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余計な事を削ぎ落とすことについて、何か思い当たる節や、実際に行っていることがあれば教えて下さい。

短文で情報は少ないですが、何か連想したことでも良いです。例えば文章を推敲するときに、この様なことは削ぎ落とす、とか、忙しい日常において、この様な事は省いているとか。或いは、何が肝要かを判断することでもあると思います。広くご意見募ります。

質問者からの補足コメント

  • ややこしいhiakの回答がまた削除された。hiakはいちいち手間をかける、一言二言、三言ぐらい多いな。当たり前の事を言うのに、それこそ余計な事を言う必要は無いだろ。慧能に対する神秀の様な事をちらりと言う分には構わないが、自分の感情に素直すぎるな。少し自制するだけで良いのにな。
    まぁ、お前もがんばれよ。

      補足日時:2016/01/30 19:52

A 回答 (15件中1~10件)

ドキッとした。



贅肉もギャンブルも ちっちゃなプライドも酒もタバコも 馬鹿な欲望もいい加減飽きた趣味も かなわない夢も在り得ない世界も 本当は削ぎ落としたほうが良い。

この失敗やこだわりは自分が喘ぎ苦しみ悲しんだ記憶と執着そのものだから 本当は無いほうが楽で幸せなんだが・・・
しかしそれは認識していた世界との繋がりであり 捨てることは縁を切る事に近い 良くも悪くも。

本当は内在しているそのままで良ければ 今でさえ掴んでいるこの手を離せばすぐにでも捨てられるのだが それは自分勝手な気がする。
別に自分も周りも不幸になるはずがないのだが・・・だが それでは地獄に足をつけなくなる。

と 今も葛藤している。
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この回答へのお礼

大変身近に感じられるお話です。
ご回答ありがとうございます。
そうなんですよね、世界との繋がりがそこにはあって、捨てれば身軽になるんだけれど、、。中々捨てれないf^_^;)
どても共感できました。

お礼日時:2016/01/28 13:23

あっ、そう。

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この回答へのお礼

なんやお前は、、。何に対する返事かもわからん。あれか?かまってちゃん?
無意味な回答をするなよ。hiakの所為で集まるはずの回答も集まらんようになるわ。
一種の荒らしに近いよ?今回はもう閉めるけど、次から嫌がらせはもうやめてよ。hiakくん。

お礼日時:2016/02/02 18:12

教えてあげよう。


賢いものは賢くなる術を知る。
痛いを知っても。

馬鹿はとこしえに馬鹿である。これは間違い。
境を越えたならば悲惨になる。これは真実である。
馬鹿のきわみは馬鹿ではない。悲惨になる。
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この回答へのお礼

愚か者は自分では良い線を行っていると思っている。良い線を行っていると思っているので、その犯す過ちにはブレーキが効かない。そうして地獄に笑いながら落ちてゆく。
賢者は己の過ちに気付く。適宜にブレーキを効かせて安全に世を渡る。
聡明な人は自己を矯め、中道を歩むけれど、暗愚の人は放逸である故に道を修しない。
しかし、愚か者とて永遠に愚かというわけでは無い。(自らの愚をさとり)賢者になりたいと思えば自らを救い渡して暗愚から逃れる事ができる。

賢い人の目的は、さらに賢くなる事では無い。しあわせになることである。賢い人は危険を避けて歩み、ついにしあわせに到達する。

お礼日時:2016/01/31 16:19

>>オープンリーチ


ギャンブルにはまっているのか。信じられないな。
検索したが理解できない。

>>学べるものがある時は学ぶ。
言っているじゃないか。類の中では間違いは気がつかないと。
21世紀の住人か、このばか。
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この回答へのお礼

心配するな。俺も麻雀は知らん。何かめでたい言葉だってのが分かればそれで良いだろ、ここでは。

21世紀に暮らしているが、俺の意識が21世紀流なのかどうかは知らん。そんな事は別に気にして無い。

hiakはしきりに馬鹿か賢かを気にしているが、何に出会うかなんて縁次第、その縁も、当事者によっては良くも悪くもなるだろ。hiakの言ってる事は一面では合ってるかもしれないが、全面的に正解では無いだろ?hiakの知ってる面とは別の面で生きてる人間もいるって事だ。
って言うか、これは回答なのか?

お礼日時:2016/01/31 16:09

お前たちは、アンナ・カレーニナの夫ことカレーニンだよ。


自信は表面上あるが内心はまったくない。
少しの困難でも隠してあたふたする。責められると崩壊する。

理由は知っているとして行はないからだ。
馬鹿は馬鹿のハイレベルを望む。
馬鹿の世界のハイレベルだ。無駄だと気がつかない。
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この回答へのお礼

何を言ってるんだ?お前は。頭オープンリーチか?
削除された文章はメールで添付されていたから心配するな。ちゃんと読んでる。
何に不満があるのかしらんが、誰の言からであっても学べるものがある時は学ぶ。それで十分だろ。知者だとか賢者だとか、馬鹿だとかにこだわってるのはお前だけだよ。見ろよ、みんな大人しいもんだ。一体何に文句を言ってるんだ。下らない奴になるなよ。

お礼日時:2016/01/30 20:58

秀逸な質問ですね


●●のときは××をしたほうがいいとか、●●は効果的だとか健康だとか余計なものがたくさんある現代では

凄い重要な質問だとおもいました。他の回答者様の回答も見ていて興味深いです。

私自身が余計だとおもい、削いでいる事は人と丁寧に(言葉遣いや、丁寧だけど少しおおげさな気づかい)接さない事です。
でもそれだと、評判悪くなる事もあるので、感情(笑いや新鮮な気分)を共有する人付き合いをする事です。

気持ちを共有する人付き合いが出来ていれば、その人には無駄だけど丁寧なきづかいをする必要がなくなってくる気がします。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
決して長くは無いこの人生において、大事な事と余計な事とは峻別して混じらない方が良いのかなと思っての質問でした。
おっしゃるように、余計な物や情報の溢れている現代において、それらに振り回されない生き方というのは、本質的に自分を見失わない事と結びついています。
縁のあるなしもございますし、端的に解を導き出すのは難しい質問かもしれませんが、良い回答を多く寄せていただけました。

礼についてですが、私も余計な礼節を持っていたかなと振り返っては思え、回りくどくなって時間を浪費し、肝心なところにたどり着けてなかったという実際があったかなと。共感や背景、前提を多く共有する相手とは、礼を省いても大丈夫なのですが、そうで無い相手とは、どうしても礼から入る事が多いです。これはもう習慣化してしまっておるのですが、人生を見渡すくらいの視野で見れば、そんなもののうちで、余計な部分を省くことができるかなと思いました。

お礼日時:2016/01/29 22:47

以前にもこのような類の質問をしたやからがいたなぁ。


お前が、解決できない難題に取り組んでいるがために、お前が有益なことを出来る、
お前を取り逃がしていると、断じたのだが、馬鹿は、理屈をこねて怒っていたなぁ。
結局は低次も中次も高次も出来ないくずで死ぬと言ったのになぁ。

人間には寿命があること、人間は何をしていてもいくつもを常に失っていること。
これを自覚できればおのずと考えが生まれるはず。その考えを適切に磨けるはず。
賢い者は自ら道を切り開いて.... イチローに聞いてごらん(ぼんくらには教えてはくれないだろうけど)。

たぶん、自己を賢いと思っているだけの人間には無理だと思う。この言はかなり正確だ。
ひとつ、進呈しよう。
あせらず、怠けず、飽きず。
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この回答へのお礼

hiakが良いこと言ってる。雨はそのせいか?

そうだな、それなら自ずと考えが生まれる。当たり前の事を聞いたようで、ふと聞いたその当たり前も、貴重なものだってことか。

お礼日時:2016/01/29 16:59

自己顕示欲、虚栄心、拝金主義など、外なる価値を排する。


自己の生きる意志と、自己成立の補完としての環境の間を
物理でつなぐ。
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この回答へのお礼

価値観を整理するのも大事だという事ですね^_^わかります。

後半の、物理という言葉がとても大きな意味で使われていると捉えると、後半の意味も朧にわかる気がしました。

ありがとうございます。

お礼日時:2016/01/29 17:15

そぎ落とす⇒洗練


ということで思いを巡らせてみました。

自然界の中で複雑な集合体が
総体として一番エネルギー的に安定になる過程。
誤差に紛れて閾値に上らない部分は
系としてのすそ野の部分から
無に終焉しているものとして
個々の系の存在を考えて。

それらの個々の系が
動的に絡み合うことで
閾値に上らなかった部分が閾値に上り
またその逆も発生する、
そうした絡み合いの集合体として
総体をとらえる。

その際に起こる事象をエネルギー的な洗練というならば
そこには自然界の必然としての偶然性と
未知の法則の発現が
まったく端的にさりげなく関与しているんだろうなぁ。

そんなことをつい考えてしまいました。

考えているうちに専門家の方の後になってしまって
ちょっとというか非常に心苦しいのですが
せっかくですので一言参加します。
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この回答へのお礼

これは独特のお考えですね。
スズメワールドに入るのは中々容易ではありませんが、何とか咀嚼したいですねf^_^;)

自然界の法則によって洗練という現象が起こる、と捉えるのは斬新です。川が一つに集まるような事でしょうか。

解釈出来たかどうかわかりませんが、ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2016/01/29 17:21

逆なんですね。

余計な物を削ぎ落してしまうと、相手にこちらの言いたいことが伝わらなくなってしまうことが余りに多い。私のように、研究成果を人に伝えようとするときには、相手にとっては今まで一度も考えたことがないようなことを伝えなくてはならない。ところがそれを伝えようとしている人間は、そのことについて長い間、そして毎日考えて来たことです。だから、聞き手の立場で考えずに、伝え手の立場で出来るだけ簡潔に無駄なく余計なことを削ぎ落して話してしまうと、聞き手は何を言っているのか解らず,いろいろ誤解されてしまう。だから、冗長な方が、簡潔な場合より、ずっと安全にこちらのことが相手に誤解なく伝わります。

私の先生だったノーベル賞受賞者のイリヤ・プリゴジン教授の講演や講義はいつも素晴しかったのですが、彼の常套手段は、音楽で言うフーガの技法を駆使して講義をしていました。重要な部分の論述が、フーガのように、順序をずらしながら、そして音階をずらしながら3重にも4重にも繰り返し出てくる。そうすると、聴衆はそのことに関して初めて聞いたはずなのに、講義が終わったときには、余りにも何度も聞いてしまったので、その講義を聴くずっと前からそのことを既に知っていたような錯覚に陥ってしまう。素晴しい講義でした。

こちらで伝えたい重要なことは、削ぎ落すどころか、手を変え品を変えて、冗長ギリギリで、繰り返し何度も表現することをお勧めします。
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この回答へのお礼

なるほど。猪突さんの方針とは反対だろうなと思ってはいたのです^_^
猪突さんの言は一言で言うと豊かであり、削ぎ落としとは反対だなあと。

もしこの方針を日常の事に置き換えると、何にでも色々チャレンジしたり、時を気にせず旺盛に過ごす事が良い、となるのでしょうか。色々の事でキャパがオーバーする事を、寧ろオーバーする位で良いと考えるのでしょうか。
フーガの例えで語られた事は、整理されていて意図的であり、コントロールされているように思えました。色々の事が多くあり過ぎるとそれに振り回されがちですが、その多くの事を巧みに仕分けする事ができたら、猪突さんの言うような方針で生きられるのかなと思えました。

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2016/01/29 17:08

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