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アジアの中で植民地化されなかったのは日本とタイだけだと言う人がいます。

でも、中国もアヘン戦争などで負け、香港などの極一部が植民地にはなったものの、インドやインドネシアのように全土が植民地になったことは一度もなく、19世紀末は軍閥の台頭などで相当混乱したものの、中国大陸の9割以上は中国人が統治し、欧米や日本の植民地支配を受けなかったのではないでしょうか。
いや、中国全土は満州族による植民地支配を受けていたのだぞと反論する人もいるかも知れませんが、ここでの植民地支配は近代の欧米によるものを念頭に置いています。

質問者からの補足コメント

  • 回答者様は「あの地域」を何と呼んでいるのですか?
    まさかいつも代名詞で呼ぶわけにはいかないでしょう。
    私も他に適当な呼称がないので「中国」と言っているだけで。まあ、「支那」でもいいんですけどね。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/02/21 09:45
  • 上海は欧米(+日本)の租界でしたので、実質植民地みたいなものです。
    でも、それ以外の地域は植民地支配を受けておらず、9割以上の地域は植民地になっていなかったはずです。
    例えば、ジブラルタルはスペインの要所をイギリスが支配していますが、誰もスペインのことをイギリスの植民地とは言いません。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/02/21 09:53
  • 面倒臭い人ですね。租界だと書いているではないですか。
    租界と植民地の違いはいくつかあるのですが、自然科学のようにはっきり定義できるわけではないので、ほぼ同じと考えてよいのでは?
    そして私が言いたいのは、租界以外のほとんどの地域は中国人が統治していたので、植民地ではないということです。
    それから、あなたが考える植民地の定義も明らかにしてくださいよ。相当難しいとは思いますが。

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/02/22 06:53
  • 要所ではありますが、当時の大都市であった北京や南京は獲られていなかったのですから、日本でいうと東京、大阪、名古屋ではなく横浜、神戸、長崎あたりが租界になった感じではないでしょうか。

    横浜が天津、神戸が上海、長崎が香港に相当するでしょうか。まあ、それでも重要なところではありますが。

    No.5の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/02/22 18:33
  • 香港、マカオを割譲して植民地になるのであれば、アルザス・ロレーヌを割譲したフランスもドイツの植民地になってしまいます。
    上海、天津、広州には租界はありましたが、北京、南京には租界がなく、中国(清)の主権が及んでいましたよ。
    また、小規模ながら外国人居留地は19世紀の日本(東京、横浜、神戸、長崎など)にも存在し、治外法権が認められていましたが、これをもって日本は独立国家として威風を払っていなかったと言えるわけではありません。

    No.7の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/02/22 19:04

A 回答 (9件)

おっしゃる通りです。



列強による虫食い、蚕食の途上にはあったが、植民地化はされていません。

定義付けなど面倒だからしませんが、例えば、内政統治権・徴税権・外交権・軍事権など、要するに主権がどこにあったかを考えれば良いのです。

清朝、共産ゲリラ、割拠する軍閥勢力、国民党政府などなど、支配権は行き渡らず、分裂抗争やむことなく、大混乱状態が続いたものの、いっぽうの列強もまた、中国大陸を支配するほどの力なく、その決断もできず、せいぜい海岸べりや大河沿いの租借地や、狭い範囲の分捕り領地などの、有効活用程度に留まらずを得ませんでした。

条約や約束事などを、国際的に一貫して守ることは、上述の事情で、出来ないような弱体国家でしたが、とはいえ、主権は清朝政府、次に、国民党政府にあった、けっして外国にあったのではない、これは確かなことで、ゆえに植民地化されていたわけではありません。
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No3、4です。



「中国」の政権については、過去にも同様の誤解や論点のすり替え等の意見が出ているようです。

私は、
【「中国という概念」(「地域」に対する認識)】と、
【「中国(という国家)」という概念】
とは別のものだと思っています。

「中国」が初めて使われたのは「詩経」ですが、
それは「地理的中心部」と言う意味であって「国家」という意味ではありません。

そもそも、他国はその呼称を用いていたのでしょうか。

当時の「もろこし」の支配者は、中華思想によって自分達を地上で唯一の(もろこし的な意味での)皇帝だと考えていました。
その為に、中国大陸は近代まで「王朝」であり、「国」という概念はなく、「清王朝」まで「天下あって国家無し」の状態でした。
自称として王朝名が使われていたのはこの為です。



清朝滅亡後のあの地域についてですが、

>租界と植民地の違いはいくつかあるのですが、自然科学のようにはっきり定義できるわけではないので、ほぼ同じと考えてよいのでは?

「租界」というのは、永代借地契約を結び、それによる借地料を払って借りている土地の事です。

清国の建前では「野蛮な異民族」を隔離する為の場所という意味です。
実態は、当時のそれ以外の地域は無法地帯になっていた為に、シナ人も大量に流入していました。
租界の特徴には↓がありますが、それらが植民地と「ほぼ」同じとは思えません。

司法については、外国人による犯罪→領事館裁判所 シナ人による犯罪→シナ側の裁判所 が担当しています。
税については、地税・関税→中国 住民税・営業許可税→租界設定国。
海や川に接していても、それらは租界に含まれません。
戦時下は原則として中立です。



>それから、あなたが考える植民地の定義も明らかにしてくださいよ。相当難しいとは思いますが。

まず、この言葉を出してきたあなたの方が、それをするべきだと思いますが。
「実質」という言葉を用いる以上、私などよりしっかりとした知識をお持ちだと思います。
それに、この質問では、一般論よりあなたの中での「植民地の定義」の方が回答する為に必要だと思います。



>そして私が言いたいのは、租界以外のほとんどの地域は中国人が統治していたので、植民地ではないということです。

私が言っていたのは、「中華人民共和国が植民地にはなっていない」ということと、それ以前の王朝交代についても植民地ではないということです。

ということで、別に質問の主旨については、あなたのお考えを否定してはいないと思いますが。
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言葉の定義については歴史に明るい方にお譲りします。



高校教科書の定番である山川出版社の「山川世界史」をあらためて読んで見ました。
「アジアの民族運動」の項に下記の記述があります。

    
     北京議定書で、多額の賠償金支払いや外国軍隊の北京駐留などを認め、中国の半植民地化を深めた。


領事裁判権、関税協定権、行政権、司法権を外国に握られた租界が各地に設置されたという事実を基に、
「中国が半植民地化されていた」ことについては識者の見解が一致しているようです。

ご質問にある「アジアの中で植民地化されなかったのは日本とタイだけだと言う人」の主張はこの考えに基づいているのではないでしょうか?

ほんでもって「あの地域」は大昔から「中国」ですよね。
「中国という概念」も中華人民共和国の建国のはるか以前からメチャメチャ存在するんですけど……
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
あくまでも「半」植民地であって、植民地ではないのですよ。
そこが完全な植民地であったインド、ビルマ、ベトナム、インドネシアとの違いです。

お礼日時:2016/02/22 19:33

香港、マカオを割譲したのですから、植民地になった、と言って良いのではないですか?


中国東北地域は、ロシアの影響下にあり、日本がとって変わり、満州国を作ってしまいました。
北京、上海、南京等主要都市はイギリス、日本の租界地区があり、中国の主権は及んでいません。
何をもって、中国が独立国家として威風を払っていた、と言えるのか理解できません。
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>アジアの中で植民地化されなかったのは


>日本とタイだけだと言う人がいます。

この方に教えを乞わないと最終的な解決にはならないと思いますが。

>中国大陸の9割以上は中国人が統治

面積的な広さで言うとその通りかも知れませんが、中国が列強に獲られてしまった地域は貿易や交通の要所などの重要な拠点。

無理矢理に今の日本に当てはめると、東京23区・名古屋市・大阪市・福岡市と東海道山陽新幹線を獲られた感じでしょうか?曖昧ですが多分、日本の国土の9割方が日本人が治めているモノの、中心地が他所の人に抑えられては日本の独立性はちょっと?な感じだと思います。

その状態を人によっては植民地化されてる、とか半植民地化と表現しているのでしょう。どう違うのかとなると植民地って何ぞや?をはっきりさせないといけなかったり、各人にインタビューが必要だったり。

ただ中国が独立してますとは言い辛い地域を獲られていたのは間違いなさそうなので、独立してるとは言わずに植民地化・半植民地化と言っているのではないでしょうか?
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言葉の定義を明確にしないで、指摘されてから「実質」だのなんだと言い逃れをしないでいただきたいですね。



そもそも、あなたにとっての「実質」の定義も明らかにしていただいていませんし。
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>中国は植民地化されなかったのではないですか?



回答:その通りです。

中華人民共和国の建国は1949年です。


>中国全土は満州族による植民地支配を受けていたのだぞと反論する人もいるかも知れませんが、

まず、中華人民共和国の建国以前の世界は、「あの地域」を「中国」とは呼んでいません。
当然「中国」という概念も存在しません。

更に、あなたの中の植民地の定義も不明ですが、
質問者様は、「あの地域」の歴代の王朝は、その前の政権を滅ぼして新たな国家を建たものであり、王朝ごとに支配民族が違う事をご存じでしょうか。

それらを「植民地」というなら、未だにアメリカやオーストラリアも植民地であると思います。
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中国は植民地化されなかったのではないですか?


    ↑
その通りですね。
「実質的」に植民地化されていた、ということです。

上海を訪れた、高杉晋作等は、中国人が奴隷のように
扱われる様を目にして、危機感を抱き、これが討幕運動
になり、日清日露戦争へと展開しました。

尚、当時の英国のタイムズ紙では、横浜も英国の
植民地である、と紹介されていました。
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中国の場合、清王朝が退位で滅亡しているうえ、中華民国から中華人民共和国という共産主義国に統治者が移譲していて、国体として国家が継続していないのです。


そうなると中国全土という国境線も中国人という民族の範囲も変化しているので、王朝が継続している日本とタイと一緒にはできません。
欧米や日本の植民地支配は国家単位で割譲していた訳ではなく、返還後に成立した独立国家が決めること。
中華人民共和国が植民地支配を受けていないと主張するなら、香港も上海も台湾も満州も返還される謂れがないので領土としての正当性がなくなります。
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