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映画を見てると黒人の召使と関係良好な旦那様やその一家なんかが出てきます

実際にそういうのはありえたんでしょうか?

奴隷の悲惨さが伝えられていますが実際はどうだったんでしょうか?

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A 回答 (5件)

 アメリカ合衆国南部においてご存じのように白人入植者が農園開発をする際の


労働力として黒人を奴隷的に使役しました。

 ここで重要なのは黒人奴隷を購入する白人は2つに大別されるということ。
一つは「アンクルトムの小屋」にみられる大農場主たち。この物語では、
比較的に優しい扱いをする白人農場主一家なのですが、トムはお嬢様の行為に
侮辱を感じました。それは彼女が部屋にトムを呼んで招き入れた時に下着姿で
平気だったこと。つまり彼女はトムに親切で優しくはあったけれど人間扱いは
していなかった。人間扱いしなければ人はいくらでも残酷になれるのは自明。

 片方、貧しい白人農園主も多くいた。彼等にとって一人の黒人奴隷を買うのは
全財産をなげうつほどの行為で黒人奴隷は貴重な存在。衣食住を共にして共に
何十年も働く仲となる。自然人間らしい感情の交流があったでしょう。
 奴隷状態で給与無しの強制労働で人生を終えさせられた黒人は悲惨としか言い
ようがないけれどそれでも黒人同士、優しい白人との交流は温かいものであったはず。



 
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この回答へのお礼

なるほど
馬とか牛でも大事に扱う農家があるのと同じなんですねきっと

労働力とだけ見ている人もいた、と

少しづつ分かったきました

ありがとうございます

お礼日時:2014/11/22 23:25

>黒人奴隷と良好な関係の持ち主もいた?



全うな意味の「良好」はいないでしょう。

何故ならその当時は、「黒人を人間扱いしてはならない時代」だったからです。
例えば、両者同意の恋愛であっても、白人と黒人が性行為を行う事は犯罪でした。

要するに、黒人は猿のような存在で(言っておくが、黒人に限らず有色人種がそう)そう言う「動物」を自分たちと同じように思っている人は「異常」です。

稀に、そのような「異常」な主人がいたかもしれませんが、ドラマや映画で描かれているような人がどれだけいたかははなはだ疑問である。ワシントンはアメリカの英雄ですし、非常に人間味のある人物と言う形で後世が書き記していますが、有色人種に対する扱いは悪党そのものですが、そう言う事は一切伝えません。それがアメリカの歴史です。脚色します。



特に、そう言う脚色が横行しているのが、アメリカの映画です。歴史的に黒人奴隷を「まだマシ」な扱いをした人物を、ドキュメンタリー風に映画化すると「今の価値観で、人間として対等な関係」で描かれますが、かなりの脚色がはいっていると考えたほうが良いです。



別に、対等に黒人と付き合うからといって、恋愛関係にもならなければセックスもしない場合は大いにありますが、「人間として対等な関係」とは、その可能性があってもおかしくない関係です。現在の白人、黒人関係はそう言う関係です。

しかし当時は考えられない。

あの当時からすれば、黒人とのセックスは、家畜の豚や牛とセックスするようなものです。はっきり言って、あの当時の社会の価値観では、「黒人を人間として対等な関係」でいられる白人は「変人」です。

あり得ません。
あるとすれば、現在の愛犬や愛馬と主人の関係です。

黒人奴隷を愛犬や愛馬と同じように扱った主人は、当時からいたかもしれません。
ただ、映画のような「人間として対等な関係」は次元が違います。あり得ません。
(変人は除く。)


これは当時の白人社会が悪党という話ではなく、そう言う価値観だったと言う話です。
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 「風と共に去りぬ」では黒人のメイドがスカーレットのお世話をしていますね。


あんな立場の女性はいたのではないでしょうか?
 でも人間とは扱われなかった。
 十五少年漂流記に黒人がいるのをご存じでしょうか?
みんな平等に話し合いで決めることになりますが黒人の少年だけは投票権がありませんでした。
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この回答へのお礼

まさに今日風とともに去りぬ、を見ての疑問でした

確かに地位が低い事にはかわりないですよね

お礼日時:2014/11/22 18:06

時代にもよりますが、確かにそういうことはあり得ました。



ただ結局のところ主人の性格に依存する上、奴隷の地位が低いことに変わりはないんですよね。

またアンクル・トムの小屋が「流行り」、奴隷解放運動が活発になった時、
「奴隷と主人の良好な関係を描いた本」も結構出ているんですよね。
もちろん社会的に黙殺されましたが。

奴隷問題というのは実に根深いのです。
そもそも奴隷とは何か、というところから考えないといけない。
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「風と共に去りぬ」の原作を読むと、黒人奴隷の中にもヒエラルキーがあったようですね。


一日中綿を摘んでいる「悲惨な」奴隷もいれば、お嬢様方の「しつけ係」として君臨する黒人奴隷もいたり。

南部で今でも実家は巨大な農場をやっているというアメリカ人と話したことがありますが
「ずっと家を取り仕切っている黒人一族がいて、奴隷解放の時も家から出て行かなかったらしい、今はきちんと給料を払って『執事』になってもらっている。父親より怖い。」
と言っていました。ものすごいお金持ちでしたけど。
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この回答へのお礼

まさに今日風とともに去りぬ、を見ての疑問でした

確かに黒人の中にもランクがありましたね

お礼日時:2014/11/22 18:05

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Qアメリカの奴隷制度の実態について

アメリカの奴隷制度の実態はどのようなものだったのか教えて下さい。

僕は歴史に全然詳しくないので、これは素人の質問であることをご了承ください。


アメリカで奴隷制度が廃止される前の黒人の生活実態はどのようなものだったのですか?

例えば奴隷制度といっても、実際には働いた分賃金をやり取りする雇用形態の形をとっていたのですか? それから黒人の労働市場は誰がどんな形で取り仕切っていたのですか?

それからもう1つ疑問なのが、現代日本の感覚で「奴隷」と言うと、完全に人権のない家畜のような扱いを受ける存在という意味で使われたりしますけど、本当にそんな扱いを受けていたのですか?

「風と共に去りぬ」とかを読むと、確かに当時は白人と黒人の身分が違う社会だということは明確に分かりますけど、案外、白人と対等に生活している黒人もいたりして、少なくとも今の日本人がイメージする「奴隷」というのとは大分違うのかなあと疑問を感じました。

Aベストアンサー

アメリカの奴隷制度を語るためには、古代からつづく地中海世界の奴隷制度を確認しておく必要があります。

紀元前の時代から「奴隷制度」というのはありふれた制度であったといえます。奴隷の多くは、アテネなどの都市国家から離れたアフリカ大陸や未開なゲルマン民族やスラブ民族であったものの、都市国家間で戦争がおき、負けたほうの市民が奴隷として売られることも多くありました。
また海賊などが船を襲ったときに、人質となった人々のうち金持ちは地元から身代金を持ってきてもらって引き換えに開放されたのですが、身代金を払えない人々は奴隷商人が買い取って、地中海から離れた中近東などに売っていたようです。

これらは1世紀ぐらいには、かなり高度に組織化されており、ローマ帝国の奴隷にはアフリカ出身の肉体労働者から、ギリシャ出身の教師の奴隷や医者の奴隷なども居たようです。また、奴隷には賃金がある程度払われており、それを元手に儲けあるいは宝くじを当てるなどして、主人にお金を払い奴隷身分から開放されたようです。
 
 またプランテーション的な農業が多かった地中海世界では、奴隷は労働力として必要だったものの、積極性は皆無だったため、馬牛などを使った場合の生産性と奴隷を使った場合の生産性について議論した同業経営書などもあったようです。

いずれにしても「奴隷」の地位は、主人の所有物であり、馬や牛などの家畜と変わらない存在でした。3世紀ぐらいの奴隷の価格は30万円前後であり、家畜を飼うほうがいいか奴隷を飼うほうがいいか、というものだったと思います。


時代が下がって中世のヨーロッパにも奴隷性が残っていました。この奴隷性の特徴はほぼ古代と変わらないのですが、供給先がアフリカとスラブ民族に変化していきます。また、当時のヨーロッパは相対的に貧しい地域でしたので、中近東などから宝飾類やスパイスなどの輸入に対して、奴隷を代金代わりに払っていたようです。
アラブ諸国では、白い肌が珍重されるために特に女性は高値で買われていたようですが、これは現代のニュースにも同じ側面が出ています。

わずかな金額で買われる少女予たち:http://japanese.ruvr.ru/2012_11_29/96332677/

アメリカ合衆国が独立すると、ほぼすぐに黒人奴隷が供給されるようなります。このときに供給したのはヨーロッパに存在する奴隷商人だったことでしょう。
アメリカは広大な土地があったため、労働力がいくらでも必要だったからです。

奴隷制度そのものもヨーロッパの制度とほぼ変わらなかったと思います。重要なのは
・奴隷は主人の所有物であること
・奴隷の子供も奴隷であること
・奴隷の生殺与奪権は主人にあること
です。

先ほど書いたように、奴隷の労働力を向上するためには多少の娯楽必要になりますので、小遣い程度の賃金を与え、日常的な楽しみは享受できた、という場合も多いようです。
しかし、アメリカ南部のなにもないプランテーションで働く奴隷には、娯楽もなにもなく掘っ立て小屋で寝起きをする暮らしの人々もいました。
 これらの処遇は、主人の資質によるところが大きく、それは古代から同じでした。

アメリカの奴隷制度を特長つけているのは、黒人法という法律でしょう。アメリカには独立当初からわずかですが自由人としての黒人がおり、また奴隷から解放された黒人もわずかながら増えていきました。
 ヨーロッパでは(実際に差別がなかったとはいえませんが)、肌の色で差別する法律は無かったのですが、アメリカには黒人法(black code)が制定されていました。

この法律が制定されたのは、皮肉なことに奴隷解放を是非とした南北戦争の後のことであり、憲法で奴隷制を廃止したのにも関わらず、黒人法で差別することになっていったのです。

つまり、私たちの知っている奴隷制というは、南北戦争までの「主人が所有する」という奴隷性と、戦後の黒人法による実質的な差別の二つに分かれます。

以後は黒人法による「実質的な奴隷制」の継続の根幹です。
黒人法は多岐にわたる法律の総称なのですが、その内容は
・選挙権の実質的な剥奪 投票税などで黒人の投票権を縛った
・異人種間の通婚の禁止 白人と黒人が結婚することを禁止した
・教育の分離      白人と黒人は教育する場所を厳密に分離された。
・公共施設の隔離    鉄道・バス・レストランなどの場所を分離した。
・武器の所持や夜間外出の禁止
・徒弟法        黒人が労働する際に、お礼奉公を義務つけるなど、実質的な職業の自由を奪った。

これにより、黒人は白人とは違った「2級市民」の扱いをうけ、特に南部の奴隷出身者は、実質的にそのまま主人の元で働くことを余儀なくされました。
また、黒人が自立して働き、個人の権利を確立することはかなり難しかったと思います。特に教育で差別され、賃金や選挙権で差別されているのですから、実質的に奴隷と同じだったといえます。
ただし、元々自由民だった黒人も少数ながらいましたし、北部では(黒人が元々少ないが)かなり自由に生活が出来ていたといえます。

これらの黒人法は1866年(南北戦争終戦の翌年)から数年で公布され、南部11州で常態化していきます。
これが解消されるのは1964年の公民権法が施行されてから、ということになり、この法律が施行されてからまだ50年たっていないことになります。

今でも黒人差別は南部が激しく、北部は比較的穏やかです。しかし、それ以外にも黄色人種差別やヒスパニック差別などもあり、白人優位主義が消えたわけではありません。
 

アメリカの奴隷制度を語るためには、古代からつづく地中海世界の奴隷制度を確認しておく必要があります。

紀元前の時代から「奴隷制度」というのはありふれた制度であったといえます。奴隷の多くは、アテネなどの都市国家から離れたアフリカ大陸や未開なゲルマン民族やスラブ民族であったものの、都市国家間で戦争がおき、負けたほうの市民が奴隷として売られることも多くありました。
また海賊などが船を襲ったときに、人質となった人々のうち金持ちは地元から身代金を持ってきてもらって引き換えに開放されたの...続きを読む

Q白人はどうして黒人を差別するのでしょうか?

アメリカで黒人が白人に差別されたと
デモや暴動が起きているそうです。

どうして白人は黒人を差別するのでしょうか?

日本では、ボビーオロゴンやビリー隊長とか
大人気だし。野球でも黒人が大人気なのに
どうして差別されちゃうのでしょうか?

私にはどうしても分からないのでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 まずアメリカは国土が広大で地方分権も進んでいるので地方によって人々の考え方が大きく異なり、アメリカと一口に言っても州や地方によって差別の現状は大きく異なる事と、アメリカにおける人種差別をもって白人全ての人種差別を語る事はできない事を申しあげておきます(北部ヨーロッパやイベリア半島では人種差別差別はまた違う様相を呈しています)。
 それとビリー・ブロンクスは大学教育を経て社会的に成功している黒人で、ボビー・オロゴンはナイジェリアの富裕層の出身です。一般的に差別を受ける黒人系アメリカ人とはその立ち位置は大きく違います。
 アメリカでの黒人差別は様々な要素が複合的に絡まりあって成立しています。差別の原因となっている要素を幾つか列挙してみます。

・歴史的経緯
かつて白人は黒人をアフリカ大陸から連れ出し(多くの場合、奴隷化したのは現地のアフリカ人達なのですがややこしくなるので割愛します)奴隷として過酷な労働条件で使役してきました。これを根源的な原因として加害者だった自分達白人を黒人は憎悪しているのではないかと考え、それ故に黒人との共存や黒人の社会進出を苦々しく思う白人は常に一定数存在します。

・社会階層的経緯
多くの黒人系アメリカ人は依然として貧困層であり充分な社会進出を行えていません。白人全体における犯罪経験者の割合と黒人のそれを比べるのであれば前者が明らかに高い数値を示すでしょう。その黒人は非文化的で危険であるというイメージが一部のメディアによって増幅され、それに強く感化されてしまう白人が人種差別に走り、さらにそれがイメージに輪をかけるといった悪循環がアメリカ社会には存在します。

・文化的経緯
同じかつての黒人奴隷を導入した国でも南米などでは人種の混合が進み、人種差別などそもそもどれを差別すれば良いのか解らない程複雑になっている国もあり、これらの国では当然人種差別は殆どありません。
 これとは違いアメリカでは人種・文化の混合が行われませんでした。原因については不勉強なのでなんともいえませんが(カルバン主義やアングロサクソンの島国根性が関わっているのかもしれません)、一部の白人にとって黒人が“同じアメリカ人”では無く“国内に居住するよそもの”的な存在になってしまった事は否めません。

 まずアメリカは国土が広大で地方分権も進んでいるので地方によって人々の考え方が大きく異なり、アメリカと一口に言っても州や地方によって差別の現状は大きく異なる事と、アメリカにおける人種差別をもって白人全ての人種差別を語る事はできない事を申しあげておきます(北部ヨーロッパやイベリア半島では人種差別差別はまた違う様相を呈しています)。
 それとビリー・ブロンクスは大学教育を経て社会的に成功している黒人で、ボビー・オロゴンはナイジェリアの富裕層の出身です。一般的に差別を受ける黒人...続きを読む

Q黒人奴隷について

18世紀末にアフリカから年間5~8万人の奴隷がカリブ海や南北アメリカに連れて行かれたそうです。

私が疑問に思っていることは、どうして黒人は白人に対して抵抗をして、連れて行かれることを阻止できなかったのか、そして、なぜ多くの黒人を黒人の数よりも少ない人数の白人が支配できたのかということの2点です。

知っている方がいらしたら、どうか教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

黒人が連れて行かれる事を阻止できなかったのかという事については、白人の奴隷商人に黒人の支配者(国王や部族長)が、敵対する国や部族の黒人、自国に不必要な黒人を貿易の商品として引き渡すという奴隷貿易に加担していたという面があり、黒人の全てが奴隷貿易に反対の立場ではなかったという事があります。

当初、白人の奴隷商人はアフリカの黒人の国や、黒人の部族長にところに、交易品として帽子や銃や装飾品や布、食料を持っていき、奴隷が欲しいと要望すると、その国や部族長は社会に不必要な犯罪者を渡したり、他部族に戦争を仕掛けて捕虜を得てそれを渡したり、他部族の子供を誘拐して渡したりしました。その取引する規模が拡大するにつれて白人の奴隷貿易の拠点としての港がアフリカ沿岸に幾つも確保され、そこで黒人奴隷の取引が大々的に行われるようになり、黒人奴隷を供給する黒人の国や黒人の部族がその貿易で潤う事になります。
つまりアフリカの黒人は反奴隷貿易で一つにまとまっていたわけではなく、自国や自分の部族が潤うために、他の黒人を白人に奴隷として売り渡していた国や部族がいるという情勢でした。黒人が連れて行かれるのを阻止するどころか、同じ黒人が奴隷貿易に加担していたのです。だから阻止できませんでした。
ただし、この事に心を痛める黒人の国王もいました。コンゴのムベンバ王は1526年にポルトガル国王に奴隷貿易をやめるよう手紙を送っています。ただしその効果は全くなく奴隷貿易が止まる事はありませんでした。


なぜ多くの黒人を数の少ない白人が支配できたのかという点については、簡単に言えば武力による支配です。

アメリカ南部では1791年~1810年の20年間だけでも40もの黒人奴隷の反乱がありましたが、大きくなる前に鎮圧されています。以後も1831年のターナー暴動事件などが起こりましたが、これも軍が出動して100人以上の黒人を殺害して反乱が大きくなる前に潰されています。
訓練され優れた武器を持つ軍隊の前には、たいした武器を持たず組織化されてもいない奴隷の反乱の成功は難しいという事でしょう。

ただし奴隷の反乱が成功する場合もあります。それが1804年に独立を宣言したハイチです。
ハイチはフランスの植民地でしたがアフリカ黒人奴隷が反乱を起こし白人の支配から脱しました。
「ハイチ革命」とも言われます。

「ハイチ革命」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%81%E9%9D%A9%E5%91%BD
ただハイチ革命の場合はフランスが全力でハイチの反乱を鎮圧できる状況になかったという点もあるかと思います。

ところで、人口についてアメリカの場合一言言うと、黒人の人口が白人の人口を超えた事はありません。
アメリカは1865年に奴隷制を廃止しますが、その5年前の人口では白人は2692万人で黒人は444万人であり、白人にたいして黒人は約6人に1人程度の割合でしかいませんでした。
ですからアメリカの場合は多数の白人が少数の黒人を支配したというのが正しいかと思います。
なお、黒人のアメリカでの反乱は前述したように失敗していますが、白人の支配から抜け出すために逃亡するという手段があります。その逃げた黒人奴隷はかなりの数に上ります。
アメリカでは1830年~1860年までの30年間だけでも6万人もの黒人奴隷が逃亡しました。彼・彼女達は逃亡する事によって自由を獲得しようとしました。
この逃亡という行為こそ黒人奴隷にとって主要な抵抗形態だと言う人もいます。

黒人が連れて行かれる事を阻止できなかったのかという事については、白人の奴隷商人に黒人の支配者(国王や部族長)が、敵対する国や部族の黒人、自国に不必要な黒人を貿易の商品として引き渡すという奴隷貿易に加担していたという面があり、黒人の全てが奴隷貿易に反対の立場ではなかったという事があります。

当初、白人の奴隷商人はアフリカの黒人の国や、黒人の部族長にところに、交易品として帽子や銃や装飾品や布、食料を持っていき、奴隷が欲しいと要望すると、その国や部族長は社会に不必要な犯罪者を渡し...続きを読む

Qアメリカの南北戦争って結局は黒人奴隷の取り合いだったの?

様々な歴史書で紹介されていますが、アメリカの南北戦争は、黒人奴隷制に対する南北間の主張の対立が原因だったと聞きます。

つまりプランテーション農業に要する奴隷の固定化を主張する南部と、工業化が進み労働力の流動化が求められる北部という対立ですね。

子供の頃に読んだ偉人伝で、リンカーン大統領は黒人奴隷を解放しようとして南部に戦いを挑み、その結果勝利し、黒人開放へと歴史は進んだと教えられました。

でもハッキリ言って、当時小さいながらもアメリカ白人が黒人奴隷を解放するために、なぜ戦ったのか不思議に感じていました。  普通考えるとあり得ないですよね。  あまりにもキレイゴトすぎるというか ・・・ もし自分が北部の白人兵士だったら、黒人奴隷を開放するために戦場に行って南部の白人と戦えますか?

結局は62万人もの犠牲を出して戦争は終結したのですが、朝鮮半島のように同胞どうしが国内で戦う悲惨な歴史をアメリカはもっているわけですよね。

そこでお聞きしたいのですが、有体にいってアメリカの南北戦争とは結局は 「黒人奴隷による安価な労働力」 を南北で取り合ったというのが正しい考え方でしょうか?

もしそうなら、リンカーン大統領はなぜ偉人というか歴史に残る大統領として今でも語り継がれるのでしょうか?

仮に 「たしかに労働力の取り合いだったとしても、結果的に奴隷制の廃止、またその後、黒人奴隷の人権も認められるキッカケになったじゃないか」 という意見があったとしても、実際にアメリカで黒人が白人同様の人権を認められるのに南北戦争後、約100年以上もの時間を要しているわけすよね?

つまり奴隷解放、人権回復というのは南北戦争がなくても20世紀に入ってからの時代の趨勢で実現されていたというか ・・・

それとなぜ英語では南北戦争ではなく、Civil War (市民戦争?) と表現されるのでしょうか?

様々な歴史書で紹介されていますが、アメリカの南北戦争は、黒人奴隷制に対する南北間の主張の対立が原因だったと聞きます。

つまりプランテーション農業に要する奴隷の固定化を主張する南部と、工業化が進み労働力の流動化が求められる北部という対立ですね。

子供の頃に読んだ偉人伝で、リンカーン大統領は黒人奴隷を解放しようとして南部に戦いを挑み、その結果勝利し、黒人開放へと歴史は進んだと教えられました。

でもハッキリ言って、当時小さいながらもアメリカ白人が黒人奴隷を解放するために、...続きを読む

Aベストアンサー

南北戦争の原因は諸説いろいろありますが、非常に単純化すれば、北部の新興工業地域と南部の大規模農業地域の対立ということです。

アメリカの農業は既に工業化が発達しているイギリスへ原料となる綿等の原料農産物供給をすることにより発達しました。
南北戦争以前から南部ではイギリスへの輸出のための綿花栽培のプランテーションが大規模に行われていました。南部の大規模農業は奴隷制に支えられ、非常に生産性が高く、安価な農産物を大量に生産できました。競争力ある南部の農業は自由に輸出したいですから自由貿易を望みます。
ところが新興工業地域の北部にとっては、まだ生産性が低い自国製品では進んだ英国製工業製品に太刀打ちでがきません。
イギリスからの輸入品との競争に弱い北部工業地域は、保護貿易を主張します。
南北戦争とはこのような国内産業のあり方、対外政策のあり方をめぐっての戦争だったわけです。
だから南北戦争では北部は南部に打撃を与えるための戦術として奴隷解放を主張したと思われます。(現に「勝つためなら奴隷のことなんてどうでもいい」というような発言も残っています。)

そして北軍の勝利となり、国内産業保護的な政策をとることができるようになり、これを背景としてアメリカ国内における工業が飛躍的に発展するわけです。
これがいわばアメリカ版産業革命です。

Civi lWarと呼ばれるのは多分対外戦争ではないからでしょう。

リンカーンが語り継がれるのは別に奴隷解放を主張したからではなく「人民の、人民による、人民のための政府」という演説が有名になったためでしょう。
日本でのリンカーン人気は、有色人種差別に苦しんだ明治の頃の日本人が、「奴隷解放宣言」を真に受けて広く紹介したためと思われます。

南北戦争の原因は諸説いろいろありますが、非常に単純化すれば、北部の新興工業地域と南部の大規模農業地域の対立ということです。

アメリカの農業は既に工業化が発達しているイギリスへ原料となる綿等の原料農産物供給をすることにより発達しました。
南北戦争以前から南部ではイギリスへの輸出のための綿花栽培のプランテーションが大規模に行われていました。南部の大規模農業は奴隷制に支えられ、非常に生産性が高く、安価な農産物を大量に生産できました。競争力ある南部の農業は自由に輸出したいですか...続きを読む

Qユダヤ人はどうして嫌われているのでしょうか?

映画「ホテル・ニュー・ハンプシャー」で、
「このホテルにユダヤ人がいるんじゃあるまいな」という
発言がありました。
シェイクスピアの「ベニスの商人」もユダヤ人です。
チャップリンの初期の映画にもユダヤ人をばかにする人種差別的ギャグがあるそうです。
ヒットラーにも嫌われました。
どうしてユダヤ人は嫌われるのでしょうか?
イエス・キリストがユダヤ人なのですが、白人はそう思ってないのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様です。気をつけたいものです)。

さらには独自コミュニティを形成してそれを崩そうとせず、あくまで頑なにユダヤであるということを固持してきました。
これは、キリスト教という緩やかなつながりでつながっていた西ヨーロッパ圏では、ユダヤという存在は異端という点がその場に存在しているようなものです。
日本でもそうですが・・・自身たちとは違う風貌、習慣を持つ人は少なからず煙たがられる傾向があります。
さらには、銀行業などの当時「卑しい」とされていた職業で設けていました。余所者に自身たちの金を吸い上げられるのですから、決して面白いわけはありません。

もう一つが、政治的要因。
政治で、国民の不満をそらす方法に、悪役をつくる、というのがあります。
簡単に言えば、こじつけでも「~が悪い」というのをつくれば、そこに国民の不満がいきますから、政府とかそういったお上に攻撃がこなくなります。
で、ユダヤはキリストを十字架送りにしたというのがありますから、非常に悪役に仕立てやすいのです。上に書いた民族的な特徴も仕立てやすい理由です。

大体、嫌われる、あるいは嫌われている人、民族には共通項があります。
1.お金にうるさい(理由はともあれお金をためる人全般)
2.異文化的である。または異文化の性質を強く持っている
3.異郷の地でがっぽり稼ぐ人
4.郷に入らば郷に従えを実践しない人
5.自分たちのほうが偉いと少なからず思っている人
などなど・・・
ただ、こうやって見るとわかるように、どこぞの民族も似たようなことをやっています(車をアメリカで売りまくって、ご当地の車会社から白い目で見られたりする国です。まあ、いまはあまりやらないのかな・・・?)。
結局、嫌われる民族か、そうでないかというのは、ある意味紙一重なところがあります。
ユダヤが嫌われているのは、これらを満たしてしまっているせいと、国を持たなかったという地政学的悲劇のためと考えています。

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様で...続きを読む

Q黒人男性と白人女性の結婚率の高さ(アメリカ国内)

タイトルにも書いたように、アメリカにおいて、黒人(アフリカ系アメリカ人)男性と白人女性の結婚率は、白人男性と黒人女性の結婚率のおよそ倍になっています。
アメリカの国勢調査より。

その理由について考えているのですが、どうしてですか?
自分なりに、白人男性、白人女性、黒人男性、黒人女性という優位が出来ている(ジェンダーの問題、男性優位の背景とそれに黒人差別が混在する)ということは想像が付くのですが、その根拠となる記事だったり、調査をご存知の方是非教えてください。
英語のwebなんかもうれしいです。
アメリカにおける‘黒人、さらに女性’の差別問題も知りたいです。

(またアメリカの異人種間結婚は、ヒスパニックやアジアンも絡んでいるのは承知してますが、今回は白人と黒人について調べているので、お願いします。)

Aベストアンサー

わぁ~~興味深いトピックですね。
私もちょっと便乗して調べたいと思います。

男性優位の社会で男性の遺伝子の方が重視されるなら白人男性と黒人女性の組み合わせの方が当時のアメリカ社会的には受けいられるはずだろうけど、黒人男性と白人男性の結婚率の方が高いとは・・・その理由は何なのでしょうか??

でも、昔だと州によっては「異人種間での結婚は禁止」という法律もあり、それを作ったのは男性な訳で・・・

思うに、男性の方が他人種と関わる事に対して抵抗があるというのはあるかもしれません。
日本では男性の方が国際結婚率が多いけれど、恋愛結婚だけを対象にすると結果は反対になるかも。

で、その頃、アメリカ国内でDominantだった人種は白人。
法律が改正されると、女性の方は他の要素で気軽にバリアを超えられるけれど、男性の方はなかなかそうしないとか・・・
その理由は単純に男性と女性で異性に対する評価基準が違うのも関係すると思います。

男性は心理学で言うと、「子供を生める健康な若い女性」に美しさを感じ惹かれる傾向にあるようですが、異人種相手だと歳などの判断がつきにくかったりというのはあるのでしょうか?
女性はその点経済力や社会的地位などを評価するので(群れのトップに立てる男性に魅力を感じる)異人種であってもそれがかね添えてれば問題ない。
現に、黒人男性と白人女性のカップルだと、一般的に「成功した」と言われる様な男性があいての場合が多いそうです。

あとは、白人男性の求める女性像に合わない事が多い??
アフリカやアジアとは異なり、処女性を大変評価するヨーロッパの思想が受け継がれた国なので、白人男性の理想とは合わなかったのかも知れません。
今でも、黒人女性の未婚の出産率は多いですよね。

ですが、社会的には黒人男性に対する差別の方が酷いと昔ならった様な気がします。
何の信憑性もない私の考えですが、これからいい記事が見つかれば報告しますね♪

わぁ~~興味深いトピックですね。
私もちょっと便乗して調べたいと思います。

男性優位の社会で男性の遺伝子の方が重視されるなら白人男性と黒人女性の組み合わせの方が当時のアメリカ社会的には受けいられるはずだろうけど、黒人男性と白人男性の結婚率の方が高いとは・・・その理由は何なのでしょうか??

でも、昔だと州によっては「異人種間での結婚は禁止」という法律もあり、それを作ったのは男性な訳で・・・

思うに、男性の方が他人種と関わる事に対して抵抗があるというのはあるかもしれませ...続きを読む

Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Qもし現代人が江戸時代で1ヶ月生活するとしたら、何で困るでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? それとか、今のように肉食はそんなにしなかったはず。 せいぜい鳥や兎の肉くらいでしょうか? あと、お酒もそうですね。 現代人に飲めますか?

匂い。 どうでしょうか? 当時の家の中や、町全体、一体どんな匂いがしていたでしょうか? そして1ヶ月間、現代人に耐えられるでしょうか?

風呂。 現代人が躊躇なく当時の銭湯に入れますか? 当時は毎日入っていたんでしょうか?

トイレ。 現代人に当時のトイレで大・小できるでしょうか? 特に女性の場合。

人によって感じ方が違うと思いますが、上に挙げた以外で 「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? ...続きを読む

Aベストアンサー

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
(5)雨戸を開けます。障子はみな紙です。ガラスではありませんので、吹き降りの日だと雨戸を閉めないといけません。昼間でも暗いです。
(6)家族そろって朝食。
(7)食器などを洗います。油の着いた食器を洗うのは大変です。ママレモンはありませんのでギトギトがなかなか取れません。水道の水でジャージャーやるわけのもいきません。
(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

・・・女性は大変でしょう。田舎の明治生まれの女は、以上のようなことをやっていました。江戸時代とそんなに変わりません。電気(裸電球)とマッチだけが江戸時代よりマシなだけです。

>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキ...続きを読む

Q黒人の肌の色の違い

ふと疑問に思ったので宜しくお願いします。
黒人の肌の色なんですが、ホンとに真っ黒の方も居れば茶色の方も居れば、けっこうバリエーションが豊富ですよね。(この表現はあっているのか…)
これは出身地とか、白人との混血とか、そんな感じの理由なんでしょうか。
例えばもともとアフリカ中部の方は色が濃いめ、とかあるんでしょうかね。
白人も上のほうがより白いような気がします。
太陽の当たり具合とか??
 
知識のある方、どうぞお願い致します。

Aベストアンサー

色々な要素があります。

まず「黒人」と言っても、肌が黒いだけで人種もひとつではありません。
・アフリカの原住民
・インドから中近東のアジア人のうち特に色が濃い人々
・カリブ一帯の原住民
・中米から南米にかけての、アジア系原住民のうち特にはだが黒い人々
・インドネシア原住民の一部
・オーストラリアなどのアボリジニ族
・ミクロネシア・ポリネシアの原住民
などが黒人と言われています。

ですから肌の色もいろいろですし、骨格や顔立ち、髪の毛などもかなりバリエーションがあります。日本人は黒人と意識しないアジア系で単に色が黒い人や、アラブ系で白人並の骨格・顔立ちで色が黒いだけ、でも分類上は黒人とされることもあります。

また、アメリカでは黒人と白人の混血もいます。南米でもメスティーソとかムラートなどの混血もあります。
ですから、黒い肌と言っても明るさはちがいますし、人種的にも文化的にもものすごくバリエーションがあります。

また、白人もバリエーションがあります。本来的にはインドあたりもアーリア族と言って白人の範疇だったりするのですが、欧米人は認めません。

欧米人がいう白人は、ギリシャやセルビアなどの黒海手前までです。そしてギリシャ人はギリシャ人ですが、どちらかいうと肌はすこし焼けた小麦色です。元は白いですが、緯度が低い地域にいるので日光にある程度焼かれた肌が一般的です。

スラブ人は黒海周辺セルビア・ウクライナ・ロシアなどの色白で金髪の人々です。日本人が意識する白人はこのあたりの人が多いと言えます。

フランスはガリア人と呼ばれた民族でがっしりした体格で、また緯度が低い地域のため肌は比較的小麦色です。
イタリア・スペインなどはラテン民族で白人のなかでは小麦色の人がおおいですね。

逆にドイツからベルギーポーランドなどはゲルマン人で肌が白く、ほっそりした顔立ちが特徴です。
さらに北欧は日に当たらないせいか(夏は白夜、冬は太陽が2.3ヶ月出ない)肌が透き通るように白いです。

色々な要素があります。

まず「黒人」と言っても、肌が黒いだけで人種もひとつではありません。
・アフリカの原住民
・インドから中近東のアジア人のうち特に色が濃い人々
・カリブ一帯の原住民
・中米から南米にかけての、アジア系原住民のうち特にはだが黒い人々
・インドネシア原住民の一部
・オーストラリアなどのアボリジニ族
・ミクロネシア・ポリネシアの原住民
などが黒人と言われています。

ですから肌の色もいろいろですし、骨格や顔立ち、髪の毛などもかなりバリエーションがあります。日本人は黒人...続きを読む

Qたくさんの方に教えて頂きたいです!結局、部落差別って何なのでしょうか?

僕は北海道出身です。
北海道には『部落』と呼ばれる地域がありません。
ですから部落差別と呼ばれるものも存在しないと思います。

青春時代を関西の田舎町で過ごしましたが、その時初めて『部落差別』なるものの存在を認識し、とても大きな衝撃を受けました。
『同和教育』なるものも北海道の小学校では教わった記憶がありませんし、未だに根強い差別意識が残っている事に疑問を感じています。

部落地域に住む方々の過去などは関西在住時に友人達から説明を受けましたが、いまいちそれも良くわかっていないというのが現状です。

『なぜ部落と呼ばれる地域の人たちは差別の対象となるのでしょうか?』

ちなみに僕自身は『部落』が何なのかという認識が薄く、周囲の人たちが言う事を全く気にせずに(詳しい事を知らずに)普通にお付き合いをしてきた経緯がありますし、今もそのような認識をもっています。

なお、差別的な認識は全くない状態でこの文章を作成しましたが、何か問題があれば質問自体を削除して頂けるように管理人さんにお願いするつもりです。

Aベストアンサー

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作等々の作業です。
そこで、古代、あるいは中世ころからこれを家業とする一族を作り(あるいは自然に生まれ)、専門家集団として一般農民とは一線を画していたのです。
いつのころからか(少なくとも江戸時代初期以前)、こうした一族は人間以下のものとみなされ、不当な差別を受けるようになっていきます。差別は生前のみとは限らず、ある地域では死後においても墓石の法名に「畜○○」などと書かれました。
一説には、農民にしっかり働かせるため、農民以下の存在として工・商を置き、さらにその下に非人を置いたとも言われています。
一族は差別を受けた反面、法的な保護も受けていました。例えば牛馬の処理はこれらの一族が独占しており、刑場での作業も一般の農民や町民が使われることはなかったのです。
こうした差別は明治政府によって撤廃されたのですが、そのころに作られた壬申戸籍では「新平民」と記載されてしまいました。そのため、戸籍を見ると部落の出身であることがすぐに分かってしまい、色々な悲劇を生み出すこととなりました。
明治維新からすでに130年以上経過しております。インドのカースト制度などでは、名前で階級が分かってしまい、また宗教上の理由からも差別の撤廃が困難なようですが、日本では戸籍を調べるにも限界があり(明治期の戸籍はもうほとんど調べられない)、いずれはなくなるものと思います。またそうであることを願ってやみません。

多くの方が現代の事柄を中心に回答されているので、私は近世地方史(加賀藩)研究者としての立場から、江戸時代の実態について少し述べてみます(ただし、こうした差別は江戸時代以前からあったと考えられています)。
江戸時代までの日本には仏教の影響もあって四つ足の動物を食べる習慣がありませんでした。また、人や動物の死骸に触れることは忌み嫌われていました。
しかし、世の中の誰かがそれをやらねばならなかったのも事実です。例えば道端で死んだ牛馬の処理、死刑に処せられた人の始末、皮製品の製作...続きを読む


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