この問題については、何度も質問されていますが、ちょっと違った角度から是非質問させてください。
わたしには、アキレスと亀がものすごく不思議です。ですが、不思議だと思わない人のほうが圧倒的に多いことを、もっと不思議に思っています。
わたしたちは実際にはアキレスが亀を追い抜くことを知っていますから、そこを起点に考えるので、ゼノンのいうことには間違いがあるに違いない、というところから発想して、無限級数だのなんだのを持ち出して説明しようとします。
ですが、仮に、このように簡単な事実で検証できないような別の問題があったとして、このレベルの論法で説明されていたのだとすると、私にはそのおかしさを指摘することはぜったいできないです。私には完璧な論法に見えるので、自慢じゃないですが、はい、証明終わり、Q.E.D.とされても、納得してしまう自信があります!(笑)だから、そうした場合にも、みんなすぐにその論法はおかしいなんて指摘できる自信があるのでしょうか?ということをすごく疑いたくなります。逆に言うと、これまでに解決されてきた、数学の多くの証明において、こうした問題が潜んでいないということすら、私は納得してしまっていいのだろうか、とすら思います。
この、ゼノンの論法はどうしてもそんなにいい加減な論法には聞こえません。だから、なぜ多くの人が全然不思議と思わないのか、また、なぜ、多くの人が、自信を持って、ああそれはね、無限級数で云々と説明し始めることに抵抗を感じないのか、そこがまったくわかりません。
皆さんはどうお考えになるでしょうか?これはひょっとすると、数学の問題ではなくて、社会学とか、とかそういう分野の問題なのかもしれませんが、皆さんのお考えをお聞かせください。
No.45ベストアンサー
- 回答日時:
まあ我々は普段、日常言語を使って論理を組み立てるのですが、日常言語は曖昧な点が多いのでどうしても混乱が起きる場合が出てくる。
数学はそれを何とかするために一つ一つ約束事を決めて議論を進めていこうとする。この辺は多分数学者の人びとがさんざん苦労したことで、われわれは現状の結果をみているのですが、それでもその約束事がわれわれの通常の感覚からは乖離している、という事が出てくることがあるのは避けられないのだと思います。
まあ一応補足ですが、一般に「AならばB」の否定は「Aであって、かつBでない」です(AならばBでない、ではない)。ゼノンの論理の場合はAの部分が「亀がさっきまでいた地点にアキレスが付いた時には、亀はその先をいっている」という部分で、Bの部分が「アキレスはカメにおいつけない」になる。
ゼノンの主張は「Aが成り立つ、よってBである」という主張でした。これは質問者さんが書いてある通り3段論法と呼ばれるもので、つまり
* Aが成り立つ
* AならばB
* (A、かつ(AならばB))なのでBが成り立つ
という論法でした。よってこの論法を否定するには「Aならば B」の部分を否定すればよく、それはつまり「Aであって、かつBでない」世界があることを言えば良い(それが数学では証明になる)、という事です。
この回答への補足
ありがとうございます。
頭がおかげでだいぶすっきりしました。
しばらく様子を見てから、お礼に書かせていただきます。(なお、そこでのお礼は、tmpnameさんのみならず、ここで書き込まれた多くの方々に向けて書く面がありますので、一部、tmpnameさんに対するお礼としては必ずしも適切でない表現もあるかもしれませんが、tmpnameさんには素直に感謝しておりますので、その点、誤解なきようお願いします。)
【ありがとうございます。問題が解決しました!!!(みなさんにむけて)】
ありがとうございました。おかげでどこに問題があったのかはっきりしました。
まさにtmpnameさんのおっしゃることが数学では証明になる、しかし日常言語とは乖離している。その差が問題だったのでした!!!!
(tmpnameさんは、ときおり(それが数学では証明になる)とカッコ書きを挿入することを忘れませんでした。私がこうしてここに議論を整理できるようになったのも、その数学を客体化した視線からのご指摘をいただいたことによるところも大きいです。改めて、その知的姿勢に敬意を表しつつ、感謝したいと思います)
数学は混乱を避けるためにそういう約束事をした、だからそれはそれとして尊重しよう。しかし、日常言語には曖昧なところもあり混乱もしがちであるが、であるがゆえに、数学より幅広いことを指し示しえる。このため、日常言語の論理はきっちり数学の論理には翻訳されえない、互いの論理が一部乖離しているということが、厳然たる事実としてある、そのことを失念してはいけない。
そしてもちろん、我々は、日常言語は、先ずもって日常言語の論理をもとに使われているとして理解することから始める。
この「アキレスと亀のパラドックス」の「驚き」の源泉は、その日常言語の論法によるところがきわめて大きい。それが日常言語で、その論理をもって、説明されているからこそ、アキレスと亀は「驚き」のパラドックスなのであったということです。日常言語の論理が現実を写し取れていない、(それはある意味当然ですが、それにしても、)そのことを直接に我々に突きつけてくるからこそ、それは「驚き」なのでした。
ところが、それを別の論理構造を持つ数学に「翻訳」してしまうと、それは比較的容易な証明問題として定式化される。ただし、その定式化は、「驚き」の所在をまさに回避した形でおこなわれてしまっている。
だとすれば、別の理由を持って始められた作業ならそれでもいいが、「驚き」の源泉を探求しようとするのであれば、それは問題を解決したことにはならない。「禁じ手」を「禁じ手」と思わない考え方は、数学とは整合していても、日本語の論理を理解しているとはいえない。であるがゆえに、そうした数学的理解は、「アキレスと亀のパラドックス」をある「解釈」で理解しているとはいえても、「アキレスと亀のパラドックス」の「驚き」を解明したとは到底いえない。
具体的にはどういうことか?
それはすなわち、ごく簡単に言うと、ゼノンの議論は、三段論法と似たようなものではありますが、数学上の三段論法そのものではないということなのです。ゼノンは「AならばB」といったのではなく、「AゆえにB」といったのですから。
そうです!
ゼノンは「AならばB」ではなく、「AゆえにB」といったのでした!!!!
日常用語としての「ゆえに」には、数学的「ならば」には含まれていない、しかしきわめて重要な、「論証関係」ともいうべき関係性が含意されています。「ならば」と「ゆえに」が(互いに意味の重なりがあるとはいえ、)完全互換可能でないことは、自分の言葉で試してみるだけでも簡単にわかるでしょう。
このため、「Aであって、かつBでない」世界が存在することを証明しただけでは、ゼノンのパラドックスを論駁したことにはならない。論証があり得るとすれば、それは、すくなくとも、「Aであって、かつBでない」世界があることを、「Bでないことと整合的であることが保証される仮定・概念・論理構造を追加していないこと」とともに論証したものでなくてはならないのです。
考えてもみてください、数学が存在することを証明した、「Aであって、かつBでない」世界とはなんでしょうか?それはつまり、「アキレスが亀の元の位置までたどり着いたときには、亀は必ずさらに前に進んでいる」ことと「アキレスが亀に追いつく」こととを同時に成立させる世界です。それはつまり、そう、この我々の世界です!つまりわれわれは、数学に論証してもらうまでもなく、両者が同時に成立する世界があることを了承しています。逆に言えば、数学がしたことは、この現実世界を数学的に記述したにすぎない。
そうした「現実」がここにはある。それはゼノンだって知っています。それをゼノンは、「ゆえに」という論理で、前者と後者を(後者を否定形にして)結びつけてしまった。その論理と現実の矛盾こそがパラドックスなのです。だから、現実を数学的に表現しただけでは証明にならないのは明らかなのです。
数学の言葉に直せば、「Aであって、かつBでない」世界の存在証明は、「AならばB」を否定するための正当な論証ではあっても、「AゆえにB」を否定する論証にはならないということです。
たとえば、「無限」を導入して、「アキレスは亀に本当は追いつくのだ」などといってみても、そこでの「無限」なる概念は、実際にアキレスが亀に追いつく世界像(モデル)と整合的であることがあらかじめ保証されているので、その概念に依拠した「証明」は、壮大なる循環論法、もしくはトートロジーに過ぎない。それは本当の意味での「驚き」の解明では決してないということなのでした。
ちなみに、少し調べていて、私のいいたいことをぴったり言ってくださっていらっしゃる方を見つけました!!もし、上に説明がわかりにくければ、「ゼノンの逆説について質問です。 「足の速いアキレスも、のろい亀には追いつけ...」というnaoe35frontさんの質問に対する、sarurusa2012000さんの回答をみてください。とてもわかりやすく、私のいいたいことを説明してくださっています。
もともとの私の質問(の一部)は、「なぜ、多くの人が、自信を持って、ああそれはね、無限級数で云々と説明し始めることに抵抗を感じないのか、」そこがまったくわかりません。ということでした。そして、そういう質問のしかたをしたにもかかわらず、たくさんの人が、その文章そのままの様子で、ああそれはね、と話をされたということ自体、私にはおどろくべき発見でした。
しかし、その質問にたいする答えもどうやらみえてきたようです。それは、おそらくは、この数学と日常言語の差に対する「感受性の欠如」と、(tmpnameさんのように(それが数学では証明になる)と留保をつけることのできる方はとてもまれで、)数学的に正しければ普遍的に正しいはずという「先入観」がひどく強固なものである、ということなのだとおもいます。
問題は一応解決しました。すごくすっきりしました。
長いことお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
みなさま、「アキレスと亀」、本当に不思議ですね!
いや、びっくり!!!
No.56
- 回答日時:
う~む。
質問者の言いたいことがよく分からない。ゼノンの論旨を質問者さんは以下のように述べておられます。>そもそも、ゼノンが使った議論は、
>亀のところまでアキレスがいく。それには必ず時間がかかる。時間がかかれば、亀は必ず当初の時点よりも前に進んでいる。
>これだけです。ほとんど三段論法です。その繰り返しだけで、現実と矛盾してしまうから、パラドックスなんです。
亀のところまでアキレスがいく。→運動そのものです。
それには必ず時間がかかる。→これもしかり
時間がかかれば、亀は必ず当初の時点よりも前に進んでいる。→これもそう
その繰り返しだけで、現実と矛盾してしまうから→だから、「その繰り返し」とやらで運動をとらえてはいけないのだよ。
この回答への補足
それでは、ご説明いただいた言葉を使って説明するとどうなるか、(少し不正確ですが)説明させていただきます。
つまりですね、ゼノンがいったのはこういうことなんですよ。
「運動を離散的にとらえてみましょう。そうすると、現実と矛盾が生じますね。ですが、私の説明したような「ロジック」をつかうと、運動は離散的にとらえられますよね?おかしいですか?おかしいなら、わたしの「ロジック」のどこがおかしいか、説明してください」
だから、「運動を離散的にとらえると矛盾が生じる」っていうだけでは、パラドックスを論破したことにならないんですよ。そりゃまさに、ゼノンが示したことそのものなんだから。
端的にいって、それだと(離散的)って言葉を挟んではいるけど、それは、「ゼノンのように(運動を離散的に考えると)矛盾が生じておかしい。だからゼノンのように考えるのは間違い」っていってるだけなんですよ。ゼノンのはパラドックスだから、ゼノンは間違い、じゃあ説明にならないでしょ?
No.55
- 回答日時:
質問者さんの勘違いの根っこが分かったように思います。
考え方が逆なのですよ。>じっさい、数学的論証は、まさに、そうした離散的な捉え方は可能、
間違っています。運動を離散的にとらえることはできません。ちなみにこれは数学的に証明できるものではありません。自然現象を数学的に記述しようとしたとき、ゼノンのように離散的にとらえようとすると矛盾が起きてしまう。なので、運動をこのようにはとらえてはいけないのだなということから新しい数学概念(解析学)が生まれたと理解するのが正しい姿勢です。
この回答への補足
いや、ちょっとはしょって書いたかもしれませんが、ゼノンの議論は、いわゆる「運動」を「直接の」議論の対象としたものではないということです。だから、数学も離散的記述を使ってその論旨をとらえることができたのでした。ゼノンの論旨に沿う限り、それを離散的にとらえることはおかしくないということを数学も認めているということだと思います。
補足日時:2014/07/14 00:10No.54
- 回答日時:
質問者さんは数学的にはパラドックスは解消されていることを十分に承知の上で、それでも哲学的にはどうなんだと、どう解消するのだと?なお疑問があるとの質問と受け取りました。
なので、哲学的(自然科学的といった方が妥当か)な側面の回答にトライしてみます。まず、議論の背景は現実にある物理的な現象ですね。なので、アキレスが亀を追い抜くのは現実に確認することができる事実であるから、「アキレスは亀を追い越す。」と言う命題はこれはどうしても正しいと言わざるを得ない、
一方、ゼノンの主張はちょっとみ穴がありそうに感じられない訳ですね。さて自然科学的な考察をしてみましょう。
1.運動とはなんでしょうか?位置とは?時間とは? 簡単のようで簡単ではないですね。概念的には運動が先にあって、その上で位置とか時間とかが考えられるのでしょう。
2.ゼノンは亀が元いた位置にアキレスが来たとき。という表現を使っています。なぜアキレスは亀の元いた位置を必ず通過すると簡単に言ってよいのでしょうか?
3.あなたはこの部分に疑問を持っていないようですが、連続性(実数の無限)を考えることなく、「亀が元いた位置にアキレスが来たとき」が必ずあると言えるのでしょうか?
4.そしてゼノンの論理はその繰り返しといっています。繰り返しとは離散的な概念です(有限であれ無限であれ)。
5.そもそも運動とは離散的な概念でとらえられるものでしょうか? とらえられません。
6.ゼノンは「連続的な概念が必要な運動」を離散的な観点(ある瞬間の切り出し)で論理を展開している。
7.つまり、論理的には正しい推論にみえて、そもそも語るべき対象(運動)に対して使えない(まさに禁じ手)概念を用いた間違った推論です。
この回答への補足
まじめに問題をお考えいただきありがとうございました。
また、新しい方にご参加いただいてうれしいです。
ご指摘のように、私の質問はどちらかというと哲学に近いところで考え始めていたように思います。ただ、いまは、いろいろなかたに教えていただいたおかげで、数学的にも、パラドッックスは解消されたとはいえない、ということを、具体的な問題点を特定しつつ、議論できるようになったと思っています。ちかく、#45のお礼欄にそのことを書き込む予定ですので、機会があれば、ご覧いただければ幸いです。
ご指摘の考え方は、興味深いですね。少し自分でも考えてみたいと思いますが、でもおそらく、「そもそも運動とは離散的な概念でとらえられるものでしょうか? とらえられません。」ということを簡単に論証するのは難しいのではないでしょうか。じっさい、数学的論証は、まさに、そうした離散的な捉え方は可能、その上で、アキレスは亀に追いつく、ということを証明しているものです。
ともかく、もう自分なりの回答がでたので、それを示してしまおうかと思っていたのですが、こうしてまじめに問題を考えてくださる方がいらっしゃるのをみると、まだもっとほかの方のご意見も伺いたいような気がしています。
No.53
- 回答日時:
ANo.50へのコメントについてです。
> アキレスと亀の詭弁性を「証明する」
「詭弁性を証明」ですか… ゼノンの論述は詭弁ではない、とお考えなのかな?
証明になってないということを「証明」するだけなんですから、「ゼノンの論述にはすり替えがある」ということを指摘するだけで十分です。
No.52
- 回答日時:
>そうではありません、
>「1+1=3が間違っていて、1+1=2が正しい」
>ということを証明するのに、
>「1+1=2が正しい」を使ってはいけない、ということです。
なるほど、質問者様の御言葉に反論などという恐れ多いことは
してはいけないということですね(^^; それでは失礼します。
No.51
- 回答日時:
まあ、へりくつはおいておいて、ゼノンが提示したかった問題は
「瞬間が無限に集まると有限になりえるのか、無限なのか」ということ。
「連続した有限な時間の流れの中に無限な数の通過点を作れるか否か」
だと思います。「無限」、あるいは「作れない」ならば、これはすなわち
運動そのものの否定に繋がります。
わざと無限といってみせておいて、矛盾を明確にしたかったのだと思います。
間違っていることはわかりきっているので、どこが間違っているのか
を明確にしたかったのでしょう。
当時、多くの哲学者が迷いつつも有限になると考えたわけですが、
今は数学も整備されて、このあたりは大学で学びます。
ここに踏み込まずに納得してしまうということは
「瞬間が無限に集まると有限になりえるのか、無限なのか」
に何の疑問も持っていないか、そこに思い至っていないという
ことですね。
No.49
- 回答日時:
しかし、アキレスと亀より、同等で登場人物がひとりである2分法の方が見通しがよいと思いますけど。
1) AからBに移動するにはAとBの中点AB1 を通過する必要がある。
2) AB1からBへ移動するにはAB1とBの中点AB2 を通過する必要がある。
3) AB2からBへ移動するにはAB2とBの中点AB3 を通過する必要がある。
以下同様に
3) ABnからBへ移動するにはABnとBの中点AB(n+1) を通過する必要がある。
以上は無限に繰り返えせるので、無限に時間がかかり、AからBへ移動することは
決してできない(^^;
No.48
- 回答日時:
ANo.46へのコメントについてです。
ヴィトゲンシュタインはともかく、ソシュールを勉強なさったのに現実と言語の区別が付かないってことはないと思うが…
このサイトのいくつかのQ/Aがご参考になるかもね。(手前味噌っぽいですが)
qa/8447601
qa/2438487
qa/5525854
qa/3616967
qa/7423274
qa/3290945
qa/43691
qa/4893333
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