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日本支配下の朝鮮半島、1941年の国民学校令以降ハングル教育は抹殺されたのかと思いましたが、
八木信雄「日本と韓国」を読むと、正規教科からハングルが除外されただけで、教えている学校もあったとのことです。そうすると,日本支配下ではハングルの弾圧はあったけれど、ハングルの抹殺は無かった、というのが正しい理解で良いでしょうか?

「日本支配下の朝鮮半島、1941年の国民学」の質問画像

質問者からの補足コメント

  • 弾圧の根拠となるのは以下の論文と資料からです。
    http://www.kansai-u.ac.jp/fl/publication/pdf_aid …

    http://wayto1945.sakura.ne.jp/KOR10-language.htm …
    学校においては、生徒に日常生活も日本語で送らせる=生徒に朝鮮語を一切使わせないよう法令で要求する所までいった事が判ります。
    ただし動きが法令上に見えてくるのが1938年からである事には注意が必要です。強制そのものを否定したい人が出してくるエビデンスは、往々にして圧力が緩かった時期のものを流用しているからです。

      補足日時:2016/12/02 15:55

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A 回答 (4件)

当時の朝鮮は日本に併合され、国語は日本語です。


一方で、朝鮮語を即時全面禁止すれば日常生活が行えません。
そこで教育の主体を日本語教育にしたものです。
「今後は日常生活で日本語を使うようにしましょう」が
「生徒に朝鮮語を一切使わせない」根拠とは残念です。
努力義務と強制を混同しているとしか言えません。
あくまでも教育の重点を日本語にしただけで、
政策としての弾圧などしていません。
そもそも、生徒が日常生活で一切朝鮮語を使用しないなら、
保護者をはじめとして大人と意思疎通ができません。
そのようなことを政府が要求したと考えるのが間違いです。

お示しになった八木氏の書籍を読めば出ているはずですが、
当時の校長による判断なので、日本人の校長は朝鮮語を教え、
朝鮮人の校長は日本への貢献ととってもらうために
朝鮮語の授業を廃止する傾向にあったという意見が
当事者の考えとして示されていたはずです。
これを読んでも「日本が朝鮮語を弾圧した」と考えますか?



一つ目のURLにある論文の方はその典型です。
「偏狭なナショナリズムに凝り固まる」というほうが偏見です。
例えば1938年の第三次教育令以後について、
 学校教育では教員も生徒も朝鮮語を使用することが
 一切禁止されていくことになった。
と述べられています。
実際に当時のことを調べたことがないのでしょうか。

「公文類聚・第六十五編・昭和十六年・第四十五巻・
 官職四十二・官制四十二(朝鮮総督府六)」
(アジア歴史資料センター レファレンスコードA02030273600)

この中には「昭和十六年度平壌師範学校各教官議仕学科目別
毎週教授時数予定表」(P214)として、しっかり朝鮮語があります。
(ほかにも何か所かに朝鮮語の授業が出てきます)
「抹殺された」はずの授業が予定されている(しかも師範学校で)
のですが、どう説明されるのでしょうか。



2つ目のURLの方は、もう語るまでもありません。
当時の朝鮮は日本に併合されていたことを全く理解せず、
朝鮮を優遇していないと吠えているだけです。

少し古いのですが、1917年当時の問題です。

「警保局長決裁書類・大正7年/日鮮人労働者争闘度数其他
 調査の件・庁府県」
(アジア歴史資料センター レファレンスコード A05032243600)

中を見ればわかりますが、日本人と朝鮮人が職場で争った統計で、
その原因も記載されているものがありますが、朝鮮人蔑視と
言語の不通が双璧です。
蔑視は論外ですが、言語の不統一は争いの元です。
併合されて30年経過し、国語として日本語を使用することで
朝鮮との融和をめざしたもので、1940年代はその過渡期です。
弾圧とか禁止とかは一部であったのは事実ですが、
お示しになったURLのどこにも政策としての禁止はありません。

当時の朝鮮映画で「家なき天使」(1941年)という作品があります。
全編朝鮮語ですが、一時は文部省推薦で日本の上映も企画されました。
(内務省の同意が得られず実現しませんでしたが、一般公開はされました)
1941年の映画は1938年以前の圧力が緩かった時代ではないのですが、
弾圧され一切禁止された朝鮮語の映画を、(総督府ではありませんが)
日本の文部省が推薦しようとするなど政策の不一致でしょうか?

当時の方々の過去の意見を見ると、日常生活で強制や弾圧があった
という意見は少なく、普通にバイリンガルで話す方もおられましたが、
戦後教育で日本が悪とされることで、当事者の意見が封殺され
今では「日本の時代が良かった」というと、若者に「歴史を知らない」と
暴行されるように、韓国に都合の良い歴史になる傾向にあります。
韓国にとって忌むべき歴史だからと言って、「後から考えると弾圧」
「事実上の強制」という意見に同意するのは歴史の書き換えです。



もう一点、ハングル(文字)と朝鮮語(言語)を混同していませんか?
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>日本支配下ではハングルの弾圧はあったけれど、ハングルの抹殺は無かった、というのが正しい理解で良いでしょうか?



良いと思います。そもそも日本が朝鮮を合併しなければ、その後現在に至るハングルの隆盛はなかったであろう、と思うからです。

質問者様の提示している2番目のURLをざっと拝見しましたが、私が一番気になったのは
「★日本人が初めて朝鮮語辞典を作った説
 →総督府が出した朝・日辞典を朝鮮語国語辞典と勘違いしていると思われる。そうでないと主張するなら実物画像を提示すべし。初の本格的朝鮮語国語辞典は1947年出版の「朝鮮語大辞典」」です。

つまりハングルを国語として作った辞典は1947年が最初である、ということでしょう。
ちなみに日本語の国語辞典は、682年の『新字』とされています。
 現実的には15世紀にはたくさんの辞典ができるようになり、明治に入るとすぐに近代的な辞典の編纂に取り掛かっています。

なぜ、朝鮮語の辞典は1947年という戦後が最初なのか?
それは、日本併合前はハングルが普及せず、ハングル辞書の需要がなかったからでしょう。翻ってみれば日本の併合時代にハングルが普及したからこそ戦後辞典をだす必要があったわけです。

ということで、日本支配下の戦争が激しくなっていく過程でハングルを弾圧(というより日本語を強化)したけど、抹殺はしていない、という見解でいいと思います。
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>日本支配下の朝鮮半島、1941年の国民学校令以降ハングル教育は抹殺されたのか


 ⇒国民学校令では朝鮮語を「選択科目」にしただけです。校長の自主判断で教えても教えなくてもいいということ。ただ実際に科目から外した学校は1割程度だったと聞きます。

 したがって、
>日本支配下ではハングルの弾圧はあったけれど、ハングルの抹殺は無かった、というのが正しい理解で良いでしょうか?
 ⇒日本支配下でハングルが普及(朝鮮語の導入は日本統治後の施策です)したが、戦時下の一時期には積極的普及がされなかった場合があった、という事実が残るだけです。
 弾圧も抹殺も根拠がありませんね。
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むしろ逆で、文盲率の高かった韓国にハングルを定着させたのが日本の教育です


日本が統治していなければきっとハングル自体が韓国に一般化することはなかったでしょう
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