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お世話になります。
英語を母国語とする人が、「水が寒い」と言ったので
「同じ『cold』でも、水の場合は『寒い』じゃなくて『冷たい』だよ」と指摘し、
「空気や気体は「寒い」、液体・固体の場合は「冷たい」」と補足しました。

しかし、よく考えてみると「風が冷たい」などの表現もあります。

温度が低いという意味の「寒い」と「冷たい」の使い分けは、どう説明すればよいでしょうか?

英語に訳すか、日本語初心者に日本語のまま説明するかしますので、平易な文章で
ご回答いただければ幸いに存じます。

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A 回答 (13件中1~10件)

「寒い」「暑い」は気温に使います。



人工的に冷却や加熱した場合は、たとえ空気でも「冷たい」「熱い」を使います。
また風のように肌で感じ取る場合は、「冷たい」「熱い」を使って、実感を伝えます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かにエアコンから出てくる空気のように人工的に加熱・冷却したものは「冷たい」「熱い」を使いますね。
(coldの意味の)「寒い」は気温だけに使うのか、検索してみます。

お礼日時:2014/07/19 14:44

#8です。



>「寒」の歴史的経緯は、日本語初心者に対しては混乱させそうなので省きたいと思いますが、…
 :
これを省いたらそもそもの意味が通りません。
漢語の歴史において「寒」と「冷」が類語であったことに触れましたが、和語においては次のような流れがあります。
まず奈良時代において「冷(さ)む」は「熱が去る」意味の自動詞でした。
そして次のような強調構文を経て独自に形容詞が生成します。

「肌し、冷む-し(私の肌、それが、何もなくて冷える) ⇒ 寒(サム)シ
大和し、潤(うる)は-し(大和の国、それは、山河緑に潤っている) ⇒ 愛(ウルハ)シ
心し、甚(いた)-し(私の心、その心が、堪え難くいたむ) ⇒ 痛(イタ)シ」
引用:吉田金彦「国語意味史序説」明治書院

ですから、現象の動詞「冷む chill」で齎された事態「冷(つめ)たい cold」が、特に私の肌には状態動詞「冷(ひ)える get cold」となり、そのことを限定的に形容するため生まれた語句が「寒(サム)シ chilly/cold」なのだ、と。
そして、この場合の「肌し、冷む-し」を齎す力は冬という季節のそれであり、延いてはそれに準じた気象条件なのだ、と。
その結果詩歌においては「寒」は冬の季語として既に千年余の歴史を閲しているものです。

このことが総てだという積りではありませんが、「肌冷 ⇒ 寒 =冬の季節」という側面を無視されず日本語初心者にも教えていただだけたらと念じます。
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この回答へのお礼

再度の回答ありがとうございます。
相手が日本語初心者で詩歌や古語よりも、日常会話のほうがということも考えて、
今回の説明は二つの形容詞の使い分けだけに限定しました。
もう少し、相手が上達したらぜひ参考にさせていただきたいと思います。

お礼日時:2014/07/25 06:46

 似た言葉の違いを調べるには、類語辞書をおすすめします。


 うまくヒットすると、それだけで解決します。ご質問の場合はひと手間かかります。
 意外なことに、「寒い」と「冷たい」は類語の扱いにはなっていません。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/12991/m0u …
 冷たい(つめたい)/冷え冷え(ひえびえ)/ひんやり
 に共通するのは「★物の温度が低く、触れると熱を奪われるように感じる」こととのことです。
 解説中に「冷たい」と「寒い」が出てきます。
〈「寒い」が、不快な感じであるのに対し、「冷たい」は、快い場合にも不快な場合にも用いる〉

 今度は「寒い」をひきます。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/12988/m0u …
 寒い(さむい)/肌寒い(はださむい)/薄ら寒い(うすらさむい)
 に共通するのは「★気温が不快に感じられるほど低いさま」 こととのことです。

 No.11のコメントにもあるとおりです。
『空気や気体は「寒い」、液体・固体の場合は「冷たい」』ということです。
 さらに言えば、「寒い」は不快な場合限定で、快適な場合は「涼しい」になるのでしょう。

 ネット上には各種の辞書があります。主な辞書は下記をご参照ください。
【日本語関連のサイト集──辞書・誤用……etc.】
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n118359
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
日本語に訳してしまうと同じでも、元の日本語が類義語でない場合もあるんですね。
(この場合は、「clod」→「寒い」「冷たい」。まあ「寒い」に該当する英語もありますが...)
役に立つリンクありがとうございました。

お礼日時:2014/07/24 06:06

本質的には、


・寒い=温度の低さが体表面に留まる感覚。
・冷たい=温度の低さが体の内部にまで浸透する(かのような)感覚。
ではないでしょうか。

氷などに直接触ると、その温度の低さが体内にまで入り込んでくるかのような感覚になり、それを「冷たい」と言う。
触らずに、冷気だけを感じる場合は、皮膚感覚として温度の低さは感じても、体内にまで入り込んでくるという感覚ではないように思いますし、その場合は「寒い」。

「冷たい北風」「寒い北風」などは、どちらも言えますが、表現する本人が、その温度の低さを体表面的に感じているのか、体内にまで入り込んでくるほどのものと感じているのか、によって異なるのだと思います。

「寒い水」と言わないのは、水を体表面だけで感じるのは難しい感覚が人間には備わっているからでしょう。

こうした意味で、
『空気や気体は「寒い」、液体・固体の場合は「冷たい」』
というのも、まんざら間違いとは言えないでしょう。
空気や気体は表面的に作用しがちですし、液体・固体はさらに奥まで影響を及ぼしがちですから。
ただ、空気や気体でも、極端に温度が低かったり、強く吹き付けてくるような場合には、もはや空気・気体という表現がそぐわないほどの力を持つことがあり、その場合には、空気・気体という概念とは一線を画した状態で感じてしまうものだ、ということだと思います。
  
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
おっしゃっている感覚に関する部分がカギになりそうですね。

お礼日時:2014/07/22 17:30

エアコンの冷たい風で部屋が寒くなった。



つまり、全身で感じるのが寒い、体の一部で感じるのが冷たい、です。
エアコンの風が冷たいかどうかは、顔や露出している腕、脚、肩、背中など体の一部で感じ取っています。

外国の方はよく風邪をひくと、足湯をします。
足は熱いお湯で確かに暖かくても、全身の寒気はとれません。
このときに感じている寒気が健康な時に周囲の冷涼な環境からくる感覚と同じですから、この感覚を寒いというのだと言えば分かるかと思います。
足湯を使いながら、薬をのむために、手にもった水をいれたコップは冷たいコップということになります。

暑いと寒いの間の「涼しい」を説明してもわかるかと思います。
「涼しい」はあくまでも全身が受ける感覚にたいするときにのみ使われる言葉ですから、涼しいよりももっと低温に感じる時を寒いという、と説明されてもよろしいかと思います。
「涼しいげな水」という風に叙情的表現で使われることはあります。
これについては、冷たい色、暖かい色、と同じ使い方だと言えば分かるかと思います。

但し、水の場合は、常に冷たいが使われます。
シャワーの水は、常に熱い、冷たい、ぬるい、と使われて、寒いシャワーとは使いません。
「プールの水が冷たい」「冷たい海の中」などと使われます。
寒い水とは使いません。

寒い海は、詩などの叙情的装飾文以外では使いません。
寒い北国の海、寒い冬の海 という使い方となります。

感覚を表現する言葉を言葉だけで説明するのは、至難の業です。
同じ感覚を受けるであろう、状況を説明したほうが、より的確に伝わるかと思います。

蛇足
日本語には寒暖自知という言葉があります。
教えなくても体験すれば分かる、という意味です。
逆に言えば、体験しなければ分からいことを指して使います。
理屈で理解しても理解したことにはならない、体験して初めて理解できる、というようなニアンスで使われます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/07/22 17:29

NO4です。


ドライアイスの場合も、間違えて触って、まず、手が温度を感じますね?それは「冷たい」なのです。皮膚が感じる感覚、そのものが「冷たい」。対して、「寒い」は、その感覚を心がどう思うかです。
客観的と主観的。これが一番わかりやすい区分でしょうか(日本語初心者にはどうかわかりませんが)。

温度の話から離れますが、「あの人は冷たい」と「心が寒い」。前者は、自分への仕打ちなどから、客観的に、相手の心の温度を探っていいるようなものです。後者は、自分が冷たい境遇にあるのを主観的にとらえて、悲しむ意味で言っているのです。
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この回答へのお礼

再度の回答ありがとうございました。
説明には難しそうですが、是非参考にさせていただきたいと思います。

お礼日時:2014/07/22 17:27

1)物品の温度(形容詞)


冷(つめ)たい ⇔ 温(あたた)かい
(cold)  ⇔  (warm)

2)気象の温度(形容詞)
寒(さむ)い ⇔ 暖(あたた)かい
(cold/chilly) ⇔ (warm/mild)

3)身体の感覚作用(自動詞)
冷(ひ)える ⇔ 温(ぬく)もる
(get cold)  ⇔  (get warm)

もともとは「寒(北方での乾燥し物が乏しい氷のつめたさ)」にも「冷(澄み切ったつめたさ)」同様に「つめたい」意味がありました。
・風蕭蕭として易水寒し。
・冰(こおり)は水これを為して、水よりも寒し。

ただ「寒」の方は二十四気の一つとして、わが国では古来「寒の入り・寒の明け」「寒波」など季節の表現としてきた事情から、特に気象での温度変化に関わってきました。
ですから直接的に季節や気象現象に及ばない対象は、物品はもちろん単独での空気や風も「冷たい」と呼びます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
「寒」の歴史的経緯は、日本語初心者に対しては混乱させそうなので
省きたいと思いますが、「季節や…」などの説明はよさそうですね。

お礼日時:2014/07/22 17:25

    思い出したことがあるので、これもまた寝言です。



    「乾風」とかいて「あなぜ」と読みます。(下記)
    http://www.47news.jp/feature/sake/2010/03/49.html

    長崎の祖父母から聞いた諺に「さぷか北かじぇ、ちんたかあなじぇ」というのがあり、(寒い北風、冷たいあなぜ」という意味です。なんだかこんな所に二語の区別の原点があるように思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
外国人に翻訳してあげるのは難しそうですが、自分自身の知識としては大変有効だと思います。

お礼日時:2014/07/19 15:01

 もう優れた回答があるにでこれは余分です。



    「寒いと冷たいの違い 英語」でググると、沢山出ます。國廣哲彌『構造的意味論 日英両語対照研究』 三省堂, 1967にもあったように思います。
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この回答へのお礼

良いキーワードを教えていただきありがとうございます。
「造的意味論 日英両語対照研究」は図書館に行ったけどありませんでした。

お礼日時:2014/07/19 14:59

体を抱えて震えて見せる。


そして、『これが寒い』と説明する。

それ以外の温度が低いことが『冷たい』

多分言葉を駆使して説明するより一番通じると思う。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
とてもいい回答だと思うのですが、相手が今アメリカにいるので出来そうもありません。

お礼日時:2014/07/19 14:52

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Q「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか

「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか。どのように使い分けるのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「楽しい」は、何かを行うことに対しての感覚。
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「嬉しい」の反対語は「悲しい」。
「楽しい」の反対語は分かりません。「楽しくない」かな。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/3622/m0u/%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%81%84/

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
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(1) 体言には「ぐらい」が付く。
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(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q友達と会う、友達に会う

Today I am meeting my friend

今日、私は友達に会います。

今日、私は友達と会います。

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に、と、はどちらが正しいですか?

お願いします

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どちらも正しいのですが、表現する内容に違いがあります。

『辞書には書かれていないことばの話』(岩波書店)より。

「相手を表す名詞がニ格で現れた場合は、主体からの一方的な働きかけを表し、ト格で表示された場合は、主体と相手との双方向からの相互的な働きかけを表す。

 1 王様はアンナと恋をした。
 2 王様はアンナに恋をした。

1は、王様が相手のアンナに恋をしているだけでなく、相手のアンナもまた王様に恋している、という相思相愛の恋を表している。それに対して2は、王様が相手のアンナに一方的に恋していることを表しているだけで、相手のアンナが王様に恋しているかどうかについては何も分からない、という片思いの恋である。」とあります。

ですからご質問の
「友達に」の方は「私が(一方的に)会いに行く」
のに対して
「友達と」の方は「(約束などをして)相手も自分に合う意志がある」
となるのではないかと思います。外人さんに通じますでしょうか?

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たとえば、「あした」であれば、なにもつけませんよね。
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 amitoさん、こんにちは。
 
 まず、時間を表わす言葉の品詞を考えてみますと、「今日、去年、この夏、来週、あるとき、むかし、今、現在、このごろ…」などは「(時間の)名詞」です。そして、この「時間の名詞」は文中で「副詞」によく似た働きをすることがあります。

 「は」、「も」、「に」などの「助詞」に関してですが、日本語の助詞には「副助詞」、「格助詞」、「終助詞」、「接続助詞」があります。
 
 さて、時間を表わす言葉に助詞がつくのかつかないのか、あるいは、つくとしたらどんな条件の元でつくのかということですが、まず、時間を表わす名詞が副詞的に用いられている場合は「格助詞である『に』」はこれらの語の後にはつきません。
 『あした公園へ行きます』
 この例文では「あした」が副詞的に用いられていると考えられるため、後に「に」は不要です。

 ただ実際には、この副詞的に働く「時間の名詞」の後に「に」がつくものとつかないものが存在し、これにはある一定の法則があり、我々日本人は普段意識せずに使い分けているのですが、この点は外国人日本語学習者が迷う点の一つですので、注意が必要です。下に少しまとめておきます。

 1)「時間の名詞」が単独で副詞的に用いられる場合は、後に「格助詞・に」はつきません。例:「おととい」、「昨日」、「今日」、「明日」、「あさって」、「毎日」、「先先月」、「先月」、「今月」、「来月」、「再来月」、「先々週」、「先週」、「今週」、「来週」、「再来週」、「おととし」、「去年」、「今年」、「来年」、「再来年」など。
 2)「時間の名詞」が複合の形をとる場合、例えば、「おととい」という時間を表わす名詞にさらに「朝」という時間を表わす名詞がついて「おとといの朝」などという形になる場合はやや複雑で、「あしたの昼、テニスをします」と助詞を伴わずにも使われますし,「あしたの昼に、テニスをします」と助詞を伴っても使われます。この二つの文の場合ですが,意味的には実は違いがありません。「に」を伴うことによって「強調」を表わしていると思われる傾向にあるようですが,この場合の「に」は「格助詞」として「より顕著な副詞表現に属することを表わしている」に過ぎません。仮に「あしたの昼、テニスをします」という文の「あしたの昼」を強調するのであれば、「あしたの昼は、テニスをします」と「副助詞・は」が使われます。この「副助詞・は」の働きは「判断の対象や叙述の内容がその範囲内に限られている」ということを表わし,つまりは「他の日ではなく明日」というように限定の意味を加え、そして強調の意味を加えています。「明日の昼も、テニスをします」と「副助詞・も」を使うこともできます。「副助詞・も」には「類似した事柄を列挙したり、同様の事柄がまだあることを言外に表わしたり」する働きがあり、昨日も今日もテニスをしたが明日もテニスをするという「類似あるいは同様の事柄の列挙」を示しています。
 
 a)つまり、「時間名詞」が単独で副詞的に用いられる場合には「に」などの「格助詞」はつきません。
 b)時間を表わす名詞が複合形で用いられる場合には、「に」がつく形も「に」がつかない形も存在し,「に」がつくかどうかは日本人の間でも揺れが見られるので、各個人での判断に違いがあるのが現状です。
 c)ただし、「昨晩」、「夕べ」、「昨夜」、「今晩」、「今夜」、「明晩」、「毎晩」、「毎夜」、「今朝」、「明朝」、「毎朝」、「(先週/今月/来年etc)末」という一種の複合形の例では「に」がつきません。
 d)「時間名詞」に助詞がつく場合は、その助詞が「副助詞」であり、なおかつ、「時間名詞」は副詞的に用いられているのではなく、本来の「名詞」として用いられていると考えることができます。
 e)また、同様に時間を表わす名詞で「四季の名称」や「曜日名」にも、「格助詞・に」がつく場合とつかない場合があります。

 少し分かりにくい説明になってしまったかも知れませんが、お役に立てれば幸いです。

 では、失礼いたします。

 amitoさん、こんにちは。
 
 まず、時間を表わす言葉の品詞を考えてみますと、「今日、去年、この夏、来週、あるとき、むかし、今、現在、このごろ…」などは「(時間の)名詞」です。そして、この「時間の名詞」は文中で「副詞」によく似た働きをすることがあります。

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Q「行く」と「来る」の違い

 Aさんは現在アメリカで暮らしています。ある日、日本のお母さんに電話をかけてこう言いました。
「私、もうすぐ(日本に)帰って来るから。」
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Aベストアンサー

自分のいる場所で考えます。
今の場から出るのは、「行く」。
他の場所から、そこに入るのが、「来る」です。
「兄がもうすぐ帰って来る」
と言うのはよいですが、最初の例は、自分ですから、
「私は、もうすぐ帰る」
となります。
次の例は、自分の居場所から出かけるのですから、
「持って行く」です。

最近、おかしな日本語が町中にあふれていますから、混乱しますよね。
でも、友達にはおかしいと言ってあげてください。

Q「たら」「れば」「なら」の使い方

わかりづらいタイトルですいません。
実は日本語を勉強中の中国人から「たら」「れば」「なら」の使い方がわからないとの質問を受けたのですが、私自身明確な回答がだせません。
〔例〕
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・雨が降ったら、洗濯物が干せません。
・雨が降るなら、洗濯物が干せません。
このようにニュアンスが多少違う程度で、どれも同じような内容になると思います。
外国人に対してこのような場合の「たら」「れば」「なら」の使い方を説明すればよろしいでしょうか?

Aベストアンサー

「たら」「れば」「なら」には、本来的には以下の(1)、(2)、(3)のような違いがあると思います。ただ、慣用的には、その違いが不明瞭になり、同じような意味で使われてしまっているというのが現状だと思います。ですから、例に挙げられたものについては、慣用的視点での意味の違いはあまりないでしょう。

(1)「れば」は、現在形の仮定です。この仮定は、普通の仮定です。
(例)気温が下がれば、寒くなる。

(2)「たら」は、過去形の仮定です。2つの用法があります。一つ目は、過去に起こったことに対する仮定です。すなわち、現実には起こらなかったことに対する仮定です。
(例)もし、彼が事故に合わなかったら...(実際には事故に合った)

もう一つの用法は、現在、または、未来に対する仮定です。この仮定は本来は、実際には起こる可能性が非常に低いこと(あるいは、感情として絶対起こって欲しくないこと)を仮定する場合に用います。
(例)もし、彼が死んだら、生きていけない。
(例)もし、空を飛べたらどんなに楽しいだろう。

(3)「なら」は、「動詞等終止形+(の)+なら」あるいは「名詞or名詞句」+「なら」として使います。意味的には、仮定というより、「~~の場合は」的な意味になります。
(例)赤なら止まれ、青なら渡れ。
(例)飲むなら乗るな、乗るなら飲むな。
(例)歩くなら良いが、走るならごめんだ。

以上の3つの違いを中国の方に説明する場合は、以下のような関係になると思います。

(1)「れば」=如果(ruguo)
(2)「たら」=万一(wanyi)
(3)「なら」=的時候(deshihou)

以上です。

「たら」「れば」「なら」には、本来的には以下の(1)、(2)、(3)のような違いがあると思います。ただ、慣用的には、その違いが不明瞭になり、同じような意味で使われてしまっているというのが現状だと思います。ですから、例に挙げられたものについては、慣用的視点での意味の違いはあまりないでしょう。

(1)「れば」は、現在形の仮定です。この仮定は、普通の仮定です。
(例)気温が下がれば、寒くなる。

(2)「たら」は、過去形の仮定です。2つの用法があります。一つ目は、過去に起こったことに対する仮...続きを読む

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本屋でもフランス語版だと日本語を勉強する教材はひらがながよめることを
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動詞などもひらがなの仕組みをしらない人と知っている人では
覚える速さも異なるように思えます。

ちなみに授業はスカイプを通してインターネット上で行っています。

教材やいいアドバイスなどあればぜひ教えていただきたいです。

宜しくお願いします。

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Aベストアンサー

ひらがなを覚えようとする学習者もいれば、“話したい”という目標の次にひらがなという学習者もいますよね。

私は、知り合いのロシア人の大学生が、「日本語を教えて」とたまに言ってきます。
彼は、アニメが大好きで、独学でひらがなを学んだことがあり、書けなくて読めないものもありますが、話す能力と聞く能力が独学とは思えないほど高いので、口頭で教えやすいです。
一方、キルギスの女の子も日本のアニメが大好きで外国語が堪能なのですが、やはりひらがなが全く読めず、語彙も少ないため、教えるのが大変です。

「話したい」ということだけが目標の学習者にも、まず初級の場合は何か教科書を使いになることお勧めします。
フランスには行ったことがないので、私はフランスの日本語教育事情がわかりかねるのですが、書店などで何か教科書は売っているのではないでしょうか?
私はネット上で授業を行った経験はないのですが、教科書があると、ネット上でも学びやすいかなと思います。


あまりアドバイスになってなくて、申し訳ないです。


私は以下のサイトを時々利用します。お役に立つかどうかわかりませんが、参考までに。
頑張ってくださいね(^-^)

『みんなの教材サイト』
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ひらがなを覚えようとする学習者もいれば、“話したい”という目標の次にひらがなという学習者もいますよね。

私は、知り合いのロシア人の大学生が、「日本語を教えて」とたまに言ってきます。
彼は、アニメが大好きで、独学でひらがなを学んだことがあり、書けなくて読めないものもありますが、話す能力と聞く能力が独学とは思えないほど高いので、口頭で教えやすいです。
一方、キルギスの女の子も日本のアニメが大好きで外国語が堪能なのですが、やはりひらがなが全く読めず、語彙も少ないため、教えるのが大変...続きを読む

Q「いずれか」と「いづれか」どっちが正しい!?

教えて下さいっ!
”どちらか”と言う意味の「いずれか」のかな表記として
「いずれか」と「いづれか」のどちらが正しいのでしょう???

私は「いずれか」だと思うんですが、辞書に「いずれか・いづ--。」と書いてあり、???になってしまいました。
どちらでもいいってことでしょうか?

Aベストアンサー

「いずれか」が正しいです.
「いづれ」は「いずれ」の歴史的かな遣いですので,昔は「いづれ」が使われていましたが,現代では「いずれ」で統一することになっていますので,「いずれ」が正しいです.

Q「好き」は動詞

何気なく「好き」は動詞だと思いますが、伸ばすと「ウ」になりませんね。好きは動詞ではないんでしょうか?好むがあり、名詞化して好きが名詞なのに動詞的に使われているだけなのでしょうか?

Aベストアンサー

zihard99さん、#8です。
まだ締め切られていなかったので、ちょっと調べてみました。

辞書によっても、「好き」の解釈が違うみたいですね。
名詞・形容動詞とする説、動詞「好く」の連体形とする説の両方ありますね。
ちなみに、私の辞書では「好く」は他動詞・カ行5段活用の動詞となっています。

http://www.bekkoame.ne.jp/ha/kyle/honyakulife/honyaku07.htm

このページでも頭のほうで、
ところで好きという形容動詞は、動詞「好く」が語源となっているが、今では「好く」は死語であると述べています。
そういえば「好く」ってあんまり言わないですね。
でも「あいつは虫が好かん奴だ」なんかは言いますよね。

http://d.hatena.ne.jp/Tskk/200401

このページでは、「好きです」の説明もしてありますが、
「好き」「嫌い」には、それに対応する動詞「好く」「嫌う」があるが
現在では「好く」はあまり使われていない。
その代わりに「好き」という形容動詞を、動詞的に使っているのではないか、という説明です。
日本語って難しい?というタイトルですが、本当にそのとおりだと思います。
「好き」「嫌い」という言葉の特殊性もあるのかも知れないですね。

http://www.melma.com/mag/22/m00012422/a00000284.html

ちなみに、大阪弁では「好く」はれっきとした動詞である、というページまでありました。

http://www.interq.or.jp/osaka/inside/osakaben/bunpou.html

一般的には、「好く」はもう古い言葉かなあという気がしますが
昔の小説なんかでは出てきたように思います。
長くなってしまいましたが、ご参考になればうれしいです。

参考URL:http://www.bekkoame.ne.jp/ha/kyle/honyakulife/honyaku07.htm

zihard99さん、#8です。
まだ締め切られていなかったので、ちょっと調べてみました。

辞書によっても、「好き」の解釈が違うみたいですね。
名詞・形容動詞とする説、動詞「好く」の連体形とする説の両方ありますね。
ちなみに、私の辞書では「好く」は他動詞・カ行5段活用の動詞となっています。

http://www.bekkoame.ne.jp/ha/kyle/honyakulife/honyaku07.htm

このページでも頭のほうで、
ところで好きという形容動詞は、動詞「好く」が語源となっているが、今では「好く」は死語であると述べて...続きを読む


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