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古来より伝わる格言で「三つ子の魂百まで」と言う言葉がありますが私の妻(60歳)は正にこれです。まず最初にこの言葉の意味を皆さんに理解してもらいましょう。

【意味】

三つ子の魂百までとは、幼い頃の性格は、年をとっても変わらないということ

3歳ごろまでに受けた教育によって形成された性質・性格は、100歳になっても根底は変わらない、という意味
出典3つ子の魂が百まで続くのは、本当だった。 | 幼児がすくすく育つ30の教育方法(1歳~6歳)
日本で古くから伝わる諺(ことわざ)です。
しつけや教育、そして人間に必要な心の情操教育の影響が生まれてから、3年間でほぼ固定されるという考え方

私は生まれ育ちは千葉県。妻は名古屋。私達(私33歳の時、妻25歳の時)は結婚し3人の子供
(長男、次男、娘)に恵まれましたが子供達は成長し各人の人生を歩んでいる。つまり現在家には
「私と妻」2人の生活。最近(娘が独立し家を出て行ってから)感じるのですが妻の態度がまったく変わる。私は定年退職し年金生活で自由気ままな生活。妻はまだ60歳なので後5年は働ける。別に働かなくても私の年金で生活して行けるが妻は最近自分の車(新車)を買いその車の支払いの為に働いている。またこれという趣味が無い為に毎日家にいる事は退屈。年齢的にもまだ60歳なのでまだまだ働ける。働いた金は全て自分(妻)の為に(車の支払い、カードの支払い、その他)

子供達が居なくなると妻の食事に対する態度が変化する。妻は働いているので食事を作るのが面倒なのか?妻の食事の作り方は1−10日間分まとめて作る。それを冷蔵庫に保管し食べる時に温める。
私は妻に述べる、朝食の「味噌汁」は毎回毎朝作った分では無いのは食べられないと。すると妻は「では食べなければいい」と。ご飯もおかずも数日前に作った物。もうこんな食べ物食べられないといい私は全て自分で作る。同じ夫婦ではあるが食事が異なる。ここ数ヵ月同じテーブルで2人で食事をした事がない。とにかく妻は「食べ物」についてうるさい。なぜこんなに「食べ物」についてうるさいかと原因を考えると妻の育つた環境によるものだと解る。妻の実家(結婚する前の家庭)は「母親と6人の子供。父親を早く亡くし母親1人の手で育つ。これという財産も無く結婚するまで「借り屋」に住んでいた。私は実家が農家であり父は国鉄職員であつた。食べ物はほとんど負自由しなかった環境で育つ。

妻が育つた子供の頃は大変な生活であったらしい。なにしろ母親が1人で6人の子供を育てていたから食べ物もなかなか食べられない環境で育つたのだろう?だから子供の頃の「考え、性質・性格」が結婚後も出て来る。いくら注意しても治らない。正に「三つ子の魂百まで」です。ある日私の友達が家に来る。妻は「お茶とお茶菓子」を出すが会話の途中で妻は出してある「お茶菓子」を台所に持ち帰り中身を半分にして出す。友達が帰った後妻に聞くと「なぜお茶菓子」を半分にして出すのだと?すると妻はあのまま出しておいたら全部食べられてしまう、だからだと。つまり妻の気持ちの中には幼い頃の気持ちがそのまま残っていたのだろう。子供時「お客に食べ物を出せば自分達の食べ物が無くなる」と。とにかく妻は「出す」という事をしない。自分の旦那に対してもそうです。夫婦でありながらこの様な考え。食べ物を買って来てもどこかに隠してしまう。ある日、妻の実家から「食べ物」が送られて来たが妻は一口も私(旦那)に食べさせない。貴方も食べたければ自分の実家(千葉県)から送ってもらえばと。もう呆れて出す言葉がなかった。

とにかく子供の頃に身に付いた「考え、価値観、感情、金銭感覚その他」はもう変わらない。いくら60歳になろうが。このままでは本当に離婚しようかと考えている毎日です。読者の皆様に聞きますが妻の考え(常識)を変える方法はあるのでしょうか?どのようにして今後の生活をして行くべきか?

A 回答 (7件)

悲劇のつもりだとは思うの(*´∀`*)



でも、とっても読んでいて面白かったの(o^―^o)ニコ

回答はできないけど、こんな面白い文章を読ませてもらえたお礼をいいたいの(*- -)(*_ _)ペコリ
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まるで質問者が正義(絶対)のような質問内容だな。


自分の中の常識が正しくて他人の常識を非常識として否定する我の強い人間と見うけられる。

奥方も質問者と同じことを考えているかもな。
この状況を目くそ鼻くそって言うんじゃなかったっけ?
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あなたの質問文を読んで 主人の父親を 思い出しました。



食べ物に執着する男性って 結構いますよね。
主人の父親(当時70歳)が あなたのようなタイプでした。
主人の母親は 仕事により 家事に時間をさくことができなかったため
私達夫婦(当時 私が30歳)が同居し 私が専業主婦になり 毎日食事の用意をしていました。
主人の父親だけ 品数を多くするのは 当然のような状況でした。
私が同居する2年前まで 母の母親が生きておられたので その方が食事の用意をしてた とのことです。

何を申し上げたいかと言いますと
奥様と離婚なさることは あなたのお子さんたちにとって なんのメリットもありません。
というより 35年ほど 一緒に生活なさってきた妻を 今更切り捨てたとするなら
お子さんたちは あなたを責めるでしょうし
あなたが 尊敬できない父親にに成り下がるということは 想像できませんか?
でしたら 私のように お子さん家族のどなたかと同居なさり 資金援助をしたうえで
家事をお任せになっては いかがでしょう。

また 我が家も 1年半前に 息子が就職し一人暮らしを始めましたので
夫婦二人きりの生活になりました。
息子がいなくなったことで 緊張感がなくなったと言いますか 家事がつまらなすぎて仕方ありません。
ただ 私の主人は 私の心に寄り添い 優しくしてくれます。
息子が帰省した時だけ 手の込んだ豪華な料理を作ってしまうのですが
夫は 「そんなもんよね。」と 怒るでもなく 悲しむでもなく。
あなたは 私の夫とは 真逆な方のようです。

あなたは 35年ほどの結婚生活の中で 奥様の価値観を変えるほどの影響力はない夫だったのです。
それを理解したうえで これからの生活を選択してください。
あなた自身の幸せを選ぶのか お子さんたちの幸せを選ぶのか 選択をするのは あなたです。

今さら 自身の親や生い立ちを つるし上げられるなんて 奥様に 同情いたします。
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奥様の生い立ちが影響する事は、多少はあると思いますが、


ご結婚されて、35年も経つのなら、
結婚生活の方が長いので、そちらの影響が理由ではないでしょうか。

>子供達が居なくなると妻の食事に対する態度が変化する。

と、言う事は、それまでの奥様は、
質問者様から文句が出ない程、素敵な奥様だったのではないですか?
きっと、お料理も工夫されて頑張ってらしたのだと思います。

だから、きっと今は、質問者様は気づかれていないようですが、
その時の苦労や我慢から、やっと解放されて
これからは、自分の為に生きようとされているのだと思いますよ。

しかも、旦那様(質問者さま)が、
定年退職して自由気ままに過ごしてらっしゃるのなら、
奥様だって、自由に過ごさせてあげてもいいと思いますが、
それはダメな事でしょうか?

ご飯だって、作っていない訳ではなくて
ちゃんと10日分も作られるなんて、すごい手間だと思いますよ。
それなのに、そんなもの食べられないと言うなんて…
作ってあるだけお優しいと思いますけどね。

それを、三つ子の魂〜などとお考えとは…
質問者さまの方が、考え方が固定されているように思います。
実際は、質問者さまとの結婚生活からきてる結果だと思います。

今の生活が嫌であれば、離婚を話し合われるのもいいかもしれませんが、
質問者さまも、これからの人生
ご自由に過ごされてはいかがですか。
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自分ですれば 妻がしなければならない事はありません 貴方の考えはオカシイ 三つ子の魂百までは 貴方にもあるのでは 離婚すれば 嫌で

も自分に家事が来ますよ
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私の母も、子供が全員巣立ったら家事が手抜きになりましたね。


父への不満も増えました。
父も母に対する不満があったようですが、子供には言いませんでした。
そのまま母が鬱病による要介護になり、急死した時に、初めて父の涙を見ましたし、葬儀後・四十九日前には、母の死のショックで入院しました。
仲良くしている姿を見たことが無かったので、そこまでの衝撃だったかと驚きました。

死後の1年間は、初彼岸・新盆・遺品整理・相続手続き等でバタバタするものですが、父の状態も気掛かりで本当に大変でしたが、1周忌が終わる頃には父は家事を自分でやるようになりました。
私に「家電の使い方を教えろ」と言ったんです。
できるだけ毎日通ってご飯も何とかすると言ったんですが、父は「自分のやりたいようにやる」と言ってききませんでした。
父が80代になってからのことです。

母は目に障害があったのも理由の一つでしょうが、掃除はしても整理整頓ができないし、子供の私が母以上に掃除をしたり整理整頓することも嫌がるタイプでしたが、父はテレビなどのリモコンなどをテーブルの定位置に置かないと気に入らないタイプだということが、独居となってから余計にはっきり分かるようになりました。
衣類も脱いだらきちんとハンガーにかけて収納しています。
・・・これが父の望んだ家の中の有り様なんだな、と思います。

父は専業主婦だった母が生きている間は、家の中は母のやり方に任せた…任せたんだから小言は言わないというスタイルを貫いたんだと思います。
とても根気のいる50年だったと思いますが、変化(子供の巣立ちや母の死)にも対応する底力もある。

母の遺品は殆ど処分を命じた父ですが、炊き立てのご飯の最初のひと盛りは、母しか入っていないお仏壇に供えます。
お墓にもいつもしおれていない花が供えられています。
母の生前の遺品ではなく、仏様になった母を大事にすることに価値があると思っているように感じますし、不満はあっても母のことを愛していたんだと思います。
「お母ちゃんは情に流され易くてすぐにお金を人にあげちゃってよ~。全く無駄遣いばっかりだったな。」と不平を言っても目は笑っています。

本当に天国があるのなら、母に見ていて欲しいです。
きっと、後悔しつつも、涙を流すほどに喜んだだろうと思いますから。

父個人の生き様を尊敬しています。
配偶者がどういう人であれ、その人個人の生き様は、その人自身が築くものだと痛感しています。
ですから、奥様がどういう人であれ、あなたの生活はあなたが築けばいいと思います。
奥様を変えるより、あなたご自身が変わる方が簡単だろうとも思います。
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妻は飯炊き女じゃない。


主様は要求するだけで自分で三食延々と作り続けた事は無いのでは?
奥様は長年鬱積された感情を主様にあてつけているように感じました。
主様が奥様の為に三食作られたらいかがですか?
文句を言う前にご自分でセメテ一年奥様の為に食事を作ってみたらどうでしょうか。
歩み寄りとはそういうことも含まれていると思います。
お子様がいらっしゃる時から作り置きをしていたのでしょうか。
違うのでは?
主様に対して不満を抱きながらだったのでは?
お仕事ばかりで家庭を省みない状態での生活は女性に取っては苦痛の何者でもない。
その反動が今出ているのだと思います。
家族の為・奥様のために自分は何をしてきたのかをもう一度振り返るチャンスだと思います。
夫婦の事は夫婦でしか分からないけど 離婚を考える前にもう一度振り返ってみてください。
年を重ねてからの離婚。損をするのは男性です。
奥様がいなくなると自由が出来るような気がするだけで実際には引きこもりになって
寂しい人生の最後を迎える事になります。
男性が独り身の場合の多くが 寂しい人生になってしまっているようですよ。
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