「お昼の放送」の思い出

この問題については、何度も質問されていますが、ちょっと違った角度から是非質問させてください。
わたしには、アキレスと亀がものすごく不思議です。ですが、不思議だと思わない人のほうが圧倒的に多いことを、もっと不思議に思っています。

わたしたちは実際にはアキレスが亀を追い抜くことを知っていますから、そこを起点に考えるので、ゼノンのいうことには間違いがあるに違いない、というところから発想して、無限級数だのなんだのを持ち出して説明しようとします。
ですが、仮に、このように簡単な事実で検証できないような別の問題があったとして、このレベルの論法で説明されていたのだとすると、私にはそのおかしさを指摘することはぜったいできないです。私には完璧な論法に見えるので、自慢じゃないですが、はい、証明終わり、Q.E.D.とされても、納得してしまう自信があります!(笑)だから、そうした場合にも、みんなすぐにその論法はおかしいなんて指摘できる自信があるのでしょうか?ということをすごく疑いたくなります。逆に言うと、これまでに解決されてきた、数学の多くの証明において、こうした問題が潜んでいないということすら、私は納得してしまっていいのだろうか、とすら思います。

この、ゼノンの論法はどうしてもそんなにいい加減な論法には聞こえません。だから、なぜ多くの人が全然不思議と思わないのか、また、なぜ、多くの人が、自信を持って、ああそれはね、無限級数で云々と説明し始めることに抵抗を感じないのか、そこがまったくわかりません。

皆さんはどうお考えになるでしょうか?これはひょっとすると、数学の問題ではなくて、社会学とか、とかそういう分野の問題なのかもしれませんが、皆さんのお考えをお聞かせください。

A 回答 (56件中21~30件)

> メタ情報のない世界では、「アキレスが亀に追いつく」は、矛盾がありますよね?


矛盾があるかどうかは「分からない」です。

一般論として、メタ情報のない世界である命題に既に矛盾があることが分かっている
時は、何のメタ情報を付け加えてもその命題に矛盾があることは取り除けません。
理由は簡単で、なぜならそのメタ情報抜きでその命題から矛盾が導けることの
証明が既にあるからです。(これも結構重要です。結構勘違いしやすいから)。

で、メタ情報の「種類」によって、その命題の真偽が変わる、というのが、
(メタ情報がない世界では)その命題の真偽が分からない、ということの一般的な
『証明』になります。

> ともかく、メタの情報が有る無しによって、どっちにしても、
> 追いつけるかどうかという命題の真偽値は一意的に決まるんじゃないんでしょうか?
これもさっきと同じで、メタ情報がない段階で真偽が決まっているのなら、
どんなメタ情報をいれても真偽は変わらない。
で、もしあるメタ情報を入れると(入れてない段階で定まっていた)真偽が引っくり返る
ことがあれば、それは「入れたメタ情報に矛盾がある」ことを示しています。

> 真偽値が定まらないってことは、メタ情報があるのかどうかがわからない
> 世界、ってことですか?
というより、メタ情報次第によって真偽が引っくり返る命題、ということです。

> その解決にメタ情報を導入する、あるいは、メタ情報があるかないかが
> わからないという前提を導入するというのは禁じ手だと思うんですが、
> 違うんでしょうかね?

つまり、数学ではそれを禁じ手としないのです。で、そうしたメタ情報を
導入するということを、きちんと数学(とか論理学)とかの手法に従って
慎重にやる、ということを数学では行う。これをいい加減に行うと
わけが分からなくなるのです。

繰り返しになりますが、メタ情報を突っ込まないで真偽が確定する命題は
それでよい。それが分からない時に、異なるメタ情報を突っ込んでもとの命題の真偽が異なる、
かつ矛盾のない別の世界が仮に作れた時、それが元々の命題は「メタ情報のない段階では
真偽が確定しない」ということの「証明になる」、そういう「証明」を行うのです。

例えば有名な「連続体仮説は、通常の数学の公理からは真偽が決定できない」(1963, Cohen)
というのも、正に通常の数学の公理の上に更に別の「メタ公理」をつっこんで、
連続体仮説が真になる世界、偽になる世界を別別に作って、それをもって証明とするのです。

> 結局パラドックスの解決というのは、何を持って解決なんでしょう?

それは結局

(通常の世界で)ゼノンの論理と「アキレスがカメに追いつける」ことは「矛盾しない」

ことをいえばよい。なんだか繰り返しのように見えますが、「矛盾しない」ことを
言えばよいのであって、ゼノンの論理それ自体から「アキレスがカメに追いつける」ことを
証明する必要はない。そこでは、通常の世界で用いる(ゼノンの論理からみればメタ)論理を
ばんばん使うのです。

同じことを繰り返しているように見えるかもしれませんが、出来るだけ整理すると、

*アキレスが亀がいた地点に付いた時には、亀はもう少し先にいる

というのは、通常世界では「これは正しい」、この事自体で(通常世界に)矛盾は生じない。で、通常世界では、
(通常世界の論理で)これはこれは全てある時刻Tより以前の出来事であることは証明出来る。
よって、時刻T以降に何が起こっても特に矛盾は起こらない。

よって、通常世界の論理でゼノンの論理と「アキレスがカメに追いつける」ことは「矛盾しない」。
これは、繰り返しになりますが、ゼノンの論理からすればメタ論理になる通常世界の論理を
ばんばん使った証明です。通常世界の論理をバンバン使って矛盾がないことを言えれば、それでよいのです。

で、この事が、(メタ論理抜きで)ゼノンの論理だけから
「アキレスがカメに追いつけない」『ことは証明できない』ことの『証明になる」。先程もいいましたが、
「アキレスがカメに追いつけない」ことが(メタ論理抜きで)証明できるのであれば、通常の世界でも
「アキレスがカメに追いつけない」ことが証明できるはず。ところが、(通常の世界の論理をばんばん
使った論理展開で)通常の世界ではゼノンの論理と「アキレスがカメに追いつける」ことは矛盾しない。
「これは矛盾なので」(メタ論理抜きで)ゼノンの論理だけから
「アキレスがカメに追いつけない」『ことは証明できない』ことが証明できたことになる、ということです。

余計悩ませてしまったならごめんなさい

この回答への補足

ありがとうございました。

とても丁寧にご説明いただいたので、すぐに何か書き込むのは失礼だと思い、ともかくできる限り咀嚼してから補足させていただこうと思いました。また、せっかくなので、少しインターネット上の情報も調べました。勉強になりました。

ここでご説明いただいたことは、その表面の範囲ではよくわかりました。私にレベルをあわせてできるだけ簡単に説明いただいたこともよくわかっています。ありがとうございます。そしておそらく、それ以上の数学的解釈は私には簡単には理解できないのだと思います。でも、きっと数学には数学なりにきちんと考えて導かれた説明なのだろうとは予想できます。

でそれを前提とした上でのことですが、もう一つだけ質問させてください。

私が先の質問の最後で、パラドックスの解決とはなにか?という問題を提起したのは、もう少し別の意味もありました。それは、それが一般の数学的証明問題とは異なるはずだとおもうからです。なぜなら、もともと、(この例でいえば、ゼノンの)理屈がおかしいことは誰でもわかっているので、その誰でも知っていることを論証しうる論理の一定範囲を使用しないというルールを導入しなければならないはずだからです。つまり、私の言葉でいえば、禁じ手の範囲の明確化です。
ごくかんたんにいえば、お互いの速度(V, v) がわかっていたら、L/(V-v)の時間後にはともに同じ位置にいることが証明できる、だからゼノンは間違い、ハイ終わり、では証明にならないとしなければならないはずですからね。
たとえ、入り口のところを、ゼノンの議論に「似た感じ」の無限級数にしたとしても、後はOKというわけにはいかないはずでしょう。このようなことは一般の証明問題では発生しないので、その意味で、一般の証明問題と違うはずですよね。

で、その禁じ手の範囲をどうとるのが妥当かということですが、わたしが直感的におもうのは、その言語(ここでいえば、ここで使っているタイプの数学)の理屈からみて、メタの判断を要することなので、その言語内ではその範囲の妥当性は論証できないものなのではないかとおもうのです。間違っていますでしょうか?

で、そうしたことから、私にとってご説明いただいた中で一番引っかかるのは、回答の中でいわれているメタ情報を(有る無しがわからない状態というような広い意味においてであれ)導入してしまっていることは禁じ手ではないのか、ということです。さらにいえば、それを導入した際の、「(通常世界の論理で)これはこれは全てある時刻Tより以前の出来事であることは証明出来る。」というのも、禁じ手とすべきロジックを使っての証明なのではないのか?ということです。そういうことは数学では論点にならないのでしょうかね?

もちろん、私も、それが禁じ手であるということを積極的に肯定する理屈がある訳ではありません。ただ、そこまで高度な理屈を働かせていないとはいえ、自分の中で当然と思えるその禁じ手の範囲そのものが、もしかすると、わたしの「不思議な感じ」の源泉なのかも知れません。だから、そうした手段を導入した「解決」を解決として受け取れないのだと思います。

少し調べた範囲では、このパラドックスの扱いは数学と哲学では異なっている、ということのようですね。そしてwikipediaによれば、「哲学的には、数学的な前提に立った場合のように、このパラドックスは「間違っている」とは見なされない。」ということのようです。それはおそらく、この禁じ手をどう考えるのか、ということに関わっているのだと思います。

何れにしても、元々の私の問題にもう一度戻らせていただくと、そうしたことも含めて、もしきちんとした理屈が数学にあるとしても、(いやおそらくあるのでしょう。)それは、ここでご説明いただいた様子から推し量るに、かなり高度な理解を要するものと予想され、そういうことまで数学を理解している人というのは、それこそそんなにいるはずもないのに、なぜ、皆、無限級数とかで納得してしまって、これを驚き続けることがないのか、改めて不思議に思います。

ともかくとても勉強になりました。ありがとうございます。

補足日時:2014/07/08 19:17
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>どうやってゼノンの理屈を乗り越えて、アキレスが亀を追い越すことが説明できるのか



ゼノンの論理はアキレスが亀に追いつくことに触れていないので乗り越える必要はないです。
ほっておけばよい。
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>やっぱりこれはおなじひとだね。

そりゃこんな人が何人もいないわなあ。
>ちょっと安心しました。
>もう迷惑だからこないでください。

 ほらね、前に言った通りになる。言いだしたこと(質問本文)と全く違う方向に逃げることで、安心感を得ようとしてしまう。だからね、言ってあげたんだよ。同じような人をうんざりするほど相手にしてきたとね。そして、そういう人は最後は同じ反応になるともね。

 で、お手上げということだね。まあ仕方ないだろう。今回のことと同じことを繰り返す人は進歩しない。知識すら得られないからなんだよ。知識がなくて、考えはする、いや考えたつもりになる。自分の好み通りに世の中ができている、とね。

 さて、実数の切断だ。ある考え方だけ示しおいてあげようか。数直線上で両者が出発するのがマイナスの側からで、プラスの方向へ進むとしておこう。アキレスが亀に追いつくはずの位置(普通の速度差で計算すればよい)が、数直線上の0になるとしておこう。

 ゼノンの論法では、可算無限なら0>x、実無限なら0≧xが対応するということだよ。どちらもx>0はなく、可算無限ではx=0も存在しない。分かるね、これくらいは?

P.S.

 0にした意図はね、例えば1だと面倒臭いことがでてくる可能性があるんだよ。0.999…って1の異表記だとかね。

 質問には無関係ではあるんだが、おもねるべき人は見つかった? 落ち着くためには必要なことだ。そうしたくなり、そうしてしまっても気にしなくていい。
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>いやわからないから聞いてるんですけどね?そういう人に説明できて初めて本物なんですよ。



 いや、少なくとも途中から主張になってるけど? 最初から主張だとしても何ら問題なく解せてしまう。質問だったのなら、早々に解決してしまっているよ。

>ともかく、よくそんな偉そうなことがいえますね。昔の回答をみてみましたが、私はすっかり別の人と同一人物だと思っていましたよ。ずいぶん似たような人がいるもんですね。

 それがどうかしたの? 目下の件に集中できなくなった?

>だいたい、「確実な別解(速度差を使った単純計算)も同じ答なのだから矛盾は出ないよ、その極限値は別解によって存在が保証されているよ、と言っているのです。」なんてのは反則技だっていってるんですよ。

 何が反則なのか言えなければ意味はないよ。あなたは「そういう気がする」ことの説明を他人に求めているわけだ、最初からね。そんなことは、あなた自身で行わなければならない。

>そんならはじめっからその確実な別解で答えがあることを指摘すればいいだけ、って言ってるのと同じじゃないか。そんなのはまったく説明になってない。

 ゼノン自身、ゼノンに問われた古代人、みんな知っていることだよ。ゼノンが言ったのは、こう考えると常識的なことが説明できないのでは、ということだからね。

>いってる意味が分からないか?

 一読しただけでよく分かってしまうから、延々と長文連ねられるんだけどね。それすら分からない?

>いずれにしても、「ゼノンの論法が出てきた途端、アキレスが亀に追いつくかどうか不明といった趣旨のあなたの発言がちらほら見える(そう言っておいて、あわてて糊塗しているのが何とも)。」とかって、いったい、どこにそんなこと書いてるんですか?

 自分で書いたことも分からなくなっているのか。自分の限界を超える部分があったのだろうね。分からないことがあるなら、何がどう分からないか明確化して聞いて見なさい。質問として成立しそうなら、答えてくれる人もいるだろう。

>単にあなたが文章読解力がないだけでしょ?何があわてて糊塗ですか。それこそ笑いぐさですよ。何をどう糊塗したのか、どこでそんなことしたのか、指摘してみなさいよ。(いや、時間の無駄だからほんとにそんなことしなくていいけどね。)

 同上。

>そんなこともちゃんと読めないくせに、偉そうに話ができるつもりになるなんておこがましいにもほどがありますよ。

 同上。

 で、実数の切断は分かったの? 分からなかったの? 義務教育で習う「>」「<」「≧」「≦」だけなんだけどね。別に実数の定義まで聞いているわけではないし、「追いつく」「追いつかない」に直結した話なんだがね。

 なんかね、自分で質問したことから全力で逃げてるよね。特に思った通りと違うことを言われると。だからこの回答の冒頭で言っているんだよ。主張になってしまっているとね。質問なら、そうはならないものだよ。

この回答への補足

やっぱりこれはおなじひとだね。そりゃこんな人が何人もいないわなあ。

ちょっと安心しました。

もう迷惑だからこないでください。

補足日時:2014/07/08 10:41
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ああ、不正確なところがあった..



ゼノンの論理では、『『その時刻T(を含めた)より先を考えることはできない』』
というのは、
「ある時刻Tまでしかない世界」を考えると、その世界でゼノンの論理+アキレスは亀に追いつかないは矛盾がないことが分かるので、その結論として、ゼノンの論理では、『『その時刻T(を含めた)より先を考えることはできない』』ことがわかるのであって、順序が逆です。
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要は、ゼノンの論理だけでは、その時刻T以降の世界を見ることが出来ないわけで、その事を「神の視点から」みると我々はゼノンの論理のもとで、「アキレスが亀を追い抜く」世界、「アキレスが亀に追いつけない」世界、両方を作ることが出来るのです。

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> 簡単にいうと、その「結論が出せるかどうかわからない」っていうことは


> どう証明されるのでしょうか?
ああ、そこまでいくか...

一般には、「主張(公理)Aからある結論Bが出せるか分からない」『ということが分かっている(証明されている)』というのは、(主張(公理)Aを前提として)結論Bを肯定しても否定しても矛盾ない(何らかの)体系(モデル、世界)が得られる(ことが証明されている)ということ。No.22さんでいう所の「真偽が問えない」というのも、この意味です。で、こういうことの証明には「メタ的な」(なんというか、今言っている事を「上から眺める」)思考が必要になる

で、「メタ的な」思考からくる結論としては、結局ゼノンの論理は、結局「(普通の世界で)ある時刻Tまで、アキレスは亀に追いつけない」ということと同じになる。これは、ゼノンの論理を「メタ的に」眺めないと出てこない。

で、そこでその「ある時刻Tまでしかない世界」を考えればアキレスは確かに(その世界では)亀に追いつけない。で、ゼノンの論理では、『『その時刻T(を含めた)より先を考えることはできない』』(というのは「メタ的に」眺めないとでてこない)のですから、その世界では「ゼノンの論理+アキレスは亀に追いつかない」は矛盾はありません。で、実際の世界はその時刻T以降も続いていて、その世界を考えると、「ゼノンの論理+アキレスは亀を追い抜く」も矛盾はない。

要は、「時間は無限に続いている」とかいう「メタ的な」情報がないと、ゼノンの論理だけでは「アキレスは亀を追い抜く」というのは出ない。こういったイメージでなんとなく分かるでしょうか。

この回答への補足

ありがとうございます。

それはとても面白いご指摘ですね。
ただ、もちろん私にもわかるように簡単にしていただいたためにおこったことかもしれませんが、仮にそうだとすると、メタ情報のない世界では、「アキレスが亀に追いつく」は、矛盾がありますよね?つまり真偽は確定していて、偽でしょ?ちがいます?他方、メタ情報がある世界では、。。。(こっちは本当は納得してないのでちょっとおいときますが)
ともかく、メタの情報が有る無しによって、どっちにしても、追いつけるかどうかという命題の真偽値は一意的に決まるんじゃないんでしょうか?

だとすると、真偽値が定まらないってことは、メタ情報があるのかどうかがわからない世界、ってことですか?

そこまで考えて、もとにもどって、もう一度、#25の方のパラドックスの定式化を使わせていただくと、パラドックスが解けた状態というのは、改めてご指摘もふまえて考えると、どういうことを意味するんでしょうかね?
その解決にメタ情報を導入する、あるいは、メタ情報があるかないかがわからないという前提を導入するというのは禁じ手だと思うんですが、違うんでしょうかね?

これは通常の数学の証明問題と違うので、なにをもってパラドックスの「解決」とみなすかということをほんとは定義しないといけないような気もするんですが、結局パラドックスの解決というのは、何を持って解決なんでしょう?

すみませんね、いつまでもいろいろ聞いて。

補足日時:2014/07/08 10:34
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 んー、最初の回答でこう書いたんだけどね。



>そのことについて、ゼノンの論法通りに従って無限級数の和でも同じ答が出る、ただし極限値で、と数学は言っているわけです。無限級数の和という極限値が実在しているとは一言も言っていない。

 これ、まだ分かってないよね? 分かっていれば、直近のいくつかのあなたのコメントは出て来ようがない。実無限という、この件なら無限回の操作を終えることができるという考え方なら、追いつけると言ってしまえるが、あえてそれを採用せず控えめに言ったわけだよ(※可算無限と呼ばれることがある、本件なら操作方法がいくらでも続けられるという定義)。

 で、だからこそ追いつくという事象は、

>確実な別解(速度差を使った単純計算)も同じ答なのだから矛盾は出ないよ、その極限値は別解によって存在が保証されているよ、と言っているのです。

と説明したわけなんだけどね。このことも分かっていない。ゼノンの論法が出てきた途端、アキレスが亀に追いつくかどうか不明といった趣旨のあなたの発言がちらほら見える(そう言っておいて、あわてて糊塗しているのが何とも)。

 この点で分からなくなっているようだから、実数の切断ということを調べてごらんなさい。それはね、数直線をあるところで切り離したとする、といった話だ。数直線を0で切り離すことにしておこうか(※0を選んだのは意図がある。他の数、例えば1で切ると、ちょっとややこしいことがあったりするが、気にしないように)。

 すると半直線が二つできるね。とりあえず半数直線と呼ぶことにしておこうか。そして、数直線上の数をxで表すことにしよう。切断したところは二つの半数直線でどうなっているか?

1)x>0と0≧x
2)x≧0と0>x
3)x>0と0>x
4)x≧0と0≧x

 可能性としてこんなところかな、とりあえずだけど。3はx=0が存在しなくなってしまう。4はx=0が二つ存在してしまう。まあ、直感ではなんかマズそう。この二つは考えるにしても、後回しでよさそうだね。

 じゃあ1か2どっちかだろう、と。どっちもあり得そうだし、どっちかが成立したら、もう一方は成立しないだろう。それも直感では分かる。

 では1のように切り離したとして、x>0という半直線切断された端を見てみよう。0ではない。0に限りなく近い何か。それって何? そういう話。

 それが何のことか分からないなら、直近のコメントのようなことを四の五の言わないほうがいい。まず勉強することだ。分からないものを分からないまま弄んでも、傍から見ればお笑い草でしかない。

この回答への補足

いやわからないから聞いてるんですけどね?そういう人に説明できて初めて本物なんですよ。
ともかく、よくそんな偉そうなことがいえますね。昔の回答をみてみましたが、私はすっかり別の人と同一人物だと思っていましたよ。ずいぶん似たような人がいるもんですね。

だいたい、「確実な別解(速度差を使った単純計算)も同じ答なのだから矛盾は出ないよ、その極限値は別解によって存在が保証されているよ、と言っているのです。」なんてのは反則技だっていってるんですよ。そんならはじめっからその確実な別解で答えがあることを指摘すればいいだけ、って言ってるのと同じじゃないか。そんなのはまったく説明になってない。
いってる意味が分からないか?

いずれにしても、「ゼノンの論法が出てきた途端、アキレスが亀に追いつくかどうか不明といった趣旨のあなたの発言がちらほら見える(そう言っておいて、あわてて糊塗しているのが何とも)。」とかって、いったい、どこにそんなこと書いてるんですか?単にあなたが文章読解力がないだけでしょ?何があわてて糊塗ですか。それこそ笑いぐさですよ。何をどう糊塗したのか、どこでそんなことしたのか、指摘してみなさいよ。(いや、時間の無駄だからほんとにそんなことしなくていいけどね。)

そんなこともちゃんと読めないくせに、偉そうに話ができるつもりになるなんておこがましいにもほどがありますよ。

補足日時:2014/07/08 09:58
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念の為、繰り返しておきますと、



ゼノンの論理展開によって、アキレスが亀に追いつけない、という結論が出せる、というのが間違いである

と言っても、
だからと言っても、ゼノンの論理展開によって、アキレスが亀に追いつける、という結論が出せるかどうかは分からないのです。

この回答への補足

ありがとうございます。そうなんですか?
もしそうなら、それは確かに勘違いだったかもしれません。

でも、そうすると、追いつけることを証明するより、もっとむずかしくないですか?それって、ほんとに、真偽値の判定不能な命題であることが証明されるってことですか?なんかほんとにゲーデルみたいになってきましたね。


それに、そんなことを証明していただいた方もいなかったような気がしますが。
簡単にいうと、その「結論が出せるかどうかわからない」っていうことはどう証明されるのでしょうか?

補足日時:2014/07/08 08:45
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> #25の方のパラドックスの定式化をご覧ください。

もしこの方の主張を
> 認めるなら、まさに、「ゼノンの論理展開によっても、アキレスは亀に
> 追いつける」ということを説明して、初めてパラドックスが解けたことになるんです。

ああ、そこも勘違いしている。
「ゼノンの論理展開によれば、アキレスは亀に追いつけない。」が間違っている、というのは、「ゼノンの論理展開によっても、『アキレスは亀に追いつけない。』という結論はでない(出せない)」ということであって、「ゼノンの論理展開によっても、アキレスは亀に追いつける」ではない。
ゼノンの論理展開によって、アキレスが亀に追いつけない、という結論が出せる、というのが間違いである、といえれば良いのであって、(#25さんもこの意味で書いているはず)、それ以上の事をいう必要はないのです。
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