限定しりとり

メディア論に記載されている、
『われわれの文化は統制の手段としてあらゆるものを分割し区分することに長らく慣らされている。だから、操作上および実用上の事実として「メディアはメッセージである」などと言われるのは、ときにちょっとしたショックになる。このことは、ただ、こう言っているにすぎない。いかなるメディア(すなわち、われわれ自身の拡張したもののこと)の場合でも、それが個人および社会に及ぼす結果というものは、われわれ自身の個々の拡張(つまり、新しい技術のこと)によってわれわれの世界に導入される新しい尺度に起因する、ということだ。』
の意味をわかりやすく教えてください。

A 回答 (1件)

僕たちは昔から、分類したがるよね。


演歌だとか、J-POPだとか。
クッキーとビスケットの区別は気になると寝られなくなったり。
だから、イチゴやスイカが野菜だって言われると、びっくりする。
中身と器だって区別してきたよね。
「大事なのは内容だ」とか、「顔じゃないよ、性格だよ」とかさ。
だから、テレビとかネットとか、道具だと思ってたものが、中身だ、内容だ、メッセージだ、とか言われてもぴんとこないよね。

でも、こういうことなんだ。
道具って言うのはさ、体の拡張だよね。
めがねや望遠鏡は目を拡張したものだし、自転車や車は足の拡張だ。
新しい道具や技術は体の拡張なんだ。

でも、その道具や技術で、僕らや僕らの社会はどう変わるだろう。
電球や蛍光灯やLEDのおかげで、夜も明るくなった。
明かりのおかげで夜も活動するようになった。

車や電車や飛行機のおかげで、遠くまですぐに行けるようになった。
携帯やスマホのおかげで、すぐに連絡が付くようになった。
交通手段や連絡方法が便利になって、すぐに呼び出されるようになった。

おかげで、僕らの考え方とか、価値観とか、尺度とか、ペースとか、みんな変わってしまった。
僕らの考え方とか、価値観とか、尺度とか、ペースが変わったせいで、僕ら自身も僕らの社会も変わってしまう。
人間関係だとか、僕らの行動をコントロールしたり決めたりするのは道具や技術なんだ。

明かりが何を照らすかは重要じゃない。
車や電車が何を運ぶかはどうでもいい。
LINEで何を話すかは大事じゃない。
いわゆる「中身」は問題じゃないんだ。

その道具自体に意味がある。
新しい技術自体が「中身」なんだ。
メディアがメッセージなんだ。
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