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「人生の悩みの問題は、数学じゃないんだから正解が一つとは限らない」
というようなことを時折耳にしますが、
正解が一つとは限らない数学の問題ってあるような気がするのですが。
「計算するたびに答えが違う」というのは無いのでしょうけど、
「答えの候補が複数あってどれともいえない」とか、
「正解がない」とか、
「正解がありすぎて記述できない」とか、
そのようなことって数学にないですか?
よい例があれば教えてください。
数学は杓子定規な学問ではないとバクゼンと思っている者です。

よろしくお願いします。

A 回答 (11件中1~10件)

数学とは何か?ということに尽きます。



他の回答者様が書かれている問題は、僕自身は数学の問題だとは思っていません。単なる計算問題です。calculationです。計算には正解があります。それは唯一といっていい問題がほとんどだと思います。

たとえばx+y=3の解を挙げよ。といわれたら、実パラメータをtとおいて、(X,Y)=(t,3-t)とかけるもの全体、これが唯一の解であって、これ以上でもこれ以下でもありません。解は無限個ありますが、解の集合としてはこれで確定であって、これを正解が唯一つと呼ぶのには問題はないでしょう。二次方程式であったり、解が存在しない方程式も然りです。

学問としての数学は決してそう単純なものではないと思います。計算するだけなら計算機にさせてしまえばそれでいいのですから。じゃあどういうものが数学なのか?と問われれば、修行中の僕が答えを出せるようなものではないですが、一例を挙げるとたとえばAN.1様が挙げられているπを導く公式を挙げなさい、というものが考えられると思います。既に知られているたくさんの公式がありますし、あるいはまだ誰も知らない公式だってそれこそ無数にあるでしょう。こういうことを解が一通りには定まらないというのだと思います。

ちょっとしたジョークでしょうが、数学の未解決問題、というコラムか何かに次のような問題が書かれていました(多少内容が違う可能性もあります)。「『よい数学の論文』の定義を与え、その例をひとつ述べよ」。これも立派に数学の問題になりうると思いますが、解は一つには決まらないでしょうね。中高レベルでもある数学的命題の証明をする、という類の問題が出題されたりします。これは単なる計算問題よりは、数学と呼べるものだと思います。既知の命題、あるいは公理から、演繹を重ねて結論を導くということを行うからです。その筋道には幾通りもルートがある可能性があります。難しい問題ほどたくさんの解法があるのかも知れません。

もっと高いレベルでは、何か対象(たとえば物理であったり、生化学であったり、経済学であったり)があって、その現象の数理モデルを作ってみる、などというのも一つの数学といえると思います。モデルの作り方は行くとおりもあるだろうし、それが現実の対象をよく説明できるものだったり、あるいは何の役にも立たないものであったりするかも知れない。いずれにせよ、それは数学と呼べるものでしょうし、対象をよく説明はできなかったモデルが実は何か既存の数学と大きな関連を生む結果につながるかも知れない。

高校入試や大学入試、あるいは大学院修士ぐらいの入試では、いわゆる数学という科目が出題されますが、ここで行われる問題はほとんど大抵、正解が決まっている問題です。これは採点上の都合だとも思えるし、あるいは出題側がそれほど高いレベルの数学を習得していない(というよりそれはほとんどの人にあてはまると思いますが)ことが原因だとも思います。もし記述式の問題で出題ミスがあったとして、それが原因で受験者全員に満点を与える、という処置があったとしましょう。そしてある受験者が、「この問題ではかくかくしかじかの問題があって、たとえば次のように修正すると次のような解が与えられる」みたいな答案を書いていたとしましょう。これはほんとに立派な数学の回答だと僕は思いますし、むしろそういう人にこそ、満点以上の得点をあげてやりたい気になります。いずれにせよ、僕の考える数学というのはそういうものです。

もちろんきちんと定義された言葉でない以上、いろいろな解釈が成り立つとは思いますが、数学をやっている人間は似たような考えをお持ちなのではないかとも思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
物理の不確定性原理のような、
一般常識とは違った印象を持つ問題が
数学の世界ではたくさんあるのかなと思い、質問しました。
問題の中にバグがあって、計算のたびに答えがどんどん違ってくるとか。
荒唐無稽と思われるものと扱っているのが、プロの数学なのかなと想像していました。
1+1=2
ですが、2以外に答えはないと証明できるのでしょうか?
他にも答えがある可能性はありませんか?
これを書いていてふとおもった疑問です。

お礼日時:2006/08/16 20:54

「人生の悩みの問題は、数学じゃないんだから正解が一つとは限らない」


ってのは、実際上の問題解決の話ですね。問題に行き当たった段階では話が漠然としているわけで、それをどう捉えるか(問題としてどう定式化するか。言い換えれば、はっきり明示されていない条件をどこまで明示し、何を以て解と認めることにするか)で答が違って来るのは数学も同じことです。

一方、「正解」というのとはちょっと違うんですが、こういうのもあります。↓

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=798168
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 確かに、ヒルベルトさんが「形式的な(意味を持たない)有限回の操作で世の中のすべてを肯定か否定かで証明できる」(すごくいい加減に書きました。

ごめんなさい。)としたことを、ゲーデルさんは打ち砕いて見せました。今の研究はみな意味を含めて考えているのだろうし(記号の羅列がおもしろいと思っている人は少ないと思います)、だから哲学的にもなるのだろうと思います。つまり学者の主張が異なっているのは、間違っているからではなく(そういうのもあるかもしれないが)、意味づけをした結果、いろいろな哲学で語られるからではないかと思っています。
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証明の問題なら、証明のしかたがたくさんある問題がありますけど。


たとえば簡単な例ではピタゴラスの定理
何通りも証明のしかたがあったと思いますが、いずれも正解ですね。
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No.6さんのおっしゃるように


単なる計算問題の場合は
「解が複数ある」とか「定まらない」とかいう
ことそのものが
「解が一個に定まる」ということでしょう

ある命題に関する証明方法が
複数存在するようなケースは
証明方法そのものが求めるものであれば
「解が複数存在」ということになりますが
命題そのものが成り立つのか?という意味だったら
証明方法がいくつあっても
「成り立つ」ということで解は一個でしょう.

ということで,質問者さんへの回答としては
立場や前提に応じてどのパターンもありうる
ということでしょうか

No.7さんがおっしゃってるのは
ゲーデルの第二不完全性定理と呼ばれるものの
お話です.ややこしいのですが,

自然数論(の一部)が構築できる公理体系Tおいて
Tが無矛盾であるならば,
T自身ではTの無矛盾性は証明できない

という話です.
#T自身で無矛盾性が証明できたならば
#Tは無矛盾ではない・・・

これはゲーデルの第一不完全性定理の方が
有名でしょうし,今回の質問者さんの意図に
近いかもしれません
第一不完全性定理というのは

自然数論(の一部)が構築できる公理体系Tおいて
Tが無矛盾であるならば,
Tは完全ではない(Tの中の命題で,
真とも偽とも決定できないものが存在する)

というものです.
これによると,無矛盾ならば
正しいとも間違っているとも証明できない命題が
存在するわけで,まさに「正解がない」問題の
存在証明です.

話は混迷を極めるのですが,
現在の数学の体系というのは
``ZFC''と呼ばれるもので
これの無矛盾性が分かってない.
更に``ZF''という別の体系があります
ZFに選択公理(Axiom of choice)というのを
追加するとZFCになるのですが,
ZFが無矛盾であると仮定すれば
ZFC+「連続体仮説」も無矛盾だし
ZFC+「連続体仮説の不定」も無矛盾である
ということが知られています
この「連続体仮説」というのが
「正解のない問題」の一番有名な「候補」です.
#「候補」といってるのはZFが無矛盾ならば
#という仮定があるからですが,現実的には
#「候補」ではないでしょう.

他にもこういう「正解のない問題」は
そこそこ見つかってるようです.
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現代数学はその無矛盾性が証明されていないまま展開されています。

この無矛盾性は証明できないことが証明されているようです。もし数学に矛盾があれば全ての命題が真でもあり偽でもあることになり結論が一つでなくなります。
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こんにちは。



「数学は答えが一つ」という表現は、答えが一通りしか無いという意味ではないでしょうか?

つまり、
「答えの候補が複数あってどれともいえない(例:x=-1,1)」
「答えが無い(解なし)」
「正解がありすぎて記述できない(例:0<x<6)」
というのもそれぞれ一つの結果に集約されます。
誰がいつ何処で答えても同じ結果(解が無い問題は誰が答えても解が無い)になります。
ですので、「数学は答えが一つ」という表現は間違いではないと思います。

しかし、理科も社会もそうですよね。
国語や英語も言い回しに幅があるだけで答えは一つです。
数学は極力主観性を省いた学問だと思いますので、
論理的(=理屈っぽい、堅苦しい)イメージがあるのではないでしょうか?
そのせいで紋切り型の回答・解法の代名詞になっているのでは?
でもゴールは一つでも解法はいくつもあります。
数学は数字を用いた哲学ですので。


人生の悩みに対する答えは、数学と同じで複数あったり無かったりするものですが、
その人が辿れる人生としては一通りしかないとも言えます。
その道としてはエレガントなものや泥臭いものがあるでしょう。
道中はどうあれ、結果的にゴール(幸せ)にたどり着ければハッピーだとは思います。

ご参考になれば。
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X+Y=6


X、Yが正の整数と条件をつけても、
(X,Y)=(1,5)(2,4)(3,3)(4,2)(5,1)
これだけありますよね。

正解を記述できなくなり、数を新しく定義した云々は、参考URLに詳しいです。

私は、数学についての読み物は楽しめても、学問としての数学に対して頭を拡張できなくなって、挫折した人間ですが。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B0
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ほとんど言葉あそびのような感じですが:


「正解が存在しない問題」に対しては, 「正解が存在しない」というのが (唯一の) 正解である, とも言える.
ここまでメタな議論をしてしまうと「必ず正解が (唯一) 存在する」ことになるんだけど.
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「x^2 = 1 を解け」


正解はx=-1と1の2つ

「x^2 = -1 を満たす実数xは?」
正解は存在しない
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