。

共感覚の中には数字を見て色を連想する人や、音を聞いて色を連想する人がいる。
雨が降っていると花びらがひらひらと舞うのを連想する人もいるのかもしれない。

その人たちに「どうして?」って理由を聞いても答えることはできない。
だって脳がそう認識するから。

その脳が認識する不思議をエジソンは形にしていったのかもしれないですね。
ライバルの実業家をどうやったら自分は殺人罪にならずに殺せるか とか真剣に考えて殺人機械を発明しようとしたところなど、すっごいぶっとんだ マッドアイエンティストでもあるわけです。 エジソンは。

確かに人殺しにただ興味があっただけ という理由で近所の人を殺した少年もアスペルガー症候群だった。
「だからといって、アスペルガー症候群の人たちばかりが殺人をするわけじゃない、障害を持っていない人の方が圧倒的に殺人をしている。差別を誘発するような報道はするな」となって、それ殺人をした人がこの障害を持っていても報道してはならないことになった。
恨みなど無く、人を殺すことにものすごく興味をもち研究目的で殺す人がいるということを世間に知られないようにした。

エジソンが殺人マシンの開発に成功していれば、彼は別な肩書きを後世に残すことになったでしょう。


さて、あと2百強文字か。。。。
えっとですね。
日本政府はなんとか医療費を抑えられないか考えているんです。
もし、その人が言うようにそれが「必ず治す機械」あるのなら、とっくに国費で病院に配っています。
マイナスイオン効果の不確かさと同じです。
その人の発明品って血行をよくする装置ですよね。肩こりには効きそうですが、、、

アインシュタインは行き詰まったとき、深く考え事をしたいとき、よく教会に行っていたそうなんですね。
教会って薄暗く静かですから。
彼の「神はサイコロを振らない」という言葉は有名ですよね。

さて、彼は実は脳に障害があった。 ある部分が欠落していたせいで、言語に関して発達が遅かった。
脳がその障害の部分を補うバイパス神経を作ったために、人とは違う考え方ができるようになったといわれる。
普通は1234・・・と考えていくが、彼の場合 100 99 98 と逆に考えていく。

同じく障害が...続きを読む

Qひらめきのしくみ

・対象をありのままに感受すること=検索対象を狭めないこと
・自分の中にキーワードをもつこと
・実際の検索は自我とは無関係な先天的なしくみに任せること

こんなもんでしょうかね?

Aベストアンサー

にゅー・・・

●定点観測の放棄(裏側から見ちゃった、さかさまに見てみた。)
●地と図が裏返った。
●羅列に規則性を見つけた!
●大前提を無視してみた!
●遠くから見てみた。
●凄く近づいて見てみた。
●節穴から覗いてみた。

いずれにしても法則や前提の破壊が必須条件のようですね。
穴から覗く、というのは古典的ながら新たな視点を得る常套句。

でも、一番大切なことは、「本当に見つめる」こと。

既知を援用して解釈しようとすることは盲目であろうとすることに
等しいですから。

Q神がいる、いないの直感

神がいる(自分はいない)、神はいない(自分がいる)、という考えは、先天的な直感に基づくものなので、議論しても仕方がない、という話です。
理屈で四の五の言っても仕方がない、という話です。というより逆で、この2つの先天的なフィーリングが、その上に積み上げられる理屈と論理の基礎となる感覚である、と判断します。
この2つの直感のことを、関係直感と存在直感と呼んでいます(仮の呼び名)
こんな話ですが、興味のある人はおられますか?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3690161.html
こちらのほうで大体同じ話をしてるんですが、このときとは切り口が違うので、言い方を変えると通じるかも、と思ってここではこういう言い方をしてみました。
大雑把な表現ですが。
ご意見お聞かせください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

2です。お返事を興味深く拝読しました。
なるほど、認識・把握する以上は、客観とみなし、
体感や感受性をよりどころにしたものを、主観とよんでおられるのですね。

ご提示の「関係直観」も悟りまでいくと、痛み苦しみも我が事とならず、
自殺・安楽死を考え直す契機になるやも。などと思ったりしておりますが。。。

禅学での直観、したがって京都学派などでもそうですが、
また、スピノザとドイツ観念論からリッケルト、ベルグソンあたりにあつかわれている直観のテーマが、
ちょうどsheep67さんのいう主観に近いように思われます。
わたしは現象学、象徴、エゾテリスム、精神医学史が専門で、哲学には明るくないですが、
主観というと、構成力の高いものとしておく立場です。
感覚の構成もふくめ、フィクションの場を作り出すものとなります(間主観)。
とはいえ、もっとつきつめれば、
自我の破綻した患者が、主体を把握できない場合にも、感覚をたばねる「何か」があるかもしれません。
チンパンジーやボノボノやイルカの場合にも想定できる可能性があるのですけれども、
それが、主観と名付けてよい「何か」である可能性もありますね。
このようなとき先端的な科学は神学に限りなく接近します。

また、わたしの場合、客観とは、認識や把握をつかさどるものとは考えない立場です。
2で、関係性があるからわたくしがあり、わたくしがあるから関係性がある、という話をしていますが、
Aさんが絵を見るときに、Aさんの脳は絵との関係自体だけをインプットしており、
色や形や大きさ、距離や雰囲気、嗜好、価値など、主観における感受性が、Aさんだけの特設絵画鑑賞劇場を構成します。
そしてBさんは、Aさんと絵のあいだに起きている関係自体を見ることができないのですが、関係を推慮することはできます。
さらにまたBさんは、不特定多数の他者とその絵の関係を推慮することもできます。

この関係推慮を客観とみなします。AさんイコールBさんの場合も含まれます。
客観は、事象・物象などの対象自体を認識し把握するものではなく、
一主観とそれらとのあいだに結ばれている関係そのものの諮問機関となります。
なので、たとえばトイレットペーパーを見たときに、これはなんだ、とゲシュタルト崩壊の異様な新奇感をおぼえたとしますと、
主観はダメージを受けていますが、客観はダメージのありかたそのものを参照する力なのです。
そして、一定の文化的背景をもつ範囲内では、不特定他者と事物が、同じ関係を結んでいるという社会的合意がありますから、
客観には、あたかもイコール普遍的な事実であるかのように思われやすい性質があります。

sheep67さんの所現の問い、こういってよければ、唯我と忘我の問いは、
現象学や精神医学では、クサいので蓋をしています。
原因があり、同じ機序があり、同じ現象に至る、
というステップがあるとしておくのが近代科学に共通する考え方ですが、
じっさい現象から見返した場合には、機序を、原因の代替とします。
現象の消滅は、機序をブロックすることによってもたらされますが、
もちろん原因を消滅させることによっても成り立つはずです。

唯我においては自己の死をもって現象の消滅があり、原因に到達したようにみえますが、
唯我の死は、ねじを切ってオルゴールが止むように、一個の機序そのものの消滅として現象の外にあり、現象の原因は先送りされます。

また、忘我において、自己の死は、一個の関係の場の消滅として、現象の内に含まれて有り、
忘我の死は、場の喪失によって現象の機序をブロックするものですが、やはり原因は先送りされます。

ご提示の「存在直観」「関係直観」を、生死を現象の外とみるか内とみるか、と読みかえるとき、
不毛なのか豊かなのかわからない穴をかかえこんだブランショの思考が思い起こされます。

2です。お返事を興味深く拝読しました。
なるほど、認識・把握する以上は、客観とみなし、
体感や感受性をよりどころにしたものを、主観とよんでおられるのですね。

ご提示の「関係直観」も悟りまでいくと、痛み苦しみも我が事とならず、
自殺・安楽死を考え直す契機になるやも。などと思ったりしておりますが。。。

禅学での直観、したがって京都学派などでもそうですが、
また、スピノザとドイツ観念論からリッケルト、ベルグソンあたりにあつかわれている直観のテーマが、
ちょうどsheep67さんのい...続きを読む

Q《ひらめき》とは そこで何が起こるコトか?

 1. 霊感・インスピレーションに限ったヒラメキについて 問います。

 2. 特にもし量子論による答えがあるのでしたら おしえてください。

 3. その昔アブラハムは 《父祖の土地を去って行け》というヒラメキを得て そのとおりに――どこへ向かうのかも分からずに――出かけたと言います。それは この地上における人間の生は 謂わば巡礼の旅であるということが示されたのだと捉えられています。定住の生活においても そうだという意味だそうです。

 4. そこで このとき起こったことは 次だと思われる。
 
  4‐1. ヒラメキは おのれに分からないところからやって来る。

  4‐2. そのヒラメキを受け取りその中身を読み取って その指し示すところをおこなうのは 人間としてのおのれの成す意志行為である。

  4‐3. すなわちこの《ヒラメキを受け容れた》というのは――それを《非思考において信じた》と言ってもよいと思われるが―― 最後の段階には 人間の意志行為が伴なわれており これはじつは経験思考にもとづく経験行為である。

  4‐4. ヒラメキを得て そこに《去って行く》という言葉による表現を得るなら すでに思考をおこなっており その思考の結果 取るか捨てるかの意志決定がおこなわれている。

  4‐5. この意志決定において《行く》か《行かない》か いづれをえらぶかは 人間の自由意志による自由な――あるいはおのれの心の恣にする自由な――行為だと言えるか?

 5. あらためて 問いはこうです。

  5‐1. ヒラメキを得てその指し示すコトを 受け容れるか拒むか これは 人間の側の意志行為だと考えられるが 果たして そのどちらをえらぶかは 人間の自由意志のよくするところだと言えるか?

  5‐2. 言いかえると 《行く》をえらぶ場合も《行かない》と決める場合も すべて《わたし》の自由裁量に任せられているか?

  5‐3. 言いかえると ヒラメキの指し示す行為を人間がどう受け容れるかは むしろヒラメキの側においてすでに決まっているのではないか?

  5‐4. あるいはその決まっていることは 人によってそれぞれであろうか?

  5‐5. いえいえ まだまだ舌足らずです。《わたし》が《行く》をえらぼうと思ったとしたら それは ただただわたしの自由意志による選択行為だとのみ言えるものか?

  5‐6. ヒラメキが帯びるところの・人に選択をうながす力のほうが 人間の自由意志による決定力よりも強いのではないか?

 6. あらためて 問いはこうです。わたしの自由意志は ヒラメキのちからに勝てない。のではないか?

 7. この事態について 量子論による解明はありましょうか?

 8. 違った角度から言い分があるという場合にも どうぞご回答をお寄せください。


 * まだ熟さない感がありますが その点あらかじめおことわりしておきます。

 1. 霊感・インスピレーションに限ったヒラメキについて 問います。

 2. 特にもし量子論による答えがあるのでしたら おしえてください。

 3. その昔アブラハムは 《父祖の土地を去って行け》というヒラメキを得て そのとおりに――どこへ向かうのかも分からずに――出かけたと言います。それは この地上における人間の生は 謂わば巡礼の旅であるということが示されたのだと捉えられています。定住の生活においても そうだという意味だそうです。

 4. そこで このとき起こったことは 次だ...続きを読む

Aベストアンサー

No.5です。 若干の蛇足的説明です。 

(1)『つまりコギトのヒラメキに合わせて表わせば 『日ごろ生物や世界の成り立ちについての驚きや宇宙についての神秘などをつうじて神あるいは無い神に対する畏れを抱いていたところに』或る日ふとおとづれたその畏れを解き明かしたようなヒラメキ です。』とオソレヒラメキを説明されてます。その通りと思います。説明のなかの 『日頃 生物や世界の成り立ちについての驚きや宇宙についての神秘などをつうじて神あるいは無い神に対する畏れを抱いていた』 ということが重要とおもうのです。日頃 このようには考えもしなかった者には オソレヒラメキは出てこないと思うのです。要はヒラメキが発生するためには日頃から 受け入れられる背景があるのではないか という仮説であります。
ここでオソレヒラメキは知恵(宗教(宗教団体という意味ではない)などの生きかたの処方箋)につながり、コギトヒラメキ(哲学、数学、科学など)は知識につながる と説明されていますが この分類は程度の差ではないか と思うのです。個の生き方の問題に重点を置くか(直接人生か) 普遍的な知の解明に重点を置くか(間接人生か) の背景差ではないか と思います。勿論、2分して差を明確にしても問題なく 重要なことは ヒラメキを受け入れる背景があるのでは ないか ということです。

(2)十字架上のイエス・キリストのヒラメキ公理言葉は なぜそのような言動になるのか証明出来ない特異点と思います。宗教の場合の核心の部分です。思い切り 奇跡とか 不可思議なことが あっていい部分です。キリスト教以外も核心は同様とおもいます。もちろん、コギトヒラメキも同様 証明できないと思います。

(3)ポストモダンの私の理解ですが 次のように考えます。その前に 哲学は やがて滅亡する人類に(100年のちか100万年のちか)対して いかにあるべきかであります。私は 人類の延命が哲学によって 少しでも 可能なら 哲学の役目は果たしている と思うのです。過去、共産主義思想も含め モノカルチャー的哲学が背後にあり 世界統一哲学がベストである とされ 色々試みられたてきた思いますが 結局は 人類の延命ではなく短縮になっているのではないか と思うのです。正解モノカルチャー的哲学がみつからないのです。ではあるべき哲学は なにかですが、あたかも生物が多様種化して いかなる環境に対しても生き延びる種を保存しておくように、哲学の多様化をしておくことではないか と思うのです。人類の遭遇する多様な環境に 対応できる哲学を用意しておく ことがベターではないか と言う事です。これを徹底したものがポストモダンではないか と思うのです。
個人個人が独立した考えを許容する社会なのです。それは 個を重視する自由な民主主義的思想とも符合する と思います。ここで 個人の独立を重視しますと ご指摘のように 個人対個人の結節点の視点が薄くなると思います。そうすると 各個人の思想(哲学)をいかにして理解するかという理解が難しくなるという問題が発生します。論理構成の思想の場合は 勿論 相互理解は容易です。が非論理(感覚に訴える芸術など)の場合には 相互理解は困難になってきます。だから そこには 非論理を説明するための言葉がより必要になって行くとおもいます。非論理はすべて 理解困難かというと そうではない領域は 勿論 あるのですが。
このようにして 独立 思想を保存するか、あるいは、ご指摘のように個人と個人の結節点を重視し だれでも 相互コミュニケーション(愛を広義に定義したものも含む)を容易ならしむ ことがポストモダン社会の条件とするか であります。後者は  全体が容易に理解されるという特徴があって また 大モノカルチャー的哲学が発生するかもしれない と危惧するのです。私は 前者に絶対組するというわけではありませんが、個人対個人の思想(哲学)理解に 多少の困難さ があってもいいのではないか と思っています。

以上 大変 失礼しました

No.5です。 若干の蛇足的説明です。 

(1)『つまりコギトのヒラメキに合わせて表わせば 『日ごろ生物や世界の成り立ちについての驚きや宇宙についての神秘などをつうじて神あるいは無い神に対する畏れを抱いていたところに』或る日ふとおとづれたその畏れを解き明かしたようなヒラメキ です。』とオソレヒラメキを説明されてます。その通りと思います。説明のなかの 『日頃 生物や世界の成り立ちについての驚きや宇宙についての神秘などをつうじて神あるいは無い神に対する畏れを抱いていた』 ということ...続きを読む


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