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文法上の肯定・否定の話になると思います。

「○○しませんか?」という問いに対しての返答は
・「はい。○○します。」
または
・「いいえ。○○しません。」
になりますよね?

さて、ここからが問題なのです。

「○○しませんでしたか?」という問いに対しての返答は、
・「はい。○○しました。」
または
・「いいえ。○○しませんでした。」
だと私は思っていたのですが、
これに対して異論を唱える人が何人もいるのです。

彼らは、
・「はい。○○しませんでした。」
または
・「いいえ。○○しました。」
だと言うのです。

果たして、私の文法と彼らの文法、どちらが正しいのでしょうか?

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A 回答 (16件中1~10件)

三度失礼します。



「○○しませんでしたか?」
2つの意味の使い分けを考えてみました。

まず、「○○よねぇ?」(確信していて、確認の意味で)
AさんとBさんか会社の同僚、ということで。
AさんはホテルでBさんを見かけました。
A「昨日、ホテルに行きませんでしたか?」
B「はい。いきました」
 「いいえ。行っていません。」

(「はい」→「行った」「いいえ」→「行っていない」)

次は「○○しませんでしたよね?」と「○○してないですよね?!」という意味で。
AさんとBさんが恋人同士だとします。AさんはBさんが、他の誰かとホテルに行ったのではないかと、疑っています。
A「昨日、ホテルに行きませんでしたか?」
B「はい。行っていません」
B「いいえ。行きました」
(「はい」→「行っていない」「いいえ」→「行った」)


健康診断の例でもそうです。
昨晩はご飯を食べてはいけない。という約束をした上での確認なので
A「昨晩、ご飯はたませんでしたか?」
B「はい。食べませんでした」
B「いいえ。食べてしまいました」
(「はい」→「食べていない」「いいえ」→「食べた」)

以前からの約束がなかった場合「では、今から検査してみましょう。」といきなり言われてしまった場合は
A「昨晩は、ご飯を食べませんでしたか?」
B「はい、食べました」
B「いいえ。たべませんでした」

例外も多そうですが・・・。

この回答への補足

要は、
「○○しませんでしたか?」
の「○○しません」が、そのときの状況で、当然の事を指すか否かによって変わる、
すなわち、

「○○しません」が当然ならば、
「はい。○○しませんでした。」

「○○しません」が当然とは言えなければ
「はい。○○しました。」

ということになる、ということですね。

補足日時:2004/09/01 12:43
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この回答へのお礼

3度もありがとうございました。

お礼日時:2004/09/01 12:42

(1)「タバコは、ありませんか?」


「はい。ありません。」

これは確かに変ですね。一方、

(2)「忘れ物は、ありませんか?」
「はい。ありません。」

これはおかしくないですね。


どこが違うかというと、(1)は質問者がタバコが【あることを期待】しているのに対し、(2)は忘れ物が【ないことを期待】している点だと思います。

注意すべきなのは、(1)と(2)は文型としては全く同じですが、「タバコ」「忘れ物」といった単語の意味や、質問の発せられる状況によって質問者の期待が正反対になるということです。

# ですから特殊な状況を設定すれば、
# (1)の会話も変ではなくなります。
#
# 例.
#
# 部屋の中にタバコの箱が散らばってしまい、
# みんなで拾い集めて片付けた後、最後の確認の意味で
# 部屋の床を指差しながら「タバコは、ありませんか?」
# と聞いた場合。(この場合、質問者はタバコが
# ないことを期待している)


すでに、他の方が回答されていることと重なりますが、日本語は話し手の意図を推測して、それに対する肯定/否定で「はい/いいえ」の使い分けがされるのではあり、文型から一意的に「はい/いいえ」の使い分けが決まるのではないのだと思います。

したがって「○○しませんでしたか」という問いには、状況によって

「はい、○○しませんでした」
「いいえ、○○しませんでした」

のどちらもあり得ると思います。

この回答への補足

この場をお借りして、皆様に感謝を申し上げたいと思います。

私なりに、一つの結論が出ました。
それは、
「否定形の質問に対して『はい』『いいえ』単独で返答すると、間違いの元」
ということです。
日常生活なら、紛らわしいということだけで済みますが、例えばビジネス等の局面では、「はい」「いいえ」だけで返答することは危険だとも思いました。
これからは、「はい」も「いいえ」もつけずに、「~します」「~しました」で返答するようにしたいと思います。

皆様、ありがとうございました。

補足日時:2004/09/02 17:19
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>日本語は話し手の意図を推測して、それに対する肯定/否定で「はい/いいえ」の使い分けがされるのではあり、文型から一意的に「はい/いいえ」の使い分けが決まるのではないのだと思います。

どうも、そのようですね。

なお、
「忘れ物はありませんか?」
に対しては、私ならば
「いいえ、ありません。」
です。
相手の意図を「忘れ物があるのではないか」と推測しているからなのでしょうね。

お礼日時:2004/09/02 17:17

こんにちは。



日本語は難しいですね。

>「○○しませんでしたか?」という問いに対しての返答は、
>・「はい。○○しました。」
>または
>・「いいえ。○○しませんでした。」
が、常に正しいとはいえないのではないでしょうか?

例えば、現在形で
「もう、嘘をつきませんか?」
「はい、つきません。」
とか、
「ご注文に間違いはございませんか?」
「はい、ありません。」
といいませんか?

過去形でも、
「先日のご注文に間違いはございませんでしたでしょうか?」
「はい、ありまでんでした。」
と、私ならいいますが。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

「ご注文はございませんでしょうか?」
「ご注文はございませんか?」
だったら、
「いいえ、ありません。」
ですよね。

お礼日時:2004/09/02 17:13

再度martinbuhoです。



私の回答は「「○○しませんでしたか?」という問いに対しての返答・・・」対あなたの友人の見解について
答えたものです。つまり否定形の質問文に関してです。
(文章が否定の質問かどうかが問題であり、表現の差は問題ではありません)

~しませんかは否定形の質問文ではなく単なる勧誘の文だと思います。このような勧誘の文や肯定の質問文では
混乱は起こらないと思います。

なお「相手の意志を尊重」で分かりにくいようですので「相手の考えを主体に返事する」に変えます。尊重するかどうかとは違うレベルの話です。

この回答への補足

この場を借りて、皆様向けに補足します。

「○○しませんか?」の場合は、確かに否定疑問文であるにもかかわらず、現在形であるがゆえに「肯定の勧誘の文」ということで特別扱いされる感じもありますね。

しかし、例は他にもあります。
現在形で
「タバコは、ありませんか?」
「はい。ありません。」
これは変ですよね。

だから、過去形で
「テーブルの上にリンゴは、ありませんでしたか?」
「はい。ありませんでした。」
これも変だと思うのです。

補足日時:2004/09/01 19:15
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2004/09/01 19:14

No12 補足します。




説明下手ですみません。私は日本語の否定形の質問文の説明をしたつもりです。英語の話ではありません。

日本語の否定形の質問への答え方で混乱は起こらないが時論です。もし、起こるなら英語での混乱も一般に起こるほど起こらないはずと説明したつもりです。なぜなら
日本人はどちらのケースにも臨機応変に回答できるからです。実際は英語で混乱が起こります。それは日本語と
考え方が違うからです。つまり日本語では相手の考えにあわせて「はい」「いいえ」と返事をします。

ここからは本文に続きます「問題は否定形の質問時に起こります。
英語は相手と関係なく自分の答えに従ってYes,Noで答えます。日本語は自分の意志と関係なく、相手の意思を尊重して返事します(習慣)。相手の質問は「~しませんでしたね?」と事実を否定しています。したがって、していない場合は「はい」していた場合は「いいえ」となります。

>彼らは、
・「はい。○○しませんでした。」
または
・「いいえ。○○しました。」
だと言うのです。

お友達の言うとおりです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
相手の意思を尊重ということであれば、例えば、現在形の「○○しませんか?」については、尊重しなくていいのでしょうか・・・。
Q「ゲームしませんか?」
A「はい。しません。」
これでは、なんか変です。
「相手尊重論」は必ずしも成立しないのではないでしょうか。

もちろん、文尾に「ね」を付けて、
Q「ゲームしませんね?」
ならば。
A「はい。しません。」
は当然ですね。

お礼日時:2004/09/01 18:13

私はあなたの文法に異論を唱えた人と同意見です。




英語の否定形の質問に日本人は戸惑いますが、その原因
(理由)は日本語の否定形の質問を基準にするから間違えるのです。日本語の解釈がどちらでもよければ、英語の質問に戸惑う人は少なくなるでしょう。

問題は否定形の質問時に起こります。
英語は相手と関係なく自分の答えに従ってYes,Noで答えます。日本語は自分の意志と関係なく、相手の意思を尊重して返事します(習慣)。相手の質問は「~しませんでしたね?」と事実を否定しています。したがって、していない場合は「はい」していた場合は「いいえ」となります。

私はこの違いを外国人には次のように説明しています。

否定形の質問に肯定(はい)で答えているのではなく、
「はい、あなたが今言われたように、私は~していません」と二文で答えます。「日本人は、はい、私はしていません」と否定文を「はい」で答えるという一般の説明は誤解を与えています。正解は「はい、あなたの言うとおりです。私はしていません」であり文法的に英語などと何ら矛盾していません。

この回答への補足

この場をお借りして補足させていただきます。
恐れ入りますが、英語の肯定疑問文、否定疑問文と、それに対する返答についての議論は、本題に対して、あまり意味がないので、この際議論から除外していただきたいと存じます。

補足日時:2004/09/01 12:45
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
英語との違いは、そういうことですね。

お礼日時:2004/09/01 12:45

こんにちは。



♯4です。
ふと思ったのですが、あらたまった場面ならともかく、普段、「○○しませんでしたか?」という文章を使うでしょうか。

私の言葉で言うなら
「昨日、映画いったんけ?」(福井弁!)です。
これは、なんらかの理由があって、質問者は「映画にいったんけ?」と聞いています。
その理由とは?
映画館でしかもらえないグッズを、持っていた!ということにしましょう。
☆質問者:「昨日映画いったんけ?」
回答者:(一瞬、何のことか分からないけれど理由が分かり)「うん!いったんやって!これ格好いいやろう!」
 回:(一瞬、なんのことか分からないが、理由が分かって)「ううん。いってないよ?これは知り合いから貰ったんやって。格好いいやろう!」
否定する語を使ったら、次の文は否定の意味の文章がきています。
「ううん。」→「行っていない」
肯定する語を使ったら、次の文は肯定の文です。
「うん。」→「行った」

では、
質問者は、回答者が「映画に行く!」というのを聞いていました。しかし、質問者は持っている筈のグッズを持っていません。
その場合は、
☆質問者:「昨日、映画行かんかったんけ?」
回答者:(一瞬、何故その質問をするのか分からないが分かって)「うん。行けんかったんやって。」
回答者:(一瞬、何故その質問をするのかわからないが、分かって)「ううん。知り合いにあげてもたんやって」

この場合は
否定の語を使い、その後の分は否定(?)の意味の文です。
「うん」→「行っていない」
「ううん」→「行った」

これは、1つ目の文が
「行った」ことを聞いていて、
1つ目の文が
「いけなかった」ことを聞いているからです。

「行ったんですよね?」→「はい」
「いけなかったんですよね?」→「いいえ」
(どちらも、行ってます)

さて、日本語って難しい。
「○○さんに声をかけられましたか?」という文があったのなら、○○さんに声をかけられたか否か聞いているのか、○○さんに声をかけたのかのかどうかを聞いているのか不明です、
こんな文章もあるんですよね。
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この回答へのお礼

再びのご回答、ありがとうございます。
方言とタメ口ですか。なるほど。(笑)


>あらたまった場面ならともかく、普段、「○○しませんでしたか?」という文章を使うでしょうか。

あらたまっていなくても、しょっちゅう使いますよ。
「学校は今日、台風で休校しませんでしたか?」
「昨日、街に出かけませんでしたか?」
特に、相手が目上ならば、必ずです。

お礼日時:2004/09/01 01:44

何人かの方が指摘されているとおり、英語では回答が肯定文か、否定文かにより Yes、No を使い分けますが、日本語では質問している人の考えが正しいかどうかを推定して、はい、いいえを使い分けます。

単純に英語と日本語では逆とは言いきれないです。

質問の仕方によって分類しますと。

1. 昨日行きましたか?
これは単純に、
はい、行きました。
いいえ、行っていません。

2. 昨日行っていませんか?(行きませんでしたか?)
単純に「行きましたか」と質問しないで、あえて否定文で質問しているのは、行ったと疑っていると判断して、
はい、行きました。
いいえ、行っていません。

3. 昨日行ってないですよね?(行きませんでしたよね?)
行ってないことはほぼ間違いないと思っているが念押しをしていると判断して、
はい、行ってません。
いいえ、行きました。

ということになると思います (もちろん話し方の抑揚やその他で逆の場合もありえますが)。

英語と逆になるのは 3 の場合だけですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私と同じ文法ですね。(笑)

「昨日行ってないですよね?」(行きませんでしたよね?)
については、#8さんへのお礼文に書いたと同じく、
本件とは話が違うのではないかと思っています。

お礼日時:2004/09/01 01:34

こんにちは。



まず、「○○しませんか?」と「○○しませんでしたか?」は、それぞれで意味合いが違いますよね。
また、それぞれの表現の中でも違う意味になってくる捉え方があると思います。

色んな場面を想定して、使うであろう例文と答え方を考えてみました。

-----------------------------------------------------

「○○しませんか?」


●相手に対して「今」「誘い」をしている表現
     (例:野球しませんか? → はい、しましょう。 / いいえ、しません。)
     (補足:野球しない? → うん、しよう。 / ううん、しないよ。)


●相手に対して、ある「物事」を「しないのかどうか」を確認する
     (例:野球しませんか? → いいえ、私は野球をします。 / はい、私は野球はしません。)
     (補足:野球しないの? → ううん、するよ。 / うん、しないよ。)

 ↑相手に対して、ある「物事」を「するかどうか」を確認するするもう一つの表現
      (例:野球しますか? → はい、私は野球をします。 / いいえ、私は野球をしません。)
      (補足:野球するの? → うん、するよ。 / ううん、しないよ。)

また、相手に対して「今」「誘い」をするためには、「野球しませんか?」も「野球しますか?」両方使えると思います。

-----------------------------------------------------

「○○しませんでしたか?」


●相手に対して、ある「物事」を「したかどうか」を確認する
     (例:昨日映画を見に行きませんでしたか? → はい、私は昨日映画を見に行きました。 / いいえ、私は昨日映画を見に行きませんでした。)
     (補足:昨日映画見に行かなかった? → うん、見に行ったよ。 / ううん、見に行ってないよ。)

 ↑相手に対して、ある「物事」を「したかどうか」を確認するもう一つの表現
      (例:昨日映画を見に行きましたか? → はい、私は昨日映画を見に行きました。 / いいえ、私は昨日映画を見に行きませんでした。)
      (補足:昨日映画見に行った? → うん、見に行ったよ。 / ううん、見に行ってないよ。)


●相手に対して、ある「物事」を「していないかどうか」を確認する
     (例:昨日映画を見に行きませんでしたか? → はい、私は昨日映画を見に行きませんでした。 / いいえ、私は昨日映画を見に行きました。)
     (補足:昨日映画見に行かなかった? → うん、見に行ってないよ。 / ううん、見に行ったよ。)

 ↑相手に対して、ある「物事」を「していないかどうか」を確認するもう一つの表現
      (例:昨日映画を見に行ってないですか? → はい、私は昨日映画を見に行きませんでした。 / いいえ、私は昨日映画を見に行きました。)
      (補足:昨日映画見に行ってないよね? → うん、見に行ってないよ。 / ううん、見に行ったよ。)



もし、例えば友達の姿を昨日映画館の前で見かけたので聞いてみる場合は「昨日映画を見に行きませんでしたか?」で聞くと思いますし、
その答えは「はい、私は昨日映画を見に行きました」か、「いいえ、私は昨日映画を見に行きませんでした。(映画館の前にいたけど映画は見てない)」だと思います。


そしてもし、例えば友達とある映画を見にいく約束をしているのに、昨日一人で映画館の前にいるのを発見したので、まさか映画を見に行ってないでしょうね?という
意味を込めて聞く場合が、「昨日映画を見にいきませんでしたか?」でしょうし、答えは「はい、私は昨日映画を見にいきませんでした」、
もしくは「いいえ、昨日私は映画を見に行きました」だと思います。

-----------------------------------------------------

長く複雑で分かりにくいかと思いますが、以上の事から、sanoriさんも、sanoriさんに異論を唱える人たちも間違っていないと思います。
どちらも正しいと思いますよ。
日本語の表現って難しいですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
やはり両方あるということですか。

私は
「昨日映画を見に行ってないですか?」
の場合でも、
「はい、見に行きました。」
が正解だと思っているのですが・・・。

なお、
「昨日映画見に行ってないよね?」
に関しては、話が別だと思います。
これは、否定の念押し質問文なので。

お礼日時:2004/08/31 23:21

No.6の補足です。


「○○しませんでしたか?」
という質問には2通りの意味がありそうです。

(1)「○○しなかったですよね?」
(2)「○○したでしょ?」

言った人物や、言い方、使う場所によって変わりますね^^
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私の今回の質問は、そのことです。
返答の文でなく、質問文のほうの問題です。

お礼日時:2004/08/31 22:19

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Aベストアンサー

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「そば」にも「側」や「傍」の漢字がありますが、「横」や「隣」に比べると、使われることは少ないと思います。
でも、漢字を使うかどうかは個人の好みの問題ですから、あまり気にし過ぎないでください。

では、意味を説明します。

そば…「近く」とほぼ同じ意味です。左右・前後関係ありません。密接していなくても使えます。
よこ…右と左です。
となり…右と左ですが、建物同士・人同士など、同じものが並んでいる時にだけ使います。

次に、例文です。

そば
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「鈴木さんの横に佐藤さんが座っている。」

「薬屋の隣に本屋がある。」
「鈴木さんの隣に佐藤さんが座っている。」

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「隣」の使い方の中に、左右の位置関係を示すというよりも、接していることだけを示す使い方があります。

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他の意味も少しだけ説明しておきます。

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その他にも色々な意味があるのですが、それはまたおいおい勉強していってください。

では、頑張ってくださいね。

まず、「よこ」は「横」、「となり」は「隣」と、漢字で書くことが多いです。
「そば」にも「側」や「傍」の漢字がありますが、「横」や「隣」に比べると、使われることは少ないと思います。
でも、漢字を使うかどうかは個人の好みの問題ですから、あまり気にし過ぎないでください。

では、意味を説明します。

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よこ…右と左です。
となり…右と左ですが、建物同士・人同士など、同じものが並んでいる時にだけ使...続きを読む

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q「仕舞う」という漢字表記について

「仕舞う」という漢字について、質問があります。

「しまう」は「終う」と「仕舞う」と2つの表記がありますが、なぜ「仕舞う」とい
う漢字表記なのか、何かもともと別の意味があるのか、を教えていただきたいのです。

「仕舞」という能楽用語があるようですが、それと何か関係があるのでしょうか。
「終う」と「仕舞う」2つの表記の使い分けなども、教えていただければ幸いです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「しまう」には「了う」という表記もあります。
「仕舞う」だけは常用漢字表の音訓で書き表せますが、「了う」「終う」は表外音訓になります。
公用文や新聞では仮名書きの「しまう」を使うことになっています。

いくつかの辞書を見た限りでは、「しまう・しまい」の見出しの漢字はまちまちで、使い分けには触れていません。
また、能楽の「仕舞」との関連などに触れた辞書も見当たりません。能楽の「仕舞」を見出しに立てている辞書も、「しまう・しまい」との関連は全く触れていません。

ということで、「しまう・しまい」を「仕舞う・仕舞い」と書くのは、おそらく当て字であろうと思われます。

『広辞苑』
 |し‐ま・う【仕舞う・了う・終う】
 |し‐まい【仕舞】 …終りの
 |し‐まい【仕舞】 …能楽の
 |終 〔漢音〕シュウ 〔訓〕おわる・おえる・ついに
 |了 〔呉音〕〔漢音〕リョウ 〔訓〕おわる・しまう・さとる
『大辞林』
 |しま・う【仕舞う/▽終う/▽了う/▽蔵う】
 |しまい【仕舞(い)/▽終い】 …終りの
 |しまい【仕舞】 …能楽の
『大辞泉』
 |し‐ま・う【仕舞う・▽終う・▽了う】
 |し‐まい【仕舞(い)・▽終い・▽了い】 …終りの
『明鏡』
 |し‐ま・う【仕舞う・▽終う・▽了う】
 |し‐まい【仕舞う・▽終う・▽了う】 …終りの
 |し‐まい【仕舞】 …能楽の
『新明解』
 |しまう【《終う】(「仕舞う」とも書く)
 |しまい【仕舞(い)】 …終りの
 |しまい【仕舞】 …能楽の
『岩波』
 |しま‐う【仕舞う】
 |しまい【仕舞(い)】 …終りの
------------------------------------------

堀井令以知編『日常語の意味変化辞典』(東京堂出版)には、
 | しまう 仕舞う
 | 終りにする。片付ける。シはスル(為る)の連用形で「仕」は当て字。
とあります。

室町時代には「成し遂げる」の意味で使用。「終りにする」の意味は江戸時代からの用法。さらには「入れ収める」「片付ける」「殺して始末をつける」の意味も。補助動詞としての「シマウ」は江戸時代からで、「~し終える」の意味や強調としても用いられたとのことです。

能楽の「仕舞」は、これらの「しまう・しまい」とは意味のつながりが全くありません。たんなる憶測ですが、音が同じ「仕舞」の表記を借りて「しまい」に当てたのかもしれません。

「しまう」には「了う」という表記もあります。
「仕舞う」だけは常用漢字表の音訓で書き表せますが、「了う」「終う」は表外音訓になります。
公用文や新聞では仮名書きの「しまう」を使うことになっています。

いくつかの辞書を見た限りでは、「しまう・しまい」の見出しの漢字はまちまちで、使い分けには触れていません。
また、能楽の「仕舞」との関連などに触れた辞書も見当たりません。能楽の「仕舞」を見出しに立てている辞書も、「しまう・しまい」との関連は全く触れていません。

ということで...続きを読む

Q「知っていない」という日本語は存在しないのでしょうか

通常、「~ている」に対する否定形は「~ていない」という形式をとるが、「知っている」はなぜか「知らない」をとるのが普通のようです。さて、私が聞きたいことは、「知っていない」という日本語は存在しているかどうかです。もし「知っていない」はあったら、どんな場合に使われますか。
どうか教えてください。

Aベストアンサー

この件は、過去いろんな掲示板で度々議論されており、Oyanagiと言う人が、『新日本文法研究』の第7章「知ラナイ」と「知ッテイナイ」p.109-p.116大修館書店1983年を引用しながら詳しく説明しているサイトがあったので、下記にコピーします。


この章の最後にまとめがあるので、まずその部分を引用して、それぞれがどのようなものかについて、久野(「新日本文法研究」の著者)の説明に沿って(ところどころ個人的な解釈が入りますが)簡単に説明を付けておきます。
従って引用部分以外の記述についての文責はすべてOyanagiにあります。
注:引用(33)(34)は章の項目に付けられた通し番号
****引用(p.116)********
本章で観察した「知ラナイ」と「知ッテイナイ」の構文法的、意味的相違をまとめると、次の通りである。
(33)構文法的要因
    A. 「知ッテイル」と平地され、肯定・否定の対比を表わす時には、「知ッテイナイ」が用いられる。
    B. 活用変化語尾「・・・ケレバ」が附加された場合、「知ッテイナイ」パターンが義務的に用いられる。
      「知ラナケレバ」は、「知るようにならなければ」の意味しかない。
    C. 活用変化語尾「・・・クテハ」、「・・・クテモ」が附加される場合には、「知ラナ」と
      「知ッテイナイ」両パターンが用いられ得る。推量形「・・・カロウ」も同様である。
    D. 「知ッテイル」の否定形が、肯定の推量を表わす場合には、「知ッテイナイ」パターンも用いられ得る。
(34)意味的要因
    A. 「知ッテイナイ」は、動作・完了性に着目した表現であり、「知ラナイ」は、静的状態に着目した表現である。
    B. 従って、「・・・ヲ知ッタ」という表現が困難であればある程、「知ッテイナイ」を用いることが困難である。
    C. 「知ッテイナイ」は、それが表わす状態が非恒常的であることを示唆する。
    D. 「知ラナイ」は、知識の欠如を、その主体(主語)の内側から見て記述した表現であり、
      「知ッテイナイ」は知識の欠如を、外側から客観的に観察して記述した表現である。
***引用終了*************
(33)の構文法的要因というのは、特に説明は要らないと思われるが、「知っている」の否定の基本形は「知らない」であることを前提に、A~Dのような構文上の特徴があると、その特徴に影響されて、「知っていない」の形式が用いられるということである。
【構文的要因Aについて】
例)「~を知っていても、知っていなくても」
例)「~を知っていようが、知っていなかろうが」など
もちろん、この場合も「知らない」の形式も同様に使われるので、Aの記述は『「知ッテイナイ」も比較的よく用いられる』としたほうがいいかもしれない。
【構文的要因Bについて】
これはちょっと分かりにくいが、久野によれば、次のような文は『?』または不適格『*』がつくという。
例)??「この問題は、日本語を知らなければ答えられないでしょう」
例) *「この試験に合格するためには、日本語よく知らなければならない」
但し書きで、?や*となるのは「知らなければ」が現在の状態を表わす場合としている。つまり、「知識としてこの先得ることがなければ」という意味なら可としている。
【構文的要因Cについて】
これはその説明の通りである。
★★★Oyanagiの補足★★★
googleで「知っていない」を検索すると、8330件ヒットする。最初の100件ほどを眺めると、確かにAの要因で「知ッテイナイ」が使われているのだろうと思われるものがある。しかし、それよりも目につくのは、「~を知っていないと」のように「~と」条件文に接続する場合の多さである。試しに、再度googleで「知っていないと」を検索すると、4740件がヒットする。つまり、「知っていない」の使用例のうち、半分以上が「~と」という形式で使用しているということである。
これが何を意味しているのか。非常に興味深いことである。
ただし、同じ文脈でも「~知らないと」という形式は「~知っていないと」と比べてけた違いに多いこともまた事実である。(→152000件)
★★★★★★★★★★★★★
【構文的要因Dについて】
これは構文上の特徴だけでなく、意味的な要因がからんでいると思う。つまり、「知っていない」という形式が使われるが、意味的には「否定」を表わさず、「知っている」という肯定的な推量を表わす場合のことを指している。
例)「だれかこの問題の答えを知っていないだろうか」
以上が、構文的な特徴に影響されて、”本来は”「知らない」が使われるべきところを、「知っていない」が使われる場合である。ただ、A~Dの全てが、”単に”構文的な要因に影響されてのことなのかは疑問が残る。
次に、意味的な要因について簡単に説明を付けておく。
【意味的要因Aについて】
単文として「ドイツ語を知っていない」や「山田さんが知っていない人」のような文が不適格になる理由として、まず第一に「~ている」という形式が<完了>を前提にした表現であることを指摘している。従って、<完了性>が強くでる文脈では「知っていない」が使われ得るとしている。
例)「田中君はこのことについて、何か知っていたか」
  「いや、まだ何も知っていませんでした」
例)「このクラスの学生たちは、英語進行形の用法はまだ知っていないと思います」
【意味的要因Bについて】
これは非常に興味深い指摘である。まとめには書かれていないが、個人的に重要だと思われることは<知識の質>の問題である。つまり、「山田さんが来ること」とか「あの人の名前」とか、「(きのう)~を知った」と言えるようなものは『(容易に伝達が可能な)個別の情報』の部類であり、「(きのう)日本語を知った」と言えないように、「日本語」とか「自動車の運転」などは『個別の情報』ではなく、『ネットワーク化に組み込まれた知識』ということである。
このことから、『個別の情報』の類は「知っている」の否定「(まだ)知っていない」が用いられことがあるが、『ネットワーク化に組み込まれた知識』については、Aの要因と相まって、「知っていない」は用いられないということである。
注:括弧(<>、『』)内で示した用語は本書の説明から判断してOyanagiがつけたものである。
例)×「あいつは花子を知っていない」
  ◯「あいつは交通規則を何も知っていない」
例)「山田は、国会議員をだれも知らない」→『友人としてだれも知らない』という意味が優勢
  「山田は、国会議員をだれも知っていない」→『名前を知らない』という意味が優勢
★★★Oyanagiの補足★★★
実は先の投稿にある私の考察はこのBの部分にかなり負うところがある。<知識の質>として二種類を想定するということは
(1)完了性を意識した(:「~た」→「~ている」の流れの)情報
(2)完了性を意識しない(:静的な)情報 =<ネットワーク化に組み込まれた知識>
のふたつを私たちは区別しているということである。
私は自身の考察で<主体変化動詞>の意味特徴を示すイメージとして(ア)と(イ)を提示したが、「知る」という動詞はこれを別個に切り離して処理していることを示したが、この考え方が久野のいうBとある程度関係していると思っている。
★★★★★★★★★★★★★
【意味的要因Cについて】
これは「知る」に限らず「~ている/いない」一般について言えることで、本来「知らない」を使うべきところを、わざわざ「知っていない」を使うということは、非恒常性が強くでているということだろう。さらに、その非恒常性は「まもなくそれを知りことになる」ということを示唆していることになる。
例)「田中は、今のところ、まだこの秘密を知っていない」
  「この事件については、私は何も知っておりませんので、ご質問にはお答えすることはできません」
【意味的要因Dについて】
久野によれば、次の例文で「知っていない」を使ったほうは、話し手が花子をテストしたという印象を与えるとしている。
例)「花子は、アメリカ歴代大統領の名前を一人も知らない/知っていない」
久野の記述にはないが、この章で使われている意味的な要因で「知っていない」が適格になる文章においては、自分自身のことに言及するものがない。確かに、自分のことについて、「私は◯◯をまだ知っていない」ということはたとえ、<完了性>を意識しても、<(伝達可能な)個別の情報>について言うとしても不自然である。
★★★Oyanagiの補足★★★
以前、別な掲示板で「知っている」「知っていない」が議論になったときに、Shujiさん(バルセロナで日本語学校をやっている方です)が「知る」のもとの形が、古典語の「領る(しる)」であることを指摘されたが、今思うと、この元々の意味が「知る」の例外性を知る上でのガキになっているのではないかという気がする。

この件は、過去いろんな掲示板で度々議論されており、Oyanagiと言う人が、『新日本文法研究』の第7章「知ラナイ」と「知ッテイナイ」p.109-p.116大修館書店1983年を引用しながら詳しく説明しているサイトがあったので、下記にコピーします。


この章の最後にまとめがあるので、まずその部分を引用して、それぞれがどのようなものかについて、久野(「新日本文法研究」の著者)の説明に沿って(ところどころ個人的な解釈が入りますが)簡単に説明を付けておきます。
従って引用部分以外の記述についての文責...続きを読む


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