ここでの質問であっているのか判りませんが、旧ソ連で行われた政策ペレストロイカについて教えてください。この内容はどういったものだったのでしょうか? 政策を進めた結果クーデターが起ったわけですが、これがもたらした結果はどんなものなんでしょうか? 

どんなことでもかまいませんのでお願いします。 

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (1件)

ロシア語で、「再編」とか「改革」、「改造」といった意味があり、もとは建築用語で、建て直しという意味らしいです。



当時はゴルバチョフ政権で、内外路線の基本方針でした。一九七〇年代~八〇年代前半に、経済が著しく不振で、法制度、管理体系を抜本的に再検討して、大胆な改革を行おうとしたのですが、経済面ではなく、文化面、社会面、政治面で進展したようです。
政治面では、複数候補制・秘密投票制の実施、スターリン批判の再開、ソビエト史の再検討(ブハーリンやトロツキーの再評価など)、社会面では、諸民族の自主的動きや労働スト、文化面では、文芸や学問の自由化、出版検閲してきた国家機関の廃止が行われました。
いわゆるグラスノスチ(情報公開)です。

このグラスノスチは、「声に出す」という意味があります。狭義には、経済情報公開の事のようですが、広義には閉鎖的マスコミ報道を改め、民衆の「声」を反映させるねらいをもつていって、従来タブーであった犯罪統計や歴史的機密事項も公表され、ポルノなどは大胆に表現されるようになったようです。
この辺から、クーデターに発展したのではないでしょうか?
    • good
    • 1

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qなんでアメリカはソ連に「封じ込め政策」をしたんですか?

トルーマンが封じ込め政策を言い出したんですよね。

アメリカにはどんな事情があったんですか?

Aベストアンサー

世界のあちこちに社会主義革命がおこって共産主義政権が誕生し、
おまけにソ連が覇権主義を露骨にみせて周囲を共産主義陣営に取り込んでいったからです。

第2次世界大戦後、西欧に搾取されていた途上国の民衆は平等のスローガンに
これを軍事独裁政権が利用する形であちこちで社会主義革命がおこります。
南米でもアルゼンチンやチリ、そしてキューバでも社会主義政権が誕生し、
アメリアの喉笛にナイフを突きつける形になります。

これに対し、東欧は少し事情が違って、ソ連軍が侵攻をして社会主義政権を直接つくっていきます。
当初はこの東欧の動きが非常に脅威となり、ギリシャの共産化が目前に迫っていたので
英米でソビエトの封じ込めを積極的に進めます。

こうして欧州の色分けはだいたいできたのですが、ソ連は豊富な資源をバックに
世界中の社会主義国に援助をし、その盟主として君臨します。

更に東アジアにおいて中国という2匹目の竜が誕生します。
東アジアでも日本は共産化を防ぎましたが、ベトナム、ビルマ、モンゴルなどは
軒並み社会主義陣営に入っていきます。

中国は膨張政策でチベットやウイグルに侵攻しますが、この時覇権主義はまだ取っていません。
アメリカにとって当面の脅威はソ連でしたが、こうも社会主義国の力が強いと、
基軸通貨ドルで世界を牛耳っていても、いつ情勢が覆るか分かりません。
それで西側諸国や日本と手を合わせて強力な封じ込めをしていくことになります。

世界のあちこちに社会主義革命がおこって共産主義政権が誕生し、
おまけにソ連が覇権主義を露骨にみせて周囲を共産主義陣営に取り込んでいったからです。

第2次世界大戦後、西欧に搾取されていた途上国の民衆は平等のスローガンに
これを軍事独裁政権が利用する形であちこちで社会主義革命がおこります。
南米でもアルゼンチンやチリ、そしてキューバでも社会主義政権が誕生し、
アメリアの喉笛にナイフを突きつける形になります。

これに対し、東欧は少し事情が違って、ソ連軍が侵攻をして社会主義政権...続きを読む

Q3B政策、3C政策

3B政策、3C政策の
3Bはベルリン、ビザンチウムと後もう一つはどこなんでしょう?
3Cはカイロ、カルカッタと後もう一つはどこなんでしょう?
すいません。
変な質問ですがお願いします。

Aベストアンサー

3B:ベルリン・ビザンティウム(イスタンブ-ル)・バクダッド
3C:カイロ・ケープタウン・カルカッタ

ご参考ください。

Qアメリカのオレンジ政策、ドイツの3B政策とは

アメリカのオレンジ政策、ドイツの3B政策とはなんでしょうか????

Aベストアンサー

アメリカのオレンジ政策というより、オレンジプランと言うべきです。
これはアメリカの対日作戦のひとつで、アジアに進出しようとするアメリカにとって日本帝國は邪魔なので、早めに叩き潰そうというものです。
その方法として、多数の戦艦を保有して太平洋を押し渡り、日本の連合艦隊と雌雄を決せんと企図したものです。
これは、日本の真珠湾攻撃により太平洋艦隊が壊滅したため、一旦頓挫しましたが、のちに航空母艦等の活用と、より大規模になった艦隊により、日本を破っています。
ドイツの3B政策とは、ベルリン、ビザンチン、バクダットを鉄道で結び、またそのためにドイツから中東に抜ける地域に勢力を伸張しようとしたものです。
これは、イギリスのカイロ・ケープタウン・カルカッタを海路で結ぶ3C政策をを脅かすものであり、第一次世界大戦の原因のひとつです。

Q3c政策3b政策目的とは????

3c政策と3b政策の目的って何なんですか??

Aベストアンサー

まず予め話さなければならないのは
3C政策も3B政策も日本の世界史だけで記述されているだけで他国の欧州史等ではそのような記述はありません

3C政策はカイロ~ケープタウン~カルカッタ(現コルカタ)の三角地帯にイギリスの植民地の中核があり
イギリスの植民地政策がここから展開されているというのですが
これでは重要な天然ゴム生産地のマレーが外れますし
その中核地帯より広大で農産物・鉱産物の宝庫であり重要な市場でもあるドミニオン(自治領)であるカナダ、オーストラリアが外れてしまいます

3B政策はベルリン~ビザンティウム(イスタンブール)~バクダットに至る鉄道に沿いドイツがバルカン政策を展開したといわれていますが
これは3C政策以上に怪しげな学説で
ドイツがイスタンブール~バクダットまでの鉄道敷設権を獲得したのは事実ですが
第一次大戦後の英仏のフレッター・ピコ協定によるオスマン領の分割植民地化のような事は想定しないし

そもそもイスタンブールに至る鉄道もオーストリア・ハンガリー帝国やオスマンが敷設していたのであり
ドイツには特定のバルカン政策なぞなく
むしろオーストリアとセルビアが対立し豚戦争という経済紛争が起こり
オーストリアがセルビアの豚輸入を全面禁輸して窮地に陥ったセルビアに対し
オーストリアの代わりに豚を買い取り
好戦的なオーストリア軍参謀長のコンラートらが唱える対セルビア先制攻撃を
欧州大戦化するのを恐れ抑制したのがドイツです

アルバニア独立に際しスクタリという要衝をモンテネグロ軍が占拠して緊張が高まった時にも
英軍将軍が指揮する英独仏伊オーストリアの共同軍がスクタリ地域の管理占領を行ったほどで
ドイツにはバルカンを植民地化、経済支配化する意図はありませんでした
むしろロシアの方が自国産業・インフラがにランス資本による強い支配を受けていました

長文失礼致しました

まず予め話さなければならないのは
3C政策も3B政策も日本の世界史だけで記述されているだけで他国の欧州史等ではそのような記述はありません

3C政策はカイロ~ケープタウン~カルカッタ(現コルカタ)の三角地帯にイギリスの植民地の中核があり
イギリスの植民地政策がここから展開されているというのですが
これでは重要な天然ゴム生産地のマレーが外れますし
その中核地帯より広大で農産物・鉱産物の宝庫であり重要な市場でもあるドミニオン(自治領)であるカナダ、オーストラリアが外れてしまいます

...続きを読む

Qアフリカの植民地政策とアジアの植民地政策の違いは?

アフリカのほとんどはイギリス、フランスが植民地にしていますが、この両国はどのようにアフリカを植民地支配して行ったのですか?武力で圧倒したのですか?また、アジアもアフリカと同様、ほとんどが白人の支配下に置かれましたが、アフリカ植民地化と同じように行われましたか? やっぱり有色人種ってだめだったんだなあと思っています。

Aベストアンサー

支配する側の心は何も変わっておらず、本質的な違いは何もない・・・と捉えるべきだと思います。
やり方が変わったというか、進歩したという見方が正しいと思います。

 白人の植民地に対する非人道的な身の毛もよだつような残虐行為は、我々日本人やアジア人の普通の人には到底理解できないと思います。
 彼らは、最初は現地人を皆殺しにして欲しいものを全て奪い去っていますが、それでは永続的に奪い続けることができないことに気づいて、現地の人間を奴隷化して奪い続けます。しかし、これだと現地に駐在した本国人が現地人の恨みを買って、現地人の反逆などによって殺されることが増えたため、当初は締め付けを厳しくしていましたがそれでも抑えることができず・・・。
 ここにきて、狡猾なイギリス・フランスは本国人が恨まれることなく、永続的に収奪しつづける手法を思いつきます。それは、現地人のなかで支配階級(民族)と被支配階級(民族)を作り、現地人どおしで恨み争い続ける仕組みをつくることです。そして、被支配階級には一切教育を受けさせず被支配階級が反逆する芽を摘み取っています。

 今の世界の大きな問題の多くは、イギリス・フランスを中心とした白人が創り出していますが、彼らの子孫は過去の国家的犯罪行為に対して謝罪することもなく、深く反省することもありません。

何故?
多くの日本人には理解できないことだと思います。

理由は簡単です。それは彼らが信奉する宗教にあります。
彼らの心は、昔も今も全く変わっていません。
懺悔すれば、過去の行為は全て許されるので、反省できない構造になっています。

 それに対して我々アジア人は、ヨーローッパの過酷な気象環境とは比べられないぐらい豊かな環境の中で生きているため、心がとてもまともです。頭脳は教育によっていくらでも高められます。
 日本も過去に植民地政策を推し進めており、そのことによって多くの現地人を苦しめた事実については反省しなければならないと思いますが、日本の植民地政策はイギリス・フランスのそれとは全く違っていたということだけは、我々子孫の義務としてキチンと知る必要があると思います。

 「大東亜共栄圏」とは、その言葉どおりで日本人と同等にしたかったのです。
そのため、現地のインフラ整備や現地のすべての子供たちに対する教育に力を入れています。

 この思想にも欠陥があり、やり方も間違っていたと思いますが、上記のような祖先の崇高な思いだけは引き継いでいく義務があると思います。

支配する側の心は何も変わっておらず、本質的な違いは何もない・・・と捉えるべきだと思います。
やり方が変わったというか、進歩したという見方が正しいと思います。

 白人の植民地に対する非人道的な身の毛もよだつような残虐行為は、我々日本人やアジア人の普通の人には到底理解できないと思います。
 彼らは、最初は現地人を皆殺しにして欲しいものを全て奪い去っていますが、それでは永続的に奪い続けることができないことに気づいて、現地の人間を奴隷化して奪い続けます。しかし、これだと現地に駐在し...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報