プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

「幸せをお金で買う5つの授業」という本を読みました。
しかし、「他人のためにお金を使うとなぜ幸せになるのか」というその理由が良く分かりません。

お金のみならず、時間、能力等、他人のために使うことこそが自らの幸福につながる、という話は良く聞きますが、これはなぜなのでしょうか。

「それが人間の本能だから」という回答以外のご回答をお願いします。
或いは「本能だから」という場合、それが詳しく学べる本や著書等をご紹介頂ければ幸いです。
宜しくお願い致します。

A 回答 (8件)

端的には、人が寄ってきます。


金の切れ目が縁の切れ目という諺があるように、その逆をいうなら、金は人との縁を結んでくれる。というと綺麗ごとにすぎますが、池にエサを巻けばコイが寄ってくるでしょう。あれと同じです。犬だって餌をくれる飼い主にはなつく。人間だって同じです。
あとは使う金額にもよりますが、金に困ってる若い人に5万円もやれば、そいつはあなたの子分になってくれます。一緒に旅行すれば鞄くらいもってくれるだろうし、全体にあなたを立ててくれる。要するに取り巻きが増え、ちやほやされるわけです。

ただし、お読みになった御本からすっぽり抜けていると思うのは、「取り巻きが増えてちやほやされることが自分的にどれくらい嬉しいか」 という価値観が人によって違うということです。
多くの人は取り巻きが増えれば嬉しいでしょうが、中には、そんなの煩わしいだけという人もいる。犬だって飼い続けるには毎日餌をやり続けなければなりませんね。散歩だってけっこうな労力です。そんなの煩わしい、一人でいる方が楽だという人には、これはもう件の本にはあてはまりません。お金は自分のために使ってよいだろうし、コイや犬用の餌をあえて自分が食ってしまうのもあり。するとコイはもう寄ってこないが、だから何?という生き方です。
コイや犬は人生において必要不可欠とまではいえないからで、要は価値観の問題と思われます。
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現状では仮説の段階だと思いましたが・・・



人間は狩猟採集生活を長く続けていました。

この生活は群れ全体の結束力が、獲物獲得の成否に大きく影響します。

また収穫量は季節や状況で変動しますし、保存の技術もありませんから、収穫物は即、消費してしまいます。


この様な環境では分配時の「公平さ」が群れの一体感を醸成する事に一役買っていたと推察されています。

実際の狩猟採集生活をしている集団では、分配は公平に行われ、また彼らの社会では「いじめ」や「孤立」は見られないと言います。


他の生物では獲物の分配は、力の強いものから順に取っていくので、人間は余程に特殊といえるのは間違いありません。

それは狩猟において、技術が非常に高度化したのが原因だろうと考えられます。

道具に始まり、役割分担による連携の重要さ等です。


そして其れに加えて子育ての期間の長期化が挙げられます。

この為に女性は狩猟には参加出来ず、強制的に営巣地から遠く離れる事が出来なくなったので、食糧の内の動物性たんぱく質は男性に頼る様になりました。

直接には獲物の獲得には貢献しない構成員がいるのが前提の群れなのですから、分配が行われるのも前提になっていったと考えられています。


まとめると

(1)、狩猟の高度化により、連係プレーの重要性から、「全体性」を重んじるようになった

(2)、群れの維持の為の作業の分担化により、直接には狩りに関らずとも、子育て等の重要な仕事が出来、また妊娠期間も長期に渡る様になっていた

(3)、更に長期の子育てに付随するが、その影響で、血族間の「心」の繋がりが非常に強くなった為、他者の喜びを共有出来る感情を獲得した。

となります。


「ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか」という本があります。
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この回答へのお礼

本のご紹介を頂きありがとうございました。早速購入し読み始めました。

お礼日時:2014/06/07 16:49

ボランティアと同じだと思います。



例えが難しいですが、、、、

お金も能力も時間も、何一つ他人のために使わない。
自分のためにしか動かない。



お金や時間やについては、携帯電話を持っていて目の前で大けがをした人がいても、
「どうせ助けを呼んでも通話料かかるし、こんな奴に付き合ってる暇はないし、何一つ自分の得にはならないじゃん」

能力については、仕事を頼まれても、
「それ、私がやる意味ありますか?そんなのやったって疲れるだけだし。」

とか言っているようなMr.Xがいるとしましょう。

周囲からはどんな風に思われると思いますか?
Mr.Xが何か困ったとき、あなたはMr.Xに手を貸そうと思いますか?

私なら絶対に見放します。
勝手に困ってろって感じです。


他人のために何かすると自らの幸福につながるというのは、
日頃から良い行いをしていれば、自分が本当に困ったとき周りが助けてくれるってことです。
「情は人の為ならず」です。
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いま探してみたのですが、


本の群れ中に埋もれてしまっているようで
見つかりませんでした……公立図書館等で、
心理学関連の本の中に、その種の実験が
書かれたものがありますので、読んでみませんか。
基本的なテーマなので、複数の資料に記載されて
いるでしょうから直ぐに、見つかると思いますよ。

Good Luck!
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小さいときから、人助けをたくさんすれば、その何百倍ものお返しが、自分ではなく、自分の子供、孫に帰ってくる、って言い聞かされてきました。

人間にとって最高の幸せは、自分の子供、孫が多くの人に見守れ、助けを受けながら育っていき、歳とともに一人前になっていく姿をみることです。

人生なんて運がいい時もあれば、悪い時も。悪い時や困ったときに必ず手助けしくれる人が何人もが即座に現れるのは、親が、爺さんが、ご先祖様が人助けをたくさんしてくれたお陰。私もできる限り、自分の子供、孫が幸せになるように、知らない人のためにお金のみならず、絶対にお金では買えない自分の時間、能力で、微力でも手助けしてあげる気持ちで、生きてきました。

よく考えれば、他人に与えられる、ってやはり心の余裕がある人だけの行為なので、自然と幸せが近寄ってくるのでしょうね。忙しい忙しいと自分の金儲け仕事だけに振り回されている人って、忙しいって字そのものの「心が亡びる」で、幸せが近寄りがたい環境を自分で作りあげているようです。

親の口から言うのも何なんですが、息子・娘も世間相場以上に立派に育ち、孫も毎日のように遊びに来てくれ、おかげさまで、とても幸せな一生で終わらさせそうです。
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>或いは「本能だから」という場合、それが詳しく学べる本や著書等



本はわかりませんが、マズローの欲求段階説などどうでしょうか。

社会欲求と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)
あるいは
承認(尊重)の欲求(Esteem)か

でも、嫌々やっていたら、いくら人のためにお金を使っても、「やらされてる感」「無理な感じ」「損している気分」とかあるかもしれませんよ・・・・・・やりたいと思ってやっていないと。


※直接関係ありませんが、マズローの欲求段階説については先日「こんな誤解がある」という記事をちょうど読んでおり、なるほどと思いました。

「ピラミッド下部の欲求が満たされなくても、上部の欲求は出てくる」
http://blog.omiyageya-san.com/sell/maslow/
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1.社会的なつながりが生まれる


2.その経験を繰り返し語ることができる
3.自分の理想に結びつく経験が得られる
4.滅多にないチャンスが得られる(かも?)

この1.が大きいと思いました。

消費を先にして後で支払うよりも
先に支払い後で消費する方が、幸福度は高まる。
みたいなもので、自分にお金を使えばそれで終わり。
使った瞬間から、満足度は下がりはじめます。
他人に使えば、リターンが期待できる。
株式投資のようなものか?

社会や人にかかわることで、自分の存在が示せますし
喜びも生まれます。
AKBが誰とも関わらなければ、ただのニートです。
(言葉は正しくないかも?しれませんが)
峰岸や指原である必要がなくて、誰でもいいです。
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こんばんは



このような内容の言葉を語る人は
とっても人徳があり、とっても良い人だと
誰もが聞き入りますね
とても 私には出来ない事だと自戒の念で 立派な人と思います と

以上、社会通念上 立派だと思わせるための 
よく聞く常套句として使われます。

他人に 立派だと思わせる必要のある 人種
たいがい、金がらみの欲求を満たす 
 小汚い小道具に使われるに過ぎません。
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