プロが教えるわが家の防犯対策術!

被害者にとって死刑は、敵討ちのようなものです。
(犯人逮捕>取調べ>裁判>死刑 =被害者が気持ちを清算)

敵討ちとは、江戸時代の制度で武士道の精神に基づくものであり、”残された者の死んだ者(家族・仲間)への弔いのための神聖な儀式”です。敵をとれば社会的に認められたのです。

日本人社会では”敵を討つ”という言葉がよく使われます。
敵を討つことを客観的に見た場合”因果応報”といいます。

日本は被害者による敵討ちの気持ちを理解する国なので犯罪者にとっては居心地の悪い国です。(通報などあります)

そこで質問です。みなさんは 死刑の意味をどう解釈していますか?

質問者からの補足コメント

  • うーん・・・

    >もし、10年で出てきたら私が死刑にしてやると思いますよ。
    そしたら、あなたも凶悪な殺人犯ですね。

    No.6の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/07/27 13:34

A 回答 (13件中11~13件)

日本人は、仇討ちや復讐する気持ちを理解する人種であると同時に、それらを肯定する文化背景があります。

特に日本人と限定しなくても、人とはそういうものだと言えるのかも知れません。ですので、社会はこれを抑制しようとするのですよ。江戸の時代でも、私怨による報復は禁止されていました。
例えば、赤穂浪士は殿様の仇討ちの為に、吉良を殺害しました。けれど、浅野に切腹を命じたのは将軍です。ですので、赤穂浪士が仇討ちしたいならば、将軍を殺害するのが本道なのです。ですが、将軍を狙う事は難しい事なので、狙い易い吉良を殺害して憂さを晴らしたのです。このように、私怨というのは横道に逸れやすいのです。そして、将軍より赤穂浪士は死罪を言い渡されます。私怨を晴らしたからではなく、国家の裁きに背いたからです。この場合、あなたが仰るような、因果応報にはなっておりません。因果応報を受けたのは、報復を企てた側という事になります。
確かに、死刑を含む司法制度は、悪人の犯罪そのものを抑制し得るかというより、私怨による、個人同士の報復を抑制する機能があるかどうかという考え方も出来ます。その意味では、死刑制度の存続がむやみに否定されるものでもないと思います。
ですが、現行の司法制度には、冤罪裁判がまかり通る余地が残されているのですよ。冤罪裁判により死刑になり絶たれた命は、誰の命を持って償うのでしょうか。その司法制度を断罪するのには、クーデターかテロしかない。それを果たしたら、赤穂浪士のように処刑されるでしょう。
個人の報復を主旨とすると、それは横道に逸れやすい。だから、死刑制度は被害者側の仇討ちを国家が代理するのだ、という考えは危険因子を同時に孕むとも思います。
また、冤罪裁判を避ける方法を持たない国家が、死刑という手段だけは維持するというのも、この国の社会生活者とっては、誰もが罪も無く裁かれ殺される可能性があるという事を国民義務として引き受ける、という事です。
私自身は引き受けたくないので、現時点死刑反対なのです。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>特に日本人と限定しなくても、人とはそういうものだと言えるのかも知れません。
ユダヤ人なんかは私怨を晴らすよりも 金儲けを優先しそうですが....

>例えば、赤穂浪士は殿様の仇討ちの為に、吉良を殺害しました。
日本人は赤穂浪士の物語を美化して考えやすいですが、クーデターやテロとは何が違うんでしょうかね?

お礼日時:2015/07/27 12:52

> みなさんは 死刑の意味をどう解釈していますか?



社会秩序を維持する目的に対し、死刑はその手段の一つであって、現在の日本の場合、それ以外の手段が存在せぬ場合のみ、採択される手段です。
遺族感情の慰撫などは本来的な目的ではなく、副次的に達成される目的に過ぎません。

そもそも江戸時代(以前)においても、少なくとも「仇討ち」と「死刑」は別モノです。
江戸時代の刑罰としての死刑は、武士に対しては切腹や打ち首と、庶民に対しては獄門(+晒し首)や火炙りなど、「見せしめ」的な残酷刑です。
前者は武家制度の秩序維持で、後者は犯罪抑止が目的です。

一方の仇討ちは、基本的には武士に限定された尊属殺人に対してのみ認められた、特権的報復ですが・・。
仇討ちを果たさなければ、相続を認めないなどの慣習もあり、むしろ義務的な要素を多分に含みますし、更に「返り討ちも武家の習い」であり、武士階級にとっても、全く有り難い特権ではありません。

娯楽が少ない時代に、庶民は仇討ち大成功話のいくつかを、「孝子の物語」として喝采したものの、そんな仇討ちは、実際には数えるほどです。
また、仇討ちが美談化された結果、本来は敵討ちとは認められない、妻の姦通に対する報復殺人まで「女敵討ち」と呼ばれて、これも庶民にまで流行する様な始末です。

個人的には、高度な治安を実現している我が国において、死刑制度の存置は必要と考えていますが・・。
仇討ちの実態も知らず、現在の死刑制度と仇討ちを同列に置いて、「日本文化」などと称し、死刑賛成論に結び付けるのは、無学な江戸時代の庶民レベルの、浅はかな考え方かと思います。
むしろ死刑反対派を勢い付かせる考え方でしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>個人的には、高度な治安を実現している我が国において、死刑制度の存置は必要と考えていますが・・。
庶民的な考えだと 死刑の意義は ①殺人事件などの凶悪事件の抑止力、②被害者遺族感情の慰撫、③ 受刑者のコストの増加抑制 が3つの大きな柱だと思うんですが、
key00001さんのように高説を唱えられている有識者の立場からは どのように捉えますか?

お礼日時:2015/07/27 11:33

以前、死刑制度の賛同者を殺人鬼呼ばわりした投稿がありましたね。


過失は別ですが、理不尽に他人の命を奪ったら自らの命で償うのは当然のことです。
それで何も問題はありません。
もちろん、そういう悪質な人間は自分では償えないのですから、国家権力がその機能を果たすということでしょうね。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!